☆ 本のたび 2018 ☆



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 また、抜き書きに関してですが、学問の神さま、菅原道真公が49才の時に書いたと言われる『書斎記』のなかに、「学問の道は抄出を宗と為す。抄出の用は稾草を本と為す」とあり、簡単にいってしまえば学問の道は抜き書きを中心とするもので、抜き書きは紙に写して利用するのが基本だ、ということです。でも、今は紙よりパソコンに入れてしまったほうが便利なので、ここでもそうしています。もちろん、今でも、自分用のカードは手書きですし、それが何万枚とあり、最高の宝ものです。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1506『撮ってはいけない』

 最近、とくにSNS投稿が増えてきて、食事しながらもスマホで撮っている人もいるぐらいです。しかもインスタ映えするとかしないとか、撮るのが当たり前のようにして撮っているようです。
 そこで気になったのが、どこでもそんなにも写真を撮って、それを考えもしないでSNS投稿をして拡散してもいいのかという疑問です。名所で写真を撮れば、必ずバックに人は写るし、その他のものも写ってしまいます。だとすれば、それは著作権に抵触しないのかと心配になります。撮影禁止と書いてあれば、当然、撮ってはいけないということがすぐにわかりますが、何にも書いてなければどこでも撮ってもいいのかというと、そうでもなさそうです。
 そういえば、たまたま自撮りで撮って、帰ってから写真を整理していたら、後ろに人が写り込んでいたということもあります。あるいは、有名なショーウィンドーの前で写真を撮っていると、なんとなく撮っていいのかどうか、気になることもあります。私はそういうときには、人を少し入れて、撮ったりもしますが、やはり気になっていました。
 この本では、写り込みについて、「写真や動画を撮る場合、スタジオ撮影でもなければ、被写体のバック(背景)には人物や乗り物、建物など様々なものが写り込みます。その中には、「付随対象著作物」といって、他人が著作権をもつ絵画やポスター、BGMやライブ演奏など著作隣接権のある実演や有線放送などもあるのです。この付随対象著作物は例外的に、著作権者の許可なしに利用できることになつています(法30条の2、102条1項)。」と説明しています。
 この本を全部読み終えると、今まで気にしながら撮っていたのが、ほとんど著作権などには抵触しないことがわかったり、とても参考になりました。
 これからは、自分だけで楽しむならいいでしょうが、SNSなどに投稿すると、誰にでも見ることができることになり、さまざまな問題が出てきます。それなども、いわゆる常識の範囲内だからいいということではなく、それなりの配慮は必要だと思いました。
 それと、この『本のたび』もそうですが、本を読んで、これはいいと思う箇所を引用したりします。これなどについても書いてあり、とても参考になりました。ちなみに、この引用について認められるのは、
@公表された著作物であること
A引用の必然性があり、引用部分が明確になっていること
B必要最小限の正当な範囲内の引用で、引用部分と自分の著作部分との「主従関係」が明確になっていること
C出所を明示してあること
だそうです(著作権法32条1項)。
 下に抜き書きしたのは、レストランなどで写真を撮ることについての著作権の問題です。最近、特に多いように感じますが、あまりにもワイワイと騒ぎながら撮っているのをみると、ちょっと迷惑ではないかと思います。
 ある程度のマナーは、どんなときにでもあると思います。そういう意味では、「一声かける」というのはいいと思いました。
(2018.4.10)

書名著者発行所発行日ISBN
撮ってはいけない飯野たから自由国民社2017年11月17日9784426123758

☆ Extract passages ☆

 撮影禁止の店でなければ、客は出てきた料理を撮ることは自由です。ただ、貸切や個室でない限り、周りに他の客がいることもあります。他人に迷惑をかけないように撮影してください。たとえば、フラッシュや自撮り棒、三脚などの使用はNGです。
 ルール上は何の問題もなくても、店の人に「撮ってもいいですか」と声をかけた上でシャッターを切るのが、撮影者としてのマナーでしょう。
(飯野たから 著 『撮ってはいけない』より)




No.1505『お金をかけない「老後の楽しみ方」』

 平均寿命もますます伸びて、定年退職後の人生も長くなってきました。考えてみると、65歳で定年になったとしても、日本の男の平均寿命は80.98歳(2017年調べ)ですから、16歳も老後が続くことになります。しかも、年金は下がる一方で、暮らし向きはそれにつれて下降気味です。
 だとすれば、なるべくお金をかけないで老後を楽しくすごそうと考えるのは当然です。途中で、病気になって医者にもかかれないのでは困りますから、ある程度の蓄えは必要です。それだって、どれだけ生きるかによって違ってきます。せっかく長生きしたのに、お金のことで心配ばかりしていては楽しくありません。
 著者は、『養生訓』を書いた貝原益軒のことに触れ、「多少の貯余曲折を経ながら「余人に代え難し」と言われて長く職にあり、71歳でようやく退官を許されます。益軒が自分の人生を思う存分に楽しみ出したのは、それからなのです。益軒は39歳と当時としてはかなりの晩婚でしたが、22歳年下の妻・東軒とは人も羨む仲睦まじさで、在官中も二人連れだって諸国を旅してまわっています。二人は共通の趣味を持っていました。益軒は琵琶、東軒は箏の名手。益軒の還暦の祝いの席では、二人で合奏を披露したそうです。退官後、益軒はさらに書物の著述に没頭しますが、かたわらで東軒がかいがいしく清書をしていたと伝えられます。著述の合間には音楽や芝居、旅に遊び、友人との交流を楽しんで暮らしますが、益軒あるところには必ず東軒の姿があり、「粋な夫婦」と評されていました。ところが正徳3(1713)年、益軒が84歳のときに、ずっと年下だった東軒を先に喪います。益軒はしばらくの間、気鬱になったのかと心配されるほど落ち込みますが、やがて気力を取り戻すと『養生訓』を上梓。しかし、東軒の後を追うように85年の生涯を閉じました。」と書いています。
 ちょっと長い引用になりましたが、その当時の平均寿命は40〜50歳程度でしょうから、84歳の貝原益軒の書いた『養生訓』は、大変な評判で、何版も刷られたそうです。
 やはり、この貝原益軒のような生き方こそが、老後の楽しみ方のひな形かもしれません。同じ趣味を持ち、お互いに支えたり支えられたりして、友だちとの交流もあり、さらに旅もしています。
 むしろ、お金をかけないで、少ないお金で楽しむ工夫をするからこそ、有意義な人生を送れるのかもしれません。新聞などを読むと、老後の蓄えを高額な配当をうたい文句でだまされるということがよく出ています。老後はいくらあれば足りるということではなく、今あるお金でなんとかするという考えが必要ではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、石庭で有名な竜安寺にある「知足の蹲踞」のことから、どんなに財があったとしても、欲が深ければ貧しいといいます。
 この蹲踞は私も見たことがありますが、真ん中に「口」の字が彫られていて、まわりからそれを見ると「吾唯足知」とあり、「吾唯足るを知る」と読むことができます。つまりは、考え方次第だというわけです。
(2018.4.7)

書名著者発行所発行日ISBN
お金をかけない「老後の楽しみ方」(PHP文庫)保坂 隆PHP研究所2013年7月17日9784569760346

☆ Extract passages ☆

 私たちが老いに向かうといっても、ある日いきなり老いていくわけではなく、それまで暮らしてきた住まいもあれば、暮らしの道具もある。衣食住のうち食はその都度求めなければならないでしょうが、衣や住は、いまあるもので十分足りているはずです。
 いまあるもので「我慢する」のではなく、いまあるもので「充足する」。その切り換えができるかどうかが大切です。
 すなわち、老後を豊かなものにできるかどうかは、年金の額や資産の多少などよりも、その切り換えができるかどうかにかかっているといえるでしょう。
「あれも欲しい、これも欲しい」という思いにとらわれているかぎり、永遠に充足は訪れません。
(保坂 隆 著 『お金をかけない「老後の楽しみ方」』より)




No.1504『私のエッジから観ている風景』

 著者の名前は、ある人たちにとってはすぐに在日コリアンだとわかるそうですが、私は副題の「日本国籍で、在日コリアンで」をみないと、わかりませんでした。
 そういえば、修行していたとき、1年ほど京都に住みましたが、そこは部落差別が今の残っていたようで、京都で長くいた人たちはすぐにわかるということでした。私はまったくわからず、というよりも何のこだわりもありませんでした。しかし、この本を読むと、やはりこだわるのは在日コリアンで、そのことを知っている人たちもある意味、こだわっているのではないかと思いました。知らなければ、こだわりようもない、というのが私の印象です。
 しかし、同じ韓国料理でも、在日コリアンの、というよりは著者の家庭の韓国料理は、たとえばキムチなどでも漬けるのにコンブや魚醤を使うそうで、韓国で食べられているキムチとは違うそうです。ということは、同じ韓国国内でも違うのは当たり前で、地方によって、また家庭によってもみな違うということになります。いわれてみれば、日本の漬物だって、地方によっても家庭によっても、みな違うことと同じです。そう考えれば、違って当たり前と思いますが、差別を見つけ出すかのようです。
 たとえば、関東大震災のあとに朝鮮人虐殺が起きたということは知っていましたが、それは1923年のことです。ところが阪神淡路大震災のときも2011年の東日本大震災のときも、さらには2016年の熊本地震のときも、その虐殺が起きないかと不安になったということです。著者は、「ネットを見ていると、何より不安を増大させたのは、2013年に起きたヘイトスピーカlたちによるデモだった。あのデモをきっかけに、多くの人たちが在日コリアンへの憎悪を表に出すことをためらわなくなった。「あの震災をきっかけに大きく変わった」という紋切り型の言葉をよく聞くが、それは私には生命を脅かす言葉として響いている。もし今、東京で直下型の大地震が起きたとしたらどうなるのだろう。私は災害が原因で死ぬことよりも、ヘイトスピーカーによる偏見に固められたデマによって、殺されるのではないかと不安になっている。」と書いていますが、おそらくその歴史を知らない人たちは、考えもしないことだと思います。
 それよりも、韓国の慰安婦像をめぐる問題のことなど、たしかに忘れてはならないことですが、表だって指摘し糾弾することでもないと考える日本人も多いのではないかと思います。ある意味、早く解決して、みんな仲良くできたほうが良いと思う人たちだっているはずです。私もいつまでもいがみ合うよりは、仲良くできたほうがいいと思っています。
 この本を読んで、「韓国では8月15日を「光復節」と呼んでいるが、大日本帝国によって、自由を奪われていた植民地の人々にとってはまさに「光が復び戻った日」であるのだ。」と知り、なるほどと思いました。どちらから観るかによって、まったく違うというのはこれでもわかります。
 下に抜き書きしたのは、憲法についてのことです。たしかに憲法第9条第2項前段の「戦力の不保持」などは、まったく有名無実化しており、だからこそ改憲の話しがときどき出てくるのかもしれません。
 でも、たしかに「キレイゴト」かもしれませんが、それにも理由があると感じました。改憲より、それを理想として護持するというのもあるのではないかと思います。
(2018.4.4)

書名著者発行所発行日ISBN
私のエッジから観ている風景金村詩恩ぶなのもり2017年12月19日9784907873035

☆ Extract passages ☆

 「憲法」をただの「キレイゴト」として考える人たちがいるかもしれない。それは一面においては事実だ。しかし、時には人々の権利を奪う為政者への有効な武器にもなっていく。アメリカにおいて公然と黒人差別があった時代、キング牧師は常に合衆国憲法の理念に従うことを政府に求め続けた。それは憲法に書いてある「キレイゴト」を頑なにまで信じたからだった。自分たちの生きにくい世の中をどのようにしていくのか。そんなときに希望の光になったのは憲法という「キレイゴト」だった。
(金村詩恩 著 『私のエッジから観ている風景』より)




No.1503『オスは生きてるムダなのか』

 この本の題名を見て、男なら衝撃を受けるのではないかと思います。絶対そのようなことはない、と思いたいんです。
 これを読んでいたのは4月1日のエイプリルフール前後ですから、なんともウソっぽいと思いました。でも、最後まで読んでみると、たしかにあまり役に立っていない面もあるし、もしかして、将来はいらなくなるのではと考えさせられました。
 たとえば、遺伝子の基本は、「体の中の遺伝子は男でも女でも基本的に同じである。違いはたった一つ、SRY(精巣決定遺伝子)があるかないかだ。この遺伝子はY染色体上にあり、SRYが働くと男になり、働かないと女になる。SRYは男になるためのスイッチで、ここから次々とさまざまな遺伝子のスイッチが入っていって、男になるための物質が作られる。女にも男になるための遺伝子は存在するが、ほとんど働かないのだ。だからSRYがあっても働かないと女になる。男と女の遺伝子レベルの違いはごく小さいのだ。」そうですが、違いはごくちいさいといわれても、その差は大きいと思います。
 やはり、男と女では基本的には同じだとしても、役割はそれなりに違います。むしろ同じようにと考えても、できることとできないことはあります。
 つまり、ヒトの性決定をするのはSRY遺伝子で、これが働くと次から次へと男らしさを決定する物質をつくる遺伝子にスイッチが入るそうですが、それは「SRYが働く前すなわち妊娠七週目まではまだ男女の差が分化しておらず、外見的には見分けがつかないのだ。したがってそのほんの少しの間だけSRYの働きをブロックしてしまえば、SRYがあっても男になれない。SRYは男を作る最初のスイッチを入れる遺伝子なのだ。あとはドミノ倒しのように、男になるのに必要な遺伝子のスイッチが次々と入っていく。最初のスイッチが入らないとドミノが倒れず、女になるのだ。」ということです。
 つまり、女性はそのまま女性ですが、男性の場合は、妊娠後8週目からの遺伝子の働きで急激に男性化するようです。さらに、脳の女性化と男性化は、受精後14週から20週の間らしく、そんなことをどうやって調べているのか、それのほうが疑問です。
 下に抜き書きしたのは、なぜ寿命があるのかという問いに答えたようなところです。もちろん著者の言い分ですから、これが正しいとは思いませんが、たしかにこのような理由もあるかもしれません。
 つまり、これはなぜ生物は死ぬのかという意味につながり、なかなか難しい話しです。もし興味があれば、ぜひ読んでみてください。
(2018.4.2)

書名著者発行所発行日ISBN
オスは生きてるムダなのか(角川選書)池田清彦角川学芸出版2010年9月25日9784047034693

☆ Extract passages ☆

 個体が寿命をもつ根源的な理由は、恐らく子孫を残した後の個体は、進化的見地からは、生きていてもムダだという所にあるのだと思う。
 自然選択は子孫の数を増やすことには味方したが、個体の寿命を延ばすことには冷淡だったことは確かである。寿命が長くても、子孫を残すことができなければ、進化的には何の意味もない。さらには子孫を作れなくなった親が資源を独占していると、子どもの資源がなくなるというやっかいな問題もある。……
 もう一つの問題は寿命が長く、世代交代の遅い生物は進化の速度が遅くなることだ。
(池田清彦 著 『オスは生きてるムダなのか』より)




No.1502『大人のための言い換え力』

 サッと読んでみて、なるほどという箇所が多く、これは読まなければと思いました。
 この『本のたび』を書いていても、なんか、気の利いたいい言葉はないか、とよく考えますが、この言い換えについてもそうです。もう少し、別な言葉で言い換えができないかとよく思います。
 この本では、言い換えの表現を「言い換えには全体として、「ぴったり」の表現を目指す方向と「ゆったり」の表現を目指す方向の、二つの対立する方向があることがわかるでしょう。……服で考えると、ぴったりの服は身体のラインをはっきり見せるもの、ゆったりの服は身体のラインを想像させるものと考えることができるかもしれません。ぴったりの服とゆったりの服は一長一短です。ぴったりの服は身体にフィットするのですが、ときにはきつく、息苦しく感じられます。これにたいし、ゆったりの服は着ていて楽なのですが、ときにはゆるく、だらしなく感じられます。服の場合、どんな場所のどんな場面でどんな人と過ごすかというTPOが重要になりますが、言葉の言い換えも同じです。どんなジャンルのどんな内容をどんな相手に届けるかで言い換え方が変わるのです。文章がうまいと言われる人は、文章のTPOをわきまえ、それに合わせた表現の引き出しを使い分けています。」と書いています。
 たしかに、文章は、TPOも大事ですが、相手が理解できるように書くことも必要です。つまり、よくわかってもらわないと困るわけです。
 この『本のたび』などは、相手というよりも、自分自身の読書旅みたいなものですから、自分の記録として残ればいいとも思いますし、今の時代はだんだんと本を読まなくなってきたようなので、なんとか本を読む楽しさを伝えたいという気持ちもあります。いろいろな思いが重なって、前回で1,500回を越えたように思います。
 そういえば、現実問題として、相手にストレートに伝わればいいというわけでもなく、かえってそのことから相手を傷つけたり、相手から恨まれたりすることもあります。著者は、「言葉というのは明快に伝わればよいとはかぎりません。現実世界では、明快に伝わった結果、さまざまな支障が出ることがありますし、一面的なものの見方だけが伝わることも あるのです。あえて輪郭をぼかすようなものの言い方をすることで、伝えなくてもよい情報がそぎ落とされ、言葉にしたくない、あるいは、したくてもできないという気持ちも含めて読み手に伝わります。正確な表現の持つ息苦しさや生々しさへの感度を高めることもまた、表現の幅を広げることにつながります。」と書いています。
 そう考えると、言葉というのは難しいですが使わないわけにはいかない大事なものです。だからこそ、「大人のための言い換え力」というのが大切になります。ぜひ、機会があれば、読んで見てください。
 下に抜き書きしたのは、メールやFacebookなどのことを考えると、不用意に言葉を書くことで大きな影響を受ける時代です。
 ここで使っているような「心のフィルター」をしっかりと整えておかないと、困った事態を招くかもしれません。だから、以前に増して、言葉使いが難しくなったといえそうです。
(2018.3.31)

書名著者発行所発行日ISBN
大人のための言い換え力(NHK出版新書)石黒 圭NHK出版2017年12月10日9784140885383

☆ Extract passages ☆

 私たちは、ネガティブなことを含め、心のなかではいろいろ思うわけですが、さいわい、心の言葉は、私たちがそれを口にさえしなければ、外に漏れていくことはありません。で すから、社会生活を送るうえで、私たちは心の言葉がダダ漏れにならないよう、心のフィルターを整えておくことが必要です。とくに、メールやLINE、Facebookなどに心の言葉を気やすく書いてしまうと、記録にも残りますし、転送・拡散されて被害が簡単に広がる時代です。書くという行為の敷居が下がった時代だからこそ、文字にする言葉に細心の注意が必要な時代が到来したように感じます。
(石黒 圭 著 『大人のための言い換え力』より)




No.1501『旅好き、もの好き、暮らし好き』

 この本は、旅という題名がちょっとだけ入っていることもあり、何度か旅行の時に持ち出したのですが、現地の本屋さんでおもしろい本を見つけたりすると、それを読んでしまい、そのまま読まずに持ち帰ったしまったこともあります。
 そこで、3月24日に上京したときには、行きの新幹線のなかで先に読んでしまいました。これで、後は持ち帰ることもありません。めでたしめでたし、です。
 第2章の「暮らし好き」の旅のしかたにあった旅のパッキングは、さすがインテリアプランナーだな、と思わせるところがありました。抜き出してみると、「使いもしないものを、何かの用心に、とやたら詰め込む心配性。文明国へ出かけるのに、旅先で簡単に手に入るものをわざわざ持っていく苦労性。新しく買うものをまったく予定に入れないで、めいっばい詰め込まないと気が済まない空間恐怖症。これらのことに思い当たる人は、たぶん、住まいに関しても収納がいちばんの悩みだと思う。スペースを生かすこととスペースを節約することはまったく思想が違うのだ。」と書いてありました。
 私も、若いときには、もしかして使うかもしれないというものまで、スーツケースに入れて持ち歩き、とうとう一度も使わないで持ち帰ったものもありました。そして、何度か旅を経験すると、今度はスーツケースがガラガラになるほど入れるものがなくて、帰りのお土産選びには、ゆとりさえありました。
 最近はさらに少なくなり、スーツケースを小さなものに替えようかな、と思うぐらいです。もちろん、体力がなくなってきたこともあり、さらにパッキングの重要性を感じていました。
 また、旅といえば、パリの老夫婦の「年をとったら、絶対に車の旅だね。犬も欠かせない旅の伴侶だわね」という話しを聞いて、著者自身も、「年をとると船の旅というのが多いらしいけれど、私は絶対車の旅だ。いろんなトラブルも起きるけれど、行く先々で現地の人たちの生活スタイルに溶け込んで、現地の料理を習って自分で作って、自分たちで旅の暮らしをかたち作りたい。」と思ったと書いています。
 私自身も昨年、来るまで四国88ヵ所巡礼の度に出かけましたが、車だからこそまわれたと思います。もし、泊まるところが見つからなければ、自分の車のなかでも眠れるという安心感は、常にありました。結局、一度も車のなかで寝ることはありませんでしたが、旅にはその安心感は大事です。
 また、園芸大国のイギリスに行ったときも、庭に古い農具などが立てかけてあり、その庭の歴史みたいなものを語りかけていました。そういえば、キューガーデンの近くのレストランに、木製の一輪車があり、それに季節の花が植えられていましたが、これも素敵でした。この本では、「私が勝手に想像するに、伝統の国では、植木鉢でさえ古いものを愛する。新しいピカピカの植木鉢の並んだ庭なんて、にわか仕立ての園芸みたいですてきじやないとばかにする。ずっと昔から敷地の一部のように、目立たず朽ち果てたようなガーデンチェアや植木鉢のほうが、古い建物にも暮らしのスタイルにもよく馴染む。先祖代々受け継がれてきたもののような顔したものを愛する良き趣味なのだ……」と想像で書いています。
 なるほど、そうかもしれない、と思いました。
 下に抜き書きしたのは、著者の一貫したスタンスである「好き」こそがものごとの出発点だと書いてある、最後のページの部分です。
 考えてみれば、好きだからこそ我慢もできるし、耐えることだってできます。その山あり谷ありを歩くことで、さらに好きになれば最高です。そういえば、なんだか、私自身もそのような考え方で進んできたようです。
(2018.3.28)

書名著者発行所発行日ISBN
旅好き、もの好き、暮らし好き(ちくま文庫)津田晴美筑摩書房2001年1月10日9784480036179

☆ Extract passages ☆

 何度もいうが、「好き」はものごとの出発点だ。なぜ自分はこれが「好き」なのだろうと考えて分析して具体的にしていくことが人間的な行為なのだと思う。自分の「好き」を具体的にしたり理論立てたりすることは、ものを作る行為の始まりだと思う。不断の「好き」が実を結んで初めて、生活のなかに自分のスタイルを実感できるのではないかしら。
(津田晴美 著 『旅好き、もの好き、暮らし好き』より)




No.1500『幕末日本探訪記』

 だいぶ前から読んでみたいと思いながら、なかなか読めないでいました。しかし、昨年の8〜9月にイギリスに行き、ロバート・フォーチュンの出身地であるエジンバラなどにも行ったことで、再び読んでみたいと思いました。そして今年に入ってから、冬の暇な時期に少しずつ読みました。
 そして、読み終わったとき、偶然にもこの本が No.1500 でした。もう1,500回にもなったんだ、というのが率直な感想です。もちろん、ここまでというような区切りも最初からありませんし、ただ書き続けてきたというに過ぎません。おそらく、ここまでこれたのは、ただ単に本を読むことが好きだったというだけの理由です。
 これからも、淡々と読み続けたいと思っています。
 さてこの本ですが、イギリスのロバート・フォーチュン(Robert Fortune)が1860年から1年余り、日本と中国の北京を中心に植物採集旅行をしたときの、いわば見聞記です。彼は植物学者でプラントハンターでもあり、さらに商人としても活躍しました。まさに多才な活躍をしたことから、この本もその当時の日本をつぶさに観察して書いています。
 たとえば、プラントハンターらしく、「私の最初の質問は、私がシナでいつも訪ねていたような大きな仏教寺院が、神奈川周辺にあるかどうか、ということであった。私がこの事柄を知りたかった理由は、僧侶のいる仏教寺院の境内には、樹木が大切に保存されているからだった。ことに寺の中庭には必ず、その国の珍しい樹木類が装飾的に多く植えられているものである。」と書いてあり、今までの経験から、どこに珍しい植物が植えられているかを知っていたからです。
 その当時、もちろん植物園などというのはありませんし、野生から探し出すのは時間的にも大変なことなので、このような判断をしたのではないかと思います。
 また、江戸の染井村を訪ねたときには、「日本の植木屋には、寒気に弱い植物を保護栽培するための温室はまだできていなかった。その代り棚のある小屋を用意するのが常で、寒い冬の間、弱い植物を保護するために、みんな一緒くたに詰め込んでいる。そこでサボテンやアロエのような南米の植物を注目した。それらはまだシナでは知られていないのに、日本へは来ていたのである。実際それは識見のある日本人の進取の気質をあらわしている。かわいらしいフクシヤの種類があったが、また別の外来種も目についた。」と書き、その当時の日本の園芸文化の高さをよくみています。
 この染井村で作られたのが桜の「ソメイヨシノ」で、その当時から有名な植物の生産地であったことがわかります。
 また、日本にいたときに起こった英国公使館襲撃や生麦事件のことなども詳細に記述していて、そのときのイギリス側の受け止めなども書いていますから、歴史的な参考資料にもなりうるものです。そこで感じたのは、その当時の幕府が弱体化し、それらを抑える力もなくなりつつあったが、開国をしたことで、新たに外国人の居留地周辺に監視所を設けたり、住まいが襲われないようにと監視に来ていたことなどを知りました。
 この開国により、新しい文化が入り込み、そのことについても、著者はいろいろと書いています。たとえば、下に抜き書きしたのは、馬の蹄鉄についてのことですが、日米修好通商条約の締結後に初代駐日公使となったタウンゼント・ハリス(Townsend Harris)氏から学んだということが、これでわかります。
 まさに、自分が見たり聞いたりしたことというのは、その時代の鏡です。日本人が感じたことと、外国人から見て感じたこととは違います。その違いから、いろいろなことがわかります。読むのに相当時間がかかりましたが、読んでみて、ほとんうによかったと思いました。
 そういえば、最後のほうで、著者が北京の八里荘という町に行ったときのことが書かれていて、そこの墓地で「シロマツ」を見つけたとあります。これは樹皮が乳白色で、葉の緑も在来種より薄いけれど、その樹形がとてもおもしろいと記しています。私もこのシロマツが以前から欲しいと思っていて、たまたま日本のある大学付属の薬草園にあったので、それを昨年の3月にいただいたばかりです。
 まだ、雪のなかですが、春になったら、棚の一番日当たりのよいところに置いて、大事にしようと思っています。
(2018.3.25)

書名著者発行所発行日ISBN
幕末日本探訪記(講談社学術文庫)ロバート・フォーチュン 著、三宅 馨 訳講談社1997年12月10日9784061593080

☆ Extract passages ☆

 ハリス氏がはじめて江戸に駐在した時、彼の馬は仕来りの蹄鉄が打ってあった。それまで日本の馬は、わらじをつけるか、何もつけなかったか、どちらかであった。ある日、ひとりの役人がハリス氏の所に来て、彼の馬の借用を頼んだが、その馬を必要とする目的については、十分質問もしなかった。この変わった願いは聞き届けられて、しばらくしてから、当然のことながら馬を返して来た。数日後、馬を借りに来た役人がアメリカ公使館に来て、重大な機密として、ハリス氏に語った所によると、大老〔井伊掃部頭〕がハリスの馬の蹄鉄を調べるために、使者を派遣したという。その後は大老の馬も同じ様式で蹄鉄を打ち、他の役人の馬もすべて同様に蹄鉄をつけたそうだ。
(ロバート・フォーチュン 著 『幕末日本探訪記』より)




No.1499『電車が好きな子はかしこくなる』

 副題が「鉄道で育児・教育のすすめ」で、なぜ鉄道が育児や教育と関わりがあるのか、と考えたところから読むことにしました。
 今は車の時代ですし、特に地方に行けば行くほど、なかなか鉄道に乗る機会は少なくなっています。自分自身だって、たまに東京へ出て行くときだけは山形新幹線に乗ったり、都内の電車や地下鉄に乗りますが、それだって年に数回程度です。いつかは、大人の休日倶楽部パスを15,000円で買って、JR東日本全線を4日間乗り放題の旅をしてみたいと思っていますが、このパスの有効期間は年に3回しかなく、今年は第1回が2018年6月21日(木)〜7月3日(火)、第2回が2018年11月29日(木)〜12月11日(火)、そして第3回目が2019年1月17日(木)〜1月29日(火)です。これでは、仕事との日程の調整がなかなかつかず、未だ、出来ずにいます。もしかすると、そのような気持ちが下地にあったから、このような本を読みたかったのかもしれません。
 では、実際に子どもたちが鉄道にどのような興味を持ち、どんなふうに子どもの世界を豊かにするのかというと、この本では、「子どもの世界の中で、鉄道への興味は、実際に乗る、おもちやで遊ぶ、名前や種類などを覚える、路線図や時刻表に興味を持つ、などなど年齢に応じた様々な経験で構成されています。これらは子どもの生後半年くらいからの成長発達に応じて、よい刺激を提供します。」と書いてありました。
 たしかに、孫たちも米沢駅から赤湯駅まででしたが、とても楽しんで乗っていました。そういえば、幼稚園でもそのような企画があり、自分でお金を出して切符を買ったと喜んで教えてくれました。そういうことを考えると、たしかに子どもたちには、いい経験になったと思います。
 そういえば、子どもというのは、とくに男の子の場合はコレクションをするのが楽しみですが、そのことについても、この本では、「鉄道好きの子どもは鉄道をテーマに自分の世界を作り、玩具を集めたり、知識を吸収したりして、一つひとつ要素を積み上げていきます。この所有の積み重ねは、おもちゃを集めることに限ったものではありません。子どもは、知識も一揃え納待がいくまでシリーズとしてコレクションしたいと思うようです。車両の名前を次から次へと暗記したり、鉄道図鑑を読んで内容を丸ごと頭に入れたりしてしまう子も多いです。これらの行為は所有原理に関わることです。3、4歳になると、頭の中に知識を取り入れて、その知識を整理していく働きは、一生の中で一番と言ってもよいくらいの活動期を迎えます。この頃に、全国各地の列車の名称を覚えたり、路線の駅名をすべてそらんじたりする子もいるでしょう。このように、伸ばせる時期に伸びるものをフルに伸ばすというのは、子どもの成長には大切です。」と書いています。
 このなかの図鑑というのは、私も大事なものだと思いますし、今でも、植物図鑑などはよく見ます。すると、今まで気づかなかった植物があったりして、新たな発見もあり、楽しいものです。だから手元には、いろいろな図鑑をそろえています。
 下に抜き書きしたのは、幼少時などはとくに車のほうが移動するときに楽ですし、人にも迷惑をかけないと思いますが、むしろマナーを身につけさすためには電車のほうがいいということです。
 たしかに、これは大切なことだと思ったので、ここに抜書きしました。
 とくに幼児期は、ただ楽だからとか、便利だからというだけの理由で電車を使わないというのは考えなければと思いました。
(2018.3.22)

書名著者発行所発行日ISBN
電車が好きな子はかしこくなる(江東新聞社新書)弘田陽介交通新聞社1997年12月15日9784330844176

☆ Extract passages ☆

 近年発表された調査に、幼少期の生活習慣として車に乗る機会が多いことは、子どもの倣慢さを高めること、別の言葉で言えば道徳性を下げてしまうことを実証した興味深い研究があります。この筑波大学の谷口研究室による調査研究では、幼少期の車移動の多さを尋ねる質問と倣慢さを尋ねる質問の相関が調べられています。車内でのマナーなどがまったく問われない私的空間である車では、確かに子どもが学ぶことは少ないでしょう。それに対して、マナーが重視される公的空間である電車移動の方が、子どもにとっては道徳性を学びうる可能性が高いというのは想像できます。
 電車内での経験はとても大切な社会経験です。
(弘田陽介 著 『電車が好きな子はかしこくなる』より)




No.1498『緑の庭で寝ころんで』

 まったく著者のことも知らず、ただ表紙絵のピアノを弾く女性と周りの動物たちや草花などが楽しそうで、それで手に取っただけです。
 読んで始めて知ったのですが、『羊と鋼の森』で本屋大賞2016を受賞したそうで、そういえば今までこの本屋大賞なども気にしたことはなかったことに気づきました。どうも、私の読書は一般からはだいぶ離れたところを行っているようです。もちろん、ただ好きで読んでいるだけですから、誰に文句をいわれる筋合いでもないのですが。
 著者は1967年の生まれですから、昭和42年、だとすれば私は高校3年生、まさに青春まっただ中のころに生まれたということになります。
 あんまり関係ない話しですが、この本の多くが月刊「fu」2013年10月号から2017年10月号までに掲載されたものと、それ以外の媒体に発表されたものだそうです。ほとんどが日常のありふれたことが話題なので、サラッと読めるし、深く考えることもなく読み終わりました。ところが、読み終わってから気になるところを思い出し、6枚ほどカードをつくりました。
 たとえば、「第23回 笑顔」のところの「歳をとってようやくわかることがある。そのひとつが、笑顔は大事だ、ということ。笑顔には力がある。人に好かれたいから笑うんじゃない。人が好きだから笑う。笑顔って、相手のことも自分のことも肯定しているしるしだと思う。…… がんばって生きていればいるほど、笑顔から遠ざかってしまう。それじゃもったいない。笑えばいい。笑うといい。私も、もっと、もっと、笑えばよかった。もしかすると、歳を重ねて、どうしたって笑えないような場面を何度か経験して、それで初めて笑うことの大切さに気づくのかもしれない。私ほもう今ではいっぱい笑える。人よりも大きな声で笑って、子どもたちに恥ずかしがられたりするくらいだ。わかるよ。よく笑う大人っ て、がさつで、無神経に見えていた。でもね。はんとうは、笑ってこその人生なんだよ。」というところは、そうそう、笑ってこその人生ですよね、と相づちを打ってしまいました。
 また、「普段はあまり丁寧にはできない手順を楽しみながら、お茶を丁寧に掩れるという行為は、自分を丁寧に扱うことと似ていると思った。自分を労わりたいときに、おいしいミルクティーを飲みたくなるのだ。そういえば、紅茶はこれまでをふりかえるための飲みもので、コーヒーはこれからのための飲みものだと、どこかで読んだことがある。しばし考えて、自分で書いた小説の中に出てくる言葉だったと思い出した。たまにはいいことを書くんだな、私。ふふ。自画自賛だ。」というところなどは、たしかに自画自賛だとは思いながらも、つい、そうそうと思ったりもしました。
 下に抜き書きしたのは、第5章「羊と鋼と本屋大賞」のところの最初に出てくる「ピアノの中の羊」に書かれていることです。おそらく、題名からして、本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』という本の中身に触れたところではないかと思いました。
 これを読んで、ニュージーランドで出合った道路をはみ出るほどのヒツジたちも、昔のヒツジと違うのかな、と思いました。でも、あの広大な平原でのびのびと育っているところをみると、少しは日本のヒツジたちよりもストレスのない良い毛が採れるのではないかと考えました。
(2018.3.20)

書名著者発行所発行日ISBN
緑の庭で寝ころんで宮下奈都実業之日本社1997年12月24日9784408537177

☆ Extract passages ☆

「この時代のピアノは、今のピアノにはない音を出せるんですよ」段  ピアノの材質がいいのだという。決して高級なピアノだったわけではない。でも、当時は、鍵盤の表面は今のような樹脂ではなく、象牙だった。鍵盤の奥につながるハンマーも、組み立てに使われる接着剤も、今とは材質が違ったのだという。
「昔は、いい羊がいたんです」
 彼はいった。羊? どういうことだろう。よくわからなくて聞き返すと、「ピアノの弦を鳴らすハンマーは、フェルトを固めてつくられています。フェルトは羊の毛でしょう。その羊が、昔は野原でのびのびといい草を食べて育ったんですよ。今はなかなかそうはいかない」
 その途端、私の目の前に、広々とした草原で羊たちがのどかに草を食んでいる様子が浮かんだ。草原に風が吹き、草や葉が音を立てる。そこから音楽が生まれるのを感じた。
(宮下奈都 著 『緑の庭で寝ころんで』より)




No.1497『働く人の養生訓』

 養生訓といえば、すぐ思い出すのが貝原益軒の『養生訓』ですが、この本を書いたのは83歳のとろといわれていて、さらに85歳まで長生きしています。もちろん、今の時代の85歳ではなく、江戸時代のこのころの平均寿命は30〜40歳といわれていますから、本当に長生きでした。だから、空前のベストセラーにもなり、まさに健康関連の本の元祖みたいなものです。
 著者の若林さんも、「この著書には、食べ物・飲み物・寝起き・衣服・心の持ちよう・住居の環境など生活上のすべてにわたり気を付けるべき事柄があり、非常に細かく語られています。貝原益軒は『養生訓』に書いたことを自ら実践し、その当時としては長寿の85歳まで生きることができました。」と書いています。
 この『働く人の養生訓』でも、いろいろなアドバイスをしていますが、睡眠不足が認知機能を低下させるといいます。それを、「2003年にべンシルバニア大学とワシントン州立大学が行った実験です。普段7〜8時間眠る習慣がある健康な成人48名を「4時間睡眠・6時間睡眠・8時間睡眠」のグループにランダムに振り分け、14日間実験を続けます。また、3日間徹夜というグループも対照のため作りました。結果、6時間睡眠という、ちょっと寝足りないけれども睡眠不足とまでは言えない状態が2週間続くと、2日間徹夜したときと同じ程度にまで認知機能が低下してしまったのです。」とあり、たしかに徹夜をすると考えるのが面倒くさくなったりしますが、それも納得です。そして、「ほんの少し寝たりない」ということでも、それが続くと徹夜したと同じような認知機能の低下がみられるということにビックリしました。これは気をつけなければと思いました。
 それと、スマホでSNSを使うのと、たとえばパソコンなどのようなある程度広い画面でSNSを使うのとでは、同じ内容でもいやな気分になりやすいといいます。その根拠は、「これは、スマートフォンを見る姿勢と、画面との近さに関連があるのではないかと私は考えています。スマートフォンをのぞき込むとき、たいてい目と画面はかなり接近しており、猫背の状態で長時間読み続けることが多いものです。」と書いてあり、もしかするとそうかもしれないと思いました。
 人は、意外なことから影響を受けやすいものです。よく知られているものに「プラセボ効果」というのがありますが、この本では、その反対の「ノセボ効果」についても書いてありました。それは、「有名な実験で、ハーバート・シュピーゲル博士が行ったものでは、協力者である兵士に対して催眠術をかけ、「これから熟したアイロンで前腕に触れるから」と宣言し、実際には鉛筆で触れたところ、兵士はその部位に痛みを感じ、水膨れを生じた……というものです。」。
 この「プラセボ効果」や「ノセボ効果」を考えると、いかに人の心が身体にも影響を与えるかということがわかります。
 下に抜き書きしたのは、よく運動選手などが使うルーティンについてのことです。たしかに集中力を高めるということでは有用なことですが、もしそれができないときのことを考えると、そうとばかりはいえないようです。
 そのルーティンに幅を持たせるというのは、たしかにありだと思います。
(2018.3.17)

書名著者発行所発行日ISBN
働く人の養生訓(講談社+α新書)若林理砂講談社2017年11月20日9784062915113

☆ Extract passages ☆

理由なく複雑な手順にこだわったり、ちょっとそこから外れてしまったりすると、メンタルに悪影響を及ぼして「きっと悪いことが起こる」「今日は運が悪くなる」など、余計な不安感を呼び覚ますことになります。
 もともとうまくいくように習慣づけていったことが結果的に悪影響を及ぼすようになるとしたら、せっかくの習慣が台無しだと言えるでしょう。……たとえば、朝はこのカップでこの銘柄のコーヒーを飲まないと調子が狂う、靴を履くときは左足から、おやつに毎日同じように甘いものをつまむ、……
こういった場合は、「このルーティンをなくさなければならない!」と躍起になって執着を取り払おうとする必要はありません。できるだけそのルーティンに自覚的になっておいて、次善の策をいくつか作っておくことが大切です。いわば、ルーティンに幅を持たせる……上・中・下というか、松竹梅のランクを付けておくのですね。
(若林理砂 著 『働く人の養生訓』より)




No.1496『アートの力』

 この本の題名をみて、単純にアートは絵画か彫刻か、そのようなジャンルのものではないかと思いました。
 ところが、実際に読み始めると、まったく違っていて、「本書で論じてきたアーツマネジメントの現場は、荒れ果てた村、障がい者の施設、高齢貧困者の集住地区、病院、過疎地、被災地、虐殺地、紛争地、スラムなどといったところだ。一口でいえば、社会的困難や苦難を抱えこみ、日常的な社会生活から排除されがちな人々のいる場所だ。」というところでの、アートの力です。
 つまり、そのようなところでは、相当なインパクトがなければできませんし、関心も持ってもらえません。最初に取りあげられていたインドネシアのセラム島での活動も、村長の強いリーダーシップがあればこそですが、それなりの歴史的背景もなければ牽引できません。ある程度の住民たちが納得しなければ、それなりの成果は期待できません。
 この本のなかで、カリフォルニア大学の生物学者であったハーディンの「コモンズ(共有地)の悲劇」という論文が紹介されていますが、なるほどと思いながら読みました。コモンズの悲劇というのは、「ここに共有の牧草地があり、多くの牧夫がそこで牛を飼っている。全体の頭数がまだ少ないときには何ら問題は起こらない。各人が牛を増やしていっても牧草地には余力があるからだ。だが牛の数が増えるにつれて余力はなくなり、しだいに混雑してくるであろう。やがて、これ以上増やし続ければ牧草は回復不能なダメージをこうむる臨界点に到達する」という事態だ。ハーディンの主張の眼目は、人間が合理的に行為するかぎり、私たちは臨界点を踏み越えてしまうという点にある。つまり自分だけ違反しても全体には影響はないだろうと思う行動が、最終的には共有地の壊滅的荒廃を招き、ひいては自分にもはね返ってくる。しかも私たちはなかなかそういう行動から逃れることができない。それを乗り越えるためには共有地の倫理、それも強い倫理が必要になる。「出入り自由」には大きな責任が伴うのである。これは当然だろう。」というものです。
 たしかに、このような問題は、いろいろなところで起きやすいものです。でも、この悲劇を解決するには、相当強いリーダーシップを持つ存在とか、確固とした倫理なども必要になります。しかし、言葉では簡単に言えますが、現実問題としては非常に難しいと思います。今の地球の温暖化対策の各国の取り組みをみてもそれがわかります。先ずは自分のことを考え、それから他のことを考えるという自己中心の人間の性が見えてきます。でも、なんとかしなければならないというのは、自明の理です。
 下に抜き書きしたのは、2006年5月27日の早朝に起きたジャワ島中部大地震の災害から再生させるための支援活動をして2年ほどたったときの話しです。
 これを読んで災害を風化させてはいけないという気持ちと、いつまでもそこに立ち止まっていては前に進まないというジレンマのようなものを感じました。支援はたしかに必要ですが、いつまでもそれに頼っていてはという気持ちの葛藤です。それがインドネシアのパートナーから言われたということに、言葉の重みを感じました。
(2018.3.15)

書名著者発行所発行日ISBN
アートの力(大阪市立大学人文選書)中川 眞和泉書院2013年4月20日9784757606616

☆ Extract passages ☆

 さて、震災から2年ほどたったときのことだ。私はジョグジャカルタの被災地でショッキングなことを言われた。
「これまで支援してもらってありがたかったんだけど、これ以上、支援というスタンスで僕たちとつき合ってほしくないなあ」
 2年ほどたつと、住居もほぼ元通りになり、村の風景は以前と変わりなくなった。復興も一段落した。私は、心や文化の復興には時間がかかるから、支援を続けるつもりで会議に臨んでいた。そこでパートナーからこう言われたのだ。驚いた。彼の発言は「支援をされ続けると援助慣れしてしまって、自らが何かを切り拓いていくという気概がなくなる」という主旨だった。
(中川 眞 著 『アートの力』より)




No.1495『僕はLCCでこんなふうに旅をする』

 今はLCCといいますが、昔はそのままずばり、格安航空券といってました。風説では、団体用のチケットをばら売りしたり、余ったチケットだから安いのではといってました。
 でも、この本では、だいぶ前はそれもあったそうですが、今までの航空運賃との違いは予約システムの違いが一番大きいそうです。この本では、「航空運賃を決める要素を大きく分けると、燃油費、人件費、機材のリース代や空港使用料など人件費を除いた経費の3つになる。かなりアバウトな割合に分けると、それぞれ3分の1ずつといわれている。このなかでコストを削ることがなかなか難しいものが燃油費だといわれている。……それまで航空券を予約するには電話か直接オフィスに出向いていた。レガシーキャリアは、そのために自社の販売オフィスや窓口を用意していた。加えて、旅行会社にも販売を委託していた。これらにかかる費用は大きかった。オフィスを維持するためには賃料や人件費がかかった。旅行会社へ支払うマージンやキックバックなどもかなりの額になった。日本では旅行会社が肥大化し、航空会社の一存では価格も決められない状況になっていった。これらのコストをほとんどカットしたのがLCCの販売方法だった。問屋、販売店といったこれまでのビジネスモデルを、インターネット販売に一本化することで、LCCは旅行会社と決別した新しいビジネスモデルを航空業界にもたらしたわけだ。」といいます。
 そもそも、今までの航空会社というかレガシーキャリアとLCCの違いはというと、意外と明確ではないようです。この本でも、「アメリカに生まれ、ヨーロッパ、東南アジアや東アジアと広がっていったLCCだが、当然、インドやロシアの空も飛びはじめている。ロシアのLCC――。限りなくLCCとしか見えない航空会社はある。そのあたりはLCCの定義の問題になってしまう。LCCとレガシーキャリアの区別がつきにくくなっている。内容を突き詰めていくと、機内食になるという人が多い。無料の機内食を出すか、出さないか……が境界だと。」と書いてますし、第3章の「LCCの今」では、区別が難しいだけでなく、中間クラスのLCCも登場してきたといいます。
 第4章では、「LCCの落とし穴」で、なかなか難しいインターネット予約などや、その付随する大変さなども書いてあり、とても参考になります。さらに最後の「資料」では、その実体験や日本に就航しているLCC各社のデータなども掲載されています。これなどを読むと、確かに大変なこともありますが、一番のメリットは航空券の安さです。そういえば、2016年の3月に台湾の中央山脈に行きましたが、このときはそれぞれに台湾の台北・桃園空港に直接集合しました。それで、それぞれの航空券の料金を比較したら、バラバラでした。同じ場所に来るのに、こんなにも違うとは本当にビックリしました。
 でも、この本を読むと、さらにキャンペーン価格の場合などは安いと知り、さらに驚きました。だから下に抜き書きしたような不安が起こるのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、このようなLCCの一番の不安を明快に解説してくれているところです。なるほど、これを読むまでは私も漠然とそう思っていましたが、考えてみると、もし事故が起これば取り返しの付かない事態に陥ってしまいますから、一番気にしている部分かもしれません。
 今は、仙台空港からも「ピーチ」や「スカイマーク」、「タイガーエア台湾」などが飛んでいるそうです。一度、仙台からも利用してみたいと思いました。
(2018.3.12)

書名著者発行所発行日ISBN
僕はLCCでこんなふうに旅をする(朝日文庫)下川裕治朝日新聞出版2017年11月30日9784022619167

☆ Extract passages ☆

 LCCへの不安のなかに、「安い中古機を使っているのではないか」というものがある。新しい飛行機を買っていたら、これだけ安い運賃を導けないのでは……と。機材の古さが気になるのは、古さが事故の原因にもなるからだ。これまで世界で起きた航空機事故を見ても、やはり古い機材はトラブルを起こしやすい。
 しかし実際にLCCに乗ってみるとわかることだが、機材はかなり新しい。それは素人でもわかるほどだ。その理由は燃費と整備費用だという。新造機のほうが中古機より燃費がいい。費用対効果がいいわけだ。整備費が安くすむメリットもある。LCCはそのシェアをのばしているから資金調達も難しくない。レガシーキャリアに比べ、新しい機材が多いことがLCCの特徴でもある。
(下川裕治 著 『僕はLCCでこんなふうに旅をする』より)




No.1494『気象災害から身を守る大切なことわざ』

 最近は地球温暖化の影響なのか、自然災害が増えているような気がします。今年にはいってからも、草津白根山の本白根山で3000年ぶりに噴火したとか、蔵王山でも噴火警戒レベルを2に上げたとか、いろいろな話しが伝わってきます。
 そんなこともあり、副題の「豪雨・台風・津波……日本人が言い伝えてきた知恵と行動」などが書いていることから、ちょっと興味を持ちました。たとえば、火山爆発の前兆として、『地熱はなはだしきことあれば火山爆発の前兆なり』や『山里にて一夜の問に樹木の花咲くことあれば大噴火近し』などもあり、今ではあちこちにその温度変化をはかる計測器が備えられているようですが、昔はなかったわけです。それでも、地熱が高くなるとわかっていたようで、だからこそ、このような言い伝えが残ってきたようです。
 もちろん気象災害ですから、この他にも台風や風水害など、多方面にわたっていますが、今年の冬はとくに厳しく、北陸などでは国道8号線に1,500台もの車が立ち往生して、2〜3日もまったく動かなかったそうです。国道が止まれば物流にも影響し、生活にも支障が出てきます。車のマフラーが雪で覆われてしまい、排気ガスで亡くなられた人もいます。まさに、今年の大雪は、今まであまり降らなかったところにも降り、都市部も大混乱に陥ったそうです。
 そういえば、この真冬のときのことわざに『寒(かん)きつければ土用きつし』というのがあり、まさに半年先の夏の暑さを予報するような言葉です。それに近いものに『冬の寒気強ければ翌夏に暑気強し』や『冬より春にかけて寒さ長引けば酷熱来る』などもあり、あまりにも寒かったり暑かったりすると、その反動もあるから気をつけなさいということです。
 そういえば、この辺りでは、「寒離れ」という言葉が残っていて、今年の2月5日からは大寒波が来て、大雪だけでなく、例年よりだいぶ寒い日が続きました。
 寒いのも大変ですが、夏の暑さも困ります。ちょうどいいのがいいとは思いますが、なかなかそのようにはならないようです。
 下に抜き書きしたのは、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市の石碑にも、「地震があったら高所に集まれ」と刻んだものがいくつもあつたそうです。しかし、地震の記憶が薄れていくにしたがい、その石碑の存在もしらなかったという人が多かったそうです。それでは困るとして、今回の津波の到達ラインに桜の木を植えることにしたそうです。
 その理由や意義などを詳しく書いてあるので、ぜひ読んでみてください。
 過去に何度も大地震で大きな被害を受けながらもその教訓を生かせないとは、たしかに残念です。この桜の木が記憶の歯止めになればいいと思いました。
(2018.3.10)

書名著者発行所発行日ISBN
気象災害から身を守る大切なことわざ弓木春奈河出書房新社2017年12月5日9784309227207

☆ Extract passages ☆

 陸前高田市では、津波の避難に役立てようと、東日本大震災の津波の到達ラインに桜の木が植えられています。
 なぜ桜なのでしょうか。昔から、津波に幾度となく襲われている三陸一帯には、津波の到達点に、数多くの石碑が建てられています。しかし、これらの石碑の存在を知らない人も多いといいます。形としては残っているものの、記憶には残っていないことが多いのだそうです。
「認定NPO法人桜ライン311」の佐々木良麻さんは、そのことに悔しい思いを抱き、津波の悲惨さを忘れないようにと、多くの人の記憶に残る桜を植える活動を行なっています。
 毎年、3月と11月の週末に全国のボランティアが集まり、陸前高田市内の津波到達地点に桜の木を植樹しています。津波到達地点の土地を持っている方に許可をとり、しだいにその範囲を拡大しているということです。
 平成29年(2017)3月までに、1227本の桜の木が植樹されました。陸前高田市内の津波到達ラインは延べ170キロにも及ぶので、そこに10メートル間隔で桜の木を植えるとなると、目標は1万7000本になるそうです。
(弓木春奈 著 『気象災害から身を守る大切なことわざ』より)




No.1493『この星の忘れられない本屋の話』

 日本の本屋の話しではなく、この星のということは地球全体のことかな、と思いながら読み始めました。そういえば、ちょっと前のことになりますが、世界の行ってみたい本屋さんという企画本があり、これがおもしろかったので、この本もというわけです。
 でも実際には、編者であるヘンリー・ヒッチングスが世界の各地から選んだ作家15人に、「人生のある時点で個人的な関わりを持った(あるいはいまも持ち続けている)身近な本屋や古本屋にまつわる話を綴ったアンソロジー・エッセイ集」です。
 編者がこのようなテーマを選んだのは、日本もそうですが、世界のどの国でもインターネットなどの普及で、どこの町の本屋さんでも急激に減りつつあるという現実があるからではないかと思います。この15日の作家たちの出身は、出版元であるイギリスが3人で、ウクライナ、コロンビア、旧ユーゴスラビア(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、中国、エジプト、ケニア、アメリカ、ドイツ、イタリア、インド、デンマーク、トルコと、いろいろな地域から選ばれています。そういう意味では、どの国でも、日本と同じような本屋さんの問題を抱えているといっても過言ではなさそうです。
 おもしろいと思ったのは、前日読んだNo.1489『わたしの名前は「本」』のところで、本の匂いに触れたところがありましたが、この本でも、編者のヘンリー・ヒッチングスが、「古本には人を刺激する匂いがある。鼻の悪いワイン愛好家の蘊蓄みたいに聞こえるかもしれないが、古本というのは、アーモンドとバニラ、植物性の甘さ、湿った木材、さらにはマッシュルームもかすかに混じったような香りを漂わせている。その匂いをかいでいると、まるでそこが森の中で、暗い茂みの先に黄金色が広がっていて、別の時代や場所へひとつ飛びに飛んで行けそうな気がするのだ。」と書いています。
 このバニラの香りという表現は同じだし、もしかすると、本好きな人間とそうではないのとの区分けは、この本の匂いに由来するのかもしれないと思いました。つまり、本の嫌いな人たちは、この本のにおいを「臭い」と無意識のうちに感じているのかもしれません。
 この本を読んで、本好きというのは、世界のどこにいても、ほとんど同じようなことを考え、しているのだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「ふたつの本屋の物語」を書いたフアン・ガブリエル・バスケス氏の文章です。原文はスペイン語ですが、それをアン・マクリーン氏が英訳したものだそうです。
 たしかにいい本屋さんというのは、どこの国でも似たようなものだと感じました。この本屋さんには何があるかわからない、いわば宝探しみたいなワクワクする興奮がいいのです。それが通販だと、自分のわかる本を探すにはいいのですが、その先のワクワク感がありませんし、立ち読みの楽しさもありません。
 この本を読んで、新刊書店でも古書店でも、ワクワクして探す楽しみのある本屋さんを、自分たちも大事にしていかなければならないと思いました。本当に、なくなってから気づいても、それでは遅すぎます。
(2018.3.8)

書名著者発行所発行日ISBN
この星の忘れられない本屋の話ヘンリー・ヒッチングス 編、浅尾敦則 訳ポプラ社2017年12月7日9784591156650

☆ Extract passages ☆

いい本屋というのは、本を探しに行って、思いも寄らぬものを見つけて帰ってくるという、そんな場所である。そのような形でもって文学的会話の幅が広がっていくし、私たちは自分の経験を無限に押し広げていくことができるのだ。そしてインターネットは、このような楽しみまで、私たちから奪おうとしている。ウェブサイトでは、実は何も発見することができないのである。なぜなら、アルゴリズムが私たちの探しているものを予測して――そう、数学的に――それがあるところへ私たちを導いているので、予想外のものと遭遇するチャンスがないのである。導かれていく先は、私たちがすでに知っている場所でしかないのだ。
(ヘンリー・ヒッチングス 編 『この星の忘れられない本屋の話』より)




No.1492『座右の寓話』

 寓話って、もともとは教訓的な内容を、他の事柄にかこつけて、たとえ話のようなものですから、この本の副題のように「ものの見方が変わる」のを最初から期待しているわけです。それを座右にしていたら、ものの見方がころころ変わりそうで、ちょっと怖いというのが最初の印象です。
 だから、これはおもしろいという話しだけを拾い読みしようと思いました。ところが、読んでみると、やはりうまいもので、このような見方もあるよな、とつい時間をかけて読んでしまいました。
 なかでも、「エレベーターと鏡」という話しも人間の真理を巧みに読んでいるところがおもしろく、「エレベーターの待ち時間が長すぎる。何とかしてほしい。改善されなければこのビルから出ていく」。こんなクレームが、オフィスビルに入っているテナントから上がってきた。解決策として出たのは、エレベーターを増設すること、最新式の高速エレベーターに取り替えることだった。しかし、どちらも莫大なコストがかかってしまう。そんなとき、ある社員がこう提案した。「各階のエレベーターの前に大きな鏡を置きましょう」。その通りにしたら問題は解決した。ほとんどの人が鏡を覗きこみ、服装や表情、化粧の状態をチェックするようになった。」という話しです。
 この場合は、最初のクレームの待ち時間を短くしてほしいという解決にはなっていないのですが、結果的に待ち時間を長いとは感じさせなくなったというわけです。つまり、問題を巧みにすり替えたようなもので、人間の心理を読んだからこその解決策です。
 おそらく、このようなものの考え方を変えただけで、いろいろな解決法がありそうです。たしかに正面突破もありますが、みんながよければ、このような変則的な解決もあるといえます。
 もうひとつは、ユダヤ人の考え方です。だからこそ、世界中に散らばっていても生きていられると思いました。それは「こんなユダヤ人ジョークがある。「ユダヤ人は足を折っても、片足で良かったと思い、両足を折っても、首でなくて良かったと思う。首を折れば、もう何も心配することはない」。失ったものを数えるな。残っているものを数えよ。そして、残っているものがあることに感謝し、それを最大限に活かそう。これは真実である。」と書いています。
 これもいろいろなところで語られる言葉のひとつで、自分がまだ持ってないところから探そうとせずに、自分自身がすでに持っているところから幸せを探しなさいというようなものの考え方です。
 それにしても、首が折れて死んでしまえば、それもまた永遠に心配から解放されることだからめでたいというところが、とてもすごいブラックユーモアみたいです。
 下に抜き書きしたのは、「生クリームに落ちた3匹のカエル」ですが、オチの部分が意外で、これはおもしろいと思いました。しかも、生クリームに落ちるとは、間違っても日本でつくられる寓話ではないので、ぜひ読んでみてください。
 行動するものが最後は結果を得るといいますが、この寓話を読むと、万が一つでもその可能性があればやってみることだと思いました。
(2018.3.5)

書名著者発行所発行日ISBN
座右の寓話戸田智弘ディスカヴァー2017年12月15日9784799322048

☆ Extract passages ☆

 3匹のカエルが、生クリームの入った桶の中に落ちてしまった。一匹目のカエルは「すべては神様のお考え次第だ」と言って何もしなかった。すぐに命がつきた。
 2匹目のカエルは、足をばたつかせて必死でもがいた。ただただ同じ場所をかき回しては、沈み、浮き上がることを繰り返した。2匹目のカエルが叫んだ。「もうダメだ。どうせ死ぬのに、こんなに苦しい思いをするのはばかげている。不毛な努力の果てに、疲れ切って、死んでしまうなんて割に合わない」。カエルはもがくのもやめ、白い液体に飲み込まれて いった。
 3匹目のカエルはこう考えた。「どうしたらいいんだ? 死が近づいているのは分かっている。でも、僕は最後まで戦うぞ」。カエルはひたすら足をばたつかせ、同じ場所をかき回し続けた。すると、足が固いものに絡みつくようになった。なんと、カエルが生クリームをかき混ぜているうちに、生クリームがバターになったのだ。驚きながらもカエルはひとっ飛び、桶の縁に飛び乗り、嬉しそうな鳴き声を上げながら帰っていった。
(戸田智弘 著 『座右の寓話』より)




No.1491『お坊さんにならう こころが調う 朝・昼・夜の習慣』

 今さら、お坊さんに習うこともないけど、どのような話しをしているのかな、という興味から読み始めました。
 著者は、臨済宗国泰寺派全生庵住職で、静岡県の龍澤寺専門道場で11年間ほど修行されていたようです。そして、2003年から全生庵の住職をされていて、さまざまな活動をされているとプロフィールには書かれています。
 この本のなかで、著者の父親のお師匠さんは山本玄峰という昭和の傑僧と呼ばれたひとで、つねづね「心配はしないほうがいい。しかし、心配りはしなきゃいけない」と口酸っぱく修行僧に言っていたそうです。たしかに、心配りをちゃんとできれば、人との関係はうまくいくと思います。
 この本のなかで、よく出てくる言葉は「ありのまま」ということです。「どうしようもないところに身を置くと、ありのままを受け入れるしかなくなります。すると、苦は苦であっても気にならなくなる。実際に道場では、夏になると必ず3キロぐらい体重が減っていました。冬になると、3キロぐらい太るのです。暑さ、寒さをそのまま受け入れて暮らしているから、体が自然にそれに対応して変化するわけです。冷暖房があるから、「寒い寒い」「暑い暑い」と文句を言うことになるのです。思い切ってスイッチを切ってしまう時間をつくる。すると、苦痛もそのまま受け入れることができる心が育つはずです。」と言っています。
 でも、最近の夏の暑さは異常ですから、これをそのまま実行して熱中症にでもなったら災難です。そういえば、「自分のためのごほうびの時間はいらない」と言いますが、ある程度、自分自身に対するごほうびを考えると、やる気になってくるように思います。
 毎日、おんなじことの繰り返しだと、メリハリがなくなるます。そんなときには、もうちょっと頑張れば今まで欲しかったものを買ってもいいよ、というと、やる気も出てきます。それは必要なことではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、「学ぶ」とは「真似ぶ」だといい、修行も結局は先輩がやっていることを見て、真似ているといいます。
 その真似ることから、だんだんと心を学んでいくといいます。考えてみると、日本の伝統的な芸事、お花もお茶もすべて師匠のやることを真似ることから始まります。
(2018.3.2)

書名著者発行所発行日ISBN
お坊さんにならう こころが調う 朝・昼・夜の習慣平井正修ディスカヴァー2017年11月10日9784799321942

☆ Extract passages ☆

「学ぶ」という言葉の語源は「まねぶ」、つまり「真似ぶ」だという話は有名です。何事も、最初は真似から始まります。
 修行道場の生活も、全部、真似です。台所仕事をするときにも、ごはんの炊き方から何から、ろくに教えてはもらえません。先輩がやっているのを見て、真似して覚えるわけです。
 さらに言えば、修行を通じて、お釈迦さまの真似をしているわけです。坐禅もまさにそうです。お釈迦さまが坐禅で悟りを開いたというので、その真似をしているのです。
(平井正修 著 『お坊さんにならう こころが調う 朝・昼・夜の習慣』より)




No.1490『まるまる、フルーツ』

 No.1469で読んだ『こぽこぽ、珈琲』を図書館に返すついでに、この「おいしい文藝」既刊の『ずっしり、あんこ』と『まるまる、フルーツ』はありませんか、と係の方に尋ねました。すると、すぐ調べてくれて、『ずっしり、あんこ』はあるけど、『まるまる、フルーツ』はないから、もし読みたいならリクエストしますかといわれ、お願いしました。
 その借りた『ずっしり、あんこ』は読んだのですが、2月中旬になってリクエストした『まるまる、フルーツ』が入りましたという連絡を受けました。そこで、2月19日から23日まで、蔵書点検のため休館するとのことなので、その前に借りてきました。
 もともと私はフルーツが大好きですし、山形はフルーツ王国なので、食べる機会もたくさんあります。この本の中でも、巌谷國士『さくらんぼ』のなかで、戦争中に米沢に疎開し、食べるものが少ないときにこのさくらんぼをたくさん食べたことで、今でも、好きな果物はと問われるとさくらんぼと答えるそうです。そして、「世の中にこれほどかわいいものがあるだろうか」と書いていますから、懐かしさもあるのでしょうが、やはり美味しかったのだと思います。
 私のさくらんぼの好きな食べ方は、冷蔵庫でしっかりと冷やし、それを器に入れ、まだ誰も入っていない風呂に入りながら、その冷たいさくらんぼがのどを通るのを確かめながら味わうのが最高です。これだといくらでも食べられますが、さくらんぼは食べ過ぎると胸焼けするのでほどほどでやめるようにしています。
 また、山形の果物で絶品がラフランスです。これは食べ頃が難しいのですが、ちょうどいい熟れ具合で食べると、その香りといいのど越しのなめらかさといい、最高の果物です。
 そういえば、子どもたちが小さいとき、毎年、福島の桃狩りに行ったことも思い出のひとつです。あの、手で皮をむきながら食べるときのみずみずしさは、腕までしたたり落ちる果汁をなめながら食べると、わざわざここまで来て良かったと思います。子どもたちも大きくなり、親とは行かなくなり、それ以来福島にも桃狩りに行かなくなりましたが、今度は孫でも連れて行ってみたいと思います。
 昨年末に仙台に行ったときに、フルーツバイキングがあると聞き、行ってみました。たまたまほとんどが予約なのですが、1組だけ入れたので、何度もお替わりをして堪能してきました。次は、断られるとイヤなので、必ず予約をしてから行かなければと思いました。
 海外の果物の思い出は、インドネシアのカリマンタンで食べたドリアンが最高でした。ホテルには持ち込めないということで、仕方なく露天で買ってその場で割ってもらい食べましたが、果肉のクリーム色のとか赤味のあるものとか何種類かあったので、毎日、食べていました。そういえば、ジャックフルーツやバンレイシなど、始めて食べた果物もあり、まさに果物三昧でした。たしか、食事を少なくして、果物をたくさん食べていました。
 下に抜き書きしたのは、光野桃『ボーナスと果物』の1節ですが、父のボーナスが出たので、家族全員が好きなだけ果物を食べたというところです。ここに出てくる果物を数えたら、スイカ、バナナ、ブドウ、巨峰、マスカット、ビワ、オレンジ、甘夏、檸檬、桃、サクランボです。
 私も旅行などに出かけると、一人で果物屋やデパートに行き、カットフルーツをたくさん買い込んで来て、それを冷蔵庫に入れて置いて、ヒマがあると食べています。以前よりは食べられなくなりましたが、果物好きは、年を重ねてもあまり変わっていないようです。
(2018.2.27)

書名著者発行所発行日ISBN
まるまる、フルーツ(おいしい文藝)杉田淳子、武藤正人 編河出書房新社2016年8月30日9784309024950

☆ Extract passages ☆

「きのうね、パパのボーナスが出たのよ。だからきょうほ特別、果物食べ放題!! 好きなものを好きなだけ食べていいわよ」
 一人一人に白い皿を配りながら、母が華やいだ声で言った。
 木のテーブルの上にはすでに色とりどりの果物が山盛りになっている。いい香りが家中に満ちていた。……
 わたしはまだ心の中で「うわぁ、うわぁ」と叫び続けていた。興奮でどこから手をつけていいのかわからない。しかし最初に食べるものは、すでにはっきりと決まっていた。桃だ。まるごと手でつかむと、皮を剥くのもそこそこに、その柔らかい丸みにむかって唇を思い切り突進させた。
 果物ではない、お菓子でもない、それは幸せというものを形にしたとしか思えない味だった。
(弓木春奈 著 『まるまる、フルーツ』より)




No.1489『わたしの名前は「本」』

 本が本のことを語るという設定なので、おもしろいと思いました。だって、本が何かを本当に語ったら、それこそ本モノでしょうから。
 本そのものの歴史などは、ある程度、知ってはいますが、電子書籍が出てきてから、それを本といっていいのかどうか、ちょっと迷います。たしかに、今年になってから出版された『広辞苑 第7版』は10年ぶりの改訂版ですが、いくつか間違いが指摘され、その訂正は次の改訂版のときだそうです。だとすれば、電子版ならすぐにでも訂正できるから、良さそうな気もします。
 しかし、この本の作者も語っていますが、「ページの角が折れるほど読まれるスリルを味わえない」というのは、やはり残念です。それと、本には独特のにおいがあり、本と電子書籍とが話し合う設定のところでは、「本にはにおいがあるにきまっているじゃないか。本に夢中になることを、"本に鼻を突っこむ"(nose in a book)というだろう?」と話しかけます。さらに、「確かに、アメリカの作家、レイ・ブラッドベリ(1958−2012)の小説『華氏451度』には、「本はナツメグとか異国のスパイスのにおいがすることをご存知かな?子どもの頃、本のにおいをかぐのが大好きでね」と、老教授フェーバーが主人公のモンターグに語る場面がある。そしてわたしは電子書発に語った。古代ローマ時代、ヴェラムでできていたときのわたしはサフランの香りがしていたし、ヴィクトリア朝の時代には、わたしの紙はラベンダーやバラの花びらが貼りつけてあったので、その香りがした。それから、すぐに、こういった。もちろん、すべての本が同じにおいがするわけではない。しかし、本に慣れ親しんだ人の鼻は、ワインのソムリエの鼻のように、熟成した木のパルプの香りにヴァニラの香りがかすかにまじったようなにおいをかぎとることができる。それはまるで、森そのものが、わたしに古代の知恵の香りを押印してくれたかのようだ。」と熱く語ります。
 たしかに、私も本にはその本がたどってきた経歴みたいなかおりを感じることがあります。それが複雑に絡み合ったのが、古本屋のにおいです。それをかび臭いという人もいれば、これこそが古本のにおいだと思う人もいます。私もどちらかというと、神田神保町の古本屋巡りが好きなので、古本屋に入ったときのあの独特のにおいが好きです。いかにも、今、古本屋にいるというようなにおいです。これなども、絶対に電子書籍には真似のできないものです。
 おそらくは、紙の本と電子本とがその利用のされ方で併存していくような気がしていますが、フィルムカメラとデジカメのように、あまりにも格差が広がらないようにとは思っています。でも、これらは、今後の利用者がそれぞれに関わり合いながら決めていくことですから、それにしたがうしかありません。
 下に抜き書きしたのは、図書館についての話しで、昔のローマの公衆浴場には図書館もあり、表紙と裏表紙は木の板だったそうですが、ほんとうに風呂に浸かりながら読んでいたのだろうかと気になりました。おそらく、その当時の本は相当貴重だったでしょうから、もしお風呂のなかにポトッと落としたりしたら、たいへんな騒ぎになりそうだと思ったからです。
 私なら、大自然のなかで、ノンビリとコーヒーでも飲みながら、本を読む時間を楽しみたいと思うのですが、そういえば、川西町のフレンドリープラザ内にある遅筆堂文庫で、1晩泊まりながら、思いっきり本を読むことができたのは、これも楽しかったですね。
(2018.2.25)

書名著者発行所発行日ISBN
わたしの名前は「本」ジョン・アガード 作、ニール・パッカー 画、金原瑞人 訳フィルムアート2017年11月25日9784845916245

☆ Extract passages ☆

 ご存じのとおり、無料で本を借りて家に持って帰れるところが昔もあったし、いまもある。ただし、一定の期間を超えると遅延料金を払わなくてはならないこともある。
 そういう場所は、シュメール人には「記憶の家」と呼ばれていたし、エジプト人には「魂をいやす場所」と呼ばれていたし、チベット人には「宝石の海」と呼ばれていた。
 もちろん、図書館のことだ。
 わたしの記憶にある限り昔から、図書館があった。そして本が増えるにつれて、図書館も大きくなっていった。はるか昔、図書館員は「粘土板の番人」として知られ、図書館は「粘土板の家」として知られていた。わたしが粘土板に書かれていた時代だ。あるアッシリアの王は、粘土板の収集が大好きで、自分の図書館を持っていて、そのなかには、粘土板を焼く窯まで作り付けてあった。焼きたての本も読めたのだ!……アルゼンチンの詩人、作家、エッセイストのホルへ・ルイス・ボルヘス(1899−1986)はこう言ったそうだ。「わたしは昔から、天国とは図書館のような場所だと想像していた」。
(ジョン・アガード 作 『わたしの名前は「本」』より)




No.1488『百歳の力』

 以前からこの本を読んでみたいと思って手には取ってみたのですが、著者の墨を用いた抽象表現なるものもわからないし、歳をとるという実感もあまりありませんでした。
 ところが、今年は古稀だといわれ、とたんに歳を感じ始め、さらに図書館の棚にこれらのコーナーがあったこともあり、読むことにしました。結果的には、前回読んだ『すごいトシヨリBOOK』の流れと同じになってしまいました。
 それでも、さすがに著者は墨をつかうアーティストなので、墨そのものに関する話しもあり、極上の墨は、「中国の乾隆帝の時代につくられた墨が、いちばんいいとされている。中国の文化を極致まで高めた皇帝で、本人が非常にそういうものが好きだった。その墨は、どこかの谷間に生えている松の根を燃やして、はるか高いところまで昇ったいちばん軽い煤だけを集めて固める。それを頂煙墨と言って、いい墨の代名詞となった。そして、当時の文人は、西湖の水がいいと言って、遠くまで汲みに行って、その湖の水で墨を磨った。墨を磨るのは、12歳ぐらいの、無心で、あまり力の強くない子ども。大人の力で磨る墨では得られない、子どもが磨る墨色がいちばん美しいからと、墨童という童を雇った。それくらい、墨というのは繊細に取り扱われていた。」といいます。
 そういえば、だいぶ前の話ですが、中国語を習っていたときに、その山大の学生が出身地の杭州に一時帰郷するというので、ついていったことがあります。そのとき、この西湖にも行き、その近くにある西冷印社にも行きました。ここには文房四宝が並べられていて、紙とか墨、朱肉なども買いました。この朱肉は今でも使っていますが、深味のある陰影で、とても重宝しています。ただ、墨は日本の墨と違い、ちょっと硬そうで、今でもそのままとってあります。
 また著者は、自分の美意識の目覚めについて、「いわゆる色彩感覚は、空の色、草の色、花の色など、自然の色で養われ、それとは別に、襲色の美しさは、私に強い印象として残っている。あの時代の人の着物は、グレーとか茶色とか、非常に地味だったことは事実。昔の人の普段着は、みんなそういう地味な色合いでした。でも、羽織や着物の裏から赤や藍などがちらりと見えて、狭の色の襲は、ちょうど私の目の高さだった。だから、私の色彩感覚をいちばん最初に目覚めさせたのは、母の袂だと思う。」と書いています。
 たしかに、十二単を考えてみても、着物をかさねるというのは、日本の伝統的なもので、そのかさねた微妙な色合いが特徴です。また江戸時代の裕福な町民たちは、見えるか見えないかわからないところに、上等なものを着たそうで、そのような文化もあります。
 百歳という長寿の生き方も、百歳を過ぎての作品には90歳のときにはない何かある、と考えれば、歳をとるのもいいことだと思えてきます。たくさんの紙を無駄にしているといいながらも、今も精力的に作品を描いている著者の姿に、ある種の感動を感じます。
 下に抜き書きしたのは、著者はもともと習字を教えていたこともあって、生徒がお手本通りに書くのに少し抵抗があったといいます。でも、教えるには、最初は形から入るのは当然ですし、それからだんだんと個性のある文字が書けるようになります。
 その辺の所を書いてあるので、創造することを考えながら読んでみてください。
(2018.2.23)

書名著者発行所発行日ISBN
百歳の力(集英社新書)篠田桃紅集英社2014年6月22日9784087207439

☆ Extract passages ☆

 学校などでも、お手本どおりに書く生徒を褒めて、いい点数をつける。お手本どおりというのは、すなわち偽物をつくるということ。偽物をつくることを賞讃し、奨める。たとえばゴッホの「ひまわり」の絵を見て、その複製をうまく描いたからといって、その人は賞讃に値するのか。そこに新しい価値はないですよ。
 その生徒にしかつくれないものをつくったら、それが上手でなくても独創的であれば、褒めて、その子の才能を伸ばしてやる。そのほうが私はよっぽどいいと思いますね。そうすれば、この世に、もっと多くの独創的なものが生まれるでしょうしね。
(篠田桃紅 著 『百歳の力』より)




No.1487『すごいトシヨリBOOK』

 おもしろい題名の本だと思いながら読み始めたら、「はじめに」のところに、「「すごい」(ひらがな)、「トシヨリ」(カタカナ)、「BOOK」(英語)と表記がばらばらなのは、老人自体がいろんなものの混成で、その内面にも、老人的なもの、老人らしからぬものが混在しているものです。年を取りながら、自分自身がそう実感しているからです。」と書いてありました。
 たしかに、年をとってくると、意外なところで年を感じたり、まだ若いと思えたりしますから、なるほどと思いました。いろいろと経験しているからこそ、いろいろな楽しみもあるはずだし、副題の「トシをとると楽しみがふえる」というのもよくわかります。
 そういう意味では、下に抜き書きしたような、自分自身を見つめ直すことも必要だと思います。
 自分を見つめ直すということは、ありのままに見るということで、これが意外と難しいようです。つまり、ありのままに見ると、イヤなので、つい、自分の良いように見てしまいます。だから、老いてくると、よく「人生の秋」といいますが、言い得ている表現です。著者は、「秋が来れば当然、冬が来る。冬が来たら普通、春が来るわけですが、老いの非常に残酷な点は、春はもう来ない。二度と来ないというのが、老いの無慈悲なところです。「体はしわくちゃだけど、心はまだまだ若い。我々は万年青年だ」なんて、元気のいいお年寄りもいますが、ようするに現実を見ていないだけです。「体は老けても心は老けてない」というのは錯覚で、「心は老けてない」と思うこと自体が、まさしく老化のしるしといえます。自分では「心は若い」と思っているけれど、心という見えないものを当てにしてるだけ。鏡に映るシワだらけの自分の顔が本当の年齢で、心も当然、シワだらけです。」と、はっきりと書いています。
 つまり、そうなんです。じたばたしてもあがいてみても、老いは確実に来ています。見たくないから、なるべく見ないようにしているだけです。でも、少しはできることがあります。この本でも趣味を持つとか旅行をするとかのアドバイスをしています。
 私は年をとればとるほど、清潔にしていたいと思っています。ただでさえ、不潔に見えやすいのですから、これは最低限のおしゃれだち思っています。だから、著者は、「年寄りがおしゃれをしていても、誰も何も言いません。本当に、誰の視野にも入っていないのです。誰かにほめてもらおうなんて、それはもう、そんなこと絶対にあり得ない。むしろこれが、一番の楽しさかもしれません。老いてからのおしゃれは、自分だけの楽しみ。」と書いていますが、まったくその通りだと思います。
 人のためにおしゃれをするのではなく、自分のためにするのですから、ある意味、自分さえよければいいわけです。しかし、たまには「奥さんにケチをつけられると不愉快だっていう人もいます。そういう場合、「見るに見かねて」だと思うので、意見を聞いたほうがいい。」とアドバイスしています。
 それはそうです。毎日、いっしょにいるわけですから、自分さえよければという理由にはなりません。ときどきは着るもののアドバイスをもらう、買い物にもつき合う、そうすれば、会話も弾みそうです。
 下に抜き書きしたのは、「はじめに」に書いてあるところで、このような気持ちがあれば老いるのも楽しいだろうなと思いました。
 やはり、最後は気の持ち方です。楽しいと思えば生きがいも感じられるし、もう少しで終わりだと考えれば、寂しくもなります。自分で楽しみを見つけ出すためにも、ぜひ読んでみましょう。
(2018.2.21)

書名著者発行所発行日ISBN
すごいトシヨリBOOK池内 紀毎日新聞出版2017年8月15日9784620324586

☆ Extract passages ☆

 自分が老いるというのは初めての経験で、未知の冒険が始まるのだから、「こういうことはこれまでなかった」とか、「これぞ年寄りの特徴」とか、日々、気がついたことを記録するための、「自分の観察手帳」を作ったのです。
 さらに……「77には世の中にいない」という「予定」を立てました。……77の時にはもういないから、その前にコレをしておこう、億劫だけどアレもしよう、ちょっと贅沢してみよう……こんなふうに、「もういない」としたほうが、決断しやすいというのが自分の判断です。
 年を取る中で、得るものよりもなくしたもののほうが多い。これから生きる時間よりも、生きてきた時間のほうがはるかに多い。そんな目に見えない「収支決算」も」気づくつど、すぐ書き込むことにした。記憶の切れ端がヒョツと浮かぶとメモをして、それだけだと何の記憶かわからなくなるから、小さな絵をつけて、暇な時にちょっと色をつけたりする。
 これは過去の時間をもう一度生き直す「小さな復活劇」です。
(池内 紀 著 『すごいトシヨリBOOK』より)




No.1486『経験をリセットする』

 久しぶりに哲学書のようなものを読みましたが、副題は「理論哲学から行為哲学へ」で、おそらく理論を駆使するものではなく、いろいろなところから行為を通して考えよう、というような本です。
 だから、韓国の済州島やアメリカの西海岸や東海岸、モンゴル、日本の八丈島や熊野、千葉、東日本大震災で大きな被害を受けた福島へと旅しながら哲学的思考をするわけです。第1章で「吟遊する哲学」を展開し、そのなかで、「吟遊する哲学とは、ある種の「捨てる覚悟」のことかとも思える。時間と労力をかけて獲得し、修得したものを、みずから捨てるのである。この捨てるところが、新たな経験の出現の場所でもある。」と書いています。
 つまり、経験をして、それを捨てて、また経験をする、その繰り返しのなかに行為哲学があるのかもしれないと思いました。
 だから、いろいろなところでいろいろなことをして、そして考えて、また次の場所に行く、という繰り返しがあるようです。この中でも、とくに印象的だったのは、やはり福島です。著者は「フクシマ」とカタカナで書いていますが、そこには東日本大震災の福島第一原発事故のことがあり、今までの福島と違うフクシマになってしまったというイメージがあるのではないかと思います。
 そして時間が経てば経つほど、その感覚も違ってくるといい、無視につながっていくといいます。この無視はたんなる非注意でもなく、「無視は、これらとは異なる。それぞれの体験的生と身体動作にとって、余分だと思われるものを無視し、本人の脳にとってノイズにしか感じられないものをおのずと無視する。足の裏の触覚性感覚を思い起こしてみればよい。多くの感覚を無視することによって、はじめて自然な歩行が成立する。だがこの無視は、他面、有効なものと無効なものとの選択を見過ごし、少々の失敗や過失にも反応しなくなり、現実性の変容をまるでそれがないかのように見過ごしていく。この無視に対応するのが、遂行的注意という実践能力であり、まさにこの注意が向くことによって現実が初めて成立する。近所の商店街で四週間も前に閉店していた商店に気づかないことがある。この注意が向かないことで、閉店という現実が四週間もの間成立していなかったのである。」といいます。
 この無視はさらに過酷な労働環境でも、世界有数の原発の技術水準を備えていたとしてもこのような無視が起きてしまい、見落としの失敗につながるのだといいます。ということは、おそらく、想定外のことだったとしても、このような原発事故は、どこでも起きうる可能性があるということです。
 しかも、起きてしまえば、個々人の一生の時間とは比べものにならないようなとてつもなく長い時間がかかり、考えることすらできない時間のスパンのなかで苦しむことになります。
 下に抜き書きしたのは、その原発事故で故里を追われた人たちの待つということを書いてあるところです。
 この「真綿の重さを感じ続ける日々が続く」というところに、原発汚染の先の見えない苦悩が漂っていると感じました。
 もし、機会があれば、図書館から借りてでも、この第4章の「フクシマ・ランドマーク」は読んでみてほしいと思いました。
(2018.2.19)

書名著者発行所発行日ISBN
経験をリセットする河本英夫青土社2017年9月30日9784791770120

☆ Extract passages ☆

 先々の予期があれば、待つことはできる。だが待つということが選択になっていないことがある。待てない日々を待つ。待つということとは異なる仕方で待つ。それは日々充実して生きるということより、耐えることに近い。展開見込みがあれば、ともかくも人間は待つことができる。五年、十年と待つのである。だが待つことにならない遅延と延期があり、それは多くの人にとってどうしたら待つことになるのかを試行錯誤するような体験である。明日処刑の日がやって来るという緊迫感でもなく、誰も支えてくれる人はいないというどん詰まりの個体感とも異なり、むしろ真綿の重さを感じ続ける日々が続くのである。
(河本英夫 著 『経験をリセットする』より)




No.1485『今を楽しむ』

 副題が「ひとりを自由に生きる59の秘訣」とあり、これからの時代はひとり暮らしも多くなるし、いろいろな問題も起こるかもしれないと思っていたので、それに惹かれて読みました。
 著者は、お医者さんですが、退官して組織などを離れ、「ひとり」で住んでいるそうです。だからこそ、そのひとりの良さというか、楽しさを語れるのかもしれません。そして、ひとりだからこそ、いろいろなものから自由に生きられるようです。
 著者は、ひとりの時間のメリットを、
@惑わされない
A自由に考えられる
H自在に動ける
 としています。その理由は「他人に惑わされない時間というのは、「自決する力」を高めます。自決とは、他人ではなく自分で決める意思であり、その態度のことです。この力が強ければ、たとえば集団内に身を置いていても、周囲に左右されることがありません。逆にこの力が弱ければ、いつも周囲に左右されます。自由に考えられる時間は、「想像する力」を高めます。自在に動ける時間は「幅広い関心を持つ力」を高めます。」と書いています。
 この自決力、想像力、関心力は、今のような情報過多の時代には、とくに大切なことで、いろいろなものに流されないためにも必要なことです。
 どうも、今の若者たちは、空気を読むとか、周りの動向を気にしますが、自分自身の考え方とか生き方とか、若くなければできないことをしてほしいと思いますが、意外と消極的のようです。むしろ、ひとりになると寂しいのか、いちもスマホなどで友だち同士の連絡を取ったりしているようです。
 だとすれば、このような本は、若い人にこそ読んでもらいたいと思います。
 もちろん、男性と女性でも、ひとりに関する考え方は違うようです。その違いを著者は、医者として医学的な根拠を上げていますが、なるほどと思いました。それは、ちょっと長いのですが引用しますと、「性を決定する性染色体は、男性が]Y、女性が]]です。ヒトは基本的に女性で、Y染色体に乗っているSRYという領域の存在が男性化を引き起こさせます。]]を持つ女性では、片方の]染色体に異常があっても、もう一方が補うことで異常が発現しにくくなっています。一方、男性では、Y染色体には]染色体のように相同性(相対する同じような形)の染色体がないので、Y染色体に異常があると疾病として発現してしまいます。Y染色体は男系祖先(男子)の遺伝子をそのまま継承しますが、長い時間の流れにおける修復(組み替え)作業がほとんど行われない特性から、環境変化に弱く、たくさんの遺伝子が退化してきました。一方、感染症などウィルス由来疾患に対する免疫力をつかさどる遺伝子は]染色体に乗っています。加えて、私たちの細胞には「ミトコンドリア」があります。ミトコンドリアは酸素や栄養素を吸収し、生命活動をする上で必要なエネルギーを生み出す小さな器官であり、ミトコンドリアの活性・不活性は、私たちの健康を左右する大きな要因です。このミトコンドリアは、実は「母系遺伝」によるものです。男性の遺伝子はミトコンドリア内で消失してしまいます。これを「抹殺される」と表現する科学者もいます。」ということです。
 これを読むと、なぜ女性の方が長生きなのかとか、いろいろなことがわかってきます。もちろん、個人差はあるでしょうが、遺伝子レベルで違うということは、納得せざるをえないということでもあります。
 そういえば、センテナリアン、つまり100歳を越えた長寿者のことで、調べてみると細胞の炎症度合いが一般の老人に比べて十分の一の低さだったといいます。つまり、病気になる主因は炎症だそうで、これが低いということは、発病しにくいということになります。
 その低さのカギはCTRP遺伝子群だそうで、それを下に抜き書きしました。
(2018.2.16)

書名著者発行所発行日ISBN
今を楽しむ矢作直樹ダイヤモンド社2017年7月12日9784478102831

☆ Extract passages ☆

 その炎症のうち、慢性炎症のカギとしてカリフォルニア大学医学部のスティーブン・コール教授らが研究を進めているのが、CTRA遺伝子群です。この遺伝子群はストレスを受けると活発化し、満足感が高まると沈静化します。
 興味深いのは、その満足感は「自己快楽」(食欲、性欲、娯楽など)よりも、むしろ「社会貢献」、つまり人助け、奉仕、団らんなど利他心によって高まるそうです。自利よりも 利他で、慢性炎症が治まる可能性が高いということなのです。
(矢作直樹 著 『今を楽しむ』より)




No.1484『花緑の幸せ入門』

 この本を初めて見たとき、柳家花緑という落語家を知らなかったので、植物系の本ではないかと思いました。それでも、図書館から借りてきたので、あまり深く詮索もせずに家で読み始めて、落語家さんの本だとわかりました。そういえば、表紙さえ詳しくは見なかったようで、右下にその落語家さんの写真が載っていました。そういえば、どこかで見たことがあると後から思い出しました。
 紹介を読むと、22歳で戦後最年少の真打ちになったそうで、それよりなにより、あの人間国宝の5代目柳家小さんの孫でした。そんなこともなにも知らず読んでみて、祖父の七光りの大変さもわかりました。でも、自分には学習障害があり、通知表はいつも1か2と書いてあり、しかも漢字がわからず本も読めなかったと知り、そこまであけすけに話していいものだろうかと心配もしました。まあ、落語家さんだし、今が順調であれば、それもいいとは思いましたが。
 そういえば、前回読んだ『他人をバカにしたがる男たち』のなかに出てくる「健康社会学」という学問の健康という趣旨がわからないと書きましたが、この本には健康心理学を専門とするスタンフォード大学で博士号をとったケリー・マクゴニガル氏の話が出てきます。彼は健康心理学者として、ストレスは病気の原因になると考えてきたそうですが、1998年にアメリカで成人を対象とした調査から、別な考えを持つようになったといいます。それは、「その調査というのは、1年間で感じたストレスの量や、ストレスが健康に悪いと思うか、という単純な質問でした。8年間の調査で、参加した3万人のうち誰が亡くなったのかをまとめました。すると、強度のストレスを受けている人たちのなかで、「健康にとってストレスは悪い」と考えていた人たちの死亡リスクが、そう思っていない人に比べて、43%も高かったそうなんです。この調査結果から、研究者たちは、「ストレスだけで人は死ぬ」ことはなく、むしろ「ストレスは健康に悪いと思い込む」ことこそ、寿命を縮めることになるという結論を出したんです。」と書かれていました。
 ということは、「ストレス」が全て悪いものではなく、そのとらえかたで「良きもの」にもなるという考え方です。ある意味、プラシーボ(偽薬効果)ともいえるかもしれませんが、思い込みが悪いのかもしれません。
 著者自身の言葉でおもしろいと思ったのは、「どんなにカレンダーで日にちを区切ってみても、グルグル回る時計の針を見つめてみても、沈む夕日や昇る朝日に感動しても、体験出来るのは「今」だけです。生まれた瞬間から死を迎える瞬間まで、最初から最期まで、我々は今しか体験出来ずに終わってゆく。それが「人生」と呼んでいるものらしいです。」という考え方です。
 よく、過去・現在・未来というように考えますが、考えてみれば過去にも未来にも行けるわけはないのです。つまりは、現在を行ききるしかないんです。過去や未来を考えると、そこには思い悩んだり、不安になったりする時間がありますが、この今だけに心を馳せていれば悩むすきも生まれてこないと著者はいいます。この本の表紙に「スピリチュアル風味」と書いてあるのが、このような部分のようです。
 下に抜き書きしたのは、和歌山県の西本真司先生がおこなった実験から導きだされたもので、笑いについての考え方です。体操をするかのように笑うというのは、とてもおもしろい考えだと思いました。
 ぜひ読んでいただき、毎日を笑顔ですごしていただきたいものです。
(2018.2.14)

書名著者発行所発行日ISBN
花緑の幸せ入門(竹書房新書)柳家花緑竹書房2017年8月11日9784801911741

☆ Extract passages ☆

「形から入る笑いの療法というのを実験しています。落語、漫才、喜劇、コメディ映画などの笑える対象を見聞きして面白い、楽しいと感じて自然と笑うのではなく、全く笑いの対象がない状態でも体操をするように自らが笑い声を出し、笑顔を作ることで、心身を癒す療法のことなんです」……
 ようするに人間は形からでもいい、つまんなくてもいい。笑いたくなくてもいい。それでも「笑う」という行為を意識的にするだけで、身体にいいという結果が出たんです。
(柳家花緑 著 『花緑の幸せ入門』より)




No.1483『他人をバカにしたがる男たち』

 著者名を見ただけではわかりませんでしたが、後ろに載っている紹介を見て、そういえばニュースステーションの気象予報をしていたことを思い出しました。でも、その方がこのような題名の本を書くのか、それは読みながら、少しずつわかってきました。
 紹介にもあるように、「人の働き方は環境がつくる」として、いろいろな活動をしているようです。この人と環境に関わにスポットをあたる学問が健康社会学というそうで、著者の説明によると、「心理学が「個」にスポットをあて、「個」が強くなることを目的にするのに対し、健康社会学では「個を強くする環境」をゴールにします。人は想像以上に環境の影響を受けます。SOCも、「環境で育まれる力」です。もちろん人が環境を変えることもありますが、人の力ではどうにもならない環境もある。人は社会的文脈の中でかたどられていくのです。」と書いています。このSOCという単語はこの本に何度も出てきますが、それは「Sense Of Coherence」の略で、日本語に訳すと「首尾一貫感覚」だそうです。つまり人生のつじつま合わせができる力ということのようです。
 でも、たしかに人は環境に強い影響を受けるというのはわかりますが、この健康社会学という「健康」の趣旨がよくわかりません。もし、このことについて書いてある本でも見つけたら、改めて読んでみたいと思いました。
 たしかに、老害といわれることは、よく聞きます。私の仕事では、あまりないようですが、それでも少しはあるようです。たとえば、自分たちの考えが正統派だと思っていて、若い人たちの新しい考え方をほとんど聞きもしないで否定してしまいます。おそらく、長い経験が自信につながっているのでしょうが、時代は刻一刻と変化してます。ある気象予報士に聞きますと、今の異常気象のときには過去のデータがあまり役立たないそうです。あまりにも、突発的なことが多すぎて、過去にはなかったことも多いといいます。そういえば、昔は夕立というのはありましたが、ゲリラ豪雨などというのはなかったように思います。
 よくスポーツなどでルーティンという言葉を使いますが、これは「ルーティンは、2人以上のメンバーを巻き込んだ観察可能な、日々の反復性のある行動と定義される「日常の当たり前」です。そもそも人間は生物学的に、周期性、規則性のある行動を好む傾向を持っているので、ルーティンは、人間の生きる力の大きな基盤となります。一緒にルーティンを共有することで、同じグループのメンバーだという安心感が芽生え、「自分はこのグループの盲だ」という帰属意識が芽生える。」といいます。
 たしかに、人はなるべく当たり前のことを当たり前にしているときが、一番楽なような気がします。ということは、これはスポーツだけでなく、日常においてもルーティン化すると、生きるのにすごく楽になると思いました。
 下に抜き書きしたのは、老害を引き起こす人とそうでない人の違いは思考方法だそうで、その研究をしてきたスタンフォード大学教授のキャロル・ドゥエック博士の「成長できる人とできない人の違い」についてです。
 読むとあまりにも当たり前のことなのですが、それをできる人とできない人って、やはりいるんだと思いました。
(2018.2.12)

書名著者発行所発行日ISBN
他人をバカにしたがる男たち(日経プレミアシリーズ)河合 薫日本経済新聞出版社2017年8月8日9784532263485

☆ Extract passages ☆

成長する人は「学びたい」という「成長する思考態度」をもっていて、逆に、成長できない人は「固定された思考態度(fixed mindest)」をもっていると結論づけました。「成長する思考態度」の人は、「私の人生は、学んだり、変化したり、成長したりする、連続した過程である」と考え、"今"を成長への通過点と捉えていました。自分に対する批判や他人の成功など、普通だったら向き合いたくないことに出合っても、ありのままを真摯に受け止め、吸収し、進化する。喪失感に苛まれることがあっても、それらのストレスをむしろ自らの成長の糧します。
 一方、「固定された思考態度」の人は"今″の自分に固執する。自分に都合の悪い批判は退け、自分をよく見せるために、他人を蹴落とすような言動をとる。
 常に"今″の「自分は失敗しているか、成功しているか?」「賢く見えるか、バカに見えるか?」「受け入れられているか、排除されているか?」「勝者か、負け犬か?」と、他者と の比較で物事を捉え、自分の優位性にこだわり続けます。
(河合 薫 著 『他人をバカにしたがる男たち』より)




No.1482『あなたのまわりのデータの不思議』

 最近は、いろいろなデータに振り回されているような気さえしますが、この本の副題は「統計から読み説く」とあり、その統計も実体とかけ離れているのではないかと思うときがあります。
 たとえば、昔からの集会などで、主催者発表と警察発表で違うのは当たり前のように思うほどです。また、政治のことでも、世論調査や内閣支持率など、いろいろな統計がありますが、誰がどのように集計しているのか、と思います。
 また、選挙のときの当落速報も、開票とほぼ同時ぐらいに当確が出たりすると、そうかもしれないけど、まだ選管から発表もないうちからそんなことをしてもいいのか、と思います。しかも、過去には何度か当確が取り消されたこともあるので、そんな予想屋みたいなことをしなくてもいいのにと思ってしまいます。だって、数時間後には、正式な得票が発表されるのですから。
 この本では、データを収集するときの基本的留意点として、
(1)だれがやっても同じような状況が得られること
(2)何回観測を行っても条件が変わらないこと
(3)既存データを利用するときは,データの出所をよく調べて,だれが,だれのために,いつ,どんな目的で集めたデータであるかを,確かめること
 だそうです。
 たしかに、統計は、調査対象者に申告してもらって集めるわけですから、その回答が間違いないとは言い切れません。知らないのに知っている振りをしたり、結果的にウソをついてしまう場合だってあります。でも、だからといって、すべての統計が無効だとか、あまり役立たないということではなく、ある程度の流れを知ることができたり、判断するときの材料になることもあります。
 下に抜き書きしたのは、タイで毎年4月初旬におこなわれている兵役のくじ引きについてです。タイでは、18歳から21歳までの男性は徴兵に応じる義務がありますが、この選抜方法がくじ引きで、その様子をテレビなどでも全国に生放送されるそうです。
 しかも、赤紙をひくと2年間の兵役ということですから、なんか、日本の戦前の赤紙みたいなものだと思いました。これには、おそらく相当なドラマが繰り広げられるのではないかと想像しました。
 くじといえば、宝くじをすぐ思い浮かべる人もいるでしょうが、この本で、宝くじをおもしろく解説していました。それは、「タカラくじ≠宝くじ、タカラクジ=多空くじ(多くの空くじ)、タカラクジ=多仮楽くじ(多くの人が仮の楽しみのための夢見代)」と記号で書いてありました。
 たしかに、宝くじは買わなければ絶対に当たりませんが、買ったからといっても、おそらく上のような記号で終わりなんでしょうね。
(2018.2.10)

書名著者発行所発行日ISBN
あなたのまわりのデータの不思議景山三平実教出版2017年10月10日9784407344615

☆ Extract passages ☆

 東南アジアの国タイでは毎年4月、戸籍上の男性でその年に21歳になるモノすべてが対象のくじ引きがおこなわれます。このくじに当たると、通常2年間の兵役に就くことになるそうです。このくじ引きは、ツボのなかに赤紙と黒紙が入っていて、赤紙なら軍隊へ、黒紙をひけば免除という単純なしくみとなっています。それぞれの紙の枚数は、その地域での若者の数や必要な新兵の数により決まるようです。
(景山三平 著 『あなたのまわりのデータの不思議』より)




No.1481『日本の美仏 50選』

 この題名のなかの美仏は、「みほとけ」と読むそうで、日本の仏様は、「まるで生きた姿のごとき「美」があってこその仏像」だからだそうです。
 もともと、この本は『BAN』という月刊誌に「美仏めぐり」ということで66回連載した記事から50の仏像を選んだそうです。ここで取りあげなかったなかにも、たとえば奈良や京都などのものはいずれも優れたものではありますが、全国の仏像をまんべんなくということもあって、取りあげなかったそうです。
 でも、そのおかげか、地方の意外と知られてない仏像などもあり、とても興味深く読ませてもらいました。
 たとえば、神奈川県の浄楽寺の『不動明王』像ですが、著者も最高の不動明王というぐらい、素晴らしいお姿をしています。運慶作と伝えられ、像高は135.5pです。私もいくつか不動明王を拝ませてもらっていますが、力強くにらんでいるような攻撃的なお姿は、なかなかありません。時代が下ると、いかにも約束事のような形だけで、気迫のこもった表情は見られなくなります。この本では、醜いと表現していますが、その根拠として「この像の造り方を述べた淳裕(890〜953年)の『不動一九相観』の中にもあるように《像容は卑しく肥満した童子形。……額は水滴のような皺。左目を閉じ、右目を開く。右唇の下の歯を噛む。左唇を外へ返しだす。……体の色は青色で醜く、盆怒の姿》などと、最初から醜くなるように造られているのです。」と書いています。
 ということは、これも約束事ですが、おそらくこのような決まりがないと、それらしいお姿にはならないのでしょう。だとすれば、それらも仏像の見所のひとつのようです。
 さらに、仏師という漢字は日本にしかなく、仏像の最高傑作を造るために仏教や経典などを学び、僧侶として制作にあたったと書いています。そこに単なる超国家というイメージではなく、彫刻そのものを充実させる力が働いているといいます。
 でも、これは日本だけでなく、たとえばチベットでは、ドロアーというのは仏画、特に曼荼羅を描くのですが、ほとんどが僧侶であり、修行の一環として描いています。そこに共通するのは、仏教には儀軌があり、その決まり事を知らなければ彫ったり描いたりできないということもあります。つまり、仏教に精通していなければだめなので、必然的に僧侶ということになります。そして、そのほうが心を込めた製作がより可能になると思います。
 下に抜き書きしたのは、福岡市太宰府市にある観世音寺の『大黒天』立像についての文章です。平安時代のもので、国の重文に指定されていて、宝蔵に安置されているそうです。
 作者は不詳で、クスノキの一木造り、像高は171.8pだそうです。もし、機会があれば、ぜひ拝ませていただきたい仏像のひとつです。
(2018.2.8)

書名著者発行所発行日ISBN
日本の美仏 50選田中英道育鵬社2017年9月11日9784594078164

☆ Extract passages ☆

 観世音寺の『大黒天』立像はこの福の神の系統ですが、しかしまだ古い要素を残しており、顔は盆怒の像になっています。耳の上には、焔髪が立っています。その古風な頭巾といい、服といい何か神像を思わせます。なぜなら、体部の肉づきは穏やかで、衣文も浅く薄く刻まれているので、総じて神像を思わせるのです。この『大黒天』立像は平安中期の作ですが、その先駆と言えるのではないでしょうか。……
 おそらく、観世音寺の『大黒天』立像は、そうした大国主命の姿が隠れていると考えられるようです。袋を背負っているのは、因幡の白兎の伝説において、八十神たちの荷物を入れた袋と言えますし、表情は、忿怒と言うより慈愛と苦慮の表情が見てとれます。そして、ほかの大黒天に見られる要素を、できるだけ捨象した姿をしており、神仏融合の彫刻の優れた例として、観世音寺の『大黒天』立像を見ることができるのです。
(田中英道 著 『日本の美仏 50選』より)




No.1480『日本百名山 山の名はこうしてついた』

 日本百名山のすべての名前の由来を知りたいと思ったのではなく、せめて地元の山の名前ぐらい知っていてもいいかな、と思ったのです。
 しかも、この時期は、節分の星祭も終わり、雪があるので比較的ゆっくりできるので、本も読めるのです。
 この題名の「日本百名山」は、もちろん深田久弥の名著ですが、そこでは1つの山を2,000文字ほどで書いてあるので、その山の由来を詳しくは説明していないのもあり、それでこの本を書いたといいます。でも、この本を読んでも、山の名前の由来を数々取りあげてはいますが、いまいち決定打がないようです。そもそも、由来などというのは、自然発生的に生まれた場合などは、後付けになってしまいます。しかも、その検証はできないのが普通です。それをいくらいろいろと述べても、らちがあきません。
 それでも、つい、最後まで読みましたが、登ったことがあったり、地元近くの山だったりすると、記憶にも残ったようです。
 たとえば、毎日見ている吾妻山については、「総称の「吾妻」についてはこれまで、『日本書紀』景行紀の日本武尊の東征伝承の「吾妻はや」の歌から、と説く向きが盛んだが、「吾妻」の使用例は九州・中国・関東・東北に及び、舞台があまりにも広範囲に過ぎる。アケ(明)ツマ(端)の略(賀茂真淵・大槻文彦)・アサ(朝)ツ(助詞)マ(間)の略で「東方」説も、九州や中国地方の例の説明がつかない。むしろ、ア(上)ツマ(詰)で「上詰まりの地形」を呼んだのではないか。わが国では古来、△型の屋根様式を「切妻」と呼ぶ。なお、東大巓・西大巓の「巓」の用字は他に例を見ないが、地元民がこの難解で書きにくい字を使っていたはずがない。実は全国各地で、「頂上」を呼ぶ方言用例にテッ〜とかテン〜…などの用例が多数ある。漢字「天」の字は立った人を表す「大」の上に一を付け「人間の脳天」を示した指示文字で、和語にも比較的早く導入されたか。」と書いてありました。
 下に抜き書きしたのは、後立山連峰の主峰、白馬岳のことについて述べてあるところです。この本では、「山名いろいろコラム」が7編載っていますが、その6番目です。この白馬岳は標高2,932mあり、日本三大雪渓のひとつである白馬大雪渓があり、高山植物の群落があちこちに見られるそうです。しかし、私もいつかは登りたいと思いながら、なかなか行けない山です。
 だからというわけでもありませんが、白馬岳「しろうま」と読むのか「はくば」と読むのか気になっていました。
 このコラムを読んで、なるほどと思いました。おそらく、全国にはこのようにだんだんと本来の意味がら遠ざかっていくこともあるのではないかと思います。そういえ意味では、この山の名の由来を考えてみることは、意義のあることではないかと思いました。
(2018.2.7)

書名著者発行所発行日ISBN
日本百名山 山の名はこうしてついた(祥伝社新書)楠原祐介祥伝社2017年11月10日9784396115210

☆ Extract passages ☆

 現在のJR大糸線は、南北双方から路線が延伸された。昭和7年年11月20日、同線は信濃森上駅まで延伸され、その途中駅として白馬駅が開業した。山名はあくまで「代掻き馬」の雪形に対して「白馬」の二文字を当てたものである。明治以降、訓読みの地名を音読化は時代の趨勢だが、少女趣味の「白馬の王子様」ではあるまいし、この地名をハクバと読むのは"地名文化の破壊"そのものだろう。
(楠原佑介 著 『日本百名山 山の名はこうしてついた』より)




No.1479『きずなと思いやりが日本をダメにする』

 この本の題名を見て、むしろきずなと思いやりが日本を救うのではないかと素直に思いました。だって、東日本大震災のときも、きずなや思いやりが多くの人たちを感動させたし、実際にも救われたという方もいました。
 そして、この「最新進化学が解き明かす「心と社会」」というのを見て、先ずは読んでみようと思いました。しかも対談ですから、難しい話しであったとしても、わかりやすいのではないかと思いました。
 実際に読んでみると、「思いやり」というのは、空気を読んだり、相手を傷つけたりしないようにすること、つまりは議論や衝突をできる限り回避して、無難に収めましょうということです。そういえば、今の若い人たちは、異性との付き合いも、傷つくのが怖いからとか、傷つけられたくないからと、最初からそれを求めないといいます。それでは、何もしないで諦めてしまうことにつながります。
 もともと、個性を大事にしたり、多様性に重きをおくなら、きずなや思いやりを前面に出してはできないことです。むしろ、後ろに引っ込めておかないと、できない相談です。
 おそらく、このような本の題名を考えたのは、とくに若い人たちへのメッセージではないかと思いました。
 よく日本人は周りとの軋轢を好まないといいますが、それはラグビーと野球との違いで山岸氏が紹介していますが、「受け売りなのですが、ラグビーは他の団体競技と違って、試合中にコーチや監督が指示を出さないと。監督はいるのだけれども、試合の際にはスタンドで観戦するだけなのだそうです。つまり、練習には監督は口を出すが、本番は選手の自主的な判断にすべてゆだねるそれがラグビーの醍醐味なのだそうです。」といいますと、長谷川氏は「言われてみたら日本人の好きな野球はいつも監督から選手がいちいち指示を受けていますよね。」と反応していました。
 たしかに、ラグビーの場合は、あの緊迫した試合の最中にいちいち監督の指示を仰いでいたら負けてしまうでしょうが、選手一人一人が状況を判断するというのは、理にかなっていると思います。
 どうも、日本人はすべてに対して、指示を仰ぐというのが板に付いていて、それが野球の人気からもうかがえると思いました。
 そういえば、おもしろいと思ったのは、ジョナサン・ハイトの論文を紹介したところで、そのなかで「ここに殺菌済みのゴキブリ(の死体)があります。このゴキブリは実験用として清潔な環境の中で飼育されたものなのですが、念のためにどんな細菌でも生き残れないほど高温になる圧力釜を使って、殺菌処理をしています。さて、このゴキブリの死体をリンゴジュースの中に入れ、茶こしでこしてコップに入れました。あなたはこのジュースを飲めますか?」と質問するのです。
 対談者は二人とも飲めるといいますが、もしあなたなら飲めますか?私なら、飲み物がこれしかないなら飲みますが、ムリしてまでは飲まないと思います。つまり、それほどゴキブリに対する偏見があるのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、幸福と時間の関係で、幸福というのは時間の終わりにならないとわからないのではということです。よく、臨終のときに、自分の一生が走馬燈のように思い出されるといいますが、そのときになって始めて自分は幸せだったといえるのかもしれません。
 だとしたら、あまり幸福ということを考えながら、生きていても仕方ないというのが対談者の考えのようです。たしかにそれも一理ある、と思いました。
(2018.2.6)

書名著者発行所発行日ISBN
きずなと思いやりが日本をダメにする長谷川眞理子・山岸俊男 対談集英社インターナショナル2016年12月20日9784797673326

☆ Extract passages ☆

山岸 幸福や絶望といった感情は我々が過去を振り返ったり、未来を想像したりするから生起するのであって、つまり、そこにはかならず時間というものが関わっている。
 で、絶望という感覚が「自分の将来には何一ついいことが想像できない」ということから起きるものだとするならば、幸せはどうでしょう。幸せという言葉の定義にもよるでしょうが、私は幸福というのは「もうこれ以上、何も要らない」という充足の感覚と結びついていると思う。そして、それは分かりやすくいえば「時間よ、止まれ」ということですね。
長谷川 たしかに人間が過去のことを思い出して、そこに幸福さを見出すのは「あのときにはすべてがあった」という感情かもしれませんね。言い換えると、そこからは幸せは失われる一方で、いいことは一つもないという感傷がそこにある。あのときのままでいたかったという気持ちが根底にあるでしょうね。
(長谷川眞理子・山岸俊男 対談 『きずなと思いやりが日本をダメにする』より)




No.1478『種子』

 副題は「人類の歴史をつくった植物の華麗な戦略」で、原作は「The Triumph of SEEDS」ですから、種子の勝利とでも訳したほうがいいかもしれません。でも、種子のいろいろな工夫があり、それはまさに戦略といえます。
 そういえば、遺跡から掘り出したハスの種子を播いて花を咲かせた大賀ハスなども有名ですが、土のなかにはたくさんの種子が埋もれていて、成長する機会を狙っています。進化論で有名なダーウィンは、自分で大さじ3杯分の池の泥から537個の種子を発芽させたとき、「モーニングカップたった1杯の泥の中にこんなにも入っていた!」と感嘆符を使ったそうです。著者は、科学の世界ではほとんどこの感嘆符は使われないが、それほど衝撃的だったのではと書いています。
 この本のなかで、たとえばコーヒーノキは、「首尾よく発芽するためには、豆の中にある小さな根と芽をカフェインから遠ざける必要がある。そのために、コーヒーノキは急速に水を吸い上げて、準備の整った芽や根の細胞に水を送り込んで膨張させ、先端の成長点を外側へ押し出す。豆から外へ出ることができて初めて、芽や根の細胞分裂が起こり、本当の成長も始まるのだ。いったん発芽が始まると、さらに興味深いことが起こる。芽が伸びるにつれて、縮みつつある内胚乳からカフェインが漏れ出して、まわりの土壌の中に広がっていくのだ。近くにある別の植物の根の成長を抑えたり、他の種子の発芽を妨げたりしているようだ。」と書いています。
 つまり、コーヒーノキは、自分で自分の領域に他を寄せ付けないように自らのカフェインを放出するというのです。それは、人に頼らずに自分で除草剤をまくようなものです。
 しかも、この後の方で、花の蜜に少しばかりのカフェインを使い、ミツバチを何度も花におびき寄せているというからその戦略はしたたかなものです。人もコーヒー依存するようですが、ミツバチだってコーヒーに依存するようです。
 あるとき、ふと、トウガラシにあまり辛くないのととんでもなく辛いものがあるのはなぜだろうと思ったことがありますが、この本にその答えが書いてありました。それは、「湿潤な森林は菌類と菌類を果実から果実へ運びまわる昆虫が多いので、トウガラシが種子を辛くするのは明らかに利点があるが、菌類がさほど生えない乾燥した環境では、種子を辛くすると水分不足に陥り、種子生産に悪影響が出る可能性があるので、辛味の生成はトウガラシに不利に働く。雨量、昆虫、菌類、カプサイシンの生産に費やすエネルギーという各要因がバランスをとるなかで、利点と欠点の動的関係が生じ、その結果として辛味が進化したのだ。そう考えれば、現在栽培されているトウガラシの祖先は、気候や生息域、生息環境が変化したせいで、辛くない形態をすっかり失ったのだと説明することもできよう。生活空間が湿気を帯びて、カビが増えると、トウガラシは辛味で応酬したのだ。」とあります。
 まさに種子は、自分が最適な状態で生育できるように働くということです。人に辛さを提供するためではなく、あくまでも自分をまもるために辛くなっていたということです。
 下に抜き書きしたのは、コムギやコメなどの穀物とレンズマメやヒヨコマメなどのマメ類の輪作についてです。
 これも長い歴史があり、しっかりと補完し合っているようです。この本を読んでみて、種子の戦略のおもしろさを知りました。もし興味を持ったら、ぜひ読んでみてください。
(2018.2.3)

書名著者発行所発行日ISBN
種子ソーア・ハンソン 著、黒沢令子 訳白揚社2017年12月15日9784826901994

☆ Extract passages ☆

輪作は害虫の発生を抑える効果もあるが、それに劣らず重要なのは、マメ科の植物には土壌中の窒素を固定する働きがあるので、次に植える穀物の自然の肥料になるのだ。イネ科とマメ科の作物を組み合わせる栽培法は、農業と同じくらい歴史が古い。野生植物の栽培植物化が行なわれたところでは、ほとんど例外なくとられてきた方法だ。……
こうした協働作用は作物の栽培だけでなく、食卓でもうまくいっている。でんぶん質の穀物とタンパク質が豊富な豆類は、味と栄養の両方において補完し合うからだ。
(ソーア・ハンソン 著 『種子』より)




No.1477『道なき未知』

 森さんの本はいろいろと読んでいますが、ちょっと変化のある考え方をするので、わりあい好きです。
 たとえば、「同じ趣味の人とつき合いたい、と言う人がいるけれど、どうせなら違う人間の方が面白いし、チームとしても有利だ。ピッチャばかりでは野球はできない。ボーカルばかりではバンドは組めない。違う資質の者が集まってこそ協力し合える。ビジネスだったらなおさら、できるだけ考え方の違う人間と組んだ方が有利なのである。だから、自分と考え方が違う他者を大事にする心を持つべきだ。異なる意見を理解することが、人間の大きさというものだし、なにより、それが自分の利となる。反対意見に耳を傾け、ライバルのやり方にも学ぶ。感情的に好き嫌いで片づけるような問題では全然ない。」という考え方も、なるほどと思います。
 ある人は、意見を異見と考える人もいますし、反対意見にカッカッと怒り出す人もいます。でも、十人十色ですから、考え方もいろいろあって当然ですが、面と向かっていわれれば、その通りと思っても違う意見を言う人もいるわけです。
 そう考えれば、著者のこの言葉の通り、感情的に好き嫌いで片付けられるものではないと私も思います。
 もともと、この本は、月刊誌『CIRCUS』に連載されたものですが、それが1年で休刊になり、その4年後に隔週連載のネット公開となったものだそうです。それに新たに8回分を書き加え、全体で48話にして出版されたもののようです。
 本題のように、道にこだわって書いてあるようですが、何度も鉄道模型のことが出てきたり、「奥様(あえて敬称)」などという語句が出てきたり、おそらくは連載なので、途中から読み始めた方のための繰り返しかもしれませんが、ちょっとくどいような気がしました。
 でも、自分も写真を撮るのでよくわかりますが、「たとえば、カメラで写真を撮るとき、何を写すか、どういう構図にするのか、という決断が最大の仕事である。「さあ、撮るぞ」と決まったら、シャッタを押すだけだ。あとは機械がやってくれる。写真を撮るという仕事は、実は写真を撮る動作を起こす以前にすべて終っているのである。世間で観察される仕事の多くは、このカメラがやる段階の作業でしかない。何をいつ行うのか、という判断をしている人が、本当の仕事をしているのだ。」という考え方は、たしかにそうだと思いました。
 今どきのカメラは、全自動ですから、シャッターを押すだけで撮れます。しかもデジタルで、何枚撮ってもいいわけですから、そのたくさん撮ったなかから自分のお気に入りを選べばいいわけです。しかも手ぶれ防止ですから、気楽にシャッターを押せますし、ある程度の写真は誰にでも撮れます。
 しかし、その最初の「何を写すか、どういう構図にするのか」というところが最大の問題で、そこがプロとアマの違いです。その決断こそが、ほとんうの仕事というわけです。
 下に抜き書きしたのは、本の題名につながる文章で、一番最後の「第48回 未知こそが教養である」というところに書かれていたものです。
 つまり、知らないことが悪いことではなく、知らないからこそ、その先の未知につながるというわけです。
 ぜひ読んでみて、道の先の未知に触れてもらいたいと思いました。
(2018.1.31)

書名著者発行所発行日ISBN
道なき未知森 博嗣KKベストセラーズ2017年11月25日9784584138243

☆ Extract passages ☆

 道の先にあるものは未知だ。なにかがありそうな気がする。この予感が、人を心を温める。温かいことが、すなわち生きている証拠だ。
 したがって、行き着くことよりも、今歩いている状態にこそ価値がある。知識を得たことに価値があるのではなく、知ろうとする運動が、その人の価値を作っている。
(森 博嗣 著 『道なき未知』より)




No.1476『ずっしり、あんこ』

 No.1469で読んだ『こぽこぽ、珈琲』を図書館に返すついでに、この「おいしい文藝」既刊の『ずっしり、あんこ』と『まるまる、フルーツ』はありませんか、と係の方に尋ねました。すると、すぐ調べてくれて、『ずっしり、あんこ』はあるけど、『まるまる、フルーツ』はないから、もし読みたいならリクエストしますかといわれ、お願いしました。その手続きをしている間に、この『ずっしり、あんこ』を探して持ってきてくれました。
 今、それを読んでいるのですが、もともと和菓子大好きですから、とてもおもしろく、興味深い話しも載っていました。
 たとえば、平松洋子さんの「再会の味」のなかで、「つくねいもを摺りおろして砂糖と上用粉、またほ上新粉を混ぜた生地で餡を包んで蒸してこしらえる。いもの汁気と粘り気だけ、手ごねでこしらえる薯頚饅頭は、あらゆる饅頭のなかでもっともむずかしいと言われるが、気温や湿度、いもの質などすべてを見極めながら砂糖の加減や練り具合などを決め、生地を「しめて」いく。生地を調えたら手早く作業しなければ、生地がだれる。その店の職人の技量は、この饅頭をつくらせれば一目瞭然とも言われる。」というのがあり、お菓子屋さんでなんでこんなにも薯蕷饅頭の味が違うのかと思っていたら、これを読んでなるほどと思いました。
 たしかに、お茶席の上生として出てくる織部饅頭などの薯蕷饅頭は、そのしっとりした味わいにはその色合いとともにおいしくいただきますが、なかには同じ薯蕷饅頭とはとても思えないものもあったからです。
 なるほど、薯蕷饅頭を造らせると職人の技量がわかるというのであれば、それも納得です。
 また、漫画家の手塚治虫氏の文章にも、さすが描くことを仕事にしている方の見方だと感心しました。それは、「和菓子は芸術的で美しい、とは誰でも言うことだが、もう一つ、かわいらしい、という重要な要素がある。なでてしまいたくなるような小ささ――外国でデザートにうず高く出るケーキを、ペろりと平らげてしまうような人種にほ、この小さく可憐な菓子の情緒はわかるまい。賞味する、ということばは本来賞でることで、腹をふくらませることではないのだ。…… 和菓子独特のよさは、一目で季節を感じさせる点である。ことに京和菓子は京都を訪れる度に店のショーケースの中の色どりががらりと変っていて、それだけで京都の四季を感じさせる。まるで季節がわりを察していち早く咲き始める野の花のごとく、見事にワンテンポ早く和菓子は変り身を見せるのである。その季節を表わす色どりはまさに魔術的で、感嘆に価する。ぼくの仕事の上でも大きな参考になる。月刊誌や週刊誌に描いていると、いかにいち早く季節のカラーを絵の上に盛り込むかが宿命的な条件だからである。」と書いてます。
 このなかで、「かわいい」というのは、ある意味、今の漫画ブームにつながるようなものです。さすが卓見だと思いました。これは、なかなか外国の人たちには理解できないことかもしれませんが、最近の若者なら、わかるかもしれません。
 そして、手塚氏は、この和菓子をつくることは自分の仕事とまったく同じような創造性と、最大級の賛辞をおくっています。
 下に抜き書きしたのは、この本に直接書いた作家のものではないのですが、なるほどと思ったので、ここに掲載させてもらいました。それは荒俣宏氏の「粒の神秘」に出てくる発酵学者の小泉武夫氏の言葉です。
 もちろん、これが正解ということはありませんが、「粒餡」か「漉餡」かという永遠の問題に投げかける、1つの考え方であるとは思います。
 では、あなたはどちらが好きですか、と問われれば、粒餡ですが、モノによっては漉餡のほうが素材を生かしていると思うときもあります。
(2018.1.29)

書名著者発行所発行日ISBN
ずっしり、あんこ(おいしい文藝)杉田淳子、武藤正人 編河出書房新社2015年10月30日9784309024196

☆ Extract passages ☆

この小泉さんがおっしゃるには、「漉し餡と粒餡の対立は古代以来の根深いもので、粒食文化と粉食文化の対決に由来するんです。つまりコメとパンの闘いですよ。とくに、あずきは赤飯とも関係して、コメと同等のものです。わたしも解は粒餡こそ本来であると考えます」とのことだった。
(杉田淳子、武藤正人 編 『ずっしり、あんこ』より)




No.1475 『オトコの一理』

 始めて読む作者ですが、図書館から借りてきて、なんのこだわりもなく読み始めました。むしろ、前回の「デザインの仕事」の寄藤文平さんの本の装丁の仕事を読んだこともあって、この文庫本のデザインがとてもいいと思いました。いかにも、オトコが好みそうなものを写真で載せ、そこに赤文字で大きな真っ赤なゴシックの活字で本の題名と著者名を入れてありました。
 その好きそうなものとは、時計と万年筆と手帳とメガネとライターです。今の時代は禁煙化が進み、あまりライターに凝る人は少なくなってきたでしょうが、私の若い頃は「デュポン」がいいとか、「ジッポ」のクラシカルなところがいいとか、言っていました。手帳なども、流行り廃りがあり、一時、「システム手帳」が流行ったことがありました。
 そう考えてくると、時計だって、スマホで間に合いますし、おそらく万年筆だって、過去の筆記具になっているかもしれません。
 しかし、私は今でも常使いは万年筆だし、しかもボトルインクでないと、カートリッジインクではすぐになくなってしまい、とてももったいないんです。しかも、ボトルインクは、最近の定番は、セイラーの「極黒」で、顔料インクの真っ黒なのが気に入っています。それをパイロットの「JUSTUS95」に入れて使っています。以前はシェーファーやペリカンなども使っていましたが、このパイロットの万年筆は、ペン先の柔らかさを変えられるので、とても重宝してます。
 この本でも、「実は俺は、万年筆を何本も持っている。……特に万年筆は、価格から言っても確かに文房具の王様である。シンプルで堂々とした(モンブラン)、今の万年筆の基 礎を作った(ウォーターマン)、デザイン性に優れた(カランダッシュ)。何本もの万年筆を買っては、その都度一時的な満足感を得ていた。万年筆ほど所有欲を満たす物は、あまりないかもしれない。だが使いやすいかといえば使いにくい。万年筆は、常に使い続けてこそ、自分に合ってくる。」と書いています。
 たしかに手書きそのものも少なくなり、年賀状をもらっても、宛名すらもワープロが増えているから、むしろこれからは希少価値かもしれないと思ってしまいます。
 この流れで出てくる「男には時に、自分の持ち物を見せびらかさねばならない時があるのだ」という文章がありますが、むしろ、隠れて一人で悦に入っているのも男ではないかと思いました。というのは、私は、どちらかというと一人で楽しんでいるタイプだからかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、「文庫を持って街に出る」というところに出てくる一文です。
 私も、出かけるときには必ず文庫本を持って出かけるので、何冊か買い置きしていて、そこから持ち出します。旅行のときなどは新書版を持って行くときがありますが、やはり基本は文庫本です。
 だから、この文章には、とても共感しました。男というのは、良い悪いだけではなく、こだわりも必要だとこの本を読みながら思いました。
 ただ、今どきの若者には、ちょっと伝わらないものがあるのでは、と感じたのも事実です。そういえば、本はスマホでも読める時代ですから。
(2018.1.27)

書名著者発行所発行日ISBN
オトコの一理(集英社文庫)堂場瞬一集英社2017年9月25日9784087456370

☆ Extract passages ☆

本屋には、時間を削ってでも足を運ぶべきである。あそこは夢の国だ。あらゆる人のあらゆる人生が、それほど広くないスペースに詰まっている。
(堂場瞬一 著 『オトコの一理』より)




No.1474 『牧野富太郎 植物博士の人生図鑑』

 去年の3月、四国88ヵ所巡礼のときに、訪ねたのが高知県立牧野植物園です。以前から行ってみたいと思ってはいたのですが、四国はやはり遠く、なかなかその機会がなかったのです。
 しかし、この機会を逃しては四国88ヵ所巡礼もできないと思い、思い切って2月28日に出かけました。その四国88ヵ所の第31番札所五台山竹林寺のすぐ近くにあるのが高知県立牧野植物園です。しかも、駐車場の一部供用できるぐらいの近さでした。
 そして、行く前に、ある植物研究者から、植物園のなかに昔の遍路道があるので、歩き遍路の方は無料で園内を通ることができると教えられていました。でも、正門から入場料を払って入りました。そして、園内で、その昔の遍路道を見つけ、少しばかり歩いてもみました。とても風情があり、小さな野仏もありました。
 昨年の年末に、図書館でこの本を見つけたときには、すぐ借りる手続きをしました。その中には、高知県立牧野植物園で見た資料もたくさん載っていて、そればかりでなく、あの竹林寺の五重塔や石段の先にあった大師堂なども思い出されました。
 竹林寺の本堂は、文殊堂ともいわれ、入母屋造で国の重要文化財にも指定されています。ここはサクラの名所でもあり、春のサクラの咲く頃にもう一度訪ねてみたいと思いました。
 さて、この本を読んで始めて知ったのが、標本をつくるときに使った古新聞紙のことです。これが現在でも大切に残されているのだそうです。そこの部分を抜き書きすると、「東京大学法学部の明治新聞雑誌文庫には、「牧野新聞」というコレクションがある。牧野没後、東京都立大学(現首都大学東京)牧野標本館で標本の整理が進められていた際、明治文庫が、標本が取り出された後の新聞を譲り受けたもので、総数約5000枚、タイトル517種。樺太から北海道、沖縄、中国、台湾、朝鮮、アメリカなど発行が諸地域にわたり、現存しない珍しい地方紙が多く含まれている。なかには戦禍でほとんどを焼失した、戦前の沖縄(琉球)の新聞もある。牧野の標本用としての役目を終えた新聞紙が、資料として別の価値を持ち、その名を冠して、活用されている。」といいます。
 普通は廃棄してしまう古新聞紙も、このようにたくさん集まると、貴重な資料になることが、これでわかります。もちろん、その価値を知っている人がいたからこそ、残ったのですが、それを伝えてきた人たちのこともすごいと思いました。
 それと、この本には、1900(明治33)年当時の小石川植物園の写真が載っていますが、たしかに樹木などは大きく成長していますが、その場所はどこの部分だかすぐわかります。ということは、全体の姿はほとんど変わっていないということです。そこに温室内の様子も写真で紹介されていますが、東日本大震災の時の被害で、現在建て替えが進められていますが、そこから埋蔵文化財が発見され、その調査が終わり次第に建設されるそうです。
 牧野富太郎は、本当に植物が好きだったということは、この本を読むとよくわかります。そして、1954年の92歳のときに、5月1日付けで高知の知人に宛てた葉書も紹介されていますが、それによると、
 我が庭の草木を何時も楽しがり
 我が庭の草木の中に吾れは生き
 日日に庭の草花看る楽のし
 庭廣く日々、草を眺め居り
 庭廣く百花次ぎから次ぎと咲き
 新緑の四方(よも)の景色の得も言へず
 蛇の目傘張ってニロギを釣りに出る
 石灰屋附近の山を化粧させ
 青柳の橋は宛かも虹の様
 サバ鮎は高知名物他には無い
 孕みの山、山ざくら咲き風致好き
 とあり、現在、練馬区立牧野記念庭園になっている自分の庭を眺めながら、その視線の先には遠い故里の思いがあったようです。この記念庭園には記念館も併設されているので、いつかは訪ねてみたいところです。
 下に抜き書きしたのは、山野は自然の教場であるというところに書いてある文章です。
 たしかに、植物分類をする人は、フィールドが一番です。植物が生えているところを直接見ると、そこからいろいろなことがわかってきます。まさに、山野は自然の教場だと思います。
(2018.1.25)

書名著者発行所発行日ISBN
牧野富太郎 植物博士の人生図鑑(CORONA BOOKS)コロナ・ブックス編集部 編平凡社2017年11月24日9784087456370

☆ Extract passages ☆

 何といっても植物は採集するほど、いろいろな種類を覚えるので植物の分類をやる人々は、ぜひとも各地を歩きまわらねばウソである。家にたてこもっている人ではとてもこの学問はできっこない。日に照らされ、風に吹かれ、雨に濡れそんな苦業を積んで初めていろいろの植物を覚えるのである。
(コロナ・ブックス編集部 編 『牧野富太郎 植物博士の人生図鑑』より)




No.1473 『デザインの仕事』

 デザインというのは、ちょっと特殊な仕事だと思っていたら、この本を読むと、そうでもないらしいと思いました。というのは、「たとえば、イラストの仕事というのは「○○さんらしいね」みたいにラベルを貼られる個性ほど、すぐに消費されて一過性で終わってしまうんです。すごく脚光を浴びたイラストレーターであっても、みんなに「○○さんっていいよね」「○○さんらしい表現だ」としばらく騒がれていたと思ったら、半年後には「まだ、○○さんに頼むんですか?」「もう、○○さんという時期でもないだろう」と言われている世界でしたから。当のイラストレーターの方の表現そのもののクオリティが高いままであったとしても、です。……僕は、ひとつの個性とされる作風が消費されきってしまう前に、次の新しい機軸になるような作風を生み出していこうと考えたわけです。」と書いてあり、すべての仕事にこのようなことはあると思ったからです。
 特に何かを創造するということは、他にはないことをと考えると、そんなにも簡単には思いつかないでしょう。だとすれば、それがその人の個性だと固定されてしまうと、やはり、このように一過性で終わってしまうようです。それでは、継続的に仕事はできないので、そう思われる前に新しいことを創造しなければならず、どんな世界もそれはそれで大変なんだと思いました。
 著者は、いろいろな装丁の仕事もしていて、私が読んだ本もこの本で取りあげられていました。たとえば、『ボクは坊さん』とか同じ白川さんの『坊さん、父になる』などですが、昨年の3月に白川さんの自坊にお詣りにいくと、なるほどというようなこじんまりとしたお寺でした。手書きの題名とイラストがとても印象的でしたが、これだと装丁でも本を選んでもらえるかも、と思いました。
 それほど、装丁は大事ですし、惹きつけるものです。著者は、この装丁の仕事は批評から始めるといいます。「批評から仕事を進めるというプロセスでは、基本的には、「凹んでいる場合は補えばいい」「すごく突出していたら伸ばせばいい」という考え方からデザインをすることになるんです。」と書いていますが、この凹んだり凸びだしたりするのが、普通の人にはわからないのです。
 下に抜き書きしたのは、「最後の一歩」としての仕上げについてのことです。私はこれは大事なことだと思いますが、それにあまり時間をかけてばかりでは仕事にならないということです。それはわかりますが、その一手間こそ、プロとしての矜持ではないかと思うのですが、毎日の仕事となるとすべてをそうすることはできないのでしょう。
 それはわかる、と思いながら、アマチュアならいくら時間をかけてもいいわけで、しかも自分さえいいと思えれば、その自己満足でも楽しいわけです。ということで、この本を読みながら、自分で新しい名刺のデザインをしてみました。このような本を読みながら、デザインを考えるのは、ほんとうに楽しい作業でした。
じゃあ、出来は、といわれても、まだ印刷にまわしていないので、結果は出ていません。しかも、紙質の選択もまだなので、もう少し楽しみたいと思っています。
(2018.1.23)

書名著者発行所発行日ISBN
デザインの仕事寄藤文平 著、聞き書き 木村俊介講談社2017年7月25日9784062206624

☆ Extract passages ☆

最後の一歩をあきらめれば効率が劇的に良くなるんですよ。
 それだけに、仕事の量が増えて、効率の良さを考えなければならなくなった時に、多かれ少なかれ圧縮せざるをえないプロセスでもあります。ただ、その「やらなくてもほとんどの人にはわからないその最後の一歩」は、デザイナーから見ればわかるものです。そこのところをきちんとやっている仕事を見かけると、「いい仕事しているな」と感じますね。文字のバランスを取り直す。ナカグロと言われる「・」の上下の空間をきちんと詰める。バッと見ではわからないことをものすごく厳密にやるという、際限のない世界がそこにはあります。
(寄藤文平 著 『デザインの仕事』より)




No.1472 『蔵書一代』

 著者のものは、「月刊ペン」などでよく読みましたが、それ以降はなかなか読む機会がなく、たまたま手にしたこの本で、懐かしく思ったほどです。
 この本を書いたとき、つまりは去年ですが、82歳だそうです。そろそろ終活の時期でしょうが、それもあって自分の蔵書を始末することを書いたのがこの本です。副題は「なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか」です。私も還暦の時に自宅の建て替えで蔵書を始末しなければならなくなり、同じような思いがあったので、とても共感できました。
 私の場合は、集めた本の約8割ほどをブックオフに引き取ってもらいましたが、その選定には半年ほどかかりました。その2割で我慢をして新しい自分の部屋の本棚に並べたのですが、それが今ではその本棚に2列に並んだり、あふれた本がその手前に平積みされたりしています。いちおう、床は本をたくさん置くからということで、しっかりと補強してもらったし、本棚も倒れないように金具で止めてもらいましたが、それでも天井まで積み重なった本を見ると、怖いときがあります。
 でも、それでも、確実に本は増え続けています。孫には、この本は全部あげるからと言うと、「ホント、うれしい!」といいますが、おそらく大人になったら、こんな本はいらないというかもしれません。いや、きっと言うでしょう。
 そもそも蔵書というのは、たんなるコレクションとは違い、著者は、「蔵書というものはジャンルを問わず、最小限バランスのとれた普遍的な群書の形において、所蔵者の人格、人間性を表現しているものではあるまいか。コレクションとは単なるものの集積で、趣味嗜好、興味、こだわりの表現に過ぎない。」と言っています。
 私もそう思いますし、たんなる骨董趣味やお宝とも違います。違うと思っています。
 そういえば、著者は、「平安時代の芸亭以後、知的渇望や学問への情熱は書籍の収集によって満たされ、一定規模の群書は図書館として開放されるという、絶えることのない循環現象を生み出してきた。書物に即して知識を得たいという読書マインドと、書物を大切にし、手許に置きたいという愛書マインドとが人生の一定期間内に醸成され、はじめて書物を守り、空自があれば埋めていくというような蔵書マインドが形成されるのではないだろうか。」といいますが、おそらく、ブックオフなどに行くと、本のリサイクルのような感覚で取り扱っているような気がします。
 でも、東京に出張した折などに、神保町に行くと、あの古本屋独特のニオイと、雰囲気が残っていて、学生時代に戻ったような気になります。そして、近くの喫茶店に入ると、もうすっかりその気になってしまいます。でも、そこには今どきの学生はほとんどいません。やはり、ちょっと寂しい気持ちがします。
 最近の若い人たちは本をあまり読まないと聞きますが、おそらく調べものがあれば、パソコンで検索できるからでしょう。百科事典などは、まったく無用の長物でしかなくなりました。でも、1冊ずつ時間をかけて手に入れた本には、愛着があります。誰がなんと言おうと、これからも本は確実に増えていくこと間違いありません。
 下に抜き書きしたのは、横浜から525q離れた岡山の中山間部の吉備高原に永住するつもりで蔵書も移したときの思いです。
 しかし、そこに14年間住んだものの、2011年に再び横浜に舞い戻ったのですが、自分の蔵書を並べて置いたときの気持ちは、このようなものだと私も思います。この「書物の背文字は、いろいろなことを想起させてくれた」というところは、今でも、自分の本の背文字を眺めていると、いろいろなことが思い浮かび、ときどき感慨にふけってしまいます。
(2018.1.20)

書名著者発行所発行日ISBN
蔵書一代紀田順一郎松籟社2017年7月14日9784879843579

☆ Extract passages ☆

 蔵書に即していえば、自分の蔵書を――一部ではあるが、はじめて整然と並べ、一定の距離をおいて、遠近法のような感覚で眺めることができたのも、予想以上の喜びだった。自分が何を読んできたかということ、その時代背景ということや、今それらの本の前にいる自分自身の立ち位置といった、重要なことがらである。……
 これらの書物の背文字は、いろいろなことを想起させてくれた。
(紀田順一郎 著 『蔵書一代』より)




No.1471 『退屈すれば脳はひらめく』

 この本の副題、「7つのステップでスマホを手放す」を見て、そういえば、今どきの若者たちは、ヒマさえあればスマホをいじっているからなあ、と思いました。もちろん、目に悪いとは思いますが、ある種の中毒ではないかとさえ思っていました。だから、この本を見つけたときには、即、読むことにしました。
 その最初の疑問も、みんながスマホに感じていることと同じでした。著者は番組の編集ディレクターなので、そのホストを務めるポッドキャスト番組で、1週間にわたって「退屈すれば脳はひらめく」というプロジェクトを企画し、2万人以上のリスナーが参加したそうです。それがこの本の土台になっているそうで、さらにそこから進化しているそうです。
 そういえば、先日のニュースで、SNSで絶えず自撮りの写真を投稿しているのは、ある種の精神疾患だとするのが流れていましたが、これはいわば「自撮り(セルフィー)依存症」と呼ばれるものだそうです。この「セルフィー依存症」という造語が生まれたのは2014年のことで、米精神医学会(APA)が疾患として分類することを検討中だというフェイクニュースの中でのことです。とはいえ、この本でも、スマホを常に使い続けることの依存性を強く指摘しています。
 たとえば、メアリー・ヘレン・インモルディーノ=ヤング博士は「私たちはまるで条件づけされたマウスのように、しょっちゅうスマホをチェックせずにはいられない。責任ある社員や友人でいるためだけなら、そこまでチェックしなくてもいいはずなのに。といいます。つまり、人は習慣的な行動によっていつの間にか反射神経のようになってしまい、そのように習慣づけられると、断ち切ろうとしてもなかなか断ち切れなくなってしまうそうです。
 やはり、これでは薬物中毒と同じで、相当な努力をしないとその依存性を断ち切ることは難しくなります。
 それでは、新しい考えや見方ができなくなり、独創性も生まれなくなります。先月12月29日付けの西日本新聞によると、HISの会長兼社長の沢田秀雄さん(66)が、今年の3月から、たった1人で3カ月から半年間の世界旅行に出るということです。もちろん、目的は視察でしょうが、上場企業のトップが3ヶ月から半年も不在というのは異例だそうです。その理由として本人は、「最近は自分の発想が豊かでなくなった。世界の変化から刺激を受けたい」と話したそうです。そして、「私が長い間いなければ、これまで私の指示待ちだった部下が自分で考えて決めるようになり、人が育つ」とし、一人旅の危険性についても「人間死ぬときは死ぬ」ということです。
 もちろん旅行社ですから、それなりの情報や何かのときの対応はできるでしょうが、まさにこの本のスマホを手放すというイメージととても似ていると思いました。
 下に抜き書きしたのは、これらを開発する中心であるシリコンバレーの人たちのことです。自分たちが開発したり推し進めたりしている幹部たちが、自分の子どもたちにはそれらをあまり使わせたくないというのは、ちょっと考えると不思議なことです。そういえば、スティーブ・ジョブスの本を読んだとき、自分の子どもたちには、テクノロジーを制限していると書いていましたが、彼らはその弊害をしっかり知っていたからではないかと思いました。
 ちなみに、このシュタイナー教育とは、「オーストリア生まれのルドルフ・シュタイナーが1919年にドイツで始めた教育実践です。子どもの体と心の発達観に基づく12年間の体系的なカリキュラムを持っています。知性だけでない子どもの心や体、精神性をも含めた全人教育を目指し、そのためには教育そのものが芸術行為であることが大切だと考えています。」と相模原市にあるシュタイナー学園のホームページには書かれてありました。
(2018.1.17)

書名著者発行所発行日ISBN
退屈すれば脳はひらめくマヌーシュ・ゾモロディ 著、須川綾子 訳NHK出版2017年10月30日9784140817261

☆ Extract passages ☆

『ニューヨーク・タイムズ』は2011年のある記事で、イーベイの最高技術責任者をはじめ、グーグルやヤフー、アップル、ヒユーレットパッカードの経営幹部やエンジニアが、カリフォルニア州ロスアルトスにある、テクノロジーとは無縁のシュタイナー教育の学校に子どもを通わせてると伝えました。シリコンバレーのこの学校では、木製のテーブル(おもちやから家具まで自然の素材を使う方針)を囲んで料理や編み物などをさせ、7年生〔日本の中学1年生〕になるまではコンピューターに触れさせない方針です。なぜならコンピューターは、子どもたちが「健全な肉体、規律と自制心を保つ習慣、創造性や芸術性に富んだ表現力、柔軟で明敏な頭脳を開花させる能力を妨げる」かもしれないから。
(マヌーシュ・ゾモロディ 著 『退屈すれば脳はひらめく』より)




No.1470 『ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ』

 この本は図書館から借りてきて読んでいるのですが、表紙を開くと、そこに著者のサインが入っていました。
 なぜ、図書館の本にサイン入りがあるのか、ちょっと不思議ですが、著者は1918(大正7)年7月2日のお生まれですから、今年で満100歳になります。
 その著者が「岐路に立ったら、私は困難な道を選びます。人生は、Y字形になっていて朝から晩まで選ばなければなりません。その時私は困難な道を選ぶ。そのほうがずっと発見がある。具合のいい時はいい気になつてもうそれ以上にはなれません。困難な道はしくじりも多い。でも、しくじった時に、次の道が開けてくる。」というのですから、すごいことです。
 だから、この本の中でも、引っ越しを繰り返したとあり、葛飾北斎が生涯に何十回と居を変えたといい、自分は数えれば30何回の転居だったと書いています。そして、「私にとって新しい住居や旅は、どんな努力も及ばない、自己改造への方法です。私の中に眠る未知の因子に火を灯してくれるような気がいたします。」と言いいますから、画家としてのインスピレーションのもとだったのかもしれません。
 そういえば、私も旅に出ると、すべて自分でしなければならないにも関わらず、なんとなくウキウキしてしまいます。不思議と足取りも軽くなったような気もします。そして、ほとんど博物館や美術館などを訪ねて、疲れると美味しいものを食べます。それだけで、今自分は自由なんだという実感がふつふつと起きてきます。そして、ビジネスホテルの狭いバスタブに沈むと、もうそれだけで楽しくなります。
 たしかに、旅は自分を変えてくれるものですが、転居となると、そうもいきません。7〜8年前に自宅の改築で引っ越しをしましたが、半年も前から準備をして、少しずつ片付け、この際だからと本棚の本もだいぶ整理しました。でも、完成すると、またそこに運び込まなければならず、もうしたくないと思いました。
 それを30何回かもするわけですから、大変なことです。
 とくに印象に残ったのは、最初に書いてあった「自然を師として学んだ私の絵は、人に見せるためでなく、刻々に移ろう命の不思議を描きとめたい一心から生まれたものです。その瞬問、瞬間の感動と私との一騎打ちの痕跡でしかありません。私が確かに生きているという瞬間――今日という日だけがあるのです。過ぎた昨日には戻れませんし、明日の未来はどうなるか見当もつきません。季節も、雲や月の形も、一日として同じ日はない。それが"現在″という時間なのです。「長生きですね」と言われますが、齢がたまっただけのこと。歳を取ったから偉いなんて、冗談じゃない。去年より偉くなった、なんてそんな馬鹿なことはありません。人間は生きている限り、未熟なのです。」という言葉です。
 下に抜き書きしたのは、最後の第4章のなかに出てくる言葉です。この第4章は「一生は毎日が初体験――老いと向き合う」ですが、そのなかの1節ですから、現実味があります。
(2018.1.14)

書名著者発行所発行日ISBN
ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ堀 文子小学館2017年11月21日9784093885874

☆ Extract passages ☆

 年を経るごとに、わからないことが増えていきます。それだけに生きているのが楽しい。知る喜びがたくさん残されているということですから。
(堀 文子 著 『ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ』より)




No.1469 『こぽこぽ、珈琲』

 この題名の「ぽこぽこ」というのは、サイホンやドリップなどからコーヒーがしたたり落ちる音かな、と思いました。でも、考えてみると、昔、山でよく使ったパーコレーターの蓋の部分の透明の部分に下から突き上げるコーヒーの音とも思えてきました。まあ、どちらにしても、それらコーヒー器具がコーヒーを抽出する音に違いはなさそうです。
 私も学生時代は、自分でコーヒーの豆を買ってきて、イギリス製の手回しのミルでごしごしと挽いてコーヒーを入れていました。
 そうそう、このコーヒーは人を興奮させたり抑えたりするといいますが、寺田寅彦「コーヒー哲学序説」には、「コーヒーが興奮剤であるとは知ってはいたがほんとうにその意味を体験したことはただ一度ある。病気のために一年以上全くコーヒーを口にしないでいて、そうしてある秋の日の午後久しぶりで銀座へ行ってそのただ一杯を味わった。そうしてぶらぶら歩いて日比谷へんまで来るとなんだかそのへんの様子が平時とはちがうような気がした。公園の木立ちも行きかう電車もすべての常住的なものがひどく美しく明るく愉快なもののように思われ、歩いている人間がみんな頼もしく見え、要するにこの世の中全体がすべて祝福と希望に満ち輝いているように思われた。気がついてみると両方の手のひらにあぶら汗のようなものがいっぱいににじんでいた。なるはどこれは恐ろしい毒薬であると感心もし、また人間というものが実にわずかな薬物によって勝手に支配されるあわれな存在であるとも思ったことである。」と書かれていて、こんなにもすごい興奮作用があるのかと、少し疑いもしました。
 おそらく、1年も飲まなかったということや、いろいろな飲み物がなかった時代だからかもしれませんが、これではまさに薬物のようなものです。
 でも、この本の随所に喫茶店が学生のたまり場であったとありますが、たしかにそうでした。私も、大学の講義が終わると、すぐに喫茶店に行くと、必ず誰か知っている学生がいました。コーヒー1杯で、何時間も粘って、話し込んでいました。とくに、朝はモーニングサービスがあり、食パンの焼いたのにマーガリンが塗ってあり、そこにゆで卵が1個付きます。それを朝ご飯がわりに食べるのです。だから、今でも、朝食にゆで卵があると、ご機嫌です。
 また、滝沢敬一「カッフェー・オーレー・オーリ」のなかの、「日本には、何本か短い棒を帯にはさんで、客に呼ばれて行く風習の地方があった。腹がくちくなると一本ずつ抜きとるもので、棒の多いはど、先方に対してよけい敬意を表したことになる。」というのを知り、これは初耳でした。
 私もお茶会などに招待されると、着物の帯をしっかり結んだりすると、腹がきつくて、なかなか食べられません。だからといって、緩くしておくと、なんともだらしなさそうで、サマになりません。このような棒をはさんでおくと、双方にとっていいことです。
 下に抜き書きしたのは、永江朗「コーヒーと袴」からで、これはコーヒーが気を落ち着かせてくれるというものです。いわば、スポーツのときのルーチンみたいなものです。
 でも、この通りにコーヒーを入れれば、ほぼ、間違いなく美味しい珈琲ができそうです。
 もちろん、この本を読みながらも、この「本のたび」を書きながらも、コーヒーは飲みました。やはり、コーヒーは今も大切な飲み物ものです。
(2018.1.12)

書名著者発行所発行日ISBN
こぽこぽ、珈琲(おいしい文藝)杉田淳子、武藤正人 編河出書房新社2017年10月30日9784309026190

☆ Extract passages ☆

 カップを選び、お湯を沸かし、豆を挽く。やかんのお湯をホーローのポットに移し、サーバーにドリッパーを載せる。ドリッパーにお湯を少し注いで、ドリッパーとサーバーを暖める。ペーパーフィルターの端を折って、ドリッパーに敷く。そこに挽いた豆を入れる。ドリッパーにお湯を数滴垂らし、蒸らしている間にサーバーのお湯をカップに移す。ドリッパーにお湯を少しずつ注ぎ、豆が膨らみきったら止め、豆が縮んだらまた注ぐ。この繰り返し。
 一連の動作を無心で続けているうちに、さっきまでの苛立ちが消えていく。たぶん、型にはまったことの反復は、心を落ち着かせる効果があるのではないか。
(杉田淳子、武藤正人 編 『こぽこぽ、珈琲』より)




No.1468 『わたしの世界辺境周遊記』

 この本は、もともと岩波のPR誌『図書』に2016年8月号から12月号までの5回、連載したものがもとになっているそうです。
 私が著者の本を読んだのは、『雲表の国ーチベット踏査行』などで、どちらかというと紀行文が多いのですが、専門は日本近代史や自由民権思想史などだそうです。生まれは1925年ですから、今年で満93歳です。さすが、世界のあちこちを歩いた方は違います。しかも、以前に訪ねたところもありますが、それをちゃんと記録して残してあるんですから、たいしたものです。
 副題のような「フーテン老人ふたたび」のフーテンとは、前作が『フーテン老人世界遊び歩記』からきているようですが、もう20年ほど前のものです。これが岩波同時代ライブラリーの1冊ということで、今回も岩波書店から出版されました。表紙にフーテンの寅さんが使うようなトランクの写真が載っていて、それが旅愁を誘っているようです。
 この本のなかで特に印象に残ってのは、玄奘三蔵の旅についてで、「西暦629年、唐の都長安(西安)を密出国し、タクラマカン砂漠から天山山脈を北に越え、中央アジアの大草原の今のキルギス、カザフスタンを通り、アフガニスタンの山中を大迂回してバーミヤンに出、大石仏に礼拝したあと、ガンダーラ国(今のパキスタン)に下っている。それからインドにいたる長い道のりだ。……玉門関の西には強力な吐蕃(チベット王国)があり、また遊牧民の突厥王国などがあって、当時の唐のカではそこまで支配が及ばなかった。そこで法師は高昌国王の斡旋、紹介により、突厥王に旅の安全を保障されて、その支配下の地域を迂回したのである。」というヵ所を見つけ、その迂回した理由がわかりました。
 すべて歩くしかなかった時代に、わざわざ遠回りをするというのは、相当な理由がなければなりません。ある本には、高昌国王からの要請があったからだと書いていましたが、もしかすると、それもあったかもしれません。
 というのは、下に抜き書きしたようなことが実際にあったからです。
 この本には、昔の旅物語りが多いと思っていたら、2015年にベトナムに行ったということも載っていました。これはハノイからサイゴンまでで、4、5年ほど海外旅行をしていなかったのでパスポートの期限も切れていて、新たに10年旅券をとったと書かれていました。ということは、満99歳まで、世界中どこでも行けるということで、さすが著者だと思いました。
 やはり海外に出かけるというと、荷物も多くなり、心理的な緊張もあると思うのですが、この本を読む限り、行きたいという気持ちのほうが先行していて、どこにも大変だということを書いたところを見いだせませんでした。
 むしろ、その旅行の途中で、次はどこに行きたいと考えるのですから、いろいろなところに行けるわけです。さて、私は、今年はどこへ行きたいのか、そろそろ忙しいお正月が終わるので、これから考えたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、玄奘は密出国者しながらも、インドまで行き、多くの文物を持ち帰ることができたのはなぜかに答えたものです。
 しかし、帰路には高昌国に立ち寄る約束も、すでに滅ぼされたと知り、最短距離で中国に帰ったのです。でも、玄奘の功績は、多くの後援者の存在があったからこそではないかと思いました。
(2018.1.9)

書名著者発行所発行日ISBN
わたしの世界辺境周遊記色川大吉岩波書店2017年11月14日9784000612319

☆ Extract passages ☆

 それにしても玄奘が密出国者でありながら、たくさんの従者や牛馬をつれていられたのは何故か。それには訳がある。かれは途中の仏教国、高昌国の王から手厚い礼遇と歓待を受けたのである。王は玄奘に傾倒し、礼拝し、懇願した。「この国には数千の憎がいる。これらを悉くあなたに師事させる故、長くここに留まってくれないだろうか」と。
 王は先を急ぐ玄奘を引き留め、みずから盤をささげて食事の給仕をし、情をもって動かそうとした。だが、玄奘は絶食してこれに対抗した。断食四日、国王も断念。その代わり「天竺からの帰路には三年間ここで供養を受けて頂きたい。さしあたり一か月、般若経の講義をしてく れること」を約束させ、妥協したのである。
 この高昌国王が出発の日に、4人の臣を玄奘の従者とし、法服30領を新調し、寒さ対策に頭巾、手袋、靴など数多く整え、別に黄金100両、銀銭3万枚、綾絹500疋を、インドに往復する20年間の旅費として寄進し、馬30頭、人夫25人を添えてくれたという。さらに、沿道24国の王たちに依頼状をつくり、持たせてくれた。玄奘に対する高昌国王の愛敬の情が いかに大きかったか、これらが示している。
(色川大吉 著 『わたしの世界辺境周遊記』より)




No.1467 『もっと知りたい ターナー 生涯と作品』

 ターナーという画家の存在は、ほとんど知らなかったのですが、たまたま2014年7月にイギリスへ行き、それもたまたまロンドンのテート・モダーンで美術館で「マチス展」があることで、それを見て、ついでに館内を見てまわり、あと見た大きな絵がターナーの絵でした。その説明を見ると、イギリスの代表的な画家だそうで、何点かの作品かが展示されていました。
 そして、テート・ブリテンには、そのターナーの作品だけを集めた「クロア・ギャラリー」があり、相当数の作品があるということでした。そこで日を改めてそこに行くと、そのコーナーを入った正面には、この本でも紹介されている自画像(この本の説明によると、「自らの容姿を卑下していたターナーは、自画像はもちろん、他人に肖像を描かれることも嫌った。本図は例外のひとつで、きちんとした服装を身につけ、信念に満ちたまなざしをまっすぐにこちらに向けている。ロイヤル・アカデミーの準会員に選出されたことを記念して描いたとも憶測されている。)も展示されていて、しかも写真を撮ってもいいことから、何枚か観賞しながら撮影してきました。
 そのなかでも、「ヴァティカンから望むローマ:ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」という長い題名の絵はとても大きく、この本で確認すると177.2×335.3pもあるということです。付近には誰もいなかったので、この前で記念撮影をしました。こういうときは、写真撮影ができるということは有り難いものです。
 また、スコットランドの風景を描いた水彩もあり、この本によると、「ターナーは生涯に6回、スコットランドを訪れている。最初の2回は、スコットランドのピクチャレスクな風景を求めての旅であったが、1818年の3度目の訪問以降は、主としてウォルター・スコットに関係した出版物の挿絵のための素材収集を目的としていた。エディンバラ出身のスコットは、『ァイヴァンホー』(1820年)をはじめとする歴史小説で国民的作家としての人気を誇っていた。31年の4度目のスコットランド訪問時には、スコットに招かれて彼の屋敷アポッツフォードにも立ち寄っている。ターナーが文学作品のために描いた挿絵はきわめて評判が高かったため、出版業者たちはこぞって彼を起用したがった。」ということです。
 そういえば、昨年9月にエディンバラに行ったときに、大きなスコット記念塔があったのですが、やはりスコットはとくに人気があるようで、その彼がターナーとも交流があったとすれば、なるほどと思いました。
 2014年のときにテート・ブリテンでターナーの写真は、約10枚ぐらい撮ったのですが、その半分はこの本でも紹介されていました。それらを改めて見ながらこの本の解説を読むと、また新たな発見がありました。お正月で忙しいのですが、その合間に絵を見るのもいいものです。
 下に抜き書きしたのは、「あとがき」にあるターナーのことです。
 たしかに、今でもイギリスでは人気のある画家で、とても評価の高い画家のひとりです。ただ、日本ではどうかといいますと、2013年の秋に東京都美術館で「ターナー展」が開催されましたのを見たことがあります。そのときに知ったのですが、夏目漱石が「坊ちゃん」という小説のなかでターナーについて触れているそうです。
(2018.1.7)

書名著者発行所発行日ISBN
もっと知りたい ターナー 生涯と作品荒川裕子東京美術2017年11月10日9784808710941

☆ Extract passages ☆

 ターナーが活動したのは200年近く前のことだが、今日なお、彼はイギリス美術のなかで別格の地位を保ち続けている。本人が遺言で望んだこととはいえ、ひとりの画家に対して、国が専用の展示ギャラリーを新たに建設した例は、少なくともイギリスにおいてはほかにない。彼が国家に遺贈した2万点もの作品に関しては、テート美術館によって詳細なデータベースが作成され、ウェブ上で公開されている。1984年に、彼の名を冠して創設された「ターナー賞」は、いまや現代美術における最も権威ある賞のひとつとなっている。2011年には、ターナーゆかりの地であるマーゲイトに、彼の作品の展示を含め多様な文化活動の拠点として、「ターナー・コンテンポラリー」が完成した。かつてターナーがトウィッケナムに建てた家は、2017年までに修復を終えて一般に公開されている。
 このように見てくると、画家ターナーに対する評価は、もはや絶対的なものであるのは明白である。
(荒川裕子 著 『もっと知りたい ターナー 生涯と作品』より)




No.1466 『大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」』

 今年もいろいろなことに興味を持ち、いろんなことをしてみたいとおもっていますが、たまたまこのような本と出会いました。途切れ途切れにしか読む時間はなかったのですが、もともと子どもたちに話すということが前提なので、とてもわかりやすく、疲れた頭でも理解できました。
 編著は、NHKラジオセンター制作班ですが、「夏休み子ども科学電話相談」制作班と本には書かれていました。おそらく、子どもたちの相談に直接当たった人たちが中心になって、まとめたのではないかと思います。
 このなかでも、「タネなしのスイカやブドウがあるのに、タネなしモモやサクランボはなぜないのですか?」という質問は、とてもおもしろかったです。大人はブドウなどのタネなしはジベレリン処理をするぐらいはわかっていますが、三倍体といわれるとわからなくなります。この説明がとてもわかりやすく、「タネを作るときに、おとうさんのオシベのほうからもらう遺伝子が1セット、おかあさんのメシベのほうも遺伝子を1セット持ってて、それが合わさって2セットになるんやね。そういうのを普通の植物で二倍体って呼んでるの。それをね、薬を使ったり、ほかの方法を使ったりして三倍体ってのを作るんですよ。遺伝子は1セットずつ持たさないと、ちゃんとしたタネにならないのね。でも、三倍体は、どうやって分けたら1セットずつになるのかわからないの。それでね、タネが作れないうちに実がどんどん大きくなって、結局、タネなしになるの!」というものです。
 これなら、ほとんどの子どもはわかってくれるのではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、魚の年齢についての話しです。
 いつも食べてはいるのですが、そういわれれば魚にも年齢はあるはずです。ただ意識してなかったということでしょう。
 やはり、子どもの「魚の『とし』は、どうやって数えればいいのですか?」という問いに、なるほどと思いました。この質問をしたのは福島県内の小学校2年生です。
 この他の方法としては、魚の耳の中にカルシウムのかたまり、耳石(じせき)というのを見る方法などもあるそうですが、魚の研究者以外はちょっとできないのではないかと思います。
 いくら科学といっても、取っつきやすさも大切なことですから、このような本が出版されることも大事だと思いました。
(2018.1.5)

書名著者発行所発行日ISBN
大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」(サイエンス・アイ新書)NHKラジオセンター制作班 編著SBクリエイティブ2017年7月25日9784797390643

☆ Extract passages ☆

 回答者 お魚にウロコがあるでしょ。このウロコを1枚はがしてみると、大きな魚のウロコ、たとえばタイだとか、スズキだとかの大型の魚のウロコは、1枚が大きいから、肉眼で 見ると年齢がわかるんです。虫メガネを使うともっとわかります!じゃあ、どこを見るかっていうと……ウロコって詳しく見たことないよね?
 質問者 まだ、見たことないです
 回答者 そしたらね、おうちで、おかあさんがごはんを作ってくれるときに、『紅ショウガ』って使うでしょう? 赤い色をしてるよね。その液を、おかあさんから少しもらって、魚の体からとった1枚のウロコを、その紅ショウガの液の中に、ちょっとだけ入れておくの。10分ぐらいでいいかな。それでウロコを見ると、今まではよく見えなかったところに、赤い色の濃いスジが出てきます。そのスジを数えるとね、魚の歳がわかるんです!これが一番簡単な方法ね。
(NHKラジオセンター制作班 編著 『大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」』より)




No.1465 『漢詩花ごよみ』

 年末年始の忙しい時期でも、この本なら読めそうと思い、いつも脇に置いていました。
 副題は「百花譜で綴る名詩観賞」で、漢詩の他に、日本漢詩5首などを含め、全部で51首取りあげられています。しかもすべてが花を詠み込んだもので、たとえ覚えられなくても、カードに記録し、ときどきは眺めたいと思いながら、読みました。
 すると、杜甫の詩でツツジを詠んだのを見つけ、しかも764年に四川省の成都で春を迎えたとき、53歳のときの作品です。それをここに書き出すと、
 絶句
 江碧鳥愈白 江碧(こうみどり)にして鳥愈(いよ)いよ白く
 山青花欲然 山青くして花然(も)えんと欲す
 今春看又過 今春看(みす)みす又過ぐ
 何年是帰年 何れの日か是れ帰年ならん
 この意味するところは、「川は深緑 水鳥は ますます白く 深緑の山 青々として 赤い花 燃えたつよう この春も みるみるうちに また過ぎてゆく いつになったら 故里に 帰れるのやら」ということのようです。
 杜甫の故郷は河南省鞏県市ですが、ひひでいう故里というのは、もしかすると官司ですから長安の都を指しているのかもしれません。
 でも、ツツジに限ってみると、この本では、「蜀の花は躑躅、レンゲツツジか」、と書いてありますが、おそらくスィムズィー(R.simsii)のことで、中国では映山紅とか唐杜鵑といいます。
 実際に四川省でこの花を見たことがありますが、まさに山が燃えるように赤くみえるほどでした。映山紅という名前も、そのようなところから来ているのではないかと思います。
 この他にもカードに抜き書きしたのはいくつかありますが、これらの漢詩を中国語で読めればさらに印象が深まると思います。それができないのが、ちょっと残念です
 下に抜き書きしたのは、白居易のソバの花を詠んだ詩です。この本によると、このソバの花を最初に詩に詠んだのは、白居易だそうです。
 そういえば、ネパールなどにはピンク花のソバがありますが、この情景からは日本と同じ白い花しか思い浮かびません。まだ月明かりでソバの花を見たことはありませんが、機会があればぜひ見てみたいものだと思っています。
(2018.1.3)

書名著者発行所発行日ISBN
漢詩花ごよみ渡部英喜亜紀書房2017年3月1日9784750514956

☆ Extract passages ☆

 村夜
 霜草蒼蒼虫切切 霜草(そうそう)は蒼蒼として虫は切切たり
 村南村北行人絶 村南村北行人(こうじん)絶え
 独出門前望野田 独り門前に出でて野田(やでん)を望めば
 月明蕎麦花如雪 月明らかにして蕎麦(きょうばく)花(はな)雪のごとし

 霜あびた草 老いたよう 秋の虫 か細く鳴き
 村の南 村の北も 道行く人は 絶えはてた
 ただ一人 門前に出て 野のはたけ 眺めれば
 月明り ソバの花 雪のよに 真っ白だ
(渡部英喜 著 『漢詩花ごよみ』より)




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