☆ 本のたび 2019 ☆



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 また、抜き書きに関してですが、学問の神さま、菅原道真公が49才の時に書いたと言われる『書斎記』のなかに、「学問の道は抄出を宗と為す。抄出の用は稾草を本と為す」とあり、簡単にいってしまえば学問の道は抜き書きを中心とするもので、抜き書きは紙に写して利用するのが基本だ、ということです。でも、今は紙よりパソコンに入れてしまったほうが便利なので、ここでもそうしています。もちろん、今でも、自分用のカードは手書きですし、それが何万枚とあり、最高の宝ものです。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1616『「風の電話」とグリーフケア』

 表紙には、電話ボックスのなかに古い黒電話と1冊のノートが置かれている写真があり、副題が「こころに寄り添うケアについて」とありました。
 それだけでは、どのようなことが書いてあるのか想像もつかず、読んで見ることにしました。この「風の電話」というのは、岩手県大槌町の波板の丘に立つ電話ボックスのなかにあるものです。この電話は、外とはつながっていないのですが、想いがつながっているといいます。
 そういえば、この黒い電話は、昨年の12月に上野の科博で見た「3号自動式卓上電話機」にとてもよく似ていますが、これは1933(昭和8)年製造だそうで、この機種がその後の卓上電話のひな形になったので、それ以降の黒電話かもしれません。
 この電話を設置した佐々木格さんによると、「グリーフを抱えた方が亡くなった相手に黒電話で話しかけ、自分の心との対話により自責の念や混乱して思考を停止させている壁を取り払い、考えを整理することにより自分自身を納得させるのです。「風の電話」はその際、周囲の自然環境の力も借り、精神の安定と癒し感覚を全身で感じ取る「場」なのだと考えています。その結果、人々は自らの力で自然治癒力を呼び覚まし、喪失後のグリーフ状態から将来へ向け、″生きる"という意識の向け換えが出来たと実感できるのではないでしようか。」と、「まえがき」に書いています。
 このグリーフという言葉は、悼みや悲嘆のことで、それをケア(世話)するのがグリーフケアということです。この「風の電話」が知られるようになったのは、2011年3月11日の東日本大震災のときに未曾有の大被害の後で、多くの人たちは、まさにグリーフ状態にあったわけです。そのなかで、なんとかそこから抜け出るきっかけにして欲しいといろいろな活動がありましたが、これもそのひとつです。
 そもそも精神的な傷みは、なかなか人にはわかりにくく、そのままにしておくと、ますます立ち上がれなくなるほどだそうです。精神科医の浜垣氏は、この本のなかで、軽い傷なら自分で絆創膏なとを貼って治すこともできるが、重傷のケガや骨が折れたりしたら医者に行くのは当たり前なんだから、重度の心的外傷も自分でいつかは治るだろうということではなく、専門医にかかる必要があると書いていました。こういうときには、自己治癒力もうまく働いてくれないそうです。
 この「風の電話」の場について、終章のまとめのところで、著者の一人矢永由里子さんは、「電話を通し死者と語らうことは、個人の内的な体験であり、自分のこころのなかに深く人っていく過程でもある。その意味で、自分の世界で祈りを捧げることと似ている。それは個別の体験であり、その人独自の世界である。 一方で、ノートを通し、人は他の人の経験を知り、その人の想いにこころを寄せる機会を持つ.他の人の体験に自身の体験を重なり合わせ、その人の状況に考えを巡らすことで、自分だけと思っていた体験の意味に少し広がりが生まれてくるようである。「風の電話」の場とは、私たちに、電話という媒体を通し大切な死者との関係の再構築を、そしてノートという媒体で他者との喪失体験の共有と繋がりを誘うものなのであろう。」と書いています。
 下に抜き書きしたのは、「待つ」ということの大切さというか、相手のペースに合わせるというか、人それぞれの気持ちに添うことの大切さです。
 これは心理臨床の場でも同じで、クライアントのペースに添うことによって、自分のペースを取り戻したり、見つめたりすると、そこに内省のためのゆとりが徐々に生まれ、その結果、落ち着いて自分の気持ちと向かい合うことができるようになるそうです。
(2019.2.10)

書名著者発行所発行日ISBN
「風の電話」とグリーフケア矢永由里子・佐々木 格 編著風間書房2018年10月31日9784759922394

☆ Extract passages ☆

「待つ」ということは、相手のペースを尊重するということと表裏一体である。
 自分の気持ちと向き合うには、人それぞれのペースがある。「風の電話」では、気持ちと向き合うことにかける時間、想いを伝えるタイミングは、すべて個人に委ねられている。「自分のペースでいい」という安心感の中で、自分の気持ちと向き合い、大切な人を失くした悲しみや寂しさに浸ることができる。そして、訪れた人の心を徐々にほぐし、「ここでなら伝えられるかもしれない」という気持ちにさせるのである。
(矢永由里子・佐々木 格 編著 『「風の電話」とグリーフケア』より)




No.1615『神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅』

 神谷美恵子さんといえば、美智子妃殿下の相談役とか話し相手とかいわれているそうですが、この本の「まえがき」には、約7年間ほど東宮御所に参内したことは事実と書いてありました。ただ、自分が精神科医なので、無用な誤解をあたえないようにと一般に自分から口外したことはないそうです。
 でも、本書を読むと、その経歴から考えても、なるほどと思いました。『こころの旅』だと思いますが、それ以外にも『生きがいについて』や『人間をみつめて』などの啓蒙書や、『精神医学研究』などの専門書、さらには翻訳まで、いろいろと書いています。でも、書くこと以上にすごいことは、ハンセン病医療施設の国立療養所長島愛生園で精神科医として実践していたことです。
 この本は、神谷さんの言葉を抜き書きしたものに、昭和人物研究会が編著したもので、監修は聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんで、2017年7月18日に満105歳で亡くなっていますから、その直前に出版されています。そういう意味では、最後のところに、「監修者あとがき」があり、『「生きがい」は人間を解放する』という題名で書いていて、直接お目にかかったことはないそうですが、学んだことは多かったといいます。そして、神谷さんが亡くなる直前に書かれた「残る日々」という詩を紹介して、「この詩には、神谷さんが最期を迎えるその瞬間まで、与えられた命に感謝しよう、とする思いが詰まっています。病室にいながらも、日々を感謝して生きようとされた。自分は不幸だと嘆くのではなく、残されているわずかな日々の中に、神様に与えられた恵みを喜ぶ気持ちがあったから、神谷さんは死へ向かう不安や恐怖に耐えられたのではないかと思います。感謝の心とは、 一つの積極的な生き方の形なのです。」と書いています。
 そういえば、本文の中でも、ときどき感謝という言葉が出てきますが、まさにその感謝の心は1つの積極的な生き方だったと思います。
 よく、精神的な苦痛といいますが、それがどのくらいの苦痛なのか、なかなか痛みが伝わらないので表現の仕様がないのですが、著者がハンセン病国立療養所長島愛生園で体験したときのことを書いています。それは、30歳のある患者さんがときどき心臓発作を起こし苦しんでいたそうですが、たまたま膀胱炎と腎盂炎にかかったときのことです。著者は、「身体病の治療という、はっきりした生活目標ができ、それにむかって日々歩むことができたから、それで心の統一とおちつきがうまれたのではないだろうか。現に彼は毎日の熱の具合や折々の尿検査の結果に積極的な興味を示し、快癒への道程にいきいきと充実感を味わっていたようである。」と書いています。ところが病気が全快すると、また「生きがい喪失」の状態に戻ってしまい、同時に心臓発作にも見舞われるようになったというのです。このことから、著者は、「肉体的苦悩よりもはるかに深刻なのは精神的苦悩である」と言います。そして、精神的苦痛を和らげる1つとして、精神的苦悩を他人に打ち明けることがいいと勧めています。
 つまり、他人に打ち明けることにより、その悩みを客体化することができるからだといいます。やはり、精神的な悩みというのは、そうとう身体にもダメージを与えるもののようです。
 下に抜き書きしたのは、「目標への道程」に書かれていたもので、目標を達成できればそれはそれで素晴らしいことですが、もしできなくても、その目標に向かって進んだということそのものが素晴らしいことだといいます。
 これは、とても大事なことだと思います。そして、さらには「苦労して得たものほど大きな生きがい感をもたらす」といい、無限の彼方の目標に突き進むことこそが素晴らしいことだと考えていたのではないかと思います。
(2019.2.7)

書名著者発行所発行日ISBN
神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅昭和人物研究会 編著三笠書房2017年5月25日9784422701165

☆ Extract passages ☆

 人間はべつに誰からたのまれなくても、いわば自分の好きで、いろいろ目標を立てるが、ほんとうをいうと、その目標が到達されるかどうかは真の問題ではないのではないか。
 ただそういう生の構造の中で歩いていることそのことが必要なのではないだろうか。
(昭和人物研究会 編著 『神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅』より)




No.1614『書物のある風景』

 副題は「美術で辿る本と人との物語」で、元々の題名は、『Reading Art: Art for Book Lovers』だから、この副題のほうが題名に近いようです。
 それにしても、とても重い本で、近くのはかりで計ったら、すっと600グラムのところで止まってしまいました。これは軽量はかりなので、それ以上は計れないようで、手で持った感覚からすると、1.5キロぐらいはありそうです。
 この本は、「はじめに」のところに書いてありますが、「本書はどこにでもある身近なもの、しかしときに社会や思想に大きな変革をもたらす「本」への礼讃である。世界各地の美術館やコンクションから古今東西の作品を300点ほど選び、なかには現在のような本がまだなかった時代に、巻物や写本を読む姿が描かれたものもある。過去の絵画や彫刻をながめていると、人びとの暮らし(衣服や調度など)の移り変わりがよくわかる一方で、歳月が流れてもなお変わらないものがあることに気づかされるだろう。そこに書物が、読んでいる人びとが描かれていると、時も文化も超えた、人間としてのつながりがもてたように思える。」とあり、絵画などに描かれた作品から、書物のある風景だけを選んで紹介してあります。
 それと、よく洋書にはその本にあう名言のようなものを区切りのところに書き入れますが、この本でも、そのような名言が随所に抜き書きされています。
 たとえば、キャスリーン・ノリスの「長い1日の終わりに良い本が待ち受けているとわかっているだけで、人はその日をより幸せに過ごすことができる。」というようにです。この言葉は、そのままでも通じますが、たとえば良い本のところに、食事でも雲堂でも、子どもの笑顔でも、なんでもいいわけです。つまり、人が幸せだと感じるときには、その脳のなかに報酬系物質が放出されています。たとえばマラソン選手などがいう「ランナーズハイ」の状態です。それはベータエンドルフィンなどが出ているといいますし、気分が安らいでいるときにはセロトニンが出ていますし、快楽を覚えているときにはドーパミンが放出されています。
 本を読んで、そのような状態になれるなんて、これはとても幸せなことです。
 300点ほどの絵画のなかにも、いかにも幸せだという雰囲気のものがあります。たとえば、ジョージ・ダンロップ・レスリーの「不思議の国のアリス」は、1879年頃の油彩でイギリスのブライトン・アンド・ホヴ美術館に所蔵されているそうですが、子どもをあやしながら夢中で本を読んでいるお母さんの姿がとてもよく表現されています。
 また、エル・グリコの「聖ルカ」の絵には、描かれた本の挿絵が、まさに大原美術館で見たエル・グリコの絵そのもののようでした。
 下に抜き書きしたのは、「はじめに」に書かれていたもので、この本のなかで言いたいことをまとめたところです。
 たしかにこの本を読むというか、見てみると、その時代の雰囲気が伝わってきます。たとえばアリシア・マーティンの「現代」という作品は、隣との白い壁の一面が壊れて、たくさんの本がはみ出しているように見えます。おそらく、これは今の情報化社会のなかで、洪水のように押し寄せる災害として表現しているようです。これは、マドリードのオリバ・アラウナ・ギャラリーに作品があるそうですが、おそらく本に印刷された以上の迫力があるのではないかと思いました。
(2019.2.4)

書名著者発行所発行日ISBN
書物のある風景ディヴィット・トリッグ 著、赤尾秀子 訳創元社2018年10月20日9784422701165

☆ Extract passages ☆

 書物は人間の歴史に大きな影響を与えてきた。その位置づけが時代とともに変化したことは、西洋美術を見ればよくわかる。中世の絵画では、一部の者しか手にできない高貴なものとして描かれ、現代ではどこにでもある大量生産品の面が強調されるようなった。たとえば、キリスト教の聖人の肖像画にある書物はその人物の知性を示し、見る者に死の必然性や怠惰への警告を伝えたりする。いずれにしても、絵画、彫刻、インスタレーションを問わず、時代の文化が書物とそれを読む人をどのように見ていたかがわかるだろう。
(ディヴィット・トリッグ 著 『書物のある風景』より)




No.1613『森には森の風が吹く』

 森博嗣の作品はいくつか読んでいますが、ストレートな物言いが小気味よく感じるときと、だから大学の教官を辞めたのではないかと思うときがあります。でも、読んでいて楽しいので、つい目がつくと買ったり図書館から借りてきて読みます。この本は借りてきて読みました。
 自作小説のあとがきを集めた「森語り」や、作品解説の「森人脈」などは、まったく興味がないので、ほとんど飛ばしました。でも、趣味に関するエッセィの「森好み」や考え方やスタンスに関するエッセィの「森思考」などはとても興味があり、そこのところはゆっくりと読みました。こういう贅沢な読み方をすると最初からわかる本は、図書館から借りて読みます。だとすると、どこを飛ばしても、あまりもったいないと思うこともないわけです。ちょっと貧乏くさい話しですが、現実にそうなので、それを否定はしません。
 さて、先ずなるほどと思ったのは、「僕たちが昔の優れた製品を見て、「ああ、良い形だな」と感じるのは、その未来ヘ向かった「志の高さ」が今でも感じられるからだ、と分析できる。そういった大志の籠もった製品だけが、時を越えて人々に使い続けられ、歴史に残るのである。……だから、たとえ古いものが大好きであっても、もし自分でデザインするならば、今までにない新しいものを作ってやろう、という野心的な精神を持つことがデザイナとしての必要条件である。新しい技術が、果敢なチヤレンジヘのスピリットに応え、革新的な発想を生む。僕たちがレトロなものに感じるのは、人間のその飽くなきスピリットにはかならない。」と書いています。
 つまり、最初からレトロなデザインを作るのは、たんなるモノマネであり、おそらくは復古趣味みたいなものです。たとえば、アップルのスケルトンのiMacなどは、今でも欲しいと思います。でも、もちろんデザインはそのままで、内部は最新のパソコンであってほしいと思います。
 というのは、昔は流行った古い曲でも、今の新しい音響機器で聞くと、別ものみたいにクリアーに聞こえます。それだけ機器が進歩したということでしょう。もちろん、スピーカーの性能も上がっただけでなく、デジタル技術の影響もあると思います。しかも、昔では考えられなかったような小さな再生機でも、ほとんど同じように聞こえるから不思議なものです。電池の持ちもよくなり、ほぼ1日聞きっぱなしでも平気です。まさに夢のような世界です。
 そのようなことを考えれば、本当の知識というのは、「知っていることを応用でき、展開できる、ということです。それを知ることによつて、新しい疑間が生まれる、なにかを作ることができる、というように、次の行動の起点になるものが本当の知識です。」と著者はいいます。
 そして、「固有名詞を覚えてお終いというのではなく、ものの道理を学んで、それを活かせるよう、自分の中に知識のネツトワークを築いてほしいのです。」といい、このことは言葉を覚えるよりももっと大切なことだといいます。
 やはり、知るということは、そこから次々と問い続けるネットワークみたいなものです。
 下に抜き書きしたのは、ジャイロモノレールを試行錯誤しながらついに完成したときのことです。このジャイロモノレールというのは、100年ほど前の古い記録に残っていたものを現実に作ったもので、完成までに3年ほどかかったそうです。そして、その理屈や作り方を模型雑誌に発表もし、今では何台も存在しているそうです。
 でも、それを作って完成させるところまでが楽しい作業で、理論がかなり難しく、機構的にもやや面倒な部分があるため、理論と技術の両方に通じていないと作れないそうです。
(2019.2.2)

書名著者発行所発行日ISBN
森には森の風が吹く森 博嗣講談社2018年11月13日9784065136546

☆ Extract passages ☆

理論を正しく見通すことができれば、それを実現するために努力できるし、もしその証明にミスがなければ、いつかは必ず実現できる。
 僕の場合も、理論を理解していなかったら途中で諦めていただろう。実験は失敗の連続だった。作っては試し、失敗しては作り直す。「もしかして、できないのではないか」と疑ってしまったら、もう進まない。「必ずできる」という確信があるからこそ、続けられるのである。
「技術」あるいは「工学」、そして「科学」というのは、基本的に人類が共有できるノウハウのことである。一人がなにかを見つければ、すぐに発表し、大勢に確認をしてもらう。科学には「秘伝」はない。他者に言葉で伝えられないようなものは「テクノロジィ」ではない。誰かが手に入れれば、それがみんなのものになる、ということが科学の最も素晴らしい特徴である。
(森 博嗣 著 『森には森の風が吹く』より)




No.1612『世にも驚異な植物たち』

 この文庫本は、去年に旅行するときに買ったのですが、旅行先で別な本を買ってしまい、それを読んだので、そのまま本棚に置いたままにしてました。それをたまたま見つけて、読み出したら、とてもおもしろくて、あっという間に読み終えました。こんなことなら、もっと早く気づいて、読みたかったな、と思いました。
 でも、中に書いてあることの半分ぐらいは、すでに知っていたことですが、知らなかったこともあり、たとえば、ソテツの受粉はニオイを調節して受粉を誘うというのは始めて知りました。それは、「ソテツの雄花は昼間のある特定の時間帯に、揮発成分を大量に放出させる。その主成分であるミルセンは、ローリエやバーベナ、フェンネルなどにも含まれる香気成分で、少量ならアザミウマが好んで寄ってくるニオイとなる。しかし、その量が増えると逆にアザミウマの嫌うニオイヘと変化するのだ。ソテツの雄花は、このミルセンを昼間の一定の時間帯に大量に放出することで、花粉に夢中になって離れようとしないアザミウマを追い出しにかかるのである。いっぽう雌花はというと、同じ時間帯になってもミルセンを大量に放出することはなく、いつでもアザミウマの好きな香りを漂わせている。雄花に追い出されたアザミウマが、その香りに誘われてやってきて、花粉はないかと探しているうちに、受粉が完了する。特定の時間がすぎれば、雄花の放出するミルセンの量は正常に戻り、ふたたびアザミウマが花粉を食べにくるという仕組みだ。」といいます。
 よく、蜜や花粉などで昆虫たちを呼び寄せるといいますが、この場合はいつまでも離れずにいるアザミウマという昆虫を嫌いなニオイで追い出し、花粉のない雌花に飛んでいき、花粉を探しているうちに受粉完了というわけです。そしてある程度時間がたつと、また雄花はミルセンの量を少なくして、おびき寄せるというから、その巧妙な仕掛けにビックリです。
 また、人間などに悪影響を及ぼす重金属などの有害物質に汚染された土地でも生きられる植物がいて、それらを「ハイパー・アキュムレーター植物」と呼んでいるそうです。たとえば、北海道から九州まで自生する「ヘビノネゴザ」などで、これはカドミウムや鉛など、毒性の高い重金属で汚染された土地でも生きられるそうです。その植物の体内にはそれらの物質をため込んでいるといいますから、不思議なものです。でも、それは昔から知られていたようで、鉱山で働く坑夫たちは、「鉱石の出るところには必ずこの草が生えている」と言っていたり、鉱床を探り出すための目印にしていたともいいます。
 もしかして、核廃棄物のなかでも平気で育つ植物が見つかれば、その仕組みから核廃棄物をなくしてしまう妙案が生まれるかもしれません。ほんとうに、植物の力は、偉大だと思います。
 下に抜き書きしたのは、ソメイヨシノの葉は蜜を出しているのはなぜかというところです。普通、蜜は花粉を運んでくれる昆虫を誘うためにオシベやメシベの近くにありますが、花以外のところにも蜜腺があり、それを「花外蜜腺」というそうです。
 なるほど、植物の蜜もいろいろな使い方があるもんですね。
(2019.1.30)

書名著者発行所発行日ISBN
世にも驚異な植物たち(KAWADE夢文庫)博学こだわり倶楽部 編河出書房新社2017年3月1日9784309499635

☆ Extract passages ☆

 サクラの蜜腺にはよくアリがたかっているが、このアリたちは、蜜をもらうと同時に、葉に付いている小さな昆虫を退治したり、昆虫の卵を巣に持ち帰ったりする。アリはサクラの"ボディーガード"をしてくれているのである。
 花外蜜腺は、イタドリやホウセンカ、フヨウ、オクラなど、サクラ以外の多くの植物にもみられるが、これらの植物の被食防衛に、アリたちがどれだけ貢献してくれているのかは、まだ明らかになっていない。
(博学こだわり倶楽部 編 『世にも驚異な植物たち』より)




No.1611『NEW POWER』

 本の題名より、副題の「これからの世界の「新しい力」を手に入れろ」のほうが目を引き、なんのことだろうと思いながら読み始めました。
 読んでいるうちに、たしかに時代は変わり、このような新しい力が大きな力となり、世界を動かし始めたと思いました。このときのオールドパワーは、「オールドパワーの働きは「貨幣」に似ている。少数の人間がパワーを掌握し、油断なく守り抜こうとする。権力者は強大なパワーを蓄えており、行使できる。閉鎖的で近づきがたく、リーダー主導型。オールドパワーはダウンロードして取り込み、獲得するもの。」であるといいます。また、このニューパワーとは、「潮流」のように広まるといい、「それは多数の人間によって生み出される。オープンで一般参加型であり、対等な仲間によって運営される。ニューパワーはアツプロードして分配するもの。水や電気のように、大量にどっと流れるときに最大の力を発揮する。ニューパワーを手にする者たちの目的は、溜め込むことでなく提供すること。」だといいます。
 そういえば、まさかドナルド・トランプがアメリカの大統領になるとは、とくに日本人の場合はほとんどそうは思っていなかったようです。しかし、あれよあれよというまもなく、流れを作り出しました。この本では、「大統領選に突入したドナルド・トランプが真っ先にしたのは、群衆を"買う"ことだった。報道によれば、トランプはタレントエージェントを雇い、俳優1名につき50ドルを支払った。俳優たちはトランプ支持のプラカードを用意し、彼がトランプタワーのエレベーターから出てきたところを歓声で迎えた。トランプは大勢の人が集まっているのを見て驚いたふりをしてから、アメリカの惨憺たるありさまをこれでもかと嘆き、自分だけがこの状況を立て直せると豪語した。」と書いています。そして、今までやって来たすべてのことを否定し、自分なら昔のアメリカを取り戻せると何度も何度も言いました。おそらく、ほとんどのアメリカ人は、あんまり相手にしなかったとここには書いてありましたが、それでも少しの人たちは、もしかするとと思ったはずです。そのサクラがやがてホンモノの群衆になり、さらにツイートすることによってその輪がひろがり、結果は大統領になったのです。まさに、これはニューパワーの力です。
 でも、威勢の良い極端な政策や挑発的な言動が、今のアメリカのどうにもならない状況を生んでいるような気がします。つまり、ニューパワーとオールドパワーの両方をうまく組み合わせたやり方が必要かもしれないと、この本ではいくつかの例を提示しています。
 この本は436ページもあるので、それをすべてここで取りあげることはできないので、ぜひ読んでもらいたいと思います。そうすれば、今の世の中の動きが少しは見えてくるような気がします。SNSを使うとか使わないということではなく、そのなかに組み込まれてしまっているわけですから、それらを理解できなければ、これからの世の中の動きもわからないのではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、それでは「公益アルゴリズム」というのは、どのようにプラットフォームをつくればいいのか、その3つの特徴を書いています。
 これは、いままでのプラットフォームがオーナーや広告主や投資家の利益を第一に考えていたのを、これからは参加者や社会全般の利益に役立つように設計すべきだといいます。つまり、下に抜き書きした3つの特徴が必要だとしています。
(2019.1.28)

書名著者発行所発行日ISBN
NEW POWERジェレミー・ハイマンズ、ヘンリー・ティムズ 著、神崎朗子 訳ダイヤモンド社2018年12月5日9784478067604

☆ Extract passages ☆

 第1に、ユーザーにどんなコンテンツを見せ、なにを優先するかを決定するアルゴリズムヘのインプットは、ユーザーに対して完全な透明性を持たなければならない。それは、不快なコンテンツやヘイトスピーチなどの抑制に関しても例外ではない。
 第2に、各ユーザーが自由に変更できる設定やオプションを設けること。異なる意見のコンテンツにも、もっと接することが可能となるようにする。自分を囲む泡の外側の視点や見解を"フィルター"のなかに通すのだ。これによりセンセーショナリズムを抑制することもできる。
 第3に、アルゴリズムのデフォルト設定には公益テストを実施し、どうすればプラットフォームがより広い「サークル」に貢献できるかを検討する。
(ジェレミー・ハイマンズ、ヘンリー・ティムズ 著 『NEW POWER』より)




No.1610『園芸の達人 本草学者・岩崎灌園』

 江戸時代は園芸が盛んだったとか、図譜類もいろいろと出版されたとか聞くのですが、あまりわかりませんでした。
 ところが、知人が『伊藤圭介日記』や『小石川植物園草木図説』などの論文を書いたのをいただいたり、渡しも直接、イギリスのキューガーデンの資料室でイギリス人と伊藤圭介氏の手紙のやりとりを見たりすると、少しずつ興味が湧いてきました。
 さらに、鳥海書房から「古書目録」が送られてきたりすると、そのなかに古い図譜類も載っていて、とてもきれいでした。そのような状況のなかで、この本を見つけ、読むことにしたのです。
 このような古い書物は、「こうした数ある書物は、刊本と写本に分かれている。筆で記された写本の希少価値は一般に認識されるが、板木(版木)によって刷られた刊本は、「どれを見ても同じ」という常識で扱われている。しかし、岩崎灌園の刊本には異板が多く、同じ刊本でも複数の種類がある点も見逃してはならない。そのうえ、完成前の稿本も存在するので、思考回路を探る上でもこれら複数の書物の内容の検討は重要である。」といいます。
 私たちは、つい写本ということを忘れてしまいがちですが、仏教教典などもたいへん多く、また書き間違いもあるようです。しかし、いくつかの経典を参照すると、その間違いなどもある程度はわかるそうです。そういえば、玄奘三蔵なども、大般若経典を3部持ち帰ったそうですが、それもその間違いなどを訂正する必要からだといいます。
 また、このような『本草図譜』は、植物学や美術的資料として価値があるだけでなく、その植物がどこにあったかという地域資料としての価値もあります。もともと江戸時代は勝手に移動できないので、日本全国を網羅したような図譜をつくることはできなかったとしても、いくつか参照にすれば、それらの植物の場所を特定できることもあります。最近注目されている伝統野菜などのことも、これらから類推することもできます。
 また、『草木育種』などに取りあげられた栽培法や増殖法などは、今でもそのまま通用することもあり、たとえば、根接ぎや身接ぎ、塔接ぎ、これは台木と穂木を斜めに削ぎ落とし切り口を合わせる接ぎ方で、私はシャクナゲの接ぎ木に使っています。これだと、接いだところがこぶにならず、後々目立たなくなるので好都合です。この書物には「圧條」と載っていますが、これは取り木のことで、枝を土などで覆うことから「圧」という言葉を用いたようで、なるほどと思いました。
 それと、岩崎灌園は1824年3月に発刊された『茶席挿花集』の絵の部分を担当されていたそうで、しかも費用のかかる色刷りの本だそうで、現存するのもたいへん少ないそうです。
 下に抜き書きしたのは、岩崎灌園の『種藝(うえもの)年中行事』という一枚刷に関して書かれたところで、救荒植物を取りあげているのは何度か飢饉に見舞われていたからであり、それを無償で配布していたそうです。
 そういえば、ここの米沢でも、『かてもの』という救荒植物について書いた本がありますが、それも同じ流れではないかと思います。
 つまり、昔の園芸書は、きれいとか希少価値のある植物だけをとりあげるのではなく、多くの人たちに役立つものでもあったわけで、その点を見落としてはならないと思いました。
(2019.1.25)

書名著者発行所発行日ISBN
園芸の達人 本草学者・岩崎灌園(ブックレット)平野 恵平凡社2017年7月21日9784582364484

☆ Extract passages ☆

 救荒書は、本草学者やその周辺の人々が執筆した。そのほとんどは、金銭を受け取らない配布本が多い。無償の自費出版である。貧農に対する啓蒙書が高価なものであってはいけない。この理念は、甘藷(サツマイモ)や朝鮮人参の国産を奨励した八代将軍徳川吉宗や、民が先に楽しんだ後に君主が楽しむという意の「後楽園」と名づけさせた水戸藩主徳川光圀などに通じ、為政者の民生利用の思想にゆきつく。本草学が、江戸時代を通じて学問として成り立っていたのは、この思想に支えられていたからである。
(平野 恵 著 『園芸の達人 本草学者・岩崎灌園』より)




No.1609『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

 この題名に惹かれて、そういえばどのように見ているのか、とても興味がありました。読む前には、見えないものをどのように感じるのかとか、いろいろと想像はしましたが、なかなか理解はできませんでした。
 読んでみると、なるほどと思うところが多く、久しぶりに何枚もカードに書き込みました。
 たとえば、私たちは見えるから、さまざまなものに心が躍らされてしまいます。ファミレスに行けば、季節限定とか本日限りなどと書いてあれば、つい頼んでしまいますし、クーポンで何割引きといわれると、つい、それをダウンロードしたり、いろいろな情報に踊らされてしまいます。ところが39歳でバイク事故で失明してしまった難波創太さんは、「最初はとまどいがあったし、どうやったら情報を手に入れられるか、ということに必死でしたね。(……)そういった情報がなくてもいいやと思えるようになるには2、3年かかりました。これくらいの情報量でも何とか過ごせるな、と。自分がたどり着ける限界の先にあるもの、意識の地平線より向こう側にあるものにはこだわる必要がない、と考えるようになりました。さっきのコンビニの話でいえば、キャンペーンの情報などは僕の意識には届かないものなので、特に欲しいとも思わない。認識しないものは欲しがらない。だから最初の頃、携帯を持つまでは、心が安定していましたね。見えていた頃はテレビだの携帯だのずっと頭の中に情報を流していたわけですが、それが途絶えたとき、情報に対する飢餓感もあったけど、落ち着いていました。」と話してくれたそうです。
 なるほど、見えるから欲しくなったりするわけで、情報誌などを見なければ欲しいという気持ちすらないわけです。これは納得です。
 また、難波さんは、自宅でよくスパゲティを食べるのでレトルトのソースをまとめ買いしているそうです。でも、そのソースはミートソースやクリームソースなどいろいろな味があるのですが、それらのパックは同じ形状をしているので、中味がわからないそうです。たしかに、私もスーパーに行きますが、この手のものは、メーカーが違えば形も違いますが、同一メーカーなら、ほとんど形状は同じです。もし、今日はミートソースを食べようと思っていたときに、クリームソースのパックを開いてしまったりすると少しガッカリします。ところが彼は、もし食べたい味が出れば当たり、そうでなければハズレというように、まさにくじ引きや運試しのようにして楽しむといいます。この考え方は、ほんとうにポジティブです。この本には、べつな視覚障害者の例で、回転寿司を選ぶのをロシアンルーレットと同じ感覚で楽しむというから驚きです。もちろん、今どきの回転寿司は頼んで握ってもらうこともできますから、べつにまわっている皿をとらなくてもいいのですが、それすら楽しもうというのですから、ある意味ゲームのようです。
 下に抜き書きしたのは、「障害と無関係な人はいない」という言葉に、なるほどと思ったところです。
 たしかに、これからはますます高齢者社会になりますし、さらに医療器具などの発達により、障害というのにも多様化してくると思います。だとすれば、今から考えておくことはとても大事だと思い、ここに掲載しました。
 そして、障害がもしあったとしても、難波さんのようにその障害をも楽しみに変える智恵があれば、すごいことだと思いました。
(2019.1.22)

書名著者発行所発行日ISBN
目の見えない人は世界をどう見ているのか(光文社新書)伊藤亜紗光文社2015年4月20日9784334038540

☆ Extract passages ☆

 障害と無関係な人はいません。誰しも必ず年をとります。年をとれば、視力が落ちる、耳が遠くなる、膝が痛む……等々、多かれ少なかれ障害を抱えた身体になるからです。日本はこれから、どの国も経験したことのないような超高齢化社会に突入します。社会に高齢者が増えるということは、障害者が増えるということでもあります。さまざまな障害を持った人が、さまざまな体を駆使してひとつの社会をつくりあげていく時代。つまり高齢化社会になるとは、身体多様化の時代を迎えるということでもあります。……
 そうなると、人と人が理解しあうために、相手の体のあり方を知ることが不可欠になってくるでしょう。異なる民族の人がコミュニケーションをとるのに、その背景にある文化や歴史を知る必要があるように、これからは、相手がどのような体を持っているのか想像できることが必要になってくるのです。多様な身体を記述し、そこに生じる問題に寄り添う。そうした視点が求められているように思います。
(伊藤亜紗 著 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』より)




No.1608『辞書編集、三十七年』

 『井上ひさしの読書眼鏡』を読んでいて、辞書っておもしろいなと思っていたときに、図書館でこの本を見つけました。しかも出たばかりで、図書館で購入したのは12月20日の日付だったので、しおりの紐もきれいにはさまれたままでした。もちろん、すぐに借りてきて読みました。
 著者は、もともと出版社の編集志望で、なんとか尚学図書に入社し、そこで辞書編集部に配属され14年ほど仕事をしていたそうですが、その編集部だけ、そのまま小学館に吸収されたそうです。そういえば、この名前からして小学館の子会社的ですが、いちおう関連会社扱いだったそうです。
 そして、その小学館でも辞書の編集に関わり、37年間もその職にあったわけで、それらのことをこの1冊にまとめたと書いてありました。
 興味を持ったのは、この本を読むまで別な語源だと思っていたですが、たとえば、「ムショ」ということですが、刑務所を略したものと思っていました。ところが、この本には1922年にそれまでの「監獄」から「刑務所」に改称されたのに、その前から盗人仲間の隠語として「監獄」を「むしょ」と呼んでいたといいます。だとすれば、その語源はというと、1892年の『日本隠語集』の解説に、「牢。牢屋。牢が虫籠のようであるところからいうか。一説に、盗人仲間の隠語とし、『六四』の字を当てて、牢の食事は、麦と米が六対四の割合だったところからいうとも」とあり、それらのことから、「おそらくこの「虫」が「むしょ」の語源で、たまたま「けいむしょ(刑務所)」の「むしょ」と重なる部分があったため、「刑務所」語源説が生じたのであろう。」と結論づけています。
 やはり、言葉というのは、なかなか難しいものだと思いました。
 また、昨年読んだNo.1593『くらべる日本 東西南北』でも取りあげられていましたが、「スコップ」と「シャベル」の関係です。つまり、「スコップ」と「シャベル」は、西日本と東日本とでは指すものが違うそうです。それを、「『日本国語大辞典』で「スコップ」を引くと、「小型のシャベル」とある。つまり、シャベル>スコップというわけだ。だが、千葉県出身の私は、スコップ>シャベルなのである。これは決して私だけがおかしいわけではない。東日本では大型のものを「スコップ」、小型のものを「シャベル」と言うことが多いのに対して、西日本では大型のものを「シャベル」、小型のものをスコップと言うことが多いのである。」と説明しています。
 私もスコップ>シャベル派ですが、ではなぜ、そのような違いが生まれたのかという理由については、この本でもわからないと書いていました。
 下に抜き書きしたのは、著者が駆け出しの辞書編集者だったときに上司に言われたことだそうです。
 このことは、辞書編集に限らず、いろいろなところでもそうではないかと思います。なので、ここに掲載することにしました。そういえば、ここのなかに、「ゲラ」という言葉が出てきますが、普通にも「ゲラ刷り」とか使ったりします。でも、このゲラは「印刷所で組み終わった活字の版を入れておく、底の浅い木製の盆のことをかつてそう呼んでいたからである。ゲラは英語の galley に由来する。galley などとは耳慣れないことばかもしれないが、ガレー船のガレーと語源が同じなのである。ガレー船は古代から中世に地中海で用いられた多数のオールを持つ軍用船のことである。」と説明があり、さらにこのガレー船の漕ぎ手は奴隷や刑罰だったこともあり、辞書編集という仕事ももしかすると刑罰と深い関係があるかもしれないといいます。これには、井上ひさしさんが、かつて小学館を訪ねたときに辞書編集はイギリスなどでは刑罰の一種だったと話したことがその下敷きにあります。
(2019.1.19)

書名著者発行所発行日ISBN
辞書編集、三十七年神永 曉草思社2018年12月10日9784794223708

☆ Extract passages ☆

 駆け出しの辞書編集者だったとき、上司に言われて深く印象に残っていることばがある。「辞書は発刊と同時に改訂作業がスタートする」というものである。多くの辞書は改訂版を刊行することが前提となっているが、次の改訂に向けた作業は発刊と同時に始まるので気を許すなという意味だ。だが、長年辞書編集にかかわつてみると、発刊よりもさらに前、ゲラを校了にしたときから改訂作業は始まるという方が実情に近い気がする。
 本文を五十音の順に校了にしている最中にも、すでに校了してしまった前の部分に、ああすれば良かったこうすれば良かったという点が、次から次へと見つかつてしまう。
(神永 曉 著 『辞書編集、三十七年』より)




No.1607『井上ひさしの読書眼鏡』

 この本は著者の遺稿となった書評集ですが、文庫本で読みやすいこともあり、お正月のあいた時間に引っ張り出し読んだものです。だから、いつから読み出したのかははっきりしませんが、読み終わったのは1月16日でした。そうそう、昨日は小正月でした。
 この本は、読売新聞の書評欄に2001年から2004年にかけ断続的に書いたものだそうで、本の選び方も井上さんらしいものです。特に最初のほうでは、辞書や事典等が多く、それを読んでいて、辞書などに興味がわき、今現在は神永曉著『辞書編集、37年』草思社、を読んでいます。普通は辞書などはわからない言葉などがあると調べるために使いますが、それを見ているうちに他の言葉にも興味が湧き、いつの間にか辞書を読んでいたりします。だから、分からないからひくというよりは、分からないことを探し出すときもあり、何時間でも読み続けることもあります。よく、無人島にたった1冊持って行くとすれば、どのような本を持って行きますかという質問がありますが、私は辞書か事典のようなものを持って行くと思います。
 たとえば、事典についてのところで、「わたしは系統立てた勉強を、何一つ、してこなかった。そのくせ、年をとるごとに、さまざまな知識を取り込んでしまう。当然、アタマの中はつぎつぎに放り込まれる知識の切れっ端が山をなして、物置同然です。知識をもっているだけでは、単なる物知り。これらの知識をうまく組み合わせて、なにかもっとましな知恵を産み出したい。そこで、この種の事典が必要になる。まず、概説的説明で、アタマの中の知識をきちんと区分けして文脈をつくり、つぎに事典的説明で、区分けした知識の一つ一つを丁寧に磨き上げようというわけです。」と、単なる物知りではなく、そこから智恵を生み出したというわけです。
 それが下に抜き書きしたところにつながるわけです。
 下に抜き書きしたのは、世の中にはただの物知りと真の知者とがいるという話しのところです。
 たしかに、ただ知っていたからとしても、それを如何に生かすかということが大切です。よく歩く辞書などというと褒め言葉のようですが、辞書も使い方次第ですから、あるだけでいいわけではないようです。
 ここで紹介したのが、フランスの哲学者ドミニク・フォルシェー著『年表で読む哲学・思想小辞典』白水社、と藤野保編集代表『日本史事典』朝倉書店、です。
 私も読んだことはないのですが、さすが井上さんらしい選択だと思いました。
 また、山崎正和さんの『「たとえ明日世界が滅びるとしても、それでも今日、1本のリンゴの木を植える」という、賭のような楽観主義を持つことのほかにはありえないでしょう。』という言葉は、強く印象に残りました。
(2019.1.16)

書名著者発行所発行日ISBN
井上ひさしの読書眼鏡(中公文庫)井上ひさし中央公論新社2015年10月25日9784122061804

☆ Extract passages ☆

 世の中には、恐ろしくなるほどよくモノを知っている人たちがいます。途方もない情報通や歩く情報タンクとしか言いようのない人やとんでもない物知り博士がごまんといる。そこでわたしたちは彼らの話にできるだけ耳を傾けるようにするのですが、しかしたちまち飽きてしまう。なぜでしょうか?
 答えは明らか。彼らがただの物知りにすぎないのでも失望してしまうのです。自分の知っていること、学んだこと、考えたことを、揉んで叩いて鍛えて編集し直して、もう一つも二つも上の「英知」を創り出すことのできる真の知者が、思いのほか少ないのでがっかりしてしまうのです。
(井上ひさし 著 『井上ひさしの読書眼鏡』より)




No.1606『日本の美術館めぐり』

 副題が「企画展だけじゃもったいない」とあり、常設展の良さをアピールしています。1つは「常設展ならマイペースで観られる」ことです。最近の企画展は宣伝することもあり、期間が短いのでとても混雑します。常設展なら、それがないということです。2つめは「好きな作品を何度でも楽しむ」ことができるといいます。もちろん、常設ですから、期間がないのでいつでも観ることができます。また3つめは「作品以外にも見ところ満載」で、美術館そのものの建築物や庭園、さらにはカフェレストランなども併設されているところもあり、これも楽しみのひとつです。
 そして4つめは、「自分の好きな作家や作品を見つける」ことも楽しみです。企画展などは、非常に有名なものが多く、一生に何度も観られないのですが、常設展なら何度でも観ることができるので、だんだんと好きなものが絞られてきます。それもやはり、楽しいものです。
 つまり、この本は、美術館は企画展がないときでも楽しいですよ、ということを伝えようとしているわけです。
 それと、たとえば、せっかく収蔵品を観に行ったのに展示がなかったりしますが、その理由などもしっかりと説明しています。1つは、収蔵している作品がたくさんあるので、その展示スペースに限りがあることです。2つめは、企画展などのために他から借りてきたりするので、自分も貸すことがあるからです。3つめは、もちろんのことですが、それら収蔵品を後世に伝えるために年間の展示日数を制限していることです。ほとんどの美術館などでは、原則として年間2回以内の公開日数で、のべ60日以内だそうです。もちろん、特に貴重なものなどは、さらに限定されることもあります。
 だから、もし、お目当ての作品があれば、必ず展示期間などの確認は必要です。
 それと、美術館といえば、ほとんどの施設が撮影禁止でしたが、最近は撮影してもよいスペースをつくったり、作品それぞれに撮影可能のサインをしていますが、この本でも、撮影可能な作品はそのマークがあります。もちろん、フラッシュをつけたり三脚や一脚を使ったりしてはいけませんが、おそらくSNSで拡散してもらいたいという気持ちの現れのような気がします。
 それにしても、全国にはたくさんの美術館があるものだと、改めて思いました。それと、美術館などはその施設の建物も美術的価値のあるものもあるし、外の庭園なども見所になっています。また、施設内のカフェやレストラン、さらにはミュージアムショップでもそこ限定の商品もありますから、それも楽しみの1つです。そういえば、この本にも取りあげられていますが世田谷美術館に行ったときに、少し並ばざるを得なかったのですが、ここで昼食を食べましたが、とても安く美味しかったことなどを思い出しました。
 また、美術館でも、富士山麓にある「クレマチスの丘」は、美術館だけではなく、井上靖文学館や季節ごとの花が咲く庭園も含んでいるそうです。
 下に抜き書きしたのは、この「クレマチスの丘」で、いつかは私も行って見たいと思って載せました。クレマチスは種類も多いので興味もありますが、1年中クレマチスが楽しめるとは、どのようにして咲かせているのか、それにも関心があります。
(2019.1.14)

書名著者発行所発行日ISBN
日本の美術館めぐり浦島茂世G.B.2018年1月30日9784906993482

☆ Extract passages ☆

 富士山麓の丘陵地に位置するクレマチスの丘はアートと花、食をテーマにした複合文化施設です。2つのエリアに分かれた広大な敷地内に、3つの美術館と井上靖文学館、カフェやレストラン、そして季節ごとの花が咲く庭園が点在しています。
 クレマチスガーデン・エリアはその名の通り、 一年中クレマチスなどの花々が咲き誇る「クレマチスガーデン」のあるエリア。現代イタリアを代表する彫刻家、ジュリアーノ・ヴァンジの作品を展示する「ヴァンジ彫刻庭園美術館」や、写真・映像の専門美術館「IZU PHOTO MUSEUM」があります。後者は現代美術家の杉本博司が設計に携わっています。
 また、地元の食材をふんだんに取り入れた料理店が複数あり、鑑賞の合間に食事を楽しむことができます。クレマチスガーデン内にはハーブティーも楽しめるガーデナーずハウスもあり、ちょっとした休憩はこちらもおすすめです。
(浦島茂世 著 『日本の美術館めぐり』より)




No.1605『本と虫は家の邪魔』

 この本の著者は奥本大三郎と書かれていますが、著者がいろいろな方々と対談されたものをまとめたもので、副題は「奥本大三郎対談集」となっています。
 対談は意外と読みやすく、おそらく話し言葉で書かれていることもあるでしょうが、お互いの個性と個性のぶつかり合いみたいなところもあり、とても興味深い内容になっているところがいいのではないかと思います。
 この本の題名、『本と虫は家の邪魔』っていうのは、どういうことかな、と思いながら読んでいると、行動生態学の長谷川眞理子さんとの対談の中に、最近の学生はほとんど本を買わないという話しがあり、そこで奥本さんが「本なんて、親の仇みたいなものなんですね。新しい今どきのマンションは、きれいに片付いているでしょう。本はないし、虫なんかいたら大騒ぎでしょう。そういう時代になったんですよ。虫が出たらマンションの値段が下がります。本と虫とは家の邪魔(笑)。」という発言があり、おそらくここから題名が生まれてきたようです。
 でも、この前後に、本当に子どもの時に自然のなかで遊んだことのない人は、大人になっても、人間と動物も昆虫も同じ生きものだという認識がないという話しになります。だとすれば、自然を守ろうなんていくらいったとしても、実感はないわけです。もしかすると、自分たち人間だけが別で、その他の生きものはたんなる生きているだけという認識かもしれません。
 この本を読んで、昆虫とつき合うことによって、いろいろなことがわかると思いました。そういえば、昨年の9月に12年に1度咲く花を見にインドのケララ州に行きましたが、蝉の仲間にも13年セミとか17年セミなどがいます。そのことに関して霊長類学の山際寿一さんとの対談で、奥本さんが「17年または13年で成虫になり大量発生する周期ゼミも、繁殖の智恵なんでしょうね。」と問いかけると、山際さんは「そうですね。他の年数ゼミとの交雑を避けるためと言われていますね。でも不思議なのは、数というものをどうやって導き出したのか。たかが1つひとつの首の生物の生存戦略なんですが、それがこう有機的に相関があると、非常に調和のとれたある数式モデルに表せるような系ができあがるということだと思うんですよね。」と答えています。私がある方にお聞きしたときには、おそらくセミは氷河期以前から生存していたので、その氷河期と関係があるのではないかと話していました。
 ということは、未だ、そのなぜははっきりしていないようですが、植物にしても、なぜ12年に1度しか咲かないか、とても不思議です。
 世の中には、このような不思議がまだまだたくさんありそうです。それに関心を持つか持たないかでも、邪魔にしていまう可能性があります。本だって、読まない人にとっては邪魔ですから、虫だってそうです。
 下に抜き書きしたのも、インタビュアというかエッセイストというか阿川佐和子さんとの対談のなかに出てくるものです。
 このなかで、日本人の目は接写レンズだけど、西洋人の目は広角レンズだという表現があり、なるほどと思いました。しかし、それには良いことと悪いことがありますから、そのことを分かっているということが大事だと思いました。
(2019.1.12)

書名著者発行所発行日ISBN
本と虫は家の邪魔奥本大三郎青土社2018年11月15日9784791771127

☆ Extract passages ☆

阿川 日本人は何でこんなに虫が好きなんでしょうか。
奥本 いい虫がたくさんいたから自然と好きになったんだろうと思いますね。それから、日本人の目は接写レンズ的なんですよ。日本の根付けとか印籠なんかの工芸品とか、現代では半導体って非常に精巧なつくりですよね。それは手先が器用なんじゃなくて、養老孟司さん式に言えば目を通して脳が細かいものを認識するからつくれる。
阿川 ほお。
奥本 元を辿れば、子どものときにカブトムシ採りとかトンボ採りとかをして、虫と遊びながら細かく観察する目が養われているからできるんだと思うんです。西洋人はトンボが飛んでても全然見てないですもん。
(奥本大三郎 著 『本と虫は家の邪魔』より)




No.1604『科学以前の心』

 この本は河出文庫のオリジナル編集だそうですが、著者の中谷宇吉郎は1900年の生まれで、1962年になくなっています。この本の最初に取りあげられている「雪の話」は、昭和10年2月に発表されていますから、戦前のことです。今でも、あまり色褪せないということは、おそらくそれを一番感じている編者の福岡伸一さんではないかと思います。
 彼は、現在、上野の森美術館でフェルメール展が開催されていますが、その作品に強く魅せられて、自らもフェルメールの美術展を企画したこともある生物学者です。その生物学者としての福岡伸一さんが編集をされているのですから、読んでみようと思ったのです。
 この本は、河出文庫のオリジナル編集だそうで、最後に編集された福岡伸一「解説 科学という詩」と、次女の中谷芙二子「父の言葉」の2編が載っています。それ以外はすべて中谷宇吉郎氏の文章を集めたもので、25編あります。何れもおもしろく、今の時代でも十二分に楽しめます。
 たとえば、人間の神経系統とトランジスター、あるいはその前の真空管の話しなど、今でも考え方は同じです。それは「人間の神経系統にも、おなじ作用があって、指さきを針つつくと、頭脳が痛いと感ずる。これは神経に与えられた刺戦が、脳までつたわるからであるが、この場合、刺戦は電気的刺戟となって、神経をつたわるのである。刺戦が与えられると、人間の身体のなかにごく微弱な電気が生じて、この電気的刺戦が、脳までつたわってゆく。ところが神経細胞にも、トランジスターと同じような作用があることがわかっている。すなわち、刺戦がある一定の強さに達するまでは、これがつたわらず、 一定強度を越すと、はじめてそれが、つぎの導体につたわるのである。この点、作用だけを見るれば、トランジスターと全くおなじである。」と書いてあり、今のパソコンの仕組みとほとんど変わらないようです。
 これを読むと、仕組みがどうのこうのというよりは、その仕組みの原理がしっかりとわかれば、いろいろな方面に応用が利くということです。ところが、最近は細かいところにこだわりすぎて、なかなか大枠が見えてこないような気がします。そういう意味では、科学も原理原則を理解するということがとても大事ではないかと思います。
 でも、その科学にも、科学的な見方というか、ある種の多面的な見方が必要だとこの本を読んで思いました。たとえば、「室鰺」のなかに出てくる文章で、「ここへきて新しい干物を喰べてみて、初めて干物というものは美味いものだと分かった。今まで魚を干すということは貯蔵の一つの方法だと簡単に考えていたのであるが、本当の新しい干物というのは一つの料理法だということに初めて気が付いた。朝、水から揚ったばかりの室鯵を魚屋が持ってくる時は、青銀色の肌にエメラルドの緑の斑点がまだ燦爛と輝いている。それをすぐ開いてもらって、自分の家で干して、夕食の膳に供えるとちょうど良いくらいの喰べ頃になるのである。初めは蠅の上まることを気にしたのであるが、その心配は全くいらぬことがすぐ分かった。魚もこれくらい新鮮なものになると、全く臭いがないと見えて、外にさらして置いてもほとんど蠅が寄り付かないのであった。」と書いていて、この見方がやはり科学者だと感じました。そして、自分もこのように見たり感じたりしたいと思いました。
 下に抜き書きしたのも、「鼠の湯治」のなかに出てくるもので、北大のY教授の研究室で実際に行われたそうです。
 そういえば、私の子ども時代には、旅館でも旅籠と湯治と分かれていて、温泉に入ることを目的にしていた人たちは、1週間前後もいるので、ほとんどが湯治客でした。人間も温泉に入ると気持ちいいわけですから、鼠たちもそうだというのは納得できます。
(2019.1.9)

書名著者発行所発行日ISBN
科学以前の心(河出文庫)中谷宇吉郎 著、福岡伸一 編河出書房新社2013年4月20日9784309412122

☆ Extract passages ☆

 鼠は温泉が好きだということが真先に分かった。金網の籠に入れたまま、温泉に入れてやるのであるが、温泉の温度がちょうど良い加減だと、鼠達はひどくのんびりした顔付で、金網につかまって首だけ出して静かにしていたととう話であった。中にはそのまま居眠りなんかして、手を離して湯に潜り落ちて、慌てて馳け上るような奴もいたそうである。
 傷の治り方も大変早かったということである。もっとも温泉の温度が高過ぎると、鼠が苦しがり、そんな時には治り方も悪かった。それである組は温度をいろいろ変えた湯に浸し、他の組は入湯の時間と度数とをいろいろ変えてみるという風に、たくさんの実験が繰り返された。そして最も有効な入浴の方法および条件が見出されたわけである。
(中谷宇吉郎 著、福岡伸一 編 『科学以前の心』より)




No.1603『愛×数学×短歌』

 おもしろい短歌の本だなあ、というのが第一印象です。
 でも、数学に関係する言葉が多く、そういえば、だいぶ前に、虚数「i(アイ)」というのがあることを知り、数学っておもしろいと思ったことがあります。つまり、この虚数「i(アイ)」は2乗すると-1になる数字です。ちょっとわかりにくいのですが、この虚数iを導入することで方程式や複素解析などの分野が発展していったといいます。ある意味、「0」の発見のようなもので、これにより数の概念が広がっていったそうです。
 そこで、短歌ですが、「アイという見えないものを認めると世界は少し美しくなった」(水宮うみ)、というのがありました。なるほど、この虚数iという存在しないような数を受け入れることにより、いろいろなところに広がりが生まれたということです。それを美しいと表現したところが、短歌です。
 つまり、この本は、愛と数学を結びつけて、とらわれのない短歌をつくってきたのをここに掲載したようです。
 しかも、若者の恋愛感情を織り込んでいるので、なんとなく自分の若いときの感情を思い出したりして、楽しく読むことができました。でも、この高校生の登場人物に特定のモデルはいないそうです。ただ、数学が好きな男の子と短歌の好きな女の子が出会って仲良くなったら、このような数学短歌ができるのではないか、と考えたそうです。
 そして、ここに掲載された短歌は、2016年からTwitter上で「愛と数学の短歌コンテスト」を実施し、これまでに2000首以上の数学短歌が寄せられ、そこからこの本に収録されたということです。
 たとえば、「素数とは孤独な数字ではなくて5つ並べて和歌という愛」(安西大樹)は、考えてみれば、5、7,5,7,7,すべてが素数ですし、これらを足しても31ですから、素数です。つまり、素数でも短歌の世界では、すべてつながっているということになります。
 また、「13の次の素数は17と19の頃の恋のあとさき」(四ッ谷龍)なども、素数を扱っていますが、素数は小さい順に、2、3,5,7,11、13、17、19、23と続いていきます。この素数ですが、まだまだわからないことがあるそうで、数学者にとっては非常に魅力的な研究材料だそうです。
 下に抜き書きしたのも、この本に載っていた数学短歌です。
 このままでは、あまり数学に関心のない方には何を意味しているのかわからないかもしれませんが、ゼロはマイナスではないもっとも小さな数字で、足しても引いてもその値には変化はありません。
 しかし、ゼロを掛けると、すべての数字はゼロになってしまいます。ゼロになれば、恋愛などは終わってしまいます。ちょっと空しいゼロですが、それでもマイナスよりはいいかもしれません。
(2019.1.6)

書名著者発行所発行日ISBN
愛×数学×短歌横山明日希 編著河出書房新社2018年8月30日9784309027227

☆ Extract passages ☆

恋愛は掛け算だよねどちらかの想いがゼロになったら終わり (汐月夜空)
(横山明日希 編著 『愛×数学×短歌』より)




No.1602『花と子どもの画家 ちひろ』

 昨年の12月、大人の休日倶楽部パスで、長野市から松本市へと行き、お昼頃に着いたので、ホテルに荷物だけを預かってもらい、松本城などを見に出かけました。その帰り道、信濃毎日メディアガーデンでいわさきちひろの絵画展をしているのを見つけました。でも、午後2時のチェックインなので、開運堂本店でお菓子を買い、ホテルに落ち着きました。そして湯を沸かし、買ってきたばかりの菓子を食べ、お抹茶を飲みました。
 すると、なぜかその絵画展のことが気にかかり、行って見ることにしました。正式には、「いわさきちひろ生誕100年記念 ピエゾグラフ展『ちひろからの贈りもの』」で、開催は12月1日から28日まででした。すぐにチケット600円で入場し、ゆっくりと見てまわりました。年譜には、1918年12月15日に生まれたとあり、昨年でちょうど生誕100年ということでした。おそらく、この本もそれに合わせて、企画されたものだと思います。
 この本は、息子さんの松本猛さんの文章で、母との思い出が随所に書かれていて、絵とともにその在りし日が忍ばれました。近くにいたからこそわかることもあり、たとえば、嵐の日に外に出たいというと、いっしょに出てくれたことなど、「今になって思えば、嵐の中に息子を一人だけで出すわけにはいかなかったからに違いないが、たぶん母も楽しんでいたのではないかと想像する。子どもの感覚を持ち続けていた人だったということもあるが、子どもが幸せでいることを何よりも喜びに感じる人だった。だからこそ、子どもが不幸になることには耐えられなかった。平和のための活動を熱心にやったのは、戦争が何の罪もない子どもの命を奪うからだ。命が助かったとしても、家族や友だちを失った子どもの悲しみはかぎりない。『戦火のなかの子どもたち』は子どもの心を描いた絵本でもあった。いわさきちひろはぼくをモデルにたくさんの子どもを描いた。自分の息子の姿を借りたかもしれないけれど、そこには世界中の子どもの喜びや悲しみが詰まっている。」と書いています。
 そういえば、今回の展示会の中央部分に、遊び道具にちひろの描いた絵の展示もありました。なぜか、そこだけは写真撮影が可能だったので、何枚かスマホで撮りました。木のトンネルがあったり、板で囲われた空間があったり、その木の部分に絵が描かれていたのです。それを撮っていると、いかにもそこで子どもたちが遊んでいるかのようでした。
 そして見終わったあとに、何枚かの絵ハガキを買ってきました。今、それを見ながらこれを書いているのですが、同じ絵はありませんでした。今現在、残っている作品は9,500点を越えるそうですが、そうであれば、やはり同じ絵はなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、子どもを描き続けた画家としての、子どもに対する見方です。私も子どもの手首のぽっちゃりしたくびれなどは好きで、孫のその部分だけの写真を撮ったことがあります。
 そして、この次のページに、この本の締めくくりとして、「生誕100年、没後44年という時間のなかで、ちひろの絵は歴史になりつつある。歴史の中に生きるということは、絵自 体の美術的価値もさることながら、画家が絵に込めた思想や感性が多くの人々の共感を呼び、社会に定着するということにほかならない。ちひろが描き続けた子どもの姿は「命」の 象徴だった。子どもへの愛と平和を願う心が絵のなかに生き続けている。」と書いていますが、たまたま立ち寄った松本市で私が出会えたことも、なんか不思議な縁のような気がしました。
(2019.1.3)

書名著者発行所発行日ISBN
花と子どもの画家 ちひろ松本 猛・文、いわさきちひろ・絵新日本出版社2018年10月15日9784406062800

☆ Extract passages ☆

「小さい子どもがきゅっとさわるでしょ、あの握力の強さはとてもうれしいですね。あんなぽちゃぽちゃの手からあの強さが出てくるんですから。そういう動きは、ただ観察してス ヶッチしていてもかけない」。
 この言葉は、ちひろが視覚だけでなく触覚も合めて子どもを観察していたことを示している。ちひろは、デツサンが上手い人はたくさんいるけれど、自分のような子どもを描く人 は、あまりいないと語っていた。子育てをしながら絵を描き続けた画家だからこそ言えたことだろう。
(松本 猛・文、いわさきちひろ・絵 『花と子どもの画家 ちひろ』より)




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