☆ 本のたび 2019 ☆



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 また、抜き書きに関してですが、学問の神さま、菅原道真公が49才の時に書いたと言われる『書斎記』のなかに、「学問の道は抄出を宗と為す。抄出の用は稾草を本と為す」とあり、簡単にいってしまえば学問の道は抜き書きを中心とするもので、抜き書きは紙に写して利用するのが基本だ、ということです。でも、今は紙よりパソコンに入れてしまったほうが便利なので、ここでもそうしています。もちろん、今でも、自分用のカードは手書きですし、それが何万枚とあり、最高の宝ものです。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1731『脳で旅する 日本のクオリア』

 この本は、もともと『和樂』に掲載されたエッセイをまとめたもので、一部は加筆や訂正されているといいます。私は『和樂』は好きな雑誌のひとつですが、中身を見てから購入するようにしていて、連載には気づきませんでした。
 そもそも、クオリアというのは、この本に、『「クオリア」とは、私たちの意識の中でとらえられるさまざまな「質感」のことである。薔薇の赤。水の冷たさ。はほをなでる風のさわやかさ。夕暮れ時に訪れるそこはかとない寂しさ。蜜の甘さ。クオリアは、日覚めた瞬間から、絶えることなく私たちの意識を満たしている。物質である脳の活動から、いかにしてクオリアが生み出されるのか。この謎を解くことが、現代科学の最大の課題の一つとなっている。』と書かれています。
 だとすれば、「質感」そのものかというと、そうでもないらしいところが不思議です。それは生命の問題だといい、生命哲学へと通じて行くそうです。
 読めば読むほど、この「クオリア」という概念がわからなくなるので、インターネットで調べてみると、脳科学事典には、「クオリアは、我々の意識にのぼってくる感覚意識やそれにともなう経験のことである。脳科学では、クオリアはなんらかの脳活動によって生み出されていると考える。しかし、具体的にどのようなメカニズムがどのようなクオリアを生み出すのか、また、クオリアを生み出す脳活動と生み出さない脳活動では何が違うのか、等はわかっていない。そもそも、クオリアは生物の生存にとってどのような意味で有効なのかすらが明らかでない。哲学者は長くクオリアについて論じてきたが、クオリアという概念に意味があるかどうかですら、意見が分かれている。」ということです。
 つまり、まったくわからないというのが私の印象です。
 だから、この本は、普通の旅行本として読んでみると、それなりにおもしろい本でした。たとえば、各地に残る秘仏という信仰について、「本質的なものは、目に見ることができない。それは、ただ、心の中でありありと思い浮かべることしかできない。そのような日本人の哲学が、「秘仏」という設いに表れている。」とか、長野の善光寺の「戒壇巡り」については、「この浮き世でどんなに順調な人生を送り、権勢を誇っていたとしても、死に臨めば神でも仏でもすがるしかない。そのような衆生として覚醒することは、当然のことのようでいて難しい。幾多の言葉を尽くしても伝えきれない私たちの生存の条件と真実を、深く体感させるための工夫が「戒壇巡り」にはあったのである。」といわれれば、なるほどと思います。
 下に抜き書きしたのは、日本人が外から取り入れようとする姿勢と、それをかたくなに遮ろうとする思いを端的にあらわしているところです。
 たしかに日本人は好奇心旺盛な国民ですが、自分たちの領域に勝手に入り込まれるとそれを拒もうとします。私も京都に住んだことがあり、この気持ちは京都の人たちにも感じました。新しいものを取り入れながら、古き伝統も護るという姿勢です。
 著者も、「現代の日本語表記に欠かせない「漢字」。そこから派生した「ひらがな」「カタカナ」。中国文化からの影響は圧倒的である。ところが、あるところから先は、影響を排する。例えば、中国語の発音については、全くと言って良いほど日本語の中に取り入れられていない。中国における発音に近い「音読み」についても、日本語の「五十音」の体系に沿うかたちにデフォルメされてしまっている。」といいます。
(2019.12.10)

書名著者発行所発行日ISBN
脳で旅する 日本のクオリア茂木健一郎小学館2009年7月13日9784093878555

☆ Extract passages ☆

「表象」における無原則なまでの柔軟性と、「芯」における保守性。二つの相容れない志向性が、日本という文化制度の核心を貫いている。このうち、「芯」の部分における頑ななまでの保守性は、「キリスト教」の受容と排斥の歴史において最も典型的に表れているのではないか。
(茂木健一郎 著 『脳で旅する 日本のクオリア』より)




No.1730『探検家の憂鬱』

 この本も、大人の休日倶楽部パスで東京へ行った11月6日の新幹線などの移動のときに読んだものです。旅の途中は、旅の本を読むというのが流れで、しかもなるべく軽い文庫本ですが、これは11月3日に泊まった秋葉原の近くのブックオフで見つけた本です。
 だから、旅先で見つけた旅先で読む本ということになります。それを持って、6日の朝に出かけ、日帰りで帰った来ました。今回の目的は、東京国立博物館の「焼き締め茶陶の美―備前・信楽・伊賀・丹波―」で、本館の14室で、12月8日までの開催でした。最終日の2日前で、ギリギリのタイミングでした。それと、ついでに千葉県立美術館の「絵のみち・祈りのこころ」後藤純男展です。ここは初めての美術館で、JR京葉線の「千葉みなと駅」で下車して歩きました。チケット売り場にいくと、65歳以上は無料とのこと、それでも観覧者は少なく、ゆっくりと大作を見ることができました。
 どちらもおもしろく、感動しましたが、あまりおもしろいと本は読めなくなるものですが、なんとか電車のなかで読み切りました。
 探検家というと、子どもの頃はすごい職業もあると思い、でも何で食べているのだろうと考えましたが、今は自分なりに想像すると、おそらく本を書くとか、講演をするとか、いろいろなスポンサーを集めて活動を支援してもらうとか、いろいろな方法があるような気がします。
 ちなみに著者は、ドキュメンタリー作家と冒険家という肩書きを名刺に刷っているそうですから、自分の体験を本に書いたり、そのような本の書評を書いたりしているようです。もちろん講演も頼まれればするようですが、そのような記事は少ないところをみると、あまり得意ではないようです。
 私自身も、植物との関わりで、中国の奥地やあまり調査の入っていない辺境の地に行きますが、それが冒険だとは思っていません。でも、冒険家のようなワクワク感はあり、この先には何があるんだろうと考えます。著者は、冒険の魅力について、「結局のところ冒険を魅力的にしているのは死の危険なのだ。死の危険が隣にあるからこそ、冒険や登山という行為の中には、人生の意義とは何なのかという謎に対する答えが含まれているように思える。ツァンポー峡谷や北極圏の氷原みたいなところを旅していると、人生で知りたいことの大部分が、その旅の中につまっている気がするものだ。しかし、もしかしたらそれは当たり前のことなのかもしれない。生とは死に向かって収斂していく時間の連なりに過ぎず、そうした生の範囲の中でも最も死に近い領域で展開される行為が冒険と呼ばれるものだとしたら、それは必然的に生の極限の表現ということになるだろう。」と書いています。
 しかし、私の場合は、そこまでは考えず、すごい植物と出合いたい、見てみたいという気持ちのほうが強く、死までの意識はまったくありません。だとしたら、やはり、著者のいう冒険ではないということでしょう。
 また、「自然はどうしようもないことを人間に提供するし、強制もする。自然は生と死に満ち溢れており、善悪は別にしてそれが人間の生感覚を刺激してきたことは間違いない。生活が自然と密接にかかわっていた頃、私たちは制御できない自然の横暴な振る舞いに命や生活を左右された。」といいますが、むしろ、今でもこのような自然災害などはあります。数日前のマスコミで、温暖化の影響を一番受けたのが日本で、降水量の増加や台風などの影響で、大規模な河川の氾濫が起きたり、交通が麻痺したりしているというニュースが流れました。
 たしかに、「本当の生は自然の中にしか存在しないし、本当の生は死を意識することによってしかもたらされない」ということは間違いなさそうです。そういう意味では、ときどきその自然のまっただ中に入り、自然と向き合うことも大切だと思います。
 下に抜き書きしたのは、著者が新聞社を退職し、フリーランスになったときの見通しを書いているところで、まさに不安だらけというか、都合のよい見方というか、つまりは何の当てもなくフリーランスになったということのようです。
 でも、考えようとしては、自分のしたいことをするというのは、このような半分は考えずに飛び込むことをしなければダメだということのようです。これこそ、まさに冒険かもしれません。
(2019.12.7)

書名著者発行所発行日ISBN
探検家の憂鬱(文春文庫)角幡唯介文藝春秋2015年5月10日9784167903718

☆ Extract passages ☆

 不安は大いにあった。物を書いて生きていく決意はしていたものの、自分にそのオ能があるのかどうかは分からないし、仮に何かを取材して書いたとしても、それを発表できる媒体や出版業界内の人的なコネクションなど、ほぼなかった。もちろん性格的には小心にできているので、2年ぐらい前からはできるだけ貯金するように意識し、退職した時点で3年ぐらいは何もしなくても生きていける程度の準備はしておいた。その3年間でチベットの探検を始めとした、その時にやりたかったテーマを2、3片づけ、ノンフィクション作品を書き、出版社を回って何とか世の中に発表する。恐らく本を出した時にはすでに貯金も尽きてしまっているだろうが、その頃にはちょうどぼつぼつと仕事をくれる編集者がうまい具合に現れてくれているはずだ。
(角幡唯介 著 『探検家の憂鬱』より)




No.1729『アフリカの大疑問』

 今年の9月から10月にかけてマダガスカルに行く時に、エチオピアのアジスアベバにあるボレ国際空港で乗り換えをました。たしかに国際空港ですから、世界のほとんどの空港と遜色はないのですが、むしろ新しいということもあり、とても立派な空港でした。
 また、このときに、初めてアフリカに来たのですが、空から見ても大きなビルが立ち並び、整備されているという印象でした。帰りもここで乗り換えたのですが、そのときには待ち合わせの時間もあり、ゆっくりと空港内を歩いたり買い物をしたのですが、商品もたくさん並んでいました。10月7日に帰国したのですが、11日にノーベル賞選考委員会は今年のノーベル平和賞をエチオピアのアビー首相に授与すると発表しました。それで初めてアビー首相のことを知ったのですが、皮肉にもこの受賞で新たな民族対立の呼び水となったというから皮肉なものです。
 それほど、アフリカは混沌としているということではないかと思い、たまたまこの文庫本を持って、大人の休日倶楽部パス15,270円で東京への旅のなかで読みました。
 読んでみて、最初に思ったのは、アフリカ諸国は新しいことが次々に起こり、この文庫本が出版された2011年の資料では古いのではないかということです。たとえば、UNHCRの2009年の世界の難民・国内避難民数は、アフリカが難民2,300,100人で国内避難民が6,468,800人と出ています。しかし、2018年には紛争や迫害により家を追われた人の数は約7,080万人を記録し、アフリカのコンゴ民主共和国やナイジェリア等、アフリカ中部でも国内避難民が急増しているそうです。
 たしかに、統計は新しいほど実情に即しているとは思いますが、その流れをみるには古い統計も必要です。それらをうまく組み合わせることによって、いろいろなことがわかってきます。たとえば、最近の傾向としては、シリア、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマー、ソマリアの5か国だけで、世界の全難民の67%を占めていて、2018年では国内で避難を強いられる人の数は大きく増加しているそうです。
 これらのこともそうですが、この本を読んで、マダガスカルについて書いてあるのはほんの数行で、「韓国の企業は、マダガスカルに130万ヘクタールの土地を99年間無償で借りることに成功した。しかし、その土地面積はマダガスカル国内の全耕作地の半分というあまりに広大な大きさだったため、現地住民からの反発が起き、韓国企業とこの契約を結んだラベロマナナ大統領は退陣に追い込まれてしまった。」そうです。
 99年というと、1898年の展拓香港界址専条によって99年間の租借が決まったことを思い浮かべますが、全耕作地の半分ということを考えると、反発というのは当然のことで、そのような契約を結んだ韓国企業の良識さえ疑ってしまいます。
 下に抜き書きしたのは、アフリカの強みとして書かれているところです。
 たしかに従来からいわれているように鉱物資源や石油資源、さらにはレアメタルなどは豊富に眠っています。でも、実際に行って見ると若者の多さにびっくりしました。最初は、年を重ねてくると外に出なくなるのかとも思ったのですが、この本を読んで、実際に若者が多いことを知りました。
 先進国の人口減少を考えると、若者が多いということは大きな魅力です。ただ、それを生かせるかどうかが大きな鍵ではないかと思います。
(2019.12.5)

書名著者発行所発行日ISBN
アフリカの大疑問(KAWADE夢文庫)ニュースなるほど塾 編河出書房新社2011年6月1日9784309497983

☆ Extract passages ☆

2050年、ヨーロッパの人口が6000万人減少するのにたいし、アフリカの人口は現在の2倍になると予測されている。ここで注目されるのが、アフリカの全人口の過半数が24歳未満の若者になるという点だ。
 若者が多ければヨーロッパのように労働力不足を心配する必要がないし、その旺盛な消費力が内需拡大につながる。つまり、アフリカの若返りは経済に活気をもたらすのである。あとは、こうした強みをどのようにして活かすか。その一点にかかってくるといえるだろう。
(ニュースなるほど塾 編 『アフリカの大疑問』より)




No.1728『四季の植物』

 だいぶ前のことですが、湯浅さんとインドに植物調査に行ったことがあり、今年のマダガスカルの情報もいただいたことなどで、久しぶりに読んでみたいと思いました。
 この本は、もともとは日本武道館の月刊誌「武道」に連載されたもので、2010年1月から2013年3月まで続いたそうです。そして、この本を出すことで、新たにヤエザクラ、タンポポ、アセビ、バラの4篇を加え、43種の植物を取り上げました。題名の前に、「日本人なら知っておきたい」という但し書きを入れました。
 表紙の写真は、アジサイとヤマブキ、裏表紙はスミレで、いずれも日本人になじみ深い花たちです。この本で初めて知ったのですが、新たに書き加えたヤエザクラのことです。
 このヤエザクラは、サクラとは別に書き加えているのですが、古いヤエザクラは伝承によると「聖武天皇が三笠山の奥で見出し、光明皇后のために引き植えた八重桜が、孝謙天皇の時代に興福寺へ僧たちによって移植されたという。」そうです。ところが、それは明治時代には正体不明になり、1922年に三好学東大教授が奈良の知足印の裏山で再発見し、現在に伝わっているそうです。この種子を播くと、「80パーセントがカスミザクラ、17パーセントがヤマザクラ、3パーセントが親と同じ奈良八重桜であり、カスミザクラとヤマザクラの自然雑種を思わせる。」そうです。
 ところがこれとは別に、鎌倉時代になってから鎌倉で見つけられたオオシマザクラ系のヤエザクラで、その代表品種が「普賢象」で、1477年に記録されているそうです。この特徴は、メシベが象の鼻のように突出するそうで、同じヤエザクラでも違うようです。
 ということは、ヤエザクラにもいろいろな歴史があり、それをたどっていけば日本の園芸植物の楽しさに結びつけられそうです。
 また、ハギの語源などについても、「中国の「萩」の漢字は、キク科のヨモギの類をさすようであり、ハギは「胡枝花」と書く。……ハギの語源は「生え芽」とする説もあるが、私は枝を箒に使った「掃き」ではないかと考える。葉は伐ると夏でもすぐ落ち、小枝が多く、箒にしやすい。小豆島では昭和30年代まで、冬休みにハギの枝を集め、学校で使う箒を作ったと聞く。その年に伸びた若い枝は柔軟性があり、籠に編まれた。牛馬を農作業に使役させていた頃は飼料にもされていた。」といいます。
 そういえば、萩という漢字は国字ですから、日本でつくられたものです。でも、私の持っている中国の植物図鑑には、ハギをこの「萩」という漢字を使っているものもあり、これは逆輸入ではないかと思っています。
 下に抜き書きしたのは、万葉集の時代に、庭で栽培されていた植物が30種類ほどあると知り、ビックリしました。
 やはり、日本人は、四季の変化や自然の移ろいにとても敏感で、それを常に感じていたくて庭植えにしたのではないかと思いました。万葉集には、4516首の歌の3分の1以上が植物関連の歌が載せられているとは知っていましたが、名のわかる植物だけでも163種類もあるそうですから、これも驚きです
(2019.12.3)

書名著者発行所発行日ISBN
四季の植物(ちくま新書)湯浅浩史筑摩書房2017年3月10日9784480069481

☆ Extract passages ☆

 万葉時代、庭で栽培されていた植物は30種類ほどあるが、日本在来の種類は、花木がハギ、ヤマブキ、サクラ、フジ、アセビ、ツバキ、ウツギ、ツツジ、アジサイ、タチバナ、ネムノキの11種類で、観賞木竹がマツ、カエデ、タケの3種類、草花がユリ、ナデシヨ、ススキの3種類の合計17種類あった。野外で観賞するだけでなく、身近な庭で四季の彩りをすでに楽しんでいたのである。その先覚者は大伴家持で、渡来種と合せると花木を24種類、観賞木竹を3種類、草花を4種類の合計21種類もの植物を庭で栽培していた。ヤマブキ、フジ、ユリなどは山から引き植えた動機も詠んでいる。
(湯浅浩史 著 『四季の植物』より)




No.1727『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼』

 どんぶり物をただ並べたような本の題名ですが、それぞれに物語はあります。でも、最後まで読んでも、この並び方に意味があるのかどうか、わかりませんでした。ページでは、第1章「鰻丼の誕生」、第2章「天丼の誕生」、第3章「親子丼の誕生」、第4章「牛丼の誕生」、第5章「かつドンの誕生」で、これはおそらく誕生した古い順に並べたようです。これと題名の順番は違いますから、言いやすさからつけたのかもしれません。
 そういえば、割り箸は日本の発明品だそうで、これも丼ものとつながりがあり、この本では「箸を使って食事をすることは中国で始まった。それが日本に伝わり、日本では1300年前頃から箸を使って食事することが始まったが、割箸は日本の発明品で、江戸の食べ物屋が発展していくなかで使われ出した。江戸での割箸づくりは、18世紀の終わり頃には始まっていた。」と書かれています。
 つまり、丼ものを食べるにはツルツルしている箸より割り箸のほうが食べやすいし、鰻丼などを食べるとそのたれなどで汚れてしまうから使い捨てのほうが清潔です。ひとつの食べものが生まれるには、いくつかの条件も大切で、それは時代的な背景や流れも関係していきます。この本では、それらの古い文献にもあたり、詳しく解説してあり、とても興味深く読むことができました。
 好みからいうと鰻丼が一番好きですが、最近は高いのでなかなか食べられません。江戸時代の末には比較的手軽に食べられたそうで、いつかはそのような時代が来て欲しいと思います。今、一番手軽に食べられるのは牛丼で、あちこちにフランチャイスのチェーン店があります。ところが、自宅で食べる牛丼が美味しいので、それらのお店で食べたことはなく、いつか機会があればと思っています。
 また天丼は、だいぶ前に米沢市丸の内の「東月」の天丼が好きで、特別にエビを3本つけてもらったりして食べていましたが、代が変わり、味が変わり、それ以来行くところがなくなりました。今も美味しい天丼を探していますが、なかなか見つかりません。
 かつ丼は、肉屋さんから美味しい山形産のロース肉を届けてもらい、それを自宅で調理して食べますが、これも材料が良いこともあり、とても美味しいです。山形には「銘柄豚」がいくつかありますので、どこのお店で食べてもおいしいと思います。
 ただ、親子丼だけはあまり食べる機会がなく、だいぶ昔に京都で食べたのが記憶に残っているだけです。鶏もいろいろな地方の銘柄があるので、これから旅行に出かけたときにでも見つけたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、鰻丼についての話しで、そのストーリーを描いてあるところです。
 米沢市内では「可奈免」が老舗でしたが、今年の10月31日で閉店しました。いろいろな事情があるとは思いますが、食べもの屋さんもなかなか大変のようです。
(2019.11.30)

書名著者発行所発行日ISBN
天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼(ちくま学芸文庫)飯野亮一筑摩書房2019年9月10日9784480099518

☆ Extract passages ☆

 江戸時代の人は、ヌルヌルとしたつかみどころのないウナギをつかんで裂き、美味な蒲焼に仕立て上げることに成功した。蒲焼は酒の肴として食べられていたが、うなぎ屋は、これでは客層が限られるので、ご飯を付けて出すことを思いついた。さらに蒲焼とご飯を一緒に丼に盛りつけた鰻飯が考案された。すると鰻飯には蒲焼にはない魅力があって、人気食になっていき、鰻飯は丼に盛りつけられたので鰻丼と呼ばれるようになった(そしてその後には「うな茶」まで生み出されており、『娘消息』初編(天保5年・1834)には、出前の蒲焼をうな茶にして食べているようすが描かれている)。さらに鰻飯は重箱にも盛りつけられるようになって、うな重と呼ばれるようになったが、鰻丼より見栄えの良いことから鰻丼をしのいでいった、というストーリーがみえてくる。1杯の丼にも、そこにひそむドラマがあった。
(飯野亮一 著 『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼』より)




No.1726『やきものの里めぐり』

 学生のころから陶磁器が好きで、少ない小遣いで気に入ったコーヒーカップを買い、それをズーッと使っていました。ところが40年ほど経って出雲大社にお参りに行き、その近くの玉造温泉にまわり、そこの出雲玉作資料館でそれと似たようなコーヒーカップを見つけました。
 そこの方にうかがうと「湯町焼」で、すぐ近くに窯場があるというので、行って見ました。すると、私が持っていたのとほとんど同じようなカップがたくさん並んでいて、つい、いろいろな器を買い込み、送ってもらうことにしました。それがきっかけで、旅に出ると、時間の許す限り窯場にまわるようになりました。
 この本は、たまたま忙しい時期だったので、サラッと見ているだけでもいいと思って図書館から借りてきたものです。とこから読み始めてもよく、すでに自分が行ったことのある窯場を見てみたりと、楽しい時間でした。
 最初のところに、窯場めぐりで気を付けたいこととあり、
■窯元によって休みが異なります。一般的に週末には多くの窯元が開いていますが、逆に週末は休むところ、また週明けの月曜や週中の水曜に休みをとるところも少なくありません。スケジュールを立てる前に確認しましょう。
■窯元は、美術館や見学コースを併設している大規模なところから、家族や少人数で制作している小規模なところまで、さまざまです。小規模な窯元では、展示ギャラリーや販売所を設けていなかったり、仕事場を公開していないところも多くあります。事前に電話で確認してから訪問したいものです。
■窯元への訪問時は、訪問先の都合を優先し、仕事の邪魔にならないよう、身勝手な行動はつつしみましょう。
■展示ギャラリーでは、荷物などが触れて器を落としたりすることがないよう、身の回りに気を配りましょう。
■靴の裏についた鉄分などが原料に混入し、焼成後の器に汚れができてしまうことがあります。写真撮影に夢中になり、許可なく工房や窯のある部屋に入ったりしないようにしましよう。
■手に取って見るときは、指輪や時計などは外して両手で持ち、できれば両肘を机や畳につけ、あまり高い位置に器を上げないように努めましょう。
 と書いてあり、なるほどと思いました。
 私もお茶をするので、器物を扱うときには細心の注意を払うのですが、とくに陶磁器は壊れやすく、手から滑りやすいようです。なにかあってからでは遅いので、ぜひ、上に書かれた注意事項をよく読んで、気持ち良く窯場めぐりをしたいものです。
 下に抜き書きしたのは、まだ行ったことがない窯場で、いつかは行ってみたいと思っていたところです。
 この小鹿田焼は、大分県の日田市にあるので、なかなか行く機会がないままです。ここの焼きものは、昔からの手仕事で、飛び鉋や打ち刷毛目などのロクロを生かした文様が特徴です。その出来上がるまでの工程を見てみたいのです。もちろん、上に抜書きした窯場めぐりの注意をよく守って、邪魔にならないようにゆっくりと見たいと思っています。
(2019.11.27)

書名著者発行所発行日ISBN
やきものの里めぐり(楽学ブックス)永峰美佳JTBパブリッシング2014年4月25日9784533096242

☆ Extract passages ☆

 小鹿田焼は、江戸時代18世紀の初めに、天領(幕府直轄領)だった日田の領内の器の需要に応えるために始まりました。宝永2年(1705)に黒木十兵衛が山を一つ隔てた隣の小石原村の陶工・柳瀬三右衛門をこの地に招き、小鹿田村の坂本家が提供する土地に窯場が開かれました。半農半陶の生活を営む陶工たちの器は、この周辺のみで知られる存在でした。
(永峰美佳 著 『やきものの里めぐり』より)




No.1725『外来種のウソ・ホントを科学する』

 この外来種に関しては、昔から関心がありましたが、そもそも外来種とは何かとか、ほんとうに外来種が在来種の存在を脅かしているのかとか、いろいろと考えたことがあります。しかし、意外とそのことに関しての本は少なく、なかなかわからないことが一杯ありました。この本は、まさにそれに答えてくれるような気がして読み始めました。
 裏表紙に、「ラクダはどこのものか」という質問に、「真っ先に浮かぶのがアラビアだろう。ところが彼の地では、ラクダはどちらかと言えば新参者だ。ラクダ一族は北アメリカで進化し、南アメリカで多様性を最大限に保持した。一方、現在も野生のヒトコブラクダがいるのはオーストラリアだけだ。」とあり、外来種と在来種の議論の難しさの典型的な例としてあげています。
 とても興味があり、おもしろそうですが、11月という一番忙しいときに、しかも21〜22日と東京出張が重なったりして、ゆっくり読む時間がありませんでした。出張に持って行こうかとも思ったのですが、図書館から借りた本を持って行くのも少しイヤなので、結局はお手軽な文庫本を持って行きました。
 それでも、少しの時間をみつけて、最後まで読みましたが、ある程度はなんとなく理解できましたが、まだ少し納得できないところも残りました。これは、別な機会にと思っています。
 そういえば、イギリスに何度か行ったときに、たまたまシャクナゲが好きだというと、ポンティカムという1763年にイギリスに持ち込まれてきたシャクナゲの話しになります。これがイギリスでとんでもなく繁茂し、なんとか絶滅させようという運動まで起きています。これは、黒海周辺やスペインなどが原産地で、そこでは今でも希少種で絶滅の恐れもあるそうです。では、なぜイギリスでこれほど増えたのかというと、いろいろと聞いたり読んだりしたのですが、結局はわかりませんでした。ところが、この本には、「R・ポンテイクムは発芽力の強い種子をふんだんにふりまき、繁殖しやすい。また、入ってきた時期がちょうど、英国の庭園設計において、ウィリアム・ロビンソンの提唱した野性味のある森林風のしつらえが流行っていた頃と重なり、しかも狩場で獲物が身を隠すための灌木としてぴったりだったこともポンテイクムには幸いした。」と 明快に説明しています。
 つまり、最初は庭園に最適な植物として植えられ、そして繁殖しやすさもあって、どんどんと増やされ各地に植えられていったようです。さらに、日本でも昔は良いシャクナゲを増やすための接ぎ木用の台木に使われていたのですが、吸枝、つまり根元などから子株が出やすく、ということは、接ぎ木した台木のほうに枝が出てしまうので、失敗しやすかったのです。私も何度か接ぎ木をしてみましたが、現在では、ポンティカム台木のシャクナゲは1本も残っていません。
 でも、この接ぎ木用台木としても増やされたことは間違いなく、つまりは人が意図的に増やし続けたということです。でも、あるイギリスの方にうかがうと、ウサギなどがこのシャクナゲの下に潜り込むと猟犬も手出しできず、狩りができないといいます。そして狩りはイギリスの伝統的なもので、大切なものなのに、その楽しさをシャクナゲが奪ってしまったとして、その根絶をしたいというのです。やはり、ポンティカムにはまったく責任のないことで、導入時は喜んで増やしたのに、それを増えすぎたと苦情をいうのは、あまりにも身勝手だと思います。これは、アメリカのクズもそうですし、イギリスのイタドリなどもそうです。もともとは、勝手に人が持ち込んだものです。
 この本を読んでいると、外来種と在来種の定義も、ぐらついてくるのが理解できます。
 また、ニュージーランドのカウリの森に行ったときに感じた疑問も、コラムに「カウリの物語」として書いてあり、とても参考になりました。この謎は、生態学者のジョン・オグデンだそうで、もし機会があればその論文も読んでみたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、何が在来種で何が外来種かわからないということから、生物防除の問題点を指摘しているところです。
 つまり、成功しているのは、たった16%でしかないということです。その結果として得られたのは、@標的植物は駆除できなかった、A標的植物の種子が以前より拡散するようになった、B人への感染症の恐れが高まった、C在来植物の実生の定着が悪化した、ということだとしています。これでは、とても生態系を理解しているとはいえそうもなく、将来に関しても不安です。
 もう少し、これらを実行する立場の人たちにも、一部のお抱えの学者の意見だけを聞くのではなく、多方面の研究者の意見を聞きながらやってほしいと思いました。
(2019.11.25)

書名著者発行所発行日ISBN
外来種のウソ・ホントを科学するケン・トムソン 著、屋代通子 訳築地書館2017年3月3日9784806715337

☆ Extract passages ☆

 生物防除も生物侵入のひとつの形態だ。ただしそれを、わたしたちは防ごうとするのでなくむしろ促進していて、失敗が度重なっていることは、生態系に新しい種を付け加えることの影響を、われわれがろくに理解できていないことの、もうひとつの証左だ。生物防除のために導入された生物のうち、定着するのは3例にひとつで、そのうちのおよそ半数(つまり、導入された全体の約16パーセント)だけが狙った標的の駆除に成功している。
(ケン・トムソン 著、屋代通子 訳 『外来種のウソ・ホントを科学する』より)




No.1724『霊長類 消えゆく森の番人』

 図書館で本を探していたら、背表紙に「一度も」と書かれたシールが貼られていて、一度も貸し出しがなかった本のようです。しかし、先月にマダガスカルに行って、たくさんのキツネザルなどを見てきたこともあり、霊長類に関心を持ちました。それで読んだのですが、とてもおもしろかったです。
 著者は共同通信社の記者で、科学部に属し、ライフワークも環境と開発の問題だそうです。この本では、マダガスカルのことも取りあげていて、さらにカリマンタンのオランウータンのことも書いてあり、数年前に行ったときのことなどを思い出しました。
 そういえば、著者が記者として、ルワンダなどのマウンテンゴリラ研究の先駆者として知られるアメリカのジョージ・シャラーへのインタビューで、「火星に生物がいるかも知れない、と人々はエキサイトしているが、自分の足元の地球に未知の生物がたくさんいること、そしてそれらの多くが、我々がその存在すら気付かないうちに永久に絶減してしまっているという事実にはどうしてこうも関心が低いのだろう」と強い調子で語ったそうですが、たしかにそうだと思います。
 私も毎年、中国の雲南省に行きますが、そこにもまだまだ知られていない植物がたくさんあり、それらが人間に知られる前に消えてしまうこともあります。今や中国の開発は急ピッチで、今まで大平原だったところに、数年後には飛行場ができていることも珍しくありません。昔は狭い山道をやっと上っていった麗江も、今では高速道路でつながり、あっという間に行けます。たしか、この辺りにシャクナゲの群落があったと思い出しても、地形さえ変わってしまっているので、場所の確定もできません。
 だから、森の番人という霊長類にしても、ほぼ、同じようなものではないかと読みながら思いました。この本によると、「各国の霊長類学者でつくる専門家グループによると、現在、霊長類は496種、亜種まで合めると695種が知られている。体長わずか6センチ、体重30グラム前後のビグミーネズミキツネザルから、体長180センチ、体重は200キロを超えることもある最大のヒガシローランドゴリラまで地球上にすむ霊長類の姿は非常に多様だ。哺乳類ではネズミなどの齧歯目、コウモリなどの翼手目に次ぐ多様さだ。アフリカ、アジア、中南米が主要な霊長類の生息地で、それぞれ200種くらいの霊長類がすんでいる。霊長類の話をする時に忘れてはいけない場所が、アフリカ大陸の東、インド洋の島国、マダガスカルである。後で詳しく紹介するがマダガスカルには100種を超える霊長類がすんでいて、そのすべてが固有種、つまリマダガスカルにしかいない霊長類だ。」と書いてあります。
 私が行ったときに見た夜行性のネズミキツネザルは、霊長類では最も小さく、マダガスカルにだけ8種類いて、そのいくつかはここ数年の間に発見されたそうです。だから、霊長類の研究では、このような新種発見はとても珍しいということでした。私が見つけたグッドマンネズミキツネザルは、2005年に新種として発見されたもので、とても珍しいということでした。このネズミキツネザルは4〜10月までの乾季に休眠し、巣のなかでほとんど動かないそうです。
 下に抜き書きしたのは、マダガスカルに住む霊長類の原猿類についての部分です。植物もそうですが、ここはこの島にしかない固有種が多く、ほんとうにビックリします。
 そういえば、テレビなどでおなじみの横飛びのジャンプしながら移動する姿のベローシファカもそうですが、童謡にも歌われているアイアイなどもいて、まさに世界有数のホットスポットです。このホットスポットというのは、多くの固有種があり生物多様性も豊かなことも条件のひとつですが、その生態系が何らかの理由で失われてしまっていることも条件なのだそうです。
 つまり、豊かだけれども失われつつあるという微妙なバランスの上になりたつ、それがホットスポットのようです。
(2019.11.22)

書名著者発行所発行日ISBN
霊長類 消えゆく森の番人(岩波新書)井田徹治岩波書店2017年5月19日9784004316626

☆ Extract passages ☆

インド洋のマダガスカル島は面積58万7000平方キロと日本の1.5倍近くの広さを持つ島国だ。ここには原猿類という原始的な霊長類の1つで、キツネザルと呼ばれる多くの霊長類が暮らしている。その種類数は最新の評価では107種に上り、1国ではブラジルの132種に次ぐ世界第2位の多さだが、マダガスカルの霊長類の重要性は107種のすべてがマダガスカルにしかいないこの国の固有種であるという点だ。ちなみにブラジルの132種のうち、固有種は81種である。
(井田徹治 著 『霊長類 消えゆく森の番人』より)




No.1723『母と子でみる 西南シルクロード少数民族の旅』

 図書館で新刊の棚に読みたい本がなかったので、あちこち探しているうちに、この本を見つけました。少しカラー写真はありますが、ほとんどが白黒写真で、しかもだいぶ前に撮ったもののようです。
 私も少数民族に興味があり、それ以上に雲南省の植物を見てみたくて、海外に初めて行ったのがこの中国雲南省で1985年でした。この本では、大理の写真などは1986年に撮ったと書いてあり、それ以降の写真のようですから、私のほうが先に雲南省に入ったことになります。たしか、麗江はその年の5月に初めて外国人に開放されたので、そのとき一番乗りをしたような記憶があります。それから何度か雲南省には行きましたが、ここ5〜6年は毎年出かけています。
 ですから、この本に出てくる写真はとても懐かしく、たとえば大理の藍染めの布はたくさん買い込んで来て、今も使っています。そういえば、一昨年、大理に行ったときもこの藍染めを買おうと探したのですが、もう数軒しか残っていなくて、ここが昔「藍染めの里」といわれていたことが懐かしく思い出されました。その写真も77ページに載っていますが、たしかにこのようにして売っていました。
 私は四川省にも何度か行きましたが、一番多く通ったのは雲南省です。ここは中国では8番目に広い面積をもち、日本全土よりも広いところです。しかもアジァ諸国の国境にも接していて、西はミャンマー、南はラオスとベトナムがあり、その国境線の長さは4,060qもあるそうです。何年かかけて、それぞれの国境線にも行きましたが、辺境公安の警備も厳しく、何度行っても緊張します。しかも、この辺りは金砂江(長江)、瀾滄江(メコン川)、怒江(サルウィン川)の3つの大河が流れています。この流れの奥の秘境には、ぜひ行ってみたいと思い、何回か申請をしていますが、植物調査となるとなかなか許可は出ないようです。
 そういえば、今年の春に雲南省の片馬に、ギガンティウムという世界最大の葉をもつシャクナゲを見に行きましたが、私も著者と同じようにミャンマーとの国境まで行ってみました。でも、その片馬で事件があったことなど、まったく知りませんでした。それは、『「怒江に住む少数民族が、ミャンマーに進駐する英国軍と戦い勝利した戦勝記念碑があると聞き立ち寄る。山頂に高いタワーが建ち、石碑には1910年にミャンマーから英国軍がこの地に攻め入り『片馬事件』が起こった」と書かれ、英国軍の発砲する銃にたいして、土司(怒 江の支配者)と各民族が結集し弓や槍で戦い、狩猟民族のリス族は弓の名手で「抗英救国弩弓隊」を結成し、多くの犠牲者を出しながら勇敢に戦い勝利したという。第二次世界大戦では日本軍が1941年から1943年まで占領する……』と書いてありました。
 まさかこんな山奥までイギリスや日本との接点があったとは、思いもしませんでした。
 下に抜き書きしたのは、著者が少数民族に惹きつけられた一端が記され、それは私もそのように思ったところです。
 今、地元では田んぼアートということで、古代米を使って図柄を描きますが、その米の色を思い出し、なるほどと思いました。
(2019.11.18)

書名著者発行所発行日ISBN
母と子でみる 西南シルクロード少数民族の旅川西正幸草の根出版会2004年5月20日9784876481989

☆ Extract passages ☆

 少数民族には今も虫送りや鬼払いの神事、たいまつ祭りの火祭りや、豊作の予祝祭などの豊作を祝う春夏秋冬の祭りに、日本の稲作文化と共通点が多く見られる。
 もともと米には白・赤・紫・黄・黒の五色があり、それらが日本に渡来するが、害虫や冷害に強い赤米が残ったようで、明治初期まで全国各地で赤米の栽培が盛んに行われていた。明治政府の「赤米征伐」ですっかり姿を消し、今日のような白米主体の稲作に移っていった。稲作農家の人に聞くと、今でも畦道の雑草のなかに、赤米の稲を見かけることがあるそうで、古代のロマンがこんなところに残っているのはうれしいものだ。
(川西正幸 著 『母と子でみる 西南シルクロード少数民族の旅』より)




No.1722『老いと孤独の作法』

 「即位礼正殿の儀」で使われる「高御座」について、この本をパラパラとめくっていると見つけたので、読むことにしました。これは、もともとは座るためのものではなく、寝るためのものだと書いてあり、ビックリしました。つまり、そこに身を横たえる「寝所」のごとき機能を果たす場所だったといいます。
 今回の儀で使われた「高御座」は、東京・上野の東京国立博物館で12月22日〜25日までと翌年の1月2日〜19日まで、一般参観されるそうですから、機会があれば見てみたいと思っています。
 この本は、うしろの「初出一覧」を見ると、2005年から2017年までにあちこちに書いた文章に加筆してできたもので、同じような話しが何度か出てきます。おそらく著者にとっては、思いで深い話しのようで、最後のほうの司馬遼太郎さんとの話しもそうです。その中で、「門前の小僧」のなかの話しに、花街で地震に遭い逃げまどう人々を尻目にある男だけが部屋の中でじっと座り忘我で念仏を唱えていたが、それは寺の次男坊だったそうで、「それが、幼いころからお仏飯を給仕して知らず知らずの間についてきた「ツヤ」というものだ。このツヤは後天的な環境にもよろうが、遺伝的によって来たものかもしれない。何代も何代も続いた信仰の血の集積が皮膚ににじんでいるとでもいおうか。」と書いています。
 私にも、おそらくそのようなものがありそうですが、やはり人というのは親だけではなく、たくさんの先祖の方たちの影響も受けているかもしれないと思いました。
 おそらく、普通に暮らしているときには、ほとんど意識もしないことでも、何か、特別なことが起きたりすると、にわかにそれが出てくるようです。それが出自というものかもしれません。
 また、この本のなかで、「たとえばインドで成立した地蔵菩薩をとりあげると、この菩薩はもともと大人の出家僧の姿をしていた。それが日本に伝わって鎌倉時代以降になると子ども化し、わが国の地蔵信仰の中心は子どもの「お地蔵さん」になっていった。これは小さき者への慈しみの心の表れだったのではないだろうか。釈迦の誕生仏の姿もそうだった。この釈迦誕生仏はほかの仏教圏でもつくられてきたが、それが質量ともに豊かなのは日本である。しかもこの小さき者への深い眼差しは、昔話などに登場する一寸法師、桃太郎、瓜子姫、金太郎など、子どもたちのヒーローにも注がれてきたことに気づくのである。」とあり、なるほどと思いました。
 それらを考えると、今の時代の親が自分の子どもを虐待するとかという話しは、とても考えられないことです。おそらく、このような小さき者への深い眼差しがなくなり、我があまりらも強くなりすぎ、自分で自分の我を押さえられなくなってきたからではないかと想像したりします。
 下に抜き書きしたのは、日本の宗教の特異性についての話しで、これこそが多神教からくる神仏混合の考え方によるものです。そういえば、だいぶ前の話ですが、あるところで一神教と多神教の話しをしたことがありますが、その結論として、今の世界の争いごとは、一神教的な考え方から起きてくることが多く、これからは、みんなが平和に暮らしていくためにはアジア的な多神教の考え方が必要になってくると話したことがあります。
 その考えは、今でも、その通りだと思っています。
 今月19日は、甲子大黒天本山の例大祭ですが、そもそも大黒さまも、神仏一体です。マハンカーラという大黒天と、大国主の神さまがいっしょにおまつりされたものです。お互いに自分の主張を繰り返すのではなく、お互いのいいところを認め合い、いっしょになったからこそのお姿です。
(2019.11.15)

書名著者発行所発行日ISBN
老いと孤独の作法(中公新書ラクレ)山折哲雄中央公論新社2018年10月10日9784121506337

☆ Extract passages ☆

 世界を見渡しても、外来の宗教と土着の宗教が共存の関係をつくりあげた例は稀である。ヨーロッパでは新しく登場した宗教が土着の宗教を根こそぎにしようとして戦乱が始まるという歴史の繰り返しだつた。インドでも中国でもそうである。日本はわずかな例を除けば、宗教戦争をほとんど回避してきたのである。
(山折哲雄 著 『老いと孤独の作法』より)




No.1721『空から森が降ってくる』

 この『空から森が降ってくる』って、どういう意味なんだろうかと考えていたら、まず考えるより読んだ方がはやいと思いました。しかも小手鞠るいという著者の名もしりませんでした。
 あとからわかったのですが、この本は「ウェブ平凡」の2018年8月20日から2019年8月5日まで掲載されたものに大幅な加筆をして書籍化したものだそうです。そして、「あとがき」に書いてあった「地球が森に、森が木に、木が根に支えられているように、私は人に支えられている」という琴羽が、とても印象深く残っています。
 そうか、空を地球と考えれば、この本の題名の『空から森が降ってくる』っていうこともありえる、と思いました。やはり、考えているよりは、読んでみることです。
 そして、アメリカ人は、などと考えているより、アメリカ人と暮らしている日とからうかがえば、たとえ、個人差はあるとしてもある程度の性格の違いなどはわかってくるのではないかと思います。たとえば、停電のときに、「何度か長時間の停電を経験してみて、わかったことがある。私は物事や環境の変化に弱いが、夫は強い。むしろ変化をおもしろがれる精神の持ち主だ。停電した直後には、私はひどく不安になり気落ちし、ネガティブになる。夫はいたって能天気だ。ところが、停電が長引いてくると、今度は私の方が強くなる。忍耐力、持久力、適応力に関しては、私の方が夫より優っている。電気なし、水なし、風呂なし、トイレも流せないから外で、という生活に、夫は次第にへたばつてくる。「がんばりなさいよ。あともうちょっとの辛抱だから。ね、そのうちきっと点くよ」。今度は私が夫を励ます番である。」とあり、これは男性と女性の違いなど、だから夫婦って大切なんだと思えたりします。
 そういえば、森のなかでの生活もそうですが、海外に行くと、今のような日本の生活とはまったく違ってきます。日本では、どこのホテルにいっても、清潔なシーツやきれいな夜具が揃っています。しかし、9月から10月にかけて行ったマダガスカルでは、自然公園内のロッジとはいうものの、簡素な建物で、ベットにはしめったような毛布が1枚掛けられています。ここでは、マラリアを媒介する蚊がいるので要注意ですが、垂れ下がったカヤには穴が空いていたり、蚊取線香を置く皿は準備されていますが、肝心な蚊取線香やマッチなどはありません。だから、部屋に入るとすぐに蚊取線香を点けて、カヤの穴をテープでふさいだり、蚊の入りやすいところを目張りします。もちろん、食事などにもしっかりと気を遣い、アルコール系の除菌濡れティッシュで拭いてから使ったり、生ものは一切食べません。それでも、感染するときはあるそうで、どうしようもありません。
 でも、私はすぐに寝れるのでいくら汗で濡れているような毛布でも平気です。寝てしまえば、何も考えることはありません。自然と向き合うときには、そのような強さも必要だと思います。この本では、フォークソングの「神田川」の1節、若かったあの頃、「本当に何も怖くはなかった」というのを取りあげていましたが、まさに怖くては生きていけません。そのような世界が、今も地球上にはたくさんあります。
 下に抜き書きしたのは、英語のワイルドフラワーからの発想で、なるほどと思ったところです。
 おそらく、このような自然やそこに生えている野草に対する思いなどは、まさに日本人、あるいは東洋人だからこそわかるようなことです。でも、これから自然を護ろうとか、地球全体のことを考えようとするとき、このような思いはとても大事なことのようです。今年は、台風も多く、大きな被害も出ています。おそらく、これなども地球温暖化の影響かもしれませんし、多かれ少なかれ、人間の影響が大きいことだけは間違いないようです。
 このようなときだからこそ、ワイルドということを考えてみる必要があると思いました。
(2019.11.12)

書名著者発行所発行日ISBN
空から森が降ってくる小手鞠るい平凡社2019年9月4日9784582838121

☆ Extract passages ☆

 ワイルドフラワー。日本語では雑草と、ひとまとめにして呼ばれている草化を、英語ではワイルドフラワーという。野生動物はワイルドライフ。
「ワイルド一という単語を辞書で引くと、
 1 自然のままであるさま、野生であるさま
 2 荒々しく力強いさま
と出ている。私としてはこれに、
 3 優しく、さり気なく、 つつましやかなさま
 4 しなやかで、したたかで、柔軟なさま
を加えたい。
(小手鞠るい 著 『空から森が降ってくる』より)




No.1720『夢もまた青し』

 この本は、副題が「志村の色と言葉」とあるように、志村ふくみ・志村洋子・志村昌司、そして志村宏が詩を書いていて、家族全員の合作になっています。まさに志村家の本です。
 私が初めて志村ふくみさんの着物を見たのは、日本伝統工芸展でした。何回目かは忘れてしまいましたが、その微妙な色合いに驚きました。これを計算して作り出す技術と、計算できなかった部分を含めて、感動しました。もう何十年も前のことですが、この本のなかにカラーのページがあり、それで思い出しました。
 私には、染色も機織りもまったく未知の世界ですが、出来上がったものは、見てもきれいですし、楽しいものです。なぜ、このような色合いが出せるのか、しかも自然の植物などの素材でしょうから、不思議です。志村昌司さんは、「植物染料には、生命の神秘を思わせるような発見があります。たとえば、基本的に花びらからは、その花の色には染まらないという法則があります。目の覚めるような赤や紫、黄色の花で染めてみても、花そのものの色は出ず、たいていはベージュやグレーになります。あざやかな色を染めるには、花ではなく、葉や幹、枝、実や根を使うのです。たとえば桜でもって、淡く可憐な桜色を染めようとしたら、使うのは樹皮です。それも蕾のついた、花開く直前のもの。染め出した瞬間は、いままさに花になろうとしている桜の本の生命が、色となって日の前に現れるかのようです。」と書いていますが、なんとも不思議な世界です。
 その後で、実は紅花だけは例外で、紅花の花びらだけで染めると「あどけなく清純な赤」に染まるそうです。しかし、その色は退色しやすく、短命だそうで、やはり美人短命と一脈通じるものがありそうです。
 そういう話しを聞くと、染色の難しさが少しだけ理解できます。たとえば、10数年前に四国の徳島に研修旅行に行き、そこで藍を育てている工房に行ったことがあります。藍もとても微妙で、その時々の天候にも左右されるそうで、いつまで経っても満足のいく染めができないと話していましたが、だからこそおもしろいとも言っていました。簡単にできれば、そこに奥行きのあるおもしろさはないと思います。
 また、中国雲南省の大理に行ったとき、絞りの藍染めをしているところがあり、そのユニークなおもしろさから、何枚も買ってきたことがあります。3年ほど前にそこを再び訪ねたときには、そのときの素朴さは失われ、あまりにも洗練されすぎて、義理で1〜2枚買ってきただけです。やはり、どんなものでも時代やさまざまな文化などの影響を受けてしまうようです。
 下に抜き書きしたのは、志村ふくみさんの書いたもので、編むというところに出てくる文章です。
 私が最初に書いた「計算して作り出す技術と、計算できなかった部分」と似たような感覚を覚えました。やはり、この世は、できることとできないことなど、複雑に絡まり合っているようです。
 そして、最後の対談のところで、宗教の存在が薄れてきて、目に見えない世界を思い描けなくなってきたという言葉に、なるほどと思いました。これは日本だけでなく外国でも同じだと思いますが、自分が依って立つところの自覚がなくなれば、安定感もなくなり、孤独になり、生きていることに疑問がわいてきます。
 だから、今の時代は生きにくいと感じる人が多いのかもしれません。
 染織を通して、いろいろなことを考えることも確かに有意義なことだと、この本を読んで思いました。今日で、今年の読書週間も終わりですが、やはりただ本を読むだけではなく、その本を読みながら、いろいろなことを考える、それも大事なことだと感じました。
(2019.11.9)

書名著者発行所発行日ISBN
夢もまた青し志村ふくみ・志村洋子・志村昌司河出書房新社2019年8月20日9784309028231

☆ Extract passages ☆

 経糸(たていと)は天地の理、つまり古代から連綿と続く法則です。そこへ緯糸(よこいと)という現時、すなわち現代が入ってきます。古代と現代が打ち重なる、その瞬間に織物があらわれるのです。
 経糸は時間であり、必然です。
 緯糸は空間であり、偶然です。
 織るということは、「経」という必然と「緯」という偶然が交差して布が生まれることです。それは、我々の日常にもよく似ています。今日という日は、一人ひとりに否応なく与えられた必然です。それに対し、その日一日に私たちの身に何が起こるか、どのように生きるかは偶然といえるでしよう。
(志村ふくみ・志村洋子・志村昌司 著 『夢もまた青し』より)




No.1719『旅は人生』

 今回も読書週間なので少し厚めの文庫本でもと思って探したら、9月から10月にかけて旅したマダガスカルの宿で読みかけの文庫本を見つけました。これも372ページもあり、これも読んでおかないとそのままになりそうなので、読み続けることにしました。
 もとは1997年5月に新潮社から刊行された『旅の半空』で、半空と書いて「なかぞら」と読むそうです。これは芭蕉の「どこまでもまた半空や雪の雲」という句からとったようで、それを改題したようです。副題も「日本人の風景を歩く」で、それに呼応しているかのようです。
 著者は、「あとがき」にも書いていますが、最初に刊行された1997年当時と、この文庫本が出た2006年とでは旅もだいぶ変化したのですが、この本は”心の舞台”を旅したので、さして異なっていないといいます。今年は2019年ですから、20年以上も経っているので旅そのものもだいぶ変化しています。それでも、旅の歴史や思いというのは、そんなにも変わっていないのではないかと思っています。たとえば、私も昨年訪ねた青森市の三内丸山遺跡も、おそらくは当時のままです。この最初の書き出しが、「人生は宝探しだ」というのも、まさにその通りです。その宝探しに行くのが旅ですし、その宝に巡り会えば、その旅は思い出に残ります。その旅の心は、その形態こそ違え、昔も今も大差ないと思います。
 今、まさに読書週間ですが、本との出会いもその通りです。この本には、「本との出会いは、つくづく、運命的なものだと思う。だから、ぼくは本探しにかけては、絶対にあきらめない。それどころか、大いに楽天家なのである。本を探すコツは、ただひとつ、その書物を、欲しい、どうあっても手に入れたい、と、ひたすら念じればいいのだ。」と書いてあります。
 でも、その思いが強ければ強いほど、本との出会いは生まれ、知らず知らずのうちに本棚が一杯になり、床に山積みになり、自分の居場所すらなくなってしまうのです。それが本です。しかし、そのような山の中でも、必要とする本は見つかるし、ほとんど重ねて買うこともありません。それがまた、本の不思議なところです。
 著者は、自分が読んだなかの印象の深いところを選び、それで旅をするというのがこの本です。しかもそれが古書だったり、古典といわれるものだったり、その幅広い知識には脱帽です。これらを読みながら、いかにも読書週間にふさわしい本を選んだと思いました。
 著者は、まさに世界中を旅していますが、著者のいうように、「日本での旅では、あまりに手軽に、快適に、目的地に達することができる。しかも、その旅先での世界は、日常の空間と、さして違わない。だから、「行方も知らぬ」という感慨に沈むこともないのである。とすれば、便利さこそ、旅の最も手強い敵、と言えるのではなかろうか。」というのは、私もそう思うことがあります。
 たとえば、今月初旬にマダガスカルから帰国しましたが、昔だったら、その国の存在すらも知らなかっただろうし、もし知っていたとしても行こうとは絶対に思わなかったでしょう。それが手軽にいけるのは、とても有り難いことですが、著者のいうような「行方も知らぬ」という感慨は生まれにくいようです。だからといって、行かないかというとそうではなく、旅にはつい誘われてしまいます。まさに漂泊の思いです。
 下に抜き書きしたのは、エピローグに書いてある旅についての著者の思いです。
 この話しの前に、著者は、「旅をすればするほど、もっと先へ行ってみたくなった。旅が、つぎの旅を、さらにつぎの旅を触発するのである。」と書いています。たしかに、私自身も、旅も後半にさしかかる頃、つい、この旅の流れの中で次の旅のことを考えたりしています。
 そう考えれば、旅は無限なのかもしれません。
(2019.11.6)

書名著者発行所発行日ISBN
旅は人生(PHP文庫)森本哲郎PHP研究所2006年12月18日9784569667457

☆ Extract passages ☆

旅とは、ただ空間を移動するだけではなく、同時に、時間を歩むことである。旅の空で、わが思いは、いつしか「蜘蛛手」に分れて、時をさまよい、過去をさかのぼり、来し方の月日、そこに堆積している人間のいとなみ、そして自分に戻って、わが身の生きていることの不思議をかみしめる。旅の魅力、いや、魔力は、そこにあるのだ。
(森本哲郎 著 『旅は人生』より)




No.1718『森 毅 ベスト・エッセイ』

 読書週間なので少し厚めの文庫本でも読もうかと探したら、今年の9月に出たばかりの『森 毅 ベスト・エッセイ』を見つけました。先ずは中身よりページ数を見ると、なんと379ページもありました。しかも、この本は文庫オリジナルだそうで、読むことにしました。
 著者は2010年7月に逝去されていますが、いろいろなところで読んだものもあり、懐かしかったり、思い出したり、これはまだ読んだことがないなどと一人でつぶやいたり、楽しい時間でした。先ず一番は、読みやすいことですが、数学者というのは理詰めの人が多い印象ですが、著者はまったく違い、とても自由な発想をされます。たとえば、「老人にとって、若者へ向けてのなによりの責務は、年をとるのはいいことだ、というところをみせることだろう。高齢者問題で気にいらぬのは、老人は気のどくだから大事にしてあげましょう、やがては自分も気のどくな身になるのだから、という発想。これでは、年をとるのがいやになる。若いころにいろいろ世につくした人だから、という発想も気にいらぬ。それなら、わしゃ化石か。人間というのは、過去で評価されるより、現在を認めてもらいたいものだ。年をとってなにがよいかと言うと、なによりも、若さから解放されることだ。」などと考えたら、老後もきっと楽しいはずです。
 年をとると、気楽に自在に過ごせる、と思うと、老人になるのもまんざらではないような気がします。若い時のような責任も薄れてくるし、自分の時間を勝手に使えるのもいいです。私も、最近は旅行もできるし、一人でゆっくりと図書館にも行けるし、自分の時間をもてあますこともないのですが、ある同年代の方に聞くと、時間をつぶすのに苦労するといいます。でも、私にいわせれば、時間は使うものでつぶすなんてもったいないと思います。
 また、この本のなかで、「時代という舞台がどんどん変わっていくのに、同じプレーを続けられるはずがない」という言葉もあり、昔のことを思い出すだけでは、せっかく今を生きているのに、これももったいないと思います。
 年をとっても、いろいろな生き方をしてみたいと思うし、今まで行けなかったところにも行ってみたいと思います。もっともっと時間があれば、苦手な語学にも挑戦してみたいと思うのですが、今は写真を撮って来たものを整理するだけで精一杯です。そして、時間があれば、どこでも本を読むことにしています。以前より、本を読む速度は落ちてきていますが、必ず読まなければならないという義務感もないので、読みたいものをじっくり読もうと思っています。
 この文庫本は、ちょっと厚めですが、著者があちこちに書いたエッセーを寄せ集めたもので、ちょっとした時間でも読めます。もしかすると、知らず知らずのうちに、そのような気楽に読めるものを選んでいるのかもしれません。
 これからは、今まで読めなかったものや、今の時代に即したものなども、ジャンルにこだわらずに読んでみたいと思います。読書週間だからというわけではないのですが、つい、本について、今、考えていることなども書いてしまいました。
 下に抜き書きしたのは、著者が数学者ということで抜書きしたところです。
 数学というのは、論理的にしっかりとつじつまが合わなければならないと考えますが、定理などを覚えるより、その解き方が問題だというのはほんとうにわかります。答えが大切というよりは、その解き方に数学のおもしろさがあるというのも、数学の苦手な私も納得しました。もし、機会があれば、ぜひ読んで見てください。
(2019.11.3)

書名著者発行所発行日ISBN
森 毅 ベスト・エッセイ(ちくま文庫)池内 紀 編筑摩書房2019年9月10日9784480436153

☆ Extract passages ☆

 数学というものは、解き方がわかってしまったあとで、力がつくことはない。解き方を身につける前の、まだ解き方のわからない問だけが、力をつけるチャンスである。解けるようになるのは同じでも、それまでのあり方で、力が身につくかどうかが、きまってくる。
 それに、おもしろいのも、本当は、まだ解けないで、いろいろと考えている間である。解けなきゃつまらないようだが、それは早く解こうとあせるからで、楽しみは解けるまでのほうにある。解けるようになったあとは、むしろむなしい。だいたい、「答えのわかっている謎」なんて、意味がない。解き方がわからないからこそ、問題の名にあたいするのだ。
(池内 紀 編 『森 毅 ベスト・エッセイ』より)




No.1717『お釈迦さま以外はみんなバカ』

 今年も読書週間が始まりました。これは、第2回目(1948年)から、10月27日〜11月9日(文化の日を中心にした2週間)と定められています。そして今年の標語は、「おかえり、栞の場所で待ってるよ」です。私も栞が好きで、自分専用の栞も持っていますが、もったいないので、レシートなどを栞代わりに使ったりしています。
 さて、この本の内容の初出は、UCカード会員誌『てんとう虫』の2013年9月号から2018年3月号までだそうで、この題名を見たときに、なぜこのような題を考えたのだろうかと思いました。
 たしかにそうかもしれませんが、あまりにも小馬鹿にしているような気がしたり、他の宗教者のことを考えたら、中傷だといわれるかもしれないとも思いました。それでも、読み始めたら、それもユーモアのひとつかなと感じました。
 そして読み始めたら、本の真ん中より後半のところに、この「お釈迦さま以外はみんなバカ」の意味が書いてありました。これは、玄侑宗久さんの『さすらいの仏教語』に書いてあることで、もともとバカというのは仏教語のひとつです。サンスクリット語の「モハー」に漢字の「莫迦」を当てたそうで、この意味は「痴」、つまりは愚かな人のことです。そして「莫」は否定の意味ですから、「迦」はお釈迦さまのことで、バカはお釈迦さまではないということになります。つまり、お釈迦さま以外はみんなバカということになりますが、関東以北では、バカといってもあまり気にしないのはほとんどの人がそうだからかもしれません。
 そんなことを考えていたら、この『さすらいの仏教語』を読んだことがあると思い出し、この後に出てくる「がたぴし」というのは「我他彼此」と書くというのがあり、お話しに使ったこともありました。
 この本は、ユーモアもあり、それでいて考えさせる内容もあり、読みながらもときどき本を閉じて自分のことなどを考えたりしました。この世の中には、ほんとうは知らなくてもいいことがたくさんあります。知っているからこそ、悩んだり迷ったりするのかもしれません。だとしたら、知らないふりして、笑いながら先に進んでしまったほうがいいのではないかと、この本を読みながら感じました。進んでしまえば、今まで考えてきたことさえ、なんとなくどうでもいいことのように思えるかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、ゴリラの話しです。植物でも正式な学名は、なかなか難しいですが、こう考えれば楽しいかもしれないと思いました。
 もし、機会があれば、ぜひ読んで見てください。
(2019.10.31)

書名著者発行所発行日ISBN
お釈迦さま以外はみんなバカ(インターナショナル新書)高橋源一郎集英社インターナショナル2018年6月12日9784797680256

☆ Extract passages ☆

「ゴリラ」というのは通称であって、正式な名前、つまり「本名」ではない。……ゴリラの正式な名前は、なんと、「ゴリラ・ゴリラ」である。……
その理由だが、動物の本名は当然、学名であり、学名は、まず「属名」(どんな分類の動物か)を、続いて種名(動物の特徴)を表記する。でもって、ゴリラは、属名も種名も「ゴリラ」なので、「ゴリラ・ゴリラ」となる。だが、それで驚いてはいけない。「ゴリラ・ゴリラ」はゴリラ全体を指しているので、それに亜種名が加わると、もう一つ、名前が追加される。たとえば、マウンテンゴリラは「ゴリラ・ゴリラ・ベリンゲィ」。そして、ニシローランドゴリラは「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ」……。真のゴリラ、ということなのだろうか。残念ながら「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ」はいません。
(高橋源一郎 著 『お釈迦さま以外はみんなバカ』より)




No.1716『植物はおいしい』

 著者の本は『植物のひみつ』や『植物のかしこい生き方』などいろいろと読んでいますが、先ずはわかりやすいのがいいです。それと、なるほどと思えるような論の進め方もいいのではないかと思っています。
 続けての「ちくま新書」ですが、植物関連などはカラー版などもあり、新書のなかでは気に入っている本がいくつもあります。
 この本は、植物が好きなこともあり、なんとなく読み終わりました。ちょっとの時間でも、読んでいたようです。ちょうど、孫たちが好きなシャインマスカットの話しが載っていて、それは「このブドウは、広島県東広島市の農林水産省果樹試験場安芸津支場(現・農研機構果樹茶業研究部門ブドウ・カキ研究領域)で、新しい品種として育成されました。これは、1988年に、「安芸津21号」に「白南」を交配して生まれ、2003年に、「シャインマスカット」として命名され、2006年に品種登録されました。……ヨーロッパブドウは、果皮が薄く、香りが良いのですが、病気に弱いという性質があります。代表的な品種に、「ブドウの女王」といわれる「マスカット・オブ・アレキサンドリア」があります。シャインマスカットの親である「安芸津21号」は、このマスカッ卜・オブ・アレキサンドリアの子どもであるため、シャインマスカットは、「ブドウの女王」の孫ということになります。……もう片方の親である「白南」が、アメリカブドウです。アメリカブドウは、香りはよくないのですが、病気に強いという性質が備わっています。アメリカブドウの代表的な品種が、「デラウェア」です。」という説明でした。
 なるほど、ひとつの品種をつくるために、20年もの年月がかかっていると知り、ビックリしましたが、だからおいしいんだとも思いました。
 それなのに、それを無断で増殖するのは違法だし、絶対にやってはいけないとも思いました。
 この本でも、お米や野菜、そして果物などの新品種のことを書いてありましたが、その作出には長い年月と多くの人たちのたゆまぬ努力の結晶を感じました。そして、この本では、それだけでなく、それらの植物がいかに人間の役に立っているかについても書いています。たとえば、身体にいいもの、病気を治すのに効果のあるものなど、です。
 下に抜き書きしたのは、ピーマンとパプリカの話しです。私は、今まで、ピーマンをそのままにしてならせておくと、パプリカになると思っていましたが、この本では、同じものではないと書いてありました。もちろん、ピーマンとパプリカの品種の違いではないかと思うのですが、もともとは同じもので、それに適するように品種改良されてきたと思います。
 それにしても、最近のパプリカは、色もきれいですし、形もすっきりしています。ときどき生でサラダに入れますが、ほとんど苦みがなく、すっきりとした味がします。
(2019.10.28)

書名著者発行所発行日ISBN
植物はおいしい(ちくま新書)田中 修筑摩書房2019年8月10日9784480072450

☆ Extract passages ☆

 私たちにとっては、ピーマンは緑色で食べますが、 これは未熟な状態です。緑のときに収獲せずに放っておくと、真っ赤に変色し、赤いパプリカと同じ色になります。だからといって、赤くなったピーマンと赤いパプリカは、同じものではありません。
 パプリカは、平成の時代になって、私たちの暮らしの中に入ってきたものです。パプリカという名前は、 ハンガリー語です。ピーマンは、果肉が薄くて細長く、成熟前に食べるものですが、パプリカは、果肉が厚くて、全体が大きく、成熟してから食べるものです。ピーマンは、江戸時代の日本に、ポルトガル人によってもたらされたといわれています。この野菜の名前は、フランス語の「ピマン・ドゥ」に由来します。
(田中 修 著 『植物はおいしい』より)




No.1715『医学は科学ではない』

 前回の『「だましだまし生きる」のも悪くない』というのは、あくまでも心理的な側面で、実際の肉体となれば、そんなことばかりは言っておられないものです。痛さがあれば、先ずその痛さの原因をお医者さんに診てもらい、なんらかの治療をしてもらうのが普通です。
 ところが、世の中には、その原因がわからないという病気もあり、それでもなんとかしてもらいたいというのが切実な思いです。だからこそ、そこに入り込んでくるのは代替医療とか、健康食品のたぐいです。この本に書かれていたのですが、「医学は信頼にもとづき行われているはずであるが、医者自身が病気になり、いざというときに、そういった代替医療に助けを求めることは、医療というものの曖味さ、絶対的な科学だけでは割り切れないものが存在するからであろう。それこそが医学の本質のように思える。すべてが科学で割り切って考えられ、どうして病気になるかを明快に説明できるケースはむしろ非常に少ないと考えるべきだろう。しかし、かといって代替医療のなかにあるいくつものいいかげんな治療が許されるのはおかしい。」とあり、たしかに、そのことも医学は科学では割り切れないということなのでしょう。
 たとえば、風邪などもそうだといいますが、お医者さんに行っても治らないそうで、それは自然治癒力で治すしかないそうです。では、なぜ風邪をひくと病院に行くかというと、ほとんど風邪に効く有効な薬はないそうですが、それでもインフルエンザでも平均して1日程度はかかっている期間を短くできるそうです。たったそれだけのことですが、ある意味、プラシーボ効果もあり、行くのかもしれません。
 だから、もし病院が混んでいたり、遠かったりすれば、わざわざ行くこともなく、ジッと自宅で栄養のあるものを食べて寝ていたほうがよさそうです。また、なぜめまいがするのかとか、なぜ耳鳴りが起こるのかとかも、その治療法はほとんどないそうです。
 また、医療検査にもいろいろな落とし穴があるそうで、いくら優秀な検査機械で診断したとしても、その診断基準をつくるのは人間ですし、その診断結果を診るのも医者の目ですから、アナログです。あってはならないことですが、単純なミスも起こりうるので、検査結果で出たからそれが間違いないということでもないそうです。この本を読むと、たしかに医学は科学ではないと思いますが、それでも科学的であってほしいというのが患者としての立場です。
 下に抜き書きしたのは、医療の難しさです。最近は医療情報開示で、詳しく説明されますが、素人にとっては難しい説明よりも治るかどうかが問題です。60%とか80%治るとかいわれてもダメで、100%治るかどうかが問題です。もちろん、この世では100%などというのは幻想かもしれませんが、患者側としてはそうあってほしいと思うのは当然です。
 おそらく、いくら医療技術が進んだしてしても、このような問題はあると思いますが、お医者さんも患者側も、その限界を考えておく必要はありそうです。
 やはり、そう考えれば、医学は科学ではなく、著者がいう「幻想のルール」かもしれません。でも、たとえそれが正しいとしても、お医者さんからそのように言われてしまうのも、ちょっと怖いような気がします。
(2019.10.25)

書名著者発行所発行日ISBN
医学は科学ではない(ちくま新書)米山公啓筑摩書房2005年12月10日9784480062785

☆ Extract passages ☆

 患者にしてみれば、成功率45%より70%のほうが死亡率は低いと判断はできるかもしれないが、自分の手術成功率は成功か失敗かの50%でしかないことには変わりない。
 もしも70%の成功率の手術で患者が死亡すれば、家族にしてみれば、70%の成功率なのに、なぜ自分の家族だけは死亡したのかと、納得できないに違いない。高い成功率を誇るからこの病院を選んだはずなのに、なぜ失敗したのか納得はなかなかできない。
 医療の難しい問題はここにもある。他人のことであれば数値で割り切れる。だから医者は数値を示すしかない。
(米山公啓 著 『医学は科学ではない』より)




No.1714『「だましだまし生きる」のも悪くない』

 この本は、香山リカ著とはなっていますが、取材・編集は鈴木利宗さんがおこなっています。彼はルポライターなので、いろいろなところで書いていて、最後の「おわりに」をみると、共著者ということになっています。おそらく、著者自身は、自分のことを書くのはなかなか大変なことなので、インタビューを受けるような形でこの本をまとめたようです。
 この本で、うすうすとは感じていたのですが、著者の名はいわゆるペンネームで、リカはリカちゃん人形からとったと書いています。つまり、自分の仕事は精神科医で、その他にいろいろな事を書いたり話したりするのは不都合もあるかもしれないと思い、使い始めたようです。
 この本は、話すように書いてあり、とても読みやすいのですが、そのなかのおもしろさに気づかないところもありました。
 たとえば、親が心がけることのなかで、「もちろん、「私は仕事をしたくないから、子どものことだけやっているんですよ」と自覚している人はいいのですが、「それが母として正しい姿だから」とか、「本当は私も仕事をして趣味も持ちたかったけど、子どもを最優先にしてきた」といったように、「子どものため」「○○のため」と、人のせいにするのはよくないんです。」と書いています。
 これなどは、たしかにそうで、なんかできなかったことを子どものせいにしているような印象です。しかし、意外とこのように考えてしまう人が多いと思います。
 結局は、「そうなってしまわないための心がけとしては、極論になりますが、「自分の人生を自分で充実させていくしかない」ということ。」です。そうでないと、子どもにしてみたら、息苦しく感じて、そんなことを頼みもしなかったと言いたくもなります。だから、むしろ、親が楽しんでいるところを見せることが大切ではないかと思います。
 よく、子どもは知らず知らずに親のように生きる、といいますが、周りを見渡しても、そのような親子がいます。親が子どものためとばかりにいろいろと干渉するより、その背中で生き方を教えることもあります。この本を読んで、そうだよなと思うところがたくさんありました。
 著者は、父親の看取りは真正面から受け止めたといいますが、それでも、これからも「だましだまし路線」は基本的にかわらないと話しています。つまり、題名の通りに生きるということです。
 下に抜き書きしたのは、一度決めたことでも、撤回してもいいのではないかと書いています。つまり、まじめな性格だと、一度言い出したことは撤回して悪いと自分で自分を追い詰めてしまうといいます。
 こんなときも、この本の題名通りに『「だましだまし生きる」のも悪くない』、つまりいろいろなことがあるのが人生だからと思えばいいのかもしれません。
(2019.10.22)

書名著者発行所発行日ISBN
「だましだまし生きる」のも悪くない(光文社新書)香山リカ光文社2011年2月20日9784334036065

☆ Extract passages ☆

 何かを一度決めたところで、状況によっては撤回したほうがいい場合もあります。……
 そのときの身体のコンディションによっても、人間の気持ちというのは、すごく変わるものなんです。
 睡眠時間が少なくなっているだけでも、ふだんとはまったく違うことを考えてしまったり、「歯が痛い」という状況だけで、まったく気弱になってしまうこともある。
(香山リカ 著 『「だましだまし生きる」のも悪くない』より)




No.1714『一生に一度は行きたい「日本の音風景」100』

 この本には、片岡愛之助さんのナレーションのCDが付いているのですが、図書館から借りてきたので、入っていませんでした。それでも、この本を読むと、日本各地の音風景が聞こえてくるようです。
 ある意味、前回読んだ『NHKラジオ深夜便 心に花を咲かせて』のラジオの音とも呼応するような感じで、つい選んだのかもしれません。
 この本のなかに出てくる音風景のなかで、今でもしっかりと覚えているのが奥入瀬の「阿修羅の流れ」の水音です。このとき、2014年9月1日は八戸に講演で出かけた帰りにまわったのですが、大雨の後で水が少し濁っていましたが、水の勢いがあり、写真を撮っていてもよく聞こえてきました。ところが今年は、雨が少なかったようで、十和田湖の水が少なく、銚子大滝の流れもだいぶ少ないということで、まさに水風景も一期一会のようです。
 また、学生のころに訪ねた函館のハリストス正教会の鐘ですが、この本を読み、ほんのかすかですが記憶の底から聞こえてきました。というのも、「大きさが異なる鐘は美しいメロディとハーモニーを生み出し、美しい外観とともに、訪れる人たちを魅了してやまない。大鐘と小鐘があった初代は火事で焼失してしまい、再建時には大鐘のみ。のちに6個の鐘が設置されるが、これは戦争のため軍に供出。見かねたギリシャ人が寄贈してくれた鐘は輸送途中に破損してしまい、現在の鐘が吊るされるまでは、スピーカーが鐘の役目を果たしていた。」という逸話を聞き、何気なく聞いていたことのなかにも、さまざまな秘話があるものだと感じたからです。
 そして、行ったことはないので、ぜひ行きたいのが五浦海岸の六角堂です。ここには以前からなんどか行く計画を立てたのですが実現できず、2011年3月11日の東日本大震災で被害を受け消失したというニュースにはびっくりしました。しかし、2012年4月28日に再建されたと聞き、五浦海岸の波音を聞きながら、岡倉天心の指導のもと、横山大観や下村観山らが描き続けたところに行ってみたいと、改めて思いました。
 この本のなかで取りあげられていた「吉田川の川遊び」は、まさか今でも子どもたちが川で遊んでいると知り、びっくりしました。昔は、私たちも夏になると近くの川で泳ぎ、川魚を捕まえていました。ここに出てくる吉田川の風景と、ほとんど同じでした。高いところから川に飛び込むのが、勇気の証しで、怖いながらもやってみると、なかなかの快感でした。ここは郡上踊りで知られる郡上八幡ですから、昔のことも残されているのかな、と思いました。
 そして、この本の題名のところに、「次の旅は、この音と景色に会いに行きます」とあり、それで思い出したのが、九州の窯場です。いずれ時間があれば、いつかは全国の窯場巡りをしたいと思っていましたが、この本で取りあげられている「小鹿田皿山の唐臼」を見て、昔ながらの製法を守っている山間の村に行ってみたいと思いました。今も川の力を借りた唐臼で山の土を砕き、登り窯で焼いているそうで、あの独特の飛び鉋のやり方も見てみたいものです。せっかくそこまで行けば、伊万里の里にもまわり、昔は秘窯ともいわれていた窯場も楽しみたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、日本文学研究者のロバート・キャンベル教授の言葉です。テレビなどの発言でも、日本人よりもよく日本を知っていると思いますが、この言葉もやはりそう思います。
(2019.10.20)

書名著者発行所発行日ISBN
一生に一度は行きたい「日本の音風景」100環境省 選小学館2014年4月22日9784091037251

☆ Extract passages ☆

「何かを思い出すとき、私の場合はまずその音から甦ります。物音や会話、鳥や虫の鳴き声……。瞬間、目を閉じると、そのまま、その場所にワープできる。それから、ちょっと遅れて匂いが追い付いてきて、パーッと目の前が開けるように景色が頭の中に広がる感じですね。」
(環境省 選 『一生に一度は行きたい「日本の音風景」100』より)




No.1713『NHKラジオ深夜便 心に花を咲かせて』

 これは14〜5年前の本ですが、若い時には深夜のラジオを聞いてはいたのですがそのころはほとんどご無沙汰でした。だから、このような番組があることも知りませんでした。
 たまたま図書館で見つけ、パラパラとめくると、懐かしい園芸家の人たちが対談していたので、すぐ借りてきて読みました。私もそのころは体力もあり、シャクナゲ収集に全力であたっていたころで、おそらく似たような気持ちだったのではないかと思います。
 そこで、一番興味を持った第2章の「苦難を乗り越えて花名人に」のシクラメン農家の太田徳昭さんの今を知りたくて、記載されていたホームページにアクセスしてみました。すると、今はこの本にも出てくる息子さんが社長で、徳昭さんは会長さんでした。そのホームページには「昭和44年に現在の弊社会長 太田徳昭によって、花きの生産を開始しました」とあり、事業の中心は、花き園芸事業・青果事業・産直事業の3つで、さらに農薬が少ない安全な生産を目指す中で出会ったアクアコートの販売を行う関連会社 株式会社 アクアシステムも経営しているそうです。なかでも、一番新しいのは産直事業で、2015(平成27)年からはじめたそうです。
 この本のなかで印象に残っている太田さんの言葉は、『「昔、だれかが説明してくださったのを覚えていて、自分の頭の中で花を咲かせているんでしょうね。そういえば、色によって肥料の与え方が違うんです。たとえば、白は少し肥料を控えたほうがよくて、赤は少し多く与えたほうがいい、とか。品種別にそれぞれに合った肥料をやる必要もありますし」 ……「6、7年前から息子が一緒にやってくれておりますが、私が一人で栽培していたときは、それまでのノウハウの蓄積で、触って、判断をしておりました。心静かにして触っていると、そのシクラメンの状態がわかるんです」……「花というか、葉っぱと軸と全体を触るんですが、なんかトラブルが起こってると、ピーンときます。」』と言っていて、もしかすると直接見ている人より、心静かに触っている太田さんのほうが植物と間近に触れ合っているのではないかと思いました。
 そういえば、第7章の「花に心を託す万葉の人々」の奈良県立万葉文化館長の中西進さんは、現在は名誉館長になっていますが、ここでも「万葉集」の話しをされています。今年の5月1日から「令和」という元号になりましたが、その考案者ではないかと目されている方です。ある新聞のインタビューでも、「令」の文字が元号に使われるのも初めてだが、その本義は「形が整っていてうるわしい」という意味だといい、その「うるわしき和の精神」を世界に広めていくことが次代の日本人の務めだと語っていました。
 この本でも、「花には根があるんです。根がある限り、植物は永遠に生き続けるんです。花はいっときだから、華なんです。華やかに咲くでしょ。でも、花が咲く前に根っこがあって、芽が出る。幹が出てきて、枝が出る。そこに葉っぱが出て、花が咲く。そして実になる。これが木の営みなんですね。それが終わり、次にもまたそれをやり、また終わる。それが永遠なんですよ。花ははかないというのは違うんですよ。そういう確かな生命に支えられているから、花も美しいんだと思いますよ」と語っておられます。
 そう考えれば、花の命は短くてとは、言えなくなります。屋久島で縄文杉を見たことがありますが、正確な年代はわからなくても、少なくても3,000年近くは生き続けています。そうだとすれば、この縄文杉が芽生えたのは縄文時代の中期から後期にかけてのころ、つまり青森県の三内丸山遺跡のような巨大集落が現れたころです。それを考えただけでも、気が遠くなるほどの長い年月です。
 下に抜き書きしたのは、太田徳昭さんの言葉です。植物を見なくても触ればわかるというのも不思議ですが、それ以上に海外視察に何度も行っていることにも驚かされます。そのときの言葉ですが、たしかにその通りだと深く反省させられました。
 ぜひ、皆さんも読んでみてください。この世の中は、見えるものだけではなく感じるものもたくさんあり、いろいろな目を持つことが大切だと思いました。
(2019.10.19)

書名著者発行所発行日ISBN
NHKラジオ深夜便 心に花を咲かせて須磨佳津江NHK出版2005年10月30日9784140054871

☆ Extract passages ☆

私のように見えない者が、行く必要はないかもしれないですよね。でも、行かなければわからんところがいっぱいあるんですね。『百間は一見にしかず』っていいますけど、耳とか、手で触るとか、匂いを嗅ぐとか、目以外のところでやっぱり感じるものがありますね。ひとつ面白いことがありますよ。目が見えている人は自分の見たいものしか見ないんです。……
「ありがたいことに、それぞれの方が興味のある、その人が見たものを私に教えてくれます。これはね、ある意味では、大いに参考になるんです。私ならひょっとしたら見ていないものを、彼は見ていて、私に教えてくれるわけですから」
(須磨佳津江 著 『NHKラジオ深夜便 心に花を咲かせて』より)




No.1712『箴言集』

 たしか、だいぶ前にラ・ロシュフコーの「箴言集」は読んだのですが、たまたま手にとってみたらこの文庫本のための新訳と知り、あらためて読んでみたいと思いました。
 とても読みやすく、時間のあいたときにも読めるので、なんとなく読み終わったという印象です。それでも、後半部分の「さまざまな考察」は読み応えがありました。
 それにしても、いざ、自分のこととなるとなかなかわからないというのが現実だとわかりました。最後の「ラ・ロシュフコー自画像」のところで、「私としては、私がそう思わせようとしている以上に自分を美しいとか、私が描いている以上に自分が上機嫌だとか、私がこれから言うであろう以上に才気煥発であり分別を備えているとか、思ってくれないほうが、むしろうれしい。そんなわけで、もう一度言うが、私には才気がある。ただし、それは憂鬱症によって損なわれた才気である。というのも、私はかなり弁が立つし、記憶力もよく、物事を筋道立てて考えるほうだが、ふさぎの虫にすっかりとりつかれているので、自分の言いたいことをうまく言うことができないのである。」などという表現は、才気はあるが憂鬱症によってその才気が十分に発揮されないと言っているようなものです。
 さらにこのあとで、「散文もうまいし、韻文も得意である」とか、「友人のためなら自分の利益を犠牲にすることを一瞬たりともためらわない」とか、いろいろと出てきます。これが箴言集を残した人の言葉かと思うほどの麗句がたくさん出てきます。
 そういえず、「没後収録の箴言」のところに、「40 われわれが苦心惨憺しているのは、幸福になるためというよりも、自分が幸福であると他人に思わせるためである。」というのがありますが、これなどは「ラ・ロシュフコー自画像」の内容にぴったりです。このページの最後のところにあった「44 何かをむやみに欲しがるまえに、それをすでに持っている人間がどれほど幸福かを確かめたほうがよい。」というのは、たしかに箴言だと思います。
 人は自分のことよりは、他人のことはよく知っています。その知っている他人のことから自分を考えたほうがわかりやすいというのはおそらく間違いないことではないかと思います。
 また、「210 老いるにつれて、人はますます愚かにもなれば、ますます賢くもなる。」とあり、最近はすぐ切れる老人のことが話題に上りますが、むしろ若い人たちよりも冷静に物事を判断すべきではないかと思っていたので、この箴言もなるほどと思いました。
 そして、自分自身でも、気を付けなければならないと思います。
 下に抜き書きしたのは、「道徳的考察」に書かれていたもので、なるほどと思ったものです。
 たしかに、好きになることが大切なことで、その好きなことをしていられることが幸せなのだとはっきりと示しています。幸福などという抽象的なことを考えるより、このようにはっきりと指し示すことのほうが大切だと思いました。
 このようなことがたくさん書いてあるので、興味があれば、ぜひ読んで見てください。
(2019.10.17)

書名著者発行所発行日ISBN
箴言集(講談社学術文庫)ラ・ロシュフコー 著、武藤剛史 訳講談社2019年7月10日9784065165935

☆ Extract passages ☆

48 ほんとうの喜びは、好きになることにあるのであって、事物のなかにあるのではない。人が幸福になるのは、自分が好きなものを持つことによってであり、他人が好ましいと 思うものを持つことによってではない。
(ラ・ロシュフコー 著 『箴言集』より)




No.1711『笑い脳』

 この本の副題は「社会脳へのアプローチ」で、「あとがき」によると、当初は『笑いの神経美学』としたいと考えていたそうです。でも、神経美学というのは、美しさを感じる心の脳内表現を探求する学問だそうで、少しは笑いも微笑も美しさを感じる心と共通する部分があったとしても、そのような本を読みたいかと問われれば、おそらく手には取らないかもしれません。
 でも、「笑い」というと、なんとなく読んでみたいと思いますが、この本を読んでみて、なんとなくわかったようなわからないようなところがありました。先週の今ごろは、マダガスカルのバオバブを見ていたので、美しい自然のなかにいて頭が洗脳されてしまったようです。
 ただ、見ることは人間にとって大切なことなので、視覚にかかわる脳は大脳のおよそ3分の1を占めているそうです。だとすれば、この見るということのなかにも、楽しさや笑いなどの要素も含まれているそうで、それらをさまざまな角度から実験したこともこの本には出ていました。それでも、脳のどこの部分がこれらと連動しているかといわれても、ほとんど興味は起こりませんでした。
 その後で、笑いにも自己報酬系があると知り、これはおもしろいと思いました。この報酬系と自己報酬系について、この本では、「まず報酬系は好きな食べ物、それをあがなう金銭など外部要因に志向して、それを得たときに報いられる身体的あるいは心理的充足感とかかわる。これはどちらかというと生物的充足感に近い。一方、自己報酬系は自身が生み出した報酬(あるいはそれに近いもの)に対して、身体的あるいは心理的に充足した場合であると考えてみたい。笑いについていえば、ユーモアや落語のオチの理解による楽しい快の笑いがそれにあたり、愛想笑いなどはそうではないと想定する。つまり、本人が広い意味で内発的な努力の結果得たものである。」といい、勉強でがんばって満点をとるとか、美術館で美しい芸術作品に感動するなどといった例を挙げています。
 もし、笑顔になることも自己報酬系につながるとすれば、笑顔でいたほうが幸せだし、それが自分の内から起こる努力の結果だとすれば、それこそ笑顔の効用になります。そういえば、マラソンランナーの有森裕子さんは、1996年アトランタ五輪女子マラソンで銅メダルになったときに、涙ぐみながらも笑顔で「自分で自分をほめたい」と言ったことがとても印象に残っています。そして、その年の流行語大賞にも選ばれたと記憶しています。これも自己報酬系とかかわるようなことだと、私は思います。
 下に抜き書きしたのは、楽しいから笑うということでも、それを科学的に理解するときには、なかなか大変なようです。
 その1つのキャノン・バードの中枢起源説です。笑いも、学問として研究するには、いろいろな方法があるようで、興味があったら、ぜひ読んでみてください。
(2019.10.15)

書名著者発行所発行日ISBN
笑い脳(岩波科学ライブラリー)苧阪直行岩波書店2010年1月28日9784000295666

☆ Extract passages ☆

「楽しいから笑う」というふつうの考え方はキャノン・バードの中枢起源説と呼ばれ、視床などの神経中枢の活動が情動を引き起こすと考える。末梢起源説では、たとえば、悲しいとき無理に笑い顔を作ると、なんとなく楽しげな心持ちになれるというご利益があるが、これは笑うときの表情筋のパターンが中枢にフイードバツクされて楽しいという情動の一部が経験されるのだと考えられるのである。
(苧阪直行 著 『笑い脳』より)




No.1710『おいしいお茶の秘密』

 旅に出るときには、必ずお抹茶を飲めるように茶筅や茶杓を持っていきますが、今回行ったマダガスカルでは茶碗などを買えるところもなさそうで、すぐに飲めるようにフル装備で出かけました。さらに湯沸かしポットも持参しました。先ずはこれさえあれば、いつでもお抹茶だけでなく煎茶やコーヒーなども飲むことができます。そんなことを思い出していたら、この本に出合いました。まさに、人も本も出会いが大切です。
 この本を読んで、お茶をおいしくだすときの適温で思っていた以上に低いのは玉露でした。40〜50℃だそうで、これ以外、たとえば番茶やほうじ茶も、紅茶もプーアル茶も100℃です。ただ、ウーロン茶は95℃がいいそうで、ほとんど常にやっていたのと同じでした。玉露は今までは60℃と考えていたのですが、もう少しさましたほうが良さそうです。
 そういえば、この本に出てくるお茶の産地のいくつかには行ったことがあり、今でも思い出すのはスリランカのヌワラエリアです。ここのヘリタンス・ティー・ファクトリー(Heritance Tea Factory)というホテルは、もともとは製茶工場だったところをホテルにしたところで、標高2,000mほどの茶畑の丘に建っています。部屋の窓からは朝夕立ちこめる霧でかすかに茶畑が見え、幻想的な雰囲気が漂っていました。しかも、古い茶工場のふるい分け室をレストランにして、各国の料理だけでなく地元料理などもあって、ビュッフェスタイルで自分の好きなものを食べられます。おそらく、その品数は150種を越えていたようです。
 もちろん、ここで飲んだ紅茶は絶品で、ある人はここの水で淹れたから美味しいのではないかといってました。もし、機会があれば、ぜひ再度訪れてみたいところです。
 よく、紅茶の由来は、インドからイギリスに船で運ぶ途中に腐ってしまったので、それを飲んだらおいしかったというのが多いのですが、この本では、そうではなく、意識的に作り出したといいます。その部分を抜書きすると、「紅茶のもとになったのは、中国福建省の鳳鳳山で自然発生的に作られた、酸化の度合いが低いウーロン茶のようです。このウーロン茶の起源も面白いものです。昔、このお茶を作り始めた人は、山で摘んだ茶葉をかごに人れ、加工できるところまで運んでいたそうです。1時間ほどかけて山の斜面を下る間、茶 葉はかごの中で揺れます。これによって攪拌し、酸化を進めてウーロン茶としたのではないかといわれています。そのウーロン茶が福建省の安渓へ伝わり、武夷山に伝わって、さらに酸化を進行させる武夷水仙茶へと改良されました。このお茶は、黒色に見えるほど色が濃いものです。そのことから、17世紀において中国の緑茶がヨーロッパヘ運ばれる際、それと一緒に「ブラックティー」として輸出されていたことがいろいろな文献に載っています。このブラックテイーですが、イギリスの嗜好に合うよう、インドのアッサム地方で改良されて、完全に酸化させたもの、つまり紅茶となりました。」といいます。
 つまり、きっかけは自然発生的にウーロン茶ができて、そこからイギリス人の嗜好に合うように作り出されたものが紅茶ということになります。
 この紅茶、最近では台湾でもつくられていて、「紅玉紅茶」や「蜜香紅茶」などが有名で、台北市内で買ってきたことがあります。それでも、私はウーロン茶系の「東方美人」がおいしかったです。まあ、お茶の好き好きは好みの問題ですから、たくさんの種類のなかから選ぶ楽しみもあります。もし、興味がありましたら、ぜひこの本で好みのお茶を探し出してみてください。
 下に抜き書きしたのは、よく深蒸し茶というのを目にしますが、これはおそらく深く蒸したお茶ではないかと漠然と考えていましたが、それなりの効用があるそうです。
 私も知らなかったので、ここに載せました。
(2019.10.13)

書名著者発行所発行日ISBN
おいしいお茶の秘密(サイエンス・アイ新書)三木雄貴秀SBクリエイティブ2019年3月25日9784797394276

☆ Extract passages ☆

「普通煎茶」と「深蒸し煎茶」の違いは、製造時の蒸す時間です。普通煎茶では10〜15秒が目安ですが、その2倍以上蒸す場合、おおむね深蒸しとされます。ただ、明確な基準はなく、地方によってばらつきがあります。……
 なぜ、このように長く蒸すことが行われているのでしょう? まず、製茶上の理由があります。太陽光を浴びて肉厚になり、揉みづらく渋味が多くなっている茶葉は、長く蒸すことによって柔しかくなり、揉みやすくなります。しっかり加熱されることで、渋味が増えるのも抑えられます。
 また、柔らかいがゆえに、揉まれると茶葉が細かくなりやすく、粉もたくさんでき、成分が出やすい状態になっています。そのため、ご家庭で、濃い緑色で濃い味のお茶が簡単に淹れられます。ただ、最初に淹れた1煎目で一気に成分が出てしまうので、同じ茶葉でお湯だけ加える2煎目では、旨味はあまりなく、さっぱりした口当たりになります。
(三木雄貴秀 著 『おいしいお茶の秘密』より)




No.1709『マダガスカル自然紀行』

 この本もマダガスカルの旅の途中から読み始めたのですが、いつもはホテルなどで寝る前に読むのに、電灯があまりにも暗く、とても読めませんでした。それでも、朝や移動途中などで少しずつ読み、帰国してから一気に読み終わりました。
 でも、この本の地図や情報などは、いささか古いのですが、とても役立ちました。一番変わったのは都市部ですが、地方ではほとんどこの本に書いているものとあまり変化はなさそうでした。この本に出てくるベレンティー自然公園は、ほとんど同じようでしたし、そこへ向かう途中の村でバオバブの苗を植樹させてもらいましたが、その村も人々も昔ながらの生活をしているようでした。このバオバブの苗は、この地方に多いザー・バオバブ(Adansonia za)で、16〜7年生でした。やはり、百聞は一見に如かずで、マダガスカルにはたくさんのバオバフの木があると思っていたら、本当に少なく、限られたところにしか自生はありませんでした。
 特に問題なのは、この本で指摘したように、「マダガスカルの森林破壊は、東南アジアや南米でのそれと少し趣を異にする。東南アジアや南米のそれは、わが国も含めた先進国の森林略奪の結果として起きてきた。 マダガスカルの場合はそうではなくて、現地の人による破壊であり、第二者的な加害者というのはいない。時間はかかっても、 マダガスカル人が主導権を持って、自力による自然の回復が望ましい。」と書いてますが、ガスは高くて買えないので、今でも炭で煮炊きをしています。その炭焼きで、どんどんと木が切られてしまっています。何度も炭を運ぶ人たちを見ましたが、炭1袋は1万アリアリですが、それを町に持って行くと2万2千アリアリだそうです。つまり、今でも都市部ですら炭を使って煮炊きをしている家庭が多いということです。
 そのことを聞き、しかもバオバフの木も本当に少ないという現実を見て、植樹をしましたが、村の人たちもいろいろな木を持ってきて、いっしょに植樹をしました。それを育てた木で、バオバフやキツネザルなどの彫刻をして、観光客に売るということで、少しでも木を切らないですむ現金収入を得たいということでした。実際にそれらの彫刻も見ましたが、とても稚拙ながら雅味もあり、少しでも役に立てばと思い買ってきました。
 著者がマダガスカルに行った目的は、「私たちは今回、文部省科学研究費国際学術研究補助金を得て、この島へ来ている。テーマは「マダガスカル島における高等脊椎動物の適応放散と社会構造の研究」であり、小山さんは原猿類を、私と江口さんは鳥類を担当する。」ということですが、その鳥類に関しても種類がとても少ないそうです。たとえば、アフリカのケニアなどでは、1981年のチェックリストによると1,293種で、日本の場合は1974年のチェックリストによると490種だそうです。ところがマダガスカルでは250種で、日本と共通なのは60種だけで、特産種がとても多いということでした。しかも、この国にしかいない特産科も5つあり、世界のどこにも親戚のいない珍しい鳥たちがこの島には多いということです。
 よく、マダガスカルは「進化の実験室」といいますが、この本の副題でもそうです。この島の動植物を調べることで、進化の過程が少しでもわかってくるのではないかと、素人の私でもそう思いました。
 下に抜き書きしたのは、マダガスカルのお墓、トンボについての記述です。私もこれは見ましたし、偶然にもお葬式らしい行列にも出合いました。しかし、お墓の写真は撮りましたが、この行列の写真を撮るのは憚られ、残念ながら撮れませんでした。
 現地の人に聞くと、病気で亡くなられた人を何度も掘り返すことで、それで感染することもあり、政府では禁止しているそうです。でも、地方に行くと、まだまだ残っている風習だと教えてくれました。
 ただ、9月30日の首都のアンタナナリボからモロンダバに行く飛行機で私たち乗客の9割ほどの荷物が積み残されてしまい、私のスーツケースが戻ったのは10月2日でした。おそらく、その積み残されていたときに、雨などでこの本が少し濡れたようで、シミになってしまいました。それだけがちょっと残念です。
(2019.10.10)

書名著者発行所発行日ISBN
マダガスカル自然紀行(中公新書)山岸 哲中央公論新社1991年2月25日9784121010108

☆ Extract passages ☆

 車を降りて丘を登ってみると、トンボの側面には彩色画がほどこされ、その墓の主の一生が描かれていた。中にはワニに足を食いつかれているユーモラスな絵や、自動車に礫かれてしまったらしい絵もある。この墓にはミイラ化した遺体が納められているが、何年かに一度遺体は運び出され、真新しい絹の布に包み直されて親戚にかつがれて村の中を練り歩く。これをファマディハナの儀式と呼んでいるが、 マダガスカルの人々にとって死者はこうして残された家族と一体感をもってその心の中にいつまでも生き続けている。
 トンボは南にいくほど飾りが複雑になり、上面に牛の角を立てたり、アロアロと呼ばれる彫刻された卒塔婆のようなものをたくさん立てたりする。葬式の際にはゼブ牛が殺されてみんなに振舞われるので、お金持ちほど飾られる牛の角の数が多いのだとピエールさんが話してくれた。
(山岸 哲 著 『マダガスカル自然紀行』より)




No.1708『「世界の地名」なるほど雑学事典』

 この本は、マダガスカルの旅の途中で読み始めたもので、旅には本はつきものです。しかも、文庫本のような手軽なものが一番で、今回はパッとこの本を見たときに、「マダガスカル命名の由来はマルコ・ポーロの大きな勘違い」というのを見つけたというのが興味を引いたようです。
 これは、「13世紀、マルコ・ポーロ(1254〜1324)がインド洋沿岸諸国を旅したとき、彼は現地の人々からアフリカ東部にあるモガディシの話を聞いた。ところがマルコ・ポーロは、どういうわけかモガディシを「マダガスカル」と聞き間違った。そして、それを有名な『東方見聞録』に書き入れたのだ。モガディシは、現在のソマリア民主共和国の首都である。『東方見聞録』には、「モグダシオは、スコトラ島の南方約千マイルにある島」と書かれている。どうやらマルコ。ポーロは、モガディシ港とマダガスカルとを混同したらしい。名前を聞き間違えただけでなく、島と港をも取り違えていたわけだ。やがて1500年になって、ポルトガル人のディエゴ・ディアスがアフリカ東部で島を発見し、本国に報告したところ、『東方見聞録』の知識をもっていたポルトガル王は「それはマルコ・ポーロが書いたマダガスカルだ!」と思い込んでしまう。そのため、その島は「マダガスカル」という地名をつけられたのである。」と書いてあります。
 間違いというのは、1つだけだとどこかで訂正されることもありますが、地名そのものが違い、さらに島と港も違っていたりするとなかなかそれには気づかないものです。さらにマルコ・ポーロの書いた『東方見聞録』に載っていたとすれば、もうそれだけでそのまま信じてしまいます。
 では、このマダガスカルというのは、現地の人たちは何と言っているのだろうかと思い聞いてみると、「マラガシィ」というようです。その意味をたずねると「山の人たち」というそうです。行って見て初めてわかったのですが、マダガスカルの首都「アンタナナリボ」は、標高1,300mほどの高地にあり、この中央高原には2,000m級の山々が存在し、この辺りで最も高いチャファジャボナは、標高2,643mだそうです。
 だとすれば、「山の人たち」という国名も、すんなり理解できました。やはり、百聞は一見に如かず、です。ここマダガスカルは、島の広さからいうとグリーンランド島、ニューギニア島、ボルネオ島に次ぎ、世界第4位という意識があり、あくまでも島だとしか思っていませんでした。
 この本で、アメリカの名の由来になった航海者アメリゴ・ヴェスプッチ(1454〜1512)についても、実際はコロンブスが発見したにもかかわらず、ウソから名づけられたと知り、世の中には話術が巧みな人こそ気を付けたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、今回の乗り継ぎをしたボレ(Bole)国際空港のあるエチオピアの首都、アジス・アベバの地名由来です。
 まさか、遙かに遠いオーストラリアとつながっていたとは思いもしませんでした。まさに地名の由来はさまざまです。
(2019.10.8)

書名著者発行所発行日ISBN
「世界の地名」なるほど雑学事典(PHP文庫)世界博学倶楽部PHP研究所2002年5月15日9784569577449

☆ Extract passages ☆

 この都市名はエチオピアの国語アムハラ語で「新しい花」の意味だ。アジスは「新しい」、アベバは「花」を意味する。これを名付けたのは、のちにこの都を建設した皇帝メネリクU世(在位1889〜1913)だ。
 アジス・アベバはその名のとおり、ブーゲンビリア、ジャカランダ、カンナなどの美しい花々がき咲昼乱れている。その一方で、この国の一部は現在もなお干ばつのために、人々は飢餓に直面しているという。
 美しい首都アジス・アベバが発展できたのは、じつはユーカリの木のおかげである。古来エチオピアの首都はテントによる移動都市だったが、皇帝メネリクU世の功績によって都市に燃料を永続的に供給できるようになった。その燃料源となったのがユーカリの木なのだ。
(世界博学倶楽部 著 『「世界の地名」なるほど雑学事典』より)




No.1707『五感の哲学』

 旅に出ると、五感が研ぎ澄まされるようで、いろいろなものに興味を持ちます。もともと自宅に野生のサルたちがやって来るので観察していましたが、やはり見ているとおもしろいものです。以前は白ザルも来たりして、写真なども撮っていました。
 ここマダガスカルは、ここに固有のキツネザルも30種ほどいて、原猿類とも呼ばれています。テレビなどでは、ベローシファカという横飛びをしながら移動するのを見ることがあり、これなどは特にベレンティー保護区にはたくさんいます。10月3日には、この保護区内のベレンティーロッジに泊まり、夜行性のキツネザルなども見ることができました。
 こうして、いろいろなものを見たり聞いたりしていると、五感というものの不思議を感じます。この本のなかでも触れていますが、視覚と聴覚というのはほぼ客観的な感覚ですが、味覚と嗅覚は意外と主観的なものです。そして触覚というのは、どちらかというとその間にあり、部分的には客観的であり、ある部分では主観的でもあります。そう考えると、日本人の周囲の人々との風を読むことでみんなと仲良くしていく知恵のようなものを感じます。
 しかし、それだって、あまり気にしすぎるといろいろな問題が出てきて、どうしようもなくなりそうです。むしろ、あまり先入観に縛られない生き方こそが幸せなような気がします。
    そういえば、この本には、サン=テグジュベリの『星の王子さま』の冒頭の部分、ウワバミが1匹のけものを飲み込んでいる絵のことを取りあげています。この絵を大人に見せても、帽子だといって怖がらないのです。でも、よく見ると小さな目が描かれていて、帽子ではなく、ウワバミが象を飲み込み、時間をかけて消化している姿でした。『星の王子さま』では、この場面で読み手を子どもか大人かを選別したり、時間をかけて見えているものをしっかりと見ることの大切さを描いています。
 つまり、視覚というのは、「自分にとって関心のないものは、見えない。存在していることにすら気がつかないのです。」とこの本の著者はいいます。たしかにそうだと思います。関心がなければ見ていたとしても認識できないし、おそらくその存在そのものにも気がつかず、いわば、あっても無くても同じです。
 下に抜き書きしたのは、味覚に関して書いてある部分です。
 著者が言うように、今の食事は頭で食べているかのようです。テレビ番組などでどこどこの食堂のラーメンが美味しいというと、すぐにそこに行列ができます。そして何時間も待っていれば、それだけで美味しく感じないわけにはいかなくなります。これは、既に自分の味覚で味わっているというよりは、他人の味覚で美味しいと感じているかのようです。
 第6章の「五感の融合、開いて閉じて思い出して」のところで、最高に楽しくて開放的な気持ちになれるのは何かに強制されてやらされていないからだ、というところがあります。まさに、自分がいいと思って興味を持ってすることは、なんでも楽しいということになります。
 10月7日の夜に成田空港に着きましたが、今回のマダガスカルの旅も最高に楽しかったのは、自分で行きたいと願い、そしていろいろなことを興味を持って調べ、その旅の間も五感をフルに活動させ味わったからではないかと思います。
(2019.10.7)

書名著者発行所発行日ISBN
五感の哲学(ベスト新書)加藤博子KKベストセラーズ2016年5月20日9784584125113

☆ Extract passages ☆

大手スーパーで買う食材は、産地表示や賞味期限、そして値段の情報までをもあらかじめ知った上で、口入れることになります。そんな生活を続けていると、本当に今どんな味がしているかを純粋に吟味しているとはいえない食体験になっていきます。高いお肉なのだから美味しいはずだ、などと思って口に運ぶことになるからです。
 脳への情報を増やすことは、じっくり舌で味わうことの助けになるのではなく、むしろ感覚を鈍らせていくことにもなるのです。伏木(亨)もこの点を憂いて、「生の五感は失われ始 めている。失われた五感を補うためにさらに情報が増える。我々は本当に幸せなのであろうか」という言葉で「あとがき」を結んでいます。
(加藤博子 著 『五感の哲学』より)




No.1706『異国を楽しむ』

 旅に出ても、移動中とか夕食の後とか、やはり本がないとどうして時間を過ごすか考えてしまいます。
 そういう時に読むのは、やはり旅関係のもので、この本もいつかは読みたいと思ったいた1冊です。著者は、ドイツ文学者でエッセイストで、カフカやゲーテの研究者でもあります。
 この本は、2005年1月号から2年間にわたり『中央公論』に連載されたものだそうで、この原稿の三分の一ちかくは旅先からファックスで送ったそうです。ところが、今年8月30日に78歳で亡くなられたそうで、なんとか古本屋で探しました。そういえば、『ひとり旅は楽し』は読んだことがあります。
 私は日本だけでなく海外でも、時間があれば美術館や博物館を観ます。そういえば、イギリスの自然史博物館などは各地で見ましたし、たまたまロンドンのテムズ川畔にあるテート・モダーンで、日本の大学院で研究していたアフリカの方と会いました。そのとき、企画展があることを知り、それが「マチス展」でした。そこで、大英博物館は別の機会に見ることにして、このマチス展をしっかりと時間をかけて見ました。売店で、絵ハガキなども買い、今でもときどき見ています。
 著者は、「いちいち解説書にあたったり、イヤホーンガイドに耳をすましている人がいるが、頭でっかちな見方というものだ。頭が先にくると目はすぐに怠惰になって、頭が指示するものしか見ようとしない。……私は思うのだが、犬が前脚をそろえ、その上に顔をのせて通る人を眺めている、あんなぐあいに美術鑑賞ができないものだろうか。背中と後脚はグラリとさせて、もっぱら見るのを楽しんでいる。ときおり目を細めたり、アクビをしたりする。あのような無為の状態だ。」と書いていますが、私も一度もイヤホーンガイドを使ったことはありません。人の解釈より、自分がどう感じたかが大切なことで、ただ、展示物に目をこらします。しかも、外国では、意外と写真撮影もできるので、最近は絵ハガキも買わなくなりました。
 海外では、一番の足かせは重い荷物なので、なるべくモノは買わないで、記憶のなかにとどめておくようにしています。それでも、だんだんと記憶も怪しくなってきたので、そのときには写真を撮っておきます。だとすれば、それをときどきパソコンで見ると、鮮やかに思い出せます。
 下に抜き書きしましたが、海外旅行というと先ず心配になるのが言葉です。その言葉の壁について書いてあり、なるほどと思いました。その言葉の壁も含めて、異国を楽しむというのは確かにそうだと思いました。
 でも、それでも心配なのは理解できます。そのときにはどうするか、著者は「外国語は赤ん坊スタイルが最高だ」といいます。
 つまり、こちらの土俵に相手を引き込み、片言外国語をなんとかわかってもらうという方法です。実は、私もこれは実行していて、行く場所で最低限必要な外国語をメモ帳に抜き書きしていて、それを見ながら話します。そうすると、相手はその変な発音でもなんとかわかってくれ、とびきりの笑顔で相手してくれます。
 ちなみに、マダガスカル語で「こんにちは」は、「manao ahoana. マナウ アーナ」で、「さようなら」は「Veloma. ヴェルーマ」です。また、「ありがとう」は「Misaotra. ミサウチャ」ですが、これは一番使っています。しかし、ホテルなどではフランス語も使っているので、「ありがとう」の「Merci. メルシー」も必要のようです。
 これぐらいですから、まさに、赤ん坊スタイルです。
(2019.10.3)

書名著者発行所発行日ISBN
異国を楽しむ(中公新書)池内 紀中央公論新社2007年2月25日9784121018854

☆ Extract passages ☆

 言葉の壁につきあたる。これこそ海外旅行のダイゴ味であって、とても大切な体験なのだ。言葉の壁の前で往きくれてこそ異国は楽しい。
 地球上には数かぎりないほどの言葉がある。それは小鳥のように自由に飛びまわり、野の草花のように、たえずいのちを更新する。いかなる権力も言葉を根だやしにはできないだろう。種々さまざまな言葉があるからこそ、地球は住むに値する。
 もし地球で話される言葉が英語だけになったらどうだろうか? 飛んでくるのが、いつも同じ小鳥、野に咲くのが、どこまでも同じ一つの花、そんなところは、行きたいとも住みた いとも思わないのではなかろうか。
(池内 紀 著 『異国を楽しむ』より)




No.1705『星の王子さまの世界』

 9月30日、マダガスカルのモロンダバ郊外のバオバブ並木道で、たくさんのバオバブを見ました。まさにサン=テグジュベリの『星の王子さま』の世界です。この樹だけは、見てみないと想像すらできない植物です。
 おそらく、サン=テグジュベリは飛行機の操縦士で、アフリカに行ったことがあります。アフリカには、アフリカバオバブ(A.digitata)というのが1種類だけあり、しかもニシキヘビもいます。この『星の王子さま』の最初に、ウワバミに飲み込まれたゾウの話しが出てきますが、もしかすると巨大なニシキヘビも見たことがあったかもしれません。ここマダガスカルには、8種類のバオバブがあり、アナコンダもいますから、マダガスカルが舞台でもなんらの支障もありませんが、著者ははっきりとサハラ砂漠といっていますから、疑う余地もなくアフリカです。それでも、どこかおとぎ話のようでもあるので、どこか不思議なところです。
 この本の参考資料のところで、バオバブという名前は、「千年の木」を意味するとあり、『星の王子さま』では悪役だが、実際はむしろ神聖視されているといいます。このマダガスカルのモロンダバの北には神木とされているディディエ・バオバブ(A.grandidieri)があり、白い布が掛けられていました。
 そういえば、「聖」という漢字は、耳の字があり、神の声を聴くことができる存在だったのかもしれません。それが、このバオバフの木に触れた風をそのように感じたのかもと考えると、とても豊かな気持ちになれます。
 著者は、授業でも使うこともあって、毎年10回以上読んでいるといい、もうすでに70回以上は読んでいるといいます。そして「エピローグ」のところで、読み比べの大切さも書いていますが、それは「最善をつくして書物と取り組んだのちに、解説書を見たり、感想を他の読者と話しあったりすることは、自分の読み方を他人の目で反省する機会をもたらす。読み方くらべである。読みとったものの豊かさをくらべあう。くみとった内容の貧しさをごまかすことばの魔術のこけおどしや、作品とは無関係な雑知識の陳列や、作品で使われていたことばを口移しにしてのおしゃべりは、自分のがわからも相手のがわからも取り除く。無意味な逸脱でしかないからである。検証しうる自前の発見だけをつきあわせる。結果が満足できるものであるときは、それを許した読み方について自信を深めることができる。」といいます。
 つまり、この本は、最後に「参考資料」として、『星の王子さま』関連のさまざまな本などが載っています。それらを参照しながら、『星の王子さま』を鏡にして自分を見ることの大切さを説いているようです。
 ただし、旅の途中ですから、すぐにこれらの参考資料を見てみることはできないので、何れ機会があればということで、今回は我慢しました。
 下に抜き書きしましたが、『星の王子さま』は子ども向けだけに書かれたものではないというところです。
 つまり、子どもも大人も楽しめる本だということです。今回、『星の王子さま』の翻訳本と童話の両方を読みましたが、どちらもおもしろかったです。
 たしか、だいぶ前に読んだのですが、時間が経ってから読むことも大切ではないかと、つくづく思いました。歳を重ねることによって、感じ方も違ってくるようで、この前におもしろいと思ったところと、今回特に興味を引いたところでは、違うところでした。
 たとえば、点燈夫のことは、あまり記憶にも残らなかったのですが、今回読んでみて、星の王子さまが積極的に友だちにしたいと考えていたようで、それも夕日を見たいからという理由に気づきました。なるほど、著者が言うように、何度も読んでみることもありだと思いました。
(2019.9.30)

書名著者発行所発行日ISBN
星の王子さまの世界(中公文庫)塚崎幹夫中央公論新社2006年4月25日9784122046818

☆ Extract passages ☆

 くどいようだが、「星の王子さま』が子供を主人公にし子供のために書かれているかるといって、ふつうわれわれの目につく子供一般を描こうとしたものではないことを重ねて強調しておきたい。子供の悪徳まで、単に子供のものであるからというので、何の理由もなく称えようとするものではない。子供を神秘化しようとするものでもない。魔法のつえででもあるかのように、「子供」とか「童心」というようなことばを唱えてさえおれば、この作品に関することは何でも解けるかのような信仰が流行している。しかし、だまされてはならない。この迷信のために、『星の王子さま』は、たしかに他の文学作品に比べて格段に多くの読者を獲得するに至っているが、その読みはきわめて浅く甘いものにとどまっていると思う。重要だと思われる問題を簡単に見逃してしまう原因にさえなっている。今後の『星の王子さま』研究は、「子供」とか「童心」というようなあいまいなことばを、追放するところから始めるべきだと提案したいほどである。
(塚崎幹夫 著 『星の王子さまの世界』より)




No.1704『アフリカを見る アフリカから見る』

 9月25日に成田空港を出発し、26日の朝にエチオピアのアジスアベバ、ボレ国際空港に到着し、そこで乗り換えてマダガスカルのイヴァトゥ国際空港へと飛びました。時差は6時間ですから、ほぼ1日かかりました。
 せっかくアフリカ大陸の上を飛ぶのですから、アフリカ関連の本をと思い、この『アフリカを見る アフリカから見る』を読みました。著者は、毎日新聞社の特派員から三井物産戦略研究所で欧露中東アフリカ室長などを歴任し、2018年から母校の立命館大学国際関係学部教授をされているそうです。ということは、30年近く断続的とはいいながらアフリカに関わってきたそうで、外からだけでは知り得ないアフリカの内情を知ることができました。
 今、アフリカでも中国の勢いが止まらないそうですが、2018年6月25日付のニューヨークタイムズの記事は非常に衝撃的なものでした。というのも、私がスリランカに行ったのは2009年3月でしたが、そのころから中国との関係を強化していったそうです。まだその当時は、日本人が多くて、「こんにちは」や「ありがとう」という言葉を掛けられましたが、今では観光客も1位はインド人で、2位は中国人だそうです。そして、スリランカのハンバントタ港が2017年7月より99年間にわたり中国国有企業・招商局港口にリースされることが決まったという記事でした。その間、インフラ建設などを行うために中国からたくさんの融資を受け、それでもなかなか採算が合うこともなく、借金が膨らんだことで返済不能になり、施設や土地を中国に明け渡さざるを得なくなったようです。
 しかも中国は、過去にイギリスの1898年7月1日から九竜以北、香港などの租借期限を99年と認めざるをえなかった歴史があります。まさに歴史は繰り返すようです。
 では、それとアフリカとどのような関係があるのかというと、中国は「一帯一路」という世界戦略を目指しています。このスリランカのハンバントタ港を中継基地としてアフリカとつながっているようです。では、アフリカで中国は嫌われているのかというと意外とそうでもなく、日本よりも高い評価を受けているようです。なぜかというと、後半部分の対談相手の篠田英朗教授によれば、中国の製品には不具合もあるけれど、日本に頼んだら工事をやるといいながら政情が不安定になったからできないといわれることもあり、どっちもどっちだといいます。むしろ、アフリカで中国と日本とできるところで協力していく、つまり日中関係もアフリカの地だからこそ改善されるのではないかと提案しています。
 そして、篠田教授は、「アフリカは実は、アフリカだけではなく、いろいろと他の問題をあぶり出すと同時に、他の外交条件に影響を及ぼす。アフリカにはいろんな可能性があるのに、それを掘り起こせていないですね。」といいます。
 下に抜き書きしましたが、日本は貿易立国だと思っていたのですが、実は貿易依存度の低い国だと知り、ビックリしました。
 でも、これからの少子高齢化の日本だからこそ、アフリカという大きな地域は、とくに大切になるのではないかと思いました。この本を読むことで、今まで知らなかったアフリカが、少しだけ近くに感じられるようになったのではないかと思います。
(2019.9.27)

書名著者発行所発行日ISBN
アフリカを見る アフリカから見る(ちくま新書)白戸圭一筑摩書房2019年8月10日9784480072429

☆ Extract passages ☆

 日本には「日本は貿易立国だ」と信じている人が少なくないが、輸出のGDPへの寄与率は実は1割程度に過ぎない。日本は貿易立国どころか、世界の主要国の中で最も貿易依存度の低い国の一つである。日本経済は、基本的には日本人を中心に組織された会社でモノやサービスを作り、国内で販売することを柱に成立してきた。こうした内需依存の経済を可能にしたのが日本の分厚い人口だったことは言うまでもない。
 少子高齢化による国内市場の縮小が不可避の日本は今後、企業が海外で稼ぎ、収益を目本へ還流させる仕組みを構築しなければならない。日本企業がまもなく世界人口の4人に1人を占める地域で今から足場を固めておくことは、日本自身の生き残りのために必要な全体戦略の一部ではないだろうか。
 日本企業のアフリカ進出は、もはやアフリカの経済発展のためのみならず、日本自身のためでもある時代が来ていると、私は感じている。
(白戸圭一 著 『アフリカを見る アフリカから見る』より)




No.1703『星の王子さま』

 『新訳 星の王子さま』といっしょに図書館から借りてきたのが、この奥本大三郎文の『星の王子さま』です。いわば、童話扱いの本で、図書館でも絵本や童話の棚にありました。
 何冊かあったのですが、たまたま昆虫で有名な奥本大三郎さんの名前があり、この本を借りることにしたのです。そういえば、奥本さんはフランス文学者だそうですが、私的には昆虫採集を今でもしていて、子どもの気持ちがわかるかもしれないと思いました。
 奥本さんは、「子供のためのあとがき」のところで、この本では、特に大切だと思われるところを選んで、短く書き直してあると書いています。そして、「はじめに、ゾウを呑んだウワバミの絵の話が出てきます。これを見て「大人」の人は帽子だと思ってしまうのですが、ここで「大人」と言われているのは、思い込みのつよい、頭のカタイ人のことです。ところが、王子さまには、この絵がウワバミを描いたものだとすぐわかります。それどころか、絵に描いた箱の中のヒツジまで見えてしまうのです。キツネは「大切なものは目に見えないんだ」と言いますが、王子さまは、「心で見る」ので、大切なものを見のがさないのです。」といいます。
 これをみると、たしかにサン=テグジュベリの言いたいことをしっかり書いているようですが、だいぶ省略されているところもあり、私にはすべてを翻訳の形で子供たちに伝えたほうがいいような気がしました。そして、まだ幼稚園の子どもに読み聞かせるなら、こちらの本の方がいいと思いました。
 そう考えれば、いろいろな本があれば、それを選べて楽しいと思います。私には、その両方を読んだからこそ、理解できたようです。
 そういえば、どちらの本も同じような絵を載せていましたが、この奥本大三郎 文の『星の王子さま』のほうが、大きく描かれていました。
 下に抜き書きしたのは、『新訳 星の王子さま』とほぼ同じ場所のバオバブついての話しです。
 同じところのほうが、サン=テグジュベリ 原作、奥本大三郎 文の『星の王子さま』と、サン=テグジュベリ 著、倉橋由美子 訳の『新訳 星の王子さま』とを比較できていいかと思いました。
 たしかに、『新訳 星の王子さま』のほうが大人向けで、『星の王子さま』のほうが子ども向けのようで、こちらは漢字にすべてひらがなが振ってありました。
(2019.9.25)

書名著者発行所発行日ISBN
星の王子さまサン=テグジュベリ 原作、奥本大三郎 文白泉社2007年10月22日9784592761211

☆ Extract passages ☆

 それから王子さまは、目をきらきらさせて、こう言ったんだ。
「バオバブも大きくなる前は、小さいでしょ?」
「そりゃ、そうさ。あ、だから、ヒツジに食べさせようっていうわけだね」「そう! でないと、バオバブの木の根が、星にくいこんで、星が破裂しちゃう」
 むかし、王子さまの知りあいに、なまけものがいたというんだ。
 その人は、自分の星にバオバブが三本はえているのを、ほっといたもんだから、とりかえしのつかないことになったらしい。
 王子さまからその話をきいて、ぼくは「バオバブに注意!」という絵を描いてみたんだ。
(サン=テグジュベリ 原作、奥本大三郎 文 『星の王子さま』より)




No.1702『新訳 星の王子さま』

 マダガスカルに行くと決まったら、もう一度『星の王子さま』を読んでみたいと思い、図書館に行き、借りてきたのがこの新訳です。
 訳が新しいということだけでなく、おそらく、歳を重ねてきたことで、その印象もだいぶ違うものでした。あまりにも昔に読んだことで、ほとんど印象にも残っていなかったのですが、いくつかは覚えていて、狐が「おれの秘密を教えようか。簡単なことさ。心で見ないと物事はよく見えない。肝心なことは目には見えないということだ」という1節です。そして、この本を読んで、狐の「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」ということも思い出しました。
 私もシャクナゲが栽培しているのでわかりますが、タネを蒔いてから花が咲くまで40年もかかるといわれたことがあります。でも、誰かがそのタネを蒔かないと誰もその花を見ることはできないと思い、今も育てています。つまり、咲かせることが目的かもしれませんが、それに費やした時間も大切なことです。だから、狐のいう「バラのためにかけた時間」というのと、同じことですし、その後の言葉「あんたは自分が飼いならしたものに対してどこまでも責任がある。あんたはあんたのバラに責任がある……」というのも頷けることです。やはり、やり始めたら、最後までやり続けることが大切だといわれているようです。そして、狐の言葉をひとつひとつ、忘れないように王子さまが繰り返しているのも印象的でした。
 そして、再び王子さまと2人になって、月の光に照らし出された砂の稜線を眺めながら、「砂漠は美しいね……」といいます。そして、さらに「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しもっているからだよ……」言います。そして、その一言が、先の「美しいものは目には見えないものさ」ということとつながります。
 著者自身がいうように、この本は子ども向けというよりは大人向け、さらには「みな最初は子供だった」大人たちに書いたのではないかと思いました。
 子どもの純真な心が次第に変わっていき、いつの間にかどこにでもいるような大人になってしまう、それを思い出させるために書いたのではないかとさえ思いました。
 たまたまマダガスカルに行くことになり、この『星の王子さま』を改めて読みましたが、ほんとうによかったと思います。そうでなければ、王子さまの「そうだよ。家でも星でも砂漠でも、その美しいところは目には見えないものさ」という言葉を忘れてしまうところでした。
 下に抜き書きしたのは、バオバブが出てくるところですが、あまりにも悪い植物に描かれています。
 しかし、これは小説としての流れから描き出されたもので、バオバブにはまったく責任はありません。25日からのマダガスカルの旅で、このバオバフの姿をしっかりと心にしみこませてきたいと思っています。そういえば、ある本には、大きなバオバブでもハリケーンなどで倒れると、2〜3年で跡形もなくなってしまうといいます。
 だとすれば、星全体にはびこって星を壊してしまうということは間違ってもなさそうです。
(2019.9.24)

書名著者発行所発行日ISBN
新訳 星の王子さまサン=テグジュベリ 著、倉橋由美子 訳宝島社2005年7月11日9784796646956

☆ Extract passages ☆

 王子さまの星には――およそどんな星もそうだが――いい植物と悪い植物とがあるのだ。いい植物はいい種から生えるし、悪い植物は悪い種から生える。でもその種は見えない。種は、目を覚ますまで土の中の深いところで眠っている。それから背伸びをし、芽を出す。無害な小枝を太陽のほうへ、初めはおそるおそる伸ばす。赤カブラやバラの種だったら、伸びるにまかせておけばいい。しかし、もしも悪い植物の種だったら、見つけ次第抜き取らなければいけない。たまたま王子さまの星には恐ろしい種があった……バオバブの種だ。その星の土にはバオバブの種がはびこっていた。バオバブというものは、抜くのが遅れるともう根絶やしにすることができない。それは星全体にはびこってしまう。その根は星を突き破る。星が小さすぎるので、バオバブが繁茂すると星は破裂してばらばらになる。
(サン=テグジュベリ 著、倉橋由美子 訳 『新訳 星の王子さま』より)




No.1701『毎日が楽しくなる「老後のトキメキ術」』

 9月25日からの旅行を目前にして、少しばかり体調のことを考えたり、これから何度ぐらい遠くまで旅行できるのかと思ったりしたので、たまたま図書館にあったこの本を読みました。
 そんなにもトキメクことが書いてあるわけでもなく、要は気持ち次第かもしれません。それでも、一番最後に「今がいちばんしあわせだ」と感ずるには、食べものも大切だというのは、なるほどと思いました。それは、「老年的超越は、非常に強い幸福感や、超越的満足感をもたらす”多幸感”の一種で、愛情による至福感、競技などで勝利したときの陶酔感などと共通する感覚だと思われます。多幸感を感じているときの脳内には、快楽などを司る神経伝達物質のセロトニンやアディポネクチンが大量に放出されていることもわかっています。健康で幸福な老後に直結するアディポネクチンを増やすには、豆腐などの大豆たんぱくを摂ること、トマト、アロエ、杜仲茶などもお勧めです。また、マグネシウムや食物繊維にはアディポネクチンの分泌を増やす効果があります。この両方を多く含むのは海藻類です。サバ、ハマチ、ウナギ、サンマ、マグロのトロなども、アデイポネクテンの分泌を促す効果があります。」と書いています。
 もちろん、これらの1種類を食べたからいいのではなく、これらをバランスよく、いろいろと食べることが大切で、食べものから幸せにつながるとすれば、これはぜひやってみたいと思います。
 また、年を重ねると「冷えは万病の元」というのも、なるほどと思います。では、体温を下げないポイントは、この本によると、1つは身体を温める食品を食べること、たとえば根菜類や赤身の魚、チーズや納豆などだそうです。2つめは温かい服を着て、3つめは毎日日光浴などをして体温をキープすることです。そうすると、免疫力も低下させないので、病気になりにくいということです。
 もちろん、それだけでも老年を生きぬくのは大変でしょうから、なにか夢中になれるものとか、熱中するものがあるといいと思います。この本でも、アメリカで暮らしたときの経験から、シニアボランティア活動に取り組むなどのことを書いています。とくに、来年は日本でオリンピックが開かれるので、その関連のボランティアもあります。そういえば、山口県周防大島町で行方不明となった藤本理稀ちゃん(2歳)を捜索開始から30分で発見した尾畠春夫さんは、スーパーボランティアと呼ばれているそうですが、現在の貯金はゼロに等しいといい、生活費もボランティア活動費も年金から捻出しているそうです。
 普通の人は、ここまで徹することはなかなかできませんが、生きがいを見つけようとすれば、いろいろとあるということです。
 下に抜き書きしたのは、熟年離婚はもったいないというところで書いてあるもので、私もやはり、なるべくならしないほうがいいのではないかと思っています。それでも、夫婦間には他の人にはわからないことがいろいろとあるのでしょう。
 そういう方々には、ぜひこのワインの喩えを読んでいただきたいと思います。
(2019.9.21)

書名著者発行所発行日ISBN
毎日が楽しくなる「老後のトキメキ術」(PHP文庫)保坂 隆PHP研究所2015年4月21日9784569762685

☆ Extract passages ☆

年を取つても、本当に親友と呼べるのは、学生時代から付き合いを続けてきた友人だけだという人は多いはず。人間関係はワインと同じで、長い時間をかけて熟成してきた”深い味わい”にかなうものはないのです。
 夫婦は運命共同体ですから、その長い時間には苦労もあり、辛いときには思わず相手を恨んだり、疎ましく感じたこともあるでしょう。
 でも、そうしたことをすべて受け止め、それらを内包させたまま熟成を進めていくと、なおいっそう深みが加わり、重厚なボディ(厚み・コク)を持つ極上のワインのような夫婦関係へと進化していくものです。
(保坂 隆 著 『毎日が楽しくなる「老後のトキメキ術」』より)




No.1700『令和と万葉集』

 No.1700という切りの良いときだからこそ、この『令和と万葉集』を選びました。
 今年の5月1日から新元号の「令和」になりましたが、その発表は1ヶ月前でした。そのときもそうですが、新しい「令和」と万葉集とのつながりなどがたくさん取りあげられ、漢籍によらないのははじめてということでした。でも、その出典となったのは万葉集の「梅花歌の序」にある「初春令月 気淑風和」の文言からとられたといいますが、これだって、聞くところによると、中国の詩文集『文選』に「仲春令月 時和気清」の文言からの影響を受けているといいます。まあ、どちらにしても、もともとはほとんどのことが中国を通して入ってきてるので、ふつうに考えれば当然のことです。
 そのことよりも、その当時の教養としては、この本にも書いてありますが、典拠のない文章を書くのは教養の証しですし、それを駆使することによって相手にそれを気づいてもらうことで想いを伝えていたようです。だから、今のオリジナルを前面に押し出す文章のつくり方とは、まったく違います。それをわかっていると、この本のおもしろさが伝わってくると思います。
 また、万葉集は写本の形で残っている日本で一番古い歌集で、この「梅花歌の序」の作者である大伴旅人の息子である大伴家持が最終編者といわれています。その歌の総数は約4,500首で、その半分が恋の歌だそうです。今の時代ならわからないこともありませんが、8世紀の奈良時代のことです。しかも、それらは中国からの借り物の漢字で書いて残したもので、この本でもその当時のその表記を原文のまま掲載してあるものもあり、興味深いものでした。
 ちなみに、今年の4月1日に官邸より発表されたのは、「先ほど、閣議で死号を改める政令及び几号の読み方に関する内閣告示が閣議決定をされました。新しい元号は「令和」であります。この新元号については、本日、元号に関する懇談会と衆議院及び参議院の議長及び副議長の御意見を伺い、全閣僚において協議の上、閣議において決定したものであります。新元号の典拠について申し上げます。「令和」は万葉集の梅の花の歌、三十二首の序文にある、「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披(ひら)き 蘭は珮後(はいご)の香を薫す」から引用したものであります。この新元号に込められた意義や国民の皆さんヘのメッセージについては、この後、安倍総理の会見があります。」ということでした。
 これをキーボードで打ちながら「珮後」の「珮」が第二水準の単漢字に載っていたのにはビックリしました。この珮の意味を漢和字典で調べてみると、「おびだま。腰にぴったりつけて、アクセサリーとする玉」とあり、今ではほとんど使われていないようです。
 この本の一番最後に書いてある著者の大伴旅人に対する想いです。それは、「元号が「万葉集』と関係していても、旅人の作品が選ばれなかったらこの章は存在しなかった。我々は旅人の経歴をある程度『続日本紀』で追うことができる。しかし、官職や職掌は記されていても、旅人の生き方を知ることはできない。勿論、歌から旅人の人となりの全容を知ることはできないし、そもそも特定の個人の人となりの全容は、当人にだってわからない。それでも、旅人が残してくれた歌からは、旅人の生き方の断片を知ることができるし、旅人に贈られた歌から、旅人に対する評も浮き彫りになる。筆者が旅人好きだということを割り引いても、旅人の歌は胸を打つ。」と書いてあり、最後の最後に著者が旅人好きだということがわかります。
 そうしてみると、この本全体にその想いが漂っていたように感じました。
 下に抜き書きしたのは、「令和」のもととなった「初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぐ」の説明です。
 1ヵ所から抜いたのではなく、ところどころに書いてあったのを縮めて抜き書きしました。だいたいの意味がわかればと思い、ここに載せました。
(2019.9.19)

書名著者発行所発行日ISBN
令和と万葉集村田右富実西日本出版社2019年6月15日9784908443466

☆ Extract passages ☆

「令月」は二字熟語であり、「令」は「月」の形容以外あり得ない。「令月」は「よい月」という意である。したがって、「令月」の「令」を「月」から切り離して、一字だけで「命令」に通じるというのは間違いではないけれど、適切ではないだろう。……
 続く「気淑(よ)く」は、……春のうららかな日をあらわす。……「気淑(よ)く風和(やわら)ぐ」は、うららかな春であることを表現しているだけである。
(村田右富実 著 『令和と万葉集』より)




No.1699『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』

 久しぶりに、みすず書房らしい本を読み、その世界に没頭しました。
 そういえば、みすず書房の本で思い出すのは、心理学者ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』で、おそらく霜山徳爾訳でした。今は2002年に池田香代子訳による新版が出たそうですが、この本を読んだときのインパクトはそうとうなものでした。それからみると、この本は、一般の読者向けというよりは若き科学者に向けての本のようですが、現在の科学者の大変さがわかり、とても興味深く感じました。
 というのは、今の若き博士号をとった研究者の多くは、いわゆる「ポスドク」といわれています。つまり、「博士号を持っていながら任期制の研究職についている人たち、もしくは職そのもののこと」です。 つまり、任期制ですから、不安定です。ほとんどが1〜3年の任期ですから、昇給や社会保障などもないといいます。
 私の知っている研究者は、2年ごとに各国の大学や研究所を渡り歩き、それを10年ほど続けていました。それでは、自分の目指していた研究を満足にできるわけはありません。そういう事情を知って、この本を読むと、今の科学者の置かれた立場がほんとうに理解できます。
 だからといって、軍事的な研究をしていいわけはなく、ひたすら研究に没頭してきた方にとっては、知らず知らずのうちに引きずり込まれるということだってありそうです。この本を読むと、その実体がはっきりとわかります。今の政治もわかりにくいのですが、それと同じように軍事関係のことも秘密事項などもありわかりにくくなっています。
 この本の中で、科学者の戦争責任について、「科学者は、残酷な武器を考案したが殺数を直接行なったわけではないから、やはり結果責任を問うことはできない。しかしながら、科学者としての本来の任務は、人を殺傷する武器を作ることではなく、人が幸福になるよう手助けすることだから、残酷に人を殺す武器を製作したことに対する道義的責任が生じる。これが科学者の社会的責任であり、自分が社会に対してどのような「寄与」をしたかを省察することである。ところが、「自分に責任がなく、軍に責任がある」との言は、軍に戦 争の一切の責任を押しつけて自分は無罪であるというもので、科学者が負うべき戦争責任をまったく考えようとしていないことを意味する。それでいいのだろうか。」と疑問を投げかけています。
 考えてみれば、残酷な武器を考え作らなければ、それを使って殺戮しようとする人はいないわけだし、もしそれさえなければ戦争被害も拡大しないかもしれないのです。広島や長崎に原爆を落としたから、その破壊的力によって戦争が早く終結したといいますが、今でもそのときの後遺症で苦しんでいる人たちがいます。だとすれば、やはり、もっともっと科学者の戦争責任を考えるべきではないかとこの本を読んで思いました。
 よく、専門職のことをプロフェッションといいますが、それは「Professという言葉の語源はラテン語で、pro(の前で)とfess(述べる)が結びついて「公言する」「明言する」という意味から、神の前で「信仰を告白する」ことを意味するようになった。やがて、一般に自分の考え方や信条を他人にわかる言葉で述べる行為、そして「を職業とする」という意味に拡大された。これから私たちが通常「プロ」と呼ぶPofession(専門職)なる言葉ができたのだが、それはProfess(公言する)にsion(こと)が結びつき、「知識や技能があること」を意味する。さらに、プロフェッションには一般の職業(Occupation)とは異なる意味合いが含まれている。「神に向かって公正であることを誓った人間が就くべき特別な職業」との合意があるからだ。そのことは、プロフェッション(専門職)は社会や人間に対し誠実にサービスすることを合意し任務とするのに対し、逆に社会は専門職に名誉ある地位を与え自治権を付与していることで報いている、という暗黙の了解事項となっている。」といいます。
 下に抜き書きしたのは、著者が考える専門職としての科学者や技術者が守るべき倫理についてまとめたものです。これを基準にして考えていけば、自ずとして軍事研究から遠ざかるのではないかと思われます。
 たとえば、(1)でいえば、もし間違いに気づいたら即座にただすことが必要で、中国には「君子は豹変し、小子は革面す」という諺があるそうで、「君子は自分が間違っていたことがわかれば固執せず、豹変して間違いを正すが、つまらない人間は革の面を被ったように少し顔をしかめるだけ。」だという意味だそうです。やはり人間ですから、ついついしてしまったというのがあるでしょうが、そのときには、それを正す勇気が必要だと思います。
(2019.9.16)

書名著者発行所発行日ISBN
科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか池内 了みすず書房2019年5月24日9784622088141

☆ Extract passages ☆

(1)知的に誠実であること、あるいは科学的真実に忠実であること。
(2)専門家としての想像力を発揮し、問題点を指摘すること。
(3)事実を公開すること、あるいは事実の秘匿は罪であること。
(4)科学者・技術者である以前に、一人の市民である自覚。

(池内 了 著 『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』より)




No.1698『ヘンな感覚の正体』

 ヘンな感覚という、そのヘンさにこだわって書かれた本で、なんともおもしろい本でした。おそらく、誰しもが感じるものかも知れないのですが、読むとなるほどというところが、いろいろあります。そのヘンな感覚はどこからきているのかと考えたことがあるなら、ぜひお読みください。
 たとえば、あるとき、エスカレーターが停電で動かなくて、それを階段として上ったら、なんともヘンな感覚でした。歩きにくいだけでなく、どうも前のめりになってしまいます。不思議だな、とそのときに思ったのですが、この本を読み理解できました。このヘンな感覚は「壊れたエスカレーター現象」と名づけられていて、この本の説明によると、「歩行などの基本的な運動は、脳の中心部分にある「原始的な脳」(脳幹や小脳など)が動作を記憶しコントロールしているため、とくに意識することなく身体を動かすことができる。いっぽう、停止しているエスカレーターを歩いて上ろうというときに、エスカレーターが止まっていることを目で見て判断するのは大脳などの「進化した脳」だ。進化した脳がエスカレーターが停止していることを認識しても、原始的な脳はいつもの動作を無意識にくり返してしまい、身体の重心を前へと移動させる。これがバランスをくずしたり、違和感を覚える原因なのだ。」と書いています。
 つまり、たとえ止まっていても、いつもエスカレーターに乗っているときと同じように進行方向である前方へ少し重心を傾けてしまうので、バランスを崩しやすいというわけです。
 また、よく昼食を食べた後に眠くなるのは、お腹がいっぱいになったからだといいますが、この本では、1日の活動サイクルのなかで、午後1時から2時ころにかけて誰でも眠たくなるのだそうです。そういえば、朝食を食べてすぐに眠くはなりませんし、夕食だって、私はそうです。つまり、お腹がいっぱいになると眠くなると思い込んでいるだけのようです。
 ところが、鳥類やイルカなどは、左右の脳を半分ずつ眠らせることができるそうで、だからこそ島ひとつない太平洋のまっただ中を飛ぶことができるわけです。このことも、以前から不思議だったことのひとつで、これで納得です。
 もし、人間も左右の脳を片方ずつ眠らせることができれば、長距離運転も楽にこなせるのにと思いましたが、やはり、布団の上で足腰を伸ばしてゆっくりと眠れるほうが幸せだと気づきました。半分ずつ眠ったとしても、半分しか疲れはとれないかもしれません。だとすれど、今のままでいいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「インパクト・バイアス」といわれているもので、幸せも不幸もズーッと続くわけではないということです。
 ここでは、宝くじで大金が当たった人と、事故で身体が不自由になった人との話しが載っていますが、どちらもそれが持続する時間を過大に予測してしまう、それを「インパクト・バイアス」というのですが、そうではなく、それすら長続きしないということです。つまり、幸せは見つけるものではなく、自分でつくり出すものだというのが、その結論でした。
(2019.9.12)

書名著者発行所発行日ISBN
ヘンな感覚の正体(夢文庫)博学・こだわり倶楽部 編河出書房新社2019年5月1日9784309485157

☆ Extract passages ☆

 宝くじに当たったとしても、直後の幸福感は高いものの、しだいに下がっていき、結局は当たる前の幸福度と同程度のレベルになってしまう。
 また、不幸な出来事に遭遇しても、ずっと不幸のどん底にいるわけではなく、幸福度を回復させることができるのだ。
 幸福な状況になっても、不幸な状況になっても、たいていは時間の経過とともに「こんなものか」という気持ちに落ちついていくというわけだ。
(博学・こだわり倶楽部 編 『ヘンな感覚の正体』より)




No.1697『江戸奇品雑記』

 この本は、しばらく読んできたものからすると、いわば閑話休題のようなもので、ゆったりと楽しみながら読んだり見たりしました。
 よく、江戸時代は園芸が盛んだったと聞きますが、このような本を読むと、なるほどと思います。著者は、大学を卒業して改良園に勤め、同園の「園芸世界」の編集もしていたようです。まさに、現場でたたき上げた園芸人であるようです。
 そういえば、私が園芸を始めたころは、この改良園やサカタのタネなどから送られてくる冊子からの情報がほとんどで、楽しみに届くのを待っていました。そして、少し頼まないと次から送られてこないので、首っ引きでそのなかから探しました。
 今は、インターネットで簡単に頼めるし、情報も手軽に集められるので楽ですが、以前はそうでもなかったのです。
 では、このような奇品に興味があるかというとあまりなく、むしろ、第4章の「盆」を読んでみたかったのです。この盆とは、いわゆる植木鉢で、今では園芸センターでいくらでも売っていますが、以前は瀬戸もの屋の片隅に少しあるだけでした。そのうち、福島市の郊外で植木鉢を専門に焼いているということを聞いて、行ったこともあります。そこは「美巧」さんで、今も10鉢ぐらいは持っています。
 この本に出てくるものでは、孫半胴のような素朴な鉢が好きですが、そこの説明には、「江戸前期までの園芸は、露地植えである「花壇植え」と木製の石台に植えられた「石台植え」しかなかった。江戸中期の享保・元文期に神木原十太や山角らが初めて器に草木を植えて鉢植えを作ったときには、中国から輸入された植木鉢や水盤はあっても国産の植木鉢はまだ作られていなかった。十太の門人で、のちに奇品の祖となった永島も、初めのうちは欠け徳利などの粗器に穴を開けて植木鉢として利用した。このように、容器として作られた陶磁器の底に後から穴を開けて植木鉢に転用したものを「転用植木鉢」とよぶ。」とあります。
 私も欠けた抹茶碗に穴をドリルで開けて植木鉢として使ったり、軽石にけと土で植え込んだり、いろいろと工夫してました。
 下に抜き書きしたのは、第1章の「奇品の源流」に書かれている鉢植えの話しです。
 でも、中国では変わりものの植物をあつめる方もいたようで、植物園などの一角に植えられていたのを見たことがあります。ただ、江戸時代ころからといわれると、そこまでは詳しくないので、なんともいえません。
(2019.9.10)

書名著者発行所発行日ISBN
江戸奇品雑記浜崎 大幻冬舎ルネッサンス2014年3月15日9784779010972

☆ Extract passages ☆

 鉢植えが日本で作られるようになるのは18世紀前半からで、庭植えの園芸とくらべれば歴史の浅いものである。陶磁器の植木鉢に植えられた「鉢植え」の記録としては、平安末期に貴族の庭に置かれているものが最初であるが、この時代の鉢植えは宋の盆景を模倣したものにすぎなかった。奇品は中国にも西洋にもない日本独特の文化であり、江戸文化の最たるものといっても過言ではない。
(浜崎 大 著 『江戸奇品雑記』より)




No.1696『がんから始まる生き方』

 この本の著者のひとりである中川先生の話では、がんの全体の5年生存率は68%だそうで、不治の病ではなくなったといいます。それでも、10人に4人は亡くなるわけですから、怖い病気ではあります。しかも、男性の3人に2人、女性の2人に1人ががんに罹患するそうですから、この本のように「がん診断後に始まる生き方」を考えることも大切だと思い読み始めました。すると、中川先生は、この本を書いてる途中までは医師としてがん患者と向き合っていたのですが、自身が膀胱がんになり、そのことも書いてありました。つまり、医者の立場と患者の立場を、図らずも体験しているので、これはとても貴重な話しだと思いました。
 さらに、補章として、著者のひとりである柏木博さんのかかった「多発性骨髄腫と柏木博先生の治療について」を主治医の藤岡洋成氏が書いていて、ここまで読むと、がんになって、そこからいろいろな経緯があって東大の主治医にかかり、寛解するまでのことと、こころの動きがよくわかります。誰だってがんにはなりたくありませんが、なってしまえば治療やしないことも含めて、生き方を見つめ直さなければなりません。
 柏木さんは、がんも怖かったけれど、治療にはいったら、「病や死への恐怖よりも、もっと手前の痛みとか、いま感じている吐き気とかのほうが優先されるのです。人って弱いものだなあとつくづく思いました。痛みの知覚のほうが前面に出て、思考は後ろのほうに追いやられて、私がこれまで数十年間、職業としてやってきた「思考」や「認識」なんて、そういうものだったんだ、と。おかしなことも考えます。たとえば死刑囚の歯が痛んだとき、刑死の恐怖や犯した罪への後悔よりも、痛みのほうを強く感じるのではないか、とか……。」と書いていて、抗がん剤治療の大変さや副作用の苦しさが伝わってきます。
 でも、それらの体験を、この本に書くことによって、副作用がいくら苦しくても抗がん剤治療を受けて、寛解に持ち込みたいと思う人もいると思います。
 最近、芸能人やスポーツ選手でも、がんになった告白をするのが多くなっています。おそらく、それもがんになってしまった方々への共感のエールかもしれませんし、いっしょにがんばろうというメッセージかもしれません。
 いずれにしても、昔の不治の病から治ることの多い病気になったということがその根底にあります。だから、この本でも、ほぼ100%がんの告知がなされると書いてありました。
 下に抜き書きしたのは、柏木さんが中川先生から言われた言葉です。
 また、藤岡先生の「がんは追いかけてくるけれど、2キロぐらいは距離を離せた」という言葉も印象に残っています。やはり、がんになったからといって生きることを諦めることはなく、どっちみち人は必ず死ぬと思いながら生きることが大切だと思いました。
(2019.9.8)

書名著者発行所発行日ISBN
がんから始まる生き方(NHK出版新書)養老孟司・柏木 博・中川恵一NHK出版2019年7月10日9784140885918

☆ Extract passages ☆

「キャンサーフリーの人はいない」
という言葉です。寛解が近づいてきたころ中川先生に一言われた言葉で、つまり「がん細胞を1つも抱えていない人などいない」ということです。養老さんも「僕だって2つや3つ がんを持っている」とメールでおっしゃっています。
 誰でもがんを抱えているのだから、誰もが寛解状態のまま生きていくほかないのだ、と私は受け取っています。これは「がんになったら仕方がないからあきらめよう」ということとは違います。「キャンサーフリーの人はいない」という言葉を受け入れることで生きていけるということで、自分を支える言葉はこれしかない、と思っています。
(養老孟司・柏木 博・中川恵一 著 『がんから始まる生き方』より)




No.1695『欲望の資本主義 3』

 たまたまNHKで放送された番組が元になった本が続きましたが、これはまったくの偶然です。
 この『欲望の資本主義 3』は、2019年の新春に放送された「欲望の資本主義2019〜偽りの個人主義を越えて〜」からのアンソロジーです。これが3ですから、当然1と2もあり、1は「欲望の資本主義 ルールが変わる時」で、2は「欲望の資本主義 2 闇の力が目覚める時」です。
 たしかに資本主義は、いかにお金を儲けるかに人生の軸足があるような気がします。しかし、よく考えてみると、企業家のスコット・ギャロウェイ氏のいうように、「人はおカネを求めて、回し車の中を走り続けてしまいます。自分の収入ばかりを気にしてしまうのです。しかし、幸福についての多くの研究が示しているように、人はモノでは幸せになりません。人を幸せにするのは体験です。トヨタの車を運転するだけでなく、東京に旅に行くべきなのです。」と、私も思います。
 そして、一番の問題は、十分なお金を手にしても、もっと欲しくなるというワナに陥りやすいことです。これでもう十分だとは、考えなくなるのが欲望です。だとすれば、どこかでその欲望を断ち切らなければならず、そのような教育も必要ではないかと思います。そういう意味では、仏教の欲を断つという考え方も見直されてしかるべきではないでしょうか。
 印象に残ったのは、ギャロウェイ氏の「祈りとは「問いかけ」です。かつての私たちは、我が子が病気になったら神に祈っていました。「うちの子は大丈夫ですか?」と、神に問いかけ、祈っていたのです。それが今日では、グーグルの検索ボックスに「扁桃腺、症状、治療法」と入力しています。それは祈りと同じ行為です。グーグルは、 ユーザーが結婚を考えていることを知っています。離婚を考え始めていることも知っていますし、悩みの原因も知っています。そして、「問い」に答えてくれます。私たちは、牧師よりも神父よりも、友人や家族よりも、あるいは上司よりも、グーグルを信じています。グーグルは神なのです。」という言葉です。その通りとまでは思いませんが、その考え方に一理はありそうです。ある意味、わからないから祈るということもあり、知ってしまうと、それ通りにできればいいのですが、それが叶わないとなれば、もっともっと不安に陥り、キラーストレスが溜まってしまいます。
 おそらく、祈りのほうがストレスから開放されるのではないかと思います。
 この本ではGAFAについて5名の方が話していますが、このGAFAというのは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字です。このGAFAは、資本主義のルールを変質させたとギャロウェイ氏はいいます。
 たしかに、便利になりましたが、あまりにも巨大な企業になってしまい、全体像をつかめなくなっています。今、これらのことを考えないと、ますます巨大化し、複雑化して、各国の政府でさえ手に負えなくなるかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、マサチューセッツ大学のジャン・ティロール教授の話で、おもしろい逸話として紹介しています。
 たしかに、格好良いなどというものは、案外根拠のないもので、この逸話のようなものかもしれません。そして、これは大事なものだと思っているものも、意外とこのようなたわいもないことだったりします。
(2019.9.5)

書名著者発行所発行日ISBN
欲望の資本主義 3丸山俊一・NHK「欲望の資本主義」制作班東洋経済新報社2019年7月11日9784492371237

☆ Extract passages ☆

アメリカの大学生の飲酒慣習についての逸話です。かつて、プリンストン大学では、土曜の夜に酒をがぶ飲みすることが流行していました。それが格好良いと考えられていたのです。けれど、なぜ格好が良いのか誰も明確に説明できないし、それを好んでいる人もほとんどおらず、「他の人が格好良いと考えているから」というのが唯一の理由でした。つまり、大半の学生が同調圧力の犠牲者だったのです。しかし、そのような行動規範は、それがいかに馬鹿げたことであるかを説明することで変えることができます。
(丸山俊一・NHK「欲望の資本主義」制作班 著 『欲望の資本主義 3』より)




No.1694『キラーストレス』

 ストレスという言葉はよく聞くけど、この本の題名である「キラーストレス」というのは、始めてです。すると、「はじめに」のところで、このキラーストレスは学術用語ではなく、番組を制作するにあたって、取材班がひねり出した造語だと書いてありました。
 でも、キラーというのは、まさに「死にいたる」ということまで考えてしまい、ストレスの恐ろしさを感じてしまいます。ではストレスというのはどのようなメカニズムでおこるのかというと、この本では、「私たち人間が不安や恐怖を感じると、……まずは扁桃体が興奮を始める。その扁桃体から「不安や恐怖に対処せよ」という指令が、脳の「視床下部」という部分に伝えられる。視床下部は大脳の奥深い場所にある「間脳」と呼ばれる部分にあって、自律神経やホルモンの分泌、情報伝達に関わっている。指令は次に副腎に届く。すると、副腎はストレスホルモンと呼ばれる物質を分泌し始める。コルチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリンといったホルモン群だ。ストレスホルモンは左右の腎臓の上にひとつずつある副腎から分泌されたこれらのストレスホルモンは、血流にのって全身をかけ巡る。そうして、体内のさまざまな臓器に指令を伝えるのである。……よく、「緊張させる神経」と「リラックスさせる神経」などという言い方をするが、自律神経は体の隅々まで張り巡らされていて、臓器だけでなく、末端の血管にまで絡みつくようにして存在しているのである。扁桃体からの指令を受けた自律神経は、全身の血管をぎゅっと締め上げる。その結果、血管が細くなり、血圧が急激に上昇するのである。その一方で、意外な変化も起こってくる。血中にストレスホルモンが増えると、血小板同士が結合し、血液が固まりやすくなるのだ。これに加えて、肝臓にため込まれている糖分が、血液中に放出されるといった反応も起こる。このように、ストレス反応とは、多くの臓器や組織が関係する複雑な反応であることがお分かりいただけるであろう。と書いてありました。
 私は、ストレスというわけのわからない症状が、今では、これだけはっきりとわかってきたということのほうが驚きでした。まさに、ストレスというものが、私たちの体の中でこのように起きていて、それが最悪の場合は「キラーストレス」になるということです。
 だとすれば、このようなストレスをいかに減らすか、少なくするかということが重要で、この本では、コーピングやマインドフルネスなどをその対策として掲げています。これらは、たとえばコーピングというのは英語の cope (対処する)に由来し、ストレスをいかに発散させて気晴らしをさせるかということのようです。もっと簡単にいえば、自分にご褒美を上げるということです。また、マインドフルネスは瞑想であり、禅宗系の坐禅にも通じます。そういえば、ミャンマーに行ったときに、外国人がパゴダの付近で瞑想をしていましたが、おそらくそれも同じようなものだと思います。
 つまり、いずれも以前から行われてきたことで、そんなに目新しいことではないのですが、やはり、このめまぐるしく変化する時代には、以前よりもストレスが多くなり、それといかに対処するかという問題です。つまり、やるかやらないかということでもあります。
 下に抜き書きしたのは、ストレスなんて、昔からあったことで、今さら騒ぐことでは内という疑問に答えようとするものです。
 これは、ドイツのハイデルベルク大学の研究チームが発表したもので、脳の扇桃体の働きに注目し、いかに現代人は都市部でストレスの起こりやすい環境で生活しているかというのがかわります。
(2019.9.2)

書名著者発行所発行日ISBN
キラーストレス(NHK出版新書)NHKスペシャル取材班NHK出版2016年11月10日9784140885031

☆ Extract passages ☆

 研究チームは、村、町、都市に住む人ごとに、扇桃体の反応のしやすさを調査した。すると、被験者の住む環境によつて、扁桃体の反応に違いがあることが明らかになったのである。
 結果は、同じストレスをかけたにもかかわらず、都市に住む人の扁桃体が最も反応しやすく過敏になっており、村に住む人の扁桃体が最も反応しにくく、町に住む人はふたつの中間であるというものだった。扁桃体が反応しやすいということは、ズバリ、ストレス反応を起こしやすいということである。
(NHKスペシャル取材班 著 『キラーストレス』より)




No.1693『しかけに感動する「京都名庭園」』

 著者の名前が読めなくて、後ろのプロフィールをみると、「うがや」とふりがなをしていました。ところが、この『本のたび』をキーボードで打っていると、すぐにこの名前が出てきたのでビックリしました。今どきの日本語変換はスゴイと改めて思いました。
 さて、この本ですが、京都に行ったときに訪ねたことがある庭園もあり、それは懐かしく思い出したのですが、この本ではじめて知ったところもあり、そのいくつかはぜひ行ってみたいと思いました。たとえば、山県有朋の無鄰菴や重森三玲庭園美術館などです。後者は予約申込み制の見学だそうですから、しっかりと予定を立てて、見に行きたいと思います。そういえば、重森氏の「茶室茶庭事典」はそうとう昔に手に入れてなんども見ましたが、今でも本棚に並んでいます。
 この重森氏の説明のところで、あるお稽古の席に重森氏の揮毫した「無色」という軸が掛かっていたそうです。お茶の先生が言うには、「これは重森三玲先生に書をお願いしたところ、皆さんのものを全部お書きになった最後に、筆に残った墨に水を含ませて書かれたものだそうです。無色(むしき)、と読みますが、最後に残った墨だからこそ書ける、美しい書ですね」ということでした。そのとき、著者は、「人は色を付けることにとかく気を取られがちだ。他の人とは違う色(個性)を身に付けなければ、世の中生きていけないと思い込んでいた私は、この時ふっと肩の力が抜けた。「無色」が生み出す美しさ。残りの墨で書かれた書の美しさ。そんな表現美があるのか、と呆然とその掛軸を見つめた。無理に事を進めようとすると、自分に無理が生じてくる。だんだんしんどくなってくる。そんな時はこの書を思い出すようにしている。無理にしなくても、無色でいいのだ。」というのが、とても印象に残りました。
 この本は、京都の名庭園の紹介でもありますが、京都人にしかわからないこともあり、それを「京都人のしかけコラム」や「京都おすすめひといきスポット」として途中にはさめています。たとえば、京都の市バスの暗黙のルールですが、「まず、京都人はバス停で並ばない。皆、バス停付近でふんわり待つ。そして、お目当てのバスが来たらサーッとバスの扉を目がけて集まってくる。これはいろいろな系統のバスがランダムに来るので、並んでも意味がないからだ。そして、京都の道は狭いので並ぶスペースもない。自分が乗りたいバスが来たら何となく集まって来るシステムは、よく出来ている。乗る順番にも暗黙のルールがあつて、完全なる年功序列。先にバスに乗れるのはお年寄りだ。このルールを知らないで先に乗ろうとすると、場合によっては入口でもみくちゃになる。京都はお年寄リファースト、の街なのだ。」とあり、もう京都に住んでいたのは40数年も前のことなので、そういうルールが昔からあったのかさえわからなくなってしまいました。
 でも、次に京都に行ってバスに乗るときには、このルールを思い出し、京都人のふりをして乗ってみたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、「天竜寺」の庭の説明のところに出てくる文章です。
 たしかに、機械的なものやあまりにも整然としたものより、自然的なほうが好ましく見えるのは日本人だからかもしれません。
(2019.8.30)

書名著者発行所発行日ISBN
しかけに感動する「京都名庭園」烏賀陽百合誠文堂新光社2018年3月18日9784416618318

☆ Extract passages ☆

 自然石を使った庭園は、日本人の芸術的感覚の表れ。日本庭園にとって、石はそれほど大切な要素だ。石の美しさが庭園の価値を決める、と言っても過言ではない。それゆえに、作庭家達は注意深く石の選択を行う。室町時代、夢窓国師はその芸術的センスで石を選び、天龍寺や西芳寺のような素晴らしい庭を残したc美しい庭には、美しい石がある。そして、石を据える作庭家のセンスがある。日本庭園は「石」「人」「自然」の調和で出来上がっているのだ。
(烏賀陽百合 著 『しかけに感動する「京都名庭園」』より)




No.1692『宮本常一 伝書鳩のように』

 この本は「STANDARD BOOKS」シリーズの1冊で、以前、寺田寅彦や牧野富太郎、串田孫一などを読んだことがあります。
 いわば、その分野で名の知れた方々ばかりの文章で、たくさんある著作のなかから選ばれたものですから、とても含蓄があり、その人なりの科学観のようなものが感じられました。そこに、この本が新しく加えられたので、すぐに読んでみたいと思ったのです。宮本常一は、著名な民俗学者で、しかもフィールド派というか、自分の足でもくもくと訪ね歩いて調べた人のようです。この本にも、その歩いた距離は16万q、じつに地球を4周分で、その訪ねた村々は3千を越えているそうです。
 しかも、この本のなかにも著者の言葉として書いてありますが、「子供たちは父親に従って島の外に出る機会が幼い時から多かった。山国の人たちに比して島の者には船が利用できた。そうしてその旅に出る機会を作ったのは代参講や物参りであった。金比羅・大三島・宮島・石槌・室積普賢寺・伊予七ヵ所など、信仰せられている神仏は相当に多くて、そういう所へ出かけるには船に乗ってさえいれば楽に行けるものであるから、子供たちも親について参ったのである。船には乗れるだけ乗る方がいい。船はたいてい雇いきりで、これは講仲間で金を出すのだから――。で、便を借りるものは米味噌の類までいっさい積み込んで行く。30年近く前までは未だ殆ど帆船で出かけて行ったので、一船で30人も50人も参った。こういうことが子供たちをして旅を恐れさせない気持を作った。」と書いています。
 たしかに、小さいときから旅をしていれば、旅そのものを怖がらなくなります。むしろ、旅のおもしろさや愉しさがわかり、いろいろなところに行ってみたいと考えます。だから、著者の師渋沢敬三氏は、「もし宮本君の足跡を日本の白地図に赤インクで印したら全体真っ赤になる程であろう」と書いているそうです。
 そういえば、ある学者さんから、科学的な裏付けはフィールドを訪ね歩かなければダメだといわれたことがありますが、たしかにそうだと思います。原資料こそが大切で、それに携われることはとても有り難いことです。
 また、著者は、「歩いていると、チーンチーンと御影石にタガネを打ちこむ音がする。今は騒々しくなって、そういう音をきくことはなくなったが、自動車のほとんど通らなかった頃には田舎の昼はほんとにひっそりしたもので、丘の上にのぼると物の音がみんな聞えたものである。ニワトリのなき声、牛のなき声、物売りの声、親が子を叱る声、子の泣く声、子供たちのはしゃぐ声。それらを聞いていると、おのずからその村の様子がわかってくる。そしてそういうことに何となく感動をおぼえたものである。」と書いていて、古い時代のことを知るには、あまり時間がたっていないことも大切で、今のように急速な勢いですべてが変化していく時代には、足で調べるにも限界はあります。
 まして、古いことを知っている人がいなくなれば、聞きたいと思っても聞けないし、まさに時間との勝負みたいなものです。おそらく、今の民俗学者は、いくらがんばったとしても著者のように日本各地を歩いたとしても、同じような成果は生まれないでしょう。それが民俗学の難しさで、それを研究しようと思う方もだんだん少なくなってきているようです。
 下に抜き書きしたのは、「父親の躾」に出てくる文章で、著者が出郷するときに父親が話した言葉だそうです。
 父親は、このように新しい考え方をする人だったそうですが、だからといって古いことをこわそうとしたりすることもなかったといいます。つまり、人間としての生きる態度の正しさを伝えようとしたのではないかと著者はいいます。
 これは、いくら時代が変わろうと、とても大切なことだと思い、ここに抜書きさせてもらいました。ぜひ味わって読んでみてください。
(2019.8.27)

書名著者発行所発行日ISBN
宮本常一 伝書鳩のように宮本常一平凡社2019年6月12日9784582531725

☆ Extract passages ☆

一、自分には金が十分にないから思うように勉強させることができぬ。そこで30まではおまえの意志通りにさせる。私も勘当した気でいる。しかし30になったら親のあることを思え。また困った時や病気の時はいつでも親の所へ戻って来い。いつも待っている。
二、酒や煙草は30までのむな。30すぎたら好きなようにせよ。
三、金は儲けるのは易い。使うのがむずかしいものだ。
四、身をいたわれ、同時に人もいたわれ。
五、自分の正しいと思うことを行なえ。
(宮本常一 著 『宮本常一 伝書鳩のように』より)




No.1691『地球遺産 巨樹バオバブ』

 バオバブ4冊目は、写真集です。
 開いてすぐに、この写真、どこかで見たことがあると思ったら、『地球遺産 最後の巨樹』の「奇樹バオバブ」のなかに載っている写真といくつかは同じで、こちらも写真や文章も同じ方で、2002年に講談社から発行された本でした。
 とにかく、バオバフというだけで注文したものですから、ほとんど細部にはこだわらず、届くとすぐに見ました。でも、どちらの写真もすごくて、身近な本棚に並べておいて、ときどき引っ張り出して見たいと思っています。
 さて、この本ですが、マダガスカルだけでなく、アフリカとオーストラリアのバオバブも載っていて、すぐにバオバブの全体像がつかめます。写真もカメラマンだけにいろいろな撮影ポイントで撮っていて、たとえばバオバブアベニューで撮ったというディディエ・バオバブ(A.grandidieri)の遠景に、地元の子どもとその下にホテイアオイの花が写っています。これなどは、光のとらえ方もさすがですし、そのときにいっしょだった林学部の名誉教授は、「こんなにたくさんのバオバブがあるのに子どもの木が見つからない」と独り言を言っていたと書いていて、やはり、写真家の目と研究者の目は違うと思いました。
 ここまで、一気にバオバブの本を読みましたが、やはりこの本は写真集です。バオバブの奇妙な姿をたくさん撮っていますが、それを強調するかのように、地元の人たちや動物などを入れています。そうすれば、たしかに木の大きさがわかりやすく、すごさも伝わります。それと、夕陽がしずむときの幻想的な雰囲気の写真もあり、これなどは私も撮ってみたいと思いました。
 そういえば、一般的に植物は海水に弱いものですが、なかには北海道厚岸湖やサロマ湖の周辺の塩分の多い湿地に生えるアッケシソウ、別名サンゴソウのようなものもいます。これが、マダガスカルにもあり、その近くにバオバブも生えているそうです。その写真もこの本に載っていました。ということは、土のなかで、海水を好むアッケシソウとそれを嫌うバオバブがまさにせめぎ合っているかのようだと著者はいいます。
 たしかに、この写真を見て、そう見えないこともないと思いました。
 下に抜き書きしたのは、ギネスブックに載っている「幹周りで54.5メートルを越えるバオバフ」を探しに行くところの文章です。
 私が今まで見た中で最大の木は、ニュージーランドのカウリで、たしか16.41メートルなので、それをはるかに超える幹周りの木は、想像すらできません。
 でも、そのような巨樹は探そうと思ってもなかなか難しく、まさに偶然の出会いのようなものだと私は思っています。だって、現地のガイドさえ知らないわけですから、はるか遠くに住む外国人にとっては、まさに偶然しかないわけです。
 ちょっと長い文章ですが、ぜひその偶然性を味わってみてください。
(2019.8.25)

書名著者発行所発行日ISBN
地球遺産 巨樹バオバブ吉田 繁 写真、蟹江節子 文講談社2005年12月10日9784062131872

☆ Extract passages ☆

 しかし、その50メートルをゆうに超えるバオバブには所在地の記載がない。バオバブのある国を探してみると、ケニア、タンザニア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビークにセネガルなど広大な地域に広がっている。それぞれの国の大使館などに問い合わせても、「どこどこあたりにバオバブの木はたくさんあります」程度の情報がせいぜい。54・5に近い数字はおろか幹回りのデータなど全然ない。……
4年ほど前こんなことがあった。南アフリカでジンバブエとの国境付近で幹回り45・1メートルのバオバブを偶然見つけたのだ。僕が知っている限り世界最大である。実は、このときたまたま頼んだガイドの父親の昔の赴任先がこの付近で、その当時大きなバオバブがあると人づてに聞いたことがあった。ガイドになった彼女がそれを覚えていて、調べて連れて行ってくれたのだった。もちろん、彼女もそこを訪ねるのは初めてだったし、まさかそれがそんなに大きなバオバブだとは思いも寄らない。ガイドをしている彼女ですら、こんな大きなバオバブがあることをそれまで知らなかった。また、このとき宿泊したロッジの動物保護区では幹回り35メートルもの大きなバオバブも発見することになったが、その木のことは ロッジのカタログにも載っていなかった。訪れてみて初めてわかったことだ。
(吉田 繁 写真、蟹江節子 文 『地球遺産 巨樹バオバブ』より)




No.1690『バオバブ ゴンドワナからのメッセージ』

 湯浅浩史さんの『森の母・バオバブの危機』と『マダガスカル異端植物紀行』を続けて読み、参考文献のところにこの『バオバブ ゴンドワナからのメッセージ』で出ており、さっそくネットで探すと「"もったいない"本舗」にあり、すぐに注文しました。やはり、読みたいときが読むきっかけなので、スピード感も大事だと思います。
 ここにはすでに読んだ湯浅さんも書いていて、進化生研ライブラリーの第2弾の本で、帯には「バオバブの本格的博物誌」と書いてありました。
 たしかに、バオバブのことだけではなく、バオバブの自生地のひとつ、オーストラリアの民芸品や、通貨や郵便切手の図案になったバオバブなど、いろいろ載っています。またバオバブをふやす取り組みなども紹介してあり、そのひとつ、「サザンクロスジャパン協会」はマダガスカル南部のアルオウディア・ブロケアを中心にバオバブ自然林の復元を目指しているそうです。
 ただ、この本が出版されたのは1997年で、この協会の会長が編著者の近藤典生さんで、20年以上も前のことです。現在、その取り組みがどうなっているかとか、その成果なども知りたいと思いますが、日本のテレビなどの紹介はマダガスカルの自然そのものが中心で、保護活動まではなかなか紹介していないようです。
 もし、機会があれば、その活動の現場にも行ってみたいと思っています。ところが、一昨年に行こうということになり、調べてみると、空気感染するペストが流行しているということで見送りになったことがあります。それも、少し収束しつつあるというので、なんとか行けるルートを探しています。おそらく、今月中には、はっきりするかもしれません。
 もともとバオバブは日本に自生がないこともあり、和名がありません。そこでこの本ではひとつの提案として、バオバブ属植物の和名を載せてあるので、それをひろってみると、
○アフリカ・バオバブ(A.digitata)、これは英語でも「African baobab」というそうで、そのままです。
○アルバ・バオバブ(A.alba)、花が白いので種小名に使われていますが、他にも白花の咲くのがあります。
○フニー・バオバブ(A.fony)、種小名ですが、自生地から名づけられたそうで、現地語の発音そのままを採用しています。
○ディディエ・バオバブ(A.grandidieri)、マダガスカルで偉大な業績を残した博物学者グランディディエ氏にちなむものです。
○マダガスカル・バオバブ(A.madagascariensis)、学名でこの名を使っているのはこの種だけです。
○ペリエ・バンバブ(A.perrieri)、種小名で、今世紀初頭にマダガスカルで活躍した植物学者の名にちなむものです。
○ディエゴ・バオバブ(A.suarezensis)、種小名で、マダガスカル北端のディエゴ・ユアレズに自生し、その地の通称でもあるそうです。
○ザー・バオバブ(A.za)、種小名で、自生地の名前です。
○オーストラリア・バンバブ(A.gregorii)、オーストラリアに自生するもので、分類学的に認められている唯一の種。
○スタンブリー・バオバブ(A.stanburyana)、オーストラリアのアマチュア植物研究者スタンブリー氏にちなむ種小名ですが、現在はA.gregoriiと同一視されています。
 以上の10種です。
 よく、並木のようにバオバブが並んでいる風景の写真がありますが、それはディディエ・バオバブです。その並木の先に夕陽がしずむ直前の風景を見てみたい、というのが私の夢です。
 下に抜き書きしたのは、バオバブの資源性について書いてあるところで、いろいろに利用されているようです。
 私は、だいぶ前ですが、種子の周りのパルプ質のところをもらって食べたことがありますが、甘酸っぱかったことだけ記憶しています。
(2019.8.24)

書名著者発行所発行日ISBN
バオバブ ゴンドワナからのメッセージ近藤典生 編著信山社1997年1月21日9784797215313

☆ Extract passages ☆

 最も目につくのは食用で、種子の周りのパルプ質はそのままお菓子として食べられる。口に入れると甘酸っぱく、水に溶かしてジュースとしてもアフリカで飲まれている。ビタミンCの含有率が高い。種子からは油が取れ、マダガスカルでは工場で搾られ、石鹸などが作られている。
 更に、葉を野菜として利用しているのはアフリカで、乾燥させて乾期の食料としても活用している。そのため、若木の採葉栽培も行われている。
 オーストラリァではアボリジニーが若木の根を食料にし、細い枝をしゃぶって水を得る。樹皮の利用は各地域で見られる。樹皮はしなやかで強靭な繊維が得られ、ロープを作った り、網や籠を編む。マダガスカルでは剥いだ幅広い樹皮で家の屋根を葺き、壁を作る。
 また、マダガスカルの南部の乾燥地では幹に穴を開け、貯水槽として利用する。
(近藤典生 編著 『バオバブ ゴンドワナからのメッセージ』より)




No.1689『マダガスカル異端植物紀行』

 この本は2冊送ってくれたなかの1冊です。
 じつは、送られてきた本を開封して思い出したのですが、この本にはたしか見覚えがあると思い、本棚を探すと、たしかにありました。でも、内容は思い出さないので、おそらく長く積んでおいただけのようで、この機会にじっくりと読んでみました。
 すると、とても興味深い内容で、なぜもっと早くに読まなかったのかと思いました。もしかすると、前回の『森の母・バオバブの危機』の下地があるからそう思えたのかもしれません。やはり、興味のある本をいろいろな角度から続けて読むことは、とてもいいことだと思いました。そして、そのほうが理解度も高まるような気がします。
 そういえば、よく、大きな温室などで「旅人の木」というのを植えていますが、もともとはマダガスカルやモーリシャス島に分布するバショウ科の植物です。でも、なぜ旅人の木というのか不思議で、たとえば、旅人に食糧や水になるようなものを与えてくれるのか、あるいは旅先の目印になるのかなど、いろいろと考えましたがわかりませんでした。この本には、「それにナイフを刺したら、赤茶けた水が少し流れただけだった。一方、谷筋のラベナラ(旅人の木の学名)は水が十分に出る。ラベナラの水は、実は雨水だ。葉に降った雨が、溝状の葉脈を伝わり、そのつけ根から葉柄内に流れこみ、たまったものなのだ。……一説によると、その葉の向きで方向がわかるという。現地で確かめたが、東西南北てんでんばらばら。旅人は迷ってしまうだろう。どうやら旅人木は、蓄えられた水から想像してつけられた名のようだ。」と書いてありました。
 おもしろいのは、現地だからこそできるナイフを刺したりたくさんの旅人の木から方向がバラバラだということを見つけたり、それらを実証することです。やはり、自生地に行かないとわからないことはたくさんあります。たとえば、トメントーサ(月兎耳)ですが、これは「葉縁から子吹きこそしないが、カランコエ属の特性として葉を一枚切りとっておくだけで、根づき、再生する。薬屋で売られているのは、その生命力にあやかったためなのか? 尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきた。財布に入れるとのこと。幸運がもたらされるのだそうだ。」とあり、なるほどと納得しました。
 そういえば、この仲間で日本でも知られているのがセイロンベンケイソウで、別名「ハカラメ」ともいい、「葉から芽」が出ることで名づけられたようです。これなども1枚の葉をピンで柱に刺しておくだけで葉のまわりに芽が出てくるのですから、すごい生命力です。
 だいぶ前の話ですが、オーストラリアで「イランイラン」の花が咲いているのを見たことがありますが、これは香水の原料として使われているそうです。しかも、この花を集めて抽出されるのですが、マダガスカルのヌシベでたくさん栽培されているということで、そこでは「ランギランギ」というと書いてありました。
 また、バオバフに似たモリンガという植物も南部のチオンベという小さな町にあり、これは「バオバブもどき」で、間違いやすいそうです。その区別は、「バオバブの葉は5〜7枚の掌状に切れ込んだ小葉からなっているのに対して、モリンガはナンテンの葉のように細かく複雑に切れた羽状複葉である。色は淡い緑色で、質は柔らかく、長い葉は風にそよぎ、涼感を呼ぶ。モリンガはワサビノキ科の樹木である。」とあり、このワサビノキはインド原産で、ミャンマーでも見たことがあります。
 こうしてみると、マダガスカルには不思議な植物がたくさんありそうです。著者によれば、「マダガスカルはアフリカとは地理的に近いが、特異な独自の植物が多く、熱帯アジアやさらにオーストラリア、南米との共通属もみられる。マダガスカルに分布する顕花植物は190科約1500属、12000種である。ただし、分類には見解の相違が大きく、科ですら細分すれば210科、種は14000種とする学者もいる。」といい、たしかにその特異性には目を見張るものがあります。
 下に抜き書きしたのは、第3章「島大陸ー進化のおもちゃ箱」のバオバブに関するところです。
 この本を読むと、マダガスカルというところは、本当に植物のおもちゃ箱みたいなところで、いつかは行ってみたいと思います。いや、すぐにでも行ってみたいところです。
(2019.8.22)

書名著者発行所発行日ISBN
マダガスカル異端植物紀行湯浅浩史日経サイエンス社1995年11月22日9784532520487

☆ Extract passages ☆

マダガスカルはバオバブの中心地、バオバブの王国、バオバブランドと呼ぶにふさわしい。
 マダガスカルのバオバブは北部の石灰岩上にスアレゼンシス、海辺から熔岩や石灰岩上にマダガスカリエンシス、熔岩の川岸などにペリエリィ、西部の人里にディギタータ、西部の水辺や砂地にグランディディエリー、西部から南部の森林や砂地にフニィ、西部から南部の森林やラテライト土壌にザーというように、自生状態の十分把握できていないアルバを除けば、7種ともほぼその生育地は土壌や地質など環境との結び付きが強い。
(湯浅浩史 著 『マダガスカル異端植物紀行』より)




No.1688『森の母・バオバブの危機』

 この本の著者とインドに行ったのは1988年5月ですから、もう30年以上も前のことです。でも、どこかでかすかにつながっていて、今でも毎年年賀状をいただいています。この本は、8月1日に私の友人が著者の湯浅さんとあっていろいろお話しした後で、いつかはバオバブ関連の本を送るといっていたので、この機会に2冊を送ってくれました。
 バオバブの木は、オーストラリアのダーウィンで見たことがあるだけです。この他にアフリカに1種、マダガスカルに8〜9種、そのうち1種はアフリカと同じで導入されたということです。さらにもう1種は、フランスのベリエリーによって1910年にアルバ(A.alba)として記載されていますが、それ以降確認されていないようです。また、私が見たオーストラリアのグレゴリー(A.gregori)の他に、オーストラリアにはもう1種スタンブリアナ(A.stanburyana)があるそうですが、詳細は不明だそうです。
 これが世界のバオバブのすべてです。
 そもそもバオバフというのは、著者によると、「マダガスカルの西部の乾燥地に住む人々はバオバブをレナラと呼ぶ。マダガスカル語では母をレニ、森をアラという。レナラはレニアラの縮まった言い方。つまり、バオバブは「森の母」と呼ばれているのである。ある時、小さな村をたずねた。その長老にバオバブについて話して欲しいと頼んだら、いきなり小枝で地面に円を描いた。その中にもう一つ丸をかき、大きい円がアラ、小さい丸がレナラと話してくれた。レナラがあって、その周りに林が広がっているというのである。林があり、そこにバオバブが生えているのではない。バオバブは森の中心、つまり森を生み出す母なのだ。レナラと親しみと尊敬をこめて語る、その長老の顔は輝いていた。」と「はじめに」に書いてます。
 つまり、ここからこの本の題名も生まれたようで、おそらく、村の長老の話がとても印象深かったのではないかと思います。
 そういえば、バオバブの知名度を一気に高めたのは、おそらくサン=テグジュベリの『星の王子さま』ではないかと思います。彼は20歳で飛行士になり、郵便飛行士としてパリからサハラ砂漠上空をこえてモロッコ南部にいたる新しい航路を開拓したので、もしかすると実際にバオバブを見ているかもしれません。しかも、本の挿絵、3本で星を覆う巨大なバオバブも自らが描いたものだそうです。
 では、バオバブがアフリカ、マダガスカル、オーストラリアにしか自生がなく、しかもそれらの場所のすべてに自生はしていません。たとえばオーストラリアの場合は、北西部の限られたところだけです。その理由は、1つは、バオバブはゴンドワナ大陸に起源するといいますが、現実にはインドと南米にはないようですし、オーストラリアの北西部にある占生代のデボンの地層にだけ分布しています。2つめは、バオバブは低温に弱く、樹皮が厚いので0℃になっても数日なら耐えられても、それ以上は無理のようです。また、3つめは、強い光を好むので、温度や雨量が十分でも熱帯雨林には無理です。4つめは、いくら水分のないのに耐えられても、サハラ砂漠のような年間50mm以下の砂漠では生育できないそうです。
 やはり、いろいろな生育条件をクリアーしないと、バオバブは育たないということです。
 そういえば、昨年の9〜10月に南インドに行きましたが、野生のゾウの生息域には、あちらこちらに糞があり、そこにキノコが生えていました。このバオバブも、なんらかの理由で倒れると、雨期になりやわらかい本質部が腐り始めると、フクロタケが生えてくるそうです。マダガスカルでは、このバオバブマッシュルームをウラチザー、ウラチフニィ、ウラチレナラと3種に区別して、食べるそうですが、ウラチザーが最もおいしいとこの本には書かれていました。
 下に抜き書きしたのは、バオバブの巨大化の構造について書いてあるところです。
 この樹はとても軽くてやわらかいといいますが、その軽くてやわらかい樹がなぜあんなにも巨木になっても倒れないのか不思議です。その問いに対する答えが書いてありました。
(2019.8.19)

書名著者発行所発行日ISBN
森の母・バオバブの危機湯浅浩史 写真・文NHK出版2003年7月25日9784140807972

☆ Extract passages ☆

 まず材質は軽くて、柔らかい。木目(木理)が粗いためである。乾燥材の比重は0.15ほど。これは樹木では同じキワタ科のバルサの0.12に次ぐ。日本のキリは比重0.28なので、乾燥材はキリよりも半分も軽い。
 また、堅く木化する導管と木材繊維が柔らかく、歯でかじれるほどである。それなのになぜ、巨体に育ち、堂々とそびえられるのか。その秘密は樹皮の厚さと堅牢性にある。
 樹皮は靭皮繊維(篩管繊維)が層状に著しく発達し、大木では厚さが10cm以上、8層にも達す。さらに幹が壺形や太い円柱形で、樹度の強さがバランスよく保たれる。いわば卵構造で、外側の殻にあたる樹皮で、巨体を支え、維持できるのである。
(湯浅浩史 写真・文 『森の母・バオバブの危機』より)




No.1687『英国キュー王立植物園』

 この本の表紙を見たとき、どこかで見たことがあったとふと思いました。副題は「庭園と植物画の旅」で、「奇跡の一本松」を描いた山中真須美さん編集協力や本文執筆もしていました。
 山中さんとは、キュー王立植物園で2度ほど会い、さらに自宅で手料理をご馳走になったこともあり、とても懐かしく思い出されました。というのは、山中さんは日本人で始めてキュー王立植物園の公認植物画家になった方で、私たちが見たいと思っていた古い本や資料などの閲覧手続きなどをしてくれた方です。
 また、キュー王立植物園で印象に残っているのはジョセフ・ダルトン・フッカーの「Rhododendrons of Sikkim-Himalaya」という本で、その原画も見せていただきました。また、この本でも紹介されていますが、マリアンヌ・ノース・ギャラリーの800点以上の世界の植物や植物のある風景を描いた絵画は、ほとんどすき間なく壁面いっぱいに並べられていて、ほんとうに圧倒されます。しかも、日本ではなじみ深いイザベラ・バードと1歳違いで、日本にやって来たのもほぼ同時期で、むしろバードよりも早かったそうです。
 私もキュー王立植物園で見たのですが、この本にも1816年に描いた「フジと富士山」の絵が載っていて、とても懐かしかったです。
 では、キューの標本館や資料館にはどれほどのものがおさめられているかというと、山中さんによると、「キューの標本室には、過去2世紀以上にわたって世界中から集められた700万点以上の植物標本が収蔵されている。なかにはダーウインがガラパゴス諸島で採集したもの、ジョセフ・ダルトン・フッカーがヒマラヤで、またデビッド・リビングストンがアフリカで採集したものなどが含まれ、それらは植物研究だけでなく、イギリスの歴史にとっても貴重な資料である。また図書館には20万枚以上の植物画、30万冊以上の書籍、アーカイブ部門には700万点以上の資料、有用植物標本室には10万点以上のアーティファクト(道具および工芸品)が収蔵されており、博物館としての機能も担っている。」と書いてあり、それを利用させてもらった私には、そのすごさがダイレクトに伝わってきます。
 たとえば、小石川植物園の初代園長であった伊藤圭介氏のアーカイブはものすごい数で、必要な資料を写真撮影するだけで半日以上かかったように記憶しています。また、印象深かったのは、木材扁額で、キューに収蔵されている26点すべてと、これをコレクションしている方がキューに持ってきて見せてくれたものを写真撮影しました。ちなみに、木材扁額というのは、縦約30p、横約20pのなかに描かれている樹木の材で作られていて、四隅は小枝の断面、そして縁は樹皮で囲まれていて、すべての材がその描かれた樹木でできています。また、その絵は加藤竹斎で、その原画のいくつかは小石川植物園に残されているそうです。これらを見ると、イギリスの収集に対する熱意がひしひしと伝わってきます。
 下に抜き書きしたのは、山中真須美さんの「英国キュー王立植物園の植物画コレクション」のなかの文章です。
 山中さんとは、何度か会っていますが、植物画というのは、本来、植物学者の指示で描くと話していました。考えてみれば、今の植物図鑑も写真版とイラスト版がありますが、イラストのほうが葉の裏側とか根っこの状態とか、植物の姿をむしろしっかりとらえていることが多いと思います。そういう意味では、植物画というのは、これからも植物を研究する場合に大切だと思っています。
 私も、数年前から少しずつ、昔の石版刷りの冊子の切り抜きなどを集めていますが、ときどき眺めていると、それらの植物の自生地の様子が浮かんできます。やはり、写真とは印象がだいぶ違います。
(2019.8.17)

書名著者発行所発行日ISBN
英国キュー王立植物園(コロナブックス)奥 紀栄・山中真須美 編集協力と本文執筆平凡社2019年4月10日9784582635157

☆ Extract passages ☆

そのほとんどの絵は植物学者の指示によって描かれており、描かれている植物の多くは野生種であるという点である。アーティストが自分の好みで植物を選び、アートとして装飾のために描かれた作品はほとんど存在しない。どの作品も主に植物学的な視点から捉えられており、まだカメラの存在しなかった時代に自生地で正確に描かれた図は、今日も学術資料として重要な役割を担っている。
(奥 紀栄・山中真須美 編集協力と本文執筆 『英国キュー王立植物園』より)




No.1686『虫や鳥が見ている世界』

 ときどき、虫や蝶や鳥などが、この世界をどのように見えているのかと考えるときがあります。たまたま、そう考えていたときに、この本を見つけました。
 しかも、カラー版なので視覚的にもわかり、さらに新書版なので、お盆の忙しい時でも持って歩けるので、つい少しずつ読みました。でも、難しいところもあり、何度も読み返したところもあります。
 この本によると、動物の体色は色素によるものと構造色によるものとがあり、色素には体内でつくられるものと食べものに由来するものとがあるそうです。たとえば、有名なものでは、フラミンゴは餌である甲殻類や藻類から取り込まれたカロテノイドに由来するものだそうで、だからこそあの美しいピンク色が発色するのだそうです。
 また構造色というのは、体の微細な構造によって生じる色で、これらは光の波長やそれ以下の大きさの微細な構造による光の干渉、屈折、回折、散乱などにより発色するのだそうです。この本では、シャボン玉を例にとって説明していますが、それによると、「シャボン玉は太陽の光を受けて、きらびやかな様々な色を醸し出す。シャボン玉液は透明だが、シャボン玉に光が当たると、膜の表面で反射する光と、膜の内側で反射する光が干渉して特定の波長が生じ、色として目に届くからである。またシャボン玉は重力により、下の膜が厚くなっている。見る角度と膜の厚さの違いにより干渉の条件が異なるため、様々な色をつくりだす。」とあり、たとえば、CDやDVDの表面に見られる虹のような色彩もミクロな構造によって起こる干渉や回折によりつくりだされるのだそうです。
 そういえば、ここ小町山自然遊歩道には、カワトンボがいますが、なぜ色が違うのか以前から不思議でしたが、この本に「カワトンボにとって紫外線反射は縄張りの維持に大きな意味を持つ。よい場所に縄張りを持っていれば雌のやってくるチャンスは多い。いっぽうで、無色透明の翅を持つ雄は、白粉を帯びている部分が少なく、紫外線反射が弱いため、他の縄張り雄が侵入したときのように執拗に追いかけ回されない。近くにひっそりと潜み、交尾のチャンスを待っている。」と書いてあり、なるほどと思いました。
 下に抜き書きしたのは、なぜリンゴが赤く見えるのかという質問に答えているところです。
 そもそも光がなければ色も何も見えないのですから、理屈としてはわかりますが、このように明快に答えられると、少しは理解できます。
(2019.8.15)

書名著者発行所発行日ISBN
虫や鳥が見ている世界(中公新書 カラー版)浅間 茂中央公論新社2019年4月25日9784121025395

☆ Extract passages ☆

赤いリンゴは赤色以外の光を吸収し、赤色を反射している。だから赤く見えるのである。光がないと真っ暗で何も見えない。光がわずかだと形がわかっても、自黒に見え、赤色には見えない。これは、目の網膜の視細胞には桿体細胞と錐体細胞があり、暗いときには白黒に見える桿体細胞が働き、明るいと錐体細胞が働くからである。夜行性の動物には桿体細胞が多くあり、光が少なくても見ることができる。いっぽう、色が見えるのは錐体細胞の働きによる。我々ヒトは3種類の錐体細胞を持っている。赤・緑・青の錐体細胞である。ヒトの色覚は「3色型色覚」と呼ばれている。光の色の違いは波長の違いとして感じられ、それぞれの波長の違いに感じやすい赤・緑・青の3種類の視細胞が網膜にある。網膜に上下左右反転した像を結ぶと、赤い光には赤の錐体細胞が反応し、黄色い光には赤と緑の錐体細胞が反応する。それらの光の信号は電気信号として視神経から脳へ伝えられ、脳でそれらの情報を統合処理して形や色が認識され、赤いリンゴを赤いリンゴとして見ることができる。
(浅間 茂 著 『虫や鳥が見ている世界』より)




No.1685『鉱石倶楽部』

 この本を開いたとき、きれいな鉱石がカラー写真でたくさん載っていて、たまたま開いたのが石榴石でした。その写真を見て、なるほど、石榴の実に似ていると思いました。この燃えるような赤色は、大昔から人々に珍重されてきたそうです。
 この本によれば、この石の殻の表面はボタンに加工される貴重品なので、なるべく殻を壊さないように中身だけを取り出すそうです。その方法は底部をガラスナイフで削るそうで、これなども石をガラスでという方法に不思議さを感じました。
 この本の中で始めて知ったのは、「氷柱糖」です。この本では、「氷柱花と呼ばれる植物が、凍って石化したもの。糖分が多いほど結品は透明で、硝子質のものから、乳白色のものまで、種類はまちまちである。成分としてはほかに乳脂肪も含んでおり、アイスクリームや練乳の原材料ともなる。氷柱花が高山植物のため、高地でしか産出されないが、保存性に優れているので、わりあい手に入りやすい。透明なものは硬質で、夜行性種族の眼鏡として用いられるほか、精密機械などの振動子としても重宝である。また、玻璃器としても需要が高い。表面に霜花の細工をほどこした洒杯は高級品。」と書いてあり、これがファンタジーのようです。
 というのは、どこをどう考えても、鉱石が乳脂肪を含んでいたり、いくら透明でもメガネに使ったりはできそうもありません。この説明の石は「水晶」で、水晶ならクオーツとしての利用はされています。
 下に抜き書きしたのは、「トホノクニ」という文章で、「砂糖菓子屋とある菓子職人のひとりごと」に載っています。
 ここに載っている菓子職人のひとりごとは、渦巻きドロップで、鉱石は「ファントム水晶」です。これは切れ味鋭い鋭角と、なんともやわらかそうな面を併せ持つ不思議な水晶だと以前から思っていました。
 たしかに、遠くの国だと思って行ったのに、さらにさらに、ズーッと道が続いているのに驚いたことがあります。ただ、今年の春に行った中国雲南省とミャンマーとの国境線では、さらに確実に道が続いているのに、国境を越えて行くことはできませんでした。しかし、地元民たちは、おそらくビザなどなくても、自由に行き来している様子を見て、人為的な線で一歩も踏み込めない理不尽さを考えました。
(2019.8.12)

書名著者発行所発行日ISBN
鉱石倶楽部(文春文庫)長野まゆみ文藝春秋2005年2月10日9784167679309

☆ Extract passages ☆

 どうせ旅をするのなら
 できるだけ遠くへゆく
 見知らぬ人が往き来する町でひとりになってみる
 でも地の涯てだと思っていたところへたどりつき
 気がついた
 涯ての先にも路はある
(長野まゆみ 著 『鉱石倶楽部』より)




No.1684『コーヒーの歴史』

 この本は、「食」の図書館シリーズの1冊で、以前に「サラダの歴史」ジュディス・ウェインラウブ著、田口未和訳などを読んだことがあります。
 食にこだわったもので、とてもおもしろかったことを覚えています。そして、この本もとても興味深く読みました。
 コーヒーとのつき合いは高校生のときからで、よく喫茶店に行きました。そして大学生になると、待ち合わせの場所はほとんどが喫茶店で、よくモーニングサービスを頼んでました。アパートでは、コーヒー豆を買ってきて、自分でブレンドして、イギリス製のスポングという卓上式のコーヒーミルで粉にしてネル布でドリップをして飲んでいました。
 それからズーッと、ネル布から紙のフィルターにかわりましたが、ドリップです。この本で始めて知ったのですが、この紙のフィルターは、「1908年、ドレスデンの主婦であるメリタ・ベンツが、孔の開いた真鍮製フィルターポットに濾紙を敷く新しい流れ方を提唱した。メリタは、息子が学校で使っていた吸い取り紙で実験してこの濾紙を開発したと言われている。それまでフィルターを用いる場合は、布製のものを使ってコーヒーを漉し、これを洗って再使用していた。しかしメリタの濾紙を使えば、濾紙ごとコーヒーかすを捨てればよいだけだ。メリタの夫が妻の名を付けた会社を設立するとすぐに軌道に乗り、1930年代にはしっかりと足場を固めていた。今やだれもが知っている円錐形のフイルターとペーパーを採り入れたのはその頃のことである。」と書いてありました。
 最近では、家庭でもエスプレッソで抽出して飲んだり、さらにはネスプレッソやバリスタなどで簡単にコーヒーを飲むようになったり、その変化もいろいろです。
 いくら抽出方法が変わってきても、コーヒー豆の基本種は、ロブスタ種とアラビカ種だそうで、その違いは、「ロブスタ種はさび病に強いだけでなく、アラビカ種よりも高温多湿に順応し、低地でも栽培可能だった。この木は傘のような形をし、小ぶりだがコーヒーチェリーが房のようにびっしりと実り収穫しやすい。栽培が容易であるため、コーヒー栽培に新規参入する際にはこの種を採用することが多く、新しいところではベトナムがロブスタ種でコーヒー生産をはじめた。現在、ロブスタ種は世界のコーヒー豆生産量の35〜40パーセントを占める。ロブスタ種には大きな欠点がひとつある。アラビカ種よりもコーヒー豆の品質が劣るのだ。一般に、ロブスタ種のコーヒーの味は「ゴムを焦がしたような」と評される。このためロブスタ種はほぼブレンドコーヒー用であり、インスタントコーヒー(ソリュブルコーヒー)に使われることも多い。ロブスタ種のスペシャルティコーヒー(とくにインド産のもの)が市販されている場合もあるが、通常は、耕作や精製工程に非常に手をかけなければならない。またロブスタ種は、カフェイン含有量がアラビカ種の2倍ある。」と書いてあり、その違いははっきりしているようですが、それが価格にも反映するから流通経路が複雑になるみたいです。
 下に抜き書きしたのは、これからのコーヒー栽培にとっての最大の脅威は気候変動だそうです。
 これは、コーヒー栽培に限ったことではなく、すべての地球環境に及ぼす影響でもあります。もちろん、そのひとつの原因は地球温暖化のようです。それが加速度的に大きな影響を及ぼしつつありますが、それ以外にも地球そのものの環境変化だってあります。ある科学者は地球は氷河期に向かいつつあるという極端な学説だってあるようです。
 今、コーヒーに関していえることは、コーヒーそのものの消費量は増えていて、今までのコーヒー豆の生産国と消費国といったふたつの分類では収まらなくなつてきているそうです。
 もし、コーヒーが好きなら、ときにはこのようなコーヒーの歴史を読みながら、美味しいコーヒーを飲むのもいいものだと思います。
(2019.8.10)

書名著者発行所発行日ISBN
コーヒーの歴史ジョナサン・モリス 著、龍 和子 訳原書房2019年5月31日9784562056521

☆ Extract passages ☆

 コーヒー栽培にとって最大の脅威は気候変動だ。2050年までに、コーヒーの生産に適した地域は、世界規模で見れば50パーセント減少するとされている。極度の高温や低温を含め、気候の変動が大きくなると、降水パターンの変化や病気や害虫の発生によって生産量に影響を与える可能性がある。また、気候変動によってあらたな生産地が登場することも考えられる(カリフォルニア州南部ではコーヒーがすでに栽培されている)。もしそうなったとすると、伝統的な栽培地域やコーヒー栽培で生計を立てている農家への影響は甚大なものになるだろう。研究者たちは、よいフレーバーはそのままに、気候の変化に耐性のある品種を作ろうとしており、これが気候変動の影響をやわらげる一助となるかもしれない。だがそれでも、別の土地に移動する、あるいは栽培作物を替えたりする必要のある農民は多数出てくることだろう。
(ジョナサン・モリス 著 『コーヒーの歴史』より)




No.1683『科学する心』

 「科学する」という言葉は1940年に橋本邦彦氏がつくったそうで、彼は生理学者であるだけでなく、道元や江戸時代初期の陽明学者中江藤樹などにも詳しい異色の人物だったらしい。しかも、1945年に第二次近衛内閣の文部大臣に就任したり、敗戦後、A級戦犯として裁かれるその矢先に青酸カリを飲んで自殺したそうです。
 この本は、もともと季刊誌『考える人』新潮社の2015年春号から2016年秋号まで連載していたそうですが、それがなくなり、次に『kotoba』集英社クオータリーの2017年春号から2018年夏号まで連載していたものだそうです。そういえば、最後のところに、「ここで話はマダガスカルに飛ぶ」のなかで、2017年の初夏にマダガスカルに行こうとしていたのに、飛沫感染する肺ペストが発生し、行けなくなったと書いています。じつは、私もその翌年の2018年に行く計画を立てていたのですが、まだ飛沫感染肺ペストが収束していないということで、マダガスカルへの旅を延期しました。今年の春に行ったイギリスの方に話しをうかがうと、だいぶ収まったということでしたが、毎日雨が降り、大変でしたということでした。
 話しをもどしますと、この本は科学するといいながらも、その科学以前の話しもたくさん載っていて、そこの間の話しがとてもおもしろいと思いました。たとえば、宇宙空間で体重を量る場合、一番いいのは天秤ばかりだそうで、その説明は「天枠の一方にぼくが乗り、同僚がもう一方に分銅を載せてゆく。釣り合つたところで分銅の重さを足し算して結果を出す。あるいは前記の自動式天朴秤。あ、宇宙服の分を引かなければ。天朴秤があれば月はおろか火星でも(凍える)、木星でも(地面がない)、太陽でも(暑い)、あるいはいちばん近い恒星であるケンタウルス座のアルファ星を巡る惑星の上でも、130億光年の彼方にある未知の惑星の上でも、ぼくの体重は計測できる。」と書いてあり、なるほどと思いました。そして、今でもネット販売されている手回し発電機と、想定外などの大震災などでとんでもない被害の出る原子力発電所の電気と、つい比較してしまいました。
 たしかに、単純労働をロボットなどに置き換えると、なんとなく仕事の大変さから開放されるみたいに感じますが、この本で、ラッダイト運動の話しが出ていましたが、それによって生まれた余暇がかならずしも平等に分配されることはないと書いてあり、今の時代を見てみても、その通りです。AIやロボットに仕事を奪われてしまうと、今仕事をしている人たちは、失業することを恐れてますます必死で働く、つまり失業者と過労働者が増えていくということです。
 ちょっと古い話でおもしろかったのは、太陽と影の話しで、「ヘレニズム時代にアレクサンドリアの図書館長だった彼(エラトステネス)は、エジプトの南端のシエネ(現・アスワン)では夏至の日に丼戸の底まで陽光が届くと知って(つまリシェネは北回帰線上に位置する)、同じ日にアレクサンドリアに立てた棒から太陽の天頂角を知り、これによってシェネとアレクサンドリアの距離は地球全周の50分の1と推測し、地球の大きさを割り出した(シエネとアレクサンドリアの間の距離は実測に依ったのだろう。人を雇って歩かせたという説もある)。」とあり、科学するって、昔からいろいろな人がチャレンジしていたということがわかります。
 下に抜き書きしたのは、「知力による制覇の特質」に書いてあるもので、史上最大の許欺とまではいえないと思いますが、そこが人間の浅はかさではないかと思いました。
 先に書いたAIやロボットをつかうことによって単純労働から解放されるというものと同じで、逆に自分たちを縛ってしまうようなものです。
 もし、機会があれば、ちょっと最初は取っつきにくい本ですが、だんだんとおもしろさがわかってくるので読んでみてください。
(2019.8.7)

書名著者発行所発行日ISBN
科学する心池澤夏樹集英社インターナショナル2019年4月10日9784797673722

☆ Extract passages ☆

 人類は農業革命によって、たしかに手に入る食物の総量を増やすことはできたが、食糧の増加は、より良い食生活や、より長い余暇には結びつかなかった。狩猟採集で暮らしていた頃の方がずっと呑気で愉快だった。……むしろ、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。
(池澤夏樹 著 『科学する心』より)




No.1682『ポジティブになれる英語名言101』

 岩波ジュニア新書は、もともと若い人たちに向けて書いてあるので、とても読みやすく、わかりやすいので、ときどき読んでいます。この本の最後のところに、岩波ジュニア新書の紹介が載っていて、そのなかに「不便益のススメ」川上浩司著、があり、これも読んでみたいな、と思いました。
 さて、この本ですが、名言だけでなく、英文法の解説などが載っていて、なぜそのような意味になるかが、はっきりとわかります。たとえば、「Experience is the father of wisdom and memory the mother.」は、訳としては「経験は知恵の父親であり、記憶は知恵の母親である」ですが、その意味は「知恵は記憶から生まれ、経験によって育つ」と書いてあります。そして、文法の解説では、「the mother の後ろには of wisdom」が省略されていて、同じ言葉の繰り返しを裂けるために省略をしている、と書いています。そして、そのような例も載っていて、とてもわかりやすかったです。
 この101の名言すべてにこれらの解説が載っていて、私は13の名言をノートに書き写しました。そのひとつを紹介すると、「The optimist sees the doughnut, the pessimist sees the hole.」はオスカー・ワイルドの言葉です。訳は「楽観主義者にはドーナツが見え、日間主義者にはドーナツの穴が見える」とあり、その意味は「ないものねだりをするよりも現状満足する方がよい」と書いてありました。
 でも、私は、同じドーナツを見ても、その食べる部分をしっかりと見ている人と、何もないドーナツの穴の部分を見ている可笑しさのほうが伝わってきます。つまり、悲観主義者というのは、ほとんど現実を見ていないことや、杞憂が多いことなどから、どうしても欠点や悪いことのほうに目を向けてしまいがちだということです。
 下に抜き書きしたのは、英語名言の68番目のバーナード・ショーの言葉です。彼の辛辣な名言はたくさん残っていて、私もノートに記録してありますが、この名言は、古希を過ぎた私にとっては、ちょっと耳に痛いものです。でも、だからこそ、気になったもので、いつまでも遊び心を持ち続けたいと思いました。
 そういえば、泣くからよけい悲しくなるというジェームズ=ランゲ説がありますが、もしかすると、それと似通っているような気もします。
(2019.8.4)

書名著者発行所発行日ISBN
ポジティブになれる英語名言101(岩波ジュニア新書)小池直己・佐藤誠司岩波書店2019年6月20日9784005008988

☆ Extract passages ☆

We Don't stop playing because we grow old; we grow old because we stop playing.
訳 : 年をとるから遊ぶのをやめるのではない。遊ぶのをやめるから年をとるのだ。
意味 : 遊んでいる人の方が年をとらない。年をとっても元気に遊ぼう。
(小池直己・佐藤誠司 著 『ポジティブになれる英語名言101』より)




No.1681『わたしの旅人生「最終章」』

 今は、テレビの旅番組はいろいろありますが、以前はそんなにもなかったように思います。そのなかでも、著者の「遠くへ行きたい」や、「兼高かおる世界の旅」などは定番で、楽しみにして見ていました。
 著者は旅は三度楽しむことができるとして、「一度目は旅立ちの前の旅の計画を立てている時、期待予感の中で想像力がもたらす美味を味わうことが出来る。二度目は旅をしている時の旅の味。この味を手応えあるものにするのは出会いひとつひとつを大事にすること。そのためには会話がキーワード。観光バスの車窓から眺めているだけでは、旅の印象を深めることは出来ない。三度目は旅の思い出の中の旅の味。ひょっとしたらこれが一番良い味かもしれない。まず旅費がいらない。そして疲れない。ゆっくりと沁々と、心ゆくまで味わうことが出来る。」と書いています。
 そういえば、だいぶ前に読んだ俵万智さんの随筆のなかにもこのようなことが書いてありましたが、たしかに、旅は計画を立てているときから始まっていますし、終わってからも写真を整理したり、旅の品物を眺めたりしながら、いろいろと思い出します。
 私は、旅に出ると歩かざるをえないので健康にもいいし、歩くことによってリズムが生まれ、その軽やかなリズムのなかでいろいろと考えることもできます。そういえば、2014年にアメリカのスタンフォード大学の研究発表では、人がじっと座っている時より、歩き回っている時のほうがより創造的になることを明らかにしています。これは、Marily OppezzoとDaniel Schwartzの協同研究で、176人の学生を対象にある創造的思考を必要とする作業をやってもらったそうです。このときは、野外の散歩でもトレーニングマシーンを使って歩いても、その違いがなかったそうで、歩くという行為そのものが創造性を発揮されるのにつながったといいます。
 たとえば、作曲家のベートーベンは、ウィーン周辺を散策するときにはいつも鉛筆と紙を持ち歩き、その場で思いついた着想を書き留めていたそうですし、ゲーテもときにはチェコ共和国とドイツの国境沿いにあるリゾート街のテプリチェで会っていっしょに街を歩きながら語り合ったそうです。
 やはり、歩くということはとてもいいことで、旅をすれば歩くから印象にも残りやすいのかもしれません。
 7月30〜31日と孫と旅してきましたが、幼稚園のときには手を控えながらゆっくりと歩きましたが、小学生も高学年になると勝手にずんずんと歩いています。追いかけるだけでも大変になってきました。そうなると、考えている暇もなく、考えるためにはやはり一人旅がいいな、と改めて思いました。
 下に抜き書きしたのは、第3章の「旅で見つけた驚きの美味、珍味」のなかに出てくる食文化に対する考え方です。
 たしかに、食文化というのは、いろいろな文化のなかでも基本的な文化ですし、その国の人たちを理解するうえにおいても、大切なことです。先ず、それを認めないと、その先には進めないような気がします。
(2019.8.2)

書名著者発行所発行日ISBN
わたしの旅人生「最終章」渡辺文雄アートデイズ2005年2月20日9784861190339

☆ Extract passages ☆

 食べ物のもつ様ざまな栄養物、カロリー、ミネラルなどは、その国その土地に生きる人たちの身体を作り、旅人から見ると最も高いハードルである、食べ物の色、形、匂い(香り) 等は恐らく、その人たちの心をつくっているのではないかと思う。しかも、その心はしっかりとその地についた心であるはずだ。
 食文化を認めるということは、その食文化に育まれた人びとの存在を認めるということになるのである。
 旅に出よう。そしてほんのちょっとの勇気を出して、旅先の食文化に挑戦しよう。そして貴方の味の幅を広げよう。
(渡辺文雄 著 『わたしの旅人生「最終章」』より)




No.1680『旅の窓からでっかい空をながめる』

 7月30〜31日と、毎年恒例の孫の夏休みに合わせた旅行に出かけました。今年は孫の日程の都合もあり、比較的近場でとのことで、宮城県から国道47号線を通って最上町に入る 山形県に入るコースを選びました。車での移動なので、本を読むのは、旅館に入ってから出るまでの間でしたが、私もこのような旅をしてきたな、という思いでした。
 この本は、もともとは「東京スポーツ」に「風雲ねじれ旅 世界さまざま」2016年1月から2019年2月まで連載されたもので、それを再構成し、加筆や修正したものを単行本にしたようです。この「旅の窓」というのは、アジアの窓、北の窓はロシアやスコットランド、そして南の窓はバリ島やブラジルなどの旅です。
 アジアでは、ミャンマーの話しがおもしろく、私も行ったことがあるので、たしかにそうだったと思うところも多々ありました。たとえば、市場のことですが、「珍しいくだものや魚などがあると、これは何? と質問することができる。答えはほとんど現地語だから意味は分からないが、まあ当初からそれは予測していたことで、カメラを持って市場の中をぶらぶら歩いても、ああ、あの人は気楽な旅行者だ、という認識が何か不思議な伝達機能によって市場中にひろがっていくのを感じたりする。そうなると市場で物売りをしているおばさんやおじさんの顔などもごくごく自然な状態で写真に撮ることができる。」と書いていますが、まさにその通りです。
 私もアジアの辺境の市場に行くと、最初はさり気なく撮っても、すぐに顔をこちらに向けるのですが、長くここにいると、誰も気にしなくなり、いくら写真を撮っても平気でした。そこまでいると、市場の自然な様子が写せるので、ときには最初はただブラブラと歩くだけのときもあります。
 写真をあとから見ても、いかにも記念撮影しました、というようなものより、自然な雰囲気の写真からいろいろなことを思い出されてきます。この本は、著者みずから撮った写真も載っているので、それも楽しみでした。ただ、白黒なので、もしカラーだったら、もう少しいろいろなことがわかったかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、チベットのカイラス山への巡礼の旅を綴ったところですが、五体投地という、身を投げ出すようにして礼拝し、その手先のところまで足を進め、また同じことを繰り返しながら進んでいくものです。まさに気の遠くなるような巡礼の旅ですが、私はネパールのカトマンドゥのボダナートで見たことがあります。
 ここには、ネパール最大のチベット仏教の巨大仏塔(ストゥーパ)があり、高さが約36mだそうです。このボダナートの「ボダ」は「仏陀の」などを意味し、「ナート」は「主人」や「神」などを意味します。この基壇のまわりを五体投地しながら右回りします。そして、それを見つめるかのように、その上には四方を見渡すブッダの知恵の目が描かれているのです。
 私はその三重になった基壇に上ったことがありますが、ツルツルで滑りやすく、怖かったことを覚えています。
(2019.7.31)

書名著者発行所発行日ISBN
旅の窓からでっかい空をながめる椎名 誠新日本出版社2019年6月20日9784406063579

☆ Extract passages ☆

どんなに頑健な人でも、カイラスまで一年ぐらいかかるという。
 彼らはそのようにして自分の体を大地に打ちつけて巡礼できる健康な体を持っていることを誇りに感じ、自分の体を痛めつけることによつて信仰の力を高められると信じている。そのため、五体投地拝礼をする中心になっているのは若い人々だが、40代ぐらいまでの大人もかなりいて、その壮健ぶりに驚く。
(椎名 誠 著 『旅の窓からでっかい空をながめる』より)




No.1679『老いのゆくえ』

 この本は、読売新聞の夕刊に「時のかくれん坊」と「日をめくる音」として連載されたもので、それらを書籍化したものだそうです。なかには、その一部を加筆修正したり、タイトルを変更したものもあるそうですが、読売新聞はあまり読まないので、いずれも始めて読むものばかりでした。
 たしかに、年を重ねてくると、身体だけでなく、いろいろなところに支障が出てきます。今までまったく意識もしなかったのに、意識をしないとできないこともあります。以前は階段の手すりなど使わなくても大丈夫だったのに、一応手すりをつかんでいたほうが安心できるようになり、今では、その手すりがないと不安でしょうがなくなってきています。
 おそらく、すべてのことが、若い時とは違ってきたということです。
 そして、このような本を読むと、そういえば私もそうだとか、そうならないように気を付けようとか、いろいろと思うところがありました。たとえば、「老いの予告が欲しい」というところで、「転ぶとか、何かにぶつけるといった事故が発生したためならば、原因ははっきりしているのだから、それなりに納得したり、諦めたりすることが可能なのかもしれない。しかし何の自覚もないまま、いつの間にか腰が曲らなくなっている事態などに気づくのは、あまり愉快ではない。済し崩しのようにして次第に身体の自由が失なわれていくのは、そしてある時、突然そのことに気づくのは、更に不愉快である。そうか、老いはいつも忍び足でやって来て身体のどこかに潜り込み、正体を現わす適当な機会を狙っているのか もしれないぞ、とようやく感づくに至る。」と書いてあり、なるほど、老いというのは予告もなく、突然やってくるのだと思えば、少しは気持ちも落ち着きます。
 この本のなかで、一番、なるほどと思ったのが、「不思議なことに、整理する前のゴミの山のごとき状態にあっては、アレはこの辺りにあったかな、と記憶とも呼べないような本能に近い何かに導かれてそのゴミの山に手を突込むと、自分でも不思議に思うほど、探していた当の相手にぶつかることは幾度もあった。これはただ何かが散らかったり、だらしなく放置されているのではなく、目には見えぬ法則に従って相手がひっそりと隠れているだけなのだ、と考えてみたりしたものだ。だからそのくらいなら、小賢しい整理作業などせずに、何もかも自然の団 成り行きにまかせたはうがいいのだ、と反省することもあった。」といい、私もそのような経験が何度もあり、今ではその資料や本の山をそのままにしておくようになりました。
 むしろ、そのほうが探しやすいだけでなく、その整理に何日もかけるなら、その時間に少しでも本を読んでいたと思うのです。ただ本が好きというだけの話しですが、図書館から借りてきた本だけは、自分の本と混ざらないように、決まった場所に置くようにしています。
 下に抜き書きしたのは、年をとってミスを重ねたり、同じような間違いを繰り返したり、さまざまな失敗をしたときに、それはそれなりの意味があると著者はいいます。
 もちろん、それは負け惜しみみたいなものではありますが、そう考えれば、少しは失敗してもキズが浅いような感じがします。私も、これには賛成したいと思います。
(2019.7.29)

書名著者発行所発行日ISBN
老いのゆくえ(中公新書)黒井千次中央公論新社2019年6月25日9784121025487

☆ Extract passages ☆

 その他にも、ささやかな失敗には次々と出合う。危険を避けるべく注意せねばならぬ、と自戒はするが、しかし失敗の全くない平穏な日々というのも案外つまらぬのではないか、と言ってみたくなる。他人に迷惑をかけるような事態は避けねばならないが、しかし失敗には、失敗しなかった折に無意識にやり過ごしていることをあらためて裏側から照らし出して教えてくれるといった面もある、などと考えるのは、年寄りの負け惜しみなのであろうか。
(黒井千次 著 『老いのゆくえ』より)




No.1678『偶然をチャンスに変える生き方』

 偶然はあくまでも偶然と思っていてはいけないそうで、その偶然が大きなチャンスになったり、幸運を引き寄せてくれたりするそうです。だから、この本の副題は、「最新キャリア心理学に学ぶ 「幸運」を引き寄せる知恵」です。ここで智恵ではなく、知恵としているところが、自己啓発本でないような気にさせてくれます。
 この最新キャリア心理学というのは、プランド・ハップンスタンス・セオリーというものだそうで、つまり計画された偶然性理論で、この理論の創始者はスタンフォード大学教授だったJ.C.クランボルツで、自らが調べたところによると、成功者といわれる人の8割が、本人も思いもよらなかった偶然の出来事や出会いが成功するターニングポイントになったということだったそうです。
 考えてみれば、これはある意味、誰にでも経験があることで、謙虚な心からその言葉が生まれたらいいのですが、それでもその偶然を引き寄せる力に思いを馳せることも必要です。
 この本のなかで、このプランド・ハップンスタンス・セオリー理論の要旨をまとめたところがあり、それによると、
1 あらゆる出来事や出会いには意味がある
2 偶然は、自分の人生を豊かにするために生かすことができるものである
3 人生を豊かにしてくれる偶然は、ある種の人生の構えをとることによって、呼び込むことができる
4 したがって、幸福をもたらしてくれる偶然は、ある程度意図的かつ計画的にその頻度を高めることができる
5 そのように呼び起こした偶然は、もはや「単なる偶然」とは言えない必然性を帯びてくる
 という5つのポイントです。
 この本は、このプランド・ハップンスタンス・セオリー理論をベースにして書いてあるので、これを理解することはとても大事なことです。
 この本のあとのほうで、「占いやタロットカードを楽しむ」とあり、ちょっとあれっと思いましたが、信じるというより、「気づきの糧」とすると書いてあり、これもひとつの考え方だと思いました。
 下に抜き書きしたのは、もし、人生のなかで選択に迷ったときには、先ず、とりあえずイエスと言おうということです。
 迷わずにイエスというには、ある程度の自信がなければ言えません。また、自分を肯定できることでもあります。その反対に、いつもノーと言っていると、それが習慣化してしまいます。
 この本を読んでみて、一番強い印象をうけたのは、この「とりあえずイエスと言おう」ということでした。
(2019.7.27)

書名著者発行所発行日ISBN
偶然をチャンスに変える生き方諸富祥彦ダイヤモンド社2009年2月26日9784478004272

☆ Extract passages ☆

人生のさまざまな場面における選択で迷うことがあったならば、「とりあえずイエスと言う」ということです。偶然の出来事を人生に取り込みながら、人生を変えていくために重要なのは、「とりあえず肯定的な返事をする」ことなのです。
 これは、単なる「心構え」ではありません。そうではなく、迷ったときに、実際に「とりあえず、イエスと言う」という行動法則です。
(諸富祥彦 著 『偶然をチャンスに変える生き方』より)




No.1677『47都道府県・花風景百科』

 今まで知らなかった日本の花風景に出会えたらと思って読みましたが、一番多いのはサクラやアジサイなど、ほとんどがありふれた花ばかりで、あまり新鮮さはありませんでした。高山の花についても、一般のガイドブック並みの説明で、新しい情報はなかったようです。
 せっかく発行日が令和元年5月15日とあったので、おそらく最新の花風景の情報が載っているのではないかと思っていました。でも、考えてみれば、花が風景の一部となるには、相当な年月がかかるわけで、そんなに真新しい情報もないのではというのが、読み終わっての感想です。
 それと、最近の花風景は、短時間でつくれるアジサイとか、あるいは国営ひたち海浜公園のネモフィラとか、広大なところにあっという間につくれるものが多くなっているように思います。また、その花風景を維持するのも大変な時代のようです。
 たとえば、宮城県の徳仙丈山のツツジのように、戦後は荒廃してしまったツツジたちを地元の佐々木梅吉さんが手入れを初め、その後地元有志が集まり「徳仙丈山ツツジ保存会」を立ち上げ、下草刈りなどの管理をしていたそうですが、近年は人口減少や高齢化などで手入れができなりつつあるそうです。これなどは、まさに、前回読んだ『地域をまわって考えたこと』に通じるものがあります。
 そういえば、今の花事情は、外国からでも、たやすく輸入でき、簡単に手に入れることができます。しかし、19世紀ころはそれができませんでした。それを叶にしたのが、この本にも書いてある「ウォードの箱」です。この実物を見たのは、2005年のときに浜名湖で開かれた世界園芸博の百花園で、そこに飾られていました。これは1829年頃、イギリスで大気汚染がひどくなり、ロンドンで医師をしていたナサニエル・ウオードがガラスケース内の土に植えて育てていることをヒントにつくられたものです。そして1834年、このウォードの箱に植物を植えて、しかもほとんど水を与えることもなくイギリスからオーストラリアまでの約6カ月の航海でも枯れなかったそうです。
 おそらく、先人たちは、このウォードの箱だけでなく、さまざまな工夫をして、世界中から花を集めてきた、だからこそ、今もそれを楽しむことができるというわけです。
 そういえば、最後の「引用・参考文献」ととても参考になりました。ぜひ、読んでみたい本も載っていました。
 下に抜き書きしたのは、そもそも人間はなぜ花を愛でるのかということについて書いてあるところです。
 ここでも紹介していますが、イラクのシャニダール洞窟で発見されたネアンデルタール人の埋葬に花が飾られていたという記事を読んだことがありますが、花を供えるというのは、ある意味、人間の本能のような気がしました。だから、花をなぜ愛でるのかというより、愛でるそのものが本能のように思います。
(2019.7.25)

書名著者発行所発行日ISBN
47都道府県・花風景百科西田正憲 編著丸善出版2019年5月15日9784621303795

☆ Extract passages ☆

 おそらく花は原色などカラフルで憐さなどを持ち、しかも、多彩で時に神秘的な形態で、柔らかく手ごろな大きさであることから、人間は花を愛でるのであろう。動物のように動かない飾りやすさもある。枯れてなくなることもいっそうはかない美しさを際立たせている。わが国では季節感もある。山岳信仰、巨石信仰、巨木信仰などの畏敬や崇敬とは基本的に異なる素朴な感動や嗜好や祈願に基づくものであろう。
(西田正憲 編著 『47都道府県・花風景百科』より)




No.1676『地域をまわって考えたこと』

 限界集落とか、村が消えるとかいわれても、その具体的なことはなかなか伝わってきませんが、この本は、著者自身が地域をまわって見て聞いて、直接考えたことがベースになっているので、読んでみようと思ったのです。そして、それを何とか解消しようと地域外から移住者を募ることも、盛んに行われていますが、それがどうなっているのか、それも知りたいと思いました。
 この本のなかで、超高齢地域になる地域のパターンとして、各地を調査した社会学者の山下裕介さんの考えを紹介しています。それによると、@村落型、A開拓村型、B伝統的町、C近代初期産業都市、D開発の早い郊外住宅地、に分けています。
 たとえば、Cの近代初期産業都市というのは、近代化のある段階に栄えた地域で、鉱業や林業、繊維産業などです。具体的には、石炭の町が廃坑になるようなものです。また、D開発の早い郊外住宅地というのは、この本でも取りあげてある高島平団地などで、その他に多摩ニュータウンなどもあります。私の大学の恩師は高島平に住んでいて、なんども訪ねたことがありますが、今では、高齢化してしまい、あの当時の活気はありません。しかも恩師が亡くなられて、近くにお寺もないので、奥さまがお墓詣りしやすいようにと、三田線で乗り換えなしで行ける不動前駅近くのお寺にお墓を設けました。
 いずれは、バラバラになるのは明らかです。それを止めようとしても、できないことです。
 やはり、このパターンでみると、なるほどと思います。やはり、時代の流れもあり、「昔は、共同体が全員を包含していた。しかし現代では、そうした共同体は団結力を失った。人間関係や組織のあり方は、有志が自由にアクセスするネットワークに移行している。こぅした変化は、企業も労組も、メディアも地域社会も、同じ傾向だ。」と著者はいいます。
 これは、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市でも、同じです。震災後すぐの時期は、ボランティアなどもたくさん集まり、震災復興関係の助成金もたくさん出ていました。しかし、それも時間が経つにつれて減ってきて、むしろこれからに不安を感じ始めている方も多いといいます。
 この石巻市の旧河北町川の上地区に、2015年4月にオープンしたコミュニティ図書館「川の上・百俵館」の理事で運営委員長の三浦秀之さんは、「昔の対外援助はモノとお金を与えて、援助依存を作り出していた。それが反省され、いまの援助は変わった。住民が主体となって地域を運営できる力をつけることを目標に、教育や合意形成を助ける援助が主流になっています。復興と援助は似ていますよ」といいます。
 やはり、あまり助成金に頼りすぎると、それが切られたときには何もできなくなっていまいます。だから三浦さんは、「みんながお金と労力を出しあい、共同で運営するのが地域自治の基本。」というのです。
 それは地方移住でも同じです。何年かはお世話しますよ、でもそれからは自分たちでなんとかしてください、と行政側はいいます。考えてみれば、それは当たり前のことです。
 また、著者は、地方に移住したいと思っていても、移住する側とそれを受け入れる地方の人々とのどちらにも資質が必要だと書いています。それを下に抜書きしました。
 それらがうまくかみ合うことによって、好循環が生まれます。たとえば、東京都檜原村の人たちは、村の植林事業の一環として桜の木を植えながら、「百年後にここが桜の名所になったら本望だな。そのとき、俺たち生きていないけど」と話していたそうですが、遠い将来のことを考えることは、とても大事なことだと思いました。
(2019.7.23)

書名著者発行所発行日ISBN
地域をまわって考えたこと小熊英二東京書籍2019年6月15日9784487812202

☆ Extract passages ☆

移住する側と受入れる側が、ともに「夢」や「理念」を持っていないと、変化は起きてこない。なぜなら「夢」や「理念」がなければ、変化に耐えられないからだ。人間は変化のために着実に努力するよりも、現状に安住しながら文句を言っているほうが楽である。移住する側も、受入れる側も、自分自身を変えるという困難を乗り越えるには、着実さと理念の双方が必要なのだ。
(小熊英二 著 『地域をまわって考えたこと』より)




No.1675『植物は〈未来〉を知っている』

 前から読みたいと思っていたのですが、なかなかその機会がなく、図書館で見つけたので、すぐ借りてきて読みました。著者はイタリアのフィレンツェ大学農学部の教授で、同大学の付属国際植物ニューロバイオロジー研究所の所長も務めているそうです。
 そういえば、この研究所での血球結果のひとつがこの本に載っていて、「当時、私たちは小学2年生と4年生の多数の児童(7歳と9歳)に注意カテストを受けてもらった。テストを行なう場所を、そばに植物がある場所とない場所に分けた。つまり、窓から緑がまったく見えない教室と樹木がある庭でテストを行なったのだ。まちがいなく教室のほうが集中しやすい環境のように思える(気が散るものがない、物音がしないなど)にもかかわらず、植物がある庭のほうがはるかによい結果が得られた。」ということでした。
 これらを読むと、植物の力というのはすごいものだと思いました。副題は「9つの能力から芽生えるテクノロジー革命」とあり、もともとのこの本の題名は「PLANT REVOLUTION」、つまり植物革命です。
 では、その9つの能力とは何かというと、記憶力、繁殖力、擬態力、運動能力、動物を操る能力、分散化能力、美しき構造力、環境適応能力、資源の循環能力、です。  この本の最初のほうで、人間が活用している植物の種類がのっていて、それによると、「人間が活用している植物の種類は3万1千種以上にものぼる。そのうち1万8千種は医療目的で、6千種は食物として、1万1千種は建築用の繊維や資材として、1千3百種は社会的な目的(宗教的な使用やドラッグをふくむ)で、1千6百種はェネルギー資源として、4千種は動物の餌として、8千種は環境目的で、2万5千種は毒物として使用されている。ざっと計算してみると、全植物種の約10分の1が人間によって直接利用されていることになる。」と書いてあり、いかに薬などの医療目的の植物が多いのにビックリしました。
 また、それ以上に毒物として使用されているのも驚きでした。9つの能力のなかで、たとえば動物を操る能力は、「アカシアの樹木もほかの好蟻性の植物と同じように、花の外の蜜にふくまれるこれらの物質の生産を調整して、アリの行動を変化させられる、ということが最近の研究でわかった。つまりこうだ。狡猾な麻薬密売人のように、アカシアはまずアリを引き寄せ、アルカロイドが豊富な甘い蜜で誘惑し、アリが蜜への依存症に陥ると、次はアリの行動をコントロールし、アリの攻撃性や植物の上を移動する能力を高める。そのすべてが、蜜にふくまれる神経活性物質の量や質を調整するだけでできてしまう。」と書いてありました。
 つまり、これだっていわゆる毒を使って動物を操っているみたいなもので、植物は動けないからこそ、このような化学的な手段で動物を操作する能力を身につけたのではないかと思いました。また、トウガラシについても書いていますが、それだって、その辛さで人間を操っていると考えられなくもないと思います。
 下に抜き書きしたのは、植物の擬態のひとつとして書いてあったものですが、ちょっと長いので半分にしようかとも思ったのですが、それではわからなくなると思い、そのまま抜書きしました。
 植物が変装し、人間に誤って栽培されることで、こっそりと利益を得るというのも、本当にそうなのかとも思いました。おそらく、いろいろな擬態力もありそうですから、これからも植物を見たときに、騙されないようにしたいと思いました。
(2019.7.20)

書名著者発行所発行日ISBN
植物は〈未来〉を知っているステファノ・マンクーゾ 著、久保耕司 訳NHK出版2018年3月25日9784140817339

☆ Extract passages ☆

レンズマメは、人間がもっとも古くから栽培していた種の1つ。すでに1万5千年まえに人間が食していた証拠が残っていて、当時から地中海地域できわめて広く栽培され、『創世記』のエサウの逸話にも登場する(25章29〜34節、若き狩人エサウは、レンズマメの料理ほしさに弟ヤコブに長子の身分をゆずってしまう)。
 いっぽう、オオヤハズエンドウも、レンズマメと同じ土壌と気候を必要とする。そのためはるか昔から、レンズマメ畑には必ずオオヤハズエンドウも生えていた。とはいえ、そのことは人間にとってたいした問題にはならなかった。オオヤハズエンドウの丸い種子は、レンズマメの種子とは形状が異なり、たやすく取り除くことができたからだ。万に1つもまちがえることはない。……世代が交代していくうちに、オオヤハズエンドウの種子に最初の変化が現れる。だんだんとレンズマメに似てきたのだ。やがて、形、大きさ、色とも、簡単には区別できないほどになる。こうして、レンズマメの種子に似ているせいで、人間はレンズマメといっしょにオオヤハズエンドウの種子も選んでしまい、栽培するときにはオオヤハズエンドウも植えてしまうことになった。これは見事な策略だった。
(ステファノ・マンクーゾ 著 『植物は〈未来〉を知っている』より)




No.1674『善く死ぬための身体論』

 この本は、対談集なので、難しい内容ながら、楽しんで読むことができました。
 たしかに、善く死ぬためというのは、善く生きるということですし、人の身体があってのことでもあります。そのことを、思想家の内田樹さんとヨーガ行者で指導者の成瀬雅春さんが、たくさんの経験から話していて、なるほどと思うところもたくさんありました。久しぶりに10枚もカードを作りました。
 たとえば、内田さんの「インド亜大陸も北から他民族が侵攻してきた場合、いくら逃げても南でどん詰まりで、その先は海だから逃げられない。逃げられないから外来の宗教と上着の宗教の間で何とか折り合いをつける。僕はそれは宗教のひとつの成熟過程だと思うんです。日本もそうでしょう。日本列島はユーラシア大陸の東の辺境ですから、大陸・半島から来たものに押されて逃げても先は海だから逃げ切れない。仕方がないから、前にあった土着のものの上に後から来たものをトッピングしたり、混ぜ合わせたりする。習合というのは辺境で起きやすい現象なんだと思います。」と書いていますが、なるほどと思います。
 たしかに、一神教と多神教の違いという解釈もありますが、そもそも多神教という考え方はどこから来たのかという説明は、なかなか難しいようです。でも、この辺境だからという考えは、一理あります。
 また成瀬さんの「今持ちている「財産を手放したくない」ということは死にたくないということです。例えば、恋人がいるとか、会社の地位を手放したくない、家族からも離れたくないという思いがあると、「まだ死にたくない」となる。だけど、そういう執着からだんだん離れていくと、今この瞬間に人生が終わっても悔いが残らないし、未練はないのです。この瞬間に未練がないような生き方というのはベストな生き方だと思いますね。」などの発言は、スーッと理解できました。
 考えてみれば、昔の王様や皇帝などが不老不死の妙薬を求めたという話しはたくさんありますが、理不尽な生き方しかできなかった人たちは、それような生き方をズーッと続けたいとは思いません。良い生活をしてきた人たちだからこそ、それが続くことを願ったわけで、そういう意味ではインドなどの輪廻転生という考え方はすごいアイディアです。
 つまり、良い生活をしてきた人たちであっても、それに対する未練がなければ、いつ死んでも大往生になります。おそらく、お釈迦さまもそのように考えていたのではないかと想像します。その未練を残さないという生き方が、解脱と考えてもいいように思います。でも、その境地に達するのは、なかなか難しそうです。特に、若かったりすると、さらに困難です。ある程度の歳、たとえば平均的な寿命を越えたとすれば、それなりの納得できるかもしれませんが、それ以下だったすると自分だけでなく、ご家族の方々も納得するのは難しそうです。
 そう考えれば、善く死ぬということは、善く生きることだし、そのための身体は土台みたいなものです。
 下に抜き書きしたのは、この本の最後に書かれていたもので、成瀬さんの発言です。
 私も人生の最後に走馬燈のように自分の生きてきた人生を観ると聞いたことがありますが、やはり、成瀬さんのように楽しい走馬燈で人生を終わりたいと思いました。
 もしかしたら、たくさんの楽しい思い出があり過ぎて、今回は一気に流せないから、もうしばらく生きていなさい、といわれるぐらいに充実した生き方をしてみたいと思っています。
(2019.7.16)

書名著者発行所発行日ISBN
善く死ぬための身体論(集英社新書)内田 樹・成瀬雅春集英社2019年4月22日9784087210736

☆ Extract passages ☆

 人は死の瞬間に、これまでの人生を走馬灯のように観るといわれています。それが本当かどうかはわかりません。もし、本当だったら、つまらない走馬灯は観たくないです。楽しいこともあまりなく、ついてない人生の連続で、感動することもあまりなかったとしたら、その人生の走馬灯は、実につまらないものになってしまい、それを人生の最後に観るのは、悲しすぎます。その逆に充実した人生を歩んできて、楽しい日々を過ごしてきたとしたら、ドラマチックで愉快で、楽しい走馬灯を観ながら死ねるのです。
 僕は死の瞬間にそういう走馬灯を観ようと思っています。そのために、いろいろな人と出会い、いろいろなことを経験して一瞬一瞬を無駄にせず、毎日を過ごしています。これは、楽しい走馬灯を観るための準備です。だから、死の瞬間を迎える時には、しつかりとその状態を見逃さないようにしようと今から楽しみなのです。
(内田 樹・成瀬雅春 著 『善く死ぬための身体論』より)




No.1673『しあわせとお金の距離について』

 著者の佐藤治彦さんは、経済評論家でジャーナリストで、しかも旅行好きなので旅行関連の本も書いているらしいので、読んでみることにしました。
 この題名も、なるほどと思っていましたが、著者はお金は大事だが、お金に振り回される人生なんてまっぴらだと「まえがき」に書いてあり、そうそうと思いました。書き方も平易で、現実に即しているので、とても読みやすかったです。
 おそらく、著者の本音は、「しあわせになるためにお金を使う。実はこれがむずかしいのです。」のなかで、「お金をもっと増やそうとするよりも、お金をもっと大切に使う努力をしてみること」と書いてありますが、全部読み終わって考えてみると、この本で言いたいことは、これではないのかなと思いました。そしてこの後で、「しあわせにするお金というのは他人に対して使うとき」もあるといいます。
 つまり、お金を稼ぐということもそれなりに大事なことですが、それ以上にそのお金の使い方でしあわせになったり不幸になったりするといろいろな例を引き合いに出して書いています。
 そして、お金とある程度の距離を保つことといいます。そして、お金の距離感もそうですが、人との関係についても同じで、「大人なら誰もが知ってることですが、長く人生を経験してくると、人間関係を気持ち良く過ごしていくコツはいい距離感を保つこと。離れていれば見なくていいものは見なくてすみますが、近くにいると、細かいことまで気になるものです。そんな時は適度な距離を保って気持ちが落ち着くまで離れてみる。理性や知性が人間関係の大切さを思い出し、感情を上回って傷ついた関係を修復してくれることがあるからです。一番良いのはそうならないように距離をとっておくこと。私はそう考えます。」と書いています。
 私もお金に関しても、人間関係についても、あまり近づきすぎるのは考えものだと思います。適度の距離感があるからこそ、見えてくるものがあります。
 日光の「見ざる、聞かざる、言わざる」もそうですが、近づきすぎると見たくないものも見えてきますし、聞きたくないことも聞こえてきます。そうすると、言いたくないことも知らないうちに口から出てしまいます。それが人間の本性です。ただ、この三猿の教えは、子供の将来を考えた母猿が最高の教育の環境を考えて、教育上ふさわしくないものは、見たり聞かせたり真似させたりしないというのが本当の意味だそうですが、どちらも距離が大事だということです。
 下に抜き書きしたのは、第1章の「人生を100年時代と考える前に」の一番最初に書いてあるものです。たとえ、どんなに優秀でも、どんなに幸せでも、どんなに美味しいものでも、人生というのは波瀾万丈ですから、何が起きるかわかりません。そのわからない世界にいつまでも生き続けることは大変なことです。
 それを、高校生の野球部の甲子園や正月の箱根駅伝などで頑張っている若者たちから、「終わりがあるから頑張れる」という仮説をたてています。
 たしかに、頑張れるのは、限られているからこそというのは、私も納得できます。
(2019.7.13)

書名著者発行所発行日ISBN
しあわせとお金の距離について佐藤治彦晶文社2019年4月30日9784794970848

☆ Extract passages ☆

 どんなに優秀でも、幸い補欠だとしても、その練習は高校3年生の引退の時期で終わる。確実な終わりが見えている。頑張れるのは今と少し先の木来にしかない。この辛さは永遠 に続かない。そう知っていることも関係しているのではないのでしょうか。終わりが見えているから毎日を大切に生きることができる。頑張ることができるのではないかと思うのです。
(佐藤治彦 著 『しあわせとお金の距離について』より)




No.1672『おみくじの歌』

 おみくじにもいろいろありまして、私がつくった携帯版『大黒さまの一言』のなかにもおみくじがあります。これはほとんど他を参考にせずつくったものですが、やはり多いのが、この本に出てくる歌みくじというものです。
 この本では、それらを50ほど引用し、各神社仏閣などの解釈を載せています。
 この本に載っているもので興味を引いたのは、おみくじを引くまえに唱える呪文があるそうで、「ちはやぶる神の子どもの集まりて作りし占は正しかりけり」(出典は『天満宮六十四首歌占御鬮抄』)で、これを三度唱えてから引くそうです。この意味は、「神の子たちが集まって作った占いは正しかったのだなあ。」ということです。
 そして、この流れの説明は、「このような呪歌は、室町時代頃から降霊を行う口寄せの場でももちいられていた。お伽草子や謡曲に例が見え、それが和歌占いに取り込まれたのであろう。」と書いています。
 これら、おみくじの歌の特徴として、「おみくじは神仏のお告げであり、その和歌は基本的に「お告げ」としての性格を持つ。「お告げ」としての歌が何を詠んでいるかで分類すると、おおよそ@自然を詠む歌(叙景歌)、A感情を詠む歌(叙情歌)、B訓戒を詠む歌(教訓歌)、C神話に基づく歌(神話歌)、D漢詩を翻訳した歌の五つに分類できる。」としています。
 やはり多いのが@の自然を詠む歌で、四季の移り変わりを詠んで、それと人の人生とを重ね合わせて解説をしています。また、Bの訓戒を詠む歌は、はっきりと神のお告げとして詠まれていることもあり、とてもわかりやすいようです。たとえば、鞍馬寺の「正直を心にこめて願ひなば我れも力を添へて守らむ」は、そのものズバリ「正直に真心こめて願うなら、私も力を添えて守護しよう」というのですから、頼りがいがあります。鞍馬寺のご本尊は、本堂に祭ってある尊天で、千手観世音菩薩、毘沙門天王、護法魔王尊の三尊を一体として「尊天」としているそうで、ご本尊自らが「我」として歌を詠んでいるという設定になっています。
 下に抜き書きしたのは、熊野那智大社おみくじに書かれている「思ふこと身にあまるまでなる滝のしばしよどむを何うらむらむ」という第12番の「吉」のおみくじの歌を解釈したものです。直訳は、「あなたの願いことは身に余るほどまで成就するのに、鳴り響く滝がしばらくのあいだ淀むように、ほんのしばらく望みが滞るのを、どうして恨むのだろうか。恨む必要などない。」と書いてありました。
(2019.7.10)

書名著者発行所発行日ISBN
おみくじの歌平野多恵笠間書院2019年4月25日9784305709165

☆ Extract passages ☆

 熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡)のおみくじの歌。鎌倉時代の勅撰和歌集『新古今和歌集』に収められたもので、人生が停滞しているのを嘆いて関東へ行ってしまおうと思い立った人が熊野に夜通し詣でたとき夢に見た歌とされている。つまり、この歌は熊野の神が不遇を嘆く人に示したお告げの歌として伝えられてきたものである。おみくじのメッセージとしては、ものごとの成就を予言しつつ、順風満帆には行かない人生の道理を説き、不満や恨み言を戒めた歌と解釈できる。
(平野多恵 著 『おみくじの歌』より)




No.1671『不惑の老後』

 この本も、たまたま図書館で見つけた本ですが、もともと不惑というと、論語では40歳です。人生80歳、いや、老後に年金プラス2,000万円も要る時代であれば、不惑なんていつまでもこないのではないかとさえ思います。
 たしかに、年を重ねてくると、いろいろと考えます。来月初めに出す「山野草雑話」のなかに、普通なら、足腰が弱ってきたとか、病院に行くことが多くなったとか、マイナスのことを考えますが、実は良いこともたくさんあります。先ず、長く生きてきたことで、たくさんの個性の強い人と出会えたことです。たとえば、たった一冊の本を出版したいと思い、出版社を立ち上げた人もいます。あるいは、植物分類学者として、数カ国語をあやつり、海外にも多くの学者仲間がいて、その方といっしょに出かけると、通訳も宿泊や交通機関の手配もなにもすることなく、どこへでも安心してついて行けます。このような知り合いが増えたのは、あくまでも植物と関わってきたことによります。普通では、なかなか知り合いになれないような方でも、同じ植物に興味や関心があるというだけで、お近づきになれるのです。と書きました。
 これは自分の実感ですが、この本からも「お金の貯金は、だんだんと目減りしますが、出会いという貯金はだんだんと増えていきます。そして、それら楽しかった思い出が記憶のなかにどんどんと貯まっていきます。」というのをヒントにして、年を重ねてきた喜びではないかと書きました。
 そういえば、6月下旬に、大人の休日倶楽部パスで、4日間JR東日本路線はどこでも乗り放題の旅行をしてきました。この倶楽部ジパングには、女性は60歳以上、男性は65歳以上しか入れません。しかも、調べてみると、全国にはシニア割引きで1泊2食付きで5,000円という格安の宿泊所もあり、これらを使うと、北は青森から南は静岡や山梨まで、とんでもなく安く旅行ができます。
 私は、先ず岩手県の二戸に行き、今年の4月から始めた奥州三十三観音巡りをして岩手県内に1泊、そして翌朝は東北新幹線で東京へ出て、「あずさ17号」で山梨県の小渕沢まで行き、そこで小海線に乗り換え、甲斐小泉駅まえにある「平山郁夫シルクロード美術館」に行きました。その日はその付近に泊まり、翌日は小海線で、JRの駅で一番標高の高い八ヶ岳山麓の野辺山駅に行き、そこから佐久平駅まで、そして北陸新幹線に乗り換え、上野駅に着きました。
 上野の東京国立博物館で「インド・ガンダーラの彫刻」や「中国の青磁」などを見て、国立科学博物館はシニアは無料なので、ここでもゆっくりと見学し、翌日、山形新幹線で帰ってきました。これだけ乗り降りを繰り返しながら、指定券も含めて、1万5千円です。年を重ねてくると、失っていくものもありますが、今、自分の身の回りに有るさまざまなもので幸せを感じていく、これが老いを楽しくする才覚かもしれないと思っています。
 楽しみは、どこにでも転がっています。著者は、「「ワンダフル」という英語は通常「すばらしい」と訳するが、それは「フル・オブ・ワンダー」=「驚きに満ちている」といぅ意味で、つまり「びっくりした」ということだ。生きていれば必ず、その人の予測もしなかったことが起こる。英語を話す人たちは、予定通りになることをすばらしい、と感じずに、予想外だったことをすばらしい、と感じたのだ。」と書いています。
 下に抜き書きしたのは、最後のほうに書いてある「最後の瞬間に必要なものは何か」という項からのものです。たしかに、明日死ぬとわかれば、地位も名誉も、あるいはお金も品物も、ほとんどなんの役にも立たなくなります。
 そのときのことを著者は、下の抜書きしたようなことを書いています。たしかに、そうかもしれません。
(2019.7.8)

書名著者発行所発行日ISBN
不惑の老後(SB新書)曽野綾子SBクリエイティブ2019年5月15日9784815601324

☆ Extract passages ☆

 最後の日にもあった方がいいのは「最後の晩餐用」の食べ馴れた慎ましい食事と、心を優しく感謝に満ちたものにしてくれるのに効果があると思われる、好きなお酒とかコーヒー、或いは花や音楽くらいなものだろう。それ以外の存在はすべていらなくなる。
 その最後の瞬間に私たちの誰もにとって必要なものは、愛だけなのである。愛されたという記憶と愛したという実感との両方が必要だ。
(曽野綾子 著 『不惑の老後』より)




No.1670『あん』

 たまたま図書館で見つけた本ですが、「あん」といえば餡しか思い浮かばない私としては、つい、手に取ってみました。
 すると、どら焼きの話しで、なかに入っている餡が流れのなかで重要なポイントになっているようです。最近は、あまり小説を読まなくなっているのですが、つい、「あん」と「ドリアン」に惹かれて借りて読むことにしました。
 著者のドリアン助川をネットで調べてみると、日本の作家、詩人、歌手、道化師。日本ペンクラブ理事。日本ペンクラブ「子どもの本」委員長。日本文藝家協会会員などと、いろいろなことが出てきました。なんと幅広いことをしている人なのかというのが、第一印象でした。
 しかも、この『あん』は、東京の全生園の元患者さんたちとの交流から生まれたそうで、そこで聞いたいろいろなことがこの小説にも生かされているそうです。どうりで、読んでみると、ハンセン病の深い嘆きのようなものまで描かれていて、とても臨場感がありました。もし、自分が主人公の辻井千太郎だったら、そこまで深いつき合いができただろうかと思いました。
 しかも、この本が原作となって、河P直美監督の映画『あん』が制作され、しかもカンヌ国際映画祭でも高い評価を受けたそうで、世界35カ国で上映され、さらに文部科学省4部門「少年・青年・成人・家族向け」にも選定されたそうです。たしかに、読んでみると、子どもたちにも読んでもらいたいような内容でした。
 小説というのは、個人的印象が強いので、なかなかこのような『本のたび』では、扱いにくいのですが、たまにはいいものだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、小説の最後のところのもので、千太郎さんに宛てた徳江さんの手紙に出てくるものです。
 映画では、小説の最後のシーンと違うようですが、キャストは今は亡き樹木希林さんや市原悦子さんなども出演していて、これもいつかは観てみたいと思いました。そういえば、これも映画の案内に書かれていたのですが、樹木希林最後の主演作と大きく掲載されていました。
(2019.7.6)

書名著者発行所発行日ISBN
あん(ポプラ文庫)ドリアン助川ポプラ社2015年4月5日9784591144893

☆ Extract passages ☆

 なんと美しい月だろうと思いました。もう見蕩れてしまって、自分がやっかいな病気と闘っていることや、囲いのなかから出られないということもその時は忘れていたのです。
 すると、私はたしかに聞いたような気がしたのです。月が私に向かってそっとささやいてくれたように思えたのです。
 お前に、見て欲しかったんだよ。
 だから光っていたんだよ、って。
 その時から、私にはあらゆるものが違って見えるようになけました。私がいなければ、この満月はなかった。木々もなかった。風もなかった。私という視点が失われてしまえば、私が見ているあらゆるものは消えてしまうでしょう。ただそれだけの話です。
(ドリアン助川 著 『あん』より)




No.1669『あの常識、全部ウソでした』

 この『あの常識、全部ウソでした』の手前に、「信じてはいけない雑学」とあり、今まで常識とさえ思っていたのが、実はウソだったというものを集めた雑学集です。
 この本は、最初、2010年12月に『生活に役立つ禁断の本』という題名で出版されたそうですが、この題名ではなんとなくインパクトにかけますが、『あの常識、全部ウソでした』といわれると、その常識ってなに、と思ってしまいます。やはり本の題名って、ホントに大切だと思います。
 今年の春に、ある薬学部の先生から、お焦げが発がん性があるといっても、実は普通にたべている分にはほとんど影響がないという話しを聞き、その後でこの本を見つけました。もしかすると、この本にも、そのお焦げの話しが載っているのではないかと思っていたら、やはりありました。それは、「このウワサが広まったのは、1978年に国立がんセンターが発表した「がんを防ぐための12カ条」に、「焦げた部分は避ける」という一文があったからである。タンパク質に含まれるアミノ酸が変化した物質が、ネズミを使った実験で発ガン性があったからということなのだが、このことを当時のマスコミが「焦げ→ガン」といった図式でセンセーショナルに報じたために、「焦げを食べるとガンになる」という定説ができてしまった。しかし、ここで問題なのは、実験に使われた発ガン物質の量である。ネズミを使った実験を人間に換算すると、なんと体重の4倍以上の焦げだけを一年間、毎日食べることに相当する。つまり、体重50sの人なら「毎日200kg」の焦げを食べなくてはならない。現実にはあり得ないことである。」と書いてありました。
 そういえば、この本には書かれていませんが、山菜のワラビも同じで、普通に食べていてもほんんど問題ないそうです。
 また、よく「3秒ルール」などといい、テーブルなどに落としてしまった食べものを3秒以内に食べると大丈夫というのがありますが、この本では5秒となっていて、真実は5秒以下でも相当な数の細菌が付着していると書かれていました。たしかに、たとえばクッキーなどならそんなに問題はなくても、オニギリなどがベタッと地面に落としたなら、それはどう考えても食べられないですよ。やはり、ケースバイケースかもしれません。
 そういえば、以前はよくマイナスイオンはとても体にいいといわれていましたが、このマイナスイオンそのものがまったく科学的に効果が実証されていないそうで、マイナスイオンそのものも何をさしているのかはっきりとはしていないそうです。つまり、あやふやなままで、何となくマイナスイオンという言葉に踊らされているような気がします。
 下に抜き書きしたのは、日本の警察官の持っている拳銃についてのことです。
 というのは、先日、何度も「撃つぞ!」と警告してから撃っても、「殺すことはなかったのではないか?」などという批判を受けたり、つい最近は交番で警察官が襲われ、拳銃が奪われてしまった事件もありました。
 どうも、日本の警察の場合は、ドラマなどの刑事物と混同されることもあり、意外と知られていないことがたくさんあります。これもその1つではないかと思いました。
 ただし、「拳銃を使用するのは、ほかに手段がない場合」という条件は昔から変わってないそうです。
(2019.7.4)

書名著者発行所発行日ISBN
あの常識、全部ウソでした(アスペクト文庫)高比良公成 編(株)アスペクト2012年9月24日9784757221529

☆ Extract passages ☆

じつはこのような警告が必要だったのは、昔の話。2001年12月、国家公安委員会が定めた「拳銃警棒等使用・取り扱い規範」が改正され、予告なしに発砲することが可能になったのだ。
 この理由は、「日本の警察官は成嚇や予告なしに発砲しない」ということが浸透してしまい、犯罪者から危害を加えられることが多かったからだ。なかには刃物を振り回している男から通行人を守ろうとし、刺殺されてしまった警察官もいた。
(高比良公成 編 『あの常識、全部ウソでした』より)




No.1668『日本人はなぜ「頼む」のか』

 この本の題名を見て、一番最初に思い出したのが、太閤秀吉が臨終の間際に、自分の子の秀頼を護って豊臣家の存続を頼む、と五大老や五奉行などに遺言状として託したことです。しかし、それは結局は叶わなかったのですが、このような話しは、別のところでもよく聞きます。つまり、頼む、はいわかった、といいながら、結局は反故にされたということがけっこうあるようです。
 そんなことを思い出しながら読み始めると、「頼む」ということにも古い歴史があるようです。副題は、「結びあいの日本史」です。
 この本を読んで始めて知ったのですが、一揆というと、今のデモみたいなもので、それが暴徒化したりすると争いになるとばかり思っていました。ところが、戦国時代の一揆などでも、しっかりと一揆契約状をつくって、自分たちを護るために闘っていたようです。この本では、「勝俣鎮夫によれば一揆とは、人びとが共同で行動するために組織されたもので、参加構成員の平等を原則にして、意志決定は「多分につく」とされた。つまり多数決が行われたのである。また意志決定は構成員の縁故関係によらず、理非にもとづくものとされ、内紛による分裂を回避するために、内部の平和秩序の維持がもとめられた。こうした運営原理は、古代・中世の寺院で行われた衆徒の会合の伝統的方式が継承されていたとされる。一揆では、 一揆契約状が結ばれることが多かった。」とあります。
 つまり、一揆というとむしろ旗を掲げて闘うというよりは、下克上の戦国時代を生きぬくための知恵ではなかったかと思います。しかも、縁故関係よりは、理非、つまり道理にあつているかどうかとか、正しいか間違っているかとしっかり判断していたことがうかがえます。
 それが江戸時代になると、「頼み」というよりは「義理」や「人情」みたいなものが優先されるようになり、少しずつ変わってきているようです。
 それでも、この「頼み」というのは、明治時代になり議会制度や民主主義の時代になっても、ある意味、選挙民からの委任というような形で残っているようです。ただ、心配なのは、昔の「頼み」は、頼んだなら頼まれた人に任せるだけでなく、加勢しなければならなかったので、互換的原理も働いていたそうです。しかし、今は選挙に行かなかったり、ほとんど任せっぱなしで関心も薄れてきているようです。
 そういう意味では、昔の「頼む」ということの意義を、しっかりと見つめ直す必要があると、この本を読んで思いました。ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、源頼朝が伊豆に流人として流されていたとき、源頼政が後白河院の皇子であった以仁王を推して平家追討の令旨が全国の源氏に伝えられ、自らも挙兵するときの逸話です。
 それまでは、後見人である北条時政の娘政子と結ばれていたので、北条氏の後ろ盾があつたからと挙兵できたと思っていました。
 ところが、このような逸話が残っているほど、源頼朝は人々の心をしっかりとつかんでいたのではないかと思いました。著者は、「あとがき」で、「歴史家の仕事は、過去を旅することである」と書いていますが、先日の奥州などの旅でも、このような本を持っていくのもありうる、と思いました。これからは、旅だから旅の本ではなく、旅だからこそ歴史の本もいいなあ、と思います。
(2019.7.1)

書名著者発行所発行日ISBN
日本人はなぜ「頼む」のか(ちくま新書)白川部達夫筑摩書房2019年6月10日9784480072337

☆ Extract passages ☆

『吾妻鏡』によれば頼朝は挙兵するにあたって、自分に付き従っていたわずかな従者を、一人ずつ人目につかないところに密かに呼び出し、合戦のことを聞いた。そしてまだ誰にもいっていないが、ひとえに「汝を侍(たの)み」にしているので、ことを打ち明けるのだといった。密事を聞かされた従者は、自分にだけには打ち明けてくれたと奮い立ち、伊豆国の目代山本兼隆を襲撃して討ち取った。こうして頼朝は挙兵に踏み切った。
(白川部達夫 著 『日本人はなぜ「頼む」のか』より)




No.1667『日日是好日』

 6月25日に出発し、28日に帰宅しました。その帰りの山形新幹線のなかで読み終えました。
 最近は、旅に出るときに必ず持っていくものに、お抹茶と茶筅があります。それと、昔は茶碗を探すのも楽しみだったので、もって行かなかったのですが、ここ10年ぐらいは、小ぶりな抹茶茶碗も持って行くようにしました。それでも、菓子だけは現地調達で、行く前からその地方の銘菓といわれるものを調べたりします。
 今回は、25日は盛岡市の「竹芳」さんの上生でお抹茶をいただき、26日は甲斐大泉駅近くの八ヶ岳いずみ荘で、途中の東京都内で買った叶匠寿庵の「草庵蕨」を3個も食べてしまいました。というのも、店員さんから、日持ちは今日限りですといわれ、お抹茶を重ねていただきながらおいしく食べました。そして、27日は、東京に戻ったこともあり、虎屋の「沢辺の螢」と「水仙妹が袖」で、どちらもおいしかったです。
 つまり、毎日、お抹茶とお菓子を楽しんだわけです。お茶を習い始めたのが20代前半ですから、もう、かれこれ45年ほど続いています。それでも、普通にお点前できればいいので、唐物とか台天目などはあまりお稽古はしませんでした。むしろ、著者もいうように、美味しいお茶とお菓子、ときどき茶事などでおいしい懐石料理も楽しめるので続いてきたようなものです。さらに、この本の「まえがき」に、「お茶を続けているうち、そんな瞬間が、定額預金の満期のように時々やってきた。何か特別なことをしたわけではない。どこにでもある20代の人生を生き、平凡に30代を生き、40代を暮らしてきた。その間に、自分でも気づかないうちに、一滴一滴、コップに水がたまっていたのだ。コップがいっぱいになるまでは、なんの変化も起こらない。やがていっぱいになって、表面張力で盛り上がった水面に、ある日ある時、均衡をやぶる一滴が落ちる。そのとたん、一気に水がコップの縁を流れ落ちたのだ。」と続けることの大切さを書いています。
 また、お茶は、さまざまな道具を使うだけでなく、庭や茶室、料理など、ほとんどすべての伝統的な日本のものたちと出合います。それも、いつまでも終わりのない世界につながっているかのようです。花についても同じです。
 今回の旅でも、いろいろな茶花にできそうなものを見つけました。もちろん、茶花というジャンルはないと思いますが、この本ではわかりやすく説明していて、「花屋の店先で売られている花は、花の世界のごく一部でしかなかった。稽古に通う道沿いにも、いつでも、ふんだんに花があった。花が少ない時期には葉が深く色づき、その葉も落ちると、枝に真っ赤な実や、小さな芽がついた。先生は、色づいた葉も、花としてあっかった。」とあり、たしかにそうだと思いました。
 そう考えれば、花だけでなく、実や花芽だけの枝もすべて「茶花」になります。
 下に抜き書きしたのは、第14章「成長を待つこと」に書いてあることで、自分も習っていて、そう感じるときがありました。
 この本は、旅をしながら読んだので、ときどき車窓の風景を見るのも楽しみでした。そして、駅を出て、お菓子屋さんを探すのも大きな楽しみで、必ず、食べたお菓子と点てたお抹茶の写真も撮り続けました。
 また、お茶を楽しみながらの旅、続けたいと思っています。
(2019.6.28)

書名著者発行所発行日ISBN
日日是好日(新潮文庫)森下典子新潮社2008年11月1日9784101363516

☆ Extract passages ☆

 学校では、決められた時間内に、決められた「正解」を導き出す考え方を習う。早く正しい答えを出すほど優秀だと評価され、一定の時間を過ぎたり、異なる答えを出したり、またそういう仕組みになじめない場合は、低い評価が下される。
 けれど、お茶をわかるのに時間制限はない。3年で気づくも、20年で気づくも本人の自由。気づく時がくれば気づく。成熟のスピードは、人によってちがう。その人の時を待っていた。
 理解の早い方が高い評価をされるということもなかった。理解が遅くて苦労する人には、その人なりの深さが生まれた。
 どの答えが正しくて、どれが間違っている、どれが優れていて、どれが劣っているということはなかった。「雪は白い」も「雪は黒い」も「雪は降らない」も、全部が答えだった。人はみんなちがうのだから答えもちがう。お茶は、一人一人のあるがままを受け入れている。
(森下典子 著 『日日是好日』より)




No.1666『むかしの汽車旅』

 6月25日より、大人の休日倶楽部フリーパスで旅行に出ていますが、26日は「特急あずさ17号」で小渕沢駅まで来て、そこで小海線に乗り換え、甲斐小泉駅前の「平山郁夫シルクロード美術館」を観て、泊まりは甲斐大泉駅近くの八ヶ岳いずみ荘です。
 この本は、むかしの汽車旅ですから、いわば小海線などはいちばん似つかわしいのではないかと思い、この文庫本を持ってきました。すると、最後のほうに串田孫一「小海線の車窓」というのが載っていて、「P227」と書いていて、私も両方から乗ってみないとわからないのではないかと思いました。
 この本は、まさにほとんどの人が知っている著名な作家の方々の記者旅で、抜書きしてみると、「電車の窓」森鴎外、「総武鉄道」正岡子規、「満韓ところどころ」夏目漱石、「迎妻紀行」大町桂月、「常磐線(陸羽浜街道)」田山花袋、「左の窓」泉鏡花、「汽車奥の細道」高浜虚子、「停車場の趣味」岡本綺堂、「甲武線」島崎藤村、「深川の唄」永井荷風、「冬の車窓」別所梅之助、「木曾山脈を汽車の窓より」小島烏水、「雪中行……小樽より釧路まで……」石川啄木、「汽車の中で」萩原朔太郎、「夜汽車」近松秋江、「蜜柑」芥川龍之介、「大陸横断の車中にて」正宗白鳥、「二等車に乗る男」豊島与志雄、「化物丁場」宮澤賢治、「熱海線私語」牧野信一、「二等車の中(スケッチ)」中原中也、「シベリヤの三等列車」林芙美子、「丹那トンネル開通祝い」原民喜、「列車」太宰治、「解散列車」坂口安吾、「千歳線風景」伊藤整、「根室本線」更科源蔵、「小海線の車窓」串田係一、「伊那谷の断想 飯田線」岡田喜秋、です。
 そして最後に「鉄道唱歌」大和田建樹ですが、これが66番もあるとは知りませんでした。そして、これは「東海道篇」で、これを含めて五集まであり、第2集「山陽・九州篇」、第3集「奥州線・磐城線篇」、第4集「北陸地方篇」、第5集「関西・参宮。南海各線篇」とあるそうです。しかも、この正式なタイトルは、「地理教育鉄道唱歌」といい、歌いながら、地名や郷土史、さらには土地の産物、地形なども勉強できるものだったようです。しかも、この第1集「東海道篇」だけで1,000万部売ったそうですから、これにも驚きます。
 この本を読みながら、今、列車の旅をしているわけですから、楽しみです。また、今まで旅したところも出てくるので、思い出したりするのも、いいものです。
 それにしても、昔の記者旅はのんびりしたもので、その時間の感覚は、なかなかわからないものもあります。おそらく、新幹線が出てから、旅も大きく変わってしまったのではないかと思います。今回も岩手県の盛岡駅から東京駅までたった2時間14分です。停まる駅も仙台駅の次は大宮駅、そして上野駅と東京駅ですから、ほとんどまっしぐらに進みます。だから、通過する駅の名前もほとんどわかりません。
 そういえば、木曾山脈を汽車の窓より」小島烏水のなかに、「この一枚の硝子窓は、私には何物にも換えられない画布です。」というフレーズがありますが、これなどは小海線を走っているときにはそう思えましたが、新幹線の窓からの風景は、あっという間に過ぎ去ってしまいます。
 下に抜き書きしたのは、別所梅之助「冬の車窓」で、6月26日に乗った「特急あずさ17号」の車窓風景と似ています。というのも、同じ中央線沿線ですし、家並はだいぶ違ってきてますが、自然の風景はまったく同じだと思いました。しかも、去年の12月6日にも松本駅から「あずさ号」で新宿まで出たので、どちらの方向でもわかります。
 また、車窓の風景も楽しみのひとつですが、この本に出てくる人たちとの違いは歴然としています。その差を想い描くだけでも、大きな楽しみになりました。そういえば、私が始めて東京まで汽車に乗ったときにも、ある程度は似ている部分もありますが、この本はさらにそれよりもだいぶ前の話しです。その乗客の服装や話し方や食べものについても、今ではまったく考えることすらできないものでした。
 でも、JR東日本では、今年から車内販売などを大幅に変えるらしいので、また、車内の飲食も変わってくるのではないかと思いながら、少なくなってきた車内販売のコーヒーを飲みながら、本を繰りました。
 旅の読書は、新幹線などのスピードよりも、小海線などのガタンゴトンとゆっくり走る電車のほうが似合っています。
(2019.6.27)

書名著者発行所発行日ISBN
むかしの汽車旅(河出文庫)出久根達郎 編河出書房新社2012年7月20日9784309411644

☆ Extract passages ☆

 中央線の列車が、都を後にして立川あたりまで出ると、もう立派な山脈が、彼方に現れる。あの不二に高く揚げた波が、一度さがって、更に次第に秩父の連嶺へと上りゆくうるわしさ。日が西に沈むおりなど、山々あるは濃く、あるは薄く、空際をかぎっておる。
 甲斐に入っての旦(あした)がよい。不二は後に黒くなりゆくが、右手の茅が岳、人が岳、左手の地蔵、鳳凰、駒の山々、いずれも厳しい姿をしておる。さらに雪の白峰が神々しい。
(出久根達郎 編 『むかしの汽車旅』より)




No.1665『旅のアイデアノート』

 6月25日より、大人の休日倶楽部フリーパスで、旅行に出ています。今回は、今年の4月から始めた奥州三十三観音札所巡りの続きで、岩手県の3ヶ寺をお詣りした後に、盛岡駅から「はやぶさ10号」で、東京まで出てきて、今度は新宿駅から「特急あずさ17号」で小渕沢駅、そこで小海線に乗り換え、甲斐小泉駅前の「平山郁夫シルクロード美術館」まで来ました。その途中で、この本は読み終わりました。
 ですから、これを電車の中で書いていますが、そのせいか、著者が海外旅行で必ず寄るのが、スーパーマーケット、ドラッグストア、郵便局、ミュージアムショップ、そして本屋だそうです。この5つのうち、私も今回の旅で寄ったのが新宿でブックオフにより、そしてこれから「平山郁夫シルクロード美術館」のミュージアムショップに寄る予定です。
 そういえば、シンガポールの小さな書店兼出版社の『Books Actually』の店頭に本の自動販売機があるそうです。それによると、「出てきた包装紙を剥がすまで何の本だかわかりません。試しに1冊買ってみたところ、シンガポールのコミックエッセイが出てきました。海外に働きに出たものの、なんの成果もなく戻ってきてしまいやる気も全く起きない主人公の淡々とした日々が描かれています。そうそう、こういう何気ない日常が読みたかったのです!国を映す鏡を一つ、手に入れたような気持ちです。」書かれていましたが、わたしは何が出てくるのかわからない本の自販機では、ぜったいに買わないだろうな、と思いました。
 それから、著者は、「窓から移りゆく風景を見ずに、旅といえるでしょうか……?」といいますが、私もどちらかというと窓側派です。ほとんど本を読んでいますが、それでもときどき目を車窓に向けると移りゆく風景がなんとも旅愁をかもしだしてくれます。そして、車内販売でコーヒーなど買って飲むと、現在進行形で旅をしている気分になります。それが、なんと、今年の春からコーヒーの車内販売がなくなると聞き、ガッカリしています。
 そうそう、この本を読みながら、2020年には品川の『原美術館』が閉館することになったそうです。ここはいつかは行きたいと思っていましたが、なかなか見たい企画と上京した日にちとが違い、まだ実現していません。明日と明後日は博物館と美術館を見ることにしているので、それに当ててもいいかなと思っています。
 下に抜き書きしたのは、旅の貴重品についてのもので、なるほどと思ったところです。
 この手の話しはなんども出てくるので、やはり十分に気を付けなければならないと思います。私はといえば、まだ一度もその被害にあったことはありません。
(2019.6.26)

書名著者発行所発行日ISBN
旅のアイデアノート森井ユカ産業編集センター2019年3月13日9784863112179

☆ Extract passages ☆

 旅における貴重品、それはパスポートとサイフとスマートフォン。この三つをどう安全に携帯するかに尽きます(この三つさえあれば旅行はどうにかなります)。
 一人で街を歩くとき、治安が悪いとされているところは避けるのが鉄則ですが、そうでなくても人通りが多いところではバッグを前にしっかり抱える、キョロキョロしないで現地の人らしく振舞うなど心掛けます。写真を撮るときもできるだけ短時間で、地元をよく知る人間がさりげなく撮影している、というようなそぶりを演出します。盗難に遭う人はしばらくマークされてから隙を突かれますので、常に気を付けることが必要です。
(森井ユカ 著 『旅のアイデアノート』より)




No.1664『世界の国境を歩いてみたら…』

 この本は、2017年の秋に、BS11が来年に開局11周年を迎えるにあたり、改編の目玉になる大型番組企画を募集したら、各制作会社からいろいろな企画が持ち込まれたそうです。そのなかから選ばれたのがこの「世界の国境を歩いてみたら…」です。2018年の春からこの新しい旅番組がスタートし、そこで放送した中から、厳選したのがこの本になったというわけです。
 テレビと違い、写真と活字で読むと、また違ったおもしろさがあります。何度も読み返しもできますし、見っぱなしより印象も深くなるような気がします。この本では、第12章までの12の国境を取りあげていますが、それぞれのお国柄が出ています。
 そういえば、今年の3月に中国とミャンマーの国境線を歩きましたが、はっきりと国境とわかるところや、細い道を進んでいるうちに国境にぶつかったりしました。そこでは、もちろん写真撮影はできませんが、ちゃんとした国境には大きな建物があり、そこでトラックなどの検査をしたり、人の確認などをしていたようです。私たちはビザがないので、そこを通過することはできませんでしたが、その前で記念写真だけは撮ってきました。特に、片馬の国境では、樹々の間から眺めただけですが、同じような山並みが続いているという印象でした。
 この本では、第1章はアルゼンチンとボリビア、第2章はベトナムとカンボジア、第3章はフランスとイタリア、第4章オランダとベルギー、第5章シンガポールとマレーシア、第6章南アフリカとモザンビーク、第7章ノルウェーとスウェーデン、第8章アメリカとカナダ、第9章パナマとコスタリカ、第10章スイスとフランスとドイツ、第11章はエストニアとラトビアとリトアニア、そして第12章はタイとラオスです。
 3カ国にまたがるのは第10章と第11章だけですが、そういうところはとても複雑な歴史がありました。
 やはり、一番おもしろいと思ったのはそういうところで、昔は多くの戦争があり、領地の奪い合いがあったようです。それでも、たとえばバルト3国のエストニアの首都タリンはおよそ500年前に建てられた建造物がたくさん残っていて、1997年には世界文化遺産にも登録されています。あの『ロンリープラネット』で、「最も価値のある旅行先2016」で第1位に格付けもされたそうです。
 このタリンという名は、エストニア語で「デンマークの城」という意味だそうで、13世紀はデンマーク領で、14世紀はドイツ騎士団、17世紀はスウェーデン、18世紀はロシア帝国、20世紀はソビエト連邦の支配下で、独立したのは1991年です。やはり、国境沿いにある地域というのは、大変なようです。
 一番行ってみたいと思ったのは、この本のなかのいくつかもそうですが、実は中国雲南省とミャンマーの国境線、今年行ったところよりさらに奥地の独龍江です。ここは怒江リス族自治州の貢山トールン族ヌー族自治県です。この辺りはイギリスのプラントハンターであるジョージ・フォーレストがたくさんの珍しいシャクナゲを採取したとこころです。数年前から行きたいという意思表示はしていたのですが、今年の10月までは道路工事などで中国人でさえも入境することは禁止されているといいます。いずれ、体力のあるうちに訪ねてみたい国境線ぞいです。
 下に抜き書きしたのは、第5章のシンガポールとマレーシアに書いてあるホタルについてです。
 どこの国も同じように、環境の悪化が心配されているようですが、木にも海辺にも、ジャングルにもたくさんの種類がいるというから驚きました。そろそろ、小野川温泉のゲンジボタルも見頃を迎えています。
(2019.6.25)

書名著者発行所発行日ISBN
世界の国境を歩いてみたら…「世界の国境を歩いてみたら…」番組取材班河出書房新社2018年12月30日9784309027692

☆ Extract passages ☆

 ホタルの寿命は3カ月程度。でも、1年を通して温暖なマレーシアでは絶えず繁殖しているため、ここではいつも見られるそうです。小さな光を見上げながら、男性が呟きました。
「20年前は水がもっときれいだったんだ。だけど人が増えるにつれて、ホタルの数も減ってしまった。ホタルを楽しむにはライトも何もいらない、自然さえあればいいんだ。ホタルがすめる美しい自然を残していけるといいんだけど……」
(「世界の国境を歩いてみたら…」番組取材班 著 『世界の国境を歩いてみたら…』より)




No.1663『田部井淳子の人生は8合目からがおもしろい』

 「94歳のピアニスト 一音で語りかける」を読み、すごいなあ、と思っていたら、たまたまこの本を図書館で見つけました。
 そろそろ山登りのシーズンなので、奥の書庫から引っ張りだしてきたような感じの並べ方でした。おそらく、図書館の人たちも、話題や季節とか、いろいろ考えて展示しているのかな、と思い、借りてきたのです。でも、著者の本は初めてなので、テレビなどでの紹介程度しか知りませんでした。
 それが、山関係で知り合ったそうですが、旦那さまはホンダに勤め、著者の山への想いを叶えてくれたのですから、まさに内助の功です。もちろん著者も講演とかテレビなどへの出演とか、いろいろな活動を通してサポーターを集めていたのでしょうが、この本を読んで、旦那さんが一番のサポーターであったと思いました。
 本の最初のスペースにカラー写真が載っていて、そのなかに抹茶セットの写真もありました。そのなかのブータンの竹編み弁当のなかに、両口屋の「二人静」という徳島県産の和三盆糖を使用した干菓子が入っていて、そうそう、これは私もよく海外に持って行くと親近感を持ちました。本のなかでは、「わたしが山に登るとき持っていくものに携帯用の抹茶セットがある。いま使っているのは三代目となる。氷河の上で、新緑や紅葉が美しい日本の山で、いただくお抹茶のおいしいこと。茶碗に抹茶を入れ、ポットのお湯を注いで、茶せんで泡立てると、お茶の香りがふわっと広がり、何だがほっこりとして、とてもぜいたくな気分になる。巾着袋には陶器の抹茶碗ひとつと、ゲスト用に軽くて丈夫なミャンマーの漆器「キンマ」を3つほど入れていく。「キンマ」は竹と馬の毛を編み上げて漆を塗ったもの。普段はそうめんの椀にしたり、いろいろ使えて便利だ。お茶うけには日持ちのする干菓子を、ブータンで買ったふたっきカゴに入れて持っていく。」と書いてありました。
 このキンマを、私もミャンマーで見たことがあり、その専門店にも行きました。私も棗や同じような漆碗などを買いましたが、茶筅を振ると傷を付けそうで使っていません。そういえば、紙のように軽いので、陶器の茶碗でお茶を点て、これに移し替えて使おうと考えました。
 海外でも、お茶を点てようとすれば、必ず必要なものは茶筅とお抹茶だけです。茶筅は代りがないので、これも絶対に必要な道具です。茶杓などは、プリンなどについてくるプラスチックのサジで代用できますし、お菓子なども現地調達すれば、さらに楽しみが増えます。以前は茶碗も現地で探したのですが、見つからないときもあり、今では自分の常使いの小服茶碗を持っていきます。
 著者がいうように、日本の山には四季の変化があり、同じ緑色でも微妙な違いを感じます。海外の山に行って、帰ってきて日本の山々を見ると、そう思います。
 そして、若い時には、時間的な制約もあり、なかなか楽しめないときもありましたが、昨年、古希を迎えてからは、日帰りできるときは1泊し、1泊のときには、あえて2泊するようにしています。まさに人生の8合目からがおもしろいと実感しています。
 下に抜き書きしたのは、あえて段差のある生活をしているといい、その理由を書いてあるところです。
 たしかに、人は楽なほうに流れやすいので、著者は段差のある生活を続けていこうといいます。私もなるべくこれは見習いたいと思いました。
(2019.6.23)

書名著者発行所発行日ISBN
田部井淳子の人生は8合目からがおもしろい田部井淳子主婦と生活社2011年5月23日9784391139778

☆ Extract passages ☆

ロコモティブシンドロームとは運動器の障害により要介護になるリスクの高い状態になることである。
 家の中でつまずきやすかったり、階段を上るのに手すりが必要だったり、片脚立ちで靴下がはけなかつたり、15分くらい続けて歩けないなど、ひとつでもあてはまればロコモティ ブシンドロームの心配があるといわれて、私はドキッとした。
 年をとったときのために家の中をバリアフリーに改造するのは、足腰を衰えさせるという説にも驚いた。人間は楽なほう楽なほうに移行する動物なので、段差のない生活をしていると足が上がらなくなるというのだ。
(田部井淳子 著 『田部井淳子の人生は8合目からがおもしろい』より)




No.1662『のこす言葉 ルース・スレンチェンスカ』

 この「のこす言葉」シリーズは、以前、No.1642『今西錦司』とNo.1643『三浦雄一郎』とを読んだことがありますが、この本の副題は「94歳のピアニスト 一音で語りかける」です。
 著者のルース・スレンチェンスカというのは、始めて聞く名前で、それでも94歳の今もピアニストとしてコンサート会場に立つというから、スゴイと思いました。そして、「90代になった今はもう、チャイコフスキーのピアノ協奏曲のような大曲を弾く力はありません。たしかに80歳のラストコンサートでは弾きましたけれど。でも、今でもまだ弾ける曲や、これから新たに挑戦したい曲が、いろいろあります。若いときのように大曲、難曲を弾きこなす強さがなくなっても、それはそれでいい。別の道を行けばいいのです。まだ開拓していない道をね。」と書いてあり、なるほど、80代は80代なりの、90代は90代なりの挑戦があると思いました。
 だから、著者は、今まであまり弾いてこなかったシューベルトの曲を繊細な美しさを出すために稽古しているといいます。この新しい取り組みこそが、著者を若々しくさせているのではないかと思いました。
 もちろん、毎日の練習は大切で、今でも譜面に向き合い、指使いをあれこれ試しながら手も鍛えているそうです。もちろん、練習は厳しいといいますが、著者は、他のピアニストの練習についても、「演奏家は、練習することが好きでなくても、しなくちゃならない。だからみな、続けるために自分なりの方法を持っているんです。ルービンシュタインはチョコレートの箱と本を右と左に置いておいて、メトロノームを使って何度も何度も練習して、一区切りついたら自分へのご褒美として、チョコレートを食べるか本を読むかする。そうやって、さらにもうひと頑張りできるようにするわけです。ギーゼキングの場合、それは蝶の蒐集でした。」と話します。
 では、著者自身はというと、本を読むことだそうです。もともと演奏家というのは孤独なもので、1人で何かをすることを見つけなければならないといい、コンサート会場に立つときも、ほとんどの演奏家はすごい緊張感を感じるといいます。この本のなかでは、その緊張感を仲間のピアニストたちと話す場面も出てきます。
 だから、「芸術を追究するのは森の中をさまよい歩くようなもの」とも話します。
 著者は、日本でもなんどか演奏をしたことがあるそうで、昨年と書かれていますが、この本を出版したのは今年の5月ですから、2018年のサントリーホールでリサイタルをした後のことでしょうが、岩手の中学生から「どうやったら長生きできるんですか?」と質問されたそうです。
 下に抜き書きしたのは、そのときの質問の答えです。
 また、そのことが、この本の副題である「94歳のピアニスト 一音で語りかける」につながったのではないかと思いました。
(2019.6.20)

書名著者発行所発行日ISBN
のこす言葉 ルース・スレンチェンスカルース・スレンチェンスカ平凡社2019年5月8日9784582741193

☆ Extract passages ☆

 私はこう答えたんです。人を愛すること、心から愛すること。そうすればその人もあなたを愛してくれて、大切に思ってくれて、長生きできるんですよ、と。
 与えれば与えるほど、人は豊かになれます。プレゼントをするんです。人にプレゼントをあげるときに、そのへんにあるものをいい加減に渡す人はいないでしょう。その人にふさわしいと思うものを選んで、リボンをかけて、そっと手渡しますよね。
 私の場合、それが音なんです。一音ずつ、音を育てて、鍛えて、その音を人に捧げます。
(ルース・スレンチェンスカ 著 『のこす言葉 ルース・スレンチェンスカ』より)




No.1661『令和を君はどう生きるか』

 図書館でこの本を見つけ、もう「令和」関連の本が出ているのかとビックリしましたが、読んでみると、いつでも出せるように準備していたのではないかという本でした。著者の「エピローグ」も、2019年4月1日(新元号「令和」発表の日に)」と書いてあり、初版第1刷の日付けは4月19日でした。
 この本で出てくる「マックジョブ」という言葉は、マクドナルドの定員のようにマニュアル化され、誰にでもできる仕事ですが、これだってもともとは誰でもできるものではなかったのです。たとえば、コンビニの商品発注の業務は、複雑でいろいろな情報がないとできなかったのですが、それがコンピューターを使うことにより、売上だけでなく、天気や近くのイベント情報なども組み込んだとても複雑なものですが、それすらほぼ自動化されているようです。それでも、お弁当などのお総菜が残り、「食品ロス対策」が問題になっているのは知られているところです。ある意味、それぐらい難しい予測を昔は人間がしていたわけですから、まさに専門職だったのです。
 これからますますAI化が進むと、職種によっては人が余ってくるのは目に見えています。だから著者は、令和の時代は給料も上がらないし、圧倒的な富の差が出てくると予測しています。
 そのような時代で生き残っていくためには、身につけるべきスキルがあるはずです。でも、そのスキルはあくまでも手段ですから、その目的はと問われれば、「幸せな人生を送るため」ということになると著者はいいます。でも、世代にとっても各個人にとっても、「幸せ」というのはみなそれぞれに違います。著者は、それら幸福度を測る要素として、
 @健康寿命 A国民一人あたりのGDP B社会の非腐敗度(汚職の少なさ) C社会的支援 D人生選択の自由度 E社会の寛容度(他者への寛大さ)
 の6つを上げています。
 これは、国連の世界幸福度調査に用いられている「幸福度を測る6つの要素」で、これで計ると日本は58位だそうです。では、世界一幸福な国のブータンはというと、95位です。
 やはり、幸福度を測るというのはなかなか難しいようで、このはかり方では、北欧の国々やラテン系の国が上位に入っています。詳しくはわかりませんが、感覚的には12位のコスタリカや27位のグアテマラなどより、日本の方が幸せそうに見えるのは、ひいき目だからだけでしょうか。
 下に抜き書きしたのは、政界と財界という分け方のおもしろさです。このような視点で見ると、今の動きがなんとなく見えてくるような気がしました。やはり、経済成長というものは、「神の見えざる手が働くことで達成される」もののようです。
(2019.6.18)

書名著者発行所発行日ISBN
令和を君はどう生きるか鈴木貴博悟空出版2019年4月19日9784908117596

☆ Extract passages ☆

財界と政界は、やるべきことが違うのです。政治家も官僚も、経済を成長させる力をもともと持っていません。政治家と官僚の機能は、経済成長ではなく、「再分配」にあります。どこかからお金を持ってきて、それを何かの目的に使うのです。必要な道路をつくるとか、困っている人たちの生活を支えるとか、公共予算をつくってお金を分配するのが政治です。その分配が得意な政府において、分配方針を決めるのが政治家であり、分配実務を設計するのが官僚です。
 再分配ならば、計画すればそのとおりに実行できますが、経済成長はそれとは違い、計画してもおいそれとは達成できません。それは、昭和の時代に、ソ連(ロシア)や中国といった共産圏の国家が計画経済の壮大な実験をおこない、うまくいかなかったことで証明されています。
(鈴木貴博 著 『令和を君はどう生きるか』より)




No.1660『元気に下山』

 山登りをしていつも思うのは、行きはよいよい帰りは怖いということです。実際に登山の歴史を見ても、登るときよりも下山のときの方が遭難は多いといいます。
 たしかに、登るときは意気揚々としていますし、風景も見慣れないこともありすべてが新鮮に感じられます。ところが、下山は一度通ったところを戻るのが多く、疲れもだんだんと溜まってきます。
 でも、この本に書かれているように、一度見た風景でも、周りを眺める余裕からか、登るときに気づかなかったものが見えたりします。そういえば、山菜採りやきのこ採りの名人に聞くと、上りと下りでは見え方が違うので、同じところを通ってもそれなりに採れるといいます。そういえば、写真を撮るときなども、そのような経験があります。
 この本で先ずなるほどと思ったのは、「強制収容所の体験記として有名な『夜と霧』の著者であり、心理学者のヴィクトール・フランクルは、かつて収容所にいたとき、仲間とひとつの約束をしたそうです。それは、毎日ひとつずつ、思わず笑い出したくなるような話を思い出したり、考え出したりして、お互いに披露し合おうじゃないか、というものでした。実際、フランクルと友人はその約束を守り合い、笑うなどということがまったく考えられないような悲惨な状況の中で、毎ロユーモアのある話を何とか捻り出し、交代で語り合ってはハハハと笑い合ったというのです。この笑うことを大事にしようとした感覚が、過酷な日々を生きていく上で不可欠であったと、フランクルは著書の中で述べています。」ですが、たしかに笑いは、悲惨な状況でも生きようとする気持ちを持ち上げてくれます。
 よく、極限状態の中で人間を生かす力と聞かれると、頑健な肉体とか、強い信仰心とか、意志の強さを考えますが、このことは、毎日の生活において大事なものは心のゆとりのようなものだと教えてくれます。そのゆとりを支えてくれたのが、笑いという人間の根源的なものではなかったのかと思いました。
 人は意外と強いと思われている人ほど、何か大きな影響を受けると弱いものです。だから柳に枝折れなし、という言葉も生まれるわけです。
 そういえば、この本で始めて知ったのですが、日本転倒予防学会というのがあり、そこの資料のなかに、「転倒予防川柳」というのが載っていたそうです。それを紹介すると、
「あがらない 年金こづかい つま先が」(静岡県 石川芳裕)
「つまづいた むかしは恋で いま段差」(長崎県 福島洋子)
「つまづいて 身より心が 傷ついて」(神奈川県 横溝彩子)
などで、まさに自虐ネタのような川柳で、近年のサラリーマン川柳を思い出しました。「つまづく」ことで痛いだけでなく、「つまづく」ようになったことで自分の老いに気づくなど、なるほどと思いました。
 下に抜き書きしたのは、修行のときに経験したことで、この「あのときに比べれば」という物差しの大切さです。
 著者の指摘通り、老年期にはたしかに役立ちそうです。
(2019.6.15)

書名著者発行所発行日ISBN
元気に下山(宝島社新書)五木寛之宝島社2019年4月24日9784800288370

☆ Extract passages ☆

 以前、北山修さんと対談したとき、「ぼくは五木さんが羨ましい」と言われました。敗戦を経験した戦前・戦中世代は、飢えて、涙を流しながら物を食べた経験がある。北山さんたち戦後世代はそういう体験をしたことがない。「だから、羨ましいんです」とのことでした。
 たしかに、「あのときに比べれば」という物差しがあることは、ありがたいことなのかもしれません。特に、不自由なこと、不便なことがどんどん増えていく老年期を生きる上では役に立っています。
(五木寛之 著 『元気に下山』より)




No.1659『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』

 この文庫本は、今年の4月に奥州33観音巡りに行ったときに泊まった「バリュー・ザ・ホテル仙台名取」のすぐ近くにあったブックオフで買った1冊です。ここは、意外に本の数も多く、帰りの時もまわって何冊か調達してきました。
 これは、その晩にも少し読んだのですが、家から持っていったのも読みたくて、ついその読みかけのまま持ち帰りました。それを机の上に置きっぱなしにしておいたのですが、数日前に目にとまり、また読み始めたものです。
 この本の最後のページには、単行本が2008年10月に刊行され、その前にはキーコーヒー株式会社のウエーブサイト「書茶(しょさ)」で2007年9月14日から2008年10月30日にわたり公開されたものだそうです。ということは、先にウエーブサイトで流され、単行本化され、さらに文庫本化されたということになります。
 作家は、8名で、順に「夢の香り」石田衣良、「父とガムと彼女」角田光代、「いちば童子」朱川湊人、「アンタさん」阿川佐和子、「ロックとブルースに還る夜」熊谷達也、スフン・レイク」小池真理子、「コーヒーもう一杯」重松清、「何も起きなかった」高樹のぶ子、です。
 最初からコーヒー関連の会社の企画だと知っていれば、これらの作品からコーヒーの存在を見つけ出すのですが、題名で使われているのが重松清さんの「コーヒーもう一杯」だけです。でも、なんらかの形でコーヒーが登場していたのに気づいたのは最後だったので、さいが作者たちは上手にスポンサーの存在を意識させないように書いたのかもしれません。
 でも、このような作品だと、ほとんど抜書きするようなところはなく、下に何を抜けばいいのか、迷いました。
 それで、テレビなどにも登場する阿川佐和子さんの「アンタさん」から少しだけ抜書きさせてもらいました。というのは、阿川さんは、エッセイ『聞く力』(文春新書)で2012年の年間ベストセラーの総合1位を記録しているので、やはりそれが文中にも出てきたように感じたからです。
 また、テレビなどのインタビューでも、ついつい本音を引き出すところなどは、さすがと思って見てます。やはり、何もないところから作品は生まれないようで、それなりの下地があると思いました。
 おそらく、この本の題名の香りも、もしかするとコーヒーの香りに結びつけられるのかもしれません。ただ、ほとんど作品は、いろいろな香りが出てきて、とても楽しく読ませていただきました。
(2019.6.12)

書名著者発行所発行日ISBN
あなたに、大切な香りの記憶はありますか?(文春文庫)阿川佐和子 他文藝春秋2011年10月10日9784167801564

☆ Extract passages ☆

 何より楽しかったのは、用務員室のおじさんやおばさんたちがストーブを囲んでくつろいでいるところへ行って、最近、気になった校内の事件とか、かわいい一年生の笑える話とか、学校に古くから伝わるお化け伝説の真相とかを、こっそりお団子やお煎餅をつまみながら話してもらうときだった。人に質問する癖は、たぶんあの頃、身についたのだと思う。
(阿川佐和子 他 著 『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』より)




No.1658『立ち直る力』

 この本は、「息子よ。」と語りかけるような文章で、著者も「はじめに」のところで、ほとんど息子に向けて書かれたものだと認めています。
 でも、読んでみると、ちょっとくじけたり、なげだしたくなるようなときに、思いとどまらせてくれるような文章です。もちろん、息子あてですから簡単な言い回しですし、誰にも理解できそうです。
 たとえば、この抜書きしたのは「大の字になって」というところですが、「大変なときには涼しい顔をして、悲しぃときにはできるだけ微笑みを忘れずに、すべてがうまくいっているときには気を引き締めて、すべてがうまくいっていないときにはあんまり気にせず、寂しいときには口ずさんで、どうしようもないときにはもう諦めて、つまずいて転んだときには起き上がらずに大の字になって青空を眺めて。」と書いています。
 おそらくあまりにも簡単過ぎるフレーズなのに、どこか気になります。そして、そうか、そうすればいつの間にかすべてが流れて行き、落ち着くところに至るのか、と思ってしまいます。なんにもできなくても、大の字になって青空を眺めているとそれだけで気持ちよくなりそうです。できるとか、できないとかいうことも、なぜかバカらしく感じられます。
 著者は1997年に『海峡の光』で芥川賞をとりましたが、どちらかというと大きな賞をいただいた作家の本はあまり読みません。だからどういう傾向の作家かもわからないのですが、この本を走り読みしたときに、家の孫に相談されたときにいいな、と思いました。
 それは、「結局、君が元気いいときって、気がつくとまわりに人間的にいい人ばかりがいるだろ。逆に調子悪いときって、まわりに欲張りで悪口好きな人ばかりが集まっていないか? 人間って、誰とつき合うかで変わるんだよ、一生が。選んでいるのは自分。自分が変われば、出会う人も変わるんだよ。さ、今日も笑顔で!」というところです。
 まだ、このような質問をされたわけではないのですが、先ずは転ばぬ先の杖のようなものです。
 下に抜書きしたのは、寺田寅彦の『科学者とあたま』という短い随筆に書かれていることだそうです。
 これを読むと、どちらも必要ではないかと思いました。まさにマクロとミクロの目です。でも、このようなわかりやすさって、本当は子どもたちにとって一番大事なことですよね。
(2019.6.10)

書名著者発行所発行日ISBN
立ち直る力辻 仁成光文社2018年2月20日9784334979751

☆ Extract passages ☆

 もし迷っているなら、チャンスの十字路にいると思え。
 右にそれるか、左に行くか、前に進むか、来た道を一度戻るか。
 どこかの先にチャンスがあると思えば、ポジティブになる。
 迷ったのには意味があるんだと、前向きに考える。
 人はいくつもの十字路で悩む。
 しかし、それはすべてチャンスの十字路なんだよ!
(辻 仁成 著 『立ち直る力』より)




No.1657『「人生二毛作」のすすめ』

 この本の副題は「脳をいつまでも生き生きとさせる生活」とあり、では、人生二毛作というのは何を意味するのかと思っていたら、最初のところに「同じ耕地で、一年のあいだに異なる作物を栽培することを二毛作といいます。同じ作物をっくるのは二期作です。二期作ではなく、二毛作。最初に歩んだ道とは異なる、もうひとつの人生です。二毛作というとき、農業では、一度めの作つけを表作、三度めの作つけを裏作といいますが、人生における二度めの作つけは、けっして「裏」ではない。余生などというのも、おもしろくありません。第一幕の人生とは趣きを変えて、むしろ第一幕をしのぐほどのたのしさと充実感に満ちた第二幕を迎える。それが、人生の二毛作です。」と書いていました。
 もちろん、これ一筋っていう生き方もありますが、それができるというのは1つの長所です。これを真似たいと思っても、真似のできることではないような気がします。ということは、人生二毛作といっても、これだって人それぞれの性格があり、なかには仕事と趣味がいっしょだということもあります。
 ただ、これしかないと思い込んだときには、いや、人生にはいろいろなことがあって、1つにこだわる必要はないと考えたほうがいいような気がします。あっちもこっちもというつまみ食いでは、大成できないと思うので、ある程度絞ると言うことも大事です。
 この本を読んでいて、なるほどと思ったのは、「知的な活動の根本は、記憶によって支えられる知識習得ではありません。知識習得にはげむことは、むしろ考える力を低下させる危険さえあります。この事実を、二毛作人生ではしっかり頭に置いておかなくてはなりません。識習得が生きる上で血肉となるのは、せいぜい30代まででしょう。40代、50代ともなれば、その知識を土台にして、独自の知性を発展させていかなくてはなりません。それによって、二毛作人生を花開かせなくてはならないのです。さらに、60代以降の第二の人生を充実させるつもりなら、置き去りにしてきた思考力をすこしでも取り戻す必要があります。それには、自分が受けてきた知識教育の足かせをはずして、自らの頭で考える力をもつことです。」と書いてあり、あまり詰め込みすぎるのも考えものだと思いました。というよりも、記憶力が衰えてきたと思っていたので、むしろその方が考えやすいと知り、なるほどと思ったようです。
 そういえば、この本によると、ドイツの心理学者のエビングハウスによると、人は20分後に42%忘却し、1時間後には56%、そして1日後には74%も忘れるということです。これを「忘却曲線」というそうですが、どっちみち忘れるなら、忘れることにそんなにもこだわる必要はないと思いました。
 下に抜書きしたのは、寺田寅彦の『科学者とあたま』という短い随筆に書かれていることだそうです。
 これを読むと、どちらも必要ではないかと思いました。ぜひ、皆さまも考えてみてください。
(2019.6.7)

書名著者発行所発行日ISBN
「人生二毛作」のすすめ外山滋比古飛鳥新社2010年3月25日9784870319905

☆ Extract passages ☆

 いわゆる頭のいい人は、言わば足の早い旅人のようなものである。人より先に人のまだ行かない所へ行き着くこともできる代わりに、途中の道ばたあるいはちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす恐れがある。頭の悪い人足ののろい人がずっとあとからおくれて来てわけもなくそのだいじな宝物を拾って行く場合がある。
 頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない。
(外山滋比古 著 『「人生二毛作」のすすめ』より)




No.1656『やきものの里めぐり』

 だいぶ昔の話しですが、定年になったら好きなやきものを探したり、その窯場に行ってみたいと思っていました。おそらく、その思いは、京都にいたときに連れて行ってもらった信楽の印象が強かったからだと思います。その時、私は辻村史朗の「油滴茶碗」を、そして相手は高橋春斎のいかにも信楽風の茶碗を買ったように記憶しています。そしてそのとき、窯で焼くときのサヤをもらってきたのですが、今ではどこにいったのかさえわかりません。
 「油滴茶碗」の方は、京都の醍醐寺の方に銘を「寶泡」とつけてもらい、今でも大切に保管しています。そういえば、山大大学院に入られた伊賀の方に、それを見せてほしいといわれ、お見せしたことがあります。なぜ、辻村さんが油滴などを焼いたのかわかりませんが、今の作風からはとても信じられないようです。
 お茶を少しばかりするので、今でも陶磁器を見るのは好きで、ときどき窯場巡りなどしてみたいと思うのですが、意外と東北には少なく、茶陶というと、さらに少なくなります。しかも、今はネットオークションでも買えるので、つい先送りになってしまいます。ところが、毎年、お茶の仲間たちと1泊旅行をするのですが、今年は金沢に決まり、せっかくだから九谷焼でも見ようと思っていたら、この本に出合いました。
 ところが、九谷焼は金沢付近ではなく、加賀市や小松市、能美市などで焼かれており、しかも工房の集まっている能美市寺井周辺には購入できる展示室を備えた窯元はないと書いてありました。それでは、大樋焼にと思ったのですが、その説明もほとんどありませんでした。
 やはり、茶陶という限られた分野では、本を出版しても読者をつかめないのではと思いました。それでも、昔生きたいと思って調べたところがたくさん掲載されていて、とてもおもしろく読むことができました。
 そのなかのいくつかは、これからでも行ってみたいと思い、抜書きすることにしました。たとえば、唐津焼ですが、「唐津焼は肥前(現在の佐賀県および壱岐・対馬をのぞく長崎県)の近世陶器の総称です。始まりは1580年代後半の唐津市北波多の岸岳。文禄・慶長の役で渡来した朝鮮半島の陶工たちにより新しい技術がもたらされ、すぐに最盛期を迎えます。「絵唐津」「朝鮮唐津」「斑唐津」は、朝鮮半島の技術が日本化したやきものです。唐津焼は、日本のやきものにおいて重要な3つの革命を起こしました。まずは釉薬をかけた器を一般の人たちに普及させたこと。2つめは美濃と並んで筆で文様を施したこと。3つめは団子状の焼成室を連ねた「連房式」という大型の登窯を用いて、量産のスタイルを築いたことです。」と書いてあり、そういえば、こちらでは瀬戸物といいますが、九州などの人たちは「唐津もの」というのも、大量に生産されたことによるものでしょう。
 この本で取りあげられたやきものの里で、行ったことがあるところもいくつかあって、なつかしく想い出しました。また、行ったことのないところには、ぜひ行ってみたいと思いました。なんかこの本と出会って、昔の思いが甦ったかのようです。
 下に抜書きしたのは、著者の「あとがき」に書かれていたもので、ある陶芸家が焼きものは壊れるから価値があると言ったことを想い出させてくれました。
 たしかに、「土から生まれ、土に戻る」といった表現ですが、つまりは壊れるということです。その陶芸家は、だから、壊れるものを壊れないように大切に扱うことが大切だとつけ加えていました。まさに至言だと思います。
(2019.6.4)

書名著者発行所発行日ISBN
やきものの里めぐり(楽学ブックス)永峰美佳JTBパブリッシング2014年4月25日9784533096242

☆ Extract passages ☆

 やきものは、常に「懐かしさ」の中にあるような気がします。石油化学製品の登場により、やきものが必ずしも最先端の技術でなくなったことや、産業として今も昔ながらのスタイルを保っているからでもありますが、やきものの存在が、「土から生まれ、土に戻る」という、生命の根源的な記憶を刺激してくれることがその大きな理由なのかもしれません。
 その器の最大の魅力とは、実際に手で触れ使うことで新たな命が吹き込まれ、「懐かしさ」という感覚が、現代の「新しさ」へと変容し、五感で味わい尽くせる点にあるのではないでしょうか。「過去はいつも新しく、未来は不思議に懐かしい」。私にとって器とは、過去。現在・未来を自由に行き来できる、小さな旅の装置なのです。
(永峰美佳 著 『やきものの里めぐり』より)




No.1655『千利休』

 副題は「切腹と晩年の真実」で、千利休は切腹して果てたとばかり思っていたので、それからの晩年というのは想像もできませんでした。
 私もお茶をしていて、千利休につながる端っこにいても、まさに茶聖という扱いです。ある意味、ほとんどのお点前をすべて利休が定めたと思っていました。でも、考えてみれば、安土桃山時代からなんにも変わらないということのほうがおかしいと思います。それほどお茶の世界においては利休の存在が何ごとにも関わっているということの裏返しでもあります。
 そういえば、私も手すさびに茶杓を削りますが、茶杓の中央部分に節をもってくるのが普通で、それは利休が考案したといわれています。それに関して、この本では、「数寄者では珠光や紹鴎が茶杓を製作していますが、彼らが作った茶杓は節なしの竹茶杓でした。慶首座の作った茶杓も最初は節なしの茶杓でしたが、利体の好みによって折溜の茶杓を削るようになりました。現在の中央部に節がある茶杓というのは利体のデザインで、慶首座が仕上げたものが多いといいます。また利体の甥に千紹二という人物がおり、彼も多くの下削りを行っていました。西道も茶杓の下削りをしましたし、そのほかにも千家の家内の者で下削りをした者がいました。茶杓はかなり廉価なものからありますから、その鑑定は相当修練して技術を身につけなければできないことです。」と書いています。
 おそらく、現在でも、名のある茶人たちのつくった茶杓は、下削りの者がいて、それにちょっと手を加え、銘をつけて出しているような気がします。私自身も、竹そのものの素材を探すのが難しいので、集めている人たちから譲ってもらうことが多いのです。でも、ほんとうに1本1本が違う個性の竹ですので、そこから削り出すのはとても大変ですが、楽しみもあります。四国88ヵ所の巡礼に行ったときも、夜の時間のあるときに、少しずつ削ったこともあり、それに『お遍路』と銘をつけて、今も時折想い出してこの茶杓を使っています。
 たしかに、お茶会というのは、茶会記は残ってもその具体的な形は残りません。著者がいうように、「芸術家ならば、絵画で、彫刻で、音楽で、そのオ能を現代人も再評価することが出来ます。その作品が残るからです。しかし、茶の湯は「一座建立」です。その場にいなければ、体験できません。逆にそれだけ貴重でもあります。その場の客に合わせて、その場の茶の湯を行うわけです。」というのはまちがいなく、そのお茶会の雰囲気などは、参加した人たちの思い出のなかにしかありません。
 そういえば、チベットのお砂曼荼羅は、出来上がったときに法要し、すぐに崩してしまいます。それではもったいないとして、それをなんらかの形で遺すことを提案したことがありましたが、作った僧侶から断られたそうです。お茶会もそうで、いろいろと苦心して座をもり立て、それで終わりです。むしろ、形が残らないからこそ潔いということもありますし、形あるものは何れ壊れるという仏教的な考え方もあります。
 下に抜書きしたのは、なぜ千利休が切腹させられたといわれるようになったかについて、書いてある部分です。
 もちろん、これだって、昔のことですから、本当のことかどうかはわかりません。でも、それなりに様々な研究資料から読み説いていった著者の結論です。
 今年は亥年ですが、お正月にイノシシだから猪突猛進ではなく、イノシシをほぼ毎日観察し続けた研究者によると、いつもはゆっくりと音も立てずに歩いているといいます。しかし、非常時のときには、やはり猪突猛進するそうで、その非常時に具えていつもはゆっくりと余計なエネルギーを使わないのではないかと話していました。ということは、人間が見ているのは、イノシシを追い立てているときが多いから猪突猛進にしか思えない、というのが実情のようです。それでは、あまりにも一面的な見方です。と話しました。
 それと同じで、一方的な見方や考え方だけでなく、もう少し多面的な思考が必要だと思います。そう考えれば、ある種の固定観念でさえも、違ってみえてくるかもしれません。
 そういう意味では、とてもおもしろく読みました。ぜひお勧めいたします。
(2019.6.1)

書名著者発行所発行日ISBN
千利休(朝日新書)中村修也朝日新聞出版2019年2月28日9784022950109

☆ Extract passages ☆

 歴史とはこわいものです。
 権威ある所が発表したものは「歴史」となっていくものです。
 当時、利体の茶の湯の流れを汲んでいた江岑宗左が、徳川の御三家の一つ紀伊徳川家に提出した「千利休由緒書」は権威をもって見られていたことでしょう。それが悪いということではありません。江岑宗左にしても、紀伊徳川家に尋ねられたならば、なんらかの答えを用意しなければならなかったはずです。しかし、いったん提出されたものは一人歩きを始めます。
 そして、繰り返し、繰り返し、利休切腹の話が書き継がれていくわけです。そして元禄期には『南方録』によって、千利休=わび茶の大成者像が成立します。茶の湯は、わび茶となり、わび茶といえば千利休であり、利体といえば切腹させられた、というお決まりのコースが出来上がっていくのです。
(中村修也 著 『千利休』より)




No.1654『海外旅行の知恵と哲学』

 旅行関係の本を読みたいと思うときは、旅行に出かけているときか、あるいは行きたくてもなかなか行けないときのようです。
 今回は、令和に元号がかわり、最初の1ヶ月ということで、毎日忙しくしていました。だからなのか、このような本が読みたくなり、でも、なかなか読み進めることもできませんでした。
 副題は「――あなたなら、このヒントでわかるはず!」で、たしかになるほどと思うところもたくさんありました。また、但し書きの「一ヵ所にせめて一週間は居たい」というのも、いつもそうしたいと思いながらなかなかできずにいました。
 今から20年ほどまえに始めてネパールに行ったときに、日本人は朝食を早く食べてホテルを出発し、夕方にならないとホテルには戻ってきませんでした。ところが西欧人は、朝食後はしばらく芝生のベンチでのんびりしていて、午前10時過ぎにどこかへ行き、3〜4時間ほどでホテルに戻ってきました。それから、夕方になるまで、また芝生のところでごろごろしていて、時間のゆとりを感じました。私はというと、カトマンドゥで山へ行くための食糧などの買い出しをしたり、資料などを集めていました。
 そして、いつかはのんびりと本などを読みながらホテルで過ごしたいと思っていました。でも、未だに、残念ながらそのような時間を持てていません。
 この本の出版社は、三五館ですが、その由来をこの本で始めて知りました。この地球は「三つの大洋と五つの大陸」ということから、のようです。たしかに、旅をしながら旅を考えるし、なぜ生きているのかも考えざるを得ないようです。つまり、旅は人生であり、ある意味では、人生そのものかもしれません。しかも、旅に出ると、日常の煩わしさから開放されるし、まったくもって自由です。いつ、どこに、どれだけの期間行くかということも、すべて自分で決めることができます。
 著者は、「はじめに」のところで、自分の旅の目的は、「1つは、ここから離れること。いまいる場所から逃れること。こまごまとした雑事、人間関係、日常生活のあらゆる煩わしさから解放されるなら、どこへ行ったっていい。その限りでは、アジアの必要はない。」と書き、さらに「旅のもう1つの目的は、少々かっこよく照れずにいえば、自己確認である。」といいます。
 つまり、日本にいるかぎり、ほとんどの人は自分が日本人だと意識する機会がないと思います。しかし、空港に行き、出国ゲートを越えたときとか、あるいは外国の空港に着いた途端、日本人であることを意識させられます。もし、日本人である証明書、つまりパスポートがなくなれば、旅は続けられなくなります。私も、パスポートの紛失がなくなったときのことを考え、必ずパスポートのコピーとそのときに使う自分の写真を持ち歩いています。それほど大事なのが、自分が日本人であることを証明するパスポートなのです。
 下に抜書きしたのは、旅の効用としてのリセットについてです。
 今の長寿社会では、定年を迎えてからでも、そうとう長い人生が待っています。それを、単なる暇つぶしに使っていては、本当にもったいないと思います。旅をすることで、なんどもリセットするなら、いつでも若々しく生きられるのではないかと思います。
 今年の3月に中国雲南省に行きましたが、以前ならバスに乗るのも大変でしたが、今は老人が乗ると、若者たちは席を譲ってくれます。私は2回も席を譲ってもらいました。つまり、正真正銘の老人であると認められたみたいですが、むしろ日本より老人が生きやすいような気がします。だとすれば、この本が主張する1ヶ月程度の一人旅でも、なんとかできそうです。ぜひ、一人旅のおもしろさを味わってもらいたいと、この本を読んで思いました。
(2019.5.27)

書名著者発行所発行日ISBN
海外旅行の知恵と哲学佐藤友之三五館2005年7月29日9784883203277

☆ Extract passages ☆

 4〜50年間続けてきた生活習慣を断ち切ったとき、自分でも気づかないうちに過去をリセットして、生まれ変わっている。何度訪れても、新しい発見がある。そうした旅での日々が、自らのリセットにこっそり手を貸してくれる。
(佐藤友之 著 『海外旅行の知恵と哲学』より)




No.1653『僕は庭師になった』

 著者はスウェーデン生まれで、19歳から日本に住み、23歳で造園業に飛び込み、26歳で日本国籍を取得したそうです。そのとき、村雨辰剛(むらさめ たつまさ)と改名し、現在も庭師です。1988年生まれですから、31歳です。
 ある意味、異色ですが、子どものころから日本に憧れていたそうで、それが庭師と結びつくのは、ちょっと意外なので、読み始めました。
 この本には、内容とは別にビジュアル的な側面もあり、なんかタレント本のような印象もあり、裏表紙の「庭」という文字を家紋風に扱っているのもちょっとおもしろいと思いました。  日本に来て最初は、語学教師をしていたそうで、そのときの印象は、「驚かされたのは、夜に教室に来る子供たち。塾が終わってからさらに英語の勉強に来るのもすごいなと思ったが、みんな疲れ果てた状況でやって来るのだ。疲れで全然集中できないので、学びという意味でも非効率そのものだった。その後に、さらにもうひとつ習いごしをしている子供もいた。」と書いています。
 たしかに、今どきの子どもたちは、習い事や塾など、学校以外のこともいろいろとあり大変なようです。でも、身近で見ていると、そこで出合った友だちと楽しくしている様子もうかがえて、「疲れ果てた状況でやって来る」とばかりは言えないのでは無いかと思います。
 また、日本に帰化したときに改名したそうですが、最初は庭師の親方に名づけを頼んだそうですが断られ、その親方のお父さんが歴史小説の村雨退二郎さんが好きだからと提案してくれ、「辰剛は自分で考案したものだ。辰年生まれだからまず先に辰を使うことを決めて、二文字にした時に合う字を考えた。現代でも一般的かつ、戦国武将のようにも見える名前にしたかった。すると、親方の名前でもある剛の字が、辰の字との組み合わせにぴたりとハマった。調べると剛の字は「まさ」とも読むことがわかり、村雨辰剛(むらさめたつまさ)という名前が完成した。」と書いています。
 このことから、名前もいかにも日本的な名前で、そのつけかたも親方の一文字をいただいたり、今どきの青年たちよりも日本的だと思いました。
 下に抜書きしたのは、庭師になろうとしたときの経験から、日本の徒弟制度について書いてあるところです。どのような制度でも一長一短はあるでしょうが、著者が言うように古いところにもそれなりのいいところや遺すべきところがあると思います。
 こういう本を読むと、もう一度日本の文化などを考えてみたいと思うようになるのも読書の効用かもしれません。
(2019.5.24)

書名著者発行所発行日ISBN
僕は庭師になった村雨辰剛クラーケン2019年3月6日9784909313065

☆ Extract passages ☆

 もっとも優れている点は、一流の技術を持った親方と同じ現場で働きながら、ゼロから技術を身につけられるところだろう。給与は最低限だが、その分、残業などがない定時勤務なので、時間という意味ではブラック企業などと比べると遥かにゆとりがある。僕がもっとアピールしても良いのではと思ったことのひとつだ。
 日本では慣習となっている長時間労働に嫌気がさしている人には(お金よりも時間に重きを置きたい人には)、労働時間という視点からも伝統文化に携わる仕事は魅力的かもしれない。
(村雨辰剛 著 『僕は庭師になった』より)




No.1652『日本語びいき』

 この本は、もともとは世界文化社から『日本人の日本語知らず。』という題名で出版されたものを、新たに加筆、修正し文庫本化したものです。
 たしかに、ほとんど苦もなく日本語を話しているから日本語の達人というわけではなく、さらに人に教えるとなると、これはこれでとても難しいと思います。だから、どのように難しいかを体験したいという気持ちもあり、読んでみることにしました。
 すると、やはり想像していた通り、母国語を教えるということはそうとう難しいということがわかりました。たとえば、ほとんど無意識で話しをしていますが、たとえば形容詞ひとつにしても、「外国人相手の日本語教育では、こうした文法用語のネーミングが、たいへん素朴で直球型。「安い店」、「はやい店」、「おいしい店」の仲間を「イ形容詞」、「きれいな店」、「静かな店」、「親切な店」を「ナ形容詞」と呼んでおります。連体形、すなわち名詞の前に置いてその名詞を修飾する形にしたとき、そのしっぽがイになるかナになるか、という見た目で分けるのです。さっぱりすっきり、わかりやすい。」といいます。
 この、形容詞のネーミングなどは、始めて聞くような気がします。
 また、日本語は述語中心の言語だそうで、たしかに英語などは、必ず主語がないと文章が作れないようです。日本では、「行く?」といわれれば、誘ってくれているとわかるし、「これ?」といわれれば、ああ、そうですかとわかります。特に、年を重ねてくると、「あれ」「これ」「それ」だけでも会話が成り立ちます。もちろん、それがいいというわけではないのですが、それでも通じるという日本語はいいもんだと思います。

 下に抜書きしたのは、コラムのなかの「わざと間違える技術」のなかに書かれているものです。つまり、「うっかり太っちゃったよ。」という場合には、本来は「うっかり食べ過ぎた」などのように使うべきですが、このような無意志動詞といっしょに使うと、本当はわかっていたのだがついつい、というニュアンスが混じってしまい、なんとなくほのぼのとしてしまいます。
 そういえば、別なコラムのなかに、「ことばの海を泳いでいくには、芯は強く、外皮は柔らかく保つ姿勢が大切だと思います。タダシイ日本語でがちがちに固めた鎧を着ていたら、学習者に泳ぎを教える前に、自分がおばれてしまいます。体幹をしっかり支えつつ、さまざまな変化に柔軟に対応するために必要なものは、日本語についての正確な知識です。知識というより、判断力といったほうがぃぃかもしれません。「正しい日本語」ではなく、「適切な日本語」を見極める、そんな判断力です。場面や人間関係によって、同じ表現が適切にもなり不適切にもなります。また、日々変化を続ける日本語の、どのあたりまでを許容するかも判断しなければなりません。そんな力が重要なのです。」と書いてありました。
 なるほど、母国語を教えるというのは、ほんとうに大変なことだとつくづく思いました。
(2019.5.20)

書名著者発行所発行日ISBN
日本語びいき(中公文庫)清水由美 文、ヨシダケシンスケ 絵中央公論新社2018年8月25日9784122066243

☆ Extract passages ☆

……母語話者には、学習者にはない強みがあります。それは「わざと間違えることができる」ということです。わざと文法違反を犯したり、つづりを間違えてみせたり、生まれついてから獲得した母語であるゆえに、自在にそれを「いじる」権利がある。そしてそれを聞く(読む)ほうも、ああ、あれは知っててやっているんだな、と承知の上で、笑ったりなんかできる。
(清水由美 著 『日本語びいき』より)




No.1651『昭和よ、』

 この本の題名は、「昭和よ、」の次に何かがくっつきそうですが、そうはならないのが山藤流のようで、さすがユーモリストです。
 著者の描く「週刊朝日」のイラストは、今でも覚えていますが、とてもインパクトがありました。でも、その強烈なインパクトに嫌悪感を感じる人たちもいたようで、いつの間にか表紙から巻末ページに掲載されるようになったそうで、むしろ「週刊誌を裏から開かせる男」という呼び名まであったというからスゴイものです。
 まあ、それにしても、やはり昭和の時代を強烈に生きてきたことだけは間違いなさそうです。それでも、巻末の経歴をみると、いろいろなことにチャレンジしていて、平成の時代も、その最後の年にこうして本を出版するのですからまだまだ活躍できそうです。
 でも、自分はお年寄りで、以前とはちがうと認識することも大切なことです。自分自身のことを振り返っても、身体がうまく機能しないと思うときもあり、昔のことにこだわってしまうようなときもあります。著者は、老人は"不機嫌な生物"だとして、「いくつかの理由が重なってそうなる。ひとつは働き盛りの季節が過ぎて、自分が世の中に対して、あるいは会社や家族に対して存在感が希薄になり、画面の端っこの方に追いやられて行くという衰亡感が永く彼の生命観の背景に流れていることだ。メシを食っても酒を飲んでも、父の日を祝って貰っても、ずっと消えることはない。俗に言う"居場所がない″という状態が深刻に心の重みになって消えることはない。……もうひとつは、″俺の人生は何だったのだ″という反省である。こういう反省はなるべくしない方が良い。」といいます。
 でも、私の場合は自営ということもあり、自分の意思でやめないとなかなかやめられないという事情もあります。自分の居場所がなくなるという喪失感より、今までできなかったことをまだ元気なうちにしておきたいという気持ちのほうが強いようです。ただ、反省はなるべくしないほうがいい、というのはなるほどと思います。
 どうしても反省をすると、自分のできなかったことだけを思い出したり、ネガティブになりやすいようです。だからといって、今さら、若い時に戻ってできるわけはないので、むしろ今できることを新たに考えたほうがいいと思っています。できなかった、したかった、と考えても、どうしようもありません。よく、反省はサルでもできるといいますが、もっと前向きの姿勢でいたほうが明るく元気に老後を過ごせるような気がします。
 下に抜書きしたのは、「人生の贈りもの」のなかに書かれているもので、著者は下に抜き書きした「人間すべからく性愚説」を言葉の贈りものとして遺したいといいます。
 たしかに、良寛さまも「大愚良寛」と自ら号しましたし、人間は愚だと理解することも大事なことです。
(2019.5.16)

書名著者発行所発行日ISBN
昭和よ、山藤章二岩波書店2019年4月10日9784000613330

☆ Extract passages ☆

 形あるものは壊れる。栄えるものは枯れる。飛ぶものは落ちる。食えるものは腐る。流行りものはすたれる。五体はやがで不如意になる。なん人といえど例外はない。
 万人が万人、すでに知っているはずなのに、自分と違う考えを許さず、そのくせその隣人と比較しては一喜一憂をしている。性善説や性悪説もあるが、私に言わせれば「人間すべからく性愚説」と感じる。
(山藤章二 著 『昭和よ、』より)




No.1650『旅行者の朝食』

 著者は、ロシア語の同時通訳をしていて、さらにエッセイストや小説家でもあります。この流れでいえば、この本にも実名で出ている実妹のユリさんは井上ひさしの奥さんだそうです。しかし、著者は、残念ながら、2006年5月25日に神奈川県鎌倉市の自宅で56歳で亡くなられました。
 死因は卵巣癌でしたが、外科手術や抗癌剤投与、放射線治療などを拒否し、転移の疑いがあったのですが民間療法をしただけだったそうです。
 この本は、ほとんどが食べものに関するもので、とても楽しく読むことができました。しかも、今年の10連休の超多忙の後でも、このような軽快な語り口の文章だとスーッと入ってきます。
 しかも、年代的には同じなので、バナナの話しなどでは私も同じような経験をしました。というのは、埼玉に住むおじさんが、たまに帰郷するときに、バナナを一房お土産に持ってきてくれるので、私はバナナおじさんといってました。その当時のバナナは、たしか1本100円前後したので、病気をしたときにしか食べさせてもらえませんでした。それが大きな一房ですから、ビックなお土産です。
 また、地元では年末になると鯉の甘煮を食べるのですが、この本によると、プラハのクリスマスでも鯉を食べるそうで、その同じ鯉なのに調理の仕方が違うだけでまったく印象が違ってきます。その部分を書き出しますと、「十二月に入ると、プラハの街のあちこちに、露店が出た。露店の台には所狭しと樅の木や玄関に飾るリースが積み上げられる。露台の傍らには大きな樽に水が湛えられている。客たちの注文に応じて、店員が樽に両手を突っ込んで黒っぽい魚を取り出し、暴れて水しぶきを振りまくそれをまな板の上に載せると、巨大な金槌で脳天をたたく。魚は、鯉。クリスマスイブに、海のない国、チェコの人々は、鯉を食べる。フライにして食ベるのだが、これが非常に泥臭い。それでも、毎年、チェコの人々は、イブの夜には、まずそうな顔をしながらも鯉のフライを食べる。イブに肉を食べてはならないからだ。」とあります。
 日本なら、その泥臭さを抜くために、清水にしばらく飼うとか、いろいろな工夫をするのですが、それが国民性の違いになるのかもしれません。
 そのような違いが、この本のなかのあちこちに出てきて、改めて日本人の食に対するこだわりが見えてきたように思います。
 下に抜書きしたのは、「家庭の平和と地球の平和」に書かれているもので、イギリスに行っくときに聞かされたイギリスの食事はまずいということを思い出しました。でも、実際には二度しか行ったことはありませんが、それほどでもありませんでした。
 でも、この文章を読むと、昔はそうとう不味かったようで、だからこそ、このような考え方もありうると思いました。食事と平和、家庭のできごとだと何となくわかりますが、それを地球と結びつけるあたりに、著者のおもしろさがあると感じました。
(2019.5.13)

書名著者発行所発行日ISBN
旅行者の朝食(文春文庫)米原万里文藝春秋2004年10月10日9784167671020

☆ Extract passages ☆

イギリスで過ごした2週間、アメリカで過ごした2週間、大味で荒っぽい味付けと家畜並みの分量に、わたしは最後までついていけなかった。そして、こういう粗食で育った人間は、世界各地、どんなところへ派遣されようと、食いものに不満を抱くことはあるまいと思ったのだ。
 一時期、ある地域を勢いで軍事的に制覇したとしても、そこを植民地として統治し支配し続けるためには軍隊が引き続き駐留しなくてはならないだけでなく、本国から多くの人間を現地監督として派遣し続けなくてはならない。派遣された人間が、そこに居着いてくれなくては果たせない。それは、本国の食いものに魅力がない国ほど有利なのではないか。本国の料理がうまかったら長期駐留に耐えられるだろうか? 本国の料理に魅力がなく、駐留先の方が美味しい料理をたくさん口に出来るのならば、里心がつきにくいのではないだろうか。だからこそ、何年でも駐留に耐えられる。料理がまずい、これがイギリスやアメリカが世界を制覇できた原動力なのではないだろうか。
 イギリスやアメリカの料理が美味しくなったら、世界はもう少し平和になるかもしれない。
(米原万里 著 『旅行者の朝食』より)




No.1649『京大的アホがなぜ必要か』

 この本の題名を見て、昔、京都で修行していたときのことを思い出しました。というのは、大阪出身の方が静岡の方に「お前アホやなあ!」といつも行っていたのですが、あるとき、お前にアホと言われたくない、と言い出して喧嘩になったのです。そのとき、たしかにアホというのは、私も気になっていたのです。関東では「お前バカだなあ!」といわれるより、傷つきます。でも、関西の人にとってはあまり気にならない言葉のようでした。だいぶ経ってから、漫才ブームがあり、明石家さんまさんなどの話しを聞いていると、いつも「アホやなあ!」を連発しています。
 そのとき、あの昔の喧嘩になった言葉も、この程度の軽口だったとわかり、なるほどと思いました。でも、個人的には、今でも「バカ」よりも「アホ」のほうがきつい言葉のような気がしています。
 この本のアホも、もちろん京大の方の言葉ですから、関西的なアホの使い方でしょう。
 副題が「カオスな世界の生存戦略」とあり、カオスというのは予測不能なこの世界のことですが、「人間はカオスな自然界のなかから、決定論的な法則性を見つけ、近代文明を築いてきました。それが人間と野生生物の決定的な違いです。しかし、自然界にはその決定論的法則を無効にして、カオスを生み出すメカニズムが存在する。そのカオスのなかには決定論的秩序とは別の秩序が存在し、それによって絶減を防ぐ仕組みになっていたのです。これは、自然界のなかで生物として生きるための掟にほかなりません。人間として生きることと、生き物として生きることのあいだには、解消しようのない矛盾があります。樹形図構造はそういう矛盾を許そうとしませんが、まずは矛盾があることを認めるのが人事。そうすれば、何を計画的に進めるべきで、何を場当たり的にやるべきかといった見極めができるはずなのです。」と書いています。
 そういわれれば、東日本大震災のときの福島第一原発の事故も理解できます。つまり、絶対安全だということはありえないことで、もしこのときの大震災がなくても、何れは故障するか人間の手違いで事故が起きるということです。どんなに科学が発展したとしても、自然界を予測することはできないし、自然界には絶対ということはないということです。
 このカオスということでおもしろい実験がこの本に載っていて、ユーチューブなどでも「電卓カオス」を検索すると見られるということですが、「そこでは6台の電卓に同じ数値を入力し、その数値を「2乗して2を引く」という計算をして、その答えに対して、また「2乗して2を引く」という計算を何度もくり返します。すると途中から電卓ごとに値が変わってきてしまう。最終的には、ちょっとずつのズレが積み重なって、どの電卓もデタラメな答えを出します。」ということです。
 なぜこのような現象が起こるのかというと、「電卓ごとに有効桁数が異なることで生じる現象」だそうです。ぜひ、興味のある方はユーチューブなどで見てみてほしいと思います。
 下に抜書きしたのは、飽きることも大切なことだという説明のところです。普通なら、飽きるというのは、あまりいいことには使いませんが、このような説明をされると、なるほど、飽きることも大切なことではないかと思えてきます。
 この本では、「不便益」という言葉も使っていますが、不便さえも益になるということで、とてもおもしろい説明でした。もし、これらに興味を持たれたら、ぜひ読んでみてください。目から鱗のところが随所に感じられます。
(2019.5.10)

書名著者発行所発行日ISBN
京大的アホがなぜ必要か(集英社新書)酒井 敏集英社2019年3月20日9784087210705

☆ Extract passages ☆

 自然界で生きる野生生物は、徹底的に同じ獲物だけを食べていたら、その獲物が絶減してしまうかもしれません。そうなったら、自分たちも生き残れない。「飽きる」という性質は、そんなリスクを回避できるスグレモノです。
 ただし生物は、そういうリスクの存在を知った上で「飽きて」いるのではありません。ただ単に飽きているのです。もし飽きない生物がいたら、このようなリスクを回避できずに絶減しているでしょう。たまたま「飽きる」という性質を持ったために、生き延びているのです。
(酒井 敏 著 『京大的アホがなぜ必要か』より)




No.1648『美し、をかし、和名由来の 江戸花図鑑』

 この本は、装幀がとてもきれいなので手にとってみると、横長で、とてもユニークな判でした。そして、思い出したのが、一昨年、イギリスのキューガーデンの標本館に行ったときに見せてもらった日本の江戸時代の園芸書でした。とてもきれいに保存されていて、その本がどのようにしてキューガーデンにあるのかも書いてありました。
 その何冊かは写真を撮らせてもらったのですが、この本を見て、そのときのことを思い出しました。
 たとえば、「つばき」ですが、図版には「やまつばき」とあり、山中自生の品と書いてありました。そして、そのツバキの画は、葉の緑色と花の朱赤色がとても鮮やかで、おそらく「ヤブツバキ」ではないかと思いました。というのも、その当時、日本のヤブツバキはとても人気があり、イギリスにも渡っていたそうです。でも、まだユキツバキはあまり知られてなく、これを記載した本はないということでした。
 このツバキ、中国では「山茶」といい、あるいは「海石榴」と書いてツバキと読ませることもあります。
 また、「われもこう」はあまり目立たない山野草ですが、日本だけでなく、中国やシベリア、ヨーロッパにも自生しているそうです。でも、イギリスの庭園では、意外と目立つところに植えられていて、たとえば、ウイズレーガーデンでは、メインストリートのわきにたくさん植えられていて、何枚も写真を撮ってきました。この「われもこう」、漢字で書くと「吾亦紅」や「吾木香」で、バラ科に属します。民間薬に詳しい薬学部の先生に聞くと、もともとはこの根っこを止血用に使っていたそうで、茎や葉に香りがあるそうです。
 この本は、まさに昔の園芸図鑑ですから、見てるだけで楽しく、今年のような10連休のときには、忙しくてボーッとした頭にも入ります。難しい本より、見ているだけですから、なんども見かえしながら楽しみました。
 下に抜き書きしたのは、「しゃくなげ」の解説のところです。
 この本は、いわば図鑑的なものなので、あまり抜書きするところはないのですが、今までズーッとしてきたことをしないのもなんなので、解説を抜書きしました。でも、この解説もそもそも植物学者の解説ではないので、どこか文学的な表現のような気がします。
(2019.5.6)

書名著者発行所発行日ISBN
美し、をかし、和名由来の 江戸花図鑑田島一彦 編バイ・インターナショナル2019年3月16日9784756251770

☆ Extract passages ☆

ヒマラヤ地方を中心とした北半球原産、ツツジ科の常緑低木。属名Rhododendronは、ギリシヤ語でrhodon(バラ)とdendron(木)の合成語。和名シャクナゲは、漢名の石楠花をシャクナングと読んだものが転訛したという説がある。シャクナゲは美しく豪華な花を咲かせることから「花本の王」と呼ばれている。もともと高山に生えているため、気候条件が違う場所での栽培が難しく、なかなか見ることができなかったところも「王」と呼ばれるゆえんといわれる。19陛紀後半から、英米のプラントハンターがヒマラヤや中国から持ち帰り、ヨーロッパで盛んに品種改良が行われた。日本に外国産の原種や交配品種が取り入れられたのは明治時代以降で、欧米に留学や視察に行った人たちが持ち帰ったのがはじまり。花言葉は「尊厳」「威厳」「荘厳」がある。
(田島一彦 編 『美し、をかし、和名由来の 江戸花図鑑』より)




No.1647『迷路の外には何がある?』

 この本は、『チーズはどこへ消えた?』の著者で、アメリカの著名な心理学者です。しかも、心臓のペースメーカーの開発にもたずさわった医学博士でもあります。しかし、残念ながら、前回の『〈いのち〉とがん』の著者と同じ膵臓がんで2017年、78歳で亡くなられました。その遺作ともいうべきものが、この本です。
 副題は「『チーズはどこへ消えた?』その後の物語」で、迷路にとどまったヘムがそのあとでどうなったか、について書いています。
 この本を読んでいろいろな気づきがありましたが、その一つに使うか使わないかわからないものを持っていることの不自由さです。この本ではかつてホーといっしょに使っていたノミとハンマーのことですが、『「どうして毎日持っていくの?」ホープが聞いた。「壁に穴をあけるためだよ」ヘムは、ここぞという壁をみつけたらホープにノミを持ってもらい、自分がハンマーをふるうつもりだと言った。かってホーと二人でやったように。「そう。それでうまくいってたのね?」「もちろんだよ」ヘムはずいぶんいろいろ聞いてくるものだと思いながら言った。「これは最高のノミなんだよ―」「私が言いたかったのは、壁に穴をあけたら本当にもっとチーズがみつかるかってことなの」』というフレーズです。
 毎日、使わない重い道具を持ち歩く不都合さ、しかもいっしょに使っていた友だちのホーもいなくなった現在、さらに不必要になったと思われるのです。
 この喩えは、お釈迦さまの説法にも出てきますが、ある人が一度川を渡るために役だったので、また使うかもしれないといつもその皮舟を持ち歩いていたそうです。でも、そんな重い皮舟をいつも持ち歩いていてはかえって不自由だし、もし必要になってから考えたらと話したといいます。それと、まったく同じです。
 旅行に行くとき、もしかすると使うかもしれないからとか、ないと不自由だからといって荷物がだんだんとかさばってきますが、そういうものは、ほとんど使わないで持ち帰ってくる場合が多いようです。本当に必要最小限のものを持って行けば、かさばらないし動きも楽です。それと同じです。
 それともう一つ、なるほどと思ったのは、自分のやってきたことから抜け出せないということです。この本のなかでは、ヘムは迷路の中しか知らなかったし、むしろずっと迷路に閉じこもってきたといいます。だから、それ以外のことは何も知らないので、それ以外のところに行ってみるという発想もないのです。でも、ヘムはホープと話しているうちに、だんだんと迷路の外に何かがあるのではないかと思うようになります。そして、ついには、「迷路の外には素晴らしいものがある」と考えるようになり、実行します。
 下に抜き書きしたのは、その迷路から抜け出す方法です。
 本当は、この本を読んで、少しずつ気づいて、この迷路から抜け出す方法を考えて欲しいのですが、やはり、この本の集約部分がこれなので、抜書きしました。
 でも、これがと思われる方もいらっしゃるでしょうから、そのときにはぜひゆっくりとこの本を読んでみて、気づいていただきたいと思います。今までやってきたことを変える、今までの信念をまげるということは、意外と大変です。
 この本は、それらを少しずつ変えていかざるを得ないということを教えているような気がします。
(2019.5.3)

書名著者発行所発行日ISBN
迷路の外には何がある?スペンサー・ジョンソン 著、門田美鈴 訳扶桑社2019年2月27日9784817921703

☆ Extract passages ☆

あなたの信念に気づこう。 信念とは、あなたが真実だと信じる考えのことである。
あなたが考えたことすべてを信じてはいけない。 「事実」はあなたのものの見方にすぎないときもある。
役に立たないことは捨て去ろう。 古い荷物を持って新しい探索に乗り出すとはできない。
迷路の外に目を向けよう。 ありそうにないことを考慮してみよう――不可能なことも検討してみよう。
新しい信念を持とう。 あなたが考えを変えても、あなたはあなたである。
あなたが信じることに限界はない。 あなたは自分が考えるよりずっと多くのことをおこない、経験し、楽しむことができる。
(スペンサー・ジョンソン 著 『迷路の外には何がある?』より)




No.1646『〈いのち〉とがん』

 今月初め、友人がS状結腸がんでなくなったと知り、びっくりしました。彼からのメールでは、肝臓などの臓器にも転移しているので抗がん剤治療をしているとのことでした。やはり、今や癌は他人事ではなくなったと思いました。
 そのようなとき、この本を見つけました。著者は、がんのなかでもなかなか寛解しにくい膵臓がんで、全国がんセンター協議会の生存率共同調査(2018年6月集計)による病期別5年相対生存率は、友人の結腸がんの場合は全症例では76%ですが、膵臓がんの場合は8%前後だそうです。著者も何度もこの本で書いていますが、がんのなかでもなかなか寛解しにくいものだそうです。その闘病記ですから、すべてのがんがこのようなものではないにしても、しかも、そのステージによっても変わるそうで、ある医師は患者一人一人がみな違うとさえいいます。でも、とても参考にはなります。
 たとえば、抗がん剤の味覚障害のところでは、「一番の困難は味覚障害である。術後、通算で10クールを越えたあたりから、舌先がぴりぴりし始めたなあ、と思っていたら、だんだん食べるものがおいしくなくなってきた。特に投薬2〜3日目。いまでは投薬10日目くらいまで、あまりおいしくない。一つには味。薄味、微妙な味を感じない。お茶も煎茶、麦茶、普通の紅茶は味がせずまずく感じるの強い塩味、甘味、酸っぱいもの、辛いものは食べられる。もう一つは食感。ご飯がポソポソで食べられない。ルー状のもったりしたカレーやハヤシライスは味がしない泥のよう。砂のようなご飯に泥のようなハヤシルー、と主治医に言ったらものすごく驚かれてしまった。」と書いています。
 よく味覚障害があるとは聞きますが、このように大変だとは思ってもいませんでした。これでは、食べなければならないといっても、なかなか食べられないと思います。私も入院したとき、ある意味、食事も楽しみでしたが、院内にあるコンビニでコーヒーや軽食を買って食べるのも楽しみの一つでした。それが、このような味覚変化を起こすとすれば、やはり大変です。このようなことは、それを経験したからこそわかることで、とても衝撃を受けました。
 また、「2018年の夏の終わり、新宿御苑にカンレンボクの大木があると知って訪ねてみた。晩夏のセミが激しく鳴いている、ごく普通の公園樹木がそこにあった。並木などにもごく普通に使われる樹木だという。 mFFXの20クールを終えた私の身体は、プラチナの毒で手足と舌の先が痺れ、カンレンボクの毒で頻繁に下痢を起こす。」と書いていますが、このカンレンボク、別名「喜樹」といいますが、始めてみたのは中国雲南省で、20数年前のことです。私がある薬学部の先生に聞いたのは、この樹から見つかったものが抗がん剤として使われ、まだ臨床中だということでした。それが、今では、小児性白血病などの治療薬としても使われ、80%前後の寛解に到っているといいます。それで、一昨年、中国雲南省でこの樹の花を見て栽培したくなり、今は自宅にもあります。その喜樹が、「頻繁に下痢を起こす」とは考えてもみませんでした。そういえば、この樹に虫がつくのを見たことがないし、病気になったところもみたことがありません。それほど、生命力が強いのだと思っていました。
 やはり、この本を読んでみて、いくらがんは不治の病ではないといわれても、怖い存在であることは間違いなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、「W 今――生きてきたように闘病する」に書かれていた言葉です。
 なんか、その緊迫感が伝わってくるかのような表現で、インパクトがあります。まさに、がんを告知されたときから、ズーッと追いかけ続けられているような行き詰まるような感じです。
 がんはそれほど恐ろしい病気ではなくなった、といいますが、それでも漢字で書く「癌」は身体のいたるところに腫瘍ができて、いずれは山がくずれるかのように死に到るような語感があります。おそらく、著者もひらがなで「がん」と書いたのは、そのおどろおどろしさを感じさせないためではないかと思いました。
(2019.4.30)

書名著者発行所発行日ISBN
〈いのち〉とがん(岩波新書)坂井律子岩波書店2019年2月20日9784004317593

☆ Extract passages ☆

 やはり死はイコールではないにしても、そこにあり続ける。がん患者にとって、そこにあり続けることに変わりがない。この本で書いてきたように、明減する赤いランプ、それが時に遠くなったような気がしたり、思わぬほど近くに来ていたり、それはその時々だけれど、その明減するランプがなくなってしまうことはない、そこにある、それが死である。
(坂井律子 著 『〈いのち〉とがん』より)




No.1645『自分革命』

 最初は、『パリジェンヌ流おしゃれな自分革命』飛鳥新社、として刊行されたものを、文庫版『パリジェンヌ流 今を楽しむ!自分革命』と改題し、さらにその新装版として出されたのがこの本です。
 本の装幀も、青磁色のしゃれた色にエッフェル塔やカフェの通りをあるく著者の姿を軽やかなタッチで描いたイラストで、とても印象的です。この青磁色は、源氏物語にも登場する色で、昔は「秘色(ひそく)」といわれていました。というのは、中国ではこの青磁器は皇帝に献上する焼物だったので、一般の人たちにとっては「秘色」となったといわれています。
 著者は、NHKの『フランス語会話』の講師などもしたことがあるエッセイストで、2015年にレジオン・ドヌール勲章を受章したそうで、今でも日仏の架け橋として活躍しています。
 この様々な活動は、なんでも柔軟に対応するという考え方からきているようで、著者は、「柔軟に行動するためには、まず、今までの習慣を断ち切ること。そして、型通りのことはしない。この二つをやってみましよう。ポイントは、自分の中の《子ども》の部分を捨てないようにすることです。自分の中の子どもが目を輝かせるようなことを切り捨てていないか、ときに立ち止まって考えてみませんか。」といいます。
 たしかに、いつもの同じようにするのが一番楽ですが、それでは新しいことに挑戦はできません。新しいことをするには、それに対応する新しい考え方が必要です。それは、子どものような好奇心に満ちた思いがなければダメだと著者はいいます。
 それと、散歩も欠かせない活動のひとつだといいます。散歩をすると健康にもなるし、いろいろなものを見る機会が増え、新しい出会いもあります。そして何より、一人で散歩すると瞑想にもなるし、魂が開放されるといいます。この本でも、『孤独な散歩者の夢想』を書いたルソーに触れていますが、散歩もなるべくなら一人でするほうがいいと書いています。そして散歩しながら、自分と対話するのだといいます。
 下に抜き書きしたのは、第2章「自立する」のところに書いてあるもので、私もときどき一人旅をするので、その通りだと思います。
 もともと人は、一人で生まれてきて、一人であの世に行くわけですから、結局は孤独です。その孤独のなかにいろいろな出会いや発見があるといいます。ぜひ、下の文章を読み、考えていただきたいと思います。
(2019.4.27)

書名著者発行所発行日ISBN
自分革命(河出文庫)ドラ・トーザン河出書房新社2017年12月20日9784817921703

☆ Extract passages ☆

 私にとって、人生の素晴らしさとは、思いがけないできごとや出会い、発見といった「始まりの新鮮さ」を味わえること。自分が完全に拘束されていないことで、いろんなことが可能になるそのとき、孤独は独特で予期せぬ味わいをもたらすのです。
 ひとり旅をしたことのある人ならわかるでしょう。はじめての土地、見知らぬ人たちの中に飛び込むときの緊張とワクワク感。そして肩書きを取り払った何者でもない自分を感じる開放感。ときには旅先でトラブルに遭遇して、しんどい思いをすることがあるかもしれません。さみしがりやの自分をもてあますことや、思いのほか行動力のある自分を発見することも……。
(ドラ・トーザン 著 『自分革命』より)




No.1644『50冊で学ぶ 写真表現入門』

 写真という表現方法とは、と聞かれても、ただ好きだから撮っているだけで、そもそもは植物が好きなので、その一時の花の写真を残すのがカメラを持ち始めたきっかけです。
 ところが、ただ好きで撮っていても、うまく撮れるわけではなく、毎月発行されるカメラ雑誌をよく読んでいました。最近は、これらカメラ雑誌も元気がなく、廃刊してしまったものもあります。でも、写真をうまく撮れるようになるには、たくさん撮るしかないと思っていました。でも、この本を読むと、それだけではダメなようです。
 たとえば、『こころの眼』アンリ・カルティェ=ブレッソンには、「写真を撮るとは、過ぎ去ろうとする現実を日の前に、持ち得る能力のすべてを結集し息を殺すこと。そのときこ そ、イメージを捉えることが肉体と知性の大きな喜びとなる。写真を撮るとは、頭と限とこころが一本のおなじ照準線上で狙いをつけることだ。」と書いてあり、まさにこのときこそ、「決定的瞬間」というわけです。そのときを、ひたすら待ってシャッターを押します。とくに、風景写真の場合などは、ときどき空を見上げながら、雲の動きなどを見ますが、それで光の状態が刻々と変わってきます。それを見つけ出すわけです。
 それと、私もつねづね思っていたのですが、スーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし』のなかで、「写真は主要な芸術のなかでただ一つ、専門的訓練や長年の経験をもつ者が、訓練も経験もない者にたいして絶対的な優位に立つことのない芸術である。これには多くの理由があるが、そのなかには写真を撮るさいに偶然(ないし幸運)が果たす大きな役割と、自発的で荒削りで不完全なものがよしとされる傾向がある。」と書いています。
 つまり、それほど専門的な技術や訓練をしなくても、自分なりのものが撮れます。たとえば、富士山の写真を撮る場合、そこまで行かなければならない人よりは、そこに住んでいる人のほうが富士山の四季を撮る機会に恵まれていることは間違いないでしょう。もちろん、その地の利を生かすことでプロの写真家では撮れないカットをものにすることができるかもしれません。それがアマチュア写真家の楽しみでもあります。
 最近は、ほとんどがデジタルカメラですし、ある意味、カメラが勝手に撮っているような高機能のものもあり、撮ろうとする対象を見つけるのが重要なことです。
 それでも、あまり偶然や幸運に依存しないで、見つけ出す努力も大切ですから、このような『50冊で学ぶ 写真表現入門』というものを読む必要もあります。私も読んで見て、なるほどと思うところがたくさんありました。
 下に抜き書きしたのは、『日本の写真家』全40巻、別巻1、の解説に書いてあります。
 たしかに、たくさん評価の定まった写真を見ることはいいことだと思います。でも、私は写真以外の絵画や工芸などのさまざまな美術作品を見ることもいいのではないかと思っています。そうでないと、あまりにも写真という枠に囚われすぎてしまい、自分なりの写真が出てこないような気がします。
 ぜひ、大きな海を好奇心いっぱいにして泳いでみてください。
(2019.4.25)

書名著者発行所発行日ISBN
50冊で学ぶ 写真表現入門西垣仁美・藤原成一日本カメラ社2019年2月1日9784817921703

☆ Extract passages ☆

 作品の大海を好奇心いっぱいに泳いでいると、確実にはっとする出会いがあります。気になる発見があります。この作品は何だ? とか、これだ! という新鮮な驚きを伴った出会いです。作品との出会いは共鳴を伴っています。この作品はおもしろい、すてきだ、という共鳴は、すなわち共鳴する人その人の感性の自党であり、それがおのずから共鳴した作品を介してのその時点での自分の発見、自分の方向づけとなります。そして共鳴した作者や作品、方法に深入りしていきます。作品づくりの出発は学びたい作者、自分と共鳴する作品の模倣です。それらの考えや方法を追体験し、マスターし、自分なりに追い越していく、それが作品づくりの鉄則です。
(西垣仁美・藤原成一 著 『50冊で学ぶ 写真表現入門』より)




No.1643『三浦雄一郎』

 この本は、前回のNo.1642『今西錦司』とよく似ていて、自分の言葉をそのまま掲載したものです。副題は、「挑戦は人間だけに許されたもの」で、それらの言葉をのこすというのがこの本のスタンスです。
 そういう意味では、自分の生い立ちから今までを語っていますし、その時々の思いなども率直に述べています。たとえば、たとえば、お父さんの三浦敬三さんの「舌だし体操」という健康法の説明では、「90歳くらいになったときから、ときどき舌を出しているのを見るようになりました。口を開けてね。聞いてみると、「舌出し運動はすごくいい」と、こう言うわけです。なにがいいのかと尋ねたら、「日常でなかなか舌を出すことはない。顔のストレッチになるし、しわだって取れるはずだ」と。」いったそうです。それを同級生の歯医者さんに聞くと、すごく理にかなっているといいます。それで自分でも実践してみると、たしかにいいと書いています。
 意外と健康法というのは、ありきたりなものが多いのですが、この「舌出し体操」というのはユニークですが、現に2人ともいいというし、脳の血流も増えるというから、誰もいないところで少ししてみようかと思ったりします。
 著者に対しては、今まで、どちらかというと話題作りをして、それを冒険家という仕事に結びつけてきているイメージが強かったのですが、そこまでいくのに多くの生涯や苦労をされていて、そのいろいろな大変さをむしろ楽しんで乗り越えてきたようです。まさに自分で「私は上機嫌の楽天家」ということのようです。
 そして、自分の強運も積極的に肯定し、だから今まで冒険家としてやってこれたといいます。もちろん、自分の努力、家族や多くのひとたちの支えなど、いろいろあっても、最後は自分の運だったと言い切れるのは、ある意味、スッキリとしています。
 そして、この本の最後の言葉が「僕にとってチャレンジとは夢見ることなんです。それがたまたま山の世界だった。いまは年齢という新たな限界にも挑んでいますけどね。生きている限り、その時代ごとの人類の限界に挑んでいきたい。それだけなんです。」です。
 この言葉こそが、1932年10月12日生まれの86歳でさまざまなことにチャレンジしている根本的な考えなのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、「年寄り半日仕事」について書いてあるところで、実は私もそう考えています。
 というのは、以前は日帰りしていた仕事も、事情が許す限り1泊2日にしていますし、もしも1泊2日なら2泊3日にしています。そうすれば、時間的なゆとりだけでなく、ついでに別なところに行って楽しむことだってできます。
 つまり、「年寄り半日仕事」と同じことです。今さらそんなにがんばらなくてもいいと思いますし、今まで見落としてきた楽しみを見つけることだってできます。そんな大きなゆとりを持ちたくて、この「年寄り半日仕事」には大賛成です。
 みなさんも、ぜひこのようなゆとりをもって生活すれば、新たなチャレンジができるのではないかと思います。
(2019.4.21)

書名著者発行所発行日ISBN
三浦雄一郎三浦雄一郎平凡社2019年2月6日9784582741148

☆ Extract passages ☆

昔の農家の人たちは朝から晩まで忙しく働いていましたが、さすがに年を取ってくると体がいうことをきかない。それで生まれたのがこの言葉です。この言葉を思い出して、山登りもこれでいったらいいのではないかと考えました。……歳を取ると動くスピードは遅くなりますけど、その分、移動するのを早く切り上げて、のんびりと午後を過ごせばいいんだと気づいたわけです。
(三浦雄一郎 著 『三浦雄一郎』より)




No.1642『今西錦司』

 この本は、今西錦司さんの書いたものを再構成したもので、副題は「生物レベルでの思考」です。平凡社の Stadard Books のなかの1冊で、これは百科事典を手がけている平凡社が新しい随筆シリーズとして刊行しているものです。
 もちろん、著者は1994年に亡くなられているので、それまで書かれたもののなかから選ばれたもので、その底本は『増補版 今西錦司全集』(全13巻+別巻1)、講談社、1993〜1994、だそうです。
 サーッと読んで見て、昔の学者は一つのことをじっくり考え抜く時間的なゆとりがあったと、改めて思いました。ところが現在の若い学者は安定した場所が少なく、ときには「ポスドク」という問題が取りあげられることもあります。これはポストドクターのことで、つまり博士号(ドクター)を取得しながら、大学などで正規のポストに就けず、非正規の立場で研究活動を続けざるを得ない任期付き研究者のことです。私の知っているドクスポの方は、2年間の期限付で各国の研究機関に入り、それを4回ほど更新し続け、なんとか私立大学に潜り込むことができました。調べてみると、ポスドクますます増えているようで、その約8%は40歳以上だそうです。昔は、「末は博士か大臣か」とまでいわれた博士ですが、今では生活の基盤さえ不安定な仕事になってしまいました。
 ゆとりということは、人間だけの問題ではなく、著者は、自然界の生物たちもゆとりをもって生活しているといいます。ちょっと長いのですが引用すると、「自然に生活している生物は、つねに余裕をもった生活をしている。そしてその余裕を惜し気もなく利用したいものに利用さしている。われわれはそれをとかく無駄であるとか、浪費であるとかいうように解しがちであるけれども、自然はそんな我利我利亡者の寄り集りではない。もしそんな我利我利亡者ばかりの寄り集まりだったら、このような美しい自然は、とうてい形成されなかったであろう。ヒガンバナの花蜜は、その持ち主のためには何の役にも立たなくても、その花を訪ねてきたチョウのために役に立っておればそれでよいのだ、といっておいた。すると花蜜だけでなくて、ヒガンバナのあの赤い、美しい花も、自分のために役立つものでなくて、チョウを誘うのに役立つだけのものであるかもしれない。しかし、こういうことができるというのは、生活が保証され、生活に余裕があるからできるのであろう。そうおもってもう一度自然を見直したならば、至るところにこのような自然の過剰エネルギーが、自然の芸術ともいいうるものに姿を借りて、発露しているのでなかろうか。」と書いています。
 これは1981年79歳のときに書いたものですが、まだまだゆとりをもって自然界を眺めていたようです。ちなみに、現在は博士号を取得した人は、15,000人以上いるそうですが、そのなかでポスドクとよばれている研究者は30%、5,000人ほどです。30代ポスドクの年収は、200〜300万円台が現状だというから驚きです。しかも定職ではないので、さらに不安定で、高年齢化も進んでいるといいます。
 なんか、この本を読みながら、今の研究者の置かれた立場の違いにばかり目が行くようですが、それが現実だから仕方ありません。
 著者は自分の道をどのようにして開いて行ったかというと、「青年時代というものは、夢が多く気が多すぎて、なかなか一つのことに集中できない。やりたいことがそれほど多いのである。しかし、それをだんだん整理していって、あきらめるべきものはあきらめ、結びつけることのできるものは、一つにまとめるというようなことによって、ほんとうに力の打ちこめる、やりがいのある仕事というものを、見いだしてゆくのである。」と書いています。
 これを読んでも、優秀な研究者が海外に職を求めて出ていかないように、先の見通しの明るい研究体制を整えていくことが大切ではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、直感力を恢復させる方法として書いてあるところです。
 この恢復という文字も最近ではあまり使われないようで、今はほとんどが回復と書いてあります。ちなみにこの文章は、1980年78歳のときに書いたものです。
(2019.4.18)

書名著者発行所発行日ISBN
今西錦司今西錦司平凡社2019年2月13日9784582531695

☆ Extract passages ☆

方法はいろいろあるだろうけれども、これも私の経験に徴していうならば、なにはともあれ自然にかえれ、である。それが山登りであっても、魚釣りであってもよいから、とにかく自然にひたり、自然にとけこむことによって、過剰になった意識と欲望から解放されたならば、それと反比例して、直観力はおのずから充実してくるだろう。自然の中で培われたものは、やはりときどき自然にかえしてやる以外に、生気を存続さす道がないのかもしれない。
(今西錦司 著 『今西錦司』より)




No.1641『旅人よ どの街で死ぬか。』

 今月13日の午後から奥州33観音の旅に出かけ、一番近い福島県の4ヶ寺はいつでも行けると思い、それと岩手県北の3ヶ寺は今年中に行きたいと思いながら、宮城県角田の第4番札所斗蔵寺から始めることにし、16日のお昼過ぎに第30番札所補陀寺をお詣りし、今回の旅を締めくくりました。
 この奥州33観音霊場には、特別霊場として福島の医王寺と、平泉の中尊寺と毛越寺が入っていて、15日に第25番札所黒石寺のあとに平泉に行きました。今回は世界遺産指定になって初めてのお詣りでしたが、おそらく外国人観光客が半数を占めているのではないかと感じました。そして、この本のタイトルになっているどの街で死ぬかといわれれば、少なくとも、もう少し静かでゆったりとしたところで死にたいと思いました。副題は、「男の美眺」ですが、おそらく美眺などという言葉はおそらく作者がつくったのではないかと想像しますが、同じ発音からすると美醜というほうが一般的です。だとすれば、世の中には、その美と醜が混在していると考えました。
 この本の第1章「旅、あるいは人生について」のところで、「近世のヨーロッパで、グランドツァーという名称がつけられた旅が流行したとき、その謳い文句には、「人間として生まれてきて、もっとも至福なことは、旅をすることである」とありました。なぜそれほどまでに、人は旅に焦がれ、旅で死してもかまわぬと口にするほど、このさまよえる時間をいつくしんだのでしようか。はっきりした理由は、彼等にもよくわかつていません。」として、さらに自分の感覚として「旅をしたことで私の身体に、記憶に、今もきちんと埋めこまれている旅の日々が他の行動では決して得ることのできなかったことを、確信できます。できることなら、生涯旅をし続けることができたなら、と今も願っています。」と書き、おそらくここの部分が本題につながっていったのではないかと思いました。
 ここで、生涯旅をし続けるということは死ぬまでということでしょうし、つまりはどこかの知らない街で死ぬという覚悟でもあります。死が怖くて、旅はできません。
 今回の奥州33観音の旅だけでなく、今までいくつかの霊場を旅しましたが、その参道にいくつもの石碑が立っていて、そこには無縁仏もありました。ということは、その巡礼の旅で亡くなったということです。今は車で1日にいくつもの霊場を巡ることができますが、昔は歩いてお詣りするわけですから、1日に1ヶ寺ということもあります。今回も本当にこの先に目指すお寺があるのかと不安になるような人里離れたところもありました。一般道から数キロも狭い一本道を走らせたところもあります。ここを夕暮れ時に一人で歩いたら、そうとう怖いという気持ちが起こるに違いありません。でも、山頂に近いお寺にたどり着くと、そこから眺める景色は、ほんとうに絶景です。
 たとえば、奥松島にある第7番札所大仰寺は、奥松島パークラインから山道を1qほど進みます。そこに朱塗りの富山観音堂があります。そこを護っている大仰寺の本堂「紫雲関」から眺める松島湾は素晴らしく、明治天皇と大正天皇が東北ご巡幸のおりに休憩されたところでもあります。
 著者は、「生きる場所とは、死ぬ場所である」としてパリについて書いているところで、今の軟弱な考えは、おそらく連むからではないかといいます。つまり一人で歩かないで、いつも全体の流れに身を任せているようにしていること、それがひとつの原因ではないかとさらにいいます。そして、それは「孤」を知らないからではないか、「孤」を知るのが怖いからではないかとたたみかけます。では、「孤」を知るにはどうしたらいいのか、それについて書いてあるところを下に抜き書きしました。
 たまたま、今、その旅の途中で読んでいることもあり、なるほどと思いました。
 やはり、一人旅をしていると、すべてを自分で決めなければ一歩も進めません。それはいつも実感しています。
(2019.4.16)

書名著者発行所発行日ISBN
旅人よ どの街で死ぬか。伊集院 静集英社2017年3月29日9784087816235

☆ Extract passages ☆

 孤を知るにはどうすればいいか。
 さまようことである。
 旅をすることである。
 そこで何を見るか。そんなことは考える必要はない。旅に出れば否応なしにむこうからやってくる。旅のなかの空腹でさえ、一人の偉大な芸術家の創作が何たるかを理解させたとあるのだから。まずは今座っている椅子、立っている場所を出ることである。
(伊集院 静 著 『旅人よ どの街で死ぬか。』より)




No.1640『フォトジャーナリストの視点』

 写真を撮るのは好きなので、つい、フォトジャーナリストという仕事にも興味を持ちました。最初は単純に写真と報道を結びつけたような仕事かな、と思ったのですが、読み進めににしたがって奥が深そうだとわかりました。
 日々の政治や経済などの動きとは違い、著者の仕事から社会風俗などの文化的視点も大切だと思いました。だから写真もただきれいなだけでなく、緊迫感が伝わってくるのもありました。それでも戦場カメラマンのような強烈な印象ではなく、ひしひしと胸が締めつけられるような感覚です。
 著者は、フリーのフォトジャーナリストになるには、「私が写真を始めたばかりの頃、先輩ジャーナリストからかけてもらったのは「続けていくこと。それこそがフリーランスがもっとも必要とする能力だ」という言葉。大変でも続けていかなければ、なにも見えてこないし始まらない。自分がどういうスタンスでやっていくのか、確固たる自分を持っていることが大切だと思う。」と書いています。
 よくテレビなどでも活躍している写真家やジャーナリストもいますが、テレビ局との時間などの調整や発言などについてもある程度の規制もありそうです。とくにテレビの影響は大きく、収入にもつながるかもしれませんが、自分が本当にしてみたい取材などとの軋轢もありそうで、なかなか難しい問題です。
 この本を読んでみて、写真というものを通して、人と人との関係が大切で、その先に自分なりのフォトジャーナリストとしての取材力があるのではないかと思います。それと、積極的な売り込みも必要で、ご飯を食べていくためにはとても大切なことです。まさに理想と現実というのが、生活にも仕事にも関わってきます。それをどの程度のところでコントロールしていくのかということも必要な感覚です。
 今日から、私も奥州33観音霊場の巡拝に出かけ、その宿でこの本を読み続けています。いつも山門を撮り、参道の風景を撮り、観音堂を四方から撮っています。でも、そのような型にはまったような撮り方ではなく、お詣りをしている方の目線で撮りたいとこの本を読んで思いました。
 下に抜き書きしたのは、フォトジャーナリストの取材するときに気を付けたいこととして先入観や固定観念でモノを考えないようにしているそうで、たしかにどのような仕事にも通じるような気がします。
 やはり、新しいことにチャレンジする場合はとくに大切なことで、思い切って現場に飛び込んでいくしかないというのが現実のようです。著者は、そうして現地で動きまわっていると、必ず何かしらのヒントが見つかるといいます。
 新しい仕事をするには、このような気持ちが大切だと思いました。
(2019.4.13)

書名著者発行所発行日ISBN
フォトジャーナリストの視点林 典子雷鳥社2018年4月18日9784844137429

☆ Extract passages ☆

 予想していたものとまったく違うものがあらわれてきたとしても、それを素直に受け入れる。そこにまた別の視点が生まれてくる。今、日の前で起きている現実が大切なのだ。取材を始める前に自分の視点を決めてしまうことは危険だと思う。
「これが事実だ」「これが正しい」とか、私の視点を押し付けることがないようにもしている。カメラのフレームに入らないものの中に大切なものが隠されているかもしれない。私が撮影したものは、時間的にも空間的にも限定されたもの。何を撮って、何を撮らないかについても私の意思が働く。すべての真実を写すなんてことはできない。どのストーリーにもパーツがあり、側面があり、さまざまな視点もある。
(林 典子 著 『フォトジャーナリストの視点』より)




No.1639『生物学者、地球を行く』

 先月に中国雲南省のミャンマーとの国境線近くの山々を歩いてきたので、フィールドワークする人たちに興味があり、たまたまこの本を見つけ、読み始めました。責任編集は小林真さんと工藤岳さんで、北海道大学の研究者です。
 副題は「まだ知らない生きものを調べに、深海から宇宙まで」ととても幅広いフィールドですが、やはり興味があるのは自然環境の植物たちで、そこの部分はじっくりと読みました。また、ところどころにあるイラストも、リックを背負って歩く姿で、自分もリックを背に中国雲南省を歩いてきたばかりなので共感を持って見ました。
 たとえば、ミヤマリンドウについて、執筆者の工藤岳さんは、「ミヤマリンドウは、毎年数ミリずつ成長を続け、常緑葉を落とさずに蓄積させていく。ミヤマリンドウの葉は光合成の生産物を蓄える養分貯蔵器官としても機能しており、葉数がある一定数に達して資源が蓄積されると花を咲かせ、全てのエネルギーを費やして種子をつくったあとに、 一生を終える。この間5〜9年ほどで、最終的な個体の大きさはわずか5〜6センチである。ミヤマリンドウは、高山植物の中では比較的遅く花を咲かせる種なので(通常7月下旬以降)、雪解けの遅い場所では種子ができる前に夏が終わってしまうこともある。種子生産の失敗は、1回繁殖型の植物にとって致命的である。雪解けの遅い場所に生育するミヤマリンドウは、雪解け後に早く開花する性質がある。これは、短い生育環境で種子生産失敗のリスクを減らす戦略である。」と書いていて、高山の厳しい環境のなかで生きている姿を長く見続けた視点から解き明かします。
 そういえば、工藤さんの「大雪山のお花畑が語ること」京都大学学術出版会、という本を読んだことがありますが、このときは大雪山に登ったことで興味を持ち、読んだように記憶しています。
 やはり、自分が何らかのアクションを起こすから、その先に興味や関心が芽生えるようです。つまり、動かなければそれもないわけで、これからも何らかのアクションを起こせる体力だけは保ち続けたいと思いました。
 世の中には、ほんとうに珍しい生物がいて、今回の雲南省でも世界一大きなシャクナゲに出合いました。今回、いっしょに行った先生が監修された『雲南花紀行 8大名花をめぐる旅』紀伊國屋書店発行、という本には「1919年、イギリスの植物採集家ジョージ・フォレストが、高黎貢山で1株のシャクナゲの大樹を発見し、人をやとってこの樹を切りたおしたあと、幹の一部分をのこぎりで切って標本としてイギリスにもちかえった。研究により、この樹の樹齢は280年で、樹の高さは25m、直径は87cmであり、それまでに見つけた世界最大のシャクナゲだとわかった。その後、中国科学院の調査によって、騰沖県界頭郷大塘村の海抜2380mの密林でギガンテウムシャクナゲが40本発見された。そのなかの1本は樹高25m、根元の直径は3.07mに達し、地上0.2mから大きな枝と1本の小さい枝にわかれていた。大きい枝は直径が1.57m、樹冠が60uある世界最大のもので、「シヤクナゲの王」といわれている。」と書かれています。
 つまり、1919年に発見されたということは、今年でちょうど100年になり、それも何かの縁ではないかと思いました。
 このシャクナゲは、中国名を「大樹杜鵑」といい、まさに大樹という名前にふさわしい堂々とした姿で立っていました。ただ開花期が2〜3月ということで、満開の時期が過ぎてしまい、ほんの少ししか花を見ることはできなかったのですが、もし、もう少し早く行けたとしても、今度は雪で峠が閉鎖されていて、里から自力で歩かなければならず、それも困難なことです。やはりフィールドワークは、いつの時代であっても、大変なことのようです。
 下に抜き書きしたのは、奈良一秀さんの「キノコが森をつくる!?」のなかの文章で、富士山の火山荒原、それは1707年に噴火した宝永山のエリアで黒い軽石のような砂利で覆われたまさに不毛の地ですが、そのなかにもキノコなどの菌類が生え、それを這うようにして調査する姿の写真がありました。その菌類のところにその菌根ネットワークに支えられるようにしてミヤマヤナギが生えているそうです。
 まさに不毛の大地から少しずつ緑豊かな環境になっていく、その初めの姿を垣間見るような感じがしました。
(2019.4.10)

書名著者発行所発行日ISBN
生物学者、地球を行く日本生態学会 北海道地区会 編文一総合出版2018年4月30日9784829971079

☆ Extract passages ☆

すでに定着しているヤナギの成木はすべて菌根菌と共生しているため、その周りの土壌中には菌根菌の菌糸体が広がっている。こうした場所で発芽した実生は、地中の菌糸体によってすぐに菌根菌に感染する。「菌根ネットワーク」に「接続」するのだ。この火山荒原で菌根ネットワークヘ接続可能な場所は約1%しかない。残りの99%は裸地や草本植生など、菌根ネットヮークの圏外。そして、数えきれないほどのヤナギ実生がたった1%の菌根ネットワーク圏内にしか定着していないのだから面白い。
(日本生態学会 北海道地区会 編 『生物学者、地球を行く』より)




No.1638『人は、いつ旅立ってもおかしくない』

 本の題名の通り、たしかに『人は、いつ旅立ってもおかしくない』し、そもそも将来のことで確実にわかっていることは、人は必ず死ぬということです。でも、若い時には、なかなかその実感はないのですが、年を重ねてくると、いつしかときどき死ということを考えたり、つい、新聞の死亡欄に目を通すようになります。そして、自分に近い年の方がなくなったりすると、また死というのが身近に感じられるようになります。
 たまたまそのような心境のときに、図書館に行くとこの本を見つけました。読み始めると、著者の「たとえば私たちの身体が、水だったとしましょう。氷はやがて溶けてしまい、水に変わっていきます。その水さえも永遠のものではなく、いつかは水蒸気になってしまいます。水蒸気になってしまえば、そこに姿かたちを見ることはできません。しかし考えてみてください。水をつくっている成分はH2Oです。このH2Oは、氷が溶けて水になっても、変わることはありません。同じように水蒸気になって見えなくなったとしても、空気中に漂うH2Oは永遠に消え去ることはありません。肉体と魂というものも、これと同じなのですよ」という言葉に接し、こういう考え方もあると思いました。
 でも、この本は人は死ぬということをいろいろな面から考えて、それに仏教の言葉を添えて、死ぬのは当たり前というか、そんなに怖いものではないといいます。でも、生きている人は誰も体験したことがないから、いくらいろいろと言われてもどこかに不安感はあります。その不安感を少しでも和らげたいというのがこの本の狙いではないかとさえ思います。
 この本のなかで、「他人の悲しみは測り知ることなどできません。まして自分に経験のない悲しみなど、わかるはずはないのです。自分の両親が元気な人には、両親を亡くした人の悲しみはわからない。自分の子どもが元気に育っている人には、病を抱えている子をもつ親の心はわかりません。想像することはできるかもしれませんが、それもあくまでも想像にすぎない。他人の悲しみや苦しみを理解することは、それほどに難しいことなのです。」と書いてあるところがありますが、たしかにその通りです。人それぞれ、傷みすら感じかたが違います。悲しみだって、強く感じる人もいれば、ちょっと鈍感な人だっています。むしろ鈍感力だって、すごい生活力です。
 でも、だから悲しんでいたり苦しんでいたり人に何もしないというのは、やはりダメでしょう。わからないなりにも、その人の悲しみや苦しみに添うという優しさは必要だと思います。できるとかできないというよりは、そうしようとする気持ちが大切です。おそらく、このような問題には、解決する方法というのはないのかもしれません。でも、なんとかしたいという気持ちだけは失いたくないと思っています。
 下に抜き書きしたのは、第4章の「愛する人が、あなたに教えてくれること」に書いてありました。
 死んでしまえばすべて終わり、という考え方もありますが、でも、しかし、見守っていてくれていると考えたほうが気持ち良く生きられます。なんとなく、安心して生きられます。それこそが日本人、いや世界の人たちの宗教心を支えている考え方かもしれません。
(2019.4.6)

書名著者発行所発行日ISBN
人は、いつ旅立ってもおかしくない(PHP文庫)枡野俊明PHP研究所2016年9月15日9784569766171

☆ Extract passages ☆

 たとえ肉体がこの世から消え去ったとしても、亡き人は、きっとどこかから自分を見守ってくれています。邪な気持ちが芽生えたときには、どこかから戒めの声が聞こえてきます。気持ちが弱っているときには、救いの言葉を授けてくれます。そうやっていつもそばにいてくれる。そう信じることです。
 亡き人の存在を信じること。それは誰の迷惑にもなりません。あえて口に出して言う必要もない。ただ自分の心の内にしっかりと留めておけばいいのです。
(枡野俊明 著 『人は、いつ旅立ってもおかしくない』より)




No.1637『昆虫は美味しい!』

 今年の3月に中国雲南省に行きましたが、今回の雲南の旅はミャンマーとの国境近くで、タイ族やリス族など、いろいろな部族が暮らしています。タイといえば、昆虫食も有名で、カブトムシやクワガタなども食べるといいます。そうそう、ゴキブリだってセミだって食べます。この本の「はじめに」のところで、昆虫料理研究会の夏のイベントが「セミ会」で、セミの成虫や暗くなってから穴から出てくる幼虫を採り、近くに借りていた調理場で、その採りたてで新鮮なセミを料理して食べるということが書いてあります。
 でも、最初にはっきりといいますが、私は昆虫を食べるのには抵抗があります。昔、子どものころによく行っていた親戚ではカイコを飼っていて、夜中にカイコが桑の葉を食べる音が気になったり、それを見るのさえイヤでした。まさに、背中に虫ずが騒ぐような感じでした。
 でも、小学校のときなどは、文房具や本などを買うために、全員で田んぼでタニシを集めたり、秋になるとイナゴ採りもあり、イナゴにはあまり抵抗感がなく、今でもイナゴの甘煮は食べられます。家の孫たちもそれを見ていて食べるようです。つまり、ある意味、慣れかもしれません。
 ということで、今回の旅では、その昆虫食の実体も見てみたいということで、写真を撮ったり、実際に食べたりしました。たとえば、この本にも出てくるカイコの幼虫やイナゴ、そしてこの本に取りあげられていない竹虫などです。もちろん、たくさん食べたというより、珍味のようにほんの少し食べただけですが、日本のイナゴの佃煮の場合はとても美味しいですが、雲南省のイナゴ料理はとても辛かったです。つまり、料理の仕方が違えば味も違うようです。
 この本では、蜂の子はウナギの味と似ているとか、カミキリムシの幼虫はマグロのトロのような味がするといっても、それだって料理次第です。その昆虫の姿がわからないような料理ならなんとか食べられますが、昔、親戚の家で炭焼きをしていて、木を割るとそのなかにまるまると太ったカミキリムシの幼虫がいて、みな脂っこくておいしいといって炭焼きカマの上で焼いて食べていましたが、私は食べられませんでした。いくら、それがマグロのトロのような味だといわれても、今だっておそらく食べられないと思います。
 そういえば、『ファーブル昆虫記』で有名なファーブルも、古代ローマ時代はカミキリムシを食べていたという記録があったので、自分も食べてみたら「羊皮紙に包まれた上等の脂肉腸詰めだ。中身はほっぺたが落ちそう」と書き残しているそうです。
 だからといって、ファーブルが食べて美味しかったからとしても、私は食べたくありません。
 じゃあ、なんでこの本を読んだのかといわれれば、やはり好奇心からと答えるしかなさそうです。本を読んだからといって、食べたいというよりは、知的好奇心が満たされればそれでいいわけです。おそらく、そのような好奇心にあふれているからこそ、旅でもいろいろなことにチャレンジしたくなります。それが今回は昆虫食だったというだけの話しです。
 そういえば、旧約聖書の『出エジプト記』に、「いなごが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。いなごは地のあらゆる草、雹の害を免れた本の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった」と書いてあるそうです。だとすれば、山形でイナゴを食べるのも、稲をかじる害虫退治の意味合もあったわけで、一石二鳥だったといえます。
 下に抜き書きしたのは、国連食糧農業機関の発表した報告書に書かれていたそうで、昆虫食の利点のひとつです。この他にもいろいろありましたが、この人間の食べものと重ならないというのは、たしかに大きな優位点です。
 これらを読んでみると、これからの食糧危機を乗り切るには、ただ気持ち悪いからという理由で昆虫食を嫌うのではなく、いろいろとチャレンジしてみなければならないのかもしれません。
(2019.4.4)

書名著者発行所発行日ISBN
昆虫は美味しい!(新潮新書)内山昭一新潮社2019年1月20日9784106107986

☆ Extract passages ☆

例えば、カイコの幼虫なら桑の葉を食べて成長するので、人間の食べ物と競合しない。穀物を食べつつ穀物で育てた牛や豚を食べる、という現在の食糧システムでは、人間と家畜が食糧を取り合っている。
(内山昭一 著 『昆虫は美味しい!』より)




No.1636『濃霧の中の方向感覚』

 たまたま「ブックオフオンライン」に「読んだ本を忘れない!」3つの方法というのが書いてあり、1.読書ノートをつける。2.付箋を使う。3.とことん「精読」する。とありました。
 私は昔から読書カードを作っていて、とくに難しい本はしっかりと精読するようにしていますが、この本もそうとうゆっくりと読まないとなかなか理解できませんでした。そういえば、この著者の本で、『「待つ」ということ』(角川選書)を読んだことがありますが、これはすぐに頭に入ってきましたが、やはり哲学者の本は概して難しいようです。
 それでも、著者は「ホームタウンは京都、勤め先はずっと大阪、個人としての仕事はほとんど東京、という状態が33年続いた。……そして、仙台市に毎月通うようになって1年が過ぎた。」ということで、いろいろなものの見方考え方ができます。これは仕事柄当然でしょうが、この本を読んでなるほどと思うところがたくさんありました。
 ではなぜに仙台かというと、大震災以降「せんだいメディアテーク」の館長もされているそうで、そこでは「てつがくカフェ@せんだい」なども企画しているそうです。
 この多方面にわたる活動を考えると、その幅の広さに関心させられます。そして考え方の幅も、たとえば、「とりわけ第二次世界大戦後70年のあいだ、わたしたちは、安心で便利で快適な生活を公共的なシステムにぶら下がることによって得たその代償として、いのちの世話をしあう文化、そしてそれを支える一個人としての基礎能力を、ひたすら削ぎ落としてきたのではないかと思われます。」というように、たしかに便利にはなったけれど、なんとなく、これらのことがなくなったらどうしよう、と逆に不安が増すこともあります。このなんとなく、という不安感をこの本を読むことで、具体的な問題として浮かび上がります。
 最近の政治を見ていると、なぜか対話というものがないように思います。著者は、「政治という場面で言葉が機能しなくなっている。ヘイト・スピーチは、 いうまでもなく相手を斬りつける言葉の刃である。都議会でのヤジは、相手を怯ませるために投げつけられた言葉の礫である。「最後は金目でしょ」という環境相の発言は、苦境にある人への想像力を欠いた捨てぜりふである。兵庫県会議員の号泣は、釈明ができずに進退窮まった者の居直りである。そこにはそもそも言葉を交わそうとの意志はみとめられない。 いや、それを拒絶するためだけに言葉がある。」と書いていますが、たしかにそうだと思いました。
 今年は選挙の年ですが、こういうときこそ、本当に対話のできる政治家を選びたいと思います。公約はまもらなければならないでしょうが、いろいろな事情でまもれないこともありますが、なぜ守れなかったかということを丁寧に説明すれば、ある程度は納得できます。今はなんでも急ぎすぎて、話し合いすらできないようです。
 この本でおもしろいと思ったのは、デズモンド・モリスの『ふれあい』のなかに、「拍手というのは、プレイヤーを抱きしめ背中を叩いてやりたいところが、その相手、競技者や舞台俳優が遠くにいるので、左手に不在の相手の背中の役をさせ、それで叩く形をとったとき、拍手になったという。そう、「空っぽの抱擁」である。」と書いてあり、なるほどとつい拍手してしまいました。これが正しいかどうかはわかりませんが、拍手のひとつの解釈ではあります。もともと、このようなものは、いろいろな解釈があるはずで、正解というのはなさそうです。でも、拍手が相手を励ますという意味からすると、この解釈もありだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、学ぶことの大切さということですが、そのきっかけは東日本大震災などのような大災害ではないかと思います。すでに8年経っていますが、まだまだ立ち直れない方々がたくさんいると思います。
 やはり今、新たな自分を見つけるためにも、希望の書き換えが大切だと思います。
(2019.4.1)

書名著者発行所発行日ISBN
濃霧の中の方向感覚鷲田清一晶文社2019年2月5日9784794970664

☆ Extract passages ☆

 病気、事故、被災、失職、事業の行きづまり、大事な人の死……。そういう思いがけない出来事に遭過するたび、ひとは人生の語りなおしを迫られる。それまで人生の前提となっていたものが崩れるからだ。
 人生の語りなおしとは、別の言葉でいえば、希望の書き換えでもある。じぶんが生きるうえで軸とするものを、これまでとは少し違うものに移し変えるということである。
 そのとき必要になるのが新たな学びである。これまで考えもしなかったが、世の中にはこんな問いもある、世界にはじぶんが知らない領域が想像をはるかに超えて広がっている……。それを知ることが、じぶんが生きるべき世界を拡げる。ふんづまりになっていたじぶんを助けるのである。生き延びるために、学びはそれほど大切なのである。
(鷲田清一 著 『濃霧の中の方向感覚』より)




No.1635『花みちくさ』

 著者の『定本 インド花綴り』などを読んだことがあり、たまたま図書館でこの本を見つけたので読んでみました。
 この本は、平凡社のPR誌『月刊百科』に「花みちくさ」として2002年11月号から2011年6月号まで連載していたそうで、さらにスギナとヤマザクラを書き下し、210話としてまとめたそうです。
 副題は「身近な植物をめぐる210話」で、ほとんど知られているありふれた植物だけで、とても読みやすかったです。なかには野菜などもあって、たとえばカラシナは、「インドではカラシナはもっばら搾油用に栽培されている。種子は香辛料としてもカレー料理に欠かせない。その種子を擂り潰したのがマスタード(洋がらし)。カラシナの中国語名は芥菜。小さいものの例えにもちだされる芥子粒は、ケシの種子ではなく、このカラシナの種子のことである。インドでもカラシナの種子は小さいものの代表で、小粒でもぴりりと辛いその種子は、憑物落としにも使われる。ベンガルの友人の弟が出勤拒否症になったとき、祈祷師が来て、呪文を唱えながら彼の背中にカラシナの種子を投げつけていた。治ってどうにか出勤しだした後に、庭のあちこちでカラシナの花が祝福するように咲いていた。」とあり、著者だからこそインドの憑き物落としの話しまで書いてあると思いました。
 そういえば、他のところでも、日本だけでなくインドのことにも触れていて、たとえば、スベリヒユについて、「日本でもおひたしなどにして食べるというが、インドのベンガル地方やバングラデシュでは、あまり裕福でない村人たちが、これを摘んでカレー料理の具にしていた。」と書いてあり、このスベリヒユを食べるこの辺りの人にしてみれば、いささか気になる書き方ではあります。ここではスベリヒユをそのまま食べるよりは、一度天日に干してから保存食のようにして食べることのほうが多いようです。
 しかも、最近では、山菜料理も高級化していて、高級な料理屋さんでしか食べられないとか。
 また、おもしろいと思ったのは、映画『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』のなかで取りあげられたヘクソカズラも、「インドにはナンヨウヘクソカズラとかインドヤイトバナと呼ばれる Paederia foetida という同属の植物がある。ガンダリ・パタ(臭い葉)と呼ばれて、葉やつるをちぎるとやはり同じような匂いがするのだが、食べると精がつくというので、村の人たちはよく食べていた。つくねにして揚げると臭みもなく、なかなかおいしい。」と書いてあり、おそらく日本のヘクソカズラと違うのではないかと思います。もし日本のものだったら、絶対に食べたくないような臭いですから。
 下に抜き書きしたのは、タラヨウについてです。このタラヨウは私のところにもあり、持ってきてくれた人の話しでは、宮城県の塩竈神社からのものだそうです。
 この大木は東京の小石川植物園にもあり、たまたま園長さんがこの葉にクギで書いてみて、このように後から字が浮き出てくるという話しをしてくれたこともあります。しかも、この園長さんたちとは、だいぶ前にスリランカへ行き、下の話にも出てくるオウギヤシの葉に今でも書いている方がいる寺院で、自分たちの名前を書いてもらったりしたことを思い出しました。
(2019.3.29)

書名著者発行所発行日ISBN
花みちくさ西岡直樹 著、西岡由利子 画平凡社2012年2月24日9784582835601

☆ Extract passages ☆

タラヨウという名前も、葉に字が書けることから、古代インドで経文を書くのに使われたターラ樹(多羅樹)に由来している。サンスクリット名をターラ、ヒンディー語ではタールと呼ばれるその植物は、ヤシ科のオウギヤシ Borassus flabellifer で、村人はその葉で屋根を葺いたり団扇や敷物をつくる。また樹液から砂糖を、果実からは菓子をつくる。むかしはその葉を短冊形に切って、その表面に鉄筆で経文や絵を書き、顔料をすり込んで保存した。
(西岡直樹 著 『花みちくさ』より)




No.1634『植物のたくらみ 香りと色の植物学』

 植物をたずねて歩く度には、植物の話しがいいし、しかも、小さなサイズで軽い方が持って行くにいいわけで、これを選びました。
 たしかに、植物たちは、花色とか香りとか、さまざまな方法を使って昆虫などを誘うわけです。それはあくまでも自分たちの子孫を残そうとする戦略であって、人間に見てもらおうという意図はほとんどないようです。でも、人間は、植物たちの花や香りに大きな癒やしを感じます。その謎を解こうというのがこの本です。
 「はじめに」のところで、花の色についてこの本では、「人の手でつくり出された、園芸種と呼ばれるきれいな花が売られていますが、自然界では植物は、それぞれ独自の色の花を咲かせており、このことは送粉者を呼び寄せるのに一役買っています。例えば、熱帯地方に赤い色の花が多いのは、鳥に見つけられやすくするためです。また、花には昆虫にしか見えない、ネクターガイドと呼ばれる、花蜜のありかを知らせる印がありますが、これも植物が色素を利用して、模様を巧みにつくれるように進化したのです。植物の色素には他の効果もあります。高山植物には青紫色の花が多い印象があります。これは、高山帯では紫外線が強いために、それから体を守るポリフェノールと呼ばれる物質を多く蓄えているためと考えられています。」と書いています。
 つまり、動かない植物たちが、自分たち子孫を残そうとするだけではなく、自分たちの身を守るためにも使っているということです。そういわれると、高い山に登ると、たしかに濃い青紫色の花が多いように感じます。
 しかし、この花色と香りは、私たちにとっては、まったく別ものです。花色は見ることができても、嗅ぐことはできませんし、香りは嗅ぐことでしかわかりません。ところが、この色と香りは、植物にとってはとてもよく似ていて、しかも同じ場所でつくられているそうです。つまり「色素と香り物質は同じ場所(代謝経路)でつくられています。それらの中で、ある化合物は特定の波長の光を吸収し、余った波長の光を反射させます。例えば、植物の葉が緑に見えるのは、クロロフイルが赤や青色の光を吸収し、緑色の光を反射するからです。秋になリクロロフィルがなくなると、隠れていたカロテノイドの黄色が見えるようになります。赤い紅葉はフラボノイドの一種であるアントシアニンによるものです。これら色素化合物といわれるものが光を反射したり吸収したりすることで、我々の目に緑や黄などの色として認識されるのです。」とあり、秋の紅葉などもこれでよくわかります。
 植物というのは、まったく不思議な存在ですが、そのたくらみを考えると、なるほどと思えるところがいくつもあります。旅の途中で読むと、移動時間などもあり、何度も同じところを読み返すことができ、いっそう理解が深まります。
 そういえば、今年の世界らん展日本大賞では、光る花を展示していました。でも、ピカッと光るわけではなく、うっすらと光っているようにみえるだけです。トレニアという植物に、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村博士が発見したオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質GFPを用いているそうです。会場で私も写真を撮ってきましたが、それを見ると、真っ暗ななかなのであまりよくは撮れませんでした。もし、仮にもう少し明るく光るようなら、常夜灯のように植物を使うことができるようになるかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、ボケやウメなどにある咲き分けの現象についての説明です。
 このように明快に答えがわかると、すっきりします。今までは、接ぎ木などをしていたのではないかと思っていましたが、植物には最初からそのような性質があったというわけで、納得しました。
(2019.3.25)

書名著者発行所発行日ISBN
植物のたくらみ 香りと色の植物学有村源一郎・西原昌宏ベレ出版2018年4月25日9784860645441

☆ Extract passages ☆

咲き分けにはキメラ(2種類の細胞が混じっている)による場合や、ランスポゾン(動く遺伝子)によって生じる場合などがあります。また、エピジェネィック変異といい、遺伝子事態は変わりませんが、DNAの修飾が変化して生じる例も知られています。
(有村源一郎・西原昌宏 著 『植物のたくらみ 香りと色の植物学』より)




No.1633『植物はなぜクスリを作るのか』

 この本のなかでも、過去30年に開発された新薬の6割は天然から得られた成分や、クスリの化学構造の主要部分が天然由来であるといいます。それほど、植物などのものが大切な役割を果たしています。では、なぜ、それら植物がクスリを作るのかというのが、この本の主題です。
 この本を旅に持ち出したのは、同行者に薬学系の研究者がいて、もしわからないところがあればすぐに聞けるからでもあります。しかも、漢方薬にも精通していて、植物との関わりもあり、話題も豊富です。山野を歩いていても、たちどころに植物名や効能なども教えてもらえます。もし植物名が不明なら、もう一人の同行者は植物分類学者なので、すぐに教えてもらえます。
 まさに、大学のゼミで勉強しているかのような旅でした。
 今回出合った植物の一つに「カラタチ」があります。これは、もともと長江上流域が自生地といわれ、日本に伝わってきたのは8世紀頃といいます。このカラタチという名は、唐橘(からたちばな)が詰まったものだそうです。今もウンシュウミカンなどの柑橘類の台木として使われていますが、生薬では、この未成熟の果実を乾燥させたものを枳実(きじつ) といい、健胃作用、利尿作用、去痰作用があるとされています。この歌に出てくる「カラタチ」も実はクスリなのです。
 そういえば、今回の旅は中国雲南省とミャンマーとの国境線付近ですが、この辺りは「ゴールデントライアングル」の近くですから、今はないでしょうが昔はケシの栽培が行われていたようです。このケシから強力な鎮静作用があるモルヒネが作られますが、この作用もこの本では詳しく説明されていました。また、解熱鎮痛薬の「アスピリン」は有名ですが、この開発の元になったのはヤナギの木で、それに含まれる「サリシン」という物質です。だから、日本で昔から爪楊枝にヤナギの枝を使いますが、これもヤナギの枝に歯痛を予防する効果があるからです。また、京都の三十三間堂は「頭痛封じの寺」として知られていますが、このお堂の棟木にヤナギの木が使われているそうです。
 そう考えれば、毎日飲んでいるお茶にも「茶カテキン」が多く含まれていて、高い抗酸化活性があるといいます。だから、昔から、その科学的理由はわからなくても身体に良い植物を使っていたといえます。
 この旅では、毎日山野を歩いて、夕食後には私が点てて、みんなでお抹茶を飲みました。これだって、もともとはタンニンによって捕食者による食害から身を守ることが目的だったのを、人間がうまく利用しているわけです。
 旅行中なので、読み終えるのに時間がかかりましたが、それでも現実の植物たちとふれ合いながらなので、理解度は深まったのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、植物の化学防御戦略について書いてあるところです。まさに植物たちは、動けないからこそさまざまな工夫をして生きぬいてきたということで、されらを人間がクスリとしてうまく利用しているということです。
(2019.3.20)

書名著者発行所発行日ISBN
植物はなぜクスリを作るのか(文春新書)斉藤和季文藝春秋2017年2月20日9784166611195

☆ Extract passages ☆

 第一に、捕食者から食べられないように、植物は動物に対して苦い味や渋い味、あるいは神経を麻痺させるなどの有毒な化学成分を作るように進化しました。……もし、植物の葉や茎、種が苦かったり渋かったりすれば、捕食者の動物も一度はかじってみても次からは口にしたくはないでしょぅ。食べてから少し時間がたって神経麻痺や意識障害などの有毒な作用を引き起こすものならば、その作用を覚えていて、やはり二度と口にはしないでしょう。……
 第二に、病原菌に対してもその増殖を抑える抗菌性のある化学成分を作り、病原菌に打ち勝つように進化しました。病原菌に対して抗菌作用のある化学成分を作る植物は、他の植物よりも病原菌に対して抵抗性が強くなり、生き残るチャンスが大きくなります。
 さらに、第三に、光合成に必要な日光や、無機栄養塩など、生長のために必要な資源を競う他の植物との闘いに勝つためにも、他の植物の生長を抑えこむ化学成分の生産をするようになりました。他の競合植物に対して、生長を阻害するような成分を作ることによって、自らの生長が優位になります。
(斉藤和季 著 『植物はなぜクスリを作るのか』より)




No.1632『であいの旅』

 この本もなかなか読む機会がなく、積んでおいたものですが、一番最初の「失うこと、与えられること」のなかに、前回読んだ俵万智さんの「今日までに私がついた嘘なんてどうでも良いよと言うような海」という短歌が引用されていて、なんか知らず知らずのうちに引き合わせられたかのような感じがしました。
 著者は、女性初のNHKアナウンス室長をつとめたあと、現在はフリーアナウンサーだそうですが、この本を毎日新聞社から1988年に単行本として出す前には、1984年から1986年の3月まで「小さな旅」のアナウンサーもしていました。
 だから、この本のなかにも、その「小さな旅」の出来事などもいろいろと書かれていました。でも、だいぶ前のことなので、少し忘れてしまったこともありますが、懐かしく思い出されたこともあります。では、なぜこのような古い本を持って行ったのかというと、邪魔になったら向こうで捨ててもよいと思ったのです。ところが、本はなかなか捨てられず、やはり持ち帰ってきました。本というのは単なるものではなく、ものとは割り切れない何かがありそうです。
 この本を読んでおもしろいと思ったのは、やはり普通の人にはなかなかわからないアナウンサーとしてのことです。たとえば、「人の心を通り過ぎていく話と、人の心の中に何かを植えていく話と。よくよく考えてみた結論は、月並みだが、やはり話し手の思いの深さとかかわっているのだろうということだ。話す人がそのことをどれだけ本気で思っているか、どれだけ深い思いをこめて話しているかが、人の心への届き方を決めるのではないだろうか。話し手の思いの深さと、聞き手の心への届き方の深さは比例するのかもしれない。」と書いてあったところです。たしかに、話しを聞いても、すごく心に残ることもあれば、後から思い出せないこともありますが、これは聞く人だけの問題ではなく、話し手も関わってくるのかもしれません。
 そういえば、知らない世界のことですが、照明の大切さについて書いたところがあり、自分も写真を撮るときにこのようなことを感じていました。その部分は、「古株の照明さんの中には「賢い女優さんはまず俺たちの所に差し入れするもんね」とうそぶく人もいる。女優さんを美しくするのもしないのも、食べものを美味しそうにするのもしないのも、そのものをそのものらしく映すのも映さないのも、みな照明次第。照明はそれだけ腕の要る仕事。それだけに古い照明さんには、職人気質で個性的な面白い人物も多いのである。」と書いてあり、なるほどと思いました。
 たしかに、目にキャッチライトが当たっただけで、生き生きとしますし、食べものだって、明るく撮れるとおいしく感じられます。おそらく、大きなスタジオなどであれば、なおさらそうかもしれません。
 旅の途中で読んでも、話しに引き込まれてしまい、時間を忘れてしまいそうになりました。
 下に抜き書きしたのは、みかん作り60年の大津祐男さんの言葉です。しかもみかんの品種改良を手がけ、これまでに十余りの新しい品種を開発したそうで、今も改良を重ねているそうです。
 その思いをたずねたときの言葉で、その言葉に感動した著者が、覚えられるようにと教えてもらったそうです。
(2019.3.16)

書名著者発行所発行日ISBN
であいの旅(文春文庫)山根基世文藝春秋1991年10月10日9784167160036

☆ Extract passages ☆

 そうだねえ、好きっていうのはこういうものなのかねえ。また今年もやったんだからね。今年喜寿を迎える私が、今、品種改良の樹を植えても結果が出るまでには六、七年かかって、それまで私の寿命はもたないでしょう。それでも、やっばり植えずにいられないんですね。私はね、若い頃からこういうことを頭に置いて勉強してきたんですよ。青にして学べば、壮にして成すところあり、壮にして学べば、老にして衰えることなし、老にして学べば、死して後、朽ちることなし。私はね、七十七の今も一生懸命勉強して、良い品種を残したいと思っているんですよ。
(山根基世 著 『であいの旅』より)




No.1631『旬のスケッチブック』

 この本はだいぶ前に求めてはいたものの、なかなか読む機会がなく、積んでおいたものです。でも、旅に持ち出すのは、文庫本で何度も読み直せるものと思っているので、今回の旅に持ち出しました。
 もともとは、『月刊カドカワ』平成2年1月号から12月号に掲載されたものに加筆訂正したものだそうで、1年間の旬をテーマに書いています。旬といっても野菜などばかりではなく、2月のチョコレートや12月のケーキなどもあり、多彩です。
 おもしろいと思ったのは7月の「トマト」で、ある大学の先生が『サラダ記念日』に出てくる野菜のなかで、ダントツだったのが「トマト」ですという手紙をいただいたことがあるぐらい、トマト好きです。そのところで、自分の「小さめの恋してみたき秋の夜 パセリわずかに黄ばむベランダ」という短歌を紹介して、「こうして振り返ってみると、なにか嬉しかったのも、少し枯れかかっていたのも、セロリではなく、パセリでもない、その時その時の、自分の心だったんだなあと思う。……短歌とは、結局のところそういうものかもしれない。いろんな野菜を歌にしながら、いろんな野菜を通して、自分の心をのぞいている。」と書いています。
 また、5月のいちごも、もともとの旬でしたが、最近は12月のクリスマスケーキに使うことが多いせいか、だんだんと早まってきているようです。日本を出る前にもいちごを食べたのですが、なんか、もう最盛期を過ぎたかのような感じでした。ここ米沢辺りでは、南原の粕平でいちごを栽培していて、それが出回るのがやはり4〜5月でした。今から考えるとほんとうに小粒で、コンデンスミルクをかけて食べていました。ところが最近のいちごは、ほとんどそのまま食べても甘くて、おそらく、今ではあの独特のかたちをしたイチゴスプーンもほとんど見かけなくなりました。
 でも、この本によると、あの『枕草子』にも「あてなるもの。(中略)いみじううつくしきちごの、いちごなどくひたる」と出てくるそうで、それを考えれば、そうとう古くから食べられていたことになります。
 下に抜き書きしたのは、山村暮鳥の詩『風景』に出合ったときの著者の心情です。
 たしかに、この詩は「風景 純銀もざいく」とあるように、単純でありながら、いろいろな想いが伝わってきます。
(2019.3.12)

書名著者発行所発行日ISBN
旬のスケッチブック(角川文庫)俵 万智角川書店1993年1月25日9784041754038

☆ Extract passages ☆

 山村暮鳥のこの詩に出会ったのは、高校生のころだったかと思う。ことばの力の不思議をつくづく感じた。
 日本語を知らない人の目には、白い紙に似たような黒いシミがある、としか映らない1ページ。それが私にとっては、無限の広がりを持つ菜の花畑なのだ。
 ことばの力を信じるところから、詩人の第一歩は始まる。自分を無にして、ほんとうに素直な気持ちで、その力に身をまかせることのできた人だけが、このような詩を書けるのだ、と思った。簡単なようでいてそれはなかなかむずかしいこと。ことばを使って表現することに慣れてしまうと、ことばではなくて、自分に力があるような錯覚を持ってしまう。そういう傲慢な人間には、ことばは力を貸してくれない。私自身、短歌がうまく作れない時を反省してみると、どうやってことばを使おうかということばかり考えている場合が多い。どうやってことばに使われるか、ということのほうが、ずっとずっと大切なはずなのに。
(俵 万智 著 『旬のスケッチブック』より)




No.1630『我的日本 台湾作家が旅した日本』

 今日から中国の雲南省に旅立ちますが、午後からの山形新幹線で出るので、午前中に読み終えました。そしてすぐに、旅に持って行く文庫本を選びましたが、それが意外と楽しい作業です。もちろん、たくさん持って行ければいいのですが、それでは文庫本といえども重くなりすぎるし、その選択が難しいのです。
 その数冊の本を手にして出発します。
 ところでこの本は、台湾の作家たちが日本を旅したときのエッセイで、18編が載っています。たしかに、私の行ったことのあるところもありますが、やはり、同じところに立ったとしても感じるものは違います。それは個人差もありますが、国民性なども影響しているようです。だから、この本は、台湾の作家たちの目を通して自分たちの知られざる日本を知るということのようです。
 たとえば、私も高野山には何度か行ってますが、『寺院の日常』に書かれているように、「沿道はきれいに保たれていて紙切れ一つ落ちておらず、崩れ落ちているように見える石碑の青苔や野草は、常に誰かが吊り下げ式の蚊取り線香をつけて手入れをし、保護しているのだった。森林全体がちょっとずつ剪定されているが、荒れ果てた雰囲気はほどよく残されている。もしほんとうに荒廃しているなら、こんな詩趣はないだろうし、便利さを追求してでたらめに除虫剤をまいていたら、新緑がこんなに隅々まで満ち流れているはずがない。そこで私は「精進」の意味が少しばかりわかった気がした。修行とは頭を空っぱにしたり浮世を捨てたりすることではなく、必ず日常の謹厳な労働の中でしっかりと追求されるものであり、苦悩と清浄はみな日常にあるのだと。だからこそ供養があり、隠遁したようなわびさびの美がある。恭しく勉め励み、草一本は一枚の世話をして、人と自然が互いを圧倒したり超越したりしない。これこそが共生であり、こうしてこの地の山林を1200年もの間守ってきたのだ。」と、高野山奥の院への参道を書いています。
 私の家のお墓もこの参道沿いにあり、いつもきれいになっていることに感謝していますが、それだって、相当な人の手がかかっていることがわかります。でも、改めてこのように書かれると、むしろ日本人の方が忘れていることもあると思いました。
 忘れているといえば、『飛騨国分寺で新年の祈り』というエッセイに、台湾のサルの伝説が載っていました。私の近くでも庚申講といって、60日に1回ある庚申の夜に、人の体内にいる三尸(さんし)という虫が,その体内を抜け出して天帝にその人の罪過を告げると信じられていて、その夜は地区民が集まって一晩寝ないで飲み食いをして三尸が抜けてないようにしました。この時の本尊が猿田彦神です。台湾では、「「灯猿」は竹の灯を司る小さな神で、年越しの時に一年間の苦労をねぎらうためのお供えを忘れると、灯猿は怒って天上界へ行って神に人間の過ちを報告し、言われなき懲罰を人々にもたらすそうだ。と書かれています。
 つまり、天に上って神さまに伝えるということは同じなので、少しの違いはあっても、伝説というか言い伝えというのは、意外と似通っていると思いました。おそらく、この庚申講は仏教というよりは道教などの影響が強く、そう考えれば中国から台湾に伝えられたことは間違いなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、『門外漢の見た京都』に書かれてあるもので、日本人にはあまりにも見慣れた稲田の風景についてです。これなども、改めて指摘されると、なるほどと思います。
 それにしても、これほどじっくりと台湾の人たちが京都を見ているとは思いませんでした。
(2019.3.10)

書名著者発行所発行日ISBN
我的日本 台湾作家が旅した日本呉佩珍・白水紀子・山口 守 編訳白水社2019年1月10日9784560096680

☆ Extract passages ☆

 私が京都へ行くのは田舎の稲田のためだ。全世界の大都市の中で、いまだに稲田があるのは京都だけではないだろうか。旅行者が古寺旧庵の参観に夢中になっても、ふと見れば立ち並ぶ田舎家の向こうに稲田が広がる。見渡せば稲田に風が吹き渡り、新緑の苗が生気を発している情景に興奮せずにいられようか。京都府立植物園から北山通を越え、北へ数分も行けば稲田がある。嵯峨野の清涼寺と大覚寺の間にもたくさんの稲田がある。奈良の唐招提寺では、塀のすぐ近くに稲田がある。大原の稲田は山の上の平地に連なっている。耕作にどれだけ骨が折れようが、維持に努めている。稲田と都市環境の共存はこの都市の清潔さと良質性を証明している。またこの町が利に走らないことを表している。
(呉佩珍・白水紀子・山口 守 編訳 『我的日本 台湾作家が旅した日本』より)




No.1629『医師が教える! 健康あんしん旅』

 今月10日から旅に出るので、一番気がかりなのが体調です。それと、もしかして旅の途中で病気になったりケガをしたりすれば、それこそ大変です。そのときに、目に付いたのがこの本です。
 副題が「シニア世代へ25のアドバイス」とあり、さらに「旅行を楽しむために知っておきたい「からだのこと」」という囲み文字も表紙に書いてありました。
 前編が「旅先での急なトラブル対策」、後編が「持病がある場合の心がけ対策」です。
 そういえば、下の抜書きにあるように、シニア世代でも安心して旅に出かけるには、それなりにかんがえておくことが必要です。たとえ、自分は大丈夫だと思っていても、一人旅ならいいかもしれませんが、一緒の人がもし病気やケガをする場合だって考えられます。
 たとえば、私の場合はぎっくり腰になることもあり、そのときにはすぐ安静にしてシップを貼ったりします。この本には、「ぎっくり腰では多くの場合、痛みは一時的で長期的には心配はありません。痛みが強い場合には、まず痛み止めを飲んだり湿布を貼ります。痛み止めは薬局でも購入できます。飲み薬では、アセトアミノフェンやロキソプロフェンなどが使いやすいでしょう。通常のぎっくり腰では、痛みがあっても絶対安静にする必要はなく、痛みの範囲内で動いてもかまいません。」と書いてあり、ムリをしなければ旅を続けることができそうです。
 でも、レッドフラッグといわれる腰痛の場合もあり、このときには腰痛だけでなく足にしびれがあったり、力が入らない、全身の熱も出るといった場合などだそうですから、やはり専門医で見てもらったほうがいいようです。
 いわば、自分の身体のことは自分で知っておくことが最も大切ですから、この旅を続けるかどうかの判断も、同行者に迷惑をかけるからとかいわないで、正直に伝えたほうがよいと書かれていました。
 そして、私の腰痛のように、ほとんどの方が身体に弱いところがあるなら、その予防もしておくべきです。この本にも、車酔いとか船酔い、さらにはエコノミークラス症候群などについても詳しく書いています。つまり、予防こそが一番の対策です。
 下に抜き書きしたのは、最初にも書きましたが、この本を書こうとしたきっかけのようなところです。
 おそらく、これからはますますシニア世代だけではなく、高齢者といわれる人たちも旅行する機会が多くなると思います。さらに、バリアフリー化で今まであまり旅行をしたくてもできなかった人たちも、車いす対応やトイレなどの普及で出かけやすくなりそうです。
 私も、人に迷惑をかけてまで旅行をしたいとは思いませんが、これからもできるだけ旅を楽しみたいと思っています。
(2019.3.8)

書名著者発行所発行日ISBN
医師が教える! 健康あんしん旅JR東京総合病院 著・監修交通新聞社2018年12月14日9784330937182

☆ Extract passages ☆

 若いときだったら、体力にまかせてちょっと無理した旅行ができたものです。しかし年を重ねて旅に出かけるとなると、自分では大丈夫だと思っていても同行者に何かあるかもしれず、また気づかないうちに自分も弱くなっているところがあるかもしれません。
 旅は非日常です。だからこそ楽しいことがある一方で、不安もあります。本書はトラブルが起きたときの対処法について多く書かれていますが、その万が一のときにどうしたらいいかを知っておくことで、安心を得ることができます。
(JR東京総合病院 著・監修 『医師が教える! 健康あんしん旅』より)




No.1628『いのちを守る気象情報』

 昨年は特に自然災害が多かったように思いますが、もし起こると、一番気になるのが気象情報です。たとえば、自信が起きると津波などの心配や、それが高潮かどうかによっても、被害は大きく変わります。そのようなことを考えていたら、たしかにここ山形県は意外と自然災害は少ないほうですが、昨年は戸沢村などで集中豪雨などで洪水被害がありました。今までなかったから、これからもないとはいえないようで、むしろ増えてくるような気さえします。
 だとしたら、このような本を読んでおいて、自分の身は自分で守ることも必要だと思います。
 しかも、気象の用語というのは、なかなか定義が難しいようで、たとえば大雨災害の種類は、大きく「洪水」「浸水」「土砂災害」の3つに分けられるそうです。この本から抜き出すと、
「洪水」は、大雨や融雪などによつて、堤防の決壊や河川の水が堤防を越えたりすることで起こります。
「浸水」は、大雨によつて排水が追いつかず、下水道があふれることで起こります。河川の増水や高潮によつて排水が阻まれたときにも発生し、「内水氾濫」とも呼ばれます。
 そして、「土砂災害」はさらに4つに分類するそうです。それも抜き出しますと、
「山崩れ」は、大雨や融雪によつて山の斜面が急激に崩れ落ちる現象です。
「がけ崩れ」は、自然の急傾斜のがけや、人工的な急な斜面が崩壊する現象です。
「土石流」は、土砂や岩石が多量の水分を伴って流れ下る現象です。山津波、鉄砲水とも呼ばれます。
「地滑り」は、斜面の上壌が比較的ゆっくりと滑り落ちる現象です。地質や地下水などの影響が大きく、降雨や融雪によって発生することがあります。
 とこの本には書かれています。
 もちろん、これらの言葉は知っていますが、「山崩れ」と「がけくずれ」の違いはと聞かれても、意外と曖昧です。これらの用語を知っていると、これからテレビなどで聞いても、少しは理解が深まりそうです。
 そういえば、昨年の6月と12月に特急「いなほ」に乗りましたが、2005年12月25日午後7時過ぎころ、その特急電車が突風により脱線し、先頭車両に乗っていた5人が死亡し、32人が重軽傷という大きな事故があったことを思い出しました。この本にも書かれていましたが、「F1」クラスの日本では比較的発生数が多い突風だったそうです。たまたま、そこを通過するときにゆっくりとしたスピードだったので、そのときの様子を思い出すことができました。
 やはり、災害というのは、突然にやってくるので、考えているヒマもなにもありません。ということは、常日頃から、それに対応できるように考えておいて、さらに気象情報をみることが大切なようです。そういう意味では、このような本もとても役立ちます。
 昨年の9月にインドに行ったとき、ムンバイのカンヘーリー石窟群で熱中症のような症状が出ました。そのときに、薬学部の先生から、暑さを避けることと水分をしっかり補給することだと教えられました。そこで、下に抜き書きしたのは、熱中症のことに書いてあるところです。
 おそらく、今年の長期予報でも、夏は暑くなりそうなので、熱中症についての予報が出ると思います。お互い、気を付けるに越したことはありません。
(2019.3.6)

書名著者発行所発行日ISBN
いのちを守る気象情報(NHK出版新書)斉田季実治NHK出版2013年5月10日9784140884041

☆ Extract passages ☆

 体内の血液の流れが変化し、汗によって体から水分や塩分(ナトリウムなど)が失われるなどして、体が適切に機能しなくなった状態が「熱中症」です。具体的な症状は、体温の上昇、大量の汗が止まらない(逆に汗が出なくなる)、めまい、筋肉痛、頭痛、吐き気などで、重症化すると意識障害を起こして死に到ることがあります。
(斉田季実治 著 『いのちを守る気象情報』より)




No.1627『世界の雪景色』

 前回は『最高の1枚を写し出す写真術』を読んだので、今回もそのつながりで選んだのがこの本です。しかも、今年のように雪国に住んでいても雪が少ないと雪をそんなに毛嫌いすることもないようで、雪もきれいなものだと思える心のゆとりがあります。
 この本の最初に、「雪はなぜ白いのか。それは雪がほとんどの光を反射させてしまうからだそうだ。雪は光をはねかえし、光と戯れる。だから雪が降ると、雪におおわれたものは、それまでとはちがった光景を見せるのだ。街に雪が降る。すると見なれた、ちょっとくすんだ街も新しい光の中で輝きはじめる。〈雪景色〉とは、そのような雪による風景の変化をとらえたことばだ。」と書いてありました。
 この本は、写真集なので、早く見たければあっというまに最後のページへ着きますが、ゆっくりと見れば、いつまででも見ていることができます。私の場合は、その写真1枚1枚でスピードが違い、この本の中にはなんども見かえした写真もありました。
 たとえば、トルコのカッパドキアの雪景色ですが、トルコに雪が降るとは考えたこともありませんでした。でも、写真は現実の風景を撮っているのでしょうから、雪は降ったことがあるのでしょう。でも、その雪道をラクダが歩いているのをみると、やはり違和感はあります。それでも、寒いからなのか、そのラクダの背にはペルシャ風のじゅうたんが掛けられていて、そのラクダをひく人も大きなブランケットを身につけています。一番異様なのは、山肌がまだら模様で、著者は「恐竜の肋骨のような山ひだ」と書いています。
 そういえば、この写真集のなかで、行ったことのあるところがイギリスのスコットランドです。ここはとてもよくシャクナゲが育つ環境で、日本では栽培が難しいシャクナゲたちが大きく育っていました。エジンバラ植物園の研究者に聞くと、ここは雪も降るということでしたが、シャクナゲたちは大きく枝を広げていました。この写真集で見たのはスコットランドのトロサックスというところの牧場で、ヒツジたちが雪の上に立ちすくんでいました。遠くに見える山にも雪はありますが、積もるというよりはサラッと降ったかのようです。これだと、木々の枝折れなどはなさそうです。
 コラム3の「雪のおとぎ話」には、雪に関するおとぎ話を書いていて、なるほどと思いました。それは、「雪は、子どもたちを喜ばせる。雪だるまをつくったり、ソリですべったりする。兎から熊にいたる動物たちにとっても雪は珍しい風景であり、雪の中を駆けまわって足跡をつける。雪は子どもと動物の遊び場なのだ。そのことは、雪の世界を舞台とした子どもと動物のお話を数多く生み出している。その一方、雪はこわい自然でもある。その冷たさや大雪、雪崩などは人間をおびやかす。アンデルセンの「雪の女王」は美しく冷たい雪の、人間を魅惑しつつ破滅させるミステリアスな力を語っている。」とあります。
 たしかに、子どもの時には、雪が降ると楽しいことがたくさんありますが、雪国の子どもたちは、その怖さも知っています。だからこそ、そこにおとぎ話が生まれてくるのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、この本の最初に書いてあるところの、最後の部分です。〈雪景色〉は、雪が降ることで、見なれた世界を一変させるし、そのことで私たちがこれまで見ていたものについて考えさせることもあるといいます。
 たしかに、雪は、いろいろなものを隠してしまいますが、風景すらも限定されると今まで見えなかったものに気づかせてくれることもあります。
(2019.3.4)

書名著者発行所発行日ISBN
世界の雪景色海野 弘パイ インターナショナル2014年11月7日9784756245809

☆ Extract passages ☆

 〈雪景色〉は見なれた風景を変化させ、私たちの想像力をかきたてる。それはカメラがとらえた現実の風景であるとともに、現実をこえた、もう一一つの、夢の中の風景を幻想させるのだ。私たちの知っている街、人、自然がある。でもそれらは、不動の、固定された、唯―の姿なのだろうか。雪のヴェールをかけることで、別の姿があらわれ、あらためて雪を通して、その下に隠されているものについて考えさせられる。
(海野 弘 著 『世界の雪景色』より)




No.1626『最高の1枚を写し出す写真術』

 この本の副題は「物語と画作りで人を魅了する」とあり、そしてこの本の最初に、「この本の「物語」とは、写真家がある写真を撮ったとき、その写真に至ったさまざまな軌跡を東ねた、1本の太い芯のようなものです。ときに「一貫性」とか、「テーマ」と呼ばれます。そんな風に考えるのは、僕が文学研究をしてきた人間だからです。文学研究者が皆そうだとは言いませんが、概ね僕が知っている文学研究の人々は、世界を「物語の東」で捉えようとする人が多く、僕もまたその典型です。つまりこの本は、文字ばかりの世界を生きてきた写真家が、写真を物語的に捉えてみようという試みです。こうしたものの見方が、全ての写真を撮る人にとって、自分の写真の「芯」を見つける一助となればと思います。」と書いてあり、単なるストーリーとは違うと感じました。
 しかも、今日から3月、そろそろ春ですから、今年もたくさん写真を撮る予定なので、このような本も読んでみたいと思ったのです。ページを順に繰ると、どうして撮ったのかと思うような写真が掲載されています。とくに、自分が何度も撮ったことのあるようなホタルの写真などは、こうして撮ったのかとすぐに理解できます。
 たとえば、「ホタル撮影で大切なのは、明るい時間帯に現地に到着して、すべてのセッティングを終えてしまうことです。その理由は、ホタルの生息環境を脅かさないことの他に、このタイミングで1枚「後景」を撮るのです。どれだけ高感度にしても、ホタルが飛ぶような場所は真っ暗な場合が多く、周囲の風景まで取り込んで写真として成立させたい場合 は、ホタルが飛ぶ舞台になる「後景」の写真を明るいうちに1枚撮っておくことが必要になります。……なお、1枚撮りの場合は月明かりだったり地明りを利用しますが、それもない真っ暗闇の場合は、やはり前撮りが必要になってきます。」とあり、私の場合はここでいう1枚撮りがほとんどなので、なるほどと思いました。
 でも、今のデジカメは、けっこう暗くても撮れるので、私の場合は後景を撮る必要はあまり感じませんが、これも時には必要なテクニックかなと思いました。というのも、私の場合はホタルの生息地近くに住んでいるので、今日撮れなければ明日にもまた行くことができますが、遠くに生息域があるのなら、そんなことはできません。もしかすると、1年に数回も撮る機会はないのが普通です。だとすれば、最善の対策をとるというのがベストです。  それと、リフレクション、つまり湖や水たまりなどに反射させてその写り込みを生かす技術も、この著者はとてもうまいです。それを、写真上部の現実の風景を「永続」と考え、下の水に写る風景などを「瞬間」と考えることなど、言葉遣いも巧みです。やはり、日本人はサクラの花が散る姿に季節感をとらえるように、この水に写るものに壊れやすいいっときのドラマを感じるのかもしれません。
 たしかに、この本を見ていると、写真というのは撮るものではなく、作るものだという気持ちにさえなってきます。
 下に抜き書きしたのは、「あとがきにかえて」に書いてありますが、写真とは何か、とか、物語とはなにかとか、最後に写真を撮ることにいろいろな思いを述べています。これもそのひとつで、たしかに自分が出合った風景と写真が同じということはありえないと思います。これを読むと、そのことがわかるような気がしました。
(2019.3.2)

書名著者発行所発行日ISBN
最高の1枚を写し出す写真術別所隆弘インプレス2019年1月11日9784295005483

☆ Extract passages ☆

カメラに入った光は、いくつもの過程を経て我々の元に届きます。カメラのフィルムやセンサーは暗闇の中央で光を待ち続けていますが、そこに来る前にレンズを通り、ミラーで反射され、ようやく目的地へと至達します。その度ごとに少しずつ光は拡散します。それはつまり、各過程ごとに偏りや歪みが生じるということです。完全に保たれた「真実の光」など、一切センサーにも、それを見る人間にも届きません。原理的には真実の世界など、写真は一切写さないのです。
(別所隆弘 著 『最高の1枚を写し出す写真術』より)




No.1625『寝る前に読む一句、二句。』

 副題が「クスリと笑える、17音の物語」とあり、それが読むきっかけになりました。
 著者の夏井いつきさんとローゼン千津さんは、本当の姉妹だそうで、かなり個性が違うように思っていましたが、読み進めるにしたがい、似ているところもあると思いました。たとえば、鈴木真砂女の「笑ひ茸食べて笑ってみたきかな」という句は、お互いにそれなりの解釈をしてますが、高浜虚子の「笑ひ茸食べて笑ってみたきかな」との作者によってその意味も微妙に違うことなど、なるほどと思いました。そして、千津さんがこの笑い茸のことを「神経毒シロシビンを持ち、食べて30分から1時間ほどで色とりどりの幻覚症状が現れ、意味もなく大笑いしたり、衣服を脱いで裸踊りをしたりという逸脱した行為を引き起こし、そのうちに症状が消えてゆく」っていうと、夏井さんが笑い茸を食べなくても酔って裸踊りをする人だっているよね、とたたみかける、その間合いがとても楽しそうです。
 そういえば、夏井いつきさんは、テレビの「プレバト」で人気ですが、もともと俳人になろうとしたのは、『俳句とエッセイ』という俳句雑誌の黒田杏子さんの選句欄に投句していただけだったそうですが、いきなりというか、俳人になりますと勝手に決めたのだそうです。ここの部分もとてもおもしろく、夏井さんが「犬かきでも何とかゴールには泳ざ着ける。遅いし、かっこ悪いけど、到達はできる。けど犬かきしてたら沈む、溺れる、となった時、いきなり習った事もないクロールをやり出す、ってあるやろ。」というと、千津さんは「あるある。ニックなんか、コンサートの度にやってる。自分の実力を超えた音は自分を追い込んで初めて出せる音なんだよってニックの口癖が、今は理解できる。」とうなずくあたり、絶妙なコンビです。そして、さらに夏井さんは、「人それぞれの「無理」がある。ニックみたいな無理は誰にもできないし、しちゃいけない場合もあると思う。苦しくても どこかに楽しめる部分があるかどうか、自分で見極める事が大切やね。もし苦しさが勝っていたら、さっさと逃げる。」といいます。
 この本を読んで、俳人というのはもう少し情緒のある方かと思っていたら、意外とそうでもなく、副題通りに「クスリと笑え」ます。読んでいても、考えさせるところはありますが、どちらかというと、「クスリと笑え」る部分がたくさんあって、つい読まされてしまうような感覚でした。
 下に抜き書きしたのは、夏井さんの「大家族の効用」に書いてありますが、今も息子夫婦と娘夫婦、義妹とその娘と孫たちがスープも冷めようもないほど近くに住んでいるそうで、だからこそのこの言葉です。
 今では少なくなってきた大家族でしたが、だからこその「思いやり」があったと思い出しました。そして、私の家も6人ですから、まあまあの大家族の良さを味わっています。
(2019.2.28)

書名著者発行所発行日ISBN
寝る前に読む一句、二句。夏井いつき・ローゼン千津ワニブックス2017年11月20日9784847096174

☆ Extract passages ☆

大家族はありがたい。孫が熱を出しても急ぎの人手が必要になっても、誰かが動いてくれる。
 大家族が心地よく暮らす秘訣は、日頃から大皿でものを食べる習慣をつける事ではないか。義妹・さっちゃんが作ってくれた大皿料理を囲む人数、豚の角煮の個数、おひたしゃ酢の物の量を「思いやり」で割れば、自ずと自分の皿に取るべき量が決まる。そんな日々の習慣こそが、大家族の心の基盤を作っていく。
(夏井いつき・ローゼン千津 著 『寝る前に読む一句、二句。』より)




No.1624『続・仏教なんでも相談室』

 著者紹介をみると、高校2年生のときに一般家庭から曹洞宗で出家得度したとあり、やはり書き方がとてもわかりやすいと思いました。どうしても、寺の家に生まれてそのまま出家してしまうと、普通の人たちがわからないことに気づかなかったりします。知っていて当たり前だと思うのかもしれませんが、普通の人にとっては合掌することひとつとっても、なぜと思います。
 実は私もほとんど知らないまま修行に行ったので、最初はとまどうことばかりでしたが、結果的にはそれがむしろ良かったと思っています。この本にも「所知障」に触れていますが、これは知識が禍することで、度が過ぎると修行の妨げにもなります。
 この本は、もともとは月刊誌『大法輪』で連載されている「仏教なんでも相談室」に掲載されたものだそうで、現在も連載中のようです。おそらく、一般の人たちにとって仏教はわからないことがいっぱいあるでしょうし、このような平易な解説でなるほどと思うこともあります。人は生きているあいだは悩んだり迷ったりしますが、このような相談窓口があるということは、とてもよいことです。
 そういえば今年はいのしし年ですが、お正月のときには、イノシシというと猪突猛進とよく言うけど、実は人間が怖いから人間を見ると勢いよく逃げるだけで、いつもはゆったりと生きているという話しをしました。そのつながりでいうと、この本には、「五見」ということが書いてありました。この五見というのは、5つの誤ったものの見方のことです。
・身見(しんけん)=自分の立場・境遇などを全てに優先させて扱う。
・辺見(へんけん)=一方的。一面的に物を見、判断してしまう。
・邪見(じゃけん)=因果の道理に暗く、 邪な考えに走る。
・見取見(けんじゅけん)=自分の思い込みを肯定し、決めたことに執着する。
・戒(禁)取見(かい(きん)じゅけん)=正しくない制度でも、それを鵜呑みにして譲らない。
 ということです。
 仏教では、普通に使っている漢字でも、いろいろな意味を持たせていますが、この「見」というのも、ただ「見る働き」ということと、もうひとつは「偏ったモノの見方」という意味でも使います。
 ですから、今年は一方的とか一面的なものの見方とかをせずに、じっくりと多面的なものの見方をして、十二支の最後のいのしし年を過ごしていただきたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、この本の最初の第1章の「老いと死の悩み」に書いてあることです。
 よく平均寿命より健康寿命のほうが大切だといいますが、なかには長寿であることを悔やんでいる人もいるそうです。それがこの本の最初に取りあげられたというのも、今の時代らしいところかもしれません。
(2019.2.26)

書名著者発行所発行日ISBN
続・仏教なんでも相談室鈴木永城大法輪閣2018年11月10日9784804614106

☆ Extract passages ☆

 最近、「健康寿命」について、テクテク(運動)、カミカミ(食事)、ニコニコ(笑顔・明朗)、そしてドキドキ・ワクヮク(感動)が大切だといわれます。心の転換をはかってみてはどうでしょう。
 禅の言葉に「天上の月を貪り見て掌中の珠を失脚す」とあります。視点を変えれば、尊ぶべきは何かが、身近に見えてきます。
 そして、私の尊敬するある老師様は、
「生涯修行 臨終定年」 と示され、その通り生ききりました。
(鈴木永城 著 『続・仏教なんでも相談室』より)




No.1623『老いと記憶』

 年を重ねてくると、やはり記憶力は衰えてくるようです。すぐそこまでわかっているのですが、なかなか名前や地名などが出てこないとか、いろいろと経験します。この本の副題も「加齢で得るもの、失うもの」とあり、失うものだけではなく、得るものがあると書いて会ったので、読んでみることにしました。
 たとえば、知識は少しずつ忘れていきますが、智恵はあまり加齢の影響がないのだそうです。この本には、「知恵には、教育によって育成される学問知、経験によって培われる経験知、判断力、問題解決能力、対人スキルなどさまざまな要素が含まれます。」として、このような知恵は加齢の影響がみられない、あるいは、影響があってもほとんど低下しない記憶機能を解説しています。
 この本を読んでいて興味を持ったのは、意外と人の記憶は当てにならないということです。たとえば、辛いことがあったとしても、ある程度の月日が経つと、それがあったからこそ今の幸せがあると考えたり、その辛いそのものが記憶から抜け落ちてしまうこともあるそうです。いつまでも、辛いことを思い出してばかりいては大変ですから、ある意味、だからこそ、人は生きられるのかもしれません。
 著者は、これらのことを研究したことがあり、「以前、私の研究室では65歳以上の41名の高齢者に「これまでに経験した人生の重要な出来事」を、良いことも悪いことも含めて書き出してもらいました。人生の重要な出来事であるため、たとえ研究目的とはいえ、実験者に知られたくなく、書き出すことを躊躇することは十分に考えられます。そのようなことを避けるために、知られたくない出来事は自分が後でみてわかるような書き方で書き出すように伝えました。そして1年後、再度研究室に来ていただき、「これまでに経験した人生の重要な出来事」をもう一度書き出してもらいました。……しかし、実験の結果は予想とはまったく異なりました。人生の重要な出来事の63%が、1年経過しただけで、他の出来事と入れ替わっていたのです。」と書いてありました。
 人生の重要な出来事ですから、生きるか死ぬかの大病とか、人生を狂わせるような天災とか、おそらく65年も生きていればいろいろあるはずですが、それがたった1年で違うことと入れ替わるということは、人生そのものも書き換わる可能性があるということになります。
 著者は、高齢者の記憶力が低下しているからではなく、大学生に対しても同じような書き出しをしてもらっても、人生の重要な出来事が入れ替わらない学生はいなかったそうです。このような実験の話しを聞くと、脳というのは、本当に不思議だと思います。
 下に抜き書きしたのは、楽しいとかおもしろくないという気分が記憶にも影響すると書いてありました。
 だとすれば、少しでもポジティブな気分でいたほうが記憶にもいいということです。上智大学のアルフォンス・デーケン教授は、生きている限りもっとほほえんで楽しく生きるべきで、そのためにもユーモアの大切さを説いているそうです。そしてユーモアの根底には、思いやりがあり、「にもかかわらず笑うこと」だといいます。
 まさに、「笑う門には福来る」です。
(2019.2.24)

書名著者発行所発行日ISBN
老いと記憶(中公新書)増本康平中央公論新社2018年12月25日9784121025210

☆ Extract passages ☆

楽しい、嬉しい、幸福といったポジティブな気分、抑うつ、不安といったネガティブな気分は認知機能のパフォーマンスと密接に関連しています。私たちはその時の気分に応じた情報を思い出す傾向があります。気分が落ち込んでいる時は、普段よりも嫌なことを思い出しやすく、そのため否定的な思考にとらわれます。時には、否定的な思考が気分をさらに落ち込ませ、また別の嫌なことを思い出す、というように負のループに陥ることもあります。一方で、気分が落ち込んでいる時は物事の判断に慎重になる、という研究結果もあり、状況によっては気分の落ち込みがプラスに働く場合もあります。
 良い気分の時は、普段よりも良い出来事を思い出しやすく、思考は拡散し、さまざまな情報に注意が向けられます。
(増本康平 著 『老いと記憶』より)




No.1622『運命はこうして変えなさい』

 副題は「賢女の極意120」で、この文庫本になる前の単行本は「賢女の極意」だったそうです。どちらがインパクトがあるかというと、やはりこの文庫本の方が目に付きやすいようです。でも、私はこの賢女というのを、間違って「瞽女(ごぜ)」と読んでしまい、読もうとしたのです。というのも、置賜民俗学会の会誌第25号の特集が、「瞽女様の米沢歩き」だったので、その関連で読もうと思ったのです。
 でも、おそらく間違わなければ読むこともなかったし、もともと図書館から借りてきた本なので、さわりだけでもと思ったのが、ついつい最後まで読んでしまったということです。
 でも、なんか、女性の本音みたいなものが垣間見えて、おもしろかったです。たとえば、「音の同級生と会うのは、女にとってあたかも鏡を見るようなところがある。自分の顔は見慣れているから、小ジワや肌の衰えもそうは気にならない。なにより身びいきというところがある。ところが、突然つき出される変化した友の顔は、内心ギョッとする時が多いのだ。」というのは、なるほどと思うし、男性はそれほど思わないようです。
 また、「ブ男ほど、人の悪口を言う時にすぐに容姿をあげつらう。無教養の人ほど、人の学歴にこだわる。」というのは、男性でも女性でも同じかもしれないと思いました。
 そういえば、この「キャビアって、だけど、本当においしいものなのかなあ。確かにそうなのだ。トリュフを食べた時もそう感じたのであるが、キャビアやトリュフという名に、私たちはまず眩惑される。名前に負けてしまう。それを食しているという歓びで、味のことなどどうでもよくなってくるのだ。」と書いていて、たしかにそうかもしれないと思いました。さらに、こんなにおいしいものがわからないの、って思われたくなくて、つい、みんなに同調してしまうこともありえると思います。あるいは、食べたことがないなんて、恥ずかしくて言えなくて、つい、いつも食べてるけどみたいな顔をしてしまうことだってありえるわけです。
 おそらく、自分自身に自信がないからかもしれません。その裏返しの重いが、このような形で現れるような気がします。
 下に抜き書きしたのは、第4章の「生きることについて」に書いてあることで、これなどもよくいわれることですが、なかなかやれないのが現実です。いわば、日記をつけるときの三日坊主みたいなものです。
 そう考えれば、″やる"ということは、あるいは"やり続ける"ということは、大きな才能のひとつかもしれません。
(2019.2.21)

書名著者発行所発行日ISBN
運命はこうして変えなさい(文春文庫)林 真理子文藝春秋2018年1月10日9784167910006

☆ Extract passages ☆

 小さな努力をひとつひとつ重ねていくことが、大きな成果を生むことを知っている人は、いろんなことを苦にしない。
 英語の単語をひとつひとつ暗記する。日本史の年代をゴロ合わせにし、空で言えるようにする。毎日、あるいは週にいっペんレツスンを重ねていくことを、こういう人はさらりとやってのけるのである。……しかし、この″やる"ということが重要なのだ。"やる"ことが才能であり、すべてなのだということが、この年になってやっとわかってきた。
(林 真理子 著 『運命はこうして変えなさい』より)




No.1621『大人のためのホテルの使い方』

 著者はすごい経歴を持っていますが、北海道のザ・ウィンザー・ホテル洞爺リゾート&スパの再建に取り組み、洞爺湖サミットを開催するところまでこぎつけた方だそうです。ちょうど、17日から上京し都内のホテルに泊まっているので、この本を読んでいます。
 もともとほとんどはビジネス系のホテルにしか泊まらないので、あまり参考にならないと思いながら読んでいたのですが、意外に使えると思いました。というのは、独断で駅前近くのホテルは高いのではないかと思っていたのですが、駅前の好位置にあるホテルは価格競争もあり、サービスなどの競い合いもあるのでお得感があるといいます。これはたしかにありそうです。また、団体客の少ないホテルを選ぶというのも大きなポイントですが、これはなんとなくわかっていました。3つめは、口コミ評価の高いホテルを選ぶというのは、あまり気にしてはいませんでした。むしろ、どちらにしようかと迷ったときに参考程度に見るだけです。またホテルのホームページをみるとそのホテルが何を売りにしているかがわかるというのは、むしろ今までもこれで選んでいました。
 私の場合は、ほとんどがインターネットで予約をするので、むしろこれが選ぶときの最大のキーポイントです。今、泊まっているホテルは、世界らん展日本大賞の会場が間近だという理由で選びましたが、昨年の夏にも孫たちとここに泊まり快適だったということもその理由の一つです。でも、この近くには他のホテルもあるわけで、そこから選んだというのは、たとえばチェックインの時間が午後2時からだとか、朝食に和食の有名店が選べるとか、いろいろありました。
 この本を読んで始めて知ったのは、当日でも予約はなるべくなら電話で入れるということです。今まで、当日なら、あるいは近くにいるなら、直接フロンドに行けば手っ取り早いと思っていましたが、実はそうではなく、チェックインもスムーズだしいろいろと便宜を図ってもらえるそうです。しかも、当日だからこその特別割引き料金もあり、電話だと言いにくいことも言えるというメリットもあると書いてありました。
 では、そもそも宿泊料金が高いだけで高級ホテルかというとそうではなく、この本では、「高級ホテルとして成立させるためには、「魅力的な建築物(ハードウェア)」「優れたお もてなし(ソフトウェア)」そして「優れた人材(ヒューマンウェア)」の3点セットの充実が欠かせませんが、大切なことは、たとえ素晴らしいハードウェアを用意しても、それだけでは顧客満足は創れないということです。そこにそのホテルの個性的で創造性のあるホスピタリティとスタッフの洗練されたサービス技術、スタッフの人間性そのものの魅力が揃ってはじめて、顧客にとって「大好きなホテル」の仲間入りが許されるのです。」と、最後の「おわりに」に書いてありました。
 たしかに、ただ高いだけでは何度も泊まりたいとは思いませんし、その高さに見合うだけのものが必要です。でも、この「伝説のホテルマン」に教えてもらっても、私はホテルの室内で、ゆっくりと本を読めるスペースが確保されれば、それ以上のことを望まないので、安いビジネスホテルでもいいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「ザ・リッツ・カールトン」が掲げているモットーですが、いくらサービス業だからといって、お客のほうがわがままを言いすぎるのも考えものです。お互いに気持ち良く接することによって、さらにホテルライフは楽しいものになると思います。
 私もぜひ心したいと思いました。
(2019.2.19)

書名著者発行所発行日ISBN
大人のためのホテルの使い方(SB新書)窪山哲雄SBクリエイティブ2016年7月15日9784797385182

☆ Extract passages ☆

「We are Ladies and Gentlemen Serving Ladies and Gentlemen.(真摯淑女をおもてなす私たちもまた、紳士淑女です)」というフレーズを聞いたことがあるでしょうか。これは世界でも屈指のサービスを誇る高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン」が掲げているモットーです。
 この言葉は、私がホテルスタッフを指導するときには、「お客様の要望をしっかりととらえ、ときに先回りをして接遇できるよう、様々な分野の勉強をして、教養を高めなさい」となりますし、ホテルを利用する客の立場にあるときは「ホテルの従業員が気持ちよく仕事ができるよう心がけよう」となります。
 どのようなクラスのホテルであつても、お客様とホテルのスタッフの関係は、このリッツ・カールトンのモットーが理想です。サービスをする側はプロとして最高のおもてなしに徹し、宿泊客側も最低限のマナーを守った上で自由に寛ぐ関係こそ、ホテルのサービスを最大限に受けることができる賢いあり方です。
(窪山哲雄 著 『大人のためのホテルの使い方』より)




No.1620『カフェのある美術館』

 副題は「感動の余韻を味わう」で、美術館でたくさんの美術と触れ合ったあとに、それを思い出しながらそのなかでゆったりとした時間を過ごすことも大切です。
 そういう意味では、今どきの美術館や博物館には、いろいろな付帯設備があり、そのひとつにカフェやレストランもあります。
 この流れから考えると、今まで行った美術館のなかで思い出すのは、国立新美術館の「ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ」で、巨大な円錐形を逆さにしたような空間で食べるランチも、正統なフランス料理を手軽に味わうことができ、とても感動的でした。ただ、いつ行っても混んでいるのが唯一の難点です。
 また、世田谷美術館のなかにある「ル・ジャルダン」も砧公園を眺めながらいただくランチもとてもよかったです。また、どちらも企画展とのコラボメニューなどもあり、鑑賞した後ならではの楽しみです。
 そんなことを思い出しながら、この本を読みました。
 この本の中で断然行ってみたいところは、静岡県長泉町東野にある「クレマチスの丘」です。ここの「クレマチスガーデン」の一角にある「ガーデナーズハウス」は隠れ家のようなティーハウスだそうです。その他に「リストランテ プリマヴェーラ」「ピッツェリア&トラットリア チャオチャオ」や「日本料理 テッセン」などもあり、クレマチスの花を楽しみながら食べられるとは、とても贅沢です。もちろん美術館ですから、富士山麓の広い敷地には4つのミュージアムがあり、「ヴァンジ彫刻庭園美術館」や「ベルナール・ビュフェ美術館」などはぜひ見てみたいし、「井上靖文学館」も興味はあります。
 ちなみにクレマチスガーデンは、「ヴァンジ彫刻庭園美術館」に併設されているそうで、入場料は大人1,200円だそうです。また3館共通券もあるそうで、時間があればぜんぶまわってみたと思います。
 次に行ってみたいのは茨城県北茨木市大津町にある「茨城県天心記念五浦美術館」です。もちろん、五浦といえば岡倉天心で、晩年をこの地で過ごしたそうです。この美術館にある「カフェテリア・カメリア」は、ひたちなか市でパスタ専門店をプロデュースするお店が営んでいるので、カフェだけでなくスパゲッティなどの食事のメニューも豊富だそうです。
 もちろんここまで行けば、天心が読書や思索にふけった「六角堂」へはぜひまわりたいものです。そういえば、天心の英文著『茶の本』の構想はここで練られたそうで、この六角堂の手前には、晩年住んだ「天心邸」が建っているといいます。
 この本を読んでいると、次から次へと行ってみたい美術館がありますが、どうも、行けそうなところをピックアップしているようです。そういえば、林真理子の本のなかで、「人間の心理というのは、無駄玉を打たないようになっている。どうせあの人たちは私のお得意先ではないと思ったときから、関心や興味は消えてしまう。」と書かれていましたが、その通りみたいです。
 下に抜き書きしたのは、宇都宮美術館のページに載っているものです。
 そういえば、これも日帰りで行けそうなところで、ぜひ行ってみたいと思います。
(2019.2.17)

書名著者発行所発行日ISBN
カフェのある美術館青い日記帳 監修世界文化社2018年12月25日9784418182572

☆ Extract passages ☆

 宇都宮美術館がある「うつのみや文化の森」は、宇都宮郊外の緑豊かな約26%ヘクタールの丘陵地。店の外には森が一面に広がり、おとぎ話の森の中にいるかのような気分が味わえる。
 「白いキャンバスに、天地間の恵みを、文化的で自由に彩る現代創作料理」をコンセプトとするだけに、料理もスイーツも彩り鮮やかで絵画的。もちろん視覚的に美しいだけでなく、そのおいしさにも大満足。和洋中のジャンルにとらわれず、地産地消・全国の地場産素材にこだわった料理は、日本人の繊細な五感に訴えかけてくる。定番メニューのほか、企画展のイメージでつくられる限定のランチセットとスイーツもあり、企画展鑑賞の余韻にひたるのもよい。
(青い日記帳 監修 『カフェのある美術館』より)




No.1619『大人の流儀8 誰かを幸せにするために』

 このシリーズは何冊かは読んでいますが、この「誰かを幸せにするために」という題名ほど、興味を誘ったのはありません。あの著者が、このような言葉を吐くとはなぜ、と思ったこともその一つです。でも、読んでいるうちに、やはり「誰かを幸せにするために」こそ生きて大人の流儀だと思いました。特に男子たるもの、そのような気概がなくてはダメだとさえ思いました。
 たとえば、著者が松井秀喜さんから直接話しをうかがったそうですが、中学3年の最後の試合が終わって、夏休みに入って数日間は野球チームも数日間だけ休みになるそうです。そのときに、グラウンドでコーチが一人で整備をしていたそうで、「何でもないことです。グラウンドを整備しながら、新チームはどんなふうにしたいとか思うんです。それに石コロひとつで選手に怪我をさせたくありませんから」とコーチは言ったそうです。それを聞いて著者は、「世の中は、目に映らない場所で、誰かが誰かのためにひたむきに何かをしているものだ。目を少し大きく見開けば、そんなことであふれている。今は目に見えずとも、のちにそれを知り、感謝することもあるのだろう。己のしあわせだけのために生きるのは卑しいと私は思う。己以外の誰か、何かをゆたかにしたいと願うのが大人の生き方ではないか。」と書いていて、やはり大人というのは誰かを幸せにしたいと思いながら生きるべきだと感じました。
 それにしても、最近気になることは、子どもたちをほめて育てることだけが主流になっていることです。たしかに、ほめられて気分が悪いという人はいないでしょうが、ただほめるだけでしつけができるとは思えません。ときには、叱ることも大切なことではないかと思います。
 そういえば、学校でほめられたことはほとんど覚えていませんが、この歳になってもまだ、怒られたことはときどき思い出します。あの硬いスリッパで頭を殴られたこともあります。なぜか、自分を叱ってくれた先生の方が思い出されるのです。やさしい先生は、あまり思い出す機会もありません。
 著者は、「私の想像では、叱ることが面倒だからではないかと思う。さらに言えば、叱ることで、相手から嫌われたくないからではないか。叱ることが面倒なのは、最初からわかっていることだ。叱ることには責任がともなうからである。」と書いていて、本当は叱ることこそ大切なことではないかと暗に示しています。
 よくマスコミなどでは、暴力はよくないといいますが、もちろん私もよくないとは思いますが、ときにはしっかりと叱ることは大切な教育の一環です。ただ、甘やかすだけでは、善悪の判断ができなくなります。そういえば、ニュースでSNSでとんでもない映像を流したことが放映されていますが、これだってそうではないかと思います。何が良くて、何が悪いことかの判断すらできていないということです。
 下に抜き書きしたのは、自分の弟を海の事故でなくしたという体験などを通して、書いてあるところです。
 そういえば、私も福島県の湖で溺れてなくなった高校生の葬式に出たことがありますが、まともに遺族席を見ることはできませんでした。ズーッとすすり泣きが聞こえていました。今、ご両親はどのように暮らしているかわかりませんが、少しでもこの"時間がクスリ"で癒やされていることを願っています。
(2019.2.16)

書名著者発行所発行日ISBN
大人の流儀8 誰かを幸せにするために伊集院 静講談社2018年11月5日9784065141168

☆ Extract passages ☆

 哀しみをやわらげてくれるのは、 一番は時間である。"時間がクスリ"とはよく言ったものだ。
 とてもではないが、こんな苦しみ、痛みからはどうやつても逃れられないと思っていたことでさえ、 一年、三年、十年と歳月が過ぎれば、笑うことも、空にむかって伸びをして、さあ今日もガンバルゾ、とできるようになる。しかしそれは哀しみを忘れたことではない。起こってしまったことは、その人の身体のどこかに残っている。
 歳月が、時間が、生きる術を身に付けさせたのである。
(伊集院 静 著 『大人の流儀8 誰かを幸せにするために』より)




No.1618『忘れるが勝ち!』

 昨年12月に出版されたばかりの本ですが、だいぶ前から著者の外山滋比古さんの本は読んでいると思い、著者紹介を見たら、なんと1923年の生まれでした。ということは95歳ということです。なんか、『忘れるが勝ち!』というのは、おそらく体験されていることからの着想ではないかと思いました。
 副題が「前向きに生きるためのヒント」とあり、イヤなことや煩わしいことを忘れられれば、必然的に前向きに生きられるというのは当たり前のような気がします。
 実際に読んでみると、サラッと書いてあるので読みやすく、そのなかになるほどと思うところもあり、何枚かカードをつくりました。
 たとえば、「人のはなしを聞いて、ただ、聞き流していては、忘れる心配がある。メモをとるのは用心がいい。そう考えるのが常識かもしれないが、間違っている。メモなどとっていれば、肝心なはなしは頭に入らない。メモに気をとられているから、しっかり聞きとどけることができない。メモをとらない方がいい、ではなく、とってはいけないのである。……忘れるのがコワイからノートをとり、メモをとるのだが、文字を書いているうちに、大事なはなしが素通りしてしまう。忘れるのではない。はじめから頭に入らないのである。」と書いてあり、なるほどと思いました。
 そういえば、文字を書いていると、字が間違っていないかとか、無意識のうちに余計なことを考えるから、意外と内容が分かっていないときがあります。でも、自分で書いたメモがあると、それを後から見直して、そういうことだったのか、と思い出したりします。さらに、細かい数字や年号などは忘れてしまうことも多く、やはりメモをとってよかったという場合もあります。
 つまりは、その時どきの判断しかなさそうです。でも、メモをとる効用のひとつは、講演を聞いていて眠くならないことです。
 この本の題名の由来は、「人間、すこしにぶい方がいいのではないか。すこしくらいおもしろくないことがあっても、感じないのは、才能である。そのうちに嵐も去っていくかもしれない。いつまでもへばりつく災難もあるが、つとめて忘れる。おもしろいことを見つけて夢中になっていると、嵐というのは、ずっとすくなくなる。そうかんたんに忘れることはできない。そういう人は頭がよすぎるのである。デリケートすぎるのである。ボンヤリして、たいていのことをやりすごしていれば、この世は楽園に近づく。」というあたりから、忘れたほうが勝ちという考え方が生まれてきたのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、レム睡眠で頭の掃除をすると書いてあるところです。
 これもこの本の題名に通じるところで、ただ記憶だけしておくのはパソコンでもできるけれど、ただ覚えておくだけではなんにも役立たないわけです。その役に立たない記憶をきれいに掃除してくれるのがこのレム睡眠で、これを応用したのが睡眠学習というわけです。
 つまり、寝るということはとても大事なことで、ある意味、命にかかわることでもあります。
(2019.2.14)

書名著者発行所発行日ISBN
忘れるが勝ち!外山滋比古春陽堂書店2018年12月20日9784394903451

☆ Extract passages ☆

 人は、夜、眠っている時に、レム睡眠を行い、頭の中の不要なモノ、知識、刺激などを処分、つまり、忘れるらしい。頭の掃除のようなもので、 一度だけでなく、一晩に何度もおこっているらしい。
 レム睡眠は、頭の掃除である。順当にレム睡眠がはたらけば、頭の中に入っているゴミ、ガラクタのようなものがすてられる。頭はきれいに清々しくなる。
 朝、目をさまして、頭がすっきりしていれば、レム睡眠のおかげであると考えてよい。
(外山滋比古 著 『忘れるが勝ち!』より)




No.1617『霊長類図鑑』

 昨年、南インドで見たサルを調べてみようと思って、この本を読み始めました。
 もともと人間も霊長類の仲間ですし、世界にはおよそ450種もいるそうです。そのお仲間として、やはり知っておく必要があるのではと、この本を読みながら思いました。
 ちなみに、地球上には、100万から150万種の動物がいるといわれていますが、その内訳は、鳥類9,000種、魚類23,000種、両生類2,000種、は虫類5,000種、哺乳類5,000種などで、この哺乳類のなかに霊長類も含まれています。
 この本でおもしろいと思ったのは、ニホンザルの場合はメスは生まれた群れで一生過ごしますが、オスはその群れから出ていきます。いわばニホンザルの場合は母系社会です。ところがチンパンジーの場合は、オスが生まれた集団に残り、メスは別の集団に移籍する父系社会だそうです。ではヒトはというと、現在では父系社会と母系社会と簡単に決められない社会で、それが進化なのかもしれません。
 そういえば、南インドで見たサルは、「ボンネットモンキー」というオナガザルの仲間で、ニホンザルもこの仲間です。ということは、たしかに似ていましたが、頭の毛が左右に分かれたように見え、それがボンネットという婦人用の帽子に似ているからだそうです。生育域は、インド南部と書かれていました。
 また、以前にカリマンタンで見たテングザルは、ほんとうに天狗のような長い鼻をしていて、ちょっとユーモラスでした。なぜ、このような長い鼻をもっているのか、最近までわからなかったそうですが、おそらくこのオスの長い鼻を使って、「メスを魅了するような音に鳴き声を調整している」可能性があるそうです。そして、この長い鼻を持ったオスは、体格の立派で、睾丸も大きいそうです。つまり、それだけメスにアピールできるということです。
 同じカリマンタンで見たオランウータンも、オスはフランジという顔の横に膨らみがあり、貫禄もありますが、メスや子どもたちにはそれがありません。ところが、この本によると、オスの大人でもフランジがなく、ひょうひょうと生きているのがいて、どこかユーモラスの雰囲気を漂わせているそうです。まあ、ヒトにもそのような大人がいますから、それだけオランウータンはヒトに近いのかもしれません。
 ただ、残念なことに「森の賢人」と呼ばれているオランウータンの生息地がだんだんと狭められつつあることです。しかも、2017年にインドネシアのスマトラでオランウータンの新種が報告されているそうですが、まだ、もしかすると、分からないことがたくさんあるのに絶滅してしまうかもしれないのです。
 この本では、「保全の取り組み」なども紹介していますから、もし機会があれば読んで見てください。写真もたくさんあるので、子どもたちといっしょに見てもらうだけでもいいと思います。
 下に抜き書きしたのは、公益財団法人 日本モンキーセンター所長の松沢哲郎氏の「はじめに」に書いてある文章です。
 たしかに、ニホンザルは外国でもスノーモンキーと呼ばれていて、寒いところに住む唯一のサルですが、たとえば中国にもインドにもサルはたくさんいますが、インドサルとかチュウゴクサルというのはいませんから、その1種類だけを取り出して国名を冠するというのは、やはり珍しいからなんでしょうね。
(2019.2.12)

書名著者発行所発行日ISBN
霊長類図鑑公益財団法人 日本モンキーセンター 編京都通信社2018年11月28日9784903473611

☆ Extract passages ☆

日本は「生物多様性のホットスポット」です。国際的な自然保護団体であるコンサベーション・インターナショナルによって世界36地域が指定されており、マダガスカルや、ボルネオ・スマトラ島と同格です。多様な生物がいて、そこにしかいない「固有種」、「固有亜種」が多い。ライチョウやカモシカと同様に、ニホンザルはそのひとつです。
 複数の大陸プレートがせめぎ合う日本は、火山があって地震があり、台風や、梅雨の長雨や、日照りがあります。四方を海に囲まれた土地に、四季の織り成す多様な自然があって、ニホンザルのように世界中でそこにしかいない動物がすむ国、それが日本なのです。
(公益財団法人 日本モンキーセンター 編 『霊長類図鑑』より)




No.1616『「風の電話」とグリーフケア』

 表紙には、電話ボックスのなかに古い黒電話と1冊のノートが置かれている写真があり、副題が「こころに寄り添うケアについて」とありました。
 それだけでは、どのようなことが書いてあるのか想像もつかず、読んで見ることにしました。この「風の電話」というのは、岩手県大槌町の波板の丘に立つ電話ボックスのなかにあるものです。この電話は、外とはつながっていないのですが、想いがつながっているといいます。
 そういえば、この黒い電話は、昨年の12月に上野の科博で見た「3号自動式卓上電話機」にとてもよく似ていますが、これは1933(昭和8)年製造だそうで、この機種がその後の卓上電話のひな形になったので、それ以降の黒電話かもしれません。
 この電話を設置した佐々木格さんによると、「グリーフを抱えた方が亡くなった相手に黒電話で話しかけ、自分の心との対話により自責の念や混乱して思考を停止させている壁を取り払い、考えを整理することにより自分自身を納得させるのです。「風の電話」はその際、周囲の自然環境の力も借り、精神の安定と癒し感覚を全身で感じ取る「場」なのだと考えています。その結果、人々は自らの力で自然治癒力を呼び覚まし、喪失後のグリーフ状態から将来へ向け、″生きる"という意識の向け換えが出来たと実感できるのではないでしようか。」と、「まえがき」に書いています。
 このグリーフという言葉は、悼みや悲嘆のことで、それをケア(世話)するのがグリーフケアということです。この「風の電話」が知られるようになったのは、2011年3月11日の東日本大震災のときに未曾有の大被害の後で、多くの人たちは、まさにグリーフ状態にあったわけです。そのなかで、なんとかそこから抜け出るきっかけにして欲しいといろいろな活動がありましたが、これもそのひとつです。
 そもそも精神的な傷みは、なかなか人にはわかりにくく、そのままにしておくと、ますます立ち上がれなくなるほどだそうです。精神科医の浜垣氏は、この本のなかで、軽い傷なら自分で絆創膏なとを貼って治すこともできるが、重傷のケガや骨が折れたりしたら医者に行くのは当たり前なんだから、重度の心的外傷も自分でいつかは治るだろうということではなく、専門医にかかる必要があると書いていました。こういうときには、自己治癒力もうまく働いてくれないそうです。
 この「風の電話」の場について、終章のまとめのところで、著者の一人矢永由里子さんは、「電話を通し死者と語らうことは、個人の内的な体験であり、自分のこころのなかに深く人っていく過程でもある。その意味で、自分の世界で祈りを捧げることと似ている。それは個別の体験であり、その人独自の世界である。 一方で、ノートを通し、人は他の人の経験を知り、その人の想いにこころを寄せる機会を持つ.他の人の体験に自身の体験を重なり合わせ、その人の状況に考えを巡らすことで、自分だけと思っていた体験の意味に少し広がりが生まれてくるようである。「風の電話」の場とは、私たちに、電話という媒体を通し大切な死者との関係の再構築を、そしてノートという媒体で他者との喪失体験の共有と繋がりを誘うものなのであろう。」と書いています。
 下に抜き書きしたのは、「待つ」ということの大切さというか、相手のペースに合わせるというか、人それぞれの気持ちに添うことの大切さです。
 これは心理臨床の場でも同じで、クライアントのペースに添うことによって、自分のペースを取り戻したり、見つめたりすると、そこに内省のためのゆとりが徐々に生まれ、その結果、落ち着いて自分の気持ちと向かい合うことができるようになるそうです。
(2019.2.10)

書名著者発行所発行日ISBN
「風の電話」とグリーフケア矢永由里子・佐々木 格 編著風間書房2018年10月31日9784759922394

☆ Extract passages ☆

「待つ」ということは、相手のペースを尊重するということと表裏一体である。
 自分の気持ちと向き合うには、人それぞれのペースがある。「風の電話」では、気持ちと向き合うことにかける時間、想いを伝えるタイミングは、すべて個人に委ねられている。「自分のペースでいい」という安心感の中で、自分の気持ちと向き合い、大切な人を失くした悲しみや寂しさに浸ることができる。そして、訪れた人の心を徐々にほぐし、「ここでなら伝えられるかもしれない」という気持ちにさせるのである。
(矢永由里子・佐々木 格 編著 『「風の電話」とグリーフケア』より)




No.1615『神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅』

 神谷美恵子さんといえば、美智子妃殿下の相談役とか話し相手とかいわれているそうですが、この本の「まえがき」には、約7年間ほど東宮御所に参内したことは事実と書いてありました。ただ、自分が精神科医なので、無用な誤解をあたえないようにと一般に自分から口外したことはないそうです。
 でも、本書を読むと、その経歴から考えても、なるほどと思いました。『こころの旅』だと思いますが、それ以外にも『生きがいについて』や『人間をみつめて』などの啓蒙書や、『精神医学研究』などの専門書、さらには翻訳まで、いろいろと書いています。でも、書くこと以上にすごいことは、ハンセン病医療施設の国立療養所長島愛生園で精神科医として実践していたことです。
 この本は、神谷さんの言葉を抜き書きしたものに、昭和人物研究会が編著したもので、監修は聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんで、2017年7月18日に満105歳で亡くなっていますから、その直前に出版されています。そういう意味では、最後のところに、「監修者あとがき」があり、『「生きがい」は人間を解放する』という題名で書いていて、直接お目にかかったことはないそうですが、学んだことは多かったといいます。そして、神谷さんが亡くなる直前に書かれた「残る日々」という詩を紹介して、「この詩には、神谷さんが最期を迎えるその瞬間まで、与えられた命に感謝しよう、とする思いが詰まっています。病室にいながらも、日々を感謝して生きようとされた。自分は不幸だと嘆くのではなく、残されているわずかな日々の中に、神様に与えられた恵みを喜ぶ気持ちがあったから、神谷さんは死へ向かう不安や恐怖に耐えられたのではないかと思います。感謝の心とは、 一つの積極的な生き方の形なのです。」と書いています。
 そういえば、本文の中でも、ときどき感謝という言葉が出てきますが、まさにその感謝の心は1つの積極的な生き方だったと思います。
 よく、精神的な苦痛といいますが、それがどのくらいの苦痛なのか、なかなか痛みが伝わらないので表現の仕様がないのですが、著者がハンセン病国立療養所長島愛生園で体験したときのことを書いています。それは、30歳のある患者さんがときどき心臓発作を起こし苦しんでいたそうですが、たまたま膀胱炎と腎盂炎にかかったときのことです。著者は、「身体病の治療という、はっきりした生活目標ができ、それにむかって日々歩むことができたから、それで心の統一とおちつきがうまれたのではないだろうか。現に彼は毎日の熱の具合や折々の尿検査の結果に積極的な興味を示し、快癒への道程にいきいきと充実感を味わっていたようである。」と書いています。ところが病気が全快すると、また「生きがい喪失」の状態に戻ってしまい、同時に心臓発作にも見舞われるようになったというのです。このことから、著者は、「肉体的苦悩よりもはるかに深刻なのは精神的苦悩である」と言います。そして、精神的苦痛を和らげる1つとして、精神的苦悩を他人に打ち明けることがいいと勧めています。
 つまり、他人に打ち明けることにより、その悩みを客体化することができるからだといいます。やはり、精神的な悩みというのは、そうとう身体にもダメージを与えるもののようです。
 下に抜き書きしたのは、「目標への道程」に書かれていたもので、目標を達成できればそれはそれで素晴らしいことですが、もしできなくても、その目標に向かって進んだということそのものが素晴らしいことだといいます。
 これは、とても大事なことだと思います。そして、さらには「苦労して得たものほど大きな生きがい感をもたらす」といい、無限の彼方の目標に突き進むことこそが素晴らしいことだと考えていたのではないかと思います。
(2019.2.7)

書名著者発行所発行日ISBN
神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅昭和人物研究会 編著三笠書房2017年5月25日9784422701165

☆ Extract passages ☆

 人間はべつに誰からたのまれなくても、いわば自分の好きで、いろいろ目標を立てるが、ほんとうをいうと、その目標が到達されるかどうかは真の問題ではないのではないか。
 ただそういう生の構造の中で歩いていることそのことが必要なのではないだろうか。
(昭和人物研究会 編著 『神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅』より)




No.1614『書物のある風景』

 副題は「美術で辿る本と人との物語」で、元々の題名は、『Reading Art: Art for Book Lovers』だから、この副題のほうが題名に近いようです。
 それにしても、とても重い本で、近くのはかりで計ったら、すっと600グラムのところで止まってしまいました。これは軽量はかりなので、それ以上は計れないようで、手で持った感覚からすると、1.5キロぐらいはありそうです。
 この本は、「はじめに」のところに書いてありますが、「本書はどこにでもある身近なもの、しかしときに社会や思想に大きな変革をもたらす「本」への礼讃である。世界各地の美術館やコンクションから古今東西の作品を300点ほど選び、なかには現在のような本がまだなかった時代に、巻物や写本を読む姿が描かれたものもある。過去の絵画や彫刻をながめていると、人びとの暮らし(衣服や調度など)の移り変わりがよくわかる一方で、歳月が流れてもなお変わらないものがあることに気づかされるだろう。そこに書物が、読んでいる人びとが描かれていると、時も文化も超えた、人間としてのつながりがもてたように思える。」とあり、絵画などに描かれた作品から、書物のある風景だけを選んで紹介してあります。
 それと、よく洋書にはその本にあう名言のようなものを区切りのところに書き入れますが、この本でも、そのような名言が随所に抜き書きされています。
 たとえば、キャスリーン・ノリスの「長い1日の終わりに良い本が待ち受けているとわかっているだけで、人はその日をより幸せに過ごすことができる。」というようにです。この言葉は、そのままでも通じますが、たとえば良い本のところに、食事でも雲堂でも、子どもの笑顔でも、なんでもいいわけです。つまり、人が幸せだと感じるときには、その脳のなかに報酬系物質が放出されています。たとえばマラソン選手などがいう「ランナーズハイ」の状態です。それはベータエンドルフィンなどが出ているといいますし、気分が安らいでいるときにはセロトニンが出ていますし、快楽を覚えているときにはドーパミンが放出されています。
 本を読んで、そのような状態になれるなんて、これはとても幸せなことです。
 300点ほどの絵画のなかにも、いかにも幸せだという雰囲気のものがあります。たとえば、ジョージ・ダンロップ・レスリーの「不思議の国のアリス」は、1879年頃の油彩でイギリスのブライトン・アンド・ホヴ美術館に所蔵されているそうですが、子どもをあやしながら夢中で本を読んでいるお母さんの姿がとてもよく表現されています。
 また、エル・グリコの「聖ルカ」の絵には、描かれた本の挿絵が、まさに大原美術館で見たエル・グリコの絵そのもののようでした。
 下に抜き書きしたのは、「はじめに」に書かれていたもので、この本のなかで言いたいことをまとめたところです。
 たしかにこの本を読むというか、見てみると、その時代の雰囲気が伝わってきます。たとえばアリシア・マーティンの「現代」という作品は、隣との白い壁の一面が壊れて、たくさんの本がはみ出しているように見えます。おそらく、これは今の情報化社会のなかで、洪水のように押し寄せる災害として表現しているようです。これは、マドリードのオリバ・アラウナ・ギャラリーに作品があるそうですが、おそらく本に印刷された以上の迫力があるのではないかと思いました。
(2019.2.4)

書名著者発行所発行日ISBN
書物のある風景ディヴィット・トリッグ 著、赤尾秀子 訳創元社2018年10月20日9784422701165

☆ Extract passages ☆

 書物は人間の歴史に大きな影響を与えてきた。その位置づけが時代とともに変化したことは、西洋美術を見ればよくわかる。中世の絵画では、一部の者しか手にできない高貴なものとして描かれ、現代ではどこにでもある大量生産品の面が強調されるようなった。たとえば、キリスト教の聖人の肖像画にある書物はその人物の知性を示し、見る者に死の必然性や怠惰への警告を伝えたりする。いずれにしても、絵画、彫刻、インスタレーションを問わず、時代の文化が書物とそれを読む人をどのように見ていたかがわかるだろう。
(ディヴィット・トリッグ 著 『書物のある風景』より)




No.1613『森には森の風が吹く』

 森博嗣の作品はいくつか読んでいますが、ストレートな物言いが小気味よく感じるときと、だから大学の教官を辞めたのではないかと思うときがあります。でも、読んでいて楽しいので、つい目がつくと買ったり図書館から借りてきて読みます。この本は借りてきて読みました。
 自作小説のあとがきを集めた「森語り」や、作品解説の「森人脈」などは、まったく興味がないので、ほとんど飛ばしました。でも、趣味に関するエッセィの「森好み」や考え方やスタンスに関するエッセィの「森思考」などはとても興味があり、そこのところはゆっくりと読みました。こういう贅沢な読み方をすると最初からわかる本は、図書館から借りて読みます。だとすると、どこを飛ばしても、あまりもったいないと思うこともないわけです。ちょっと貧乏くさい話しですが、現実にそうなので、それを否定はしません。
 さて、先ずなるほどと思ったのは、「僕たちが昔の優れた製品を見て、「ああ、良い形だな」と感じるのは、その未来ヘ向かった「志の高さ」が今でも感じられるからだ、と分析できる。そういった大志の籠もった製品だけが、時を越えて人々に使い続けられ、歴史に残るのである。……だから、たとえ古いものが大好きであっても、もし自分でデザインするならば、今までにない新しいものを作ってやろう、という野心的な精神を持つことがデザイナとしての必要条件である。新しい技術が、果敢なチヤレンジヘのスピリットに応え、革新的な発想を生む。僕たちがレトロなものに感じるのは、人間のその飽くなきスピリットにはかならない。」と書いています。
 つまり、最初からレトロなデザインを作るのは、たんなるモノマネであり、おそらくは復古趣味みたいなものです。たとえば、アップルのスケルトンのiMacなどは、今でも欲しいと思います。でも、もちろんデザインはそのままで、内部は最新のパソコンであってほしいと思います。
 というのは、昔は流行った古い曲でも、今の新しい音響機器で聞くと、別ものみたいにクリアーに聞こえます。それだけ機器が進歩したということでしょう。もちろん、スピーカーの性能も上がっただけでなく、デジタル技術の影響もあると思います。しかも、昔では考えられなかったような小さな再生機でも、ほとんど同じように聞こえるから不思議なものです。電池の持ちもよくなり、ほぼ1日聞きっぱなしでも平気です。まさに夢のような世界です。
 そのようなことを考えれば、本当の知識というのは、「知っていることを応用でき、展開できる、ということです。それを知ることによつて、新しい疑間が生まれる、なにかを作ることができる、というように、次の行動の起点になるものが本当の知識です。」と著者はいいます。
 そして、「固有名詞を覚えてお終いというのではなく、ものの道理を学んで、それを活かせるよう、自分の中に知識のネツトワークを築いてほしいのです。」といい、このことは言葉を覚えるよりももっと大切なことだといいます。
 やはり、知るということは、そこから次々と問い続けるネットワークみたいなものです。
 下に抜き書きしたのは、ジャイロモノレールを試行錯誤しながらついに完成したときのことです。このジャイロモノレールというのは、100年ほど前の古い記録に残っていたものを現実に作ったもので、完成までに3年ほどかかったそうです。そして、その理屈や作り方を模型雑誌に発表もし、今では何台も存在しているそうです。
 でも、それを作って完成させるところまでが楽しい作業で、理論がかなり難しく、機構的にもやや面倒な部分があるため、理論と技術の両方に通じていないと作れないそうです。
(2019.2.2)

書名著者発行所発行日ISBN
森には森の風が吹く森 博嗣講談社2018年11月13日9784065136546

☆ Extract passages ☆

理論を正しく見通すことができれば、それを実現するために努力できるし、もしその証明にミスがなければ、いつかは必ず実現できる。
 僕の場合も、理論を理解していなかったら途中で諦めていただろう。実験は失敗の連続だった。作っては試し、失敗しては作り直す。「もしかして、できないのではないか」と疑ってしまったら、もう進まない。「必ずできる」という確信があるからこそ、続けられるのである。
「技術」あるいは「工学」、そして「科学」というのは、基本的に人類が共有できるノウハウのことである。一人がなにかを見つければ、すぐに発表し、大勢に確認をしてもらう。科学には「秘伝」はない。他者に言葉で伝えられないようなものは「テクノロジィ」ではない。誰かが手に入れれば、それがみんなのものになる、ということが科学の最も素晴らしい特徴である。
(森 博嗣 著 『森には森の風が吹く』より)




No.1612『世にも驚異な植物たち』

 この文庫本は、去年に旅行するときに買ったのですが、旅行先で別な本を買ってしまい、それを読んだので、そのまま本棚に置いたままにしてました。それをたまたま見つけて、読み出したら、とてもおもしろくて、あっという間に読み終えました。こんなことなら、もっと早く気づいて、読みたかったな、と思いました。
 でも、中に書いてあることの半分ぐらいは、すでに知っていたことですが、知らなかったこともあり、たとえば、ソテツの受粉はニオイを調節して受粉を誘うというのは始めて知りました。それは、「ソテツの雄花は昼間のある特定の時間帯に、揮発成分を大量に放出させる。その主成分であるミルセンは、ローリエやバーベナ、フェンネルなどにも含まれる香気成分で、少量ならアザミウマが好んで寄ってくるニオイとなる。しかし、その量が増えると逆にアザミウマの嫌うニオイヘと変化するのだ。ソテツの雄花は、このミルセンを昼間の一定の時間帯に大量に放出することで、花粉に夢中になって離れようとしないアザミウマを追い出しにかかるのである。いっぽう雌花はというと、同じ時間帯になってもミルセンを大量に放出することはなく、いつでもアザミウマの好きな香りを漂わせている。雄花に追い出されたアザミウマが、その香りに誘われてやってきて、花粉はないかと探しているうちに、受粉が完了する。特定の時間がすぎれば、雄花の放出するミルセンの量は正常に戻り、ふたたびアザミウマが花粉を食べにくるという仕組みだ。」といいます。
 よく、蜜や花粉などで昆虫たちを呼び寄せるといいますが、この場合はいつまでも離れずにいるアザミウマという昆虫を嫌いなニオイで追い出し、花粉のない雌花に飛んでいき、花粉を探しているうちに受粉完了というわけです。そしてある程度時間がたつと、また雄花はミルセンの量を少なくして、おびき寄せるというから、その巧妙な仕掛けにビックリです。
 また、人間などに悪影響を及ぼす重金属などの有害物質に汚染された土地でも生きられる植物がいて、それらを「ハイパー・アキュムレーター植物」と呼んでいるそうです。たとえば、北海道から九州まで自生する「ヘビノネゴザ」などで、これはカドミウムや鉛など、毒性の高い重金属で汚染された土地でも生きられるそうです。その植物の体内にはそれらの物質をため込んでいるといいますから、不思議なものです。でも、それは昔から知られていたようで、鉱山で働く坑夫たちは、「鉱石の出るところには必ずこの草が生えている」と言っていたり、鉱床を探り出すための目印にしていたともいいます。
 もしかして、核廃棄物のなかでも平気で育つ植物が見つかれば、その仕組みから核廃棄物をなくしてしまう妙案が生まれるかもしれません。ほんとうに、植物の力は、偉大だと思います。
 下に抜き書きしたのは、ソメイヨシノの葉は蜜を出しているのはなぜかというところです。普通、蜜は花粉を運んでくれる昆虫を誘うためにオシベやメシベの近くにありますが、花以外のところにも蜜腺があり、それを「花外蜜腺」というそうです。
 なるほど、植物の蜜もいろいろな使い方があるもんですね。
(2019.1.30)

書名著者発行所発行日ISBN
世にも驚異な植物たち(KAWADE夢文庫)博学こだわり倶楽部 編河出書房新社2017年3月1日9784309499635

☆ Extract passages ☆

 サクラの蜜腺にはよくアリがたかっているが、このアリたちは、蜜をもらうと同時に、葉に付いている小さな昆虫を退治したり、昆虫の卵を巣に持ち帰ったりする。アリはサクラの"ボディーガード"をしてくれているのである。
 花外蜜腺は、イタドリやホウセンカ、フヨウ、オクラなど、サクラ以外の多くの植物にもみられるが、これらの植物の被食防衛に、アリたちがどれだけ貢献してくれているのかは、まだ明らかになっていない。
(博学こだわり倶楽部 編 『世にも驚異な植物たち』より)




No.1611『NEW POWER』

 本の題名より、副題の「これからの世界の「新しい力」を手に入れろ」のほうが目を引き、なんのことだろうと思いながら読み始めました。
 読んでいるうちに、たしかに時代は変わり、このような新しい力が大きな力となり、世界を動かし始めたと思いました。このときのオールドパワーは、「オールドパワーの働きは「貨幣」に似ている。少数の人間がパワーを掌握し、油断なく守り抜こうとする。権力者は強大なパワーを蓄えており、行使できる。閉鎖的で近づきがたく、リーダー主導型。オールドパワーはダウンロードして取り込み、獲得するもの。」であるといいます。また、このニューパワーとは、「潮流」のように広まるといい、「それは多数の人間によって生み出される。オープンで一般参加型であり、対等な仲間によって運営される。ニューパワーはアツプロードして分配するもの。水や電気のように、大量にどっと流れるときに最大の力を発揮する。ニューパワーを手にする者たちの目的は、溜め込むことでなく提供すること。」だといいます。
 そういえば、まさかドナルド・トランプがアメリカの大統領になるとは、とくに日本人の場合はほとんどそうは思っていなかったようです。しかし、あれよあれよというまもなく、流れを作り出しました。この本では、「大統領選に突入したドナルド・トランプが真っ先にしたのは、群衆を"買う"ことだった。報道によれば、トランプはタレントエージェントを雇い、俳優1名につき50ドルを支払った。俳優たちはトランプ支持のプラカードを用意し、彼がトランプタワーのエレベーターから出てきたところを歓声で迎えた。トランプは大勢の人が集まっているのを見て驚いたふりをしてから、アメリカの惨憺たるありさまをこれでもかと嘆き、自分だけがこの状況を立て直せると豪語した。」と書いています。そして、今までやって来たすべてのことを否定し、自分なら昔のアメリカを取り戻せると何度も何度も言いました。おそらく、ほとんどのアメリカ人は、あんまり相手にしなかったとここには書いてありましたが、それでも少しの人たちは、もしかするとと思ったはずです。そのサクラがやがてホンモノの群衆になり、さらにツイートすることによってその輪がひろがり、結果は大統領になったのです。まさに、これはニューパワーの力です。
 でも、威勢の良い極端な政策や挑発的な言動が、今のアメリカのどうにもならない状況を生んでいるような気がします。つまり、ニューパワーとオールドパワーの両方をうまく組み合わせたやり方が必要かもしれないと、この本ではいくつかの例を提示しています。
 この本は436ページもあるので、それをすべてここで取りあげることはできないので、ぜひ読んでもらいたいと思います。そうすれば、今の世の中の動きが少しは見えてくるような気がします。SNSを使うとか使わないということではなく、そのなかに組み込まれてしまっているわけですから、それらを理解できなければ、これからの世の中の動きもわからないのではないかと思いました。
 下に抜き書きしたのは、それでは「公益アルゴリズム」というのは、どのようにプラットフォームをつくればいいのか、その3つの特徴を書いています。
 これは、いままでのプラットフォームがオーナーや広告主や投資家の利益を第一に考えていたのを、これからは参加者や社会全般の利益に役立つように設計すべきだといいます。つまり、下に抜き書きした3つの特徴が必要だとしています。
(2019.1.28)

書名著者発行所発行日ISBN
NEW POWERジェレミー・ハイマンズ、ヘンリー・ティムズ 著、神崎朗子 訳ダイヤモンド社2018年12月5日9784478067604

☆ Extract passages ☆

 第1に、ユーザーにどんなコンテンツを見せ、なにを優先するかを決定するアルゴリズムヘのインプットは、ユーザーに対して完全な透明性を持たなければならない。それは、不快なコンテンツやヘイトスピーチなどの抑制に関しても例外ではない。
 第2に、各ユーザーが自由に変更できる設定やオプションを設けること。異なる意見のコンテンツにも、もっと接することが可能となるようにする。自分を囲む泡の外側の視点や見解を"フィルター"のなかに通すのだ。これによりセンセーショナリズムを抑制することもできる。
 第3に、アルゴリズムのデフォルト設定には公益テストを実施し、どうすればプラットフォームがより広い「サークル」に貢献できるかを検討する。
(ジェレミー・ハイマンズ、ヘンリー・ティムズ 著 『NEW POWER』より)




No.1610『園芸の達人 本草学者・岩崎灌園』

 江戸時代は園芸が盛んだったとか、図譜類もいろいろと出版されたとか聞くのですが、あまりわかりませんでした。
 ところが、知人が『伊藤圭介日記』や『小石川植物園草木図説』などの論文を書いたのをいただいたり、渡しも直接、イギリスのキューガーデンの資料室でイギリス人と伊藤圭介氏の手紙のやりとりを見たりすると、少しずつ興味が湧いてきました。
 さらに、鳥海書房から「古書目録」が送られてきたりすると、そのなかに古い図譜類も載っていて、とてもきれいでした。そのような状況のなかで、この本を見つけ、読むことにしたのです。
 このような古い書物は、「こうした数ある書物は、刊本と写本に分かれている。筆で記された写本の希少価値は一般に認識されるが、板木(版木)によって刷られた刊本は、「どれを見ても同じ」という常識で扱われている。しかし、岩崎灌園の刊本には異板が多く、同じ刊本でも複数の種類がある点も見逃してはならない。そのうえ、完成前の稿本も存在するので、思考回路を探る上でもこれら複数の書物の内容の検討は重要である。」といいます。
 私たちは、つい写本ということを忘れてしまいがちですが、仏教教典などもたいへん多く、また書き間違いもあるようです。しかし、いくつかの経典を参照すると、その間違いなどもある程度はわかるそうです。そういえば、玄奘三蔵なども、大般若経典を3部持ち帰ったそうですが、それもその間違いなどを訂正する必要からだといいます。
 また、このような『本草図譜』は、植物学や美術的資料として価値があるだけでなく、その植物がどこにあったかという地域資料としての価値もあります。もともと江戸時代は勝手に移動できないので、日本全国を網羅したような図譜をつくることはできなかったとしても、いくつか参照にすれば、それらの植物の場所を特定できることもあります。最近注目されている伝統野菜などのことも、これらから類推することもできます。
 また、『草木育種』などに取りあげられた栽培法や増殖法などは、今でもそのまま通用することもあり、たとえば、根接ぎや身接ぎ、塔接ぎ、これは台木と穂木を斜めに削ぎ落とし切り口を合わせる接ぎ方で、私はシャクナゲの接ぎ木に使っています。これだと、接いだところがこぶにならず、後々目立たなくなるので好都合です。この書物には「圧條」と載っていますが、これは取り木のことで、枝を土などで覆うことから「圧」という言葉を用いたようで、なるほどと思いました。
 それと、岩崎灌園は1824年3月に発刊された『茶席挿花集』の絵の部分を担当されていたそうで、しかも費用のかかる色刷りの本だそうで、現存するのもたいへん少ないそうです。
 下に抜き書きしたのは、岩崎灌園の『種藝(うえもの)年中行事』という一枚刷に関して書かれたところで、救荒植物を取りあげているのは何度か飢饉に見舞われていたからであり、それを無償で配布していたそうです。
 そういえば、ここの米沢でも、『かてもの』という救荒植物について書いた本がありますが、それも同じ流れではないかと思います。
 つまり、昔の園芸書は、きれいとか希少価値のある植物だけをとりあげるのではなく、多くの人たちに役立つものでもあったわけで、その点を見落としてはならないと思いました。
(2019.1.25)

書名著者発行所発行日ISBN
園芸の達人 本草学者・岩崎灌園(ブックレット)平野 恵平凡社2017年7月21日9784582364484

☆ Extract passages ☆

 救荒書は、本草学者やその周辺の人々が執筆した。そのほとんどは、金銭を受け取らない配布本が多い。無償の自費出版である。貧農に対する啓蒙書が高価なものであってはいけない。この理念は、甘藷(サツマイモ)や朝鮮人参の国産を奨励した八代将軍徳川吉宗や、民が先に楽しんだ後に君主が楽しむという意の「後楽園」と名づけさせた水戸藩主徳川光圀などに通じ、為政者の民生利用の思想にゆきつく。本草学が、江戸時代を通じて学問として成り立っていたのは、この思想に支えられていたからである。
(平野 恵 著 『園芸の達人 本草学者・岩崎灌園』より)




No.1609『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

 この題名に惹かれて、そういえばどのように見ているのか、とても興味がありました。読む前には、見えないものをどのように感じるのかとか、いろいろと想像はしましたが、なかなか理解はできませんでした。
 読んでみると、なるほどと思うところが多く、久しぶりに何枚もカードに書き込みました。
 たとえば、私たちは見えるから、さまざまなものに心が躍らされてしまいます。ファミレスに行けば、季節限定とか本日限りなどと書いてあれば、つい頼んでしまいますし、クーポンで何割引きといわれると、つい、それをダウンロードしたり、いろいろな情報に踊らされてしまいます。ところが39歳でバイク事故で失明してしまった難波創太さんは、「最初はとまどいがあったし、どうやったら情報を手に入れられるか、ということに必死でしたね。(……)そういった情報がなくてもいいやと思えるようになるには2、3年かかりました。これくらいの情報量でも何とか過ごせるな、と。自分がたどり着ける限界の先にあるもの、意識の地平線より向こう側にあるものにはこだわる必要がない、と考えるようになりました。さっきのコンビニの話でいえば、キャンペーンの情報などは僕の意識には届かないものなので、特に欲しいとも思わない。認識しないものは欲しがらない。だから最初の頃、携帯を持つまでは、心が安定していましたね。見えていた頃はテレビだの携帯だのずっと頭の中に情報を流していたわけですが、それが途絶えたとき、情報に対する飢餓感もあったけど、落ち着いていました。」と話してくれたそうです。
 なるほど、見えるから欲しくなったりするわけで、情報誌などを見なければ欲しいという気持ちすらないわけです。これは納得です。
 また、難波さんは、自宅でよくスパゲティを食べるのでレトルトのソースをまとめ買いしているそうです。でも、そのソースはミートソースやクリームソースなどいろいろな味があるのですが、それらのパックは同じ形状をしているので、中味がわからないそうです。たしかに、私もスーパーに行きますが、この手のものは、メーカーが違えば形も違いますが、同一メーカーなら、ほとんど形状は同じです。もし、今日はミートソースを食べようと思っていたときに、クリームソースのパックを開いてしまったりすると少しガッカリします。ところが彼は、もし食べたい味が出れば当たり、そうでなければハズレというように、まさにくじ引きや運試しのようにして楽しむといいます。この考え方は、ほんとうにポジティブです。この本には、べつな視覚障害者の例で、回転寿司を選ぶのをロシアンルーレットと同じ感覚で楽しむというから驚きです。もちろん、今どきの回転寿司は頼んで握ってもらうこともできますから、べつにまわっている皿をとらなくてもいいのですが、それすら楽しもうというのですから、ある意味ゲームのようです。
 下に抜き書きしたのは、「障害と無関係な人はいない」という言葉に、なるほどと思ったところです。
 たしかに、これからはますます高齢者社会になりますし、さらに医療器具などの発達により、障害というのにも多様化してくると思います。だとすれば、今から考えておくことはとても大事だと思い、ここに掲載しました。
 そして、障害がもしあったとしても、難波さんのようにその障害をも楽しみに変える智恵があれば、すごいことだと思いました。
(2019.1.22)

書名著者発行所発行日ISBN
目の見えない人は世界をどう見ているのか(光文社新書)伊藤亜紗光文社2015年4月20日9784334038540

☆ Extract passages ☆

 障害と無関係な人はいません。誰しも必ず年をとります。年をとれば、視力が落ちる、耳が遠くなる、膝が痛む……等々、多かれ少なかれ障害を抱えた身体になるからです。日本はこれから、どの国も経験したことのないような超高齢化社会に突入します。社会に高齢者が増えるということは、障害者が増えるということでもあります。さまざまな障害を持った人が、さまざまな体を駆使してひとつの社会をつくりあげていく時代。つまり高齢化社会になるとは、身体多様化の時代を迎えるということでもあります。……
 そうなると、人と人が理解しあうために、相手の体のあり方を知ることが不可欠になってくるでしょう。異なる民族の人がコミュニケーションをとるのに、その背景にある文化や歴史を知る必要があるように、これからは、相手がどのような体を持っているのか想像できることが必要になってくるのです。多様な身体を記述し、そこに生じる問題に寄り添う。そうした視点が求められているように思います。
(伊藤亜紗 著 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』より)




No.1608『辞書編集、三十七年』

 『井上ひさしの読書眼鏡』を読んでいて、辞書っておもしろいなと思っていたときに、図書館でこの本を見つけました。しかも出たばかりで、図書館で購入したのは12月20日の日付だったので、しおりの紐もきれいにはさまれたままでした。もちろん、すぐに借りてきて読みました。
 著者は、もともと出版社の編集志望で、なんとか尚学図書に入社し、そこで辞書編集部に配属され14年ほど仕事をしていたそうですが、その編集部だけ、そのまま小学館に吸収されたそうです。そういえば、この名前からして小学館の子会社的ですが、いちおう関連会社扱いだったそうです。
 そして、その小学館でも辞書の編集に関わり、37年間もその職にあったわけで、それらのことをこの1冊にまとめたと書いてありました。
 興味を持ったのは、この本を読むまで別な語源だと思っていたですが、たとえば、「ムショ」ということですが、刑務所を略したものと思っていました。ところが、この本には1922年にそれまでの「監獄」から「刑務所」に改称されたのに、その前から盗人仲間の隠語として「監獄」を「むしょ」と呼んでいたといいます。だとすれば、その語源はというと、1892年の『日本隠語集』の解説に、「牢。牢屋。牢が虫籠のようであるところからいうか。一説に、盗人仲間の隠語とし、『六四』の字を当てて、牢の食事は、麦と米が六対四の割合だったところからいうとも」とあり、それらのことから、「おそらくこの「虫」が「むしょ」の語源で、たまたま「けいむしょ(刑務所)」の「むしょ」と重なる部分があったため、「刑務所」語源説が生じたのであろう。」と結論づけています。
 やはり、言葉というのは、なかなか難しいものだと思いました。
 また、昨年読んだNo.1593『くらべる日本 東西南北』でも取りあげられていましたが、「スコップ」と「シャベル」の関係です。つまり、「スコップ」と「シャベル」は、西日本と東日本とでは指すものが違うそうです。それを、「『日本国語大辞典』で「スコップ」を引くと、「小型のシャベル」とある。つまり、シャベル>スコップというわけだ。だが、千葉県出身の私は、スコップ>シャベルなのである。これは決して私だけがおかしいわけではない。東日本では大型のものを「スコップ」、小型のものを「シャベル」と言うことが多いのに対して、西日本では大型のものを「シャベル」、小型のものをスコップと言うことが多いのである。」と説明しています。
 私もスコップ>シャベル派ですが、ではなぜ、そのような違いが生まれたのかという理由については、この本でもわからないと書いていました。
 下に抜き書きしたのは、著者が駆け出しの辞書編集者だったときに上司に言われたことだそうです。
 このことは、辞書編集に限らず、いろいろなところでもそうではないかと思います。なので、ここに掲載することにしました。そういえば、ここのなかに、「ゲラ」という言葉が出てきますが、普通にも「ゲラ刷り」とか使ったりします。でも、このゲラは「印刷所で組み終わった活字の版を入れておく、底の浅い木製の盆のことをかつてそう呼んでいたからである。ゲラは英語の galley に由来する。galley などとは耳慣れないことばかもしれないが、ガレー船のガレーと語源が同じなのである。ガレー船は古代から中世に地中海で用いられた多数のオールを持つ軍用船のことである。」と説明があり、さらにこのガレー船の漕ぎ手は奴隷や刑罰だったこともあり、辞書編集という仕事ももしかすると刑罰と深い関係があるかもしれないといいます。これには、井上ひさしさんが、かつて小学館を訪ねたときに辞書編集はイギリスなどでは刑罰の一種だったと話したことがその下敷きにあります。
(2019.1.19)

書名著者発行所発行日ISBN
辞書編集、三十七年神永 曉草思社2018年12月10日9784794223708

☆ Extract passages ☆

 駆け出しの辞書編集者だったとき、上司に言われて深く印象に残っていることばがある。「辞書は発刊と同時に改訂作業がスタートする」というものである。多くの辞書は改訂版を刊行することが前提となっているが、次の改訂に向けた作業は発刊と同時に始まるので気を許すなという意味だ。だが、長年辞書編集にかかわつてみると、発刊よりもさらに前、ゲラを校了にしたときから改訂作業は始まるという方が実情に近い気がする。
 本文を五十音の順に校了にしている最中にも、すでに校了してしまった前の部分に、ああすれば良かったこうすれば良かったという点が、次から次へと見つかつてしまう。
(神永 曉 著 『辞書編集、三十七年』より)




No.1607『井上ひさしの読書眼鏡』

 この本は著者の遺稿となった書評集ですが、文庫本で読みやすいこともあり、お正月のあいた時間に引っ張り出し読んだものです。だから、いつから読み出したのかははっきりしませんが、読み終わったのは1月16日でした。そうそう、昨日は小正月でした。
 この本は、読売新聞の書評欄に2001年から2004年にかけ断続的に書いたものだそうで、本の選び方も井上さんらしいものです。特に最初のほうでは、辞書や事典等が多く、それを読んでいて、辞書などに興味がわき、今現在は神永曉著『辞書編集、37年』草思社、を読んでいます。普通は辞書などはわからない言葉などがあると調べるために使いますが、それを見ているうちに他の言葉にも興味が湧き、いつの間にか辞書を読んでいたりします。だから、分からないからひくというよりは、分からないことを探し出すときもあり、何時間でも読み続けることもあります。よく、無人島にたった1冊持って行くとすれば、どのような本を持って行きますかという質問がありますが、私は辞書か事典のようなものを持って行くと思います。
 たとえば、事典についてのところで、「わたしは系統立てた勉強を、何一つ、してこなかった。そのくせ、年をとるごとに、さまざまな知識を取り込んでしまう。当然、アタマの中はつぎつぎに放り込まれる知識の切れっ端が山をなして、物置同然です。知識をもっているだけでは、単なる物知り。これらの知識をうまく組み合わせて、なにかもっとましな知恵を産み出したい。そこで、この種の事典が必要になる。まず、概説的説明で、アタマの中の知識をきちんと区分けして文脈をつくり、つぎに事典的説明で、区分けした知識の一つ一つを丁寧に磨き上げようというわけです。」と、単なる物知りではなく、そこから智恵を生み出したというわけです。
 それが下に抜き書きしたところにつながるわけです。
 下に抜き書きしたのは、世の中にはただの物知りと真の知者とがいるという話しのところです。
 たしかに、ただ知っていたからとしても、それを如何に生かすかということが大切です。よく歩く辞書などというと褒め言葉のようですが、辞書も使い方次第ですから、あるだけでいいわけではないようです。
 ここで紹介したのが、フランスの哲学者ドミニク・フォルシェー著『年表で読む哲学・思想小辞典』白水社、と藤野保編集代表『日本史事典』朝倉書店、です。
 私も読んだことはないのですが、さすが井上さんらしい選択だと思いました。
 また、山崎正和さんの『「たとえ明日世界が滅びるとしても、それでも今日、1本のリンゴの木を植える」という、賭のような楽観主義を持つことのほかにはありえないでしょう。』という言葉は、強く印象に残りました。
(2019.1.16)

書名著者発行所発行日ISBN
井上ひさしの読書眼鏡(中公文庫)井上ひさし中央公論新社2015年10月25日9784122061804

☆ Extract passages ☆

 世の中には、恐ろしくなるほどよくモノを知っている人たちがいます。途方もない情報通や歩く情報タンクとしか言いようのない人やとんでもない物知り博士がごまんといる。そこでわたしたちは彼らの話にできるだけ耳を傾けるようにするのですが、しかしたちまち飽きてしまう。なぜでしょうか?
 答えは明らか。彼らがただの物知りにすぎないのでも失望してしまうのです。自分の知っていること、学んだこと、考えたことを、揉んで叩いて鍛えて編集し直して、もう一つも二つも上の「英知」を創り出すことのできる真の知者が、思いのほか少ないのでがっかりしてしまうのです。
(井上ひさし 著 『井上ひさしの読書眼鏡』より)




No.1606『日本の美術館めぐり』

 副題が「企画展だけじゃもったいない」とあり、常設展の良さをアピールしています。1つは「常設展ならマイペースで観られる」ことです。最近の企画展は宣伝することもあり、期間が短いのでとても混雑します。常設展なら、それがないということです。2つめは「好きな作品を何度でも楽しむ」ことができるといいます。もちろん、常設ですから、期間がないのでいつでも観ることができます。また3つめは「作品以外にも見ところ満載」で、美術館そのものの建築物や庭園、さらにはカフェレストランなども併設されているところもあり、これも楽しみのひとつです。
 そして4つめは、「自分の好きな作家や作品を見つける」ことも楽しみです。企画展などは、非常に有名なものが多く、一生に何度も観られないのですが、常設展なら何度でも観ることができるので、だんだんと好きなものが絞られてきます。それもやはり、楽しいものです。
 つまり、この本は、美術館は企画展がないときでも楽しいですよ、ということを伝えようとしているわけです。
 それと、たとえば、せっかく収蔵品を観に行ったのに展示がなかったりしますが、その理由などもしっかりと説明しています。1つは、収蔵している作品がたくさんあるので、その展示スペースに限りがあることです。2つめは、企画展などのために他から借りてきたりするので、自分も貸すことがあるからです。3つめは、もちろんのことですが、それら収蔵品を後世に伝えるために年間の展示日数を制限していることです。ほとんどの美術館などでは、原則として年間2回以内の公開日数で、のべ60日以内だそうです。もちろん、特に貴重なものなどは、さらに限定されることもあります。
 だから、もし、お目当ての作品があれば、必ず展示期間などの確認は必要です。
 それと、美術館といえば、ほとんどの施設が撮影禁止でしたが、最近は撮影してもよいスペースをつくったり、作品それぞれに撮影可能のサインをしていますが、この本でも、撮影可能な作品はそのマークがあります。もちろん、フラッシュをつけたり三脚や一脚を使ったりしてはいけませんが、おそらくSNSで拡散してもらいたいという気持ちの現れのような気がします。
 それにしても、全国にはたくさんの美術館があるものだと、改めて思いました。それと、美術館などはその施設の建物も美術的価値のあるものもあるし、外の庭園なども見所になっています。また、施設内のカフェやレストラン、さらにはミュージアムショップでもそこ限定の商品もありますから、それも楽しみの1つです。そういえば、この本にも取りあげられていますが世田谷美術館に行ったときに、少し並ばざるを得なかったのですが、ここで昼食を食べましたが、とても安く美味しかったことなどを思い出しました。
 また、美術館でも、富士山麓にある「クレマチスの丘」は、美術館だけではなく、井上靖文学館や季節ごとの花が咲く庭園も含んでいるそうです。
 下に抜き書きしたのは、この「クレマチスの丘」で、いつかは私も行って見たいと思って載せました。クレマチスは種類も多いので興味もありますが、1年中クレマチスが楽しめるとは、どのようにして咲かせているのか、それにも関心があります。
(2019.1.14)

書名著者発行所発行日ISBN
日本の美術館めぐり浦島茂世G.B.2018年1月30日9784906993482

☆ Extract passages ☆

 富士山麓の丘陵地に位置するクレマチスの丘はアートと花、食をテーマにした複合文化施設です。2つのエリアに分かれた広大な敷地内に、3つの美術館と井上靖文学館、カフェやレストラン、そして季節ごとの花が咲く庭園が点在しています。
 クレマチスガーデン・エリアはその名の通り、 一年中クレマチスなどの花々が咲き誇る「クレマチスガーデン」のあるエリア。現代イタリアを代表する彫刻家、ジュリアーノ・ヴァンジの作品を展示する「ヴァンジ彫刻庭園美術館」や、写真・映像の専門美術館「IZU PHOTO MUSEUM」があります。後者は現代美術家の杉本博司が設計に携わっています。
 また、地元の食材をふんだんに取り入れた料理店が複数あり、鑑賞の合間に食事を楽しむことができます。クレマチスガーデン内にはハーブティーも楽しめるガーデナーずハウスもあり、ちょっとした休憩はこちらもおすすめです。
(浦島茂世 著 『日本の美術館めぐり』より)




No.1605『本と虫は家の邪魔』

 この本の著者は奥本大三郎と書かれていますが、著者がいろいろな方々と対談されたものをまとめたもので、副題は「奥本大三郎対談集」となっています。
 対談は意外と読みやすく、おそらく話し言葉で書かれていることもあるでしょうが、お互いの個性と個性のぶつかり合いみたいなところもあり、とても興味深い内容になっているところがいいのではないかと思います。
 この本の題名、『本と虫は家の邪魔』っていうのは、どういうことかな、と思いながら読んでいると、行動生態学の長谷川眞理子さんとの対談の中に、最近の学生はほとんど本を買わないという話しがあり、そこで奥本さんが「本なんて、親の仇みたいなものなんですね。新しい今どきのマンションは、きれいに片付いているでしょう。本はないし、虫なんかいたら大騒ぎでしょう。そういう時代になったんですよ。虫が出たらマンションの値段が下がります。本と虫とは家の邪魔(笑)。」という発言があり、おそらくここから題名が生まれてきたようです。
 でも、この前後に、本当に子どもの時に自然のなかで遊んだことのない人は、大人になっても、人間と動物も昆虫も同じ生きものだという認識がないという話しになります。だとすれば、自然を守ろうなんていくらいったとしても、実感はないわけです。もしかすると、自分たち人間だけが別で、その他の生きものはたんなる生きているだけという認識かもしれません。
 この本を読んで、昆虫とつき合うことによって、いろいろなことがわかると思いました。そういえば、昨年の9月に12年に1度咲く花を見にインドのケララ州に行きましたが、蝉の仲間にも13年セミとか17年セミなどがいます。そのことに関して霊長類学の山際寿一さんとの対談で、奥本さんが「17年または13年で成虫になり大量発生する周期ゼミも、繁殖の智恵なんでしょうね。」と問いかけると、山際さんは「そうですね。他の年数ゼミとの交雑を避けるためと言われていますね。でも不思議なのは、数というものをどうやって導き出したのか。たかが1つひとつの首の生物の生存戦略なんですが、それがこう有機的に相関があると、非常に調和のとれたある数式モデルに表せるような系ができあがるということだと思うんですよね。」と答えています。私がある方にお聞きしたときには、おそらくセミは氷河期以前から生存していたので、その氷河期と関係があるのではないかと話していました。
 ということは、未だ、そのなぜははっきりしていないようですが、植物にしても、なぜ12年に1度しか咲かないか、とても不思議です。
 世の中には、このような不思議がまだまだたくさんありそうです。それに関心を持つか持たないかでも、邪魔にしていまう可能性があります。本だって、読まない人にとっては邪魔ですから、虫だってそうです。
 下に抜き書きしたのも、インタビュアというかエッセイストというか阿川佐和子さんとの対談のなかに出てくるものです。
 このなかで、日本人の目は接写レンズだけど、西洋人の目は広角レンズだという表現があり、なるほどと思いました。しかし、それには良いことと悪いことがありますから、そのことを分かっているということが大事だと思いました。
(2019.1.12)

書名著者発行所発行日ISBN
本と虫は家の邪魔奥本大三郎青土社2018年11月15日9784791771127

☆ Extract passages ☆

阿川 日本人は何でこんなに虫が好きなんでしょうか。
奥本 いい虫がたくさんいたから自然と好きになったんだろうと思いますね。それから、日本人の目は接写レンズ的なんですよ。日本の根付けとか印籠なんかの工芸品とか、現代では半導体って非常に精巧なつくりですよね。それは手先が器用なんじゃなくて、養老孟司さん式に言えば目を通して脳が細かいものを認識するからつくれる。
阿川 ほお。
奥本 元を辿れば、子どものときにカブトムシ採りとかトンボ採りとかをして、虫と遊びながら細かく観察する目が養われているからできるんだと思うんです。西洋人はトンボが飛んでても全然見てないですもん。
(奥本大三郎 著 『本と虫は家の邪魔』より)




No.1604『科学以前の心』

 この本は河出文庫のオリジナル編集だそうですが、著者の中谷宇吉郎は1900年の生まれで、1962年になくなっています。この本の最初に取りあげられている「雪の話」は、昭和10年2月に発表されていますから、戦前のことです。今でも、あまり色褪せないということは、おそらくそれを一番感じている編者の福岡伸一さんではないかと思います。
 彼は、現在、上野の森美術館でフェルメール展が開催されていますが、その作品に強く魅せられて、自らもフェルメールの美術展を企画したこともある生物学者です。その生物学者としての福岡伸一さんが編集をされているのですから、読んでみようと思ったのです。
 この本は、河出文庫のオリジナル編集だそうで、最後に編集された福岡伸一「解説 科学という詩」と、次女の中谷芙二子「父の言葉」の2編が載っています。それ以外はすべて中谷宇吉郎氏の文章を集めたもので、25編あります。何れもおもしろく、今の時代でも十二分に楽しめます。
 たとえば、人間の神経系統とトランジスター、あるいはその前の真空管の話しなど、今でも考え方は同じです。それは「人間の神経系統にも、おなじ作用があって、指さきを針つつくと、頭脳が痛いと感ずる。これは神経に与えられた刺戦が、脳までつたわるからであるが、この場合、刺戦は電気的刺戟となって、神経をつたわるのである。刺戦が与えられると、人間の身体のなかにごく微弱な電気が生じて、この電気的刺戦が、脳までつたわってゆく。ところが神経細胞にも、トランジスターと同じような作用があることがわかっている。すなわち、刺戦がある一定の強さに達するまでは、これがつたわらず、 一定強度を越すと、はじめてそれが、つぎの導体につたわるのである。この点、作用だけを見るれば、トランジスターと全くおなじである。」と書いてあり、今のパソコンの仕組みとほとんど変わらないようです。
 これを読むと、仕組みがどうのこうのというよりは、その仕組みの原理がしっかりとわかれば、いろいろな方面に応用が利くということです。ところが、最近は細かいところにこだわりすぎて、なかなか大枠が見えてこないような気がします。そういう意味では、科学も原理原則を理解するということがとても大事ではないかと思います。
 でも、その科学にも、科学的な見方というか、ある種の多面的な見方が必要だとこの本を読んで思いました。たとえば、「室鰺」のなかに出てくる文章で、「ここへきて新しい干物を喰べてみて、初めて干物というものは美味いものだと分かった。今まで魚を干すということは貯蔵の一つの方法だと簡単に考えていたのであるが、本当の新しい干物というのは一つの料理法だということに初めて気が付いた。朝、水から揚ったばかりの室鯵を魚屋が持ってくる時は、青銀色の肌にエメラルドの緑の斑点がまだ燦爛と輝いている。それをすぐ開いてもらって、自分の家で干して、夕食の膳に供えるとちょうど良いくらいの喰べ頃になるのである。初めは蠅の上まることを気にしたのであるが、その心配は全くいらぬことがすぐ分かった。魚もこれくらい新鮮なものになると、全く臭いがないと見えて、外にさらして置いてもほとんど蠅が寄り付かないのであった。」と書いていて、この見方がやはり科学者だと感じました。そして、自分もこのように見たり感じたりしたいと思いました。
 下に抜き書きしたのも、「鼠の湯治」のなかに出てくるもので、北大のY教授の研究室で実際に行われたそうです。
 そういえば、私の子ども時代には、旅館でも旅籠と湯治と分かれていて、温泉に入ることを目的にしていた人たちは、1週間前後もいるので、ほとんどが湯治客でした。人間も温泉に入ると気持ちいいわけですから、鼠たちもそうだというのは納得できます。
(2019.1.9)

書名著者発行所発行日ISBN
科学以前の心(河出文庫)中谷宇吉郎 著、福岡伸一 編河出書房新社2013年4月20日9784309412122

☆ Extract passages ☆

 鼠は温泉が好きだということが真先に分かった。金網の籠に入れたまま、温泉に入れてやるのであるが、温泉の温度がちょうど良い加減だと、鼠達はひどくのんびりした顔付で、金網につかまって首だけ出して静かにしていたととう話であった。中にはそのまま居眠りなんかして、手を離して湯に潜り落ちて、慌てて馳け上るような奴もいたそうである。
 傷の治り方も大変早かったということである。もっとも温泉の温度が高過ぎると、鼠が苦しがり、そんな時には治り方も悪かった。それである組は温度をいろいろ変えた湯に浸し、他の組は入湯の時間と度数とをいろいろ変えてみるという風に、たくさんの実験が繰り返された。そして最も有効な入浴の方法および条件が見出されたわけである。
(中谷宇吉郎 著、福岡伸一 編 『科学以前の心』より)




No.1603『愛×数学×短歌』

 おもしろい短歌の本だなあ、というのが第一印象です。
 でも、数学に関係する言葉が多く、そういえば、だいぶ前に、虚数「i(アイ)」というのがあることを知り、数学っておもしろいと思ったことがあります。つまり、この虚数「i(アイ)」は2乗すると-1になる数字です。ちょっとわかりにくいのですが、この虚数iを導入することで方程式や複素解析などの分野が発展していったといいます。ある意味、「0」の発見のようなもので、これにより数の概念が広がっていったそうです。
 そこで、短歌ですが、「アイという見えないものを認めると世界は少し美しくなった」(水宮うみ)、というのがありました。なるほど、この虚数iという存在しないような数を受け入れることにより、いろいろなところに広がりが生まれたということです。それを美しいと表現したところが、短歌です。
 つまり、この本は、愛と数学を結びつけて、とらわれのない短歌をつくってきたのをここに掲載したようです。
 しかも、若者の恋愛感情を織り込んでいるので、なんとなく自分の若いときの感情を思い出したりして、楽しく読むことができました。でも、この高校生の登場人物に特定のモデルはいないそうです。ただ、数学が好きな男の子と短歌の好きな女の子が出会って仲良くなったら、このような数学短歌ができるのではないか、と考えたそうです。
 そして、ここに掲載された短歌は、2016年からTwitter上で「愛と数学の短歌コンテスト」を実施し、これまでに2000首以上の数学短歌が寄せられ、そこからこの本に収録されたということです。
 たとえば、「素数とは孤独な数字ではなくて5つ並べて和歌という愛」(安西大樹)は、考えてみれば、5、7,5,7,7,すべてが素数ですし、これらを足しても31ですから、素数です。つまり、素数でも短歌の世界では、すべてつながっているということになります。
 また、「13の次の素数は17と19の頃の恋のあとさき」(四ッ谷龍)なども、素数を扱っていますが、素数は小さい順に、2、3,5,7,11、13、17、19、23と続いていきます。この素数ですが、まだまだわからないことがあるそうで、数学者にとっては非常に魅力的な研究材料だそうです。
 下に抜き書きしたのも、この本に載っていた数学短歌です。
 このままでは、あまり数学に関心のない方には何を意味しているのかわからないかもしれませんが、ゼロはマイナスではないもっとも小さな数字で、足しても引いてもその値には変化はありません。
 しかし、ゼロを掛けると、すべての数字はゼロになってしまいます。ゼロになれば、恋愛などは終わってしまいます。ちょっと空しいゼロですが、それでもマイナスよりはいいかもしれません。
(2019.1.6)

書名著者発行所発行日ISBN
愛×数学×短歌横山明日希 編著河出書房新社2018年8月30日9784309027227

☆ Extract passages ☆

恋愛は掛け算だよねどちらかの想いがゼロになったら終わり (汐月夜空)
(横山明日希 編著 『愛×数学×短歌』より)




No.1602『花と子どもの画家 ちひろ』

 昨年の12月、大人の休日倶楽部パスで、長野市から松本市へと行き、お昼頃に着いたので、ホテルに荷物だけを預かってもらい、松本城などを見に出かけました。その帰り道、信濃毎日メディアガーデンでいわさきちひろの絵画展をしているのを見つけました。でも、午後2時のチェックインなので、開運堂本店でお菓子を買い、ホテルに落ち着きました。そして湯を沸かし、買ってきたばかりの菓子を食べ、お抹茶を飲みました。
 すると、なぜかその絵画展のことが気にかかり、行って見ることにしました。正式には、「いわさきちひろ生誕100年記念 ピエゾグラフ展『ちひろからの贈りもの』」で、開催は12月1日から28日まででした。すぐにチケット600円で入場し、ゆっくりと見てまわりました。年譜には、1918年12月15日に生まれたとあり、昨年でちょうど生誕100年ということでした。おそらく、この本もそれに合わせて、企画されたものだと思います。
 この本は、息子さんの松本猛さんの文章で、母との思い出が随所に書かれていて、絵とともにその在りし日が忍ばれました。近くにいたからこそわかることもあり、たとえば、嵐の日に外に出たいというと、いっしょに出てくれたことなど、「今になって思えば、嵐の中に息子を一人だけで出すわけにはいかなかったからに違いないが、たぶん母も楽しんでいたのではないかと想像する。子どもの感覚を持ち続けていた人だったということもあるが、子どもが幸せでいることを何よりも喜びに感じる人だった。だからこそ、子どもが不幸になることには耐えられなかった。平和のための活動を熱心にやったのは、戦争が何の罪もない子どもの命を奪うからだ。命が助かったとしても、家族や友だちを失った子どもの悲しみはかぎりない。『戦火のなかの子どもたち』は子どもの心を描いた絵本でもあった。いわさきちひろはぼくをモデルにたくさんの子どもを描いた。自分の息子の姿を借りたかもしれないけれど、そこには世界中の子どもの喜びや悲しみが詰まっている。」と書いています。
 そういえば、今回の展示会の中央部分に、遊び道具にちひろの描いた絵の展示もありました。なぜか、そこだけは写真撮影が可能だったので、何枚かスマホで撮りました。木のトンネルがあったり、板で囲われた空間があったり、その木の部分に絵が描かれていたのです。それを撮っていると、いかにもそこで子どもたちが遊んでいるかのようでした。
 そして見終わったあとに、何枚かの絵ハガキを買ってきました。今、それを見ながらこれを書いているのですが、同じ絵はありませんでした。今現在、残っている作品は9,500点を越えるそうですが、そうであれば、やはり同じ絵はなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、子どもを描き続けた画家としての、子どもに対する見方です。私も子どもの手首のぽっちゃりしたくびれなどは好きで、孫のその部分だけの写真を撮ったことがあります。
 そして、この次のページに、この本の締めくくりとして、「生誕100年、没後44年という時間のなかで、ちひろの絵は歴史になりつつある。歴史の中に生きるということは、絵自 体の美術的価値もさることながら、画家が絵に込めた思想や感性が多くの人々の共感を呼び、社会に定着するということにほかならない。ちひろが描き続けた子どもの姿は「命」の 象徴だった。子どもへの愛と平和を願う心が絵のなかに生き続けている。」と書いていますが、たまたま立ち寄った松本市で私が出会えたことも、なんか不思議な縁のような気がしました。
(2019.1.3)

書名著者発行所発行日ISBN
花と子どもの画家 ちひろ松本 猛・文、いわさきちひろ・絵新日本出版社2018年10月15日9784406062800

☆ Extract passages ☆

「小さい子どもがきゅっとさわるでしょ、あの握力の強さはとてもうれしいですね。あんなぽちゃぽちゃの手からあの強さが出てくるんですから。そういう動きは、ただ観察してス ヶッチしていてもかけない」。
 この言葉は、ちひろが視覚だけでなく触覚も合めて子どもを観察していたことを示している。ちひろは、デツサンが上手い人はたくさんいるけれど、自分のような子どもを描く人 は、あまりいないと語っていた。子育てをしながら絵を描き続けた画家だからこそ言えたことだろう。
(松本 猛・文、いわさきちひろ・絵 『花と子どもの画家 ちひろ』より)




◎紹介したい本やおもしろかった本の感想をコラムに掲載します!

 (匿名やペンネームご希望の場合は、その旨をお知らせください。また、お知らせいただいた個人情報は、ここ以外には使用いたしません。)
お名前

メールアドレス

紹介したい本や感想など

すべての項目を入力して、送信ボタンをクリックしてください




タイトル画面へ戻る