☆ 本のたび 2020 ☆



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 また、抜き書きに関してですが、学問の神さま、菅原道真公が49才の時に書いたと言われる『書斎記』のなかに、「学問の道は抄出を宗と為す。抄出の用は稾草を本と為す」とあり、簡単にいってしまえば学問の道は抜き書きを中心とするもので、抜き書きは紙に写して利用するのが基本だ、ということです。でも、今は紙よりパソコンに入れてしまったほうが便利なので、ここでもそうしています。もちろん、今でも、自分用のカードは手書きですし、それが何万枚とあり、最高の宝ものです。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1761『ウイルスは生きている』

 今、世界中で新型コロナウイルスの大流行で混乱しています。一番大変なのは中国で、発生源なので当然かもしれませんが、いろいろな憶測が流れ、どれが本当なのかさえわからない状況です。しかも、私は3月2日から中国雲南省に行く予定で、昨年11月下旬に航空券も買っていました。しかも、今年の2月18日から中国東方航空が成田と昆明間を、月・火・木・土曜の週4便を運航する予定だったので、とても良いチャンスと思っていました。
 ところが今回の騒ぎで、行くのもちょっと不安だし、いろいろと考えていましたが、中国東方航空からキャンセルの案内がきて、行けなくなりました。まあ、心配しながら行くより、よかったと思います。
 そんなとき、この本を図書館で見つけ、すぐ借りてきました。「まえがき」のところで、「そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、ヒトもサルも他の哺乳動物も現在のような形では存在できなかったはずである。つまり我々の体の中にウイルスがいるから、我々は哺乳動物の「ヒト」として存在している。逆に言えば、ウイルスがいなければ、我々はヒトになっていない。少なくとも今とまったく同じヒト科ヒトではなかったであろう。」と書いてあり、ウイルスがいないと自分たちの存在もなかったと思い、唖然としました。
 ということは、ウイルスがすべて悪さをするのではなく、良いウイルスというか、人間にとって必ず必要なウイルスもいるということです。この言葉で、ウイルスに対する見方も大きく変わってきました。
 ウイルスそのものに関しては、この本を読んでいただくとして、この本の中でナマケモノについての話が載っていましたが、進化するということの関わりで考えさせられました。それは、「ナマケモノは体長50〜60cmと、やや手足が長い乳幼児くらいの大きさだが、その大きさで一日に葉っぱをわずか10g程度しか食べない。糞尿も1週間に1回程度だそうである。……ナマケモノが木にぶら下がって一日の大半を過ごし動きが鈍いのは、それくらい少ないエネルギーしか体に入れなくても生活できるよう適応進化してきたからなのだ。このナマケモノの近縁種に、かつてオオナマケモノ(メガテリウム)という動物がいた。このオオナマケモノは、ナマケモノより怠けていたからオオナマケモノと名付けられたわけではなく、地上で活動し食欲も旺盛で、成長すると体長6m、体重3t程度にもなったと推定されている。この大きなオオナマケモノは、ナマケモノよりも活動的でより積極的に生きている様にも見える。しかし、オオナマケモノの方は進化の中で絶滅してしまい、生き残ったのは木の上で「怠けていた」ナマケモノだった。これもちょっと不思議で面白い話ではある。」とあり、なるほど、大きければいいということでも、活動的だからいいわけでもないということがわかりました。
 そして、これが進化というものかと、ある意味、納得もしました。
 下に抜き書きしたのは、「ウイルスと代謝」のところに書いてあるもので、代謝というのは「大雑把に言えば生物が自己を維持するために外部から物質を取り入れて、それを利用し排泄するまでに行う一連の化学反応」だそうです。
 どうも大雑把といいながらも難しい表現ですが、これをすべてヒトができるのかというと、できないのだそうです。つまり、ヒトという存在は、必ずなにかを当てにしなければ生きていけないということでもあります。何かに支えられないと生きていけないとするならば、それをもう少し自覚すべきだと思いました。
 この本はとても難しかったですが、少しはウイルスについてわかったような気がします。もし機会があれば、ぜひお読みください。
(2020.2.25)

書名著者発行所発行日ISBN
ウイルスは生きている(講談社現代新書)中屋敷 均講談社2016年3月20日9784062883597

☆ Extract passages ☆

生きた生体というのは高エネルギー物質の塊であり、アミノ酸やそれがつながったタンパク質が豊富に含まれている。つまりヒトは自分に必要なアミノ酸を自分の周囲の環境から捕食により取り入れることにして、その合成のための代謝系を放棄してしまったと考えられる。つまリヒトは自己の維持に必要な代謝系の一部を外部環境に依存しており、決して自己完結していない。
(中屋敷 均 著 『ウイルスは生きている』より)




No.1760『青山二郎の話・小林秀雄の話』

 著者の宇野千代が亡くなったのは、1996(平成8)年でしたから、20数年後に出版されたということになります。ページの最後のところに、編集付記に「本書は著者の青山二郎と小林秀雄に関するエッセイを独自に編集し、青山二郎、小林秀雄、大岡昇平によるエッセイを加え一冊としたものです。中公文庫オリジナル。」と書いてあります。
 私は、いつ出たのかということはまったく関係なく、たまたま白洲信哉著『美を見極める力』を読んだばかりなので、青山二郎という人に興味を持っただけです。
 でも、この本を読んだ後でも、青山二郎という人の存在がはっきりとはしませんでした。たしかに骨董の目利きということはわかりますが、この本のなかで、「或るとき、ちょっと見ていると、鍋の中で、紅茶の葉っぱをぐらぐらと煮立てているのを見た。その中に、まだ、ほかのものもいろいろ入れている。その赤黒い液の中へ陶器を浸しておく。それから、電気焜炉の上やガスの火の上で焙る。同じことを幾度も繰返す。そして、ときには紙やすりで、陶器の糸尻や、見込みの上薬の上からこすったりする。これら凡ての作業は、秘密なのかも知れない。煮立て過ぎて、また漂白したりする。ときには新しい陶器ではなく、古いもので、とても大切にしていたものの上にも、同じ方法を施して、失敗することもある。こう言う、ひょっとしたら、単なる思いつきであるものでも、青山さんにとっては、真剣なのか、冗談なのか、他人の眼には分らない。」と書いてあり、だとすれば古色を出して商品価値を上げているかのようにもみえます。著者がいうように、育てているといえば聞こえは良さそうですが、なんか紙一重のような気がします。
 そのようなところから考えると、今の時代に鑑定をするときに、それらが古いものとして紛れ込んでいるかもしれないと考えると、ちょっと割り切れない思いがします。
 著者は、「青山さんの感情の中には、こだわったものが何にもない。いつでも無色透明である。そのために、何か考えつくことが、人の眼には突拍子もない、と思われるほど、却って奇異に見える。」といいますが、そのことに関しては、なんとも同意できません。もちろん、それを本物と信じて買う人がいるからという意見もありますが、そもそも古色を付けて高く売るということが理解できません。
 でも、この本を読んで、昔からそのようなことはあったのだと知り、今のインターネットオークションのなかにもたくさん紛れ込んでいるとすれば、なんともやるせない感じがします。
 そういえば、2月19日に仙台のフォーラム仙台で、映画「嘘八百 京町ロワイヤル」を観ました。これは京都を舞台にして、古田織部の幻の茶碗をめぐって、中井貴一と佐々木蔵之介扮する古物商と陶芸家がだまし合いの大騒動を繰り広げるものです。まさに、贋作を作り、その茶碗をいろいろな人たちが関わっててんやわんやの大騒動になるのです。これを観ても、おそらく贋作が大手を振って歩いているような錯覚を覚えます。
 著者の話しのなかで奥さんの和ちゃんのことについて、「青山さんの家には、普通の骨董屋くらいか、或いはそれの二、三倍の品物がある。私たちが腰かけている、庭の見える部屋のずっと奥の、広い部屋に棚を作っておいてある。私はそこへ這入って行って見たことはないが、たぶん、或る種の整理がしてあって、分り易いようになっているのであろうけれど、そこへ這入って行ったと思うと和ちゃんは、じきに、両手に抱えるようにして戻って来る。箱や袱紗や仕覆の中から、目的のものを取に出すと、そこの卓子の上に置き、また、人が見たあとは、一々丁寧に、同じような順序をもって片付ける。その顔は、一種の表情を持っているが、それは可厭なことだとか、面倒なことだとか言うのではない。もう、幾百回となく繰返したことを、また繰返すそのことに、何の抵抗もない様子を見ていると、私たちは一瞬、和ちゃんのその存在を忘れる。これが青山さんの内側の人として、生活し抜いた人の行為なのだと私は考える。」と書いてあり、まるで骨董屋さんのおかみさんのように感じました。
 私は、自分で買った茶道具などは、すべて自分で引っ張りだし、自分で片付けますが、それが好きだという証しでもあると考えています。もちろん、洗ってしまうものは、自分でしっかりと洗い、十分乾燥させてからしまいます。
 下に抜き書きしたのは、この本の解説を書いている宇月原春明さんの文章です。
 全部読んだあとにこれを読むと、なるほどと思います。今では3人とも亡くなられてしまったので、詳しくはわからないとしても、たしかにこのような雰囲気は感じられました。もし骨董とかに興味があれば、読んでみるのもいいと思います。
(2020.2.22)

書名著者発行所発行日ISBN
青山二郎の話・小林秀雄の話(中公文庫)宇野千代中央公論新社2019年12月25日9784122068117

☆ Extract passages ☆

「青山二郎の話」も「小林秀雄の話」も、どこまでも宇野千代の「独り相撲」だ。しかし、小林は敬して遠ざけられたまま神棚から動けないが、青山はしっかりと同じ土俵に上がり、彼女に誘われ、ともに生き生きと踊っている。
(宇野千代 著 『青山二郎の話・小林秀雄の話』より)




No.1759『美を見極める力』

 たまたま光文社新書が続きますが、まったくつながりはありません。ただ、昨年6月23日に「粉引」の茶碗を手に入れたので、なんとなく読んでみたくなりました。
 副題は、「古美術に学ぶ」ですが、手に入れた粉引茶碗はまったくの新しいもので、伊賀焼の西村窯で焼かれたものです。手にちょうどぴったりで、とてもお茶を点てやすく、一番は安かったので気安く使っています。
 私はお茶をしているせいか、道具は、お茶席で使ってみないとその良さがわからないと思っています。茶碗だって、手にとって飲んでみないと口当たりとか重さとか、見所の多い高台とかが見えてきません。この本では、小林秀雄氏が著書のなかで、「骨董はいじるものである。美術は鑑賞するものである」と書いているそうですが、著者は、「この「いじる」、つまり「使う」ということが、日本美術の大きな特徴だと僕は思う。茶碗は、お抹茶を飲むための道具であり、仏像は、手を合わせて祈る対象なのである。」と言い切っています。
 ところが、著者の祖母白洲正子さんは、美術館に収まった収蔵品は「器物の終身刑」と表現したそうです。たしかに、そういえなくもないのですが、個人で美術館に飾られているような道具は購入できないので、やはりときどきは美術館や博物館に行って見ることも大切なことです。著者は、「展覧会は「観る力」を鍛錬する絶好の場所ではある。そして、そこに「いじる」ことを重ねると、自ずと見方もかわつてきて、「眼で触る」ようになってくる。こういう触覚的な視力は、焼きもの好き特有の眼筋のように思う。」と書いています。
 そういえば、だいぶ昔に「開運!なんでも鑑定団」で鑑定をしたこともある方がわが家にきて、三嶋手の茶碗を見せてくれたことがありました。だいぶ古い物で、少し繕いもしてありましたが、それでも目が飛び出るほど高価なものでした。この三嶋手の流れにあるのが粉引で、著者は、「粉をかけたように、透き通るように白く、美しいことから付けられた和語である「粉引」は、茶碗や祭器など伝世のものはごくわずか」しかないといいます。さらに、「粉引の優れたものの胎士は黒色である。さらに言うなら、いいものほど黒い。」といい、私の好きな唐津焼の中里重利さんの「唐津粉引茶碗」も、掛け残しの部分から黒い色が鮮やかに見えています。また、その対比がおもしろい見所でもあります。
 下に抜き書きしたのは、箱の重要性についてです。そういえば、「開運!なんでも鑑定団」でも、箱の存在が値段を大きく左右しますが、私が若い時には、箱は邪魔だからと捨てたこともあります。今になって思えば、箱がないと収納するのに不便ですし、箱書きがないとだんだんと忘れてしまうこともあります。だからそれ以降は、箱の上に紙を掛けて、いつどこでだれからいくらでもとめたかなどを書いて、記録するようにしています。そうすると、それらの道具を使うときに、いろいろなことを思い出し、楽しむこともできます。つまりは、いじることで愛着が湧くということもありそうです。
 そしてまた、道具を使うことによって、過度の一定の環境下での保存から抜け出て本来の艶を取り戻したり、虫干しになったりと、いろいろといいこともあります。ぜひ、手に入れた道具たちを楽しく使いたいと思っています。
(2020.2.19)

書名著者発行所発行日ISBN
美を見極める力(光文社新書)白洲信哉光文社2019年12月30日9784334044497

☆ Extract passages ☆

 箱に収めるという行為が、災害の多い列島に、これだけの古美術を残してきた。一保存方法としては、大変理にかなった良き伝統だと思う。……
 日本美術の名品が揃う米国ボストン美術館。明治の混乱で、多くの古美術が箱に入れられ輸出された。だが、かの地の担当者は何を思ったのか、作品を収めていた箱を廃棄したという。おそらく単なる梱包材だと思ったに違いない。文化が違うということは、恐ろしぃことである。
 どちらが優れているという話ではなく、災害から守るため、あるいは箱書等の伝来を重要視することなど、地震や歴史のない国には考えも及ばなかったのだろう。
(白洲信哉 著 『美を見極める力』より)




No.1758『遊ぶ力は生きる力』

 最近の子どもたちの遊びは、何が流行っているのかわかりませんが、孫が小さいときにはいっしょにおもちゃ屋に行ったので関心がありました。ところが孫たちが大きくなると、ほとんど関心が薄れ、そのようなときにこの本を見つけました。
 たしかに、子どもたちにとっては楽しくさえあればいいかもしれませんが、親たちにしてみれば、少しでも何らかの役に立ってくれればよいと思ってしまいます。
 そして、今、おじいちゃんになって孫たちを見ていると、やはり、少しでも役にたつようなおもちゃがないかと考えます。さらに、この時代のようにゲームが盛んになると、与えないと仲間外れされそうだし、与えると目が悪くなったり、ゲーム依存症になりはしないかと思ったりします。どちらにしても、選ぶことの難しさはあります。
 そのようなことを考えていたとき、この本を見つけました。副題は「齋藤式「感育」おもちゃカタログ」で、本の後半部分にカラー写真でおもちゃのカタログが載っていて、楽しそうでした。
 これらのおもちゃのカタログを見ながら、子どもって、なんども作っては壊し、また作っては壊して遊んだり、なんでも質問をします。そして時には、見るからにこわそうなものを、少しだけ手のすき間から見たりもします。この本では、「一か八かの大勝負に打って出てみたくなったり、怖いことに挑戦してみたくなったりと、あえて渦巻の渦の中に飛び込んで、自分の精神が掻き乱されるようなことをやりたくなることもあります。遊びの真髄には、どうもそういう特徴があるようです。ある脳科学者によると、脳は混乱するとワクワクするそうです。そのワクワク感を積極的に楽しもうとするのが、遊び心なのだと思います。」と書いています。
 そういえば、大人のなかにも、少しぐらい枠の中におさまり切れなくても、それを楽しんだりしますし、はっきりとわかるものより、何が何だかわからないものに興味を持ったりします。おそらく、それも遊びの本質なのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、第2章の「子どもがのびのび賢く育つ、家庭のルール」ののびのびルールの9番目で、「異種混淆で免疫を高める」に書いてあったことです。
 今の子どもたちは、違う年齢の子どもたちと遊んだり、よその大人と接触する機会も少なくなっています。これも、今の社会の環境の劣化でしょうが、ある程度は異質な環境とか異質な言語空間、さらには異質な考え方とも触れ合うことも大切なことです。
 私の孫たちには、英語を覚えながら、いろいろな人たちがいることを学んでほしいと思い、幼稚園のときから英語スクールに通わせています。それが良いか悪いかはまだわかりませんが、私は良いことだと思い、毎回送り迎えをしています。
(2020.2.16)

書名著者発行所発行日ISBN
遊ぶ力は生きる力(光文社新書)齋藤 孝光文社2015年12月20日9784334038939

☆ Extract passages ☆

 世の中にはいろいろな人がいます。違う人種、違う言語、違う文化、違う考え方をする人がいるのは当たり前で、多彩な人々が混在しているのが社会というものです。異質な人との出会いが、人間としての幅を広げる。その積み重ねが、違いを認めて、違いを受けとめる姿勢を培います。
 自分と違う価値観をもつ人を受け入れられず、極端になると「許せない」という歪んだ感覚で他者を攻撃したり排除したりしようとすることは、非常に狭量で、危険です。
(齋藤 孝 著 『遊ぶ力は生きる力』より)




No.1757『真面目な人は長生きする』

 副題は、「80年にわたる寿命研究が解き明かす教学の真実」で、この80年という時間が気になりました。
 よく読むと、1910年代にアメリカの心理学者ルイス・ターマンが、28歳で学位をとり、小学校の校長になったそうです。そのころから、知能検査というものを導入して、子どもたちの能力を調べ始めたそうですが、長期研究がスタートしたのは1920年頃で、カリフォルニア州に住む10歳前後の子どもたちから、知的能力が高い約1,500人を選び出し、本人や保護者、さらには教師などの面接調査をし、生育歴・養育・篋印・生活環境・健康状態などのあらゆるデータを集め、それを経時的に繰り返し行い、どのように成長していったかを丹念に調べたそうです。彼は1956年に亡くなっていますから、30数年続けられたことになります。彼の研究は、しばらく続けられたそうですが、次第に忘れ去られていきました。30年以上が過ぎ、同じカリフォルニアでハワード・フリーマンという若き教授と、大学院生のレスリー・マーチンが、長寿の研究に取り組み、スタンフォード大学に保管されていたターマンなどの長期間データを、長寿の研究に使えるのではと考えました。
 つまり、ターマンが調査を始めたときには10歳前後でしたが、すでに70歳ほどになっていて、60年という時間を節約して研究ができると考えたわけです。そしてフリーマンらも20年ほど研究を続け、1,500人という規模での研究を80年にわたって継承したことになります。それが「80年にわたる寿命研究が解き明かす教学の真実」という副題につながるわけです。
 その結果、フリーマンらは、「長寿ともっとも関係のある性格傾向は、大方の予想を裏切って、明るさや社交性といったものではなく、慎重さや勤勉さや誠実さといった"地味な"特性だった。長寿ともっとも強い結びつきを示したのは、生真面日で、怠りなく、自己コントロールができ、信頼に足る、慎重な努力家の傾向だったのである。明るさや陽気さは、むしろ寿命に対してマイナスの相関さえも示した。社交性も、寿命に対しては中立的な影響しか認められなかった。」という結論に達しました。
 つまりは、イソップ童話の「アリとキリギリス」の喩え通り、長い冬を乗り越えて生きたのはアリだったということです。
   著者は、2013年に岡田クリニックを開院し、その後、山形大学客員教授として研究者の社会的スキルの改善やメンタルヘルスの問題にも取り組んでいるそうで、山形県内在住の一人として、なんとなく親しさも感じます。それと同時に、岡田クリニックは大阪府枚方市にあるので、山大まで通うのは大変だろうなと思いました。
 この本のなかで、メンタルヘルスについては、「イェール大学で行われた研究では、心臓発作を起こしてから、患者がどれだけ治療に協力的かと、その患者の予後の関係が調べられた。その結果、薬を処方された通りに服用した患者と、四分の三未満しか服用しなかった″不真面目な"患者を比べると、不真面目な患者の死亡率は3倍にも跳ね上がったのである。だが驚くべきことは、″真面目な"患者では、処方されていたのが本物の薬であっても、偽薬であっても、いずれも死亡率が低くなっていたのだ。つまり、真面目な性格は、薬の効果以上に死亡率の低下に役立っていたのである。」そうで、真面目さというのが、とても大事だということがわかります。
 それにしても、偽薬でさえ効くというのは、ちょっと考えさせられる問題でもあります。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」で全体をまとめての話のなかで書いてあることです。
 長寿を決めるのは、身体的、医学的というよりも心理的社会的なものだそうです。もっと具体的にいうと、親や配偶者との関係が安定したものであるかどうかが寿命に大きな影響を及ぼすということです。そしてさらに、下に抜き書きしたようなことに大きく影響されるということですから、ただのんきにお気楽に暮らすことではないということだそうです。
(2020.2.13)

書名著者発行所発行日ISBN
真面目な人は長生きする(幻冬舎新書)岡田尊司幻冬舎2014年9月30日9784344983571

☆ Extract passages ☆

たとえストレスがあっても、仕事に励み、自らを役立てることは、寿命にプラスだということだ。野心もなく、呑気に、心配もなく暮すことが長寿に通じるわけではなく、むしろ向上心をもって常に努力を怠らず、成功や日標を成し遂げることが、老年まで健康に活躍し、長く元気でいることにもつながるということだ。
(岡田尊司 著 『真面目な人は長生きする』より)




No.1756『亡き人へのレクイエム』

 この本が出版されたのは2016年ですが、2019年10月7日に3刷目が発行され、そのときに米沢市の図書館に入ったので、目に付いたわけです。さっそく借りてきて読み始めましたが、レクイエムですから、知り合いの亡き人たちに対する「鎮魂歌」のようなものです。
 著者は、もともとはドイツ文学者ですが、エッセイストでもあるので、さまざまな人たちとのつながりもあり、「あとがき」のなかで、「27編、28人を語っている。ペンによる肖像画の試みである。なんらかの個人的なつながりのあった人々だ。したしくまじわりをもった人、会ったのは一度か二度程度だが、強い印象を受けた人、ただ書かれたもので知って、もっぱら本を追いかけた人。それ自体は、とりたてて言うにたりない。偶然の出会いと言えばそれまでだが、はたしてほんとうに偶然だろうか。期せずして何か機が熟していたのではあるまいか。」と書いています。そして、この人たちはこの世にいない、だからレクイエムということです。
 この本で出会えるのは、種村季弘、森崎秋雄、森浩一、北原亞以子、須賀敦子、川村二郎、木田元、森毅、小沢昭一、松井邦雄、西江雅之、米原万里、赤瀬川原平、宮脇俊三、山口昌男、澁澤龍彦、児玉清、花田清輝、川田晴久、野尻抱影、岩本素白、澤村宗十郎・坂東三津五郎、大江満雄、丸山薫、菅原克己、高峰秀子、野呂邦暢です。
 知っている方もいれば、まったく想像もつかない方もいて、読むと、なるほどと思います。
 このなかで、森毅さんの本は読んだことがあり、ここで「どんなに忙しくても、森さんはノンビリしていた。ノンビリするには勇気がいる。我慢がいる。とりわけ知恵がいる。というのは世の中の構造が、せかして、動かして、引きまわすようにできているからだ。森さんの口から洩れる言葉が、世の仕組みと知恵くらべをするヒントになった。その点、森毅はおそろしく歯切れがよかった。思考と語りに「一刀斎」の切れ味をそなえていた。」とあり、著書を思い出しながら、たしかにそうだなあ、と思いました。
 これだけそうそうたるメンバーをそろえると、なにがしかの生きるヒントみたいなものがあります。たとえば、川村二郎さんは、自他ともに許す旅行嫌いだったそうですが、『日本廻国記 一宮巡歴』を書いたときから、少しずつ変化していったといいます。そのことは「著者から読者へ」のなかで、「はっきりいって、それ以前は旅行嫌いだった。……ふらふら出歩いて何が分る、ときめつけたい気持が強かった」といいます。ところが一宮巡拝をしてみると、出歩くことが「より自由に思考と感性を活動させ得る場」となることに気づいたといいます。それが、自分にとっての「何よりの旅の功徳だった」そうです。
 たしかに、私自身も旅でそのように感じますが、むしろ、それこそが旅に出る目的かもしれないとさえ思います。つねの日常から飛び出して、自由に歩き回ることで、自分自身がほんとうに開放されたと感じます。
 下に抜き書きしたのは、澁澤龍彦についてのもので、歯車時計という機械装置について書いています。
 最初の時計の発明は、澁澤龍彦さんも書いているそうですが、著者も修道院で生まれたものに違いないといいます。たしかに修道院のなかで共同生活をするためには、何よりも規律が尊ばれ、それは時間という概念があればこそです。
 でも、私は、それがイヤで旅に出たいと思うし、森毅さんのようにノンビリしたいとも思います。この世の中、いろいろなことがあって動いているようです。
(2020.2.10)

書名著者発行所発行日ISBN
亡き人へのレクイエム池内 紀みすず書房2016年4月19日9784622079750

☆ Extract passages ☆

一糸乱れぬ秩序のなかで持続する時間の折り目ごとに、次の行動のための合図の鐘が鳴りわたるところ。その間をくぐって時計が巷に出てきたときに、近代が始まったと言っていい。以後すべては、歯車仕掛けの技術の片われの監視の下に進行する。かつてはトウモロコシが実ったり、羊が成長するときに時が流れた。いまや時間は二点間で固定された画一的な単位でしかない。空腹だから食べるのではなく「食事の時間」だから食べるわけだ。ねむいから寝るのではなく、「お休みの時間」だから寝床に追いやられる。流れ作業式に生み出される時間を区切って労働が計られ、賃銀がはじき出される。
(池内 紀 著 『亡き人へのレクイエム』より)




No.1755『毎朝ちがう風景があった』

 先日、米沢さんの『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』を読んで、楽しんでいる者といえば、作家の椎名誠さんを思い出しました。
 著者は、この本を読んでも、世界の各地を旅行し、いろいろな体験を重ねてきているので、ご本人に尋ねてみないことには真相はわからないのですが、人生を楽しんでいるのではないかと想像しました。
 おそらく今の作家は、原稿用紙に書くというよりはパソコンに向かって打っているような生活をしていると勝手に思っていますが、この本の著者は自分の足で経験したものを書いているのだから、おもしろいのではないかと思います。
 この本は、「夕刊フジ」に2018年5月から2019年7月まで連載された「街談巷語」を単行本化したそうで、大幅に再構成し、加筆や修正したものだそうです。
 読んでみると、まさに椎名ワールドで、それでも昔の話が多く、今の時代はどうなのかと考えさせられるところもありました。しかし、写真は自分で撮ったものがほとんどで、とても楽しく見せていただきました。
 たとえば、「氷結した町の笑顔」では、極寒のなかでも子どもたちは元気で遊び回っているそうで、「日本のような国から行くとすぐには理解できない話だったが、理由は非常に単純だった。あまりにも気温が下がってしまうと、スキーをはいて斜面に立っても、凍結した斜面がスキー板と氷結してしまい、斜めになつたまま動かなくなってしまうのだという。スケートも同じような理屈で、スケート靴のとがった刃の部分が氷と氷結してしまうことになる。スキーやスケートはその人の体重による圧力や摩擦で氷が瞬間的にとけて水となって滑ることができるからで、子供らにそのことを教えてもらつたけれど、実質的に理解するまでずいぶん時間がかかった。しかしソリはみんなで押して氷結したところで強引に滑るのだという。地球はまだまだ面白いことがいっぱいあるのだ。」とあり、そういえば、だいぶ前に極寒の地では冬タイヤをはかずに夏タイヤのままで走っていると聞き、ビックリしたことがあります。
 たしかに、この地球上には、まだまだ知らないことが多く、ここ数年、毎年中国の雲南省に出かけていますが、雲南省は面積では日本とほぼ同じの39.4万kuです。でも、少数民族も多く、文化的にもとても多彩なようです。もちろん、植物の種類も多く、省都の昆明は四季如春といい、いつも春のようだと表現されるほどいつも花が咲いています。
 この本のなかで、最近のこととしては、「世界が驚く日本の居酒屋」のなかに、最近多く見かける外国人の話が載っています。そして、「その昔、日本が経済大国のとば口にあったころ、世界に名だたるジャパニーズ観光ツアーが諸外国で真っ先に日本人だと見破られたように、アジアの同族ともいえる中国、韓国、ベトナム、フィリピンあたりは、われわれの目から見ると同じように見えるから面白い。日本人とは違う区別が、今言ったような服装と持ち物―の点だ。」と書いてあり、たしかにそうだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「ラオスの朝メシ屋」のなかの最初の文章です。このメコン川はチベットから流れ出た川が自治区のチャムド市で合流し瀾滄江となり、それが梅里雪山のわきを流れ、シーサンパンナからミャンマーに流れて行きます。このチャムド市は、チベット名チャムド・サクルで、「チャプ」は「水」を、「ド」は「合流地点」を意味し、中国名はチベット名を音写したものだそうですから、まさに瀾滄江の合流地区にふさわしい名前です。この瀾滄江を初めて見たのは2019年の3月13日で、そのエメラルドグリーンの色にビックリしました。
 しかも、その流れがはるばるとインドシナ半島の国々を流れて、多くの人たちを潤しているわけです。川の水は同じですが、その流域の民俗によって、多彩な文化を育んでいるのにはさらに驚かされます。
(2020.2.7)

書名著者発行所発行日ISBN
毎朝ちがう風景があった椎名 誠新日本出版社2019年12月10日9784406064330

☆ Extract passages ☆

 インドシナ半島の真ん中をうねるようにしてメコン川が流れている。源流はチベツトのあたりだが、中国の雲南省あたりを激流となって流れ、ミヤンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムヘと流れている。半島の自然をつくる命の大河だが、その周辺に住んでいる人々とその生活を見ているといろいろ感動する。川に沿って国々は変わるけれど、その生活ぶりや文化とか文明といったものが伝統的なものとないまぜになって、どんどん激しく変わつていくのを見るのがスリリングで楽しいのだ。
(椎名 誠 著 『毎朝ちがう風景があった』より)




No.1754『本と踊れば恋をする』

 本と踊るって、どういう意味だろうと思って手に取ったのですが、たまたま開いたページに「セドリ」という言葉を見つけました。セドリとは、簡単にいえば、安く買った本を高く売ってその利ざやを稼ぐ商売です。たまに、それらしい人を見つけたことはありますが、実際にどのようなことをしているのか、ちょっと興味がわきました。
 ただ、小説なので、セドリそのものには詳しく触れていませんでしたが、それ以上に題名の「本と踊れば恋をする」ってどういう意味なんだろうと読み続け、最後のエピローグにそれらしい答えがありました。ただ、それを種明かししてしまえば、この本を読むのがつまらなくなりそうなので、それは伏せておきます。
 ただ、本を読む楽しさはところどころに書いてあり、たとえば、トマス・スターンズ・エリオットの『荒地』という本に「本は生きていることを実感させてくれる。しかも、わたしたちはもちろん、永遠に生き続けたりはしないんだが、もしかしたら永遠に生きられそうな、そんな気にまでさせてくれる。」という文章が載っているそうです。たしかに、本を読んでいるとワクワクしたり、ドキドキしたり、いろいろな感情がわき出してきます。だから、この本などは、あっという間に読んでしまいました。
 この本のなかで、朝香が曾祖父の代から使っているという重厚な机を前にして、「書斎の"斎"の字を分解すると、清めるという意味のほかに、机と、生贄という言葉が含まれているのが分かる。"斎"は、神様を迎え入れるために生贄を捧げる机のことだったんだ」と話すところがあります。
 私も5〜6年前に、継ぎ目のない1枚板の大きな机が欲しくて作ってもらいましたが、この机の上にお気に入りのコーヒーカップを直接置くと、コッンと深味のある音を出します。ただ、それだけで満足していますが、ここに神さまを迎えて本を読めれば本望だと思いました。
 この本は書き下ろし作品で、表紙のイラストはハルカゼさんが描かれたものだそうで、今どきの雰囲気を持っています。この本を歯医者さんでの待ち時間でも読んでいたのですが、誰かに見られるのがイヤで、カバーをしました。
 下に抜き書きしたのは、「本と踊れば秘密が解かれる」に書いてあった贋作師の朝香の話です。
 これを読んで、たしかに本には、いろいろな記憶を呼び覚ますなにかがあると思いました。私は、本の背表紙を眺めながら、その本のなかに何が書かれているかを考えることが好きですが、これからは本の傷や汚れにも注意して見てみようと思いました。
(2020.2.5)

書名著者発行所発行日ISBN
本と踊れば恋をする(角川文庫)石川智健KADOKAWA2019年11月25日9784041085424

☆ Extract passages ☆

「傷や、破れたときの瞬間が、本に刻まれたら、それを残念がる人もいる。ただ、その傷や破れは記憶となる。そのときの状況が、本に刻まれたということだ」……
「たとえば、最愛の人と一緒にいて、幸せの絶頂にいる状況を想像してくれ。日曜の朝。新品の青いソファーに腰掛け、食後の体憩をしている。窓の外は、清々しい青空が広がっている。気候も完壁で、文句なしの日曜日。外出する予定はなかったが、浮足立つ気持ちを抑えられず、どこかに行こうかと相談している。そのとき、テーブルの上に置いてあった読みかけの本に珈琲をこぼしたとしよう。それ自体は失敗だ。ただ、十年後、最愛の人が去ってしまったとき、珈琲をこばしてしまった本を見れば、十年前、新品の青いソファーに座って、幸せいっばいだった頃を思い出すはずだ。つまり、本の傷や汚れは、記憶を呼び起こす。そういう媒体にもなるんだ」
(石川智健 著 『本と踊れば恋をする』より)




No.1753『奇妙なイギリスのおとぎ話』

 イギリスに行った時に、おとぎ話に出てくるようなお城をいくつか見ましたが、それを思い出し読むことにしました。ただ、題名の前に「夜ふけに読みたい」というのがあり、なぜなんだろうと思いました。
 この本の挿絵は、アーサー・ラッカムで、とても雰囲気のあるイラストです。そして、この本は、フローラ・アニー・スティールという女性が編集したものを翻訳したそうで、彼女の原書が出版されて、今年は100年だそうです。いわば節目の年に、日本で紹介されたというわけです。
 たしかに、イギリスは近くて遠い存在で、その文化などもなかなかわからないと思います。行って見てビックリしたのは、意外と部屋が狭く、これなら日本の部屋をウサギ小屋だと言っていたのがおかしいぐらいです。また、駐車場も少なく、レンタカーを借りて走り回ったのですが、ほとんどが路上駐車でした。やはり、テレビなどで見るイギリスとは、違っていました。
 よく外国のことを知りたければ、その国の民話や伝説を読むといいといいますが、たしかにそうです。それぞれの国の民俗の価値観はなかなかわかりませんが、昔話だととてもわかりやすいようです。
 この本は、とても読みやすいので、ぜひ読んでもらったほうがいいと思います。
 そして、自分なりに感じたことで、イギリスのことを考えてもらいたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、「ねこたちのおしゃべり〜物語の豆知識〜」のなかに出てくるお話しです。
 イギリスの話には、よく巨人が出てくるのですが、なぜなのかと思っていました。ねこのチェッコが、その巨人の話をしたところです。そういえば、イギリスの王様は、たしかにフランスからやって来たことがよくあったそうです。
 イギリスはEUから離脱するという話ですが、これらの話から考えて、さてどうなるか楽しみです。
(2020.2.4)

書名著者発行所発行日ISBN
奇妙なイギリスのおとぎ話吉澤康子+和爾桃子 編訳平凡社2019年11月20日9784582838183

☆ Extract passages ☆

 巨人の話も少しだけね。むかしのイギリスをおさめていたのは、フランスからやってきた王さまや貴族たちだったんだ。英語もろくに通じないご領主さまに税金をしぼり取られた庶民たちが、うつぷん晴らしにお話の中でご領主さまを巨人に仕立てたという説もあるよ。世界どこでも、おとなり同士というのは仲がよくないね。近いから欠点が目につきやすいのかな。
(吉澤康子+和爾桃子 編訳 『奇妙なイギリスのおとぎ話』より)




No.1752『ターシャ・テューダーを撮る喜び』

 冬の今の時期は雪片付けが中心だが、今年は雪がほとんど降らないので、写真の整理をしたり、本を読んだりしています。そのなかでも、植物や庭園の本はこの時期にできないこともあり、楽しみです。
 この本は、アメリカのコテージガーデンのお手本ともいうべきターシャ・テューダーの庭や本人が写っていて、副題は「写真家だけが知るターシャの魅力」です。たしかに、その自然体はすべてに感じられ、昔の生活に紛れ込んだかのような錯覚する覚えます。
 ターシャは、もともとは絵本作家で挿絵画家でもありますが、ボストンに生まれながら田舎暮らしに憧れ、ニューハンプシャーで農業をしながら4人の子どもを育てながら絵本も出していました。ところが長女が18歳のときに夫は出ていき、その後は絵の仕事で生活してきたそうです。そして56歳のとき、バーモントの山の中に古い農家を模した家を建て移り住み、そこに庭を造ったのです。
 いろいろなところでターシャの庭は取りあげられていますが、19世紀の手作りの生活を楽しんでいたことは、この本で知りました。おそらく、92歳でなくなるまで、その生活は変わらなかったのではないかと思います。
 たとえば、ターシャが裸足で写っている写真があったのでそこの部分を読むと、「ターシャが裸足なのはいつものことである。毎年、雪が解け、地面の温度が上がってくると、ターシャは待ってましたとばかりに裸足になった。夏の間はほとんど裸足で過ごした。」といいます。でも、この庭には虫もヘビもいるそうですが、意外と平気で、「ヘビはうちの 石垣を、(高級ホテルの)リッツカールトンだと思っているのよ」とむしろおもしろがっていたそうです。
 私はヘビがまったくダメなので、小町山自然遊歩道に行くときでさえ、かならず長靴を履きますが、裸足とはおそれいったものです。
 また、ターシャは、19世紀のアンティークの食器などをたくさん集めていたそうですが、それらを日常的に使ってもいたそうです。しかし、たまたま流しに立って皿洗いをしているときに、あるたくさんのコレクションを持っている家では、「家の人は、見せるだけで使わせなかったそうだ。ターシャは「どうして使って楽しまないの? もちろん、だいじに扱うべきよ。だからと言って、しまって使わないなんて、ばかげているわ」と言ったそうです。
 私もそう思いますが、たしかにコレクターのなかには、集めるだけで使わない方もいるようです。たとえば、萩焼の茶碗などは、使うことで釉薬が変わってくるので「萩の七変化」と呼ばれることもあり、まさに使えば使うほど見違えるようになってきます。それを楽しまないというのは、やはりもったいないことで、さすがターシャだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、ターシャがカゴに入れたクロッカスの球根を土に埋めようとしているときのもので、これはしゃべってよいかどうかわからないと著者もいいながら、ターシャのことを語り始めました。
 たしかに、人は多面的で、良いことも悪いこともあるでしょうが、それをちゃんと言葉にできることは素直だからこそです。著者もこのことで、さらにターシャを好きになったといいますが、私も好ましいと思いました。
(2020.2.3)

書名著者発行所発行日ISBN
ターシャ・テューダーを撮る喜びリチャード・W・ブラウン 写真・文、飯野雅子 訳KADOKAWA2019年12月5日9784040640662

☆ Extract passages ☆

そこでターシャが取った対策は――これは、しゃべってよいかどうかわからないが――球根を埋めるとき、人間用の下剤を一緒に放り込んだ。実際、動物たちにも同じ効能があったかどうか、あるいは、シマリスやモグラ除けの効果があったかどうか、ついぞ確認していないが、少なくとも薬のにおいは嫌がられたと思う。
 ターシャは、使い慣れたシャベルを手に持ち、フード付きの黒いケープを羽織っている。
 月と言えば、ターシャはよくマーク・トウェインの「人はみな、月と同じように、だれにも見せない暗い面をもっている」という言葉を引用し、「私もそうよ」と言っていた。「みんな、私を理想化して見ているけど、私は天使じゃないし、"甘いおばあちゃん"でもない」と。ぼくは、ターシャのそういうところが好きだった。
(リチャード・W・ブラウン 写真・文 『ターシャ・テューダーを撮る喜び』より)




No.1751『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』

 著者の名前は、知ってはいましたが、どんな業績があり、どのような生涯を送ってきたかまでは知りませんでした。
 でも、米沢さんという前に興味を持ち、読み始めると、おもしろくてあっという間に読み終えました。とても痛快で、昔の女性研究者というイメージはありませんでした。まさに題名通りでした。
 それでも幾度かガン冒されたり、おそらくこれで終わりかもという体験も何度もされたと思います。たとえば、23歳のときの最初の妊娠で、胞状奇胎になり、胎児がガン化したそうですが、子宮掻爬を4回もして、なんとか子宮も残せたそうです。さらに35歳のときには子宮前ガン状態で摘出、さらに44歳と45歳のときには両乳房の全摘手術、さらにさらに70歳で甲状腺ガンが発覚し7時間の手術でなんとか気管切開は回避できたそうです。
 そして、この本を出版したときには元気で仕事をしていたそうですが、残念ながら昨年2019年1月17日に亡くなられたそうです。つまり、期せずして、約1年後にこの本を読んだということになります。
 そういえば、昨年の4月24日に「米沢富美子さん お別れの会」を開催したときの案内状に、「日本の女性物理学者の草分けとして活躍され、教育、文化、生活者へのメッセージなど、 幅広く社会に発信された”スーパー・ウーマン”米沢富美子さんが1月17日に急逝されました。80 歳でした。」という文章が載っていましたが、この本を読んだだけでも、そのように思います。
 この本は、日本経済新聞朝刊の2012年6月1日から30日まで連載されたものだそうで、著者自身も「自分をネタにものを書く作業は、結構疲れる」と「あとがき」に書いていますが、たとえばガンのことひとつとっても、それを公開するというのはなかなか大変なことです。しかも、ドキュメンタリーで書くというのですから、ますます勇気がいります。
 でも、結果的には「その記録が普遍性を持ち、何らかの形で読み手の糧となること」を願ったそうで、私的には、その時代の生き方とか研究姿勢というものがわかっただけでも興味深かいものがありました。
 最後のほうで、「とんな哲学で生きてきたか」と問われて、5つ挙げています。1.自分の可能性に限界を引かない。2.行動に移す。3.めげない。4.優先順位をつける。5.集中力を養う、です。それについてこの本では、「1は、身の程知らずにほかならない。2に関しては、私に多少とも取り柄があるとするならそれは行動力だが、これは無謀とか無鉄砲に通じる。3は、能天気の代名詞。4と5は、有限の時間と能力のなかで欲張って生きるには、不可欠の要素である。」と書いています。
 おそらく、謙遜だとは思いますが、もしかすると、持って生まれた才能かもしれません。
 下に抜き書きしたのは、著者が米沢允晴氏と結婚することになったときの話しです。それは、著者が物理をとろうか家庭をとろうかと悩んでいたときに、米沢氏が話した決め台詞です。
 でも、この本を読んだからそう思うのかもしれませんが、著者は、いつもなんとかなると思っていたようで、生来の楽天家だったようです。
 だからこそ、いろいろな困難にもめげずに、チャレンジできたように思います。まさに、「人生は、楽しんだ者が勝ちだ」と心底思っていたようです。
(2020.2.1)

書名著者発行所発行日ISBN
人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書米沢富美子日本経済新聞出版社2014年6月13日97844532169312

☆ Extract passages ☆

 物理であろうと家庭であろうと、専念する必要がある。私はそう考えた。
 思案の末、心は物理に傾き、求婚を断ろうと決心した。それを察知した彼は、「このままでは、逃げられる」と焦ったのだろう。
 一世一代の殺し文句を口にする。
「物理と僕の奥さんと、両方取ることをどうして考えないの」
 まったく気障なセリフを吐くヤツだ。しかし、これは彼の人生哲学を反映する言葉だった。この言葉を聞いて、私は「日から鱗」が落ちた。
「そうか。両方欲しいなら、両方選べばいいんだ」
 こうして、「あれか、これか」ではなく、「あれも、これも」という私の生き方が始まることになる。人に与えられるのを、待つ必要はない。欲しいものは、自分の手で獲得する。
(米沢富美子 著 『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』より)




No.1750『三木成夫』

 三木成夫って、知ってますか。私は知りませんでした。
 でも、読んでみて、「いのち」というものに、これだけ深く考えた人は少ないのではないかと思いました。そもそも著者は、東京医科歯科大学医学部解剖学教室で助教授として血管系の比較発生学的研究に取り組んだのち、東京藝大の保健管理センターの医師として赴任し、そこで生命記憶、内臓感覚、宇宙のリズムなど独自の生命論に基づいた三木学へと発展させていったそうです。
 著者には名言も多いそうで、「うずまきは宇宙の根源だ」とか「人間は星だ」とかあるそうですが、私はDNAは「憶の日記帳」という言葉が印象的でした。憶というのは記憶のことで、たしかに人間がはじまるときからの記憶がしっかりとDNAに刻まれているわけで、それを日記帳と表現するのは秀逸です。
 そういえば、急に昔の味を思い出したり、どこかで見たことがあったような風景に出くわしたり、生きているといろいろなことが突然に思い出されます。それも、どこかに刻まれた日記帳の一コマかもしれません。
 この本のなかでも、「民族と里帰りより」のなかに出てくる童謡の「月の沙漠」と「椰子の実」についての話しは、とてもおもしろく、まったくつながりがないと思っていたのにと考えさせられました。そこの部分を抜書きすると、「前者が、いわば"陰"のメロディであれば、後者は″陽″のそれである。同じく切々たる想いを訴えながら、そこには短調と長調の違いが識別され、さらに、前者の拍節的な感触が、後者にはまるで欠落している。歌詞のほうは、もっとはっきりしているだろう。一方は、皓々たる月の光を浴びた砂漠であり、他方は、夕陽の眩い大海原である。"陸″と″海″との明らかな対比が、月光の"冷″と日光の"暖″とを合わせて、そこにはある。そしてそこに登場する生きものは、駱駝と一個の椰子の実とであり、一方は、過ぎ行き、他方は、流れ寄って、ここには″動物"と"植物″との対照的な姿かたちが見られる。こうしてこの二つの生きものは、一方は背のこぶに、他方は殻のなかに、それぞれ″水″を蓄えて、ともに数千里の道のりを旅するのである。」と書いてありました。
 おそらく、ほとんどの人は、そのつながりに気づきはしないと思いますが、このように記されると、なるほどと思ってしまいます。
 下に抜き書きしたのは、「動物的および植物的」のなかの1節です。今まで、このような見方をしたことがなかったので、とても興味を持ちました。
(2020.1.30)

書名著者発行所発行日ISBN
三木成夫(STANDARD BOOKS)三木成夫平凡社2019年12月11日9784582531749

☆ Extract passages ☆

 地球を覆う生物層の双璧と謳われてきた、植物と動物は、ともにおなじ「栄養と生殖」の営みを遂行しながら、両者の生きざまは、あまりにも異なる。それは、栄養の方法がまったく違っているからであろう。一方が″植″ったまゝで自らを「合成」するのに対し、他方は″動″いてそれを食べて「消化」をする。それは、"生産者"と″消費者"の性格の違いを意味するものであろう。
(三木成夫 著 『三木成夫』より)




No.1749『二人に一人がガンになる』

 この本の題名は、ガンについてよく言われることですが、その根拠は、日本人男性の生涯にガンにかかる確率は62%、女性は47%なので、そのことを表しているようです。
 ちなみに、日本人がガンでなくなる確率は、男性が25%、女性が17%で、やはりガンはおそろしい病気だということがわかります。でも、新たなガンについての情報が日々更新され、なかなか現状がわかりにくいようです。この本では、中山祐次郎+発進する医師団の監修のもと、「知っておきたい正しい知識と最新治療」について書いています。
 よく聞くことですが、ガンの治療を受けるとき、名医といわれる人のほうが治癒率が高そうですが、私も初めて知ったことですが、「がんでは患者数が少ない希少がんと呼ばれるものですら、ほとんどは関係学会が診療ガイドラインやそれに準じる診療指針を作成しています。特にがんの場合は、放置したり、進行した場合は命にかかわるので、この診療ガイドラインでは「生存期間の延長」、すなわち患者がより長生きできることがエビデンスレベルの高い研究論文で示されている治療法が集約されています。実際、その中身を見ると、例えば手術ならばステージ1〜2までとか、どんな場合は手術後でも再発の可能性が高いか、さらにそのことを考慮して手術後に抗がん剤治療や放射線治療をどのように行うか、その場合に使うべき抗がん剤の種類も具体的に記述されています。」と書かれています。
 この希少ガンでさえ、しっかりした診療指針があるわけですから、一般的なガンならなおさらです。そういう意味では、著者がいうように、「ガンほど医師個人の裁量権があるようでない領域は他にない」ということになります。
 そういえば、オプジーボという免疫チェックポイント阻害薬などは、いくら使って欲しいと医者に頼んでも使ってもらえるわけではないようです。つまり、使わざるを得ない状況が必要で、それらもその手順が決まっていて、使えるのはステージ4のガンであることがほとんどだそうです。
 さらにすごいガンを攻撃するCAR―T細胞療法というのがあり、「キムリア」という薬剤を使うそうです。この公的薬価は、今の時点で投与1回あたり33,493,407円だそうです。この薬の仕組みは、弾道ミサイルを迎撃するパトリオットミサイルのようなもので、CAR―T細胞がパトリオットミサイルのように直接ガン細胞を殺傷するのだそうです。それは、患者から直接採取した免疫細胞を海外にあるノバルティスの工場に空輸して、そこでCAR―T細胞にして工場で培養し、完成品を凍結乾燥して日本に空輸し、静脈注射で投与するそうです。なんか、すごすぎて、未来の医療の最前線を垣間見ているようですが、それでも、なかなかガンの治療は難しいといいますから、まだまだ挑戦は続くと思います。もしかすると、昨日まで治らなかったガンが、今日から認められた新薬のおかげで寛解するかもしれない、そんな気がします。
 下に抜き書きしたのは、定期検診のなかにガン検査もありますが、それすら受けないという方について書いてあるところです。
 たしかにガンはなるべく早期に発見し、速やかに治療することがいいとはわかっていても、なかなかできないものです。ビックリしたのは、日本人のガン検診率の低さで、2016年度の国民生活基礎調査によると、男性の肺がん検診が51.0%で最高にとなっている他はいずれも50%未満でした。乳がん検診でも、芸能人が乳がんの治療をしているというニュースが流れていても、40%強と世界的にみてもとても低いようです。
 なんとか欧米並みの70〜80%程度には高めなければと思いました。
(2020.1.28)

書名著者発行所発行日ISBN
二人に一人がガンになる(まいなび新書)村上和巳マイナビ出版2019年10月30日9784839969714

☆ Extract passages ☆

宝くじに当たるためにはどうしたらよいか? ネツトを検索すれば、あれやこれやと書いてありますが、どれも「帯に短し、たすきに長し」で決定打ではありません。
 ですが、そもそも宝くじを買わない人は当たる可能性が皆無です。がん検診もこれと同じで、たとえごくわずかな見逃しがあったとしても受けない人は早期に見つかることすらありません。前述のように自覚症状が出てからでは手遅れになる場合が少なくないのです。
(村上和巳 著 『二人に一人がガンになる』より)




No.1748『大人の男 アジアひとり旅』

 出版社はダイヤモンド社ですから、言わずと知れた『地球の歩き方』を出しているところで、私も昔からだいぶ世話になっています。おそらく、ひとり旅をする人のバイブルともいえるような存在だと思っています。
 この本は、そこから出ていて、いわば『地球の歩き方』のひとり旅本というような位置づけです。しかも、大人の男、さらにアジアと限定的なので、つい、手に取ってしまいました。
 中身は、やはり『地球の歩き方』の味付けですが、それに慣れていることもあり、サラサラと読むことができました。しかも、自分が行ったところも載っていて、そうそう、と勝手に思ったり、だいぶ前に訪れたところだと、もうだいぶ様変わりしたなあ、と昔を懐かしんだりしました。旅というのは、その年代によって、その印象もだいぶ変わると思っていましたが、やはりそうでした。
 学生のころは、時間はあるのですがお金がないので、なるべく安く旅することだけを考えて楽しみました。今はというと、長距離を歩くのはできないので、なるべく気軽に行けることを考えたり、そこそこ快適なところに泊まるようにしています。
 そういえば、インドをひとり旅し、いずれまた行くのだからとインドルピーを日本円に両替しないで持っていて、2018年の秋に行くと、1,000ルピーと500ルピーの紙幣は使えなくなっていました。本当にビックリしました。なんとか両替できないかとしましたが、どこでもできないと知り、そのまま持ち帰りました。500ルピーが8枚です。100ルピー10枚と10ルピー22枚は使えたので、使いましたが、4,000ルピーは今も手もとにあります。
 この本では、「2016年月月8日の夜、インド政府は9日午前0時から1000ルピー札と500ルピー札を無効にすることを発表した。この電撃的な廃貨宣言は世界を驚かせた。もちろんいちばん驚いたのは市井のインド人自身だろうけれど。これは当時流通してぃた通貨全体の86%の15兆ルピー(約24兆円)に及ぶ大規模なものだった。不正貯蓄や偽造通貨対策であると同時にキャッシュレス化を推進するための劇薬だった。結局99.3%が合法的に回収されたと発表されている。」そうです。
 それでも、回収されていないのが0.7%もあり、そのなかには私の4,000ルピーも含まれています。インドの知り合いに聞くと、今でも外国人旅行者の両替のお金のなかにわからないように混ぜ込まれていることがあるといいます。
 もちろん、これらはまったく使えないわけですから、トランプのジョーカーを引いてしまったわけです。そうすると、その人がまた、知らない人にそれを引かせてしまうこともあるかもしれません。
 また、両替でいうと、アジアの通貨を日本の空港の両替所ですると、おそらく一番レートが低いと思います。それを帰国の際に現地の空港で再両替をしないで、日本国内の空港ですると、またまたレートが低いのでだいぶ損をしてしまいます。これらは、まさに旅の常套手段のようなもので、このような本を読むのは、これらを知ることでもあります。
 これからアジア、とくにタイや中国、インド、インドネシア、ラオスなどのひとり旅を考えているなら、この本をぜひ読んでみてください。この本の表紙イラストは、まったく『地球の歩き方』と同じなので、すぐわかると思います。
 下に抜き書きしたのは、最初のところに書いてあるひとり旅のおもしろさについてです。
 私は国内もときどき一人旅をしていますが、たしかに「時間はすべて自分だけのものとなる」というのはとても魅力的ですし、すべてから開放される気分も最高です。おそらく、ひとり旅のおもしろさを知ったら、他の旅は色褪せてしまうと思います。ぜひ、大人の男になったら、ひとり旅を満喫してほしいものです。
(2020.1.26)

書名著者発行所発行日ISBN
大人の男 アジアひとり旅水野 純 他ダイヤモンド社2019年12月11日9784478824153

☆ Extract passages ☆

 ともあれ旅の最も大きな要素である「非日常」にどっぷり浸かり、「自由」を満喫するには、何が起こっても自己責任が求められる代わりに、すべてを自分で決められる、ひとり旅こそがふさわしい。
 予定はあってなきが如し、足の向くまま気の向くまま、明日は明日の風が吹く。面白い場所を見つけたら滞在を延ばし、興味が持てなければそっと立ち去る。何をしても誰にも文句を言われないこの喜び。旅に出ている間、時間はすべて自分だけのものとなる。
(水野 純 他 著 『大人の男 アジアひとり旅』より)




No.1747『江戸落語で知る四季のご馳走』

 江戸時代のご馳走って何だろうかな、と思いながら読みました。
 すると、今年の初競りで山形県産のサクランボが500グラム80万円だったそうで、たった1粒が8,500円になるそうです。そんなに高いサクランボを食べる人は想像もできないのですが、江戸時代もサクランボは好まれていたようで、「あたま山」という落語のなかに出てくるそうです。ところがおもしろいのは長唄の「あたま山」で、昭和30年頃につくられたそうです。
 作詞は落語評論家の安藤鶴夫で作曲は山田抄太郎です。簡単に説明すると、主人公がサクランボを1箱でもらったが、もともとケチだから値段が気になって、果物屋に見に行くと、これがなんと高いこと。果物屋の番頭も、「さくらんぼはうまいから、 一度食べたら癖になる、必ずまた食べたくなる。高額の金を払ってでも食べたくなりますよ」と言われ、それじゃあ、麻薬とおんなじだから食べたくない。主人公はただのケチじゃないから、サクランボを売ってお金にしようなどとケチな考えをせず、近所の人たちにみなあげてしまいます。その気持ちは、「買ってでも食べたくなるぐらいだから、きっとみんなが大喜びして、もしかするとちり紙一枚半紙の一枚ぐらいはお使い下さいと持ってきてくれるかも知れない、いや、持ってきてくれなくても、ただでもらったサクランボで感謝されれば、その気持ちはいつまでも残るかもしれない」と考えたようです。
 ところが、みんながみな、うまかったうまかった、というのを聞くと、一粒も食べずに配ったことを後悔しました。ところが、仏壇を見ると、最初にお供えしたサクランボ2粒が残っていたということで、よかったよかったということでお仕舞いです。
 ここが浪曲らしいところで、それが落語の「あたま山」になると、ケチがゆえに頭に木が生えたり、命まで落としたりと、奇想天外な話しになってしまいます。
 サツマイモなども、青木昆陽が研究を重ね全国に広まると、それをネタにした落語も生まれます。よく「栗よりうまい十三里半」といいますが、栗は縄文時代より栽培されていたそうで、まさに秋のご馳走の代表格でした。天津甘栗などは、明治43年に浅草で初めて売られたそうで、中国天津で栽培されていた栗ではなく、天津の港から運ばれてきたもので、山形市に行くと大沼デパートの入口前の店で買ってきたものですが、それも今はなくなったようです。
 今の時代でも、食べものも移り変わりがありますから、江戸時代などの食べものも知らないものがたくさんあったと思います。
 下に抜き書きしたのは、江戸庶民の食生活ですが、いかに白米のご飯が食べたかったかということです。でも、考えてみると、江戸では庶民も白米を食べていたのに、そのお米を生産していた田舎の人たちは、ムギやアワなどの雑穀を食べていたというから、不思議なものです。
 そして、焼き魚を食べるようになったのは、七輪が登場したときからだそうで、今のサンマの塩焼きなどはそれ以降の話しです。
(2020.1.26)

書名著者発行所発行日ISBN
江戸落語で知る四季のご馳走(平凡社新書)稲田和浩平凡社2019年11月15日9784582859263

☆ Extract passages ☆

 そもそも江戸っ子はあまりおかずを食べなかった。お米のご飯を食べるのがステータスで、ご飯さえ食べられればいい。おかずは、味噌汁は用意するが、沢庵か梅干で十分だった。「一汁一菜」でよかったのだ。なまじ、おかずをたくさん食べる人は「おかずっ食い」と呼ばれて、あまり褒められたことではなかった。江戸っ子は白いご飯が食べられることに幸福を感じていた。それ以上を望むのは贅沢者というか、江戸っ子にあるまじき、みたいなところもあった。ようは、日本中が貧乏だったから。お米のご飯が食べられる以上の何を望むのか、というのがあったのだろう。
(稲田和浩 著 『江戸落語で知る四季のご馳走』より)




No.1746『地名崩壊』

 今、駅名の「高輪ゲートウェイ駅」が注目されていますが、賛否両論があるそうです。この辺りを再開発し、そこに新しい駅と国際的な交流拠点をというのがJR東日本の計画のようです。駅そのものは2020年3月に暫定開業されるようですが、本格的な街開きは2024年の予定です。
 つまり、駅そのものよりも開発のほうに力点がありますが、そもそもゲートウェイとは、「門扉(gate)がついた入口、道(way)」を意味する言葉で、IT業界では「異なるネットワークを接続する機能」という意味もあるそうです。
 また、JR東日本は駅名を決定した理由のひとつに、古来より街道が通じ、江戸の玄関口としてにぎわいをみせた場所であることを挙げていますが、それとゲートウェイを結びつけるのにはいささかムリがあります。それより不思議なのは、JR東日本が駅名を一般公募して64,052件の駅名案が寄せられ、「高輪駅」が8,398件とダントツの1位で、2位が「芝浦駅」、3位が「新品川駅」、4位が「泉岳寺駅」、5位が「新高輪駅」で、なんと「高輪ゲートウェイ駅」はたったの36件で、130位だったそうです。それでも選ばれたというのは、一般公募する前から内々に命名していたのではないかと想像してしまいます。
 そう考えれば、この名前もおそらくは開発が先行して名づけられたような気がします。
 そういえば、2011年3月11日の東日本大震災のあとに、地名が危険な場所を教えてくれるという報道などがありましたが、これも災害をあらかじめ予測するという観点からはいいとしても、その地名が足かせになって土地という不動産価値が下がるから改名しようという動きもありました。また、星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏は、「福島」という県名を変更すべきではないかと提案し、話題になったこともあります。これは自身が福島県内にあるアルツ磐梯や猫魔スキー場を経営していて痛感した風評被害などに端を発しているようですが、県名そのものが忌避されるというのはいささか異常ではないかと感じました。たしかに、今年はオリンピックで外国からたくさんの人々が来日されるでしょうが、福島だけを外すというのはあまりないのではないかと思います。
 山形県内で興味深かったのは、酒田市の旧市街東側にある「小荒新田」で、もともとは小荒、つまりは廃田を意味する「小荒」を復旧させて新田とした土地だったのですが、それをひらがなで「こあら」と新しく表記しました。そうすると、いかにもオーストラリアのコアラみたいですが、著者はその錯覚も意図しているのかもしれないと書いています。
 それにしても、地名というのは、歴史的にも意味深いものもあり、簡単には変えないほうがいいと思います。今はやりのキラキラネームみたいな地名も、たとえばテクノパークみたいな地名は、数十年後にはテクノって何といわれるかもしれないのです。北海道にはスウェーデンヒルズというのがあるそうですが、住んでいる人たちがそれでいいといっても、数十年後にはデンマークヒルズがいいというかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、地名の本来あるべき姿について考えたい、というところで述べたものです。
 意味不明な地名や、まったく記号のようなもの、さらには新しい地名で一儲けしようというものまで、いろいろです。私が上京すると必ず立ち寄る「八重洲ブックセンター」の住所は、かつて京橋区南大工町1番地だったそうですが、昭和6年には京橋区槇町2丁目3番地になり、昭和29年には中央区八重洲5丁目3番地、そして昭和53年には八重洲2丁目5番地と変わってきたそうです。
 地方にいれば、どうでもいいことですが、その土地に住む人たちにとっては、やはり大きな問題ではないかと思いました。
(2020.1.24)

書名著者発行所発行日ISBN
地名崩壊(カドカワ新書)今尾恵介KADOKAWA2019年11月10日9784040823003

☆ Extract passages ☆

 現在の東京の地図を片手に永井荷風や夏日漱石の作品を読んでも、登場する町名が見当たらない。これは震災復興事業による昭和初期の区画整理で町名を統廃合したこと、それに加えて戦後の住居表示法でさらなる町名の大々的な改廃が行われたためである。歴史的地名の消滅は東京だけでなく全国各地で起きており、自治体の名称も昭和の大合併、平成の大合併を経て今も激変を余儀なくされている。政令指定都市の区名の命名も「民主主義の誤用」のために歴史的地名を否定する方向だ。その一方で、消えた町名を復活させる動きも少しずつ始まっている。
(今尾恵介 著 『地名崩壊』より)




No.1745『チベット人の中で』

 イザベラ・バードを初めて知ったのは、置賜を通ったときにここは東洋のアルカディアだと書いていると聞き、その『日本奥地紀行』を読んだときです。そのなかで、日本をすごく好意的に書いていたり、イヤな感じのするところと書いたり、意外と率直に感じたままを書いてある印象でした。
 この本は、たまたま図書館で見つけたもので、即借りてきて読んだものです。時系列的には、1878年に日本を旅行し、1880年10月に『日本奥地紀行』を出版し、1881年3月に医師のジョン・ビショップ博士と結婚。しかし、その年の11月に博士は外科手術中に敗血症に感染し、1886年3月に亡くなり、このチベットへの旅行は1889年2月から1年10ヶ月かけて旅に出たときのことです。
 だから、著者名はイザベラ・ビショップとなっていますが、日本ではイザベラ・バードのほうが知られているので、その名前が並列されています。
 でも、この旅はとても大変だったようで、「筆舌に尽くしがたいほどひどいものだ」と書いてあり、地元のチベット人たちも高山病には悩まされていたそうです。この高山病は「峠の毒」と呼ばれ、「峠に生えるある種の植物の匂いや花粉のせいだと思われている。馬やラバは荷物を通ぶことができなくなり、男たちは疲労困憊だけでなく目まいや吐き気、ひどい頭痛や鼻、口、耳からの出血に苦しみ、ときには全身的に苦しみ、場合によっては終いには命を落とす。」と書いています。
 このような大変な苦労をしながらも旅を続けたのは、夫の記念病院を西チベットに設置したいという考えがあり、そのためにこの旅に出かけたのです。つまり、アジアにおける医療伝道支援という隠されたミッションは、生涯続いたといわれています。
 それでも、チベット人のことを「カシミール人は不誠実、卑屈、そして疑り深い。他方、チベット人は誠実、自立的でそして親しみがあり、最も楽しい国民のひとつだ。私はシェルゴルでたちまちのうちに彼らに「夢中」になったが、彼らの道徳は恐ろしく不誠実ではあるにしても、彼らに対する自分の好意的な意見を続く4ヵ月間に変える理由を見つけられなかった。」と書いています。
 ただ、この本で残念なことは、ケイロンのところで終わっていて、私が訪ねたロータン峠から手前のマナリーやクルなどは通っていながらもその話が載っていなかったことです。もし、書いてあれば、私が訪ねた1988年のときと1889年のときの変化、つまりは100年間の時代の移り変わりを知ることができたのにと思いました。
 下に抜き書きしたのは、一妻多夫制というチベット独特の結婚制度についての話しです。
 つい最近まであったそうですが、直接チベットの夫人から聞いたということで、生活感がにじみ出ていると思いました。そういえば、私が初めて中国の雲南省に行った30数年前にも、このような話しをうかがったことがあります。
 今年の3月に、雲南省のミャンマーとの国境線近くのチベットよりのところに行く予定ですが、もしかすると、人の生活様式というのはなかなか改まるのには時間がかかりそうなので、そのような話しが今も残っているかもしれません。
(2020.1.21)

書名著者発行所発行日ISBN
チベット人の中でイザベラ・バード 著、高畑美代子・長尾史郎 訳中央公論事業出版2013年10月15日9784895144070

☆ Extract passages ☆

彼女らは、「私たちは一人の男性ではなく、助けてくれる三人か四人の男性がいる」と言い、ヨーロッパ人の一夫一婦制の人生の退屈さと単調さをせせら笑う!一人の女性が私にこう言った―― 「もし私がたった一人の夫しかいないとして、彼が死んでしまったら寡婦になってしまうけど、もし二人か二人の夫がいるならば決して未亡人になることはないわ!」。「未亡人」という言葉は彼女たちにとって不名誉な言葉で、動物や男やもめに侮茂的に使われるものだ。
(イザベラ・バード 著、高畑美代子・長尾史郎 訳 『チベット人の中で』より)




No.1744『樹に聴く』

 何気なくこの本を手に取ると、著者が山形県出身で月山山麓の川や田んぼで遊んだと書いてありました。それで、同じ山形県人なら自然の樹々に対する感じ方も似ているかも知れないと思い、読み始めました。
 著者には、すでに「樹は語る」という本があり、それに対してこの「樹に聴く」というのは、樹々が何かを行いたそうにしているのを感じたことから名づけたというようなことを書いています。たしかに、語るというのと聴くというのとでは、受けとり方が違うような気がします。まさに、樹々の気持ちを代弁するかのような思いが感じられます。
 この本の中に出てくる樹々の生態については、初めて知った事も多く、楽しみながら読みました。たとえば、ササについても、生きていくためには、森林の資源を最大限に利用しているといいます。「つまり、1つの個体がギャップと林内にまたがって生育することによって、ギャップでは豊富な光で光合成をしてそれを林内に送り込む。逆に、林内に張った根からは水分や土壌の栄養塩を吸い上げ、ギャップの地上稈に送り込む。ギャップの地上稈は送られてきた水ゃ窒素を利用して盛んに光合成をして大きくなり、それをまた林内に送っているのである。このような個体内での光合成産物や土壌の栄養塩の双方向のやり取りによって、個体として生き残っていこうとしているのだ。」といいます。
 つまり、ギャップと林内の違う環境をうまく利用しながら、それにまたがるようにして生きているということになります。
 また、ケヤキの果実が、それだけで落ちるのではなく、小枝ごと落ちると知り、なるほどと思いました。そうすれば、風をひろうことができ、なるべく遠くまで飛ばすことが可能になります。その当年生の小枝を「結果枝」と呼んでいるそうです。しかも、秋になるとその結果枝についている葉は乾燥して茶色になり、軽くなります、しかも、そうなることによって一年生枝から離れやすくなり、葉も浮力となって飛び立っていくそうです。
 そういえば、森のなかにはいろいろな樹々があり、それにいろいろな種子が実ります。一番小さな種子と、一番大きな種子の重さでは、30万倍も違うそうです。それでも、混み合った林内やギャップで育つと、それなりの場所で棲み分けしながら育っていくといいます。著者は、「違うからこそ共存できる」と書いています。
 まさに、金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』という詩の「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように、たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」と同じ世界のようです。
 下に抜き書きしたのは、図の説明のところに書かれていたノリウツギが傾いていくことについての様子です。
 まさか、このような理由で少しずつ傾き、1本の大きな樹から次第に小さな個体に分かれていくとは思ってもいませんでした。これはまさに分身の術のようです。
 つまり、生きていくためには、細々とでも生き延びる工夫をしているということで、自然の巧みさと過酷さを知りました。
(2020.1.19)

書名著者発行所発行日ISBN
樹に聴く清和研二築地書館2019年10月31日9784806715900

☆ Extract passages ☆

 林冠木の枝が広がリギャップが小さくなると、ノリウツギは幹を傾け始める。さらに、ギャップが塞がって暗くなると地面に接地する。やがて幹が腐り、分断化し始める。その後、幹の部分は跡形もなくなり、たくさんの小さな個体に分かれていく。
(清和研二 著 『樹に聴く』より)




No.1743『毒があるのになぜ食べられるのか』

 この本の題名のように、毒があるのになぜ食べられるのかと思う人は多いのではないでしょうか。私はたまたま植物が好きで、いろいろと調べてもいるのである程度は知っていますが、読んでみたくなりました。
 この本の「はじめに」のところで、国連食糧農業機関の調べで、食べものの99.7%は土から育ったものだそうです。つまり、農地がなければ食糧は手に入らないわけで、いかに大切なものかがわかります。また水も必要で、食べものを考えるには、土と水と風土を考えることでもあると著者はいいます。
 しかし、著者は「おわりに」のところで、2011年3月の東日本大震災を仙台市の自宅に帰省中にあったそうで、そのときに食べるもの、特に新鮮な食べものがなかなか手に入らなかったといいます。そういえば、私はそのときスリランカにいましたが、帰国したときには交通手段が飛行機しかなく、山形空港まで来て、息子に車で迎えに来てもらいました。その自宅に向かう途中が、異様に暗く、コンビニもスーパーもほとんど開いていませんでした。夕食を食べようと食堂を探してもなく、かろうじて赤湯のガストが開いていたので入りました。でも、限られた数種のメニューしかなく、人もほとんどいなかったことを今も覚えています。
 おそらく、昔の人たちも食べるものがなくなると今まで食べていなかったものに手を出したり、違う方法で調理をしたり、さまざまな工夫を重ねながら飢えをしのいだのではないかと思います。もともと毒を薬として利用したり、食べたりしているうちに、その区別すらほとんどしなくなったものもありそうです。それらを、この本を読んで、改めて昔の人々の生活の厳しさを感じました。この本のなかにも出てきますが、サトイモ科の植物には毒が多いそうですが、コンニャク芋にも毒があり、それを加工することによって食べられるようになりましたし、ホウレンソウなどにも結石の原因になるシュウ酸などを煮立ててそのお湯を捨ててから調理すると食べられるというものもあります。キノコだって、ただゆでただけでは毒が残っていても、それを塩に漬けると食べられるとかというのもあります。
 これらを考えると、まさに食は文化だと思います。
 この本で初めて知ったのですが、よくコマーシャルで流れる「アリナミン」の由来は、「ビタミンB1は私たちにとって大変に大切なビタミンですが、残念なことに不安定で分解し すく、また吸収もしにくい化合物です。しかし、ビタミンB1はニンニクに含まれるアリインから生成するアリシンと結合してアリチアミンとなると、きわめて安定かつ吸収しやすくなります。この性質を応用して創製されたのが、アリナミンという医薬品です。ただし、アリチアミンは分解するといわゆるニンニク臭を有するアリシンを放出します。このことを避けるために考案されたのが、フラン環を有する部分構造を結合させたフルスルチアミンです。こうしてできた新薬がアリナミンFとして世に出たわけです。この名称のFはフルスルチアミンの頭文字です。」だそうです。
 ということは、ニンニクの臭さを少し我慢すれば、とても身体にいいということがわかります。みんなで食べれば臭いも気にならないし、身体に良いとすれば食べないという選択肢はなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、ヒガンバナについてです。
 このヒガンバナは田んぼの畔に植えたり、お墓の近くに多いのですが、この球根にも有毒アルカロイドが含まれています。しかし、まったく食べるものがなくなると、それを何度も水にさらすなどの手間を掛けて命をつないだそうです。まさに、救荒植物です。
 日本ではお墓に多いことや、仏教行事の彼岸と結びついて縁起が良くないとして「シビトバナ」や「ユウレイバナ」というところもあるそうです。
 まさに、ところ変われば花のイメージも変わってくるようです。
(2020.1.16)

書名著者発行所発行日ISBN
毒があるのになぜ食べられるのか(PHP新書)船山信次PHP研究所2015年2月27日9784569821382

☆ Extract passages ☆

お隣の国、韓国では花と葉が同時に出ないのはお互いが思いあっているからとみなし、この特徴からナツズイセン(夏水仙)を「相思華」と呼び、ヒガンバナのほうも「相思花」と呼ぶことも多いそうです。欧米でも、葉がない時期に花茎だけを地面から出して花をつける性質を面白がり、マジックリリーなどと呼び人気があります。
(船山信次 著 『毒があるのになぜ食べられるのか』より)




No.1742『あふれでたのはやさしさだった』

 この本は、奈良少年刑務所で社会性涵養プログラムの一環として「絵本と詩の教室」の先生をした著者が、なんとか多くの人に知ってほしいと書かれたもののようです。
 少年院や刑務所などで、再版を防ぐために「性犯罪再犯防止プログラム」や「薬物離脱プログラム」「暴力回避プログラム」などの社会復帰に向けた様々な取り組みのことは知っていましたが、この「社会性涵養プログラム」は知りませんでした。これは、ページの前のはじめに書いてあったので、それに興味を持ちました。
 著者は、「人間、ビクついたり怯えていると、萎縮してしまって充分に力を発揮できない。実習場にいる彼らは、まさにその状態だった。「また手順を間違えるんじゃないか」「叱られはしないか」「うまくできてないんじゃないか」そんなことが気になって仕方ない。だから、ちょっとした不手際や、人から注意されただけでパニックになり、わけがわからなくなってしまう。相手がなにを言っているのかすら理解できなくなってしまうのだ。当然、会話は成立しない。通じないので、相手はますますイラつく。それを見て、ますます萎縮する。その悪循環だ。こんな状態では、本来持っている力の半分も発揮できない。これを解消するために必要なのが「安心・安全な場」だ。これに尽きる。」と書いていますが、外見からはうかがい知ることのできない、さまざまなことを抱え込んでいることが多いようです。
 そして、その場には、仲間たちが必要です。人は、やはり人の輪のなかで育っていくものです。私も修行時代を振り返ってみて、もし、たったひとりだけだったら、あの辛い修行ができなかったのではないかと思います。みんなもがんばっているのだから、とか、励まし合っていたからこそできたような気がします。話したり、話しかけたりしながら毎日を過ごしていると、いつの間にか時間が経ってしまうものです。
 だから、その場に仲間がいたり、自分を本当に思って育ててくれる方がいるからこそ、安心したり、ここは安全なところだと感じられるのです。だからこそ、そこに連帯感が育ち、絆が生まれてくるのかもしれません。
 この本のなかで、ある教官が「彼らには、だれかに受けとめてもらう経験がなかった」という言葉がありましたが、聞くところによると、親に一度も抱きしめてもらったことがないとか、お前なんかいなければよかったとか、とんでもない無慈悲な経験をしている方がこの世にはいます。やはり、愛された経験がなければ、誰かを愛することはできないと思います。
 下に抜き書きしたのは、いっしょに社会性涵養プログラムを指導した教官が話してくれた心のメカニズムです。
 彼は自信には「条件付き自信」と「根源的自信」とがあるといいますが、これは「根源的自信」についてです。もし、もっと深く知りたい人は、ぜひこの本を読んでみてください。著者は、最初のところで、「わたしは確信した。「生まれつきの犯罪者」などいないのだと。人間は本来、やさしくていい生き物だ。それが成長の過程でさまざまな傷を受け、その傷をうまく癒やせず、傷跡が引きつったり歪んだりして、結果的に犯罪へと追い込まれてしまう。そんな子でも、癒やされ、変われることがあるのだと、心から信じられるようになった。教室を通してもう一つわかつたことは、彼らがみな、加害者である前に被害者であったということだ。」ということが、納得できると思います。
(2020.1.13)

書名著者発行所発行日ISBN
あふれでたのはやさしさだった寮 美千子西日本出版社2018年12月7日9784908443282

☆ Extract passages ☆

存在しているだけで、世界から肯定されているように感じるおおらかな心です。これは、親から愛され、無条件に肯定されることによって育てられるものなんです。『あなたが生まれてきてくれてうれしい』『おかあさんもおとうさんも、あなたが大好き』、そんな気持ちがきちんと伝わっている子は、自分自身の存在を肯定できるようになります。そんな子は、困難に遭遇してもくじけないし、失敗しても立ち直れるしぶとさを持つことができるんです」
(寮 美千子 著 『あふれでたのはやさしさだった』より)




No.1741『旅する建築家 隈研吾の魅力』

 隈研吾という建築家を初めて知ったのは、山形県内の銀山温泉の藤屋を設計されたときで、あの銀山温泉のなかでどのように設計して違和なく溶け込ますのかと思っていました。今でもホームページに「この建築を設計するにあたって、いかに重ね合わせるかをずっと考えていました。時間を重ね合わせていくこと、空間を重ね合わせていくことです。薄いフィルターを使って、フィルターのこちら側と向こう側を重ね合わせていく仕掛けを作りました。中田秀雄さんの手による簾虫籠(すむしこ)と呼ばれる竹製のフィルター、志田政人さんの手による 「ヴェールダルト」と呼ばれる中世の工法による薄い緑色のステンドグラスのフィルターです。どちらもとても繊細なフィルターですので、どうぞ大事にしてあげてください。 弱いもの達を大事にする気持ちが、次から次へと時間をかけて重ね合わされていくと、物はさらに深い 輝きを発し始めるはずです。 」というメッセージが載っています。
 しかし、残念ながら、当時の経営者は倒産し、今は別な経営のようですが、宿泊料金がとても高いので、一度も泊まったことはなく、外から眺めただけです。しかも、その同じホームページにお客さまの声として、「唯一つ難点を挙げるとすれば常に他の観光客のフラッシュが焚かれる事かも知れませんが、それも知名度の高さ故に仕方ないのかも知れません。」とあり、苦笑しました。
 次に隈さんの設計だと知ったのは、以前からよく行っていた「根津美術館」で、それから「サントリー美術館」も設計されました。本の後ろの「主な国内の作品一覧」によると、根津美術館は2009年で、サントリー美術館は2007年だそうで、今年のオリンピックが開かれる新国立競技場も設計されました。
 そのときの秘話がインタビューとして「はじめに」の前に掲載されていて、ここの軒庇にはスギが使われていますが、それについて隈自身は「もともとスギを使おうと考えていました。有名な産地もあるので、最初はどこにしようかといろいろ検討したのですが、みんなで話しているうちに47都道府県でやったら面白いんじゃないかということになったのです。……それぞれ色が違うんです。スギがあんなに色が違うなんて思わなくて。同じ東北でも太平洋側と日本海側ですごく違っていました。たとえば青森と秋田でも、ちょっとの差で色が違うんですね。それが面白かった。軒庇に使っていますが、見上げると微妙に違うところが分かるように産地ごとにまとめています。沖縄は似た素材のリュウキュウマツを使 っていますが、それを見るだけでも楽しいと思いますよ。」と話しています。
 やはり、素材を生かすには、その素材の生まれたところを知らなくては使えませんし、その違いこそが個性だと思います。そうすることが、その地に根ざした建築になるのではないかと思いました。
 隈さんは、2004年に『負ける建築』という本を出版していますが、この言葉を対談のなかで、「環境や自然に合わせてつくったというのも「負ける」だし、いろいろ工夫して予算に合わせてつくることも、ある意味で「負ける」っていうことになりますね。」と語り、著者は「我を出さず相手を立てることでもありますね」と隈さんらしさの表現だとしています。この本のなかで、著者は下に抜き書きしたような表現をしています。
 そして、このころから地方の仕事が増えてきたと書いてありました。
 そういえば、この本に中国雲南省で建築した「雲峰山スパリゾート」というのがありますが、今年の春にその騰衝市まで行きました。その先の猴橋のミャンマーとの国境近くで辺境公安に止められましたが、せっかくそこまで行ったのだから、そこにまわれば良かったと読みながら思いました。
(2020.1.10)

書名著者発行所発行日ISBN
旅する建築家 隈研吾の魅力田實 碧双葉社2019年12月1日9784575315110

☆ Extract passages ☆

「負ける建築」は、その地の環境や文化に溶け込む、優しくて柔らかなデザインが特徴で、自然や環境と一体化した建築を志向する。その場所が発する声やクライアントの言葉に耳を傾け、その地で採れた本や石などを使いながら、その地に合った建築をつくるという思想である。
(田實 碧 著 『旅する建築家 隈研吾の魅力』より)




No.1740『人生100年時代の覚悟の決め方』

 100つながりで選んだのがこの本で、副題は「人生を豊かにする哲学」です。
 年の始めに、豊かな人生を歩もうとすることも、いいのではないかと思います。しかも、昔は100歳というと、「きんさんぎんさん」が有名になるほど少なかったのに、今ではお悔やみ欄を見ても、まれではなくなりつつあります。
 人生60年のときと、人生100年のときでは、40年の差がありますし、生き方が変わってくるのも当然です。著者は、「今日よりも明日のほうが、明日よりも明後日のほうが「よりよい自分」になれるということです。よく「20代の頃と違って」などといいますが、20代をすぎると、どうも私たちは人生を劣化のプロセスのようにみなしがちです。ましてや60代にもなれば、昔だったらもう引退していたなどといいがちです。でも、人生100年時代にそんなことをいっていたら、80年間も劣化し続けなければなりません。だから視点を変える必要があると思うのです。劣化のプロセスではなく、成長のプロセスとして捉え直すのです。」と書いています。
 たしかに、私も70歳になってみて、「なるほど」と改めて気づくことがいくつもあります。以前は、毎日が忙しく、つい見えなかったものが、ゆっくりと歩くことで見えてきたりします。そういえば、昨年でしたが、いつもは新幹線で移動するのですが、たまたま在来線に乗ると、家並の違いや乗り込んでくる生徒たちの話し声でいかにも旅をしているような気持ちになりました。平行して流れている川などを見ても、ゆったりと流れているのがわかります。
 このとき、これからは時間があるときには鈍行で旅をしたいと思いました。
 この本のなかで、本について書いてあるところがあり、「本がネット上の情報と異なるのは、モノとしての存在意義がある点です。しかも単なるオブジェではなく、情報を持ったモノです。本はモノであるがゆえに、個性を持ちます。つまり、いつどこで、どんなシチュエーションで自分と出逢ったかということです。何千部、何万部と印刷された同じ本の中から、私たちはたった一冊を手にすることになります。それはもう運命的な出逢いといっていいでしょう。」とあり、まさに、そのような1冊の本を探し出したときには、うれしくなります。
 家を建て替えるときに一番悩んだのが、それまで読んできた本たちをどのようにするかということでした。本を置く場所は限られているので、ある程度は処分しなければなりません。それを選ぶのに、1冊ずつ見ていると、それを買い求めたときのことや読んだときのことなどを思いだし、なかなか決められませんでした。やはり、自分が読んで大切にしてきた本は、ちょっと大げさですが、自分の分身のような気がしました。
 下に抜き書きしたのは、これからはロングトレイル型の人生が必要だと書いてあるところです。
 学生のときによく山に登っていましたが、頂上に登るのが目的なので、途中の風景はほとんど覚えていません。ところが、中年以降になると、高山植物などの写真を撮ることもあり、ときどき止まって辺りを見回すと、あらためてその雄大な風景に心を奪われるときがあります。
 このような経験から、これからはあまり目的を意識せず、その通る山道をしっかりと時間をかけて楽しみたいと思っています。
(2020.1.8)

書名著者発行所発行日ISBN
人生100年時代の覚悟の決め方小川仁志方丈社2019年11月12日9784908925573

☆ Extract passages ☆

 ロングトレイル型の人生は、ゴールに早く着くのが問題ではありません。一歩一歩の意味を大事にするところがポイントです。だから誰かとの勝負でもなければ、記録との勝負でもない。自分がその瞬間をいかに楽しんでいるかがすべてなのです。山や森の景色は一歩ごとに変わります。その変化を常に前向きに受け止め、次の一歩へとつなげる。
 何か新しい発見があれば、立ち止まってもいいでしょう。見たこともない景色が日の前に広がっているなら、それはじっくりと目に焼き付けておくべきです。ただ全速力で駆け抜けるとき、少なくとも私は何も考えることができません。まるで脳みそまで筋肉になったかのように、無酸素運動に集中するだけです。ところが、森の中をゆっくりと歩くとき、逆に全身が感覚器官となり、同時に全身が脳になります。
(小川仁志 著 『人生100年時代の覚悟の決め方』より)




No.1739『100歳までの読書』

 今年最初の本は、いつまでも本を読み続けたいという想いから、この本にしました。
 著者を知ったのは、テレビ朝日系の「ニュースステーション」でしたが、その前は長く朝日新聞社の社会部デスクや海外特派員なども経験し、論説委員もしたことがあります。
 この本にも出てきますが、中学から大学までサッカーを続け、浦和高校のときには二冠を達成したこともあるそうです。だから体育会系ですが、だからこそ、「健康のためにせっせと歩いている人は、それと同じように、なんでもいいからせっせと読めば、精神が「歩行」し躍動する。古代ギリシャの哲学者たちには、回廊を散歩しながら語り合って、「逍遙学派」と呼ばれたグループがあった。「逍遙」とは、そぞろ歩くことだ。「歩く」「読む」「考える」のは、こころの働きとしては同じ行動なのである。」という考え方も生まれてくるのかもしれません。
 そういえば、本を読むということは、文字をたどるということでもあり、私の場合は必ずカードをつくっています。それには抜書きなどを書きますが、そうすることによって、その文章が記憶され、自分の考えに追加され、次々と形のあるものにまとまっていくような気がします。
 つまり、本はただ読むだけでなく、書くということによって、記憶されると私は思っています。
 下に抜き書きしたのは、第4章に出てくる「まことに愉快な「無知の自覚」」というなかに出てくるものです。
 ある忌み、まったく同じような感覚で私も「引用」してますし、この「本のたび」そのものも、「Extract passages」、つまり直訳すると抜粋ですから、引用とか抜書きというものです。
 私は、もともと自分のためにこのような行為をしていたのですが、ここに掲載することによって、少しでもいろいろなことに興味を持ってもらい、もっともっと本を読んでもらえたらと思っています。
 この本の副題は、「死ぬまで本を読む」とあり、知的生活のヒントと書いてありますが、もちろん、私も生きている限り、本を読み続けたいと思っています。
 今、お正月ですから、1年の計は元旦にありといいますから、本を読み続けられるような気がします。だって、この「本のたび」も2006年から掲載していますが、カードをつくって本を読むのは、大学生のころからですから。
(2020.1.5)

書名著者発行所発行日ISBN
100歳までの読書轡田隆史三笠書房2019年11月20日9784837928072

☆ Extract passages ☆

 いまお読みいただいているこの本にも引用がしきりにあるけれど、それはことごとく、ぼくが知らなかったことだから「なるほど」と感じ入って引用しているのである。「引用」は無知の告自であるのと同時に、知らなかったことを知った証拠でもある。喜びの表明でもある。
 なぜならば、「知らない」ことを自覚した瞬間とは、それまで知らなかったことを知った瞬間でもあるわけだから。
(轡田隆史 著 『100歳までの読書』より)




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