☆ 本のたび 2020 ☆



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 また、抜き書きに関してですが、学問の神さま、菅原道真公が49才の時に書いたと言われる『書斎記』のなかに、「学問の道は抄出を宗と為す。抄出の用は稾草を本と為す」とあり、簡単にいってしまえば学問の道は抜き書きを中心とするもので、抜き書きは紙に写して利用するのが基本だ、ということです。でも、今は紙よりパソコンに入れてしまったほうが便利なので、ここでもそうしています。もちろん、今でも、自分用のカードは手書きですし、それが何万枚とあり、最高の宝ものです。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1796『人の暮らしを変えた 植物たちの科学戦略』

 表紙に「香り・味・色・薬効」と書かれていて、たしかに植物たちによって私たちは本当に生かされていると感じました。
 この本のなかにキジュのことが書いてあり、その木を初めて見たのが1996年で、中国雲南省でした。たしか大理に向かう途中だと思いますが、そのとき、ある薬学部の先生がこのキジュからカンプトテシンという抗がん物質が見つけられ、日本の製薬会社で副作用の少ない抗がん薬として1978年にでき、それから臨床が始まり1995年にイリノテカンという名前で抗がん薬として承認されたということでした。つまり、その前年に承認されたばかりでした。それから20年ほどたって同じ中国雲南省のある村で、ちょうど花が咲いているキジュを見つけ、それから何度か見ています。現在では、私のところにも植えてあり、すくすくと育っています。名前がキジュ、すなわち喜樹ですから、とても縁起が良いと思って薬学部の先生から幼苗をいただいて植えたのです。
 ここ10年ほど、その先生たちと海外の植物の調査をいっしょにしていて、いろいろと教えてもらうのですが、この本に書かれていることもたくさん聞きました。たとえば、西洋イチイが抗がん薬に使われているということで、あるイギリスの知り合いの庭からこの種子をいただいてきたり、昨年はマダガスカルのニチニチソウもすぐれた抗がん薬になるということなど、さらにはスリランカでキナノキを見つけ、これがマラリヤ薬になっていることなども聞きました。まさに、その植物たちを前に聞くわけですから、忘れないわけです。
 この本を読んでいておもしろいと思ったのは、五味についてエネルギーの観点からではなく、それがなぜ大切なことなのかということについてで、「甘味はエネルギー源の存在を、塩味はミネラルのバランスを、酸味は腐敗の有無を、苦味は有害な物質の存在を、旨味はアミノ酸の存在を示すシグナルとして働いている。このように五味はヒトの生存を安全にし、そして豊かにするための感覚である。」と書いています。たしかに、最近は賞味期限などの記載で腐敗とか有害物質の有無などの心配は少なくなってきていますが、それに合わせるかのように自分で確かめることがなくなっているように思います。昔は、自分で豆腐の端を包丁で切って食べてみて腐敗しているかどうかを調べていましたが、それもなくなりました。まさに、書いてあることがそのまま信用されているわけです。たまに不正表示などがあると、とんでもないニュースとして取りあげられています。
 そういえば、この後に甘味は別腹だということが書いてあり、それは甘いものが食欲を刺激するからだというわけです。たしかに甘味は、「我々の気持ちを穏やかに、豊かにしてくれる」のですが、今の時代はむしろたくさん食べ過ぎて肥満や糖尿病などの問題を引き起こすことのほうが心配です。
 だいぶ前のことですが、NHKの放送で甘味はほんとうに別腹かという検証があり、そのときはたしかにCT検査で満腹のはずの胃が甘味を目の前に出されるとすき間が出たのです。つまり、その甘味を受け入れるだけのすき間ができたことに驚きました。つまりは、甘味は別腹だったということです。
 下に抜き書きしたのは、霊長類のチンパンジーも京都大学のグループが生態観察をしていて薬草を使っていたということがわかったそうです。
 たしかに、他の動物も昆虫なども土などをなめたりしますから、そのようなことがあっても不思議ではないと思います。むしろ、そのような動物たちの行動から薬草が発見されたということを聞いたことがあります。むしろびっくりしたのは、群れから離れるということで、おそらくは感染することを恐れてではないかと考えました。

(2020.5.25)

書名著者発行所発行日ISBN
人の暮らしを変えた 植物たちの科学戦略黒蜷ウ典築地書館2020年3月10日9784806715962

☆ Extract passages ☆

 京都大学のグループが、タンザニアのマハレ国立公園で霊長類の生態観察研究を行っているとき、一匹の雌のチンパンジーが明らかに体調不良であることが観察された。するとこの個体は、グループとは行動をともにしなくなり、ほとんど動かず、普段食べる植物とは異なる植物の枝の皮を剥ぎ、髄をかじって樹液を吸う行動を繰り返す姿が観察された。その後このチンパンジーは元気になり、群れに戻っていった。
 このチンパンジーが樹液を吸っていたのはキク科の Vernonia amygdalina という植物で、現地住民が腹痛やマラリア原虫や住血吸虫などの寄生虫感染の治療に用いていることがわかった。また、他の Vernonia 属植物に対してチンパンジーが同様の採食法を行うことが観察されている。このような行動をとったチンパンジーの糞を分析した結果、寄生虫の感染が明らかになっている。
(黒蜷ウ典 著 『人の暮らしを変えた 植物たちの科学戦略』より)




No.1795『自然に学ぶ 粋なテクノロジー』

 自然つながりで読み始めたのですが、あらためて自然のなかにはすばらしい発見があると思いました。
 たとえば、ちょっと前に流行ったナタデココのあの独特の食感は、セルロースという繊維の素が成分に含まれているからだそうです。これを加えることで、さらに高機能複合材料を作り出すことができるといいます。たとえば、通常のスマホのディスプレーはガラスでできていますが、このナタデココの水分を抜いたものに特別な樹脂を加えると、厚さ1ミリ以下のやわらかい基板をつくることができます。これを使えば、上のように折り曲げられる超薄型のディスプレーができるといいます。この本が出たのは2009年ですから、もう実際には試作段階から実用化されています。
 科学の本は、ある程度新しくないとダメだと思うのはこういうことに出くわしたときですが、考え方だけはある程度通じることがあり、この本を読んでいてもそう感じます。むしろ、環境問題などは、後退しているのではないかとさえ思います。ところが、今年の新型コロナウイルス感染症の影響で経済活動が著しく制限され、その結果、地球温暖化に少し歯止めがかかったという話しを聞くと、人間の活動と地球環境の問題はある意味、背中合わせではないかと思います。
 初めのところで、粋の4つの要素について書いていますが、「それは自然と和合し生きることを楽しむこと、敗者をっくらず競争原理が成立しないこと、足るを知ること、そして宇宙さえ内なるものへ取り込んでしまう自然のメタファの概念をもっいることではないだろうか。」といいます。
 そして著者は、「この粋の構造をテクノロジーに移し変えると、自然を基盤とした超低環境負荷高機能、 コミュニティー・コミュニヶーションの誘発、愛着、簡明なテクノロジーとなり、これこそがネイチャー・テクノロジーを構成する要素なのである。」といいます。つまり、これからの時代は、単なるテクノロジーではなく、自然から多くを学び、心の宿ったテクノロジーが必要だというのです。
 それが、「粋なテクノロジー」というわけです。
 よく、地球は奇跡の星だといいますが、この本のなかで、とてもよく書かれていたので抜書きしますと、「地球より少し太陽に近い金星は、地球の直径の95%、重さの80%を有し、地球の兄弟ともいわれている。だが、大気のほとんどが90気圧の二酸化炭素からなり、濃い大気にはとめどもなく温室効果が働き、地表面温度は127〜467℃(400〜740K)となっている。一方、地球より少し太陽から遠い火星では、大気の95%は二酸化炭素であるものの、気圧は地球の0.75%しかなく、地表の平均気温はマイナス55℃、極点では冬マイナス133℃、夏27℃という大きな変化を示す。地球の位置は、太陽に近すぎず、遠すぎず、加えて、温室効果ガスのおかげで、生命体がその活動を維持できる絶妙な位置にあるのだ。」といいます。
 このことを考えれば、ほんとうに奇跡のような地球であることがわかります。金星でもなく、火星でもなく、地球だからこそ、人が生きていけるのです。植物も動物もみんな生きていけるのです。
 下に抜き書きしたのは、この本の題名に通じる大切なところではないかと思います。
 このことは、上のほうでも取りあげましたが、粋なテクノロジーは日本発の精神欲を喚起するテクノロジーなのです。この本のなかで、人の欲を認めつつ循環型の社会をつくるというのは、ある意味では従来型の物欲から精神欲へ変換することが必要だと述べています。
 つまり、これこそが日本人の考え方に近いものがあると思います。

(2020.5.23)

書名著者発行所発行日ISBN
自然に学ぶ 粋なテクノロジー(DOJIN選書)石田秀輝化学同人2009年1月25日9784759813227

☆ Extract passages ☆

 粋は自然と人とのかかわりである。その中で「生きることを楽しむ」のである。そには、「自然を手本とした、発散型ではない超省資源・省エネルギーテクノロジー」につながる。
 「敗者をっくらない」ことは、人間との関連性をもつことであり、それは「コミュニヶーションあるいはコミュニティーをつくるテクノロジー」である。「足るを知る」ことは、「愛着を呼び起こすテクノロジー」となり、「メタファ」は、簡にして明なかたちへの変換であり「簡明なテクノロジー」につながる。
(石田秀輝 著 『自然に学ぶ 粋なテクノロジー』より)




No.1794『日本美術の底力』

 新型コロナウイルス感染症の影響で不要不急の外出自粛もそうですが、各地の図書館も休館が相次ぎました。私がよく利用する米沢市立図書館のナセBAも令和2年4月1日から5月13日まで休館し、5月14日からいくつかの制約はあるものの再開されました。私は3月27日に借りてきた本もそのままだったので、15日に行って返して、新たな本を10冊借りてきました。そのなかの1冊が、この『日本美術の底力』で、購入日付けが4月30日ですから、まだ誰も借りていなかった本です。
 副題は「縄文×弥生」で解き明かすで、読んでみると、たしかにこの対峙することで何かが見えてくるように思いました。それを著者は、「動と静、過剰と淡白、饒舌と寡黙、あるいは飾りの美と余自の美。これらはそれぞれ「縄文」と「弥生」という日本の二大類型になぞらえることができます。火焔型土器に代表される、装飾的で、エネルギッシュな縄文時代の造形に対し、弥生時代の土器は、調和のとれた美しいフォルムを特徴としています。抑制のきいた文様が施され、機能的にも無駄がありません。こうした弥生的な美が「日本的美」の特質であるとして、日本の美術史は語られてきました。弥生的美を至上とする価値観は、縄文的美を軽んじ、ときにゲテモノ扱いしてきました。」と書いています。
 私も東京国立博物館で縄文土器や土偶など見ると、そのとんがったような表現にびっくりしてしまいます。そして、弥生式土器を見ると、今度はそのムダのない端正で調和のとれた美しさに魅了されてしまいます。つまり、どっちもいいとしか思えないのです。私もお茶を50年近く愉しんでいますが、お茶の道具もその両方の美が凝縮されているような気がします。ただ主流は千利休の流れで、この本でも「縄文が「盛る」美なら、弥生は「削る」美と言えます。そして安土桃山という、すべてを絢爛豪華に盛るのが良しとされた時代に、とことんまで削るという美意識を打ち出したのが、千利休(1522〜91)でした。その極点とも言えるのが、利体がっくった茶室「待庵」です。削りに削って、わずか二畳のスペースに、頭を垂れ、這うようにしなければ入れない躙口、竹を裁ち切っただけの花入れ――。利体はここに、時の最高権力者である豊臣秀吉を招き入れ、自ら点てた茶を、何の造作もない真っ黒な茶碗で振る舞いました。」と、「削る美」としてまとめています。
 でも、道具組みを考えた場合、すべてを端正なものだけで整えるとつまらなくなりますし、そのなかに1つでも変わった流れのものをつけ加えると、他の道具たちも引き立ちます。私の場合は、蓋置とか茶杓とか、ちょっとした小物が多いのですが、それを使うだけで話しの輪が広がります。やはり、お茶をいただくときにも、話題は大切で、それでみんなで盛り上がることもありますから、小物だからといって、おろそかにはできません。
 下に抜き書きしたのは、終章の「日本美術の底力とは何か」というところにあったものです。
 たしかになかなか読み解けないものもありますが、自分でこうではないかと思ったら、それはそれでいいと思っています。私も、ほとんど解説ボードはあまり読まないことにしていますし、昔はだいぶ図録なども買ってきて読んでいましたが、最近は持ち帰るのが重くて億劫だということもありますが、ほとんど買うこともなくなりました。つまり、作品をただ見っぱなしのようなものです。
 それでも、記憶のどこかに残っていて、別な展示会などで再び出合うと、なんかとても懐かしく感じたりします。そして、そのときには感じなかったことが、別な解釈もあるかもしれないと考えたりします。
 だから、旅に出ると、そこに美術館や博物館があると、なるべく見るようにしています。その出会いも、旅の愉しみのひとつです。

(2020.5.19)

書名著者発行所発行日ISBN
日本美術の底力(NHK出版新書)山下裕二NHK出版2020年4月10日9784140886199

☆ Extract passages ☆

 自分の目で観る。とにかくたくさん観る。「知識がないと、観てもワカラナイ」という人もいますが、それは違います。知識で頭が一杯になっている人は、絵を観ていません。知識が「観る」ことを邪魔してしまうのです。
(山下裕二 著 『日本美術の底力』より)




No.1793『造園を読む』

 だいぶ前に、ある出版社から造園の本が出て、たまたま著者も知り合いということもあり、『木を選ぶ 野田坂造園樹木事典』をいただいたことがあります。野田坂さんと電車でたまたま乗り合わせたときも、造園のことをいろいろと聞き、おもしろいと思ったので、その当時に買い求めた本が、これです。副題は「ランドスケープの四季」で、どちらかというと、造園の用語などをくわしく解説した本でした。
 たとえば、日本三景は有名ですが、誰がどのようにして選んだのかとか、あるいは自然にそのようなことになったのかとか、いろいろと考えたことがあったので、この「日本三景は林羅山の子、林春斎が1643(寛永20)年に記した『日本国事跡考』に丹後天橋立(京都府)、陸奥松島(宮城県)、安芸厳島(広島県)の風景地を、三処の奇観と述べたのが始まりといわれている。いずれも海の景色であり、砂嘴と股のぞき、多島風景と五大堂、神域化された宮島など、珍しい自然景観に人文的なイメージがプラスされた風景である。」を読んで、納得しました。
 また、松島が柳川の松濤園のメインテーマになったり、天の橋立が桂離宮のテーマだったりと、いろいろな影響を及ぼしていると書いていますが、富士山だってそのような傾向があると思っていました。庶民はそんなことはできなかったでしょうが、貴族や封建時代の城主などは、なかなか出かけられなかった当時のことを考えれば、日本三景を自宅の庭に持ち込みたいと考えるのは、ある意味、理解できることです。
 ただ、お茶の庭、つまり露地は、草創期のころは今とはまったく違っていたそうで、これにはびっくりしました。
 これは、「『烏鼠集』という古い茶書には「四畳半の前には草木を植えないこと、石を立てないこと、沙を蒔かないこと、栗石をならべないこと。その理由は、客の目が移らないようにするのが良いからである」ということが書かれている。」と知り、なるほどと思いました。露地はあくまでも茶室に入るための導入口であり、そこが一番目立ったのでは、困るわけです。茶室で一服のお茶をいただくのが目的ですから、それを際立たせるには、あまり印象に残らないことも大切なことです。
 ただ、わかってはいますが、露地に樹や草が生えていないと落ち着きませんし、潤いのある空間がなければ、中立のときなどの時間が持ちません。今の露地は、いろいろな定型がありますが、おそらく、初期のころはいろいろな工夫をすることが愉しみのひとつだったのではないかと思います。私自身の考え方としては、露地のなかに茶室があり、そのなかで一服のお茶をいただくというのが愉しみです。だから、いろいろな考え方があれば、その多様性も愉しむことができます。
 下に抜き書きしたのは、緑のプロムナードと題した佐々木さんの文章です。
 そういえば、私が小町山自然遊歩道をつくった動機も、自然のなかで歩きたいというものでした。歩くことによって自然のいろいろなことが見えてきて、それらを感じながら老後の時間を過ごしたというのが本音です。おそらく、後期高齢者になれば散歩をするのも億劫になるし、だからといって歩かないとますます歩けなくなるのではないかと思ったら、気兼ねなく自然に触れられるところがあればと思ったのです。
 この文章を読んで、つくり始めたころのことを思い出し、抜書きしました。

(2020.5.16)

書名著者発行所発行日ISBN
造園を読む進士五十八・白幡洋三郎 編彰国社1993年4月30日9784395004067

☆ Extract passages ☆

 人間は歩く存在である。歩くことが人間の活動時間の多くを占めている場合も多い。では、歩く心地よさ、あるいは快楽はどこからくるのだろうか。歩き方、歩く姿勢、歩く行為それ自体からくるのだが、歩く場所に左右されるのも事実である。そして歩く場所にふさわしいと見なされた空間、あるいはそのために計画された空間がプロムナードと名付けられる。歩くという快楽を尊重した結果生み出された一種の装置なのである。
(進士五十八・白幡洋三郎 編 『造園を読む』より)




No.1792『森の愉しみ』

 この本も同じ山形県人つながりで、著者は山形県最上郡真室川町在住の女性で、ご主人といっしょに「百樹の森」を創っておられるということです。それが自宅の裏山に創っているということで、興味を持ちました。百樹というのは、100種類の樹ということだそうで、今ではそれ以上のいろいろな樹を植えているといいます。
 この本は、「百樹の森ことはじめ」から始まり、それによると平成6年から夫婦でつくり始めたそうで、自分の裏山1ヘクタールに100種類の樹を植えたそうです。その小高い丘に旦那さんが手作りで「森の談話室」を建て、その二階から40メートルほどの「ターザンロープ」をかけて滑走できるようにしたそうです。これが子どもたちに大人気で、この森に招待したときには手作り料理でもてなすそうです。やはり、人は食べなくては生きていけないので、最後は食べものが大事です。
 著者の生活は、昔ながらのもので、農業と林業など、仕事と生活がしっかりと結びついています。今は、外に出て仕事をして、家に帰ってきて生活をするというパターンがほとんどです。今年の新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで外出自粛がもとめられると、家庭だけにとどまると大きなストレスがかかってくるとさえいわれます。
 でも、昔は家で仕事をするのが多く、たまにしか町へ出かけなかった生活だと、今の自粛生活もほとんど苦にならなかったのではないかと思います。
 そういえば、2018年8月29日に最上の幻想の森に行きましたが、その杉の木の大きさにびっくりしました。しかも、国道13号線からほんの少し入ったところにあり、そのすぐ近くまで来るまで行けました。おそらく、著者の近くでもあるので、このような巨木がその辺りにたくさんありそうです。それだけでも、行ってみたいと思いました。
 今年のゴールデンウィークは、新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで不要不急や県外への外出の自粛などで今までかんがえられないような静かな連休でした。そこで、私も小町山自然遊歩道は昭和59年からつくっているので、今まで鉢で育てていたシャクナゲを孫たちと地植えにしました。そのとき、たまたま地元の新聞記者が来て、その様子を見ながら、「シャクナゲが雪で倒れないように斜めに植えるんだよ」と話していたのを聞きつけ、そのことなどを翌日の朝刊に、「感染終息願い シャクナゲ手入れ」という題で載りました。
 この本でも、「スギは雪害防止のために、傾斜の上向きに、少し斜めに植えます。雪につぶれても起きる時の角度が少ないので負担を軽くするのです。そして、スギの根元に木の葉や枯れ草を少し置いて根踏みをします。十一万本のスギはほとんど秋植えですが、干ばつの時でも一本も補植をしたことがありません。」と書いてありました。やはり、自然の生態こそが生きた教材です。孫たちにもたくさん本を読んだほうがいいよ、と話しますが、その意図するところはほとんどわかってはいないようです。でも、祖父が時間を惜しんで読んでいる姿を見せておくだけでいつかはわかってくれるだろうと楽観しています。
 下に抜き書きしたのは、竹林の風景について書いてあるところです。
 この竹林の最初の1本は、ご主人が友人から分けてもらったものだそうです。それを担いできて、植えて、それから少しずつ竹林になったといいます。じつは、私もこのような竹林が欲しくて、何度か移植をしたことがあります。でも、結局は枯れて仕舞いました。
 今でも竹林がほしいと思っていますが、著者のところが孟宗竹の北限だそうですから、もしかすると、寒さに慣れたものなら根付くかもしれないと今さらながら思います。

(2020.5.13)

書名著者発行所発行日ISBN
森の愉しみ柿崎ヤス子創森社2007年12月20日9784883402137

☆ Extract passages ☆

 竹林は、百樹の森を訪ねてくる人々にさまざまな思い出を残し、子どもたちの弾む声を聞きながら、来年の収穫のために自らの営みを、さばさばと継続していくのです。
 大きなケヤキの木とイチョウの木の近くにある竹林は、暑い夏でも日陰をつくり涼風が吹いているために、桐の本を輪切りにして作ったいすを並べて休み場にしています。森の草刈りを終えて竹林でひと休みします。西の山に陽が沈み、夕霧が立ち込めて竹林に流れてくると、頭上で爽やかな竹の葉擦れの音がする。その心地よさに一日の仕事の疲れも取れて、今を大事にしたいと語りながら、夫婦が頬をゆるめる場所でもあるのです。
(柿崎ヤス子 著 『森の愉しみ』より)




No.1791『樹は語る』

 「樹は語る」といいながらも、もちろんですが樹がこのように思っているのではないかと代弁しているような内容です。でも、同じ山形県人ということや、副題の「芽生え・熊棚・空飛ぶ果実」など、ほとんどつながりもなさそうなことがらも、実は自然の森のなかではすべてつながっているように読みながら感じました。
 そういえば、昨年の5月に白川ダム湖畔に水没林を見に行ったとき、玉庭から白川ダムへの峠道で、イタヤカエデの新葉が赤いのをみつけました。とてもきれいだったので、車を駐め写真を撮りました。それから数日後にも、そこへ行き、今度はゆっくりと見ると、残雪も残っていて、いかにも奥山の風景でした。この本で、そのイタヤカエデはアカカエデという変種で、とても自家受粉を避ける仕組みがあることを知りました。それは、「最初に雌花を咲かせ、その後に雄花を咲かせる「雌性先熟タイプ」と、雄花をまず咲かせ、次いで雌花が咲く「雄性先熟タイプ」に2タイプの本があるのだ。」といいます。つまり、1本の樹がオスとメスを効率的に半々の振る舞いをしているということです。まさに合理的な開花システムです。ところが、アカイタヤの成本を数多く調べていると、「雄花だけを咲かせる個体や雄花、雌花、雄花の順に開花する個体まで出てきた」そうです。ということは、アカイタヤの開花システムは、4つあるということになります。でも、なぜそのようなシステムをとっているのかなど、その実体や進化の方向性などの解明はこれからだそうです。
 やはり、樹々に生き様を知るのはなかなか大変のようです。
 また、ここの小町山自然遊歩道にもホウノキがあり、毎年花を咲かせますが、その開花にも不思議があるそうで、「樹冠を見るとあちこちで大きな白い花が見られるが、樹冠全体が満開というわけではない。堅い蕾のものから、少しだけ開いたもの、花弁を落としたものまでさまざまである。ホオノキの花は一斉に咲くことはない。一つひとつ順々に一ヶ月もの間、咲いては落ち、落としては咲き、といったことを繰り返している。」といいます。
 つまりは、開花期をずらすことによってさまざまな気候変動や自家受粉などを避ける工夫のようなものではないかと思いました。というのは、15年ほど前に、北海道の大雪山にキバナシャクナゲを見に行ったときも、ホウノキと同じように花がいっせいに開くということはなく、次々に咲くようなものでした。私は、満開のキバナシャクナゲの写真を撮りたかったのですが、それが種を護るための工夫と思えば仕方のないことでした。まさに、それと同じです。
 植物たちは、動けないので、それなりの工夫をしながら子孫を増やしているかのようです。そういう意味では、とても慎重ですし、この本では、「もったいない」という生き方をしているといえます。ここ小町山自然遊歩道にもウワミズザクラがありますが、「葉から回収した窒素はシュートを経由し、一年生枝(二年生枝以上の場合も多い)に回収していると思われる。そして太い枝や幹や根に貯蔵される。養分を吸い取った後は、葉を落とし、次いでシュートも落とす。獲得した資源は節約するのが自然の流儀なのだ。」と書いています。ムダはしない、というのが「もったいない」という精神であり、それが森の常識だといいます。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」のところに書いてあったもので、天然の森のつながりについてです。
 人間もたった一人では生きていけないように、天然の森でも樹々はたった1本では生きていけないようです。つまり、それなりに共存を図っているということでもあります。

(2020.5.10)

書名著者発行所発行日ISBN
樹は語る清和研二築地書館2015年7月1日9784806714965

☆ Extract passages ☆

トレードオフ関係が成り立つことは多様な種が一つの大きな森で共存できることを示している。つまり、一つの大きな天然の森には暗い林内だけでなく人小さまざまな明るいギャップがあり、明るいギャップではシラカンバやケヤマハンノキが優占し、暗い林内ではミズナラやイタヤカエデが定着することができるのである。林内でもギャップでも、どこでも一番強い樹種がいればトレードオフ関係は成立しないが、自然界にはそういうスーパーマンはいないのである。すなわち、トレードオフというあちらが立てばこちらが立たないといった関係がそれぞれの樹種のハビタットを保証し、多種の共存を生み出しているのだ。
(清和研二 著 『樹は語る』より)




No.1790『植物の形には意味がある』

 この地球上にはいろいろな植物がいます。その種類は、もちろん誰も正確にはわからないでしょうが、だいたい20万から30万種ではないかといわれています。そのひとつひとつがみな違う形をしていて、おそらく、それぞれの理由があると思います。でも、それだって、直接、植物に聞くわけにはいかないので、推量するしかないのですが、とても興味のあることです。
 そう思っていたときに、この本を見つけましたが、そのすぐ後に外国に行く予定があり、帰国後は撮ってきた写真を整理しなければならず、つい、そのままになっていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で図書館も休館し、不要不急の外出もできないので、積んであったこの本を見つけ出しました。そして、やっと読むことができました。
 読み始めると、とてもおもしろく、たとえば、ファーブルの昆虫記で有名なフンコロガシをだます戦略で種子を遠くまで運んでもらう植物もいるそうです。それは、「南アフリカに生える多年性の単子葉植物の一種は、ウシ科のアンテロープの仲間の糞に形もにおいもそっくりの種子をつけるので、フンコロガシはだまされてこれを転がしていって土に埋め、結果として種子が遠くまで運ばれる仕組みです。においの元となる揮発成分の組成や量までもが動物の糞に似ているということですから念が入っています。」といいます。
 でも、いつもいつもだまされてきたフンコロガシは、いつかはそれを見破ることができるようになり、そうすると、その植物はさらに本物に似せた種子をつくるように進化するかもしれないので、いつまでもそのような戦いは続きそうです。
 そう考えれば、植物の形には、いろいろな意味があるそうです。ただ、この本に書かれていたのは、科学的な裏付けがあるものばかりではなく、もしかするとそうかもしれないという形の推論もあり、ちょっと考えさせられました。
 でも、なるほどと思うところもあり、たとえば、今までアカマツは赤土のやせた土で、しかも水分の少ない尾根筋に多いので、そういうところが好みかと思っていました。ところが、この本では、「実際には、アカマツを単独で植えれば、痩せた土地よりも肥えた土地でよりよく生育します。しかし、肥えた土地では、そこに特化した専門家との競争に負けるので、痩せた土地でも肥えた土地でも生育できる万能タィプのアカマツが、実際には痩せた土地に見られるようになるのです。」と書いてあり、納得しました。まさにどちらが先かということではなく、結果的にそこに落ち着いたというような感じです。
 ここでマツの話しに食いついたのは、たまたま4月下旬に、数年前にいただいた3葉の白松を孫たちと植えたときに、どこに植えれば一番よく育つかと考えたからです。
 下に抜き書きしたのは、ヒイラギの葉の縁にトゲがあるのはなぜか、という問いに対するひとつの答えです。
 でも、今までギザギサの葉を持っていたヒイラギが、年をとって木が大きくなったからといって、わざわざ今までの葉の形を丸くする理由にはならないような気がします。著者は、このトゲトゲの葉になるには、ある程度の努力が必要で、それなりのエネルギーを費やしていると考えれば、必要なくなったらそうしなくなったのではないかとも考えられるといいます。だからといって、また葉の形を変えるほうが、よほどエネルギーを使うような気がするのは私だけでしょうか。
 つまり、植物の形には意味があるというのはわかりますが、それがどのような意味でそういう形になってるのかは、まだまだわからないところが多いとこの本を読んで思いました。興味があれば、ぜひお読みください。
(2020.5.8)

書名著者発行所発行日ISBN
植物の形には意味がある園池公毅ベレ出版2016年4月25日9784860644703

☆ Extract passages ☆

ヒイラギは、縁にトゲをもつ葉をつけ、生垣などにも利用される身近な低木です。葉の縁のギザギザ(鋸歯)がトゲになっているのですが、老木になるとこのトゲがなくなって丸い葉に変化します。なぜ年をとると丸くなるのでしょうか?……
 一番考えやすいのは樹高の影響でしょう。そもそもトゲが何かに役立つとしたら動物によって葉を食べられるのを防ぐためだと考えられます。
(園池公毅 著 『植物の形には意味がある』より)




No.1789『野の花往診』

 この本、題名の『野の花往診』を見て、おそらく往診をする町医者さんがその道端で出合った花々を書き綴ったのかなと思い、迷わず購入しました。それから、少し時間は経ちました。
 そのことを思い出し、読み始めると、鳥取赤十字病院に27年間勤務医をして、おなじ鳥取市に「野の花診療所」を開設したそうで、その診療所の名前でした。専門は内科一般で、がんの終末期の医療をしているそうです。そのことを、読むとすぐにわかり、大変な仕事だなと思いました。それでも、名前のように、ほのぼのとしたことも多く書かれていて、もし、自分ががんで終末期だったら、お世話になりたいと思いました。でも、現実的には、鳥取では遠すぎます。
 アットホームだと思ったのは、59歳で肺がんで骨転移や肝転移、皮膚転移などもある患者さんの二男の息子さんが結婚を決めていて、その結納でフィアンセと彼女のご両親と姉がいっしょに「野の花診療所」を訪問されたそうです。もちろん、なるべく早く結婚式を挙げたいということでしたが、著者は長くはもたないと話したそうです。そこで、すぐにここで結婚式を挙げたいという話しになり、著者は即了承、看護師などのスタッフも総動員で準備をし、衣装は厨房の人のユニフォーム、そしてベット用のシーツを折りたたんで何枚かつなぎ合わせてバージンロードを2人が歩き、たまたまボランティアで来ていた方が近くの神社の宮司さんが式をしてくれたそうです。
 病室に戻った父親である患者さんは、ひとり泣いていたそうです。そして、その10日後に亡くなられたということです。
 おそらく、この手作りのシーツのバージンロードは、この結婚式に立ち会った一人一人の心に残ったのではないかと思いました。そして、この「野の花診療所」だからこそ、できたようなもので、特に大きな病院なら絶対にできなかったと思います。
 この本には、このような話しがたくさん載っています。その1つ1つが感動です。著者はなにげなく書いていますが、今の世の中で、こんなにも患者さんに添った手当をしてくれる診療所があると知っただけで、この本を読んでよかったと思いました。
 いま、医療機関は、新型コロナウイルス感染症の対応で医療崩壊すれずれの瀬戸際に立っています。その危険にさらされている医療従事者は、相当疲弊されているような気がします。だとすれば、この著者のところのように末期がんの患者さんをお世話している診療所とすれば、免疫力も衰えているとすれば、なおさら脅威です。
 この新型コロナウイルス感染症は、高齢者で成人病などの持病があれば重篤しやすいそうで、ときにはあっという間に取り返しのつかない状態になるといいます。もちろん、感染しても無症状の方も多くいるといいますが、高齢者は特に注意が必要です。
 下に抜き書きしたのは、そのような急に病状が悪くなるという場合でなく、徐々に悪くなった場合に、いつ、自分の死を察知するのかについてです。
 私の父の場合は、老衰でしたので、少しずつ少しずつ体力がなくなってきたので、なんども担当医に呼ばれながらも、元気でした。でも、今考えると、なんらかの兆候があったのではないかと思いますし、その予測をするお医者さんも大変だと感じました。
 でも、もし亡くなられたら、著者の「死は誰にも納得し難い現象である。頭で理解できているつもりでも、なかなか承知できないものである。不条理な現象だからだろう。この不条理を受け入れるには、頭だけでは難しく、体を使わねばならない。祈ったり、走ったり。」という言葉はとても参考になります。つまり、考えてもどうしようもないことは、身体を使って、できるだけのことをするということではないかと思いました。
(2020.5.5)

書名著者発行所発行日ISBN
野の花往診徳永 進NHK出版2005年2月15日9784140054734

☆ Extract passages ☆

ではいつ、人は自分の死を察知するのか。「食べられなくなった」とき、「水分さえ飲めなくなった」とき、「歩けないどころか立てなくなった」とき、「排泄が自分の意志でできなくなった」とき、「しゃべれなくなった」とき、そういう体の不自由さに直面して、人は自分の死を直感する。
 そのような身体状況を迎えるとおよそ7日で人は死を迎える。そういう研究が、日本で早い時期にホスピスを始めた病院から発表されている。
(徳永 進 著 『野の花往診』より)




No.1788『四国遍路』

 私が四国遍路をしたのは、2017年2月28日から3月15日にかけてです。自宅を出て、第1番札所の霊山寺に着いたのは3月1日で、第88番札所の大窪寺には3月11日、そして高野山へは12日にお詣りしたので、お遍路は12日間です。
 この本は積んでおいたなかから見つけたもので、副題は「さまざまな祈りの世界」です。この大型連休も外出自粛で静かなので、ゆっくりと読むことができました。
 2014年12月5日に母を亡くしたこともあり、その追善供養と父がまだ元気なうちに一度は四国のお遍路をしてみたいと思い、夫婦で出かけました。最初はどこかのツアーに参加しようかと思ったのですが、あまり時間に制約されるのもいやですし、両親が還暦のときにお詣りしたようにタクシーでとも考えたのですが、調べてみるとだいぶ高くつきそうでした。そして、最終的に選んだのが、自宅からすべて車を運転してまわるということで、カーナビとパソコンを使って、ほとんど迷わずに88ヶ寺すべてお詣りできました。
 この本を読みながら、そのときのお遍路のことが思い出され、つい、自分が撮ってきた写真を見たりしました。不思議なもので、3年前のこととはいえ、いろいろなことが鮮やかに甦り、とても楽しい読書をすることができました。ただ、残念なことに、この本はブックオフから安く買ったとはいえ、鉛筆による線引きがありました。
 よく、四国遍路は自然がいっぱいだといいますが、著者は、「四国は癒しの空間である、自然が豊富である、人心は優しい、誰でもを受け入れてくれる、大都会の正反対である、人を信ずることができる、他者とのコミュニケーションが容易である、自分を変えることができる、等々、現代社会に失われた価値が四国遍路にはまだ存在している。」と書いていますが、たしかにあんなにも急峻な山々が四国にあるとは思ってもみませんでした。しかも、3月8日に第60番札所横峰寺に行こうとしたら、道路が雪のために封鎖されていました。しかたなく直接お寺に連絡すると、その道路は林道だから私どもではわからないといいます。歩けばどのぐらいかと聞くと、5q以上だといいます。それで、東北の雪深いところから来ているので雪道には慣れているし冬用のタイヤだからと話しをすると、自己責任でしてくださいということになり、頂上駐車場まで上れました。しかも、誰も歩いていない真っ白な雪に自分の足跡を残しながら歩くのはとても気持ち良く、今でもそのときの光景を思い出します。でも、もし、ダメと言われてここだけご朱印がいただけなければ、そうとうショックだったと思います。
 ところが、今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、四国八十八ヵ所霊場会は各寺に納経所の閉鎖を4月18日で、たとえば第88番札所の大窪寺では23日から5月6日まで閉鎖しています。4月23日の山形新聞によれば、広島県世羅町の椎木洋子さん(70歳)は、2月末に第1番札所の霊山寺を歩きで出発し、この閉鎖の話しを聞いたのが要請した18日です。そのときは、第83番札所の一宮寺だったそうですが、あと5ヶ寺だそうですが、ご朱印をもらえなくても続けると書かれていました。
 でも、残念なことだけではなく、第62番札所「宝寿寺」が、2019年12月1日より四国八十八ヶ所霊場会に再加入したそうです。私がお詣りした当時は、裁判中でごたごたしてて、その後に第61番札所の香園寺の管理地内に第62番の礼拝所が設けられ、そこでご朱印もそこで受けるということになったようです。しかし、再加入で、この礼拝所も12月15日をもって閉鎖されました。宗教関連施設がこのような裁判沙汰というのは、まったく似つかわしくはなく、旧態に戻ったことにホッとしました。
 下に抜き書きしたのは、「虚空の道のかなたに」に書いてあったもので、なるほどと思いました。
 たしかに、私がお遍路をしたときのことを思い出しても、札所の番号とお寺の名前とがいっしょになっています。むしろ、札所の番号しか思い出せないところもあります。そういえば、西国33観音霊場にお詣りしたときには、ほとんど札所の番号を覚えていないのですが、青岸渡寺や清水寺など、そのお寺の様子が思い出されます。それと、ほとんどが駐車料金を徴収されたようですが、四国の場合は無料のところがほとんどでした。
 札所というのは、それぞれに個性があるからこそいいので、とくに四国遍路は八十八ヵ所と多いこともあって、達成感もありました。もう一度、行けるかどうかはわかりませんが、機会があれば行ってみたい霊場です。
(2020.5.3)

書名著者発行所発行日ISBN
四国遍路(歴史文化ライブラリー)星野英紀・浅川泰宏吉川弘文館2011年4月1日9784642057189

☆ Extract passages ☆

 歩き遍路にとって、札所は遍路行のペースメーカーである。しばしばいわれることだが、西国巡礼などに比べて四国遍路の札所は個性や存在感に乏しく、個々の寺院の記憶や印象 は曖味になりがちである。一方で、寺院名ではなく番号で呼ぶことも通例化しているように、巡礼者が強く意識するのが札所の数字である。札所のナンバーは順序と到達度を如実に示す。一番から出発した巡礼者が8番を終えたということは9番が次の目的地であり、かつ全体の11分の1をクリアしたのだということを意味するわけだ。つまり、札所のナンバリングによって巡礼者は一つずつだが確実に日標をクリアしているのだという実感を得るのである。
(星野英紀・浅川泰宏 著 『四国遍路』より)




No.1787『孫と一緒に暮らす人生の愉しみ』

 この本もブックオフで108円で買ってきて、そのまま積んでおいたものです。それが、たまたま孫たちが私の部屋にきて、パソコンを教えていたら、この本を見つけ、「愉しみ」だけは読めなかったようです。
 だから読み始めたのではないのですが、パソコンの脇にいないといつ質問されるかわからないので、読んだのです。もともと斎藤さんの文章はとても読みやすく、何かをしながらでも、どこで区切ってもいいので、気楽なものです。著者は、ところどころでユーモアの必要性を説いていますが、たとえば、「現実の世の中には、辛いこと、苦しいことは山ほどある。夢を育てることは大切だが、夢や理想を追い求めてばかりでは、それこそノイローゼになってしまう。そんな時に、家庭にほんのちょっとのユーモアがあれば、ずいぶん家族の助けになり、支えになるはずだ。」というわけです。まさに、精神科のお医者さんがいうのですから、その通りだと思います。
 また、「人は、マニュアルにはないところに、人生の楽しさやよろこびを見いだせることが多い。それを見つけられた人の人生は、何倍も豊かになる。」という考え方も、たしかに大切なことだと思います。十人十色、いろいろな人がいてこその楽しさで、右習えの人ばかりではウンザリです。とくに今どきの若い人たちは、どうもマニュアルがないと動けなかったり、どう進んで良いかもわからなかったりします。そういえば、カーナビといっしょで、あまりにカーナビに頼りすぎると道を覚えられなくなるといいます。だから、私の車にもカーナビは付いているのですが、なるべく画面を消しておいて、もし間違えたら間違えたなりの別な道を通ると、すてきなお店を見つけられたりします。やはり、知らないからこその楽しさです。また、目的地が決まっていても、行くときと帰りの道を違うことのほうが多いようです。少し遠回りでも、時間があれば回り道をします。だから、いつもカメラを車に積んでいます。
 偶然に見つけたところは、印象も強く、しっかりと記憶しているようです。それらを思い出しながら、運転しているだけで楽しくなります。
 そして、孫たちを乗せているときに、そこにまわると、なぜおじいちゃんはこんなところを知っているの、といわれ、鼻高々にもなれます。つい、じいちゃんには知らないことがないんだぞ、と自慢までしてしまいます。おそらく、いつまでも覚えていないだろうと思っているから言えるわけで、おそらく息子になら言えないかもしれません。
 やはり、自分たちの子どもと孫では、いろいろな面で違います。その違いがあることも、孫たちと暮らす愉しみのひとつのようです。
 下に抜き書きしたのは、アメリカの文化人類学者マーガレット・ミードの祖父母の家庭内におけるプラス面だそうです。
 親は躾ということもあり、そうそうほめてばかりはいられません。私自身もそうでしたが、世の中で恥ずかしい思いをさせたくないから、いろいろと小言もいいます。でも、孫になれば、いい意味で無責任ですから、ほめたいだけほめれます。しかも、時間があるから、孫たちとの接触の時間もあります。
 だから、せっかく孫たちといっしょに暮らしているわけですから、少しでもプラスになるようなことをしたいと思っています。
(2020.5.1)

書名著者発行所発行日ISBN
孫と一緒に暮らす人生の愉しみ斎藤茂太文香社2001年1月6日9784938933395

☆ Extract passages ☆

家族内における祖父母のプラス面を、「子どもの情緒教育に必要な存在」「人生の先達者的存在」「子どもの異常を敏感に感知し、適切に処理できる存在」「両親の経験不足を補える存在」「家族に限りない愛情を注ぐ存在」と語っている。家族の力が弱まっている現在こそ、祖父母のこういうプラス面を発揮する時ではないだろうか。
(斎藤茂太 著 『孫と一緒に暮らす人生の愉しみ』より)




No.1786『笑って大往生』

 笑うという題名が続きますが、意図的に選んだわけではありません。たまたま、上下に積み重なっていただけです。おそらく、ブックオフで買ってきたもので、どちらも108円の値札が付いていました。
 著者はこの本が出版された当時は香川県立中央病院の泌尿器科部長でしたが、10年ほど前に胃がんのため63歳で死去されたようです。このことを知ったのは本の半分以上を読んだところで、ガンで死ねれば幸せだと書いてあったので、ちょっと気になりネットで調べてみたのです。そして、「がんの幸せな受け入れ方」や「“死ぬ”までに、やっておきなさい――人生の最期を笑って生きるために」などという本も出版していました。そのご本人が胃がんで亡くなるとは、世の中、本当に一寸先はわからないものです。
 著者は、「私は原則として本人と家族にがんを告知し、転移していればその事実も話し、死期がそう遠くないことも話すようにしています。がん告知をしてから死ぬまでの期間はずいぶんと個人差がありますが、その間に本人と家族はそれぞれ覚悟をします。一般的には、死ななければならない本人ほど覚悟の時期が早いように思います。」と書いています。ということは、本人より家族のほうがその覚悟できないということです。
 著者は、講演のなかで「三大死亡原因のなかでどれで死ぬのがいいか」と尋ねるそうですが、一番人気は心臓病で、次が脳卒中、最後ががんだそうです。おそらく心臓病な脳卒中はあっという間に死ねるからいいと考えているようです。たしかに、ころり観音にお詣りし、ころりと亡くなれば苦しむこともなく、迷惑もかけないということのようです。しかし、私の知り合いで、くも膜下出血で道路で倒れるようにして母親を亡くした方は、今でも何もしてあげられなかった、少しの間でも看病したかったといいます。脳卒中だって、必ずしもぽっくりと逝く人だけではなく、それが原因で何十年も寝たきりということだってあります。だから、著者はがんで死ぬのが一番いいといいます。
 そういう意味では、著者はがんで亡くなったわけですから本望だったといえます。ただ、私なら、1週間の命ですといわれれば諦めもつきますが、3ヶ月の命だといわれれば、その間はなんか辛いのではないかと思います。でも、家族に話しておかなければならないこととか、家業を持っていれば伝えておかなければならないことも多いと思うので、その時間はとても有難いと思います。しかも、ほぼ必ず畳の上で死ねるわけですし、ほとんどボケないで意識がはっきりしているし、家族にはある程度看病もしてもらえるような気がします。
 そう考えれば、がんで死ぬのもいいかもと思ったりします。でも、なんとなく真綿で首を絞められているような感じがして、やはり抵抗感はあります。だとすれば、自分で決断できるかどうかは別にして、自ら死を選択する尊厳死もあっていいと思います。だからといって、笑って大往生するということは、なかなか難しそうです。
 この本は、あまり死ということを考えないできた方に、ぜひお勧めしたいと思います。人は必ず死にます。これは例外などありません。だから、絶対に考えておく必要があると思います。
 下に抜き書きしたのは、もし病気になった時の発想の転換についてです。というのは、病気になるとそれだけを考えますが、そうではなく、むしろプラスの方向に考えるほうがいいと著者はいいます。そうすれば、残された貴重な時間を悪循環から抜け出し、無理な流れに逆らうことなく過ごせるそうです。
 その発想の転換は3つあるといいます。それを載せました。
(2020.4.29)

書名著者発行所発行日ISBN
笑って大往生朝日俊彦洋泉社2003年7月17日9784896917406

☆ Extract passages ☆

@自分の失われたものを嘆くのではなく、まだ残っている機能を再発見する。
A健康なときには当たり前と思っていたことで、病気になってからもったいないことをした、と思えることを挙げてみる。
B発病する前、あるいは5年前、10年前をはっきりと思い出して、そのときに自分はどのようなことを考えていたのかを書き出す。
(朝日俊彦 著 『笑って大往生』より)




No.1785『笑う科学 イグ・ノーベル賞』

 イグ・ノーベル賞のことはだいぶ前から知っていて、この本もだいぶ前に購入していたものです。ところが、米沢市立図書館が新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、4月1日から当分の間休館になり、新しい本が借りられなくなりました。しかも、不要不急の外出を控えなければならず、本屋にも行く機会が少なくなりました。
 そこで、ため込んでいた本のなかから引っ張り出して読むしかなく、この本もその1冊です。ある意味、ただ購入しておいた本を読むにはいい機会になったと思います。
 このイグ・ノーベル賞を講演のなかで取りあげたこともあり、たしか、この「足の匂いの原因となる化学物質の特定」は1992年で、日本人初の受賞だったと思います。これはロート製薬株式会社の研究員が、足のニオイの原因物質として「イソ吉草酸アルデヒド」を新たに発見したことでした。普通なら、足は臭いものだとして見過ごすことを、なぜと疑問に思ったことが発見につながったようです。
 この本では、受賞の公式基準として、「まず授賞の公式基準として、メインの一人を笑わせ、そして考えさせる」研究とともに、「真似ができない、またするべきでない」業績の両項目を挙げ、さらに非公式基準として「目を見張るほどバカげているか、刺激的でなければならない」と謳っている。この賞を受賞するためには、これらのうちいずれかの基準を満たすのが原則なのだ」だそうだ。
 つまり、イグ・ノーベル賞の認定書のイラストに描かれているロダンの考える人が台座から転がって寝転がっていても考えているぐらいのインパクトのようです。
 そういえば、このPHPサイエンス・ワールド新書が発刊されたのが2009年9月で、そのときの「発刊にあたって」のなかで、「人の持つ類いまれなる好奇心の持続こそが、生きる糧となり、社会の本質を見抜く眼となることでしょう」と書いています。たしかに、好奇心の持続は大切で、この本で紹介しているのは、その典型的研究として、高粘度のピッチ、これはコールタールの蒸留後の残留物質のことですが、このピッチがゆっくり漏斗に垂れていく様子を長年観察し続けた、オーストラリア・クイーンズランド大学のジョン・メインストーン氏らが2005年のイグ・ノーベル賞物理学賞を受賞したことです。
 この研究は、「共同受賞者の故トーマス・パーネル博士の研究をメインストーン氏が引き継いだもので、驚くなかれ9年に1滴落ちることが観測された。あまりのスローペースのためパーネル博士が亡くなるまでに2滴しか観測できず、2000年時点でも8滴にとどまっている。」ということでした。ということは、9年に1滴ですから、8滴ということは72年かかっているということになります。
 それが何の役に立つのか、という質問が受賞式であったのかなかったのかはわかりませんが、だからこそイグ・ノーベル賞ということなのかもしれません。世のなかには、まだまだわからないことがたくさんあります。この本のなかで、その一例として取りあげていのが、「冷凍庫に湯と水を入れると、湯のほうが早く凍る」実験映像の放映についてです。これだって、いまだ完全に解明されていないそうで、どう考えても不思議な現象です。そのテレビに出ていた前野紀一北海道大学名誉教授は、「湯の表面から熱が逃げていく速度、内部の温度差に伴う対流などを考慮すれば、熱力学的にも矛盾はない」ということだそうです。
 下に抜き書きしたのは、2000年にイグ・ノーベル心理学賞を受賞した米コーネル大学のデービッド・ダニング教授とイリノイ大学のジャスティン・クルーガー教授の「自分の無能を知らない人は自身を過大評価しがちである」という論文です。
 これも、たしかにありそうですが、それを実験して研究するというのは、とてもユニークでおもしろいと思いました。
(2020.4.27)

書名著者発行所発行日ISBN
笑う科学 イグ・ノーベル賞(PHPサイエンス・ワールド新書)志村幸雄PHP研究所2009年11月4日9784569774404

☆ Extract passages ☆

両教授はこの研究を進めるにあたって、65人の被験者に冗談のおかしさを評価する「冗談テスト」を課し、同時に8人のプロのコメディアンにも同じことを行っている。プロのコメディアンはおかしな事柄を認識し、それを聴衆に伝えることで生活しているから、その評価は信頼に足ると考えたからだ。
 実験の結果は、被験者の多くがおもしろいと感じる冗談に対して、おもしろくないと思う被験者が何人かいた。教授らは、これらの被験者に「論理テスト」も行ったうえで、「推論能力の劣る被験者ほど思い込みが強く、自分の能力を過大評価する」という結論を導き出している。
(志村幸雄 著 『笑う科学 イグ・ノーベル賞』より)




No.1784『徒然草』

 不要不急の外出を控えてから、ほぼ1ヶ月になりますが、家にいてすることは読書が多くなりました。しかも、図書館は4月1日から閉館され、借りていた本も返すことなく、そのまま借りています。この「徒然草」もその1冊で、副題の「無常観を超えた魅力」とあり、新型コロナウイルス感染で閉塞感が蔓延している今だからこそ、読んでみようと思いました。
 しかも、書き出しの「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」という、今でも覚えているフレーズに、外出がためらわれるときこそ、その想いが理解できるのではないかと考えました。
 でも、「徒然草」の解釈そのものより、その解釈が時代とともに変わってきたことが書いてあり、あらためて「徒然草」の奥の深さを感じました。そして、それが古典の良さだそうです。著者は、「はしがき」のところで、「優れた古典というものは、その本文自体の価値だけではなく、それが何世代にもわたって読み継がれてきたという、歴史的価値をも有している。古典と現代の作品との違いは、まさしくこの歴史的価値の有無である。古典として生き残った作品は、時代や社会の変化にさらされつつも、何度も再評価を繰り返されてきたのである。」と書いています。
 だからこそ、その時代時代のその作品に対する評価を見つめ直し、それを比較してみるというのは、たしかにおもしろい方法のような気がします。
 江戸時代には、この「徒然草」の講釈の仕方というような本が出たりして、ただ読むだけではなく、それをみんなの前で講釈したり説法したりするためのものです。そういえば、僧侶の説法というのも、なかなか難しいもので、この本に「たとえば仏教における説教は、あまり知識教養のない庶民を対象に、少々小むずかしい道理を説くものであるから、聴衆が理解しやすいよう、さまざまな工夫をこらしたものだ。「はじめシンミリ、なかオカシク、おわリトウトク(尊く)」というのは、浄土真宗における説教の構成を、ごく大まかに捉えた言いかたであるが、より細かな技法の習得には、たいへん厳しい修行が課せられたという(関山和夫『説教の歴史』)。」と書いてあります。
 そういえば、私も修行時代に、説法のやり方の講義があり、一人一人実際にさせられたことがあります。話しの内容はもちろんのこと、話し方や間の取り方など、なかなか難しかったことを覚えています。そして、ぶっつけ本番に、大勢の修学旅行生に話しをさせられたときには、冷や汗が出ました。でも、それを何回か繰り返すと、不思議と平気で話せるようになりました。
 この本には、京都の醍醐寺に平安時代の『転法輪秘伝』という、説教のマニュアル本があると書いてありましたが、機会があればぜひ見てみたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「終章 再び「つれづれ」とは何か」に書いてあったものです。
 この出だしの一番有名な語句でさえ、いろいろな解釈があり、しかも時代によって変わってくるというのを知り、びっくりしました。しかし、それこそがほんとうの古典だといいます。そう考えれば、あまりにも断定的な物言いは、その時代には受けるかもしれませんが、時代の流れの中で次第に忘れられてしまうようです。
 この抜書きの後に、「『徒然草』で言えば、恋愛、地位、名誉、孤独、虚偽、友人、親子、節義、臆病、慢心、飲酒、慳貪、豪胆……そういったさまざまなテーマが思い浮かぶ。そして正解が出ないからこそ、それらの問いは永遠に続くのである。」とあります。まさに、永遠のテーマです。
 この本を読んで、もう少し古典を読んでみたくなりました。
(2020.4.24)

書名著者発行所発行日ISBN
徒然草(中公新書)川平敏文中央公論新社2020年3月25日9784121025852

☆ Extract passages ☆

 ほんとうの古典は、その時々に価値を見出される、いい意味での「ゆるさ」を備えている。ゆえに絶対的な正解はなく、相対的な正解しか出ない。しかし、たとえ相対的なものであれ、その正解を求めるという行為自体に、じつは大きな意味がある。人間や社会、生き方や美意識といった、すぐれて現代的な問題について内省するきっかけを、古典は与えてくれるからだ。
(川平敏文 著 『徒然草』より)




No.1783『世界の聖地』

 パラパラッとめくったら、行ったことがあるところのページを見つけ、なんとなく懐かしくなり読むことにしました。というよりは、写真も多く、見るという表現が似合うような本です。
 その行ったことがあるところはミャンマーのシュエダゴン寺院で、ここで聞いたのは、ミャンマーでは生まれた年とか日にちよりも何曜日に生まれたかというのが大事なんだそうです。そういわれても、自分が何曜日かはわからないというと、簡単な計算式があって、すぐに「あなたは木曜日に生まれています」と教えてくれました。帰ってきてから、パソコンで調べたら、間違いなく木曜日で、しかも大安の日に生まれていました。その人によれば、木曜日生まれの人は、動物はネズミで、方角は西、性格はねばり強く穏健だそうです。しかも、ミャンマーでは8曜日で、水曜日だけが午前と午後にわかれていて、水曜日の五千の動物は牙のある象で、午後が牙のない象だそうです。ちなみに、日曜日はガルーダ(トリ)、月曜日はトラ、火曜日はライオン、金曜日はモルモット(モグラ)、土曜日は龍だそうです。
 そんなことを思い出しながら、読み進めました。すると、この本に出てくる聖地の約三分の一ぐらいは行ったことがあり、そのなかの1枚の写真に思い出すことがあり、自分が撮ってきた写真などと見比べたりして、なかなか進めません。でも、早く読むばかりが読書ではないし、ミャンマーのバガンのところで、「聖地はゆったりと旅したほうがいいのかもしれない」と書いてあり、そうそうと私も思いました。
 聖地、今風にいえばパワースポットの良さというのは、著者が最後に漫画家の水谷さるころさんとの対話で、さるころさんが「パワースポツトとか聖地って言われる場所って、いい場所が多いんですよね。「ああ、気持ちいい!」って思える要素が、何かしらある。行くとがんばろうって素直に思える場所だと思うし、悩みがある人とか行き詰っている人とか、やっばり癒されると思うんですよね。そういう壮大なものって、影響力が大きいから。だから世界の遺跡だったり神聖な場所に行くスピリチュアル・ブームは、良いなって思いますよ。」と話していますが、なるほどと思いました。
 私も思い出すと、2017年9月2日にイギリスのピーターバラに行ったときに、そこのピーターバラ大聖堂(St John The Baptist Church)で聴いた賛美歌が今でも心に響いてきます。このときは、たまたまケンブリッジ郊外の知り合いのところにまわり、そこから列車でエジンバラまで行く途中のピーターバラで1泊しました。その日が土曜日ということで、聖歌隊の方々がその大聖堂で練習をしていました。ここは12世紀に建築されたノルマン様式の大聖堂で、なんどか再建や拡張がなされながらも、ほとんど昔のまま残っているという話しでした。
 その歴史的大聖堂で、ゆっくりと聴けるわけですから、かけがえのない時間を過ごすことができました。
 ところが、予約しようと思っていた駅前のホテルが私の分だけとれず、しかたなく2q以上離れた別のホテルに泊まりました。そこまでスーツケースを持って行くのは大変なので、その日に必要なものだけをリックに入れて、スーツケースは駅前のホテルに預かってもらいました。でも、その途中の道沿いにはいろいろな庭木や草花が植えられていて、それも楽しかったことなどが思い出されます。
 まさに、トラベルはトラブルがつき物だと思いますが、そのトラブルが思いがけない思い出につながるわけですから、旅は楽しいものです。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」に書いてあったものです。
 たしかに、私もいろいろなところに旅したけれど、特別な何かを得られたということはないような気がします。むしろ、何々と数えられないようなものをたくさんもらえたのも事実です。そして、私の場合は、デジカメになってからの写真は、すべてパソコンのハードディスクに入っているので、いつでも見ることができます。だから、思い出すとすぐに見て、そのときのことを追体験できます。これは、まさに時間を忘れるような至福のときです。
 私にとっては、これが一番の旅による心の財産のような気がします。ただ、デジタルですから、いつ消えてなくなるかわからないので、それで時々見て確認するという具体的な作業なのかもしれません。
(2020.4.21)

書名著者発行所発行日ISBN
世界の聖地松岡絵里 著、吉田友和 写真国書刊行会2011年12月15日9784336053633

☆ Extract passages ☆

 旅することで何かを得られるとは思っていない。だけど結果として、「あの体験は、あそこでしかできなかったなあ」とか、「あそこではずいぶん心が緩んだなあ」と思う場所は数多くある。
 そしてそういう場所は、私にとっては大きな心の財産だ。日常でしょんぼりしたときに、「あそこに行きたいなあ」と思える場所が世界中にあることは、なんと幸せなことなのだ ろうと思う。
(松岡絵里 著 『世界の聖地』より)




No.1782『簡素がいちばん!』

 図書館から借りてきた本もぜんぶ読んでしまったので、家内が借りてきたこの本を読んでみました。題名通りの、日常生活の簡素さをそのまま書いてあり、ほとんど考えずに読むことができました。たまには、このような本もいいかな、と思いました。
 橋田さんといえば、山形では「おしん」が一番有名ですが、私の中国の知り合いが訪ねてきたときも「あしん」の故郷の最上川に行ってみたいというので案内したことがあります。この本にも書いてありますが、「おしん」がNHKで放送されたのが昭和58年から59年にかけてのことです。平均視聴率が52.6%、最高視聴率が62.9%ですから、今の時代から考えると、とんでもない視聴率です。
 このころの私は、ちょうど神殿の建て替え中で、一番忙しいときでした。そして昭和59年3月31日に落慶法要をして、その年はずーっとバタバタしていました。
 だから、「おしん」を見たのはあちこちでしたが、それでもすごく印象に残っています。その脚本家の本ですから、つい読んだものの、自分の人生と重ね合わせて考えるところもあり、一気に読んでしまいました。
 ところが、一気に読むと、流れを追ってしまうようで、ほとんどカードに書き込むこともなく、いざ、この『本のたび』を書こうとすると、なにを書いていいのか思いつきません。副題は「引き算」の暮らし方ですから、あまりぐだぐだと書かないほうがいいのではないかと思いました。
 それでこの文章も簡素がいちばんということで、これで終わりです。
 下に抜き書きしたのは、第2章の忘れていた「足るを知る心」に書いてあったものです。
 そういえば、京都の龍安寺、枯山水の方丈石庭のところに、「吾唯足るを知る」と掘られた蹲踞があります。この写真を撮ってきたことを思い出しましたが、本当に足るを知るということは難しいと思います。
 つまりは、他人と比べてしまうからで、自分自身にとって何が必要で何が不要なのかをきちんと見極めることが大切です。昨年の12月に父を亡くし、その残ったものを整理しながら、そのほとんどを捨てざるを得なかったことからも、それはわかります。
 だから、「おわりに」のところで、東京電力福島第一原発近くの川内村の住民の一時帰宅のときに、1世帯2名まで、防護服で2時間以内、そして家から持ち帰りできるのが70p四方のビニール袋1袋分という話しから、もし、自分だったら何を持ち帰るかという話しが印象に残りました。
(2020.4.18)

書名著者発行所発行日ISBN
簡素がいちばん!橋田壽賀子大和書房2011年7月10日9784479012078

☆ Extract passages ☆

 ひとつ手に入れば、次を欲しがる。それが手に入れば、さらに次を求める。ほかの人が持つていれば自分も持ちたがる。……
 精神的な高みを目指すのではなく、お金を稼ぐことで次々にものを手に入れなければ満たされない。ものだけでなく便利さもどんどん追求しました。それが経済を押し上げたと言えるかもしれませんが、逆に人の気持ちはものに支配されて歯止めが利かなくなってしまった感があります。
(橋田壽賀子 著 『簡素がいちばん!』より)




No.1781『ツキノワグマ』

 昨年はツキノワグマが住宅のすぐ近くまで出てきたとか、昨年の秋はブナの実などの不作で食べものがなく、しかも暖冬の影響で冬眠できないクマもいたとか、いろいろな話しを聞きます。でも、私もそうですが、意外とそのツキノワグマの生態をも知らない方も多いのではないかと思います。
 そのような気持ちから、図書館から借りてきて、読み始めました。でも、ツキノワグマの顔つきが地域によって違うとは思ってもいませんでした。この本には、「岩手県の北上山系のクマは鼻面が短く丸顔で奥羽山系のクマは鼻面の長い面長であることがわかっている。日で見てわかるほどの違いだ。もちろん実際の計測の結果でもこのことは証明されている。両山系の間には北上川、馬淵川という大きな河川が流れており、その両岸は住宅地や農地となっている。このような現在ある人工物だけではなく、大昔の地形や植生が両山系のクマの往来を妨げし、それぞれで特異な形質が遺伝的に固定されたものと考えられる。他の地域でも同様の現象が確認されている。」と書いてありました。
 この本の副題は「クマと森の生物学」で、ツキノワグマだけでなく、いろいろなクマのことにも触れていて、さらに森の生態などについても書いています。最近はこの近くにもクマが出てきて、小学生たちはランドセルにクマ除けの鈴を付けて登下校しています。だから、クマに出合ったらどうしようかとも思っています。
 この本では、もしクマに出合ってしまったら、次の6つの危険回避の方法を書いています。
(1) クマを見たら、騒がずに静かに状況判断する。クマには近づかない。子グマであったらなおさら。近くには親がいる。
(2) 他に人がいる場合は、一緒に行動する。
(3) クマがあなたのことに気がついていない場合には、クマに注意しながら、すばやく、静かにその場から立ち去る。
(4) クマが遠くであなたに気づいた場合、クマに注意しながら、その場からゆつくり立ち去る。近くに車や家があれば、その中に入る。
(5) クマがだいぶ近づいてからあなたに気づいた場合、逃げない。走って逃げると追いかけてくる可能性がある。クマのほうに注意しながら、静かにゆっくりと後退する。クマとの間に木や岩をはさむようにする。その時、クマとは直接目を合わせない。目を合わせると威嚇していると思われる。木に登ったり水にはいったりしない。クマは木登り、水泳が上手。
(6) クマの逃げ道を作っておく。
 ということだそうです。でも、とっさの場合、このように冷静に判断できるかどうか、それのほうが心配です。
 クマはクマは木登りも水泳も上手だとすれば、やはり死んだふりがいいかとも思いますが、この本では、それはダメだそうです。この本では、「死んだまねはせずに、地面のくぼ地にうずくまり、腹や首筋、顔を守る。防御的な攻撃であれば、クマは後退する。クマが去ったことがわかるまで静かに待つ。」と書いていますが、これだって恐怖心でブルブル震えそうです。
 下に抜き書きしたのは、ほとんど人を襲うことはないと書いてあったものです。
 とはいえ、たとえばTBSの『どうぶつ奇想天外!』という番組の取材で写真家の星野道夫さんがヒグマに襲われて死亡したという事故もあり、まったくないということではないようで、気を付けたに越したことはありません。
(2020.4.16)

書名著者発行所発行日ISBN
ツキノワグマ大井 徹東海大学出版会2009年11月20日9784486018544

☆ Extract passages ☆

 クマ類が人間を獲物として積極的に襲うことはまれである。ホッキョクグマやヒグマは人間を獲物と見なすことがあるようだが、ツキノワグマではそのような例はほとんどない。日本ではツキノワグマによる人身事故が毎年数十件起きているが、子グマに人間が不用意に近づいた場合に子グマを守ろうとした母グマに攻撃されたか、近距離で不意に出くわしたためにクマが防御のために攻撃に出た場合がほとんどである。
(大井 徹 著 『ツキノワグマ』より)




No.1780『イスラーム生誕』

 初版は1990年8月10日ですが、この本は改訂版で、図書館から借りたときには4刷発行でした。
 そんなにも話題になったようでもないけど、このような本としては、だいぶ読まれているようです。この原本は、人文書院から1979年に出たそうですが、そのさらに原本は、第1部「ムハンマド伝」は昭和27年にアテネ文庫から、そして第2部「イスラームとは何か」は昭和39年に慶応義塾大学の言語文化研究所から出た「コーランにおける神と人」が底本だそうです。
 ということは、著者の若いときから書いてきたものが、何度か姿を変えて世に出てきたかのような本です。
 しかも、著者が「文庫版後記」で書いてあるように、執筆の時期において、この2種の本の間には約30年近い隔たりがあるそうです。だから、第1部は「文字どおり若年の書」、第2部は「おとなの作品」といいます。これを読むと、一人の研究者の思考の歴史が垣間見られ、それだけでも興味がありました。さらに、著者はイラン王立哲学アカデミー教授の経験もあり、イスラム世界のことはとても詳しいかったようですが、残念ながら平成5(1993)年に亡くなられています。この文庫本の初版は1990年8月10日ですから、その前に出版されたことになります。
 この本のなかで、イスラム教がおこる前の無道時代は、「沙漠の子らは自由の子だ。不覇奔放な彼らは、他から干渉されたり、その行動を掣肘されたりすることに我慢ができない。常に粗衣粗食で、見た目は実に貧相だが、内には稜々たる気骨がある。純朴で頑固で、無類のお人好し。困っている人を見れば、次の瞬間に自分の生活がどうなるかということなどは全くお構いなしに、もっているかぎりのものを乞われもしないうちからくれてやり、一時に数百頭の駱駝を屠って見ず知らずの客人を心のかぎり饗応する。こういう豪勢な芸当を、いかにもさりげなくやってのけるだけの大きな気魄をもった人を無道時代のアラビア人は「カリーム」(karim)と呼んで、これをこよなく嘆賞した。「カリーム」というアラビア語は、訳せば「高貴な」とか英語の noble とかの形容詞に当るのだが、その内容は非常に違う。絶対に物惜しみしない人をそれは意味する。」とあり、昔のアラブ世界を彷彿とさせる内容です。
 このような考え方を否定したのがイスラム教で、今までの生まれた部族の血統から高貴さがあるのではなく、神をうやまうその心の深さが大切だと説きます。したがって、神の前では、万人が平等だし、どの部族に属していてもそれは同じだという考えです。
 だからこそ、世界宗教になることができたといえますが、それは自分たちの神をうやまうことが唯一の最高原理であり、それ以外の信仰はなんらの値打ちもないということになります。これが一神教の教えであり、だからこそ世界に広まったともいえます。
 下に抜き書きしたのは、第2部の「イスラームとは何か」の最後に書いてあったものです。
 これをそのまま読むと、イスラム教はアラブ世界での戦いや、そこから世界宗教になるまでもそのような戦いが続き、おそらく、今もそのような動きがあるような気がしました。つまり教えを広めるためには、いつも戦いがあり、それに打ち勝たなければならないということになります。
 このあたり、お釈迦さまの仏教とは、根本的に違うという印象です。
(2020.4.13)

書名著者発行所発行日ISBN
イスラーム生誕(中公文庫)井筒俊彦中央公論新社2003年6月25日9784122042230

☆ Extract passages ☆

ムハンマドは詩人でもない、巫者でもない。 ムハンマドはイスラームの預言者、 アッラーの使徒だ、と。だがこの主張をほとんどすべてのアラブに認承させるには、ムハンマド自身を始めとして、彼を信じる人たちの必死の努力が必要だったし、またムハンマドの主張をどこまでも認めまいとする頑強な敵との劇しい闘争を経なければならなかった。ある意味では、コーランはこのすさまじい闘いの生きた記録である。
(井筒俊彦 著 『イスラーム生誕』より)




No.1779『マボロシの茶道具図鑑』

 2月中旬に映画「嘘八百 京町ロワイヤル」を観ましたが、これは武将茶人の古田織部の所持していたとされる幻の茶碗「はたかけ」をめぐって、中井貴一が演じる古美術商と佐々木蔵之介扮する陶芸家のコンビによる、ちょっとコミカルな映画でした。米沢市内では上映がないので、仙台市に出かけたときに観たのですが、贋作によるだまし合いがいかにもという作品でした。
 しかも、その後に、たまたまそれと同じような古い黒織部茶碗を手に入れたので、これも贋作ではないかと思いながら、お抹茶を飲んでいます。
 そんなこんなで、たまたま図書館に行くと、この『マボロシの茶道具図鑑』があり、いろいろな理由でマボロシとなったようで、その故事来歴にも興味があり、読んでみました。
 そういえば、有名な1582年6月2日の未明に起きた「本能寺の変」で、その前日に開かれた豪商の島井宗室や公家の近衛前久を招いて名物道具をそろえて披露しているそうですが、このときに織田信長が本能寺に持参していたのは所有する名物の大部分にあたる約40点だそうです。これが一瞬にしてマボロシになってしまったことになります。
 その後も、大坂夏の陣や明暦の大火などがあり、これでマボロシとなったものもたくさんあります。ところが、それらで無くなったと思われていた茶道具が出てきたり、焼け跡から掘り出されたものが修復されたりして、舞い戻ってきたものもあります。なかには、「嘘八百 京町ロワイヤル」で取りあげられたような贋作が、紛れ込んだりもしていると思います。そもそも鑑定士といわれる人たちも、テレビなどで明かな偽物を本物と鑑定することだってあったわけです。
 この本を読んでいた驚いたのは、古い道具の話のときによく出てくる「天王寺屋会記」という茶湯日記は、津田宗及の父親の宗達から書き始めたもので、現在もその原本が残っているそうです。ほとんどの資料が書き写されていたものや原本が無くなってしまったものが多いなかで、この会記はとても貴重です。だから、茶道史を調べるときには、最も高い信憑性があるといわれています。
 このような資料があるからこそ、すでにマボロシとなった茶道具の存在がわかったり、写真のない時代でもその姿がおぼろげにでもわかるのです。昔の茶人は、まさに道具との一期一会をとても大切にしていて、その場では書くことはできなかったでしょうが、家に帰ってから、それらを思い出しながら書き留めていたそうです。それが今ものこる会記です。
 ところが、最近はその会記も道具や箱などとともにまとめて展示されていたり、大きな茶会になると、印刷された会記なども準備されていたりします。これはこれで、とても有難いのですが、あまり記憶に残らないような気がします。
 近代になっても名物茶道具が失われましたが、先ずは大正12年9月1日の関東大震災で、次は第二次世界大戦のときの日本各地の空襲です。このときは、ある程度は疎開させるなどもできたそうですが、それなりの被害はあったようです。やはり、一番こわいのは戦争などの人災で、次は地震などの天災のようです。また、旧家などの売り立てで売却されたものの、散逸してしまい現在では所在がわからないものも多々あります。
 下に抜き書きしたのは、著者の「おわりに」に書いてあったものです。
 この本のなかのマボロシの茶道具は、いまだにマボロシのものもありますが、火災に遭いながらも修復されたものや、行方不明だったものが出てきたこともあります。しかし、そのマボロシのものも、あくまでも古典であって、そこから新しいものを想像する工夫が必要です。その土台として、これらマボロシが大切だと改めてわかりました。無くなったものはどうしようもないという考え方もありますが、なくなったものでも、それらは大切な古典であることにかわりはありません。
 そういう意味では、この本はとても興味深く読みました。
(2020.4.10)

書名著者発行所発行日ISBN
マボロシの茶道具図鑑依田 徹淡交社2019年10月13日9784473043306

☆ Extract passages ☆

千利休という人物を考えるときも、信長と秀吉という唐物名物の大コレクターに接しながら、まったく新しい茶道具を生み出した点は無視できません。利休の使った与次郎の釜にせよ、長次郎の茶碗にせよ、京都で造らせた新造品でした。そこには古典の権威と格闘し、そこからどのように自由になるのかを模索した姿が浮かび上がってきます。また利休以降の茶人について見れば、古田織部にせよ、小堀遠州にせよ、新たに「古典」となった利体の茶に対峙し、そこから新しいものを生み出そうとしてきたはずです。
(依田 徹 著 『マボロシの茶道具図鑑』より)




No.1778『日々の暮らしを楽にする』

 本の文字がところどころ青色で強調されていて、むしろ読みにくいと思いながら読んでいました。
 後半になると、それがほとんど気にならなくなり、最初になぜあんなにも気になったのかと考えてしまいました。おそらく、読み進めていくうちに、著者の意図するところと自分の考えとが違うところがあり、必ずしも青い文字が気にならなくなっていったのかもしれません。
 この本を読んでいて興味を持ったのは、「喜ばれると嬉しい」という感情です。これを神が与えてくれた本能だと書いていますが、私はそのように生まれてきたと考えています。つまり、この世に楽しむために生まれてきたのが人間だとだいぶ前から思っていました。今も、その考えは変わりません。著者は、「動物には、自己保存と、種の保存という2つの本能が備わっています。動物界の頂点に存在し、天敵がいないヒトに対して、神は自分だけが持っている「喜ばれると嬉しい」という本能を与えました。」といいます。
 たしかに、いろいろなことが「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「愛してる」「大好き」「ありがとう」「ついてる」と考えられるなら、それらがさらにたくさんのよいことを招き入れてくれるような気がします。つまり、不平や不満、悪口などばかり言っているより、楽しいことを考えていたほうが幸せであることは間違いありません。
 この本を読み終わってみると、書いてあることは目新しいことでも特別に大事なことでもなく、当たり前のことを書いてあるだけです。でも、大事なことは、ただ知っていることではなく、心の底からそう思い実行できるかということです。よく、考えるだけならサルでもできる、といいますが、それを当たり前のように実行できることが大切です。
 この本の副題は、「今すぐ実践できる幸せの法則」ですが、やはり実践することが必要不可欠です。
 下に抜き書きしたのは、心の幅の広い人になるために必要なことが3つあると話しているところです。
 たしかに、おもしろい話しをたくさん知っていて、聞いていてワクワクするような内容なら、その人の周りにたくさん人が集まってくると思います。楽しい話しには、明るい人たちが集まってくるというのは、あると思います。
 私自身も、この3つはなるべく心がけています。今は新型コロナウイルス感染症の影響で、旅に出ることは難しいですが、これが収まってきたら、また、海外や国内の旅へもぜひ行きたいと思っています。そして、旅はなるべくなら一人旅が望ましいようです。たった一人なら、すべてのことを自分自身で決めなければ一歩も前には進めません。それを楽しいと思うか、それとも煩わしいと思うかで、旅の内容も変わってきます。アウグスティヌスは、「世界は1冊の本だ。旅をしない人々は本を1ページしか読んでいないのと一緒だ。」という名言を残していますが、そういう意味からすると、本を読むのも旅をするのも、同じことのようです。
(2020.4.8)

書名著者発行所発行日ISBN
日々の暮らしを楽にする小林正観学研プラス2019年12月31日9784054067646

☆ Extract passages ☆

 心の幅の広い人になるために必要なことが3つあります。それは、「本をたくさん読むこと」「人の話を聞くこと」「旅に出ること」です。
 いろいろな本を読み、情報がある一定量を超えると、頭の中で情報と情報が結合して、新しい情報を生み落としてくれます。そうすると、3+3=6の情報になり、6の情報同士が出会い、今度は6十6=12になる。6×6=36になることもあり、幅広く展開していきます。情報には「絶対的な必要量」があり、あるところを超えると有機的に結合され、あふれ出していきます。そうすると、いろいろなことがわかってきて面白くなります。
(小林正観 著 『日々の暮らしを楽にする』より)




No.1777『スマホの中身も「遺品」です』

 体調が思わしくなくなると、ふと、自分が作っているホームページはどうなるのかと考えたりします。普通は、このようなことはまったく考えもしないのですが、人間ですから、何があるかわからないです。しかも、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡散されている様子を見ていると、さらに心配になります。
 そのようなとき、この本を見つけ、さらに副題として「デジタル相続入門」とあり、さっそく読んでみました。
 ここでいう「デジタル遺品」というのは、あくまでも学術や法律用語ではないので、ある程度の揺らぎはありますが、ここでは「デジタル環境を通してしか実体が掴めない遺品」ということだそうです。さらに、わかりやすいように3つに分けると、1つは「家」タイプ、つまりデジタルデータが収納されている機器のことです。具体的にはスマホやパソコン、タブレット、外付けハードディスク、USBメモリーなどのことです。
 2つめは「家の中」タイプで、具体的にはスマホやパソコンなどに保存されていたデータそのものです。これらのデータは写真や文書など、さらには送受信されたメールなども含みます。デジタルですから、機器のなかにあるので、すぐにはその存在すらわからないのですが、何十年も使っていれば、そのデータは膨大なものになっているはずです。そして3つめは、「家の外」タイプで、インターネットなどでつながっている社会のなかに存在するもの、すべてです。具体的には、フェイスブックやLINE、ツイッターなどのSNS上にある自分のページにあるもので、私の場合はフェイスブックにほぼ毎日写真を掲載しているので、これだって相当な数になっているはずです。たとえば、もしネット銀行を利用したり、なんとかペイなどを財布がわりに使っていれば、それも含まれます。
 そう考えれば、自分自身なら当然のように使っていたデジタル環境を通してしか実体が掴めないものも、相当あるはずです。それが、一瞬にして自分がいなくなれば、他の人にとってはほとんど闇のなかです。ほとんどの場合、パスワードがなければ入れませんし、最近は生体認証などでログインしなければならないとすれば、なおさらです。たとえば、今までの銀行預金などであれば、暗証番号がなくても、それなりの手続きをして遺産相続すれば、預金は相続されます。しかし、ネットで株取引などをしていれば、今は株などの有価証券そのものがデジタル所有が基本ですから、その実体もわかりにくいです。そのように考えれば、デジタル遺品の問題というのは、ほんとうに難しいと思いました。
 ただ、意外とデジタル遺品は短命だと思います。たとえば、昔は3.5インチフロッピーというのがありましたが、それ以前にも8インチや5.25インチなどのフロッピーもありました。それから光磁気ディスク(MOやZIP)や片面650MBの容量を持つ四角いカートリッジに収容されたPDドライブなどもありました。私は、このPDドライブで写真を保存していたこともあり、とても懐かしいのですが、今では対応するドライブがありません。それから、CDやDVDなどになり、今はブルーレイが私の記憶媒体です。もちろん、ハードディスクも安くなったことで、何台もパソコンに組み込んで使っています。
 このように考えると、それだって、媒体が残っても、それに対応する機種がなくなれば読み込めなくなります。やはり、デジタルものは短命です。それをわかって使うしかなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、デジタル遺産に限ったことではないのですが、終活は生前からしっかりと計画を立て、あまり面倒なことにならないように配慮しておくということだそうです。
 でも、人間というのは、ある日突然亡くなるということだったあるので、いつかしようではなく、思い立ったときが吉日です。
 この本を読んでいたら、3月31日に米沢市内で運転免許合宿に参加していた神奈川県在住の20代女性が感染している確認され。その影響で米沢市立図書館も4月1日から当分の間臨時休館になってしまいました。でも、いずれ閉館になるかもしれないと思っていたので、10冊まるまる借りてきていて、10日に返却することになっていました。この本もそうですが、仕方ないので借りてきていた本はゆっくり読むことにしました。
(2020.4.5)

書名著者発行所発行日ISBN
スマホの中身も「遺品」です(中公新書ラクレ)吉田雄介中央公論新社2020年1月10日9784121506757

☆ Extract passages ☆

 デジタル遺品に限らないことですが、死後のことをあれこれ指図しても、自分はもう責任がとれません。責任をとるとしたら代理の誰かということになります。その人にあまりに大きな負担を強いるのは酷ですし、客観的にみてもうまくいく確率が低くなるのは想像に難くないでしょう。いかに面倒をかけずにスムーズに動いてもらえるか。生前から死後まで、終活の極意はそこにあるのではないかと思います。
(吉田雄介 著 『スマホの中身も「遺品」です』より)




No.1776『がん哲学のレッスン』

 この本は、「かもがわ出版」から出ているのですが、おそらく初めて読む出版社ではないかと思います。かもがわと聞くと、やはり京都の鴨川を思い出しますが、この出版社も京都の堀川通りにあります。
 副題が「教室で〈いのち〉と向き合う」で、がん教育で扱うテーマを中心に、教室などでがんの授業や家庭での親子の語りあいを深めるきっかけになればという思いで書かれたと「はじめに」に書いてあります。それを読み、読んでみようと思いました。
 今の時代、新型コロナウイルス感染症もこわいですが、日本人の場合、一生のうちに2人に1人はガンになり、男性は62%、女性は47%だそうです。そして、30歳までにガンになる確率は0.4%、50歳までに2%、60歳までに8%、80歳までに41%の確率でガンになるとこの本には書いてありました。
 ということは、ガンの治療法が日進月歩で進んでいるとはいえ、生涯にガンで死亡する確率は男性が25%、女性が15%ですから、男性なら4人に1人はガンでなくなるということになります。これでは、やはり恐ろしい病気だと考えてしまいます。
 では、なぜガンができるのかというと、この本では、「正常細胞ががん化するのは、細胞を増殖させる役割の「がん遺伝子」か、細胞増殖を止める役割の「がん抑制遺伝子」が突然変異で傷つくのが原因です。もうひとつ、DNAの修復酵素など遺伝子そのものの異常でがん化するケースもあります。普段はアクセルとブレーキの機能がうまく共生して機能していますが、「がん遺伝子」が傷つくとアクセルの踏み過ぎになり、「がん抑制遺伝子」が傷つくと、ブレーキ故障の状態になる。または、DNAの整備不良によって車が暴走する。これが、がん細胞が増殖するイメージです。」と説明しています。
 今までは、正常な細胞ががん化すると思っていたのですが、「自律神経にも、機能を活性化させる「交感神経」と、抑制する「副交感神経」がある」というように、しっかりとバランスを取っているというのが人間の不思議さです。だからこそ、そのような共存体制だからこそ、若いうちは少しぐらいがん化しても修復できるのかもしれませんが、年を重ねていくとそれが難しくなるようです。
 この本のなかで、がん細胞を年寄りのネズミの肝臓に植えた時と若いネズミの肝臓に植えたときとどちらが大きくなるか、という話しを子どもたちにすると書かれていますが、その結果は書かれていませんが、おそらくは若いネズミに移植されたときのほうが大きくなるのではないかと思います。著者は、だからこそ、がん教育は小学校の高学年から始めるほうがいいと書いています。
 下に抜き書きしたのは、この本のなかで、何度か取りあげられていることで、問題が解決できなければ「解消」するということです。
 この考え方は、ガンだけでなく、いろいろなところで役立つと思うので、ここに取りあげました。世の中は、何が起こるかわからないものです。今も、新型コロナウイルス感染症の世界的広がりで、今年予定の東京オリンピックも延期されるのではないかと言われ始めています。これに焦点を合わせて練習を繰り返してきた選手たちにとっては、大きな問題ですが、これもどうできるものでもありません。おそらく、もし延期されたら、オリンピックに出られなくなる選手もいるかもしれません。
 まさに、ガンだけでなく、この世の中は、一寸先は闇かもしれないのです。
(2020.4.2)

書名著者発行所発行日ISBN
がん哲学のレッスン樋野興夫かもがわ出版2020年2月20日9784780310771

☆ Extract passages ☆

問題が「解決」しなくても、「解消」することはできます。
 悩みは解決しなくても、悩みを問わなくなるのが解消です。がんに気を向ける時間をなるべく減らす。そのためには、本に没頭する、趣味に打ち込む、社会の中で役割を見つけて打ち込む。そんなことがひとっできれば、関心はどんどん広がっていくものです。そして、がんの恐怖にとらわれている状態を解消できます。
(樋野興夫 著 『がん哲学のレッスン』より)




No.1775『四季の名言』

 1週間に1回のペースで、「大黒さまの一言」というホームページをつくっていますが、ここに日本だけでなく、世界中の名言を紹介すべく「今週の言葉」を載せています。
 そのためにも、いろいろな本を読み、気に入った言葉があるとノートに書き出していますが、この『四季の名言』も春夏秋冬にわけて、それに見合ったような名言を選んで載せています。
 たとえば、秋の項には、有吉佐和子さんの小説「紀ノ川」の冒頭の部分を引用し、さらに秋らしく柿の木について書いています、それを引用すると「昔、嫁入りに際して実家から柿の接ぎ穂を持ってゆき、それを嫁ぎ先の柿に接いだ。子を産み、育て、やがて嫁としての生涯が終わると、大きくなっている柿の枝が切られ、火葬の薪やお骨を拾う箸になった。つまり、かつての女は柿の木とともに生きた。柿の木は女を象徴する木であった。以上のことを有吉が明確に意識しているわけではないだろうが、折々の場面に登場する柿の木には、柿が女の象徴だった時代の気配が濃厚だ。紀ノ川流域の柿の古俗を有吉は描いた、と言ってよいだろう。」と書いています。
 そういえば、私の住んでいるところでも家の近くに柿の木を植えているところが多く、以前は下校時に勝手に柿をもいで食べていました。ところが最近では、だれもこの柿の実を採ることもなく、野生のサルが出没して食べるので干し柿にしようという取り組みも出ています。つまり、その柿の実があることによって、サルたちが山に戻らないというわけです。時代が変われば、柿の木の存在理由も変わらざるを得ないということです。
 昨年の9月から10月にかけて、マダガスカルのバオバブの樹を見てきました。というのは、子どもの時にサン・テグジュペリの「星の王子さま」を読んで、いつかは本物のバオバブの樹を見てみたいと思っていたからです。その前に、大坂で開かれた花博で移植されたバオバブを見ましたが、これにはガッカリしました。そのとき、いつかはマダガスカルで見たいと思っていて、それが実現したときには、まさに天にも上る気持ちでした。そして、その前後に、「星の王子さま」を読み返し、あらためていろいろなことを考えました。そのひとつがここに取りあげられていて、「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない。」ということです。
 星の王子さまは、「王さまだけが住んでいる星、大物気どりの男が住む星、酒びたりの男の住む星、実業家の住む足、点灯人が住む星、地理学者の住む星を経て地球にやってきた。」のです。でも、その地球にはいろいろな大人たちがいっぱいいたけれど、「いちばんたいせつなこと」を見ない大人たちばかりだと書いています。
 たしかに、マダガスカルでは、飛行機で荷物の積み残しがあり、3日間、とても不便な生活を強いられましたが、それでもたくさんのバオバフの樹に囲まれて幸せでした。三脚がなくても、石の上に置いたり、木にカメラを添わせて撮ったりして、なんとかきれいな写真を残すことができました。本もなかったので、夜は星空を眺めていました。
 キツネは「ならわしがお互いを深くなつかせる」といいましたが、自然はたくさん親しくさせてくれました。今でも、そのときに撮った写真をときどき見ていますが、それを見ているとあのときの幸せが追体験できます。
 下に抜き書きしたのは、牧野富太郎の言葉を名言として取りあげたところです。私自身も植物が好きだと、ときどきは牧野氏がいた小石川植物園にも顔を出し、いろいろなことを教えてもらっています。しかも、自らが彩色した本を見せてもらったこともあり、とても身近に感じられました。
 私も、これからも植物とつきあうことによって「極楽」のような日々を過ごしたいと思っています。
(2020.3.31)

書名著者発行所発行日ISBN
四季の名言(平凡社新書)坪内稔典平凡社2015年12月15日9784582857993

☆ Extract passages ☆

彼は78歳まで大学に籍を置き、その後も植物の研究に没頭した。名言として挙げた言葉は、92歳の時のエッセイ「花と私――半生の記」(自伝に収録)に出ている。そこには以下のようにも書かれている。「花に対すれば常に心が愉快でかつ美なる心情を感ずる。故に独りを楽しむことが出来、あえて他によりすがる必要を感じない。故に仮りに世人から憎まれて一人ボッチになっても、決して寂莫を覚えない。実に植物の世界は私にとっての天国でありまた極楽である」。憂鬱などとは無縁に、好きな花(植物)に没頭しているのだが、このように学問の出来た彼は、まさに「極楽」のような日々を生きたのだろう。
(坪内稔典 著 『四季の名言』より)




No.1774『老人の美学』

 老人にもいかに美しく生きるかという美学が必要かもしれない、と思い読み始めました。
 たしかに、老人になると口やかましくなったり、急に怒り出したり、立居振舞も緩慢になり姿勢も猫背になりやすくなります。性格だけでなく、見た目も変わってくるようで、やはり気を付けないとと思いました。
 著者は、昭和9(1934)年生まれで、小説家や劇作家でもあり、さらにはホリプロに所属する俳優でもあります。以前は、小松左京や星新一とならんで「SFご三家」ともいわれたほどで、いろいろな作品を残しています。でも、私はまったく読んだことがなく、俳優としての著者のこともしらないのですが、「重度の認知症にもならず、まだ頭がはっきりしているうちは、立ち居振舞いや姿勢に気をつけておくべきだ。老人になると、意識せずして前屈みになっていたり、とぼとぼ歩きをしたりしているものだが、舞台に立つていた時の延長で、小生常に立ち居振舞いを美しく、姿勢を正しくと心がけていて、これは今でも続けているし、時には人から感心して指摘されたりもする。常からそうしていると、認知症などに なってももとからの習慣で、ある程度は立ち居振舞い、姿勢共に、美しく正しくしていられるのではないだろうか。」と言っていて、なるほどと思いました。
 やはり、意識するとしないでは大きな違いがあり、少しでもボケる前から立ち居振舞いや姿勢に気をつけるべきだと思います。さらに、年を重ねてくると、なんとなくむさ苦しく感じられるので、清潔感は特に大事なことです。昨年のことでしたが、ある高校教師だった方とお会いし、顔を見たら、鼻毛がだいぶ伸びていました。すると、耳毛も伸びていて、なんとなく不潔な感じがしました。
 もし、眉毛なら長寿のシンボルとしてご愛敬ですが、鼻毛や耳毛は困ります。床屋さんに聞いたのですが、ある程度の年齢になると、自然に抜け落ちてしまうそうですが、その歯止めが利かなくなり、そのまま伸びてしまうのだとか。
 立ち居振舞いだけでなく、こざっぱりしたものを着ることも必要です。ブランド品などを着るよりも、洗濯してきれいなものであればそのほうがいいと思います。
 下に抜き書きしたのは、生き方を年齢で考えることの大切さを書いてあるところです。
 これには、有名なところではインドのバラモン教法典に書いてある4段階で、最初は「学生期」で師のもとでヴェーダを学ぶ時期、そして次が「家住期」で家庭にあって一家の中心となって祭式を主宰する時期、次が「林住期」で森林に隠棲して修行する時期、さして最後が「遊行期」で一定の住所をもたず乞食遊行する時期の4つに分けられています。このことについては、作家の五木寛之氏がいろいろなところに書いているので、もし興味があれば読んで見てください。
 この本では、数学者の森敦氏の説である「人生忠臣蔵」について述べていますが、どのような考え方であろうとも、年代を区切って考えることはいいことだと思います。
(2020.3.28)

書名著者発行所発行日ISBN
老人の美学(新潮新書)筒井康隆新潮社2019年10月20日9784106108358

☆ Extract passages ☆

こうした時代区分と老年の設定にはどんな価値がありどんなことに役立つのか。小生の思うところ、特に高齢者、後期高齢者にとっては自分の居場所を見定め、社会の中での自分を律する役に立つと思う。勿論それ以前の、それぞれの時代に区分される少年、青年、中年にしてもそうで、それぞれの時代の生きかたの指針となる美学がある筈だ。だが、それぞれの時代に足を踏み入れるのは誰にとっても初めての経験である。こんなものを書いている小生にしてもそうだ。だからこそ自らの指標となる思考や行為や行動を設定して、そこに何らかの美的価値を見定め、それに沿った生きかたが必要になってくるのではないだろうか。
(筒井康隆 著 『老人の美学』より)




No.1773『アナログの逆襲』

 副題は『「ポストデジタル経済」へ、ビジネスや発想はこう変わる』とあり、最近、私もそのように思うところがあり、読むことにしました。
 写真を撮っていると、たしかにデジタルの良さもありますが、データを保管するとき、一抹の不安もあります。特に、大地震の少し前に撮った中国の黄龍や九寨溝などは、これからは絶対に撮れません。しかし、その写真は、パソコン本体のハードディスクと外付けのハードディスク、さらにはブルーレイなどにも記録しています。しかし、以前はPDやDVDなどにも記録していましたが、それらは再生する機種がなくなったり、容量が少なかったりして、今では使えません。おそらく、これからもデジタル機器は進化し続けるでしょうが、将来とも使えるという保証はどこにもありません。
 そういう意味では、アナログも必要で、この本では、そのアナログの良さをいろいろな例を持ち出して詳しく説明してます。たとえば、この『本のたび』に直結する問題ですが、書店の強みとアマゾンなどのオンライン店舗との違いや、ペーパーレスとはいいながらも紙の需要が増えていることとか、さらには紙に印刷された出版物の良さとかです。この印刷された紙で読むということについて、著者は「紙で読むことはきわめて機能的で、私たちにとってほとんど習性になっているからだ。マリア・セブレゴンディが説明したモレスキンのノートの魅力と同じように、紙に触れることは五感を使う行為だ。たとえ『エコノミスト』の印刷版がウェブサイトやアプリで読める記事と同じでも、インクの匂い、ページをめくるときのカサカサという音、指に感じる紙の手触りはデジタルでは経験できない。こうしたことは、記事を読むうえで関係ないと思うかもしれないが、実は重要だ。iPadで読むと、どの記事も同じように見えるし、同じように感じられる。印刷版は、ページを指でめくることで、過剰な情報にさらされているという感覚をせき止めることができるのだ。」と書いています。
 私は本を本棚に並べて、ときどきそれらを眺めながら、それらの本に書いてあったことを思い出したりします。もし、デジタルだったら、おそらく思い出すことも少ないだろうし、必要なときに検索すればいいと考え、ほとんど記憶に残らないような気もします。でも、本棚の本は、その背表紙を見ただけで、そこに書かれてあったことなどを思い出します。
 また、昔の小売店は必要な品物があるから買いに行くという場合が多かったような気がしますが、最近のお店は、そのお店をながめているだけでも楽しい気持ちにしてくれます。たとえば、ハガキのイラストなども好きなのですが、それらがたくさん並んでいるのを見るだけでも楽しいし、そこから数枚を選んで買ってくると、それを見るたびにそのときの情景が浮かんできます。
 つまり、この本の中に出てくるエバーノートのマーケティング担当部長のアンドリュー・シンコフさんの「フィジカルな製品は人をワクワクさせる。人間はモノに愛着を持つんだよ。アプリでそんな思いをしたことはあるかい?」という問いかけに、なるほどと思いました。
 また、アマゾンのように限りなく広い選択肢があると、かえって選ぶのが大変だし、疲れてしまうといいます。私の場合は、買う物が決まっていて、近くになければオンラインで注文しますが、何を買えば迷っていたら、お店にいって、実際に見比べて購入します。本だって、たまたま欲しい本がなくても、その書架の近くで、もっともっとおもしろそうな本を見つけることもあります。
 私は、この本を読んで、たしかにデジタルのほうが便利なこともありますが、アナログだっていいものだと思いました。そして、ほとんど考えずに、その両方を適宜使っていることに気づきました。
 下に抜き書きしたのは、アドビ社の「アドビ・キックボックス」についての話しです。
 このことを話してくれたのは、アドビの戦略担当重役で、このキックボックスの作成を手伝ったクシュ・アメラシンゲです。この中におさめられている1つ1つがまったくデジタルとは無縁なもの、それがかえってひらめいたものを形にできるというのは、たしかにあるなと思いました。
(2020.3.25)

書名著者発行所発行日ISBN
アナログの逆襲デイビット・サックス 著、加藤万里子 訳インターシフト2018年12月20日9784772695626

☆ Extract passages ☆

アドビ・キックボックスは、火災警報器の絵の下に「アイデア・コンストラクション・キット」というタイトルが印刷された厚紙の箱で、「アイデアが浮かんだらはがすこと」と太字で書かれた封がされている。箱のなかには、ポストィット、アイデアを実行に移す手順が書かれたキュー・カード、 コーヒー1パック、チョコレート、ペンと鉛筆、紙製のノート、1000ドル分のプリペイド・クレジツトカードが入っている。「その場ですぐに取りかかれるように、デジタルを使わずにすむように作ってあるんだ」。
(デイビット・サックス 著 『アナログの逆襲』より)




No.1772『アルゴリズム フェアネス』

 この本を読んで、インターネットの黎明期のことを思い出しました。私も最初はNetscape Navigatorを使っていましたが、Windows 95のときはInternet Explorerも有償だったので使いませんでした。ところが、Windows 98からは標準でInternet Explorerを搭載したので、そのときから使い始めました。
 そのころからホームページをメモ帳で作っていましたが、今のように多くの人たちが見てくれるとは想像すらできませんでした。
 最近、とくに聞くのは「GAFA」という言葉で、これはグローバルIT企業のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字をとったものです。私自身は、このいずれの情報技術を利用してまいす。それでも、アップル以外は、私がパソコンをいじり始めるころにはなかった企業です。それが今や世界の情報技術に多大なる影響を及ぼしているのですから、その影響力は計り知れないほどです。
 そこで用いられているのが、この本の題名でもある「アルゴリズム」です。これは、「数学やコンピュータで問題を解くための手順を定式化したもの」だそうですが、これだけだとなんのことかわかりませんが、一度品物を検索するか買い物をすれば、次に検索するとその関連する品物が次々と掲載されて出てきますが、それもこのアルゴリズムによるものです。いつもは、ほとんど無視しているのですが、たまにはそこから入ってみることもあります。
 この本でなるほどと思ったのは、「ヨーロッパ各国で自身の死後に臓器提供する意思があるかどうかを調べたところ、フランスやベルギーで「意思あり」とした人は、ほぼ100%に達していたそうです。ところがオランダでは28%、ドイツに至つては、わずか12%でした。……フランスやベルギーのように「意思あり」の割合が高い国では、臓器提供の意思が 「ない」人だけ、免許証の裏などにチェツクを入れることになっていました。 一方、オランダやドイツのように「意思あり」の割合が低い国では、「あり」の人だけチェックを入れることになっていたのです。どこの国でも、チェックを入れない人は一定数いるはずです。判断を迷っている人、無視している人、意思表示の機会があること自体を知らない人など、さまざまでしょう。そうした人がフランスやベルギーでは自動的に「意思あり」に分類され、オランダやドイツでは「意思なし」に分類される。」と書いています。
 たしかに、これはありそうです。
 だとすれば、「意思あり」をどのように設定するかが問題で、おそらくアルゴリズムだって、ある程度の企業側の意思が入っているように思えてしまいます。たとえば、「食べログ」で「いいね!」の書き込みを増やしてもらうためにサクラを使ったというような話しがありましたが、結局はそのへんのところは誰にもわかりません。だからこそ、この本の題名の「フェアネス」、つまりは公平とか公正ということが大切になってくるように思います。
 これがあやふやのままだと、結局はそのプラットフォームは消えてしまいます。また、そうでなければ困ります。
 そういえば、最近の中国のオンライン決済の多さには驚きます。この本でも中国のクレジットカード保有者は15%ぐらいといいますから、それ以外はバーコードかQR決済です。露天も食堂もほとんどがそれらの決済ですが、なぜそれほど増えてきたのでしょうか。この本では、中国は多民族国家だからなかなか人を信用できないが、これらのオンライン決済を使い信用度を増すと生活だけでなく、就職や旅行も便利になるといいます。たとえば、アリババの「信用スコア」の場合は、最低が350点で最高が950点ですが、650点以上の18〜59歳までの人しか入れない生命保険とかあるそうです。つまり、オンラインを使うことによって人の格付けすらできるということで、そういえば昔より自分さえよければいいという考えも少なくなってきたように思います。
 下に抜き書きしたのは、第5章の「自由を増やす「ハンマー」を手にしよう」という最後に書いてある文章です。
 たしかにアルゴリズムで意識が誘導されているような感じもしますが、それでも、いろいろな自由が手に入るのも新しい情報技術です。そういえば、昔は洋書を手に入れるには丸善に頼むしかなかったのですが、今はアマゾンで簡単に検索して入手できます。それも、新刊だけでなく古本もです。
 やはり、このインターネットなどの便利さは、これからもますます利用され続けるのではないかと思います。
(2020.3.22)

書名著者発行所発行日ISBN
アルゴリズム フェアネス尾原和啓KADOKAWA2020年1月31日9784046040756

☆ Extract passages ☆

 英語には、2つの「自由」があります。「Free from」、つまり抑圧から解放される「自由」、もう一つは「Liberty to」、これは誰もが縛られず、個性を発揮できる理想社会をめざす「自由」です。それに対し、日本人にとっての「自由」は、誰かに定義されるものではありません。「自らを由し」とすれば、それが自由なのです。
 由しとは、自分だけがよいということではなく、他の意見や権力によって支配されることでもない。そうした自由を確保するには、1つではなく多数の依存先をもつことによって、たくさんの人と「有り難う」を交換し合い、その交点のなかに、他の権力によってではなく、「自らを由し」とする自由を見出していくことが大切だと思います。またそれがプラットフォーム間の競争を促し、自由とフェアネスを高めることにもつながると信じています。
(尾原和啓 著 『アルゴリズム フェアネス』より)




No.1771『ざんねんな人体のしくみ』

 人の身体は、なぜなんだろう、と思う不思議がいっぱいつまっていると思っていたので、この本を見つけ、読もうと思いました。
 著者は内科医で、ある意味、幅の広さのあるお医者さんだと思っていますが、それだけ幅の広い医学的知識も必要です。今まで、なぜとも思っていなかったものもあり、たとえば、足は臭いものと思っていたのですが、それなりの理由がありました。というのは、「これは、ストレスによる自律神経の乱れが深く関係しています。自律神経が乱れると、足の裏に大量の汗をかくため、雑菌が繁殖しやすくなるのです。ニオイの原因菌は、高温多湿の環境でより繁殖するため、ストレスがかかって汗が増えると原因菌の老廃物が大量に発生し、不快なニオイを発生させることになります。湿気の多い夏場は足が臭くなりやすいので、特に注意が必要です。また、サイズの合っていない靴を履くこともニオイの原因になります。なぜなら、サイズが小さい場合も大きい場合も、足にとっては大きなストレスになるからです。同じ靴を一日中履いていたり、足に合わない靴下を履いていることも、足にとってはストレスですから、やはり注意が必要です。」と書いてありました。
 そういえば、イグノーベル賞で日本人初受賞となったのが、「足の匂いの原因となる化学物質(1992年)」でした。しかも、医学賞ですから、その当時は話題になりました。この原因となる化学物質が、つまり老廃物というわけです。
 この本を読んでいると、たしかにざんねんではありますが、そのように人間は作られていると考えれば、ある意味、仕方のないこともたくさんあります。たとえば、髪の毛なども親からの遺伝によるものが8割もあるそうですし、音楽的な才能は約9割もあるというから、どうしようもありません。しかし、美術の才能は5割程度しかないといいますから、少しはがんばり甲斐がありそうです。
 それ以上に、年を重ねてくると、いろいろと変わってくるもので、たとえば身長もそうです。私の場合は健康診断で計ってびっくりしたのですが、3.5pも縮んでいました。その理由は、4つほどあり、
 先ず1つは、筋力の低下だそうです。つまり、筋肉が減ってくると脊椎や骨盤をしっかり支える力が低下してくるので、その結果として背が縮んでしまうといいます。
 2つ目は、姿勢の悪化です。つまり、筋力が低下し猫背や前かがみの姿勢が多くなると、いつの間にか身長も低くなります。
 3つ目は、骨粗しょう症です。これは特に女性に多いといいますが、これになると骨が変形したり、圧迫されたりして、物理的に身長が縮んでしまいます。
 4つ目は、体内の水分量が変化してくるからです。これは初めて知ったのですが、子どもの頃の体内の水分量は約7割だそうですが、大人になると5〜6割、さらに老人になると5割ほどに減ってしまうそうです。つまり、水分量が減ってくると、それにともない背骨の椎間板の水分量も減ってしまい、結果的に身長も縮んでしまうということです。
 だから、多い人だと10pも身長が減ってくるといいますから、まだ3.5pなら仕方ないかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、年を重ねてくると、食べものを飲み込もうとしたときに間違って気管支や鼻のほうに入ったりするようになりますが、その理由についてです。
 これは経験した人でなければわからないと思いますが、とても苦しいものです。なぜ、このようなことが起きるのかと考えたときもありますが、それは人間だけだったと知り、びっくりしました。
 そういえば、お正月などに餅をのどにつまらせるということも、少しは関係がありそうです。
 でも、このような切り替えの構造になっているからこそ、声帯を振動させ、それを口のなかで共鳴させて、話すことができるのです。
(2020.3.19)

書名著者発行所発行日ISBN
ざんねんな人体のしくみ(青春新書)工藤孝文青春出版社2019年5月30日9784413211352

☆ Extract passages ☆

 実は、人以外のほ乳類のノドには、食べ物の通り道である食道と、空気の通り道である気管が、道路の立体交差のように存在しています。そのため、食べ物が気管に入ってしまうことは基本的にありません。
 一方人間は、食道と気管の入り口が、まるで線路のように切り替わる構造になつていて、いちいち通り道を替えることになるため、食べ物が気管に詰まるといった問題が起きやすいのです。
 人間の場合、咀嚼した食べ物を飲み込もうとすると、ノドの奥にある軟口蓋という部分が口腔と鼻の間を塞ぎます。同時に喉頭蓋というもう1つの蓋が肺に通じる気道を塞ぐことで、ようやく、食べ物が食道に落ちていく状態になります。つまり人は、食べ物を飲み込むのと、空気を吸うことを同時に行うことができません。飲み込む瞬間には、必ず息を止めているのです。
(工藤孝文 著 『ざんねんな人体のしくみ』より)




No.1770『脳科学からみた「祈り」』

 No.1764『人のために祈ると 超健康になる!』を読んで、なるほどと思ったので、この本を図書館から探し出して借りてきました。
 しかも、副題は『「前向きな心、感謝、人を思う祈り」が脳を活性化し免疫力を高める!」』とあり、なんか良いことづくめのような気がしました。しかも、活字が大きく、126ページしかないので、あっという間に読み終えました。しかし、何度か読み直すと、やはりところどころに大きなヒントがあり、それらを抜書きカードをつくりました。
 その抜き書きしたひとつが、「脳細胞を育てるのは、筋カトレーニングをするのと似たようなものです。毎日少しずつ、鍛えていく。また、鍛えすぎてもだめなのです。適度な刺激、適度な負荷を、自分が「これくらいはできるかな」と思うレベルより少し上を目標にしながらかけていく。そうすることで、脳は少しずつ少しずつ育っていくのです。よい祈りによってプラスの刺激を日々与えつづけ、それに応じて脳細胞がプラスの変化を遂げ、そのことによって祈りが叶うのだとしたら、はっきりした変化が起きるまでには日々祈りつづける必要があるでしょう。」ということです。
 つまり、思い出したときだけ過度な筋トレをしてもダメだし、やせたいとおもったときだけ断食をしてもダメなように、日々続けることが大切だということです。この本では、人間の細胞が入れ替わるのに3ヶ月ほどかかるから、1つのことを祈り続けるのも最低3ヶ月ぐらいは続けてほしいと書いています。
 ただ、惰性的に祈りつづけてもダメで、ある意味、意識的に祈ることの大切さも書いています。この辺りは、直接読んでいただくと、よくわかります。
 また、人のために祈ることの意義について、仏教では「縁起」を説きますので、いわば自己も他者も根源的につながっているといいます。もっと簡単にいってしまえば、著者は地つづきと言っていますが、同じということになります。つまり、自分のことのように他者を考えられるようになれば、それだけ自分の喜びも増えるということです。これは、ミラーニューロンの研究などでも明らかになってきた「社会脳」ということで、「共感のメカニズム」でもあります。
 日本でも、よく「ランナーズ・ハイ」という言葉は聞きますが、アメリカのホスピスで働く看護師たちが、末期ガン患者たちとの交流の中で感じる心の変化を「ヘルパーズ・ハイ」というのだそうです。つまり、心から介護にあたると、不思議な高揚と多幸感を感じるといい、それを指す言葉です。まさに自己犠牲ということを越えた、利他行動であり、他者の苦しみも喜びも自分自身に重ね合わせて考えられるということです。
 よく私も話しをするのですが、自分一人が美味しいものを食べていても、そんなには美味しいと思わないときでも、少しの美味しいものをみんなでいっしょに食べると美味しいと感じる感覚と似ています。今、子どもたちは学校が休校でみんなで学校給食を食べられないので、家庭でひっそりと食べている子どもたちもいます。そういう意味では、新型コロナウイルスの影響は計り知れないの大きさです。
 下に抜き書きしたのは、この本の主題である「祈り」についてのことです。
 たしかに日本人は、祈るというと先祖供養を思い浮かべますが、それはあくまでも先祖の方々が安らかであってほしいという未来に向けての祈りです。希望あふれる未来をしっかりと見据え祈れれば、その祈りが自分を変え、周りを変え、そして流れとしてよい方向に進んでいくのではないかと思います。
 この本ではプラセボ現象についても書いていますが、ある程度、信じることが大切で、今の新型コロナウイルスについても、いずれ収束して、そんなこともあったねと笑いながら話せる時がくると思います。
(2020.3.17)

書名著者発行所発行日ISBN
脳科学からみた「祈り」中野信子潮出版社2011年12月20日9784267018916

☆ Extract passages ☆

 祈りは「未来をよい方向に変えようとする営み」ですから、私たちは祈るとき、未来に心を向けます。将来かくありたい、かくあってほしいという願いが祈りなのです。だからこそ、祈りという営みの中で、人はおのずと展望的記憶を強化していけます。
 すなわち、脳科学から見れば、日常的に祈っている人ほど、展望的記憶をしっかりと持っていきいきと生きることができるのです。それがポジティブな利他の祈りであれば、脳に与えるよい影響も強まって、なおのことよいでしょう。
(中野信子 著 『脳科学からみた「祈り」』より)




No.1769『旅人の木』

 久しぶりに小説を読みました。というのは、この「旅人の木」という題名がとても気になり、どのようなことが書いてあるのかと思いながら、読みました。
 ところが、それに触れたのはたった2ページぐらいで、主人公の兄の友人、ヤスダが勤めている園芸店で水掛けをしながらこの木の話をしただけです。これは、『「その名前の由来はさ、この本がね、この辺りに水を貯えているんだけど」ヤスダは葉柄の基部を指差した。「喉の渇いた旅人が、ここを切って、中の水を飲んだことから、旅人の木という名前がついたらしいんだな。ラクダみたいじやないか、水を貯えてるなんてさ」僕が驚いた顔をして、へぇ―と唸ってみせると、彼はまるで自分の家族を自慢するように続けた。「マダガスカル島の原産なんだ。知ってる? 南回帰線の横切る、アフリカの横っちょにくっついた島なんだけど……。熱いんだろうね。行ったことないけど、きっとすごく熱いんだぜ。喉なんか、すぐに渇いちゃうんだよ。だから旅人にとっては、特別大切な木なんだな」』と言います。
 実は、私はこのマダガスカルに昨年の9月から10月にかけて行ったので、この旅人の木もたくさん見ています。だから読みたかったのですが、題名に使われているぐらいだから、もっといろいろな説明ぐらいあると期待していたのですが、ちょっと当てが外れました。
 たしかにマダガスカルは、日本の1.6倍ぐらいあり、世界で4番目に大きな島です。位置するところは、アフリカ大陸の南東400kmの沖、インド洋にあります。ここは南北に細長い形をしていますが、気候は東西の差が大きく、11月から4月までの雨期には、島の東海岸部は降水量も多く、熱帯雨林のようです。しかし中央高地は東海岸部よりも乾燥していて気温も低く、快適です。でも、島の南西部と南部の内陸は半砂漠気候で、植物もサボテンのような木々が生えています。
 この本のなかで、ヤスダは「こいつ、今でこそこの程度の高さだけどさ、いずれ、10メートルぐらいは楽に伸びちゃうんだよ。すごいやつになるとね、30メートルも伸びるんだぜ」と言います。
 たしかに、私はベレンティー自然保護区に行く途中の植物園で、30メートルはありそうな旅人の木をたくさん見ましたが、これは東海岸の熱帯雨林の代表的な固有種です。つまり、あまり乾燥するところには自生していません。この種子も見ましたが、真っ青な色をしていて、教えられて初めてわかりました。また、西海岸の乾燥地帯には、マダガスカルを代表する固有種アダンソニア・グランディディエリというバオバブの樹があります。
 もちろん、これは小説だから、ひとつの舞台装置として取りあげたのかもしれませんが、ちょっと期待外れでした。
 下に抜き書きしたのは、著者自身が「後書き」として書いたところの文章です。
 この小説は、最初から失踪とか死とか、少し生臭い雰囲気がありましたが、この文章を読むと、なるほどと思います。
 やはり小説というのは、あくまでもいろいろな読み方ができそうで、なかには自分に出会うためにという読者もいるかもしれません。
(2020.3.15)

書名著者発行所発行日ISBN
旅人の木(集英社文庫)辻 仁成集英社1995年6月25日9784087483517

☆ Extract passages ☆

 小説を書いている時もまた、自分に出会えそうな気がしてならないのだ、それももっとはっきりした形で……。音楽が肉体的倒錯の中に自分を探すものなら、小説は精神的苦痛の中に自己を見つめようとするものかもしれない。前者が麻薬で、後者が愛する人との交接と言ったら言い過ぎか?しかし、両者とも僕の場合、気持ち良さと、苦痛が同居しているようだ。
 人は皆、死に向かっている。しかし、そのことを毎日意識して日常生活を送っている人は少ない。僕は小さな頃から、何故か、死を見つめ続けてきた。それははじめ、すごく恐い存在だった。眠れない夜にベッドの中で、遠くからゆっくりと近づいて来る死の足音を聞きながら、よく息を潜めたものだ。今は死を恐いと感じることはなくなった。
(辻 仁成 著 『旅人の木』より)




No.1768『人類学者の落語論』

 人類学と落語と、どこでどんな風に結びつくのかと思いながら読み始めると、意外や意外、小学5年生のときにおじさんの落語研究者の手引きで聞きに行ったそうですから、長いつき合いです。しかも、その当時の名人の落語を生で聞いていたといいますから、すごいものです。
 今は、落語といえばテレビで聞くことも多く、さらには落語家といっても、テレビのコメンテーターをしていたりするので、なかなかその実体がわかりません。
 この本を読むと、戦前から戦後にかけての落語家の姿が想像できます。さらに、明治維新をどのように生きてきたかもわかり、たとえば、「圓朝も桜痴も、それぞれ余人をもっては代え難い特技のために、徳川と明治両体制下で重用された。だがこの2人とほぼ同時代を生きた人たちのなかには、多くの面で厳しく対立していた徳川時代と明治時代を、やはり「余人をもっては代え難い特技」によって、五稜郭の雄榎本武揚のように、成功裡に生き抜いた人たちもいたし(榎本は、圓朝が明治19年に山県、井上両大臣のお供で北海道に行った時、逓信大臣として同行している)、西郷隆盛や土方歳三はじめ、切り替え適応できなかった人も多い。」と書いています。
 私は、もちろん、切り替えが早いほうがよいと思っているわけではなく、この時代にはいろいろな生き方があったという程度の理解です。でも、どちらにしても、生きにくい時代であったことは間違いなく、いつの世も、変化の激しいときは大変です。
 また、著者は、西アフリカのモシ王国で、アフリカ落語も聴いてきたといい、それらをカセットテープに録音し、白水社から出ている『サバンナの音の世界』に収録されているそうですから、今も聴くことができます。
 この本では、アフリカの昔話は、「文字のない、従って声による伝達にきわめて大きな価値が置かれているアフリカ社会の言技の「座」に居合わせて私が感銘を受けたことの一つは、彼らの社会で昔話というのは、聞く喜びにも増して話すよろこびが大きいということだ。たとえ拙くても、座の構成者が自分の声で座に加わるよう、他の構成者はうながし、助ける。そこから、聞き手による訂正や助け船、部分的な代りの語り、語り継ぎなどが生じる。そこで進行するのはモノローグ(独話)としての語りではなく、座の構成者によって、共同で作られてゆくこともある、シンローグ(協話)とでも名付けるべき言述だ。座の音声コミュニケーションの特徴も、シンローグが成立するところにあるといえよう。」と書いています。
 この本には、アフリカの15編ほど掲載されていますが、これはすべて著者自身が録音してきたものだそうです。どこがおもしろいのかわからないところもありますが、国によって笑いも違うでしょうから、一度、読んで見てください。
 下に抜き書きしたのは、同じ噺を何度聴いてもおもしろいのはなぜか、という問いに対する著者の言葉です。
 この描き方が、いかにも学者のようで、なるほどと思いました。音楽もそうですが、何度聴いても飽きないのですが、噺だって同じようなもので、一般的にはおもしろいものは何度聴いてもおもしろいと考えます。それでは、人類学者としての落語論にならないので、このような説明になったのではないかと勝手に考えています。
(2020.3.13)

書名著者発行所発行日ISBN
人類学者の落語論川田順造青土社2020年2月20日9784791771301

☆ Extract passages ☆

「はなす」行為の演戯性は、これまで言語学者が正面から取り上げてこなかったし、取り上げ方が極めて難しいとも言える。4つの面から考えることができるだろう。第1は、語型としては同じでも、細部が1回ごと、または話者ごとに違う、つまりテキストのレベル。第2は、テキストとしては同じでも、声と仕草が生む演戯性の違い。第3に、情報工学で「内部雑音」と呼ぶ、聴き手の内部に起こる、忘れる、印象が薄れるなどの変化。
 だが第4の側面として私が重視したいのは、「中毒」とでも呼ぶべき側面だ。落語に限らず義太夫でも西洋音楽でも、好きな演者による好きな演目は、繰り返し聴いて、その度に受ける感動は、厳密に言えば少しずつ異なっているはずでもやはり良いと思う。
(川田順造 著 『人類学者の落語論』より)




No.1767『マスクと日本人』

 今、すごい勢いで新型コロナウイルスの感染が広がっていて、今月2日からは首相の要請で、ほぼ全国の小学校や中学校、高校や特殊支援学校などもいっせいに休校しました。それにともない、遊戯施設やコンサート会場なども休園や休館が相次いでいます。このままでは、飲食店や宿泊施設なども大きな影響を受けそうです。
 今回の新型コロナウイルスでは、マスクが売り切れてなかなか手に入らないとのニュースが流れました。さらには消毒薬もなくなったそうで、クスリ屋さんに行ってもなかなか買えない状態が続いています。ニュースを見ると、ほとんどの人がマスクをしていますし、不特定多数の人と接する仕事の人たちは、もちろんです。
 このような状態が続いていたので、たまたま図書館に行くと、この本を見つけたので借りてきました。
 それにしても、昔からインフルエンザがあったそうで、「『日本疾病史』(1912〈明治四五〉年)によれば、日本におけるインフルエンザ流行のことと思われる記述が最初に見られるのは862(貞観4)年である。富士川は、『三代実録』からその例となる記述を引用しており、インフルエンザと思われる咳病は「咳逆」と称されている。咳逆とはひどい咳のことで、シブヤミとも言う。……酒井シヅの『病が語る日本史』によると、ひどい風疫にさいして当時の人々は神仏に祈った。923(延長元)年には紫震殿で僧侶が読経を行い、1015(長和4)年には春日社に咳病を鎮めるために幣帛をささげる。さらに、インフルエンザが外国から来ると直感的に察知していた。872(貞観14)年の咳逆流行のときは、「渤海の客」が外国か ら毒気を持ってきたことが病気の発生原因という噂が流れ、1233(天福元)年の咳病大流行では、その前年に多くの人が京都へ来た外国人を見たのが原因とされたらしい。」と書いてありました。
 ここに出てくる「咳逆(かいぎゃく)」というのは、的を得た表現です。そのほかに、「咳病」や「風疾」という言葉もあったそうで、それだけインフルエンザに対して関心があったということです。さらに、その原因が外国からもたらされたと考えていたそうで、徳川時代に入り100年ほどは鎖国ということもあり、インフルエンザの大流行はなかったそうです。
 しかも、江戸時代の半ばころから、そのインフルエンザに愛称をつけて、「稲葉風」や「お駒風」、そして「谷風」などと呼び、風邪を引いて寝込んでしまった横綱の谷風梶之助からとったのが「谷風」だというから、ユーモアがあります。
 今、新型コロナウイルスの感染で、政府もマスコミもピリピリしていますが、少しはユーモアにしてしまうぐらいの余裕がほしいものです。
 下に抜き書きしたのは、結局は今の医学でもインフルエンザなどの感染症に有効な対策はとれないということです。
 著者は、この本の最後のところで、「要するに、マスクは現代の「お守り」なのだ」と書いていますが、現在の新型コロナウイルスに対しても何かをしなければと思いながらも、何もできないことから、その不安を少しでも安らげるようにマスクをするのかもしれません。
 つまり、いくら気休めだといわれても、できることは少ないので、手洗いやうがい、マスクの着用ぐらいはしなければと思っています。
 まさに、ウイルスと人間との果てしない戦いが、また始まったかのようです。
(2020.3.10)

書名著者発行所発行日ISBN
マスクと日本人堀井光俊秀明出版会2012年12月3日9784915855290

☆ Extract passages ☆

 現代の医学も、インフルエンザの流行にたいして無力だ。科学の力で感染源やルートを突き止めメカニズムは説明するが、撲減することはできない。……
インフルエンザという脅成を前に、何をすればよいのか? 何を頼ればよいのか? そうした誰も指針を与えてくれない状況のなかで、マスク着用は人々の道徳的空白を埋め、新しい指針となり、精神的な安定をもたらしているのではないか。いくらマスクに「科学的根拠がない」と叫んだところで、では替わりに何をすればよいのだろうという答えが返ってくる。マスクをせず不安に駆られるよりも、効果に根拠なしと言われても、生活に安心を取り戻したほうが賢明といつたところなのだろう。
(堀井光俊 著 『マスクと日本人』より)




No.1766『アウト・オブ・民藝』

 前回は「変わらない店」を読みながら、変わらないといえば民芸品もそうかもしれない、と思いました。すると、たまたまこの本が目に入りましたが、なんと、まったく聞いたこともない出版社のものでした。ISBN、つまり「国際標準図書番号」もなく、得体も知れないという本でした。
 でも、読み始めると、対談形式なので、とても読みやすく、もともと陶芸などの民芸品にも興味があったので、とてもおもしろかったです。そもそも『アウト・オブ・民藝』のアウト・オブというのは、何々の外側とか、範囲外のとかいう意味でしょうが、この分脈からすると民藝の外側ということのようです。「あとがき」のところで、『「アウト・オブ・民藝」という活動の本質は、民藝運動の周縁の人々の関係を相関図にすることであり、そうしたいくつかの可能性を接触させることでかつての光景を少しずつ浮かび上がらせてきた。そしてなにより「アウト・オブ・民藝」は、民藝運動を読み解くためのひとつの眼差しでもある。』と書いています。
 つまり、民藝をより深く理解するために、その周辺部を探っていこうというようなことで、この本を読みながら、いろいろと知らないことも学んだように思います。
 そういえば、2月26日に笠間の茨城県陶芸美術館で富本憲吉氏の「色絵円紋菱模様大飾皿」を見てきたのですが、『アウト・オブ・民藝』のキーワードとしての「余技」というのとはまったくかけ離れた作品でした。それでも、どこかで「試して遊んでいる」という感じがして、この本で取りあげられているのも頷けました。また、そのときに見た「ガレの陶芸」の作品とは、まったく異質なもので、いかにも日本的なデザインのような気がしました。
 また、その後で益子にまわり、陶器店を見て回りましたが、やはり濱田庄司氏らの影響はすごく感じられ、どちらかというと模倣に近いものがあると思いました。それでも、なるべくそのような雰囲気のない、村田浩さんのマグカップと渡部昭彦さんの湯飲みを買ってきました。村田さんのお父さんは村田元氏で、その作風が大好きで、抹茶碗や湯飲み、花瓶などを持っていますが、このマグカップにも少しだけ影響を感じさせるものがありました。ちなみに、渡部さんは山形県酒田市の生まれで、10数年前にたまたま買ったコーヒーカップと同じ図柄でした。
 下に抜き書きしたのは、柳宗悦氏の「農民美術と民藝」に書いてあるもので、どこに民藝の主力があったかということがわかります。
 また、子息の柳宗理氏がデザインに進まれたということも理解できるような気がします。そういえば、先日、テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」で宗理氏のイスが鑑定に出品され、ゴルフ場で雑に使われていたにもかかわらず高額な鑑定結果が出ました。それを見て、ただデザインがよいだけでなく、使いやすい工夫がされていると知りました。
 このイスはエレファントスツールといい、今でも通販で3,850円で買えるというからビックリです。しかも、今も新色が出ているというから驚きました。
(2020.3.8)

書名著者発行所発行日ISBN
アウト・オブ・民藝軸原ヨウスケ・中村裕太誠光社2019年5月11日

☆ Extract passages ☆

 私達は出来るだけ作物を「美術」の位置より「工藝」本来の性質に戻さうとしている。民藝の「藝」は私共の意味では工藝の「藝」である。工藝の立場であるからには、作物が「用」に発するのを本願とする。「用」は日常に於いて最もその機能を発揮する。だから吾々は日用品に作物の主な対象を求める。私達が殆ど玩具の領域に触れていないのは農民美術がそれを主とするのと大変違ふ。私達も余力さへあれば玩具を生むようにしたいと思ってはいる……。
(軸原ヨウスケ・中村裕太 著 『アウト・オブ・民藝』より)




No.1765『変わらない店』

 この本の副題は「僕らが尊敬する昭和 東京編」で、変わらないことにもそれなりの理由があるのではないかと思い、読み始めました。
 もともとこの本は、『メトロミニッツ』という東京都内の地下鉄構内で無料配布されるフリーマガジンの2016生4月号から2018年7月号に掲載された連載「僕らが尊敬する昭和のこころ」を加筆修正し、書き下ろしを加えたものだそうです。でもフリーマガジンといっても、毎月10万部発行され、すぐになくなるというからびっくりします。著者は、最初から1冊の本にしたいと思っていたそうですが、取材を進めていくうちに出さなければならないと思うようになったといいます。昭和の店の人々は、「日々するべきことをしてきただけ」と言いますが、「ところが若い料理人やソムリエたちの迷いは、全然違う仕事をしている私自身の迷いにも重なり、昭和の店を訪れれば、先達の正しさに救われたりしたのです。彼らの言葉は、飲食の仕事をする人だけでなく、どんな職業でも、何歳でも、多くの人が必要としているかもしれない。そのぼんやりとした予感もまた、実感になっていきました。」と、「おわりに」に書いています。
 つまり、昭和の店の人たちは、ただ当たり前のことをしてきただけで、誰かに伝えようという意思もなかったので、それをあえて著者がその心の奥底にしまってあったものを伝えたいと思うようになったようです。
 考えてみれば、私たちは昭和を土台として、平成を生きてきたように思います。だから、ときどき昭和を振り返らないと、なぜか不安になるときがあります。フランス菓子の河田シェフについて、著者は、「変わらないお菓子で先頭に立ちつづける人は、高山さんの目には「前を向くのでなく、自分の歩いてきた道のりを見ながら前へ進んでいる」ように映る。つまり、原点に背を向けない歩み方。更新という言葉で過去を切り捨てる時代に、河田さんは過去から目を離さない。ということを私たちは簡単に「ブレない」と言ってしまうが、違うのだ。「その言葉は嫌だね。悩みなんでジジイになってもあるし、できることがそれしかないからつづけているだけ。ブレないとかそんな高尚なことじゃない」」と書いています。
 なんか、昭和の雰囲気のある言葉ですが、「できることがそれしかないからつづけているだけ」というのは力強さを感じます。
 そういえば、私は和菓子も洋菓子も好きですが、その違いはなにかと考えたこともあります。茗荷谷の「一幸庵」の水上力さんは、下に抜き書きしたようなことを述べています。
 とくになるほどと思ったのは、お菓子よりお茶が主人という言葉です。たしかに、お茶菓子といいますから、ほとんど同じように使っていますが、私的にはどちらも主のような気がします。
 ここ一幸庵の銘菓のひとつは「わらび餅」ですが、一度は食べてみたいと思いながら、なかなか行けないでいます。小石川植物園の近くなので、そのときにでもと思っているのですが、2月18日に天童の腰掛庵の「わらび餅」を食べて、それを思い出しました。
 ただ、この作り方は、2016年2月14日に『情熱大陸』で放映されたときに見たのですが、まさに格闘しているかのような勢いで作っていました。
  (2020.3.6)

書名著者発行所発行日ISBN
変わらない店井川直子河出書房新社2018年9月30日9784309027296

☆ Extract passages ☆

 洋菓子と和菓子の違い、それは狩猟民族と農耕民族の違いでもあるという。獲物が捕れたら満腹にしておく必要がある人々と、曲辰作物が育つサイクルに従い腹八分日で抑える人々。前者は常に前へ出ないと自分が消され、後者はそれを美徳としない。
 お菓子に置き換えれば、洋菓子は材料がそれぞれ主張した上での調和を目指す。一方和菓子は、自己の主張より、お茶をどう生かすか? と考える。
「日本のお菓子は、お茶が主人。だから主人が一番輝いたときには、お菓子は日の中から消え去っている。『武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり』に通じる精神、和菓千は侍です」
(井川直子 著 『変わらない店』より)




No.1764『人のために祈ると 超健康になる!』

 今日はひな祭りですが、午前中に新庄から満99歳、数えで100歳の方の代理という方がいらっしゃいました。100歳になったら、大黒さまにうかがい、お礼参りをしたいとかねてから話していたそうで、その娘さんと息子さんです。やはり、目標を持つことはいいことで、心から祈願をいたしました。
 この本の著者は、もともとアメリカの医科大学教授だったのですが、2011年の東日本大震災のときにアジア医師連絡協議会のメンバーとして岩手県大槌町に入り、被災された方々の医療支援をされたそうです。そして、2016年に名古屋市内に「クリニック徳」をオープンし、統合医療に取り組んでいるそうです。副題に、「米国医科大学教授の革命的理論」とありますが、読んでみると、昔から知られてきたようなことが多く出ていました。
 興味を持ったのは、アメリカで研究されていたときのオキシトシンのラットの実験です。それは「オスのラットを2匹ずつ、1つの巣箱で飼います。対照群も同じように2匹で飼います。一方の巣箱では、パートナーの1匹が巣箱から連れ出されて、ストレスをかけられ、元に戻されます。もう一方の巣箱では、パートナーの1匹が外に連れ出されますが、ストレスをかけられずに、また元の巣箱に戻されます。すると興味深いことに、ストレスをかけられたラツトが元に戻されると、巣箱で待っていたラットが、ストレスをかけられたラットの世話を、かいがいしくすることがわかりました。 一方、ストレスをかけられていないラツトが元に戻されても、巣箱で待っていたラットは、ほとんど興味を示しません。これらのラットを解剖し、脳の状態を確認してみました。ストレスをかけられた後、巣箱で待っていた相棒によく世話をされた(愛された)ラットの脳では、オキシトシンが多めに産生されていました。これは、予想どおりでした。しかし特筆すべきは、よく世話をされたラットと同じように、世話をしたラットの脳でも、オキシトシンが多く産生されていたことです。」と書いてありました。
 ちょっと長い抜書きですが、一番の眼目は、巣箱でかいがいしく世話をしていたラットにも、オキシトシンの効果があったということです。これは、いろいろなボランティアのときも感じることで、あの大変な作業を、多額の交通費を掛けてでもでかけて、被災者に喜んでもらえるから汗を流してがんばっているわけです。まさに人は喜んでもらえるということで、自らも喜べるということです。まさに、人助けは自らの喜びでもあるということです。
 また、同じラットの実験で、「ラット(実験用の大型ネズミ)は、たいてい一度に15匹くらいの子供を産みます。その15匹の子ラットを、生後すぐに母親から引き離します。3時間くらい引き離しておいて、それから、また戻します。これを2週間続けます。「母子分離実験」というものです。そうすると毎日3時間はお母さんがいないので、ラットの子供は寂しくてイライラが募ります。2週間続けたのち、大きくなるまで育てると、オキシトシンの分泌量のとても少ないラットになります。その性格はとても攻撃的で、ケンカをしやすいのです。」ということです。じつは、これも間接的に経験していることで、やはり親子の接触がすくないと、いろいろな問題が起きてくるようです。著者も、この母子分離実験のラットのなかで、うつになってしまうものもいると書いています。
 下に抜き書きしたのは、自分でてきる「セルフケア」の1つで、腹式呼吸についてです。
 著者は、ヨガも気功も漢方薬でもいいが、第一番にお勧めできるのがこの腹式呼吸だといいます。これは、うつ病にも、さらには、不眠、不安、パニック障害、高血圧症、慢性的な身体の各部の痛み、めまい、耳鳴り、眼精疲労などの症状にも有効だといいます。
 簡単な方法ですから、ぜひお試しください。
(2020.3.3)

書名著者発行所発行日ISBN
人のために祈ると 超健康になる!高橋 徳マキノ出版2018年2月20日9784837672661

☆ Extract passages ☆

@いすに浅めに腰を下ろし、背すじを伸ばします。手のひらは、両ひざの上。ただし、手のひらを上に向けて置きます。
A丹田を意識しながら、息をゆっくりと吐きます。このとき、おなかをへこませていきます。息を吐き切ったら、おなかをふくらませながら、ゆっくり息を吸っていきます。
B6秒かけて息を吐いたら、3秒かけて吸います。吐く息と吸う息の比率は、2:1。
 だいたい5分から10分かけて行います。
(高橋 徳 著 『人のために祈ると 超健康になる!』より)




No.1763『ドリアン ――果物の王』

 私が初めてドリアンを食べたのは、インドネシアのボゴールにいたときでした。ここにあるボゴール植物園の前園長さんに案内されて行ったときに、その道路わきでドリアンを売っていたのです。これはぜひにというので、皆でそこで食べたのがとても美味しかったのです。
 この本でも、最初に食べたドリアンが美味しいとやみつきになると書いていましたが、まさにその通りでした。
 ただ、このドリアンは、臭いというのが通り相場ですから、世界中でその判定がまちまちです。たとえば、おそらくヨーロッパで最初に食べたと思われるウォーレスは『マレー諸島』のなかで、「濃いバターのようなカスタードに強烈なアーモンドの香りとでもいったらよいのかもしれないが、それにさらにクリーム・チーズ、オニオン・ソース、ブラウン・シェリーなど不釣り合いなものを想起させる匂いが混じっている。また果肉には他にはけっして見られない粘性の強いなめらかさがあり、それがまたおいしさをましている。すっぱくも甘くもなく、また多汁でもないが、それ自身で完璧な味覚なので、これらのどれが欠けていると思う人はいないだろう。……じっさい、ドリアンを食べることはひとつの新しい感動であり、そのためだけに東洋に航海してみる価値がある。とまで書いています。
 たしかに、私が初めて食べたときも、もともと南国のマンゴーやレイシなどの果物が好きだったこともあり、さすがドリアンは果物の王さまだと思いました。しかし、それが日本の淡い味付けの料理に合うとは思えず、南の国の濃厚な食べものにこそ合うのではないかと感じました。
 それについて、著者も、「もっともマンゴーの香りは、やはり日本の魚食の文化には馴染まなかったのだろう。実際私も、上質のお吸い物の後には食べるべきではないと思うし、脂の乗ったさんまの塩焼きですら、あの香りと濃厚な甘みとは、全てを台なしにしてしまうと思う。タクアンとも当然合わない。 マンゴーに対する抵抗がこれほど払拭されたというのは、日本の食文化が、淡麗基調から濃厚型に移行した証拠ではないだろうか。」と書いています。
 つまり、人の味覚なんて、時代により次々と変わっていくようなもので、昔は食べなかったのが今では普通に食べているものだってあります。サラダだって、昔の日本人はまったく食べなかったのに、今では食べない日がないほど、ありふれたものになっています。
 下に抜き書きしたのは、最後の結論として、ドリアンの香りについてまとめたところです。
 たしかに、香りに敏感な人もいたり、あまり感じない人もいますし、その香りが好きな人も嫌いな人もいます。だから、ドリアンにしても、好きな人も嫌いな人もいてもおかしくはないはずです。むしろ、それだけ強烈な個性があるから、王さまになれるような気がします。
 今でも、ときどきあの自動車道の脇で露天のドリアン売りから買って食べたときのことを思い出します。もちろん、ホテルに持ち帰ることはできないと聞き、路上で手で引っ張り出すように食べたのですが、何個食べたのか今では想像もできません。それほど、美味しかったのです。
 もし、これからインドネシアに行く機会があれば、もうこれ以上食べられないというほど食べてみたいと思っています。
(2020.2.29)

書名著者発行所発行日ISBN
ドリアン ――果物の王(カラー版中公新書)塚谷裕一中央公論新社2006年10月25日9784121018700

☆ Extract passages ☆

 ドリアンの香りについて、これまで古今東西の人々が、口々にいろいろなことを言っていたのは、そしてそれが「甘い香り」と「ガス臭さ」という共通項を除くと、てんでにばらばらとも言えたのは、こうしてみれば、当然のことであった。人によって、それぞれの成分に対する感受性が大きく異なっているとすれば、同じものを嗅いでも、甘く感じたり、硫黄臭く感じたり、バタ臭く感じたりするのも、しごく当然である。その一人一人がそれまでに経験してきた食体験の違いも、その好みに大きく反映されることだろう。それらが全て、ドリアンの香りというものを形作っているのである。
(塚谷裕一 著 『ドリアン ――果物の王』より)




No.1762『香木三昧』

 香木を初めて自分で買ったのは、たしか京都の松栄堂だったと思います。きっかけは、地元に帰るとなかなか良い香木が手に入らないのではないかと思っただけで、伽羅の「紅花」を買ったことだけは記憶しています。これも、山形は紅花の産地だからという、単純な理由です。しかも、それを何度か嗅いで(香道では聞くというそうですが)みましたが、今も残っていて、大切に保管してきたことだけは間違いなさそうです。
 この本の副題は「大自然の叡智にあそぶ」ですが、30数年前にブータンに行ったときに香木を育てているところを見ましたし、2016年に台湾に植物調査に行ったときに、沈香をたくさん人工的に作っている栽培地を見せてももらいました。でも、この本を読むと、それはなかなか難しいということです。
 よくお茶でも風炉の季節は香木を、炉の節には練香を使いますが、香木の場合はほとんどが沈香か白檀です。そのときの話のなかで、沈香と伽羅の違いのこともでますが、この本では、「答えは、シンプルです。すなわち、「伽羅は、沈香とは明らかに異なる性質を具える香木である」。従って、「最上級の沈香を伽羅と称するわけではない」ということです。言い換えますと、「どんなに上質でも沈香は沈香であり、どんなに低品質でも、伽羅は伽羅である」ということになります。ただ、伽羅の元になる植物(沈香樹)は沈香と同じくジン チョウゲ科アキラリア属と考えられますから、「広い意味では、伽羅は沈香の仲間であると表現できる」と考えています。」と書いています。
 そして、「私の限りでは、伽羅は、ベトナムの限られた地域以外からは見つかっていません。」といいますから、おそらくそうなんだろうと思います。
 そういえば、かつてインドで一人旅をしたときに、お釈迦さまが悟りをひらかれたブッタガヤで白檀製の誕生仏を見つけたことがあります。インドは白檀の産地だということから、何時間も粘って、なんとか手に入れました。それを今も本棚におまつりしていますが、とても柔和なお顔をしていて、見ているだけで癒やされます。
 下に抜き書きしたのは、おそらく日本の香木で一番有名な『蘭奢待』についてのことです。
 この蘭奢待、その文字のなかに、東大寺と入るぐらい正倉院の什物でも有名ですが、私は当然「伽羅」だと思っていました。ところがところが、違うようです。
 この引用で「それゆえに」という前のところで、ほとんどのところにある『蘭奢待』は「源三位頼政所持」のもので、それを拝見し聞かせていただくと、「完璧な伽羅」だそうです。つまり、『蘭奢待』の香気の素晴らしさが述べられているのも、ほとんどがこの「源三位頼政所持」といわれるものだそうです。
 私には、そのような香木の歴史はあまり興味はありませんが、もし、機会があれば、一度でいいからかいでみたいと思いました。
 この本は、カラー写真も多く、なかなか目にする機会のない香木なども掲載されていて、とても興味深く読ませていただきました。このような1つのものにこだわった本というのも、楽しいものです。
 そして、この本を読みながら、昔集めた香木などを引っ張り出したり、香道具を並べてみたり、いろいろと懐かしみもしました。もし、身体を動かすのが大儀になったら、それらをまた出して、かぐわしい香りの世界に遊んでみたいと思いました。
(2020.2.27)

書名著者発行所発行日ISBN
香木三昧山田眞裕淡交社2019年12月31日9784473043580

☆ Extract passages ☆

 その香木が正真正銘の黄熟香であることは、見ればわかります。つまり、正倉院の通称「蘭奢待』は記載の通り「黄熟香」であり、香木としての分類は伽羅でもなければ沈香でもないということです。……
 それゆえに、『蘭奢待』が天下の名香と称えられ、その香気の素晴らしさがありとあらゆる誉め言葉で語られる場合、その『蘭奢待』とは、「源三位頼政所持」のそれを指すものと考えられます。正倉院の黄熟香については、聞香の記録を記載した資料の存在を存じません。
(山田眞裕 著 『香木三昧』より)




No.1761『ウイルスは生きている』

 今、世界中で新型コロナウイルスの大流行で混乱しています。一番大変なのは中国で、発生源なので当然かもしれませんが、いろいろな憶測が流れ、どれが本当なのかさえわからない状況です。しかも、私は3月2日から中国雲南省に行く予定で、昨年11月下旬に航空券も買っていました。しかも、今年の2月18日から中国東方航空が成田と昆明間を、月・火・木・土曜の週4便を運航する予定だったので、とても良いチャンスと思っていました。
 ところが今回の騒ぎで、行くのもちょっと不安だし、いろいろと考えていましたが、中国東方航空からキャンセルの案内がきて、行けなくなりました。まあ、心配しながら行くより、よかったと思います。
 そんなとき、この本を図書館で見つけ、すぐ借りてきました。「まえがき」のところで、「そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、ヒトもサルも他の哺乳動物も現在のような形では存在できなかったはずである。つまり我々の体の中にウイルスがいるから、我々は哺乳動物の「ヒト」として存在している。逆に言えば、ウイルスがいなければ、我々はヒトになっていない。少なくとも今とまったく同じヒト科ヒトではなかったであろう。」と書いてあり、ウイルスがいないと自分たちの存在もなかったと思い、唖然としました。
 ということは、ウイルスがすべて悪さをするのではなく、良いウイルスというか、人間にとって必ず必要なウイルスもいるということです。この言葉で、ウイルスに対する見方も大きく変わってきました。
 ウイルスそのものに関しては、この本を読んでいただくとして、この本の中でナマケモノについての話が載っていましたが、進化するということの関わりで考えさせられました。それは、「ナマケモノは体長50〜60cmと、やや手足が長い乳幼児くらいの大きさだが、その大きさで一日に葉っぱをわずか10g程度しか食べない。糞尿も1週間に1回程度だそうである。……ナマケモノが木にぶら下がって一日の大半を過ごし動きが鈍いのは、それくらい少ないエネルギーしか体に入れなくても生活できるよう適応進化してきたからなのだ。このナマケモノの近縁種に、かつてオオナマケモノ(メガテリウム)という動物がいた。このオオナマケモノは、ナマケモノより怠けていたからオオナマケモノと名付けられたわけではなく、地上で活動し食欲も旺盛で、成長すると体長6m、体重3t程度にもなったと推定されている。この大きなオオナマケモノは、ナマケモノよりも活動的でより積極的に生きている様にも見える。しかし、オオナマケモノの方は進化の中で絶滅してしまい、生き残ったのは木の上で「怠けていた」ナマケモノだった。これもちょっと不思議で面白い話ではある。」とあり、なるほど、大きければいいということでも、活動的だからいいわけでもないということがわかりました。
 そして、これが進化というものかと、ある意味、納得もしました。
 下に抜き書きしたのは、「ウイルスと代謝」のところに書いてあるもので、代謝というのは「大雑把に言えば生物が自己を維持するために外部から物質を取り入れて、それを利用し排泄するまでに行う一連の化学反応」だそうです。
 どうも大雑把といいながらも難しい表現ですが、これをすべてヒトができるのかというと、できないのだそうです。つまり、ヒトという存在は、必ずなにかを当てにしなければ生きていけないということでもあります。何かに支えられないと生きていけないとするならば、それをもう少し自覚すべきだと思いました。
 この本はとても難しかったですが、少しはウイルスについてわかったような気がします。もし機会があれば、ぜひお読みください。
(2020.2.25)

書名著者発行所発行日ISBN
ウイルスは生きている(講談社現代新書)中屋敷 均講談社2016年3月20日9784062883597

☆ Extract passages ☆

生きた生体というのは高エネルギー物質の塊であり、アミノ酸やそれがつながったタンパク質が豊富に含まれている。つまりヒトは自分に必要なアミノ酸を自分の周囲の環境から捕食により取り入れることにして、その合成のための代謝系を放棄してしまったと考えられる。つまリヒトは自己の維持に必要な代謝系の一部を外部環境に依存しており、決して自己完結していない。
(中屋敷 均 著 『ウイルスは生きている』より)




No.1760『青山二郎の話・小林秀雄の話』

 著者の宇野千代が亡くなったのは、1996(平成8)年でしたから、20数年後に出版されたということになります。ページの最後のところに、編集付記に「本書は著者の青山二郎と小林秀雄に関するエッセイを独自に編集し、青山二郎、小林秀雄、大岡昇平によるエッセイを加え一冊としたものです。中公文庫オリジナル。」と書いてあります。
 私は、いつ出たのかということはまったく関係なく、たまたま白洲信哉著『美を見極める力』を読んだばかりなので、青山二郎という人に興味を持っただけです。
 でも、この本を読んだ後でも、青山二郎という人の存在がはっきりとはしませんでした。たしかに骨董の目利きということはわかりますが、この本のなかで、「或るとき、ちょっと見ていると、鍋の中で、紅茶の葉っぱをぐらぐらと煮立てているのを見た。その中に、まだ、ほかのものもいろいろ入れている。その赤黒い液の中へ陶器を浸しておく。それから、電気焜炉の上やガスの火の上で焙る。同じことを幾度も繰返す。そして、ときには紙やすりで、陶器の糸尻や、見込みの上薬の上からこすったりする。これら凡ての作業は、秘密なのかも知れない。煮立て過ぎて、また漂白したりする。ときには新しい陶器ではなく、古いもので、とても大切にしていたものの上にも、同じ方法を施して、失敗することもある。こう言う、ひょっとしたら、単なる思いつきであるものでも、青山さんにとっては、真剣なのか、冗談なのか、他人の眼には分らない。」と書いてあり、だとすれば古色を出して商品価値を上げているかのようにもみえます。著者がいうように、育てているといえば聞こえは良さそうですが、なんか紙一重のような気がします。
 そのようなところから考えると、今の時代に鑑定をするときに、それらが古いものとして紛れ込んでいるかもしれないと考えると、ちょっと割り切れない思いがします。
 著者は、「青山さんの感情の中には、こだわったものが何にもない。いつでも無色透明である。そのために、何か考えつくことが、人の眼には突拍子もない、と思われるほど、却って奇異に見える。」といいますが、そのことに関しては、なんとも同意できません。もちろん、それを本物と信じて買う人がいるからという意見もありますが、そもそも古色を付けて高く売るということが理解できません。
 でも、この本を読んで、昔からそのようなことはあったのだと知り、今のインターネットオークションのなかにもたくさん紛れ込んでいるとすれば、なんともやるせない感じがします。
 そういえば、2月19日に仙台のフォーラム仙台で、映画「嘘八百 京町ロワイヤル」を観ました。これは京都を舞台にして、古田織部の幻の茶碗をめぐって、中井貴一と佐々木蔵之介扮する古物商と陶芸家がだまし合いの大騒動を繰り広げるものです。まさに、贋作を作り、その茶碗をいろいろな人たちが関わっててんやわんやの大騒動になるのです。これを観ても、おそらく贋作が大手を振って歩いているような錯覚を覚えます。
 著者の話しのなかで奥さんの和ちゃんのことについて、「青山さんの家には、普通の骨董屋くらいか、或いはそれの二、三倍の品物がある。私たちが腰かけている、庭の見える部屋のずっと奥の、広い部屋に棚を作っておいてある。私はそこへ這入って行って見たことはないが、たぶん、或る種の整理がしてあって、分り易いようになっているのであろうけれど、そこへ這入って行ったと思うと和ちゃんは、じきに、両手に抱えるようにして戻って来る。箱や袱紗や仕覆の中から、目的のものを取に出すと、そこの卓子の上に置き、また、人が見たあとは、一々丁寧に、同じような順序をもって片付ける。その顔は、一種の表情を持っているが、それは可厭なことだとか、面倒なことだとか言うのではない。もう、幾百回となく繰返したことを、また繰返すそのことに、何の抵抗もない様子を見ていると、私たちは一瞬、和ちゃんのその存在を忘れる。これが青山さんの内側の人として、生活し抜いた人の行為なのだと私は考える。」と書いてあり、まるで骨董屋さんのおかみさんのように感じました。
 私は、自分で買った茶道具などは、すべて自分で引っ張りだし、自分で片付けますが、それが好きだという証しでもあると考えています。もちろん、洗ってしまうものは、自分でしっかりと洗い、十分乾燥させてからしまいます。
 下に抜き書きしたのは、この本の解説を書いている宇月原春明さんの文章です。
 全部読んだあとにこれを読むと、なるほどと思います。今では3人とも亡くなられてしまったので、詳しくはわからないとしても、たしかにこのような雰囲気は感じられました。もし骨董とかに興味があれば、読んでみるのもいいと思います。
(2020.2.22)

書名著者発行所発行日ISBN
青山二郎の話・小林秀雄の話(中公文庫)宇野千代中央公論新社2019年12月25日9784122068117

☆ Extract passages ☆

「青山二郎の話」も「小林秀雄の話」も、どこまでも宇野千代の「独り相撲」だ。しかし、小林は敬して遠ざけられたまま神棚から動けないが、青山はしっかりと同じ土俵に上がり、彼女に誘われ、ともに生き生きと踊っている。
(宇野千代 著 『青山二郎の話・小林秀雄の話』より)




No.1759『美を見極める力』

 たまたま光文社新書が続きますが、まったくつながりはありません。ただ、昨年6月23日に「粉引」の茶碗を手に入れたので、なんとなく読んでみたくなりました。
 副題は、「古美術に学ぶ」ですが、手に入れた粉引茶碗はまったくの新しいもので、伊賀焼の西村窯で焼かれたものです。手にちょうどぴったりで、とてもお茶を点てやすく、一番は安かったので気安く使っています。
 私はお茶をしているせいか、道具は、お茶席で使ってみないとその良さがわからないと思っています。茶碗だって、手にとって飲んでみないと口当たりとか重さとか、見所の多い高台とかが見えてきません。この本では、小林秀雄氏が著書のなかで、「骨董はいじるものである。美術は鑑賞するものである」と書いているそうですが、著者は、「この「いじる」、つまり「使う」ということが、日本美術の大きな特徴だと僕は思う。茶碗は、お抹茶を飲むための道具であり、仏像は、手を合わせて祈る対象なのである。」と言い切っています。
 ところが、著者の祖母白洲正子さんは、美術館に収まった収蔵品は「器物の終身刑」と表現したそうです。たしかに、そういえなくもないのですが、個人で美術館に飾られているような道具は購入できないので、やはりときどきは美術館や博物館に行って見ることも大切なことです。著者は、「展覧会は「観る力」を鍛錬する絶好の場所ではある。そして、そこに「いじる」ことを重ねると、自ずと見方もかわつてきて、「眼で触る」ようになってくる。こういう触覚的な視力は、焼きもの好き特有の眼筋のように思う。」と書いています。
 そういえば、だいぶ昔に「開運!なんでも鑑定団」で鑑定をしたこともある方がわが家にきて、三嶋手の茶碗を見せてくれたことがありました。だいぶ古い物で、少し繕いもしてありましたが、それでも目が飛び出るほど高価なものでした。この三嶋手の流れにあるのが粉引で、著者は、「粉をかけたように、透き通るように白く、美しいことから付けられた和語である「粉引」は、茶碗や祭器など伝世のものはごくわずか」しかないといいます。さらに、「粉引の優れたものの胎士は黒色である。さらに言うなら、いいものほど黒い。」といい、私の好きな唐津焼の中里重利さんの「唐津粉引茶碗」も、掛け残しの部分から黒い色が鮮やかに見えています。また、その対比がおもしろい見所でもあります。
 下に抜き書きしたのは、箱の重要性についてです。そういえば、「開運!なんでも鑑定団」でも、箱の存在が値段を大きく左右しますが、私が若い時には、箱は邪魔だからと捨てたこともあります。今になって思えば、箱がないと収納するのに不便ですし、箱書きがないとだんだんと忘れてしまうこともあります。だからそれ以降は、箱の上に紙を掛けて、いつどこでだれからいくらでもとめたかなどを書いて、記録するようにしています。そうすると、それらの道具を使うときに、いろいろなことを思い出し、楽しむこともできます。つまりは、いじることで愛着が湧くということもありそうです。
 そしてまた、道具を使うことによって、過度の一定の環境下での保存から抜け出て本来の艶を取り戻したり、虫干しになったりと、いろいろといいこともあります。ぜひ、手に入れた道具たちを楽しく使いたいと思っています。
(2020.2.19)

書名著者発行所発行日ISBN
美を見極める力(光文社新書)白洲信哉光文社2019年12月30日9784334044497

☆ Extract passages ☆

 箱に収めるという行為が、災害の多い列島に、これだけの古美術を残してきた。一保存方法としては、大変理にかなった良き伝統だと思う。……
 日本美術の名品が揃う米国ボストン美術館。明治の混乱で、多くの古美術が箱に入れられ輸出された。だが、かの地の担当者は何を思ったのか、作品を収めていた箱を廃棄したという。おそらく単なる梱包材だと思ったに違いない。文化が違うということは、恐ろしぃことである。
 どちらが優れているという話ではなく、災害から守るため、あるいは箱書等の伝来を重要視することなど、地震や歴史のない国には考えも及ばなかったのだろう。
(白洲信哉 著 『美を見極める力』より)




No.1758『遊ぶ力は生きる力』

 最近の子どもたちの遊びは、何が流行っているのかわかりませんが、孫が小さいときにはいっしょにおもちゃ屋に行ったので関心がありました。ところが孫たちが大きくなると、ほとんど関心が薄れ、そのようなときにこの本を見つけました。
 たしかに、子どもたちにとっては楽しくさえあればいいかもしれませんが、親たちにしてみれば、少しでも何らかの役に立ってくれればよいと思ってしまいます。
 そして、今、おじいちゃんになって孫たちを見ていると、やはり、少しでも役にたつようなおもちゃがないかと考えます。さらに、この時代のようにゲームが盛んになると、与えないと仲間外れされそうだし、与えると目が悪くなったり、ゲーム依存症になりはしないかと思ったりします。どちらにしても、選ぶことの難しさはあります。
 そのようなことを考えていたとき、この本を見つけました。副題は「齋藤式「感育」おもちゃカタログ」で、本の後半部分にカラー写真でおもちゃのカタログが載っていて、楽しそうでした。
 これらのおもちゃのカタログを見ながら、子どもって、なんども作っては壊し、また作っては壊して遊んだり、なんでも質問をします。そして時には、見るからにこわそうなものを、少しだけ手のすき間から見たりもします。この本では、「一か八かの大勝負に打って出てみたくなったり、怖いことに挑戦してみたくなったりと、あえて渦巻の渦の中に飛び込んで、自分の精神が掻き乱されるようなことをやりたくなることもあります。遊びの真髄には、どうもそういう特徴があるようです。ある脳科学者によると、脳は混乱するとワクワクするそうです。そのワクワク感を積極的に楽しもうとするのが、遊び心なのだと思います。」と書いています。
 そういえば、大人のなかにも、少しぐらい枠の中におさまり切れなくても、それを楽しんだりしますし、はっきりとわかるものより、何が何だかわからないものに興味を持ったりします。おそらく、それも遊びの本質なのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、第2章の「子どもがのびのび賢く育つ、家庭のルール」ののびのびルールの9番目で、「異種混淆で免疫を高める」に書いてあったことです。
 今の子どもたちは、違う年齢の子どもたちと遊んだり、よその大人と接触する機会も少なくなっています。これも、今の社会の環境の劣化でしょうが、ある程度は異質な環境とか異質な言語空間、さらには異質な考え方とも触れ合うことも大切なことです。
 私の孫たちには、英語を覚えながら、いろいろな人たちがいることを学んでほしいと思い、幼稚園のときから英語スクールに通わせています。それが良いか悪いかはまだわかりませんが、私は良いことだと思い、毎回送り迎えをしています。
(2020.2.16)

書名著者発行所発行日ISBN
遊ぶ力は生きる力(光文社新書)齋藤 孝光文社2015年12月20日9784334038939

☆ Extract passages ☆

 世の中にはいろいろな人がいます。違う人種、違う言語、違う文化、違う考え方をする人がいるのは当たり前で、多彩な人々が混在しているのが社会というものです。異質な人との出会いが、人間としての幅を広げる。その積み重ねが、違いを認めて、違いを受けとめる姿勢を培います。
 自分と違う価値観をもつ人を受け入れられず、極端になると「許せない」という歪んだ感覚で他者を攻撃したり排除したりしようとすることは、非常に狭量で、危険です。
(齋藤 孝 著 『遊ぶ力は生きる力』より)




No.1757『真面目な人は長生きする』

 副題は、「80年にわたる寿命研究が解き明かす教学の真実」で、この80年という時間が気になりました。
 よく読むと、1910年代にアメリカの心理学者ルイス・ターマンが、28歳で学位をとり、小学校の校長になったそうです。そのころから、知能検査というものを導入して、子どもたちの能力を調べ始めたそうですが、長期研究がスタートしたのは1920年頃で、カリフォルニア州に住む10歳前後の子どもたちから、知的能力が高い約1,500人を選び出し、本人や保護者、さらには教師などの面接調査をし、生育歴・養育・篋印・生活環境・健康状態などのあらゆるデータを集め、それを経時的に繰り返し行い、どのように成長していったかを丹念に調べたそうです。彼は1956年に亡くなっていますから、30数年続けられたことになります。彼の研究は、しばらく続けられたそうですが、次第に忘れ去られていきました。30年以上が過ぎ、同じカリフォルニアでハワード・フリーマンという若き教授と、大学院生のレスリー・マーチンが、長寿の研究に取り組み、スタンフォード大学に保管されていたターマンなどの長期間データを、長寿の研究に使えるのではと考えました。
 つまり、ターマンが調査を始めたときには10歳前後でしたが、すでに70歳ほどになっていて、60年という時間を節約して研究ができると考えたわけです。そしてフリーマンらも20年ほど研究を続け、1,500人という規模での研究を80年にわたって継承したことになります。それが「80年にわたる寿命研究が解き明かす教学の真実」という副題につながるわけです。
 その結果、フリーマンらは、「長寿ともっとも関係のある性格傾向は、大方の予想を裏切って、明るさや社交性といったものではなく、慎重さや勤勉さや誠実さといった"地味な"特性だった。長寿ともっとも強い結びつきを示したのは、生真面日で、怠りなく、自己コントロールができ、信頼に足る、慎重な努力家の傾向だったのである。明るさや陽気さは、むしろ寿命に対してマイナスの相関さえも示した。社交性も、寿命に対しては中立的な影響しか認められなかった。」という結論に達しました。
 つまりは、イソップ童話の「アリとキリギリス」の喩え通り、長い冬を乗り越えて生きたのはアリだったということです。
   著者は、2013年に岡田クリニックを開院し、その後、山形大学客員教授として研究者の社会的スキルの改善やメンタルヘルスの問題にも取り組んでいるそうで、山形県内在住の一人として、なんとなく親しさも感じます。それと同時に、岡田クリニックは大阪府枚方市にあるので、山大まで通うのは大変だろうなと思いました。
 この本のなかで、メンタルヘルスについては、「イェール大学で行われた研究では、心臓発作を起こしてから、患者がどれだけ治療に協力的かと、その患者の予後の関係が調べられた。その結果、薬を処方された通りに服用した患者と、四分の三未満しか服用しなかった″不真面目な"患者を比べると、不真面目な患者の死亡率は3倍にも跳ね上がったのである。だが驚くべきことは、″真面目な"患者では、処方されていたのが本物の薬であっても、偽薬であっても、いずれも死亡率が低くなっていたのだ。つまり、真面目な性格は、薬の効果以上に死亡率の低下に役立っていたのである。」そうで、真面目さというのが、とても大事だということがわかります。
 それにしても、偽薬でさえ効くというのは、ちょっと考えさせられる問題でもあります。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」で全体をまとめての話のなかで書いてあることです。
 長寿を決めるのは、身体的、医学的というよりも心理的社会的なものだそうです。もっと具体的にいうと、親や配偶者との関係が安定したものであるかどうかが寿命に大きな影響を及ぼすということです。そしてさらに、下に抜き書きしたようなことに大きく影響されるということですから、ただのんきにお気楽に暮らすことではないということだそうです。
(2020.2.13)

書名著者発行所発行日ISBN
真面目な人は長生きする(幻冬舎新書)岡田尊司幻冬舎2014年9月30日9784344983571

☆ Extract passages ☆

たとえストレスがあっても、仕事に励み、自らを役立てることは、寿命にプラスだということだ。野心もなく、呑気に、心配もなく暮すことが長寿に通じるわけではなく、むしろ向上心をもって常に努力を怠らず、成功や日標を成し遂げることが、老年まで健康に活躍し、長く元気でいることにもつながるということだ。
(岡田尊司 著 『真面目な人は長生きする』より)




No.1756『亡き人へのレクイエム』

 この本が出版されたのは2016年ですが、2019年10月7日に3刷目が発行され、そのときに米沢市の図書館に入ったので、目に付いたわけです。さっそく借りてきて読み始めましたが、レクイエムですから、知り合いの亡き人たちに対する「鎮魂歌」のようなものです。
 著者は、もともとはドイツ文学者ですが、エッセイストでもあるので、さまざまな人たちとのつながりもあり、「あとがき」のなかで、「27編、28人を語っている。ペンによる肖像画の試みである。なんらかの個人的なつながりのあった人々だ。したしくまじわりをもった人、会ったのは一度か二度程度だが、強い印象を受けた人、ただ書かれたもので知って、もっぱら本を追いかけた人。それ自体は、とりたてて言うにたりない。偶然の出会いと言えばそれまでだが、はたしてほんとうに偶然だろうか。期せずして何か機が熟していたのではあるまいか。」と書いています。そして、この人たちはこの世にいない、だからレクイエムということです。
 この本で出会えるのは、種村季弘、森崎秋雄、森浩一、北原亞以子、須賀敦子、川村二郎、木田元、森毅、小沢昭一、松井邦雄、西江雅之、米原万里、赤瀬川原平、宮脇俊三、山口昌男、澁澤龍彦、児玉清、花田清輝、川田晴久、野尻抱影、岩本素白、澤村宗十郎・坂東三津五郎、大江満雄、丸山薫、菅原克己、高峰秀子、野呂邦暢です。
 知っている方もいれば、まったく想像もつかない方もいて、読むと、なるほどと思います。
 このなかで、森毅さんの本は読んだことがあり、ここで「どんなに忙しくても、森さんはノンビリしていた。ノンビリするには勇気がいる。我慢がいる。とりわけ知恵がいる。というのは世の中の構造が、せかして、動かして、引きまわすようにできているからだ。森さんの口から洩れる言葉が、世の仕組みと知恵くらべをするヒントになった。その点、森毅はおそろしく歯切れがよかった。思考と語りに「一刀斎」の切れ味をそなえていた。」とあり、著書を思い出しながら、たしかにそうだなあ、と思いました。
 これだけそうそうたるメンバーをそろえると、なにがしかの生きるヒントみたいなものがあります。たとえば、川村二郎さんは、自他ともに許す旅行嫌いだったそうですが、『日本廻国記 一宮巡歴』を書いたときから、少しずつ変化していったといいます。そのことは「著者から読者へ」のなかで、「はっきりいって、それ以前は旅行嫌いだった。……ふらふら出歩いて何が分る、ときめつけたい気持が強かった」といいます。ところが一宮巡拝をしてみると、出歩くことが「より自由に思考と感性を活動させ得る場」となることに気づいたといいます。それが、自分にとっての「何よりの旅の功徳だった」そうです。
 たしかに、私自身も旅でそのように感じますが、むしろ、それこそが旅に出る目的かもしれないとさえ思います。つねの日常から飛び出して、自由に歩き回ることで、自分自身がほんとうに開放されたと感じます。
 下に抜き書きしたのは、澁澤龍彦についてのもので、歯車時計という機械装置について書いています。
 最初の時計の発明は、澁澤龍彦さんも書いているそうですが、著者も修道院で生まれたものに違いないといいます。たしかに修道院のなかで共同生活をするためには、何よりも規律が尊ばれ、それは時間という概念があればこそです。
 でも、私は、それがイヤで旅に出たいと思うし、森毅さんのようにノンビリしたいとも思います。この世の中、いろいろなことがあって動いているようです。
(2020.2.10)

書名著者発行所発行日ISBN
亡き人へのレクイエム池内 紀みすず書房2016年4月19日9784622079750

☆ Extract passages ☆

一糸乱れぬ秩序のなかで持続する時間の折り目ごとに、次の行動のための合図の鐘が鳴りわたるところ。その間をくぐって時計が巷に出てきたときに、近代が始まったと言っていい。以後すべては、歯車仕掛けの技術の片われの監視の下に進行する。かつてはトウモロコシが実ったり、羊が成長するときに時が流れた。いまや時間は二点間で固定された画一的な単位でしかない。空腹だから食べるのではなく「食事の時間」だから食べるわけだ。ねむいから寝るのではなく、「お休みの時間」だから寝床に追いやられる。流れ作業式に生み出される時間を区切って労働が計られ、賃銀がはじき出される。
(池内 紀 著 『亡き人へのレクイエム』より)




No.1755『毎朝ちがう風景があった』

 先日、米沢さんの『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』を読んで、楽しんでいる者といえば、作家の椎名誠さんを思い出しました。
 著者は、この本を読んでも、世界の各地を旅行し、いろいろな体験を重ねてきているので、ご本人に尋ねてみないことには真相はわからないのですが、人生を楽しんでいるのではないかと想像しました。
 おそらく今の作家は、原稿用紙に書くというよりはパソコンに向かって打っているような生活をしていると勝手に思っていますが、この本の著者は自分の足で経験したものを書いているのだから、おもしろいのではないかと思います。
 この本は、「夕刊フジ」に2018年5月から2019年7月まで連載された「街談巷語」を単行本化したそうで、大幅に再構成し、加筆や修正したものだそうです。
 読んでみると、まさに椎名ワールドで、それでも昔の話が多く、今の時代はどうなのかと考えさせられるところもありました。しかし、写真は自分で撮ったものがほとんどで、とても楽しく見せていただきました。
 たとえば、「氷結した町の笑顔」では、極寒のなかでも子どもたちは元気で遊び回っているそうで、「日本のような国から行くとすぐには理解できない話だったが、理由は非常に単純だった。あまりにも気温が下がってしまうと、スキーをはいて斜面に立っても、凍結した斜面がスキー板と氷結してしまい、斜めになつたまま動かなくなってしまうのだという。スケートも同じような理屈で、スケート靴のとがった刃の部分が氷と氷結してしまうことになる。スキーやスケートはその人の体重による圧力や摩擦で氷が瞬間的にとけて水となって滑ることができるからで、子供らにそのことを教えてもらつたけれど、実質的に理解するまでずいぶん時間がかかった。しかしソリはみんなで押して氷結したところで強引に滑るのだという。地球はまだまだ面白いことがいっぱいあるのだ。」とあり、そういえば、だいぶ前に極寒の地では冬タイヤをはかずに夏タイヤのままで走っていると聞き、ビックリしたことがあります。
 たしかに、この地球上には、まだまだ知らないことが多く、ここ数年、毎年中国の雲南省に出かけていますが、雲南省は面積では日本とほぼ同じの39.4万kuです。でも、少数民族も多く、文化的にもとても多彩なようです。もちろん、植物の種類も多く、省都の昆明は四季如春といい、いつも春のようだと表現されるほどいつも花が咲いています。
 この本のなかで、最近のこととしては、「世界が驚く日本の居酒屋」のなかに、最近多く見かける外国人の話が載っています。そして、「その昔、日本が経済大国のとば口にあったころ、世界に名だたるジャパニーズ観光ツアーが諸外国で真っ先に日本人だと見破られたように、アジアの同族ともいえる中国、韓国、ベトナム、フィリピンあたりは、われわれの目から見ると同じように見えるから面白い。日本人とは違う区別が、今言ったような服装と持ち物―の点だ。」と書いてあり、たしかにそうだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「ラオスの朝メシ屋」のなかの最初の文章です。このメコン川はチベットから流れ出た川が自治区のチャムド市で合流し瀾滄江となり、それが梅里雪山のわきを流れ、シーサンパンナからミャンマーに流れて行きます。このチャムド市は、チベット名チャムド・サクルで、「チャプ」は「水」を、「ド」は「合流地点」を意味し、中国名はチベット名を音写したものだそうですから、まさに瀾滄江の合流地区にふさわしい名前です。この瀾滄江を初めて見たのは2019年の3月13日で、そのエメラルドグリーンの色にビックリしました。
 しかも、その流れがはるばるとインドシナ半島の国々を流れて、多くの人たちを潤しているわけです。川の水は同じですが、その流域の民俗によって、多彩な文化を育んでいるのにはさらに驚かされます。
(2020.2.7)

書名著者発行所発行日ISBN
毎朝ちがう風景があった椎名 誠新日本出版社2019年12月10日9784406064330

☆ Extract passages ☆

 インドシナ半島の真ん中をうねるようにしてメコン川が流れている。源流はチベツトのあたりだが、中国の雲南省あたりを激流となって流れ、ミヤンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムヘと流れている。半島の自然をつくる命の大河だが、その周辺に住んでいる人々とその生活を見ているといろいろ感動する。川に沿って国々は変わるけれど、その生活ぶりや文化とか文明といったものが伝統的なものとないまぜになって、どんどん激しく変わつていくのを見るのがスリリングで楽しいのだ。
(椎名 誠 著 『毎朝ちがう風景があった』より)




No.1754『本と踊れば恋をする』

 本と踊るって、どういう意味だろうと思って手に取ったのですが、たまたま開いたページに「セドリ」という言葉を見つけました。セドリとは、簡単にいえば、安く買った本を高く売ってその利ざやを稼ぐ商売です。たまに、それらしい人を見つけたことはありますが、実際にどのようなことをしているのか、ちょっと興味がわきました。
 ただ、小説なので、セドリそのものには詳しく触れていませんでしたが、それ以上に題名の「本と踊れば恋をする」ってどういう意味なんだろうと読み続け、最後のエピローグにそれらしい答えがありました。ただ、それを種明かししてしまえば、この本を読むのがつまらなくなりそうなので、それは伏せておきます。
 ただ、本を読む楽しさはところどころに書いてあり、たとえば、トマス・スターンズ・エリオットの『荒地』という本に「本は生きていることを実感させてくれる。しかも、わたしたちはもちろん、永遠に生き続けたりはしないんだが、もしかしたら永遠に生きられそうな、そんな気にまでさせてくれる。」という文章が載っているそうです。たしかに、本を読んでいるとワクワクしたり、ドキドキしたり、いろいろな感情がわき出してきます。だから、この本などは、あっという間に読んでしまいました。
 この本のなかで、朝香が曾祖父の代から使っているという重厚な机を前にして、「書斎の"斎"の字を分解すると、清めるという意味のほかに、机と、生贄という言葉が含まれているのが分かる。"斎"は、神様を迎え入れるために生贄を捧げる机のことだったんだ」と話すところがあります。
 私も5〜6年前に、継ぎ目のない1枚板の大きな机が欲しくて作ってもらいましたが、この机の上にお気に入りのコーヒーカップを直接置くと、コッンと深味のある音を出します。ただ、それだけで満足していますが、ここに神さまを迎えて本を読めれば本望だと思いました。
 この本は書き下ろし作品で、表紙のイラストはハルカゼさんが描かれたものだそうで、今どきの雰囲気を持っています。この本を歯医者さんでの待ち時間でも読んでいたのですが、誰かに見られるのがイヤで、カバーをしました。
 下に抜き書きしたのは、「本と踊れば秘密が解かれる」に書いてあった贋作師の朝香の話です。
 これを読んで、たしかに本には、いろいろな記憶を呼び覚ますなにかがあると思いました。私は、本の背表紙を眺めながら、その本のなかに何が書かれているかを考えることが好きですが、これからは本の傷や汚れにも注意して見てみようと思いました。
(2020.2.5)

書名著者発行所発行日ISBN
本と踊れば恋をする(角川文庫)石川智健KADOKAWA2019年11月25日9784041085424

☆ Extract passages ☆

「傷や、破れたときの瞬間が、本に刻まれたら、それを残念がる人もいる。ただ、その傷や破れは記憶となる。そのときの状況が、本に刻まれたということだ」……
「たとえば、最愛の人と一緒にいて、幸せの絶頂にいる状況を想像してくれ。日曜の朝。新品の青いソファーに腰掛け、食後の体憩をしている。窓の外は、清々しい青空が広がっている。気候も完壁で、文句なしの日曜日。外出する予定はなかったが、浮足立つ気持ちを抑えられず、どこかに行こうかと相談している。そのとき、テーブルの上に置いてあった読みかけの本に珈琲をこぼしたとしよう。それ自体は失敗だ。ただ、十年後、最愛の人が去ってしまったとき、珈琲をこばしてしまった本を見れば、十年前、新品の青いソファーに座って、幸せいっばいだった頃を思い出すはずだ。つまり、本の傷や汚れは、記憶を呼び起こす。そういう媒体にもなるんだ」
(石川智健 著 『本と踊れば恋をする』より)




No.1753『奇妙なイギリスのおとぎ話』

 イギリスに行った時に、おとぎ話に出てくるようなお城をいくつか見ましたが、それを思い出し読むことにしました。ただ、題名の前に「夜ふけに読みたい」というのがあり、なぜなんだろうと思いました。
 この本の挿絵は、アーサー・ラッカムで、とても雰囲気のあるイラストです。そして、この本は、フローラ・アニー・スティールという女性が編集したものを翻訳したそうで、彼女の原書が出版されて、今年は100年だそうです。いわば節目の年に、日本で紹介されたというわけです。
 たしかに、イギリスは近くて遠い存在で、その文化などもなかなかわからないと思います。行って見てビックリしたのは、意外と部屋が狭く、これなら日本の部屋をウサギ小屋だと言っていたのがおかしいぐらいです。また、駐車場も少なく、レンタカーを借りて走り回ったのですが、ほとんどが路上駐車でした。やはり、テレビなどで見るイギリスとは、違っていました。
 よく外国のことを知りたければ、その国の民話や伝説を読むといいといいますが、たしかにそうです。それぞれの国の民俗の価値観はなかなかわかりませんが、昔話だととてもわかりやすいようです。
 この本は、とても読みやすいので、ぜひ読んでもらったほうがいいと思います。
 そして、自分なりに感じたことで、イギリスのことを考えてもらいたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、「ねこたちのおしゃべり〜物語の豆知識〜」のなかに出てくるお話しです。
 イギリスの話には、よく巨人が出てくるのですが、なぜなのかと思っていました。ねこのチェッコが、その巨人の話をしたところです。そういえば、イギリスの王様は、たしかにフランスからやって来たことがよくあったそうです。
 イギリスはEUから離脱するという話ですが、これらの話から考えて、さてどうなるか楽しみです。
(2020.2.4)

書名著者発行所発行日ISBN
奇妙なイギリスのおとぎ話吉澤康子+和爾桃子 編訳平凡社2019年11月20日9784582838183

☆ Extract passages ☆

 巨人の話も少しだけね。むかしのイギリスをおさめていたのは、フランスからやってきた王さまや貴族たちだったんだ。英語もろくに通じないご領主さまに税金をしぼり取られた庶民たちが、うつぷん晴らしにお話の中でご領主さまを巨人に仕立てたという説もあるよ。世界どこでも、おとなり同士というのは仲がよくないね。近いから欠点が目につきやすいのかな。
(吉澤康子+和爾桃子 編訳 『奇妙なイギリスのおとぎ話』より)




No.1752『ターシャ・テューダーを撮る喜び』

 冬の今の時期は雪片付けが中心だが、今年は雪がほとんど降らないので、写真の整理をしたり、本を読んだりしています。そのなかでも、植物や庭園の本はこの時期にできないこともあり、楽しみです。
 この本は、アメリカのコテージガーデンのお手本ともいうべきターシャ・テューダーの庭や本人が写っていて、副題は「写真家だけが知るターシャの魅力」です。たしかに、その自然体はすべてに感じられ、昔の生活に紛れ込んだかのような錯覚する覚えます。
 ターシャは、もともとは絵本作家で挿絵画家でもありますが、ボストンに生まれながら田舎暮らしに憧れ、ニューハンプシャーで農業をしながら4人の子どもを育てながら絵本も出していました。ところが長女が18歳のときに夫は出ていき、その後は絵の仕事で生活してきたそうです。そして56歳のとき、バーモントの山の中に古い農家を模した家を建て移り住み、そこに庭を造ったのです。
 いろいろなところでターシャの庭は取りあげられていますが、19世紀の手作りの生活を楽しんでいたことは、この本で知りました。おそらく、92歳でなくなるまで、その生活は変わらなかったのではないかと思います。
 たとえば、ターシャが裸足で写っている写真があったのでそこの部分を読むと、「ターシャが裸足なのはいつものことである。毎年、雪が解け、地面の温度が上がってくると、ターシャは待ってましたとばかりに裸足になった。夏の間はほとんど裸足で過ごした。」といいます。でも、この庭には虫もヘビもいるそうですが、意外と平気で、「ヘビはうちの 石垣を、(高級ホテルの)リッツカールトンだと思っているのよ」とむしろおもしろがっていたそうです。
 私はヘビがまったくダメなので、小町山自然遊歩道に行くときでさえ、かならず長靴を履きますが、裸足とはおそれいったものです。
 また、ターシャは、19世紀のアンティークの食器などをたくさん集めていたそうですが、それらを日常的に使ってもいたそうです。しかし、たまたま流しに立って皿洗いをしているときに、あるたくさんのコレクションを持っている家では、「家の人は、見せるだけで使わせなかったそうだ。ターシャは「どうして使って楽しまないの? もちろん、だいじに扱うべきよ。だからと言って、しまって使わないなんて、ばかげているわ」と言ったそうです。
 私もそう思いますが、たしかにコレクターのなかには、集めるだけで使わない方もいるようです。たとえば、萩焼の茶碗などは、使うことで釉薬が変わってくるので「萩の七変化」と呼ばれることもあり、まさに使えば使うほど見違えるようになってきます。それを楽しまないというのは、やはりもったいないことで、さすがターシャだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、ターシャがカゴに入れたクロッカスの球根を土に埋めようとしているときのもので、これはしゃべってよいかどうかわからないと著者もいいながら、ターシャのことを語り始めました。
 たしかに、人は多面的で、良いことも悪いこともあるでしょうが、それをちゃんと言葉にできることは素直だからこそです。著者もこのことで、さらにターシャを好きになったといいますが、私も好ましいと思いました。
(2020.2.3)

書名著者発行所発行日ISBN
ターシャ・テューダーを撮る喜びリチャード・W・ブラウン 写真・文、飯野雅子 訳KADOKAWA2019年12月5日9784040640662

☆ Extract passages ☆

そこでターシャが取った対策は――これは、しゃべってよいかどうかわからないが――球根を埋めるとき、人間用の下剤を一緒に放り込んだ。実際、動物たちにも同じ効能があったかどうか、あるいは、シマリスやモグラ除けの効果があったかどうか、ついぞ確認していないが、少なくとも薬のにおいは嫌がられたと思う。
 ターシャは、使い慣れたシャベルを手に持ち、フード付きの黒いケープを羽織っている。
 月と言えば、ターシャはよくマーク・トウェインの「人はみな、月と同じように、だれにも見せない暗い面をもっている」という言葉を引用し、「私もそうよ」と言っていた。「みんな、私を理想化して見ているけど、私は天使じゃないし、"甘いおばあちゃん"でもない」と。ぼくは、ターシャのそういうところが好きだった。
(リチャード・W・ブラウン 写真・文 『ターシャ・テューダーを撮る喜び』より)




No.1751『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』

 著者の名前は、知ってはいましたが、どんな業績があり、どのような生涯を送ってきたかまでは知りませんでした。
 でも、米沢さんという前に興味を持ち、読み始めると、おもしろくてあっという間に読み終えました。とても痛快で、昔の女性研究者というイメージはありませんでした。まさに題名通りでした。
 それでも幾度かガン冒されたり、おそらくこれで終わりかもという体験も何度もされたと思います。たとえば、23歳のときの最初の妊娠で、胞状奇胎になり、胎児がガン化したそうですが、子宮掻爬を4回もして、なんとか子宮も残せたそうです。さらに35歳のときには子宮前ガン状態で摘出、さらに44歳と45歳のときには両乳房の全摘手術、さらにさらに70歳で甲状腺ガンが発覚し7時間の手術でなんとか気管切開は回避できたそうです。
 そして、この本を出版したときには元気で仕事をしていたそうですが、残念ながら昨年2019年1月17日に亡くなられたそうです。つまり、期せずして、約1年後にこの本を読んだということになります。
 そういえば、昨年の4月24日に「米沢富美子さん お別れの会」を開催したときの案内状に、「日本の女性物理学者の草分けとして活躍され、教育、文化、生活者へのメッセージなど、 幅広く社会に発信された”スーパー・ウーマン”米沢富美子さんが1月17日に急逝されました。80 歳でした。」という文章が載っていましたが、この本を読んだだけでも、そのように思います。
 この本は、日本経済新聞朝刊の2012年6月1日から30日まで連載されたものだそうで、著者自身も「自分をネタにものを書く作業は、結構疲れる」と「あとがき」に書いていますが、たとえばガンのことひとつとっても、それを公開するというのはなかなか大変なことです。しかも、ドキュメンタリーで書くというのですから、ますます勇気がいります。
 でも、結果的には「その記録が普遍性を持ち、何らかの形で読み手の糧となること」を願ったそうで、私的には、その時代の生き方とか研究姿勢というものがわかっただけでも興味深かいものがありました。
 最後のほうで、「とんな哲学で生きてきたか」と問われて、5つ挙げています。1.自分の可能性に限界を引かない。2.行動に移す。3.めげない。4.優先順位をつける。5.集中力を養う、です。それについてこの本では、「1は、身の程知らずにほかならない。2に関しては、私に多少とも取り柄があるとするならそれは行動力だが、これは無謀とか無鉄砲に通じる。3は、能天気の代名詞。4と5は、有限の時間と能力のなかで欲張って生きるには、不可欠の要素である。」と書いています。
 おそらく、謙遜だとは思いますが、もしかすると、持って生まれた才能かもしれません。
 下に抜き書きしたのは、著者が米沢允晴氏と結婚することになったときの話しです。それは、著者が物理をとろうか家庭をとろうかと悩んでいたときに、米沢氏が話した決め台詞です。
 でも、この本を読んだからそう思うのかもしれませんが、著者は、いつもなんとかなると思っていたようで、生来の楽天家だったようです。
 だからこそ、いろいろな困難にもめげずに、チャレンジできたように思います。まさに、「人生は、楽しんだ者が勝ちだ」と心底思っていたようです。
(2020.2.1)

書名著者発行所発行日ISBN
人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書米沢富美子日本経済新聞出版社2014年6月13日97844532169312

☆ Extract passages ☆

 物理であろうと家庭であろうと、専念する必要がある。私はそう考えた。
 思案の末、心は物理に傾き、求婚を断ろうと決心した。それを察知した彼は、「このままでは、逃げられる」と焦ったのだろう。
 一世一代の殺し文句を口にする。
「物理と僕の奥さんと、両方取ることをどうして考えないの」
 まったく気障なセリフを吐くヤツだ。しかし、これは彼の人生哲学を反映する言葉だった。この言葉を聞いて、私は「日から鱗」が落ちた。
「そうか。両方欲しいなら、両方選べばいいんだ」
 こうして、「あれか、これか」ではなく、「あれも、これも」という私の生き方が始まることになる。人に与えられるのを、待つ必要はない。欲しいものは、自分の手で獲得する。
(米沢富美子 著 『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』より)




No.1750『三木成夫』

 三木成夫って、知ってますか。私は知りませんでした。
 でも、読んでみて、「いのち」というものに、これだけ深く考えた人は少ないのではないかと思いました。そもそも著者は、東京医科歯科大学医学部解剖学教室で助教授として血管系の比較発生学的研究に取り組んだのち、東京藝大の保健管理センターの医師として赴任し、そこで生命記憶、内臓感覚、宇宙のリズムなど独自の生命論に基づいた三木学へと発展させていったそうです。
 著者には名言も多いそうで、「うずまきは宇宙の根源だ」とか「人間は星だ」とかあるそうですが、私はDNAは「憶の日記帳」という言葉が印象的でした。憶というのは記憶のことで、たしかに人間がはじまるときからの記憶がしっかりとDNAに刻まれているわけで、それを日記帳と表現するのは秀逸です。
 そういえば、急に昔の味を思い出したり、どこかで見たことがあったような風景に出くわしたり、生きているといろいろなことが突然に思い出されます。それも、どこかに刻まれた日記帳の一コマかもしれません。
 この本のなかでも、「民族と里帰りより」のなかに出てくる童謡の「月の沙漠」と「椰子の実」についての話しは、とてもおもしろく、まったくつながりがないと思っていたのにと考えさせられました。そこの部分を抜書きすると、「前者が、いわば"陰"のメロディであれば、後者は″陽″のそれである。同じく切々たる想いを訴えながら、そこには短調と長調の違いが識別され、さらに、前者の拍節的な感触が、後者にはまるで欠落している。歌詞のほうは、もっとはっきりしているだろう。一方は、皓々たる月の光を浴びた砂漠であり、他方は、夕陽の眩い大海原である。"陸″と″海″との明らかな対比が、月光の"冷″と日光の"暖″とを合わせて、そこにはある。そしてそこに登場する生きものは、駱駝と一個の椰子の実とであり、一方は、過ぎ行き、他方は、流れ寄って、ここには″動物"と"植物″との対照的な姿かたちが見られる。こうしてこの二つの生きものは、一方は背のこぶに、他方は殻のなかに、それぞれ″水″を蓄えて、ともに数千里の道のりを旅するのである。」と書いてありました。
 おそらく、ほとんどの人は、そのつながりに気づきはしないと思いますが、このように記されると、なるほどと思ってしまいます。
 下に抜き書きしたのは、「動物的および植物的」のなかの1節です。今まで、このような見方をしたことがなかったので、とても興味を持ちました。
(2020.1.30)

書名著者発行所発行日ISBN
三木成夫(STANDARD BOOKS)三木成夫平凡社2019年12月11日9784582531749

☆ Extract passages ☆

 地球を覆う生物層の双璧と謳われてきた、植物と動物は、ともにおなじ「栄養と生殖」の営みを遂行しながら、両者の生きざまは、あまりにも異なる。それは、栄養の方法がまったく違っているからであろう。一方が″植″ったまゝで自らを「合成」するのに対し、他方は″動″いてそれを食べて「消化」をする。それは、"生産者"と″消費者"の性格の違いを意味するものであろう。
(三木成夫 著 『三木成夫』より)




No.1749『二人に一人がガンになる』

 この本の題名は、ガンについてよく言われることですが、その根拠は、日本人男性の生涯にガンにかかる確率は62%、女性は47%なので、そのことを表しているようです。
 ちなみに、日本人がガンでなくなる確率は、男性が25%、女性が17%で、やはりガンはおそろしい病気だということがわかります。でも、新たなガンについての情報が日々更新され、なかなか現状がわかりにくいようです。この本では、中山祐次郎+発進する医師団の監修のもと、「知っておきたい正しい知識と最新治療」について書いています。
 よく聞くことですが、ガンの治療を受けるとき、名医といわれる人のほうが治癒率が高そうですが、私も初めて知ったことですが、「がんでは患者数が少ない希少がんと呼ばれるものですら、ほとんどは関係学会が診療ガイドラインやそれに準じる診療指針を作成しています。特にがんの場合は、放置したり、進行した場合は命にかかわるので、この診療ガイドラインでは「生存期間の延長」、すなわち患者がより長生きできることがエビデンスレベルの高い研究論文で示されている治療法が集約されています。実際、その中身を見ると、例えば手術ならばステージ1〜2までとか、どんな場合は手術後でも再発の可能性が高いか、さらにそのことを考慮して手術後に抗がん剤治療や放射線治療をどのように行うか、その場合に使うべき抗がん剤の種類も具体的に記述されています。」と書かれています。
 この希少ガンでさえ、しっかりした診療指針があるわけですから、一般的なガンならなおさらです。そういう意味では、著者がいうように、「ガンほど医師個人の裁量権があるようでない領域は他にない」ということになります。
 そういえば、オプジーボという免疫チェックポイント阻害薬などは、いくら使って欲しいと医者に頼んでも使ってもらえるわけではないようです。つまり、使わざるを得ない状況が必要で、それらもその手順が決まっていて、使えるのはステージ4のガンであることがほとんどだそうです。
 さらにすごいガンを攻撃するCAR―T細胞療法というのがあり、「キムリア」という薬剤を使うそうです。この公的薬価は、今の時点で投与1回あたり33,493,407円だそうです。この薬の仕組みは、弾道ミサイルを迎撃するパトリオットミサイルのようなもので、CAR―T細胞がパトリオットミサイルのように直接ガン細胞を殺傷するのだそうです。それは、患者から直接採取した免疫細胞を海外にあるノバルティスの工場に空輸して、そこでCAR―T細胞にして工場で培養し、完成品を凍結乾燥して日本に空輸し、静脈注射で投与するそうです。なんか、すごすぎて、未来の医療の最前線を垣間見ているようですが、それでも、なかなかガンの治療は難しいといいますから、まだまだ挑戦は続くと思います。もしかすると、昨日まで治らなかったガンが、今日から認められた新薬のおかげで寛解するかもしれない、そんな気がします。
 下に抜き書きしたのは、定期検診のなかにガン検査もありますが、それすら受けないという方について書いてあるところです。
 たしかにガンはなるべく早期に発見し、速やかに治療することがいいとはわかっていても、なかなかできないものです。ビックリしたのは、日本人のガン検診率の低さで、2016年度の国民生活基礎調査によると、男性の肺がん検診が51.0%で最高にとなっている他はいずれも50%未満でした。乳がん検診でも、芸能人が乳がんの治療をしているというニュースが流れていても、40%強と世界的にみてもとても低いようです。
 なんとか欧米並みの70〜80%程度には高めなければと思いました。
(2020.1.28)

書名著者発行所発行日ISBN
二人に一人がガンになる(まいなび新書)村上和巳マイナビ出版2019年10月30日9784839969714

☆ Extract passages ☆

宝くじに当たるためにはどうしたらよいか? ネツトを検索すれば、あれやこれやと書いてありますが、どれも「帯に短し、たすきに長し」で決定打ではありません。
 ですが、そもそも宝くじを買わない人は当たる可能性が皆無です。がん検診もこれと同じで、たとえごくわずかな見逃しがあったとしても受けない人は早期に見つかることすらありません。前述のように自覚症状が出てからでは手遅れになる場合が少なくないのです。
(村上和巳 著 『二人に一人がガンになる』より)




No.1748『大人の男 アジアひとり旅』

 出版社はダイヤモンド社ですから、言わずと知れた『地球の歩き方』を出しているところで、私も昔からだいぶ世話になっています。おそらく、ひとり旅をする人のバイブルともいえるような存在だと思っています。
 この本は、そこから出ていて、いわば『地球の歩き方』のひとり旅本というような位置づけです。しかも、大人の男、さらにアジアと限定的なので、つい、手に取ってしまいました。
 中身は、やはり『地球の歩き方』の味付けですが、それに慣れていることもあり、サラサラと読むことができました。しかも、自分が行ったところも載っていて、そうそう、と勝手に思ったり、だいぶ前に訪れたところだと、もうだいぶ様変わりしたなあ、と昔を懐かしんだりしました。旅というのは、その年代によって、その印象もだいぶ変わると思っていましたが、やはりそうでした。
 学生のころは、時間はあるのですがお金がないので、なるべく安く旅することだけを考えて楽しみました。今はというと、長距離を歩くのはできないので、なるべく気軽に行けることを考えたり、そこそこ快適なところに泊まるようにしています。
 そういえば、インドをひとり旅し、いずれまた行くのだからとインドルピーを日本円に両替しないで持っていて、2018年の秋に行くと、1,000ルピーと500ルピーの紙幣は使えなくなっていました。本当にビックリしました。なんとか両替できないかとしましたが、どこでもできないと知り、そのまま持ち帰りました。500ルピーが8枚です。100ルピー10枚と10ルピー22枚は使えたので、使いましたが、4,000ルピーは今も手もとにあります。
 この本では、「2016年月月8日の夜、インド政府は9日午前0時から1000ルピー札と500ルピー札を無効にすることを発表した。この電撃的な廃貨宣言は世界を驚かせた。もちろんいちばん驚いたのは市井のインド人自身だろうけれど。これは当時流通してぃた通貨全体の86%の15兆ルピー(約24兆円)に及ぶ大規模なものだった。不正貯蓄や偽造通貨対策であると同時にキャッシュレス化を推進するための劇薬だった。結局99.3%が合法的に回収されたと発表されている。」そうです。
 それでも、回収されていないのが0.7%もあり、そのなかには私の4,000ルピーも含まれています。インドの知り合いに聞くと、今でも外国人旅行者の両替のお金のなかにわからないように混ぜ込まれていることがあるといいます。
 もちろん、これらはまったく使えないわけですから、トランプのジョーカーを引いてしまったわけです。そうすると、その人がまた、知らない人にそれを引かせてしまうこともあるかもしれません。
 また、両替でいうと、アジアの通貨を日本の空港の両替所ですると、おそらく一番レートが低いと思います。それを帰国の際に現地の空港で再両替をしないで、日本国内の空港ですると、またまたレートが低いのでだいぶ損をしてしまいます。これらは、まさに旅の常套手段のようなもので、このような本を読むのは、これらを知ることでもあります。
 これからアジア、とくにタイや中国、インド、インドネシア、ラオスなどのひとり旅を考えているなら、この本をぜひ読んでみてください。この本の表紙イラストは、まったく『地球の歩き方』と同じなので、すぐわかると思います。
 下に抜き書きしたのは、最初のところに書いてあるひとり旅のおもしろさについてです。
 私は国内もときどき一人旅をしていますが、たしかに「時間はすべて自分だけのものとなる」というのはとても魅力的ですし、すべてから開放される気分も最高です。おそらく、ひとり旅のおもしろさを知ったら、他の旅は色褪せてしまうと思います。ぜひ、大人の男になったら、ひとり旅を満喫してほしいものです。
(2020.1.26)

書名著者発行所発行日ISBN
大人の男 アジアひとり旅水野 純 他ダイヤモンド社2019年12月11日9784478824153

☆ Extract passages ☆

 ともあれ旅の最も大きな要素である「非日常」にどっぷり浸かり、「自由」を満喫するには、何が起こっても自己責任が求められる代わりに、すべてを自分で決められる、ひとり旅こそがふさわしい。
 予定はあってなきが如し、足の向くまま気の向くまま、明日は明日の風が吹く。面白い場所を見つけたら滞在を延ばし、興味が持てなければそっと立ち去る。何をしても誰にも文句を言われないこの喜び。旅に出ている間、時間はすべて自分だけのものとなる。
(水野 純 他 著 『大人の男 アジアひとり旅』より)




No.1747『江戸落語で知る四季のご馳走』

 江戸時代のご馳走って何だろうかな、と思いながら読みました。
 すると、今年の初競りで山形県産のサクランボが500グラム80万円だったそうで、たった1粒が8,500円になるそうです。そんなに高いサクランボを食べる人は想像もできないのですが、江戸時代もサクランボは好まれていたようで、「あたま山」という落語のなかに出てくるそうです。ところがおもしろいのは長唄の「あたま山」で、昭和30年頃につくられたそうです。
 作詞は落語評論家の安藤鶴夫で作曲は山田抄太郎です。簡単に説明すると、主人公がサクランボを1箱でもらったが、もともとケチだから値段が気になって、果物屋に見に行くと、これがなんと高いこと。果物屋の番頭も、「さくらんぼはうまいから、 一度食べたら癖になる、必ずまた食べたくなる。高額の金を払ってでも食べたくなりますよ」と言われ、それじゃあ、麻薬とおんなじだから食べたくない。主人公はただのケチじゃないから、サクランボを売ってお金にしようなどとケチな考えをせず、近所の人たちにみなあげてしまいます。その気持ちは、「買ってでも食べたくなるぐらいだから、きっとみんなが大喜びして、もしかするとちり紙一枚半紙の一枚ぐらいはお使い下さいと持ってきてくれるかも知れない、いや、持ってきてくれなくても、ただでもらったサクランボで感謝されれば、その気持ちはいつまでも残るかもしれない」と考えたようです。
 ところが、みんながみな、うまかったうまかった、というのを聞くと、一粒も食べずに配ったことを後悔しました。ところが、仏壇を見ると、最初にお供えしたサクランボ2粒が残っていたということで、よかったよかったということでお仕舞いです。
 ここが浪曲らしいところで、それが落語の「あたま山」になると、ケチがゆえに頭に木が生えたり、命まで落としたりと、奇想天外な話しになってしまいます。
 サツマイモなども、青木昆陽が研究を重ね全国に広まると、それをネタにした落語も生まれます。よく「栗よりうまい十三里半」といいますが、栗は縄文時代より栽培されていたそうで、まさに秋のご馳走の代表格でした。天津甘栗などは、明治43年に浅草で初めて売られたそうで、中国天津で栽培されていた栗ではなく、天津の港から運ばれてきたもので、山形市に行くと大沼デパートの入口前の店で買ってきたものですが、それも今はなくなったようです。
 今の時代でも、食べものも移り変わりがありますから、江戸時代などの食べものも知らないものがたくさんあったと思います。
 下に抜き書きしたのは、江戸庶民の食生活ですが、いかに白米のご飯が食べたかったかということです。でも、考えてみると、江戸では庶民も白米を食べていたのに、そのお米を生産していた田舎の人たちは、ムギやアワなどの雑穀を食べていたというから、不思議なものです。
 そして、焼き魚を食べるようになったのは、七輪が登場したときからだそうで、今のサンマの塩焼きなどはそれ以降の話しです。
(2020.1.26)

書名著者発行所発行日ISBN
江戸落語で知る四季のご馳走(平凡社新書)稲田和浩平凡社2019年11月15日9784582859263

☆ Extract passages ☆

 そもそも江戸っ子はあまりおかずを食べなかった。お米のご飯を食べるのがステータスで、ご飯さえ食べられればいい。おかずは、味噌汁は用意するが、沢庵か梅干で十分だった。「一汁一菜」でよかったのだ。なまじ、おかずをたくさん食べる人は「おかずっ食い」と呼ばれて、あまり褒められたことではなかった。江戸っ子は白いご飯が食べられることに幸福を感じていた。それ以上を望むのは贅沢者というか、江戸っ子にあるまじき、みたいなところもあった。ようは、日本中が貧乏だったから。お米のご飯が食べられる以上の何を望むのか、というのがあったのだろう。
(稲田和浩 著 『江戸落語で知る四季のご馳走』より)




No.1746『地名崩壊』

 今、駅名の「高輪ゲートウェイ駅」が注目されていますが、賛否両論があるそうです。この辺りを再開発し、そこに新しい駅と国際的な交流拠点をというのがJR東日本の計画のようです。駅そのものは2020年3月に暫定開業されるようですが、本格的な街開きは2024年の予定です。
 つまり、駅そのものよりも開発のほうに力点がありますが、そもそもゲートウェイとは、「門扉(gate)がついた入口、道(way)」を意味する言葉で、IT業界では「異なるネットワークを接続する機能」という意味もあるそうです。
 また、JR東日本は駅名を決定した理由のひとつに、古来より街道が通じ、江戸の玄関口としてにぎわいをみせた場所であることを挙げていますが、それとゲートウェイを結びつけるのにはいささかムリがあります。それより不思議なのは、JR東日本が駅名を一般公募して64,052件の駅名案が寄せられ、「高輪駅」が8,398件とダントツの1位で、2位が「芝浦駅」、3位が「新品川駅」、4位が「泉岳寺駅」、5位が「新高輪駅」で、なんと「高輪ゲートウェイ駅」はたったの36件で、130位だったそうです。それでも選ばれたというのは、一般公募する前から内々に命名していたのではないかと想像してしまいます。
 そう考えれば、この名前もおそらくは開発が先行して名づけられたような気がします。
 そういえば、2011年3月11日の東日本大震災のあとに、地名が危険な場所を教えてくれるという報道などがありましたが、これも災害をあらかじめ予測するという観点からはいいとしても、その地名が足かせになって土地という不動産価値が下がるから改名しようという動きもありました。また、星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏は、「福島」という県名を変更すべきではないかと提案し、話題になったこともあります。これは自身が福島県内にあるアルツ磐梯や猫魔スキー場を経営していて痛感した風評被害などに端を発しているようですが、県名そのものが忌避されるというのはいささか異常ではないかと感じました。たしかに、今年はオリンピックで外国からたくさんの人々が来日されるでしょうが、福島だけを外すというのはあまりないのではないかと思います。
 山形県内で興味深かったのは、酒田市の旧市街東側にある「小荒新田」で、もともとは小荒、つまりは廃田を意味する「小荒」を復旧させて新田とした土地だったのですが、それをひらがなで「こあら」と新しく表記しました。そうすると、いかにもオーストラリアのコアラみたいですが、著者はその錯覚も意図しているのかもしれないと書いています。
 それにしても、地名というのは、歴史的にも意味深いものもあり、簡単には変えないほうがいいと思います。今はやりのキラキラネームみたいな地名も、たとえばテクノパークみたいな地名は、数十年後にはテクノって何といわれるかもしれないのです。北海道にはスウェーデンヒルズというのがあるそうですが、住んでいる人たちがそれでいいといっても、数十年後にはデンマークヒルズがいいというかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、地名の本来あるべき姿について考えたい、というところで述べたものです。
 意味不明な地名や、まったく記号のようなもの、さらには新しい地名で一儲けしようというものまで、いろいろです。私が上京すると必ず立ち寄る「八重洲ブックセンター」の住所は、かつて京橋区南大工町1番地だったそうですが、昭和6年には京橋区槇町2丁目3番地になり、昭和29年には中央区八重洲5丁目3番地、そして昭和53年には八重洲2丁目5番地と変わってきたそうです。
 地方にいれば、どうでもいいことですが、その土地に住む人たちにとっては、やはり大きな問題ではないかと思いました。
(2020.1.24)

書名著者発行所発行日ISBN
地名崩壊(カドカワ新書)今尾恵介KADOKAWA2019年11月10日9784040823003

☆ Extract passages ☆

 現在の東京の地図を片手に永井荷風や夏日漱石の作品を読んでも、登場する町名が見当たらない。これは震災復興事業による昭和初期の区画整理で町名を統廃合したこと、それに加えて戦後の住居表示法でさらなる町名の大々的な改廃が行われたためである。歴史的地名の消滅は東京だけでなく全国各地で起きており、自治体の名称も昭和の大合併、平成の大合併を経て今も激変を余儀なくされている。政令指定都市の区名の命名も「民主主義の誤用」のために歴史的地名を否定する方向だ。その一方で、消えた町名を復活させる動きも少しずつ始まっている。
(今尾恵介 著 『地名崩壊』より)




No.1745『チベット人の中で』

 イザベラ・バードを初めて知ったのは、置賜を通ったときにここは東洋のアルカディアだと書いていると聞き、その『日本奥地紀行』を読んだときです。そのなかで、日本をすごく好意的に書いていたり、イヤな感じのするところと書いたり、意外と率直に感じたままを書いてある印象でした。
 この本は、たまたま図書館で見つけたもので、即借りてきて読んだものです。時系列的には、1878年に日本を旅行し、1880年10月に『日本奥地紀行』を出版し、1881年3月に医師のジョン・ビショップ博士と結婚。しかし、その年の11月に博士は外科手術中に敗血症に感染し、1886年3月に亡くなり、このチベットへの旅行は1889年2月から1年10ヶ月かけて旅に出たときのことです。
 だから、著者名はイザベラ・ビショップとなっていますが、日本ではイザベラ・バードのほうが知られているので、その名前が並列されています。
 でも、この旅はとても大変だったようで、「筆舌に尽くしがたいほどひどいものだ」と書いてあり、地元のチベット人たちも高山病には悩まされていたそうです。この高山病は「峠の毒」と呼ばれ、「峠に生えるある種の植物の匂いや花粉のせいだと思われている。馬やラバは荷物を通ぶことができなくなり、男たちは疲労困憊だけでなく目まいや吐き気、ひどい頭痛や鼻、口、耳からの出血に苦しみ、ときには全身的に苦しみ、場合によっては終いには命を落とす。」と書いています。
 このような大変な苦労をしながらも旅を続けたのは、夫の記念病院を西チベットに設置したいという考えがあり、そのためにこの旅に出かけたのです。つまり、アジアにおける医療伝道支援という隠されたミッションは、生涯続いたといわれています。
 それでも、チベット人のことを「カシミール人は不誠実、卑屈、そして疑り深い。他方、チベット人は誠実、自立的でそして親しみがあり、最も楽しい国民のひとつだ。私はシェルゴルでたちまちのうちに彼らに「夢中」になったが、彼らの道徳は恐ろしく不誠実ではあるにしても、彼らに対する自分の好意的な意見を続く4ヵ月間に変える理由を見つけられなかった。」と書いています。
 ただ、この本で残念なことは、ケイロンのところで終わっていて、私が訪ねたロータン峠から手前のマナリーやクルなどは通っていながらもその話が載っていなかったことです。もし、書いてあれば、私が訪ねた1988年のときと1889年のときの変化、つまりは100年間の時代の移り変わりを知ることができたのにと思いました。
 下に抜き書きしたのは、一妻多夫制というチベット独特の結婚制度についての話しです。
 つい最近まであったそうですが、直接チベットの夫人から聞いたということで、生活感がにじみ出ていると思いました。そういえば、私が初めて中国の雲南省に行った30数年前にも、このような話しをうかがったことがあります。
 今年の3月に、雲南省のミャンマーとの国境線近くのチベットよりのところに行く予定ですが、もしかすると、人の生活様式というのはなかなか改まるのには時間がかかりそうなので、そのような話しが今も残っているかもしれません。
(2020.1.21)

書名著者発行所発行日ISBN
チベット人の中でイザベラ・バード 著、高畑美代子・長尾史郎 訳中央公論事業出版2013年10月15日9784895144070

☆ Extract passages ☆

彼女らは、「私たちは一人の男性ではなく、助けてくれる三人か四人の男性がいる」と言い、ヨーロッパ人の一夫一婦制の人生の退屈さと単調さをせせら笑う!一人の女性が私にこう言った―― 「もし私がたった一人の夫しかいないとして、彼が死んでしまったら寡婦になってしまうけど、もし二人か二人の夫がいるならば決して未亡人になることはないわ!」。「未亡人」という言葉は彼女たちにとって不名誉な言葉で、動物や男やもめに侮茂的に使われるものだ。
(イザベラ・バード 著、高畑美代子・長尾史郎 訳 『チベット人の中で』より)




No.1744『樹に聴く』

 何気なくこの本を手に取ると、著者が山形県出身で月山山麓の川や田んぼで遊んだと書いてありました。それで、同じ山形県人なら自然の樹々に対する感じ方も似ているかも知れないと思い、読み始めました。
 著者には、すでに「樹は語る」という本があり、それに対してこの「樹に聴く」というのは、樹々が何かを行いたそうにしているのを感じたことから名づけたというようなことを書いています。たしかに、語るというのと聴くというのとでは、受けとり方が違うような気がします。まさに、樹々の気持ちを代弁するかのような思いが感じられます。
 この本の中に出てくる樹々の生態については、初めて知った事も多く、楽しみながら読みました。たとえば、ササについても、生きていくためには、森林の資源を最大限に利用しているといいます。「つまり、1つの個体がギャップと林内にまたがって生育することによって、ギャップでは豊富な光で光合成をしてそれを林内に送り込む。逆に、林内に張った根からは水分や土壌の栄養塩を吸い上げ、ギャップの地上稈に送り込む。ギャップの地上稈は送られてきた水ゃ窒素を利用して盛んに光合成をして大きくなり、それをまた林内に送っているのである。このような個体内での光合成産物や土壌の栄養塩の双方向のやり取りによって、個体として生き残っていこうとしているのだ。」といいます。
 つまり、ギャップと林内の違う環境をうまく利用しながら、それにまたがるようにして生きているということになります。
 また、ケヤキの果実が、それだけで落ちるのではなく、小枝ごと落ちると知り、なるほどと思いました。そうすれば、風をひろうことができ、なるべく遠くまで飛ばすことが可能になります。その当年生の小枝を「結果枝」と呼んでいるそうです。しかも、秋になるとその結果枝についている葉は乾燥して茶色になり、軽くなります、しかも、そうなることによって一年生枝から離れやすくなり、葉も浮力となって飛び立っていくそうです。
 そういえば、森のなかにはいろいろな樹々があり、それにいろいろな種子が実ります。一番小さな種子と、一番大きな種子の重さでは、30万倍も違うそうです。それでも、混み合った林内やギャップで育つと、それなりの場所で棲み分けしながら育っていくといいます。著者は、「違うからこそ共存できる」と書いています。
 まさに、金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』という詩の「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように、たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」と同じ世界のようです。
 下に抜き書きしたのは、図の説明のところに書かれていたノリウツギが傾いていくことについての様子です。
 まさか、このような理由で少しずつ傾き、1本の大きな樹から次第に小さな個体に分かれていくとは思ってもいませんでした。これはまさに分身の術のようです。
 つまり、生きていくためには、細々とでも生き延びる工夫をしているということで、自然の巧みさと過酷さを知りました。
(2020.1.19)

書名著者発行所発行日ISBN
樹に聴く清和研二築地書館2019年10月31日9784806715900

☆ Extract passages ☆

 林冠木の枝が広がリギャップが小さくなると、ノリウツギは幹を傾け始める。さらに、ギャップが塞がって暗くなると地面に接地する。やがて幹が腐り、分断化し始める。その後、幹の部分は跡形もなくなり、たくさんの小さな個体に分かれていく。
(清和研二 著 『樹に聴く』より)




No.1743『毒があるのになぜ食べられるのか』

 この本の題名のように、毒があるのになぜ食べられるのかと思う人は多いのではないでしょうか。私はたまたま植物が好きで、いろいろと調べてもいるのである程度は知っていますが、読んでみたくなりました。
 この本の「はじめに」のところで、国連食糧農業機関の調べで、食べものの99.7%は土から育ったものだそうです。つまり、農地がなければ食糧は手に入らないわけで、いかに大切なものかがわかります。また水も必要で、食べものを考えるには、土と水と風土を考えることでもあると著者はいいます。
 しかし、著者は「おわりに」のところで、2011年3月の東日本大震災を仙台市の自宅に帰省中にあったそうで、そのときに食べるもの、特に新鮮な食べものがなかなか手に入らなかったといいます。そういえば、私はそのときスリランカにいましたが、帰国したときには交通手段が飛行機しかなく、山形空港まで来て、息子に車で迎えに来てもらいました。その自宅に向かう途中が、異様に暗く、コンビニもスーパーもほとんど開いていませんでした。夕食を食べようと食堂を探してもなく、かろうじて赤湯のガストが開いていたので入りました。でも、限られた数種のメニューしかなく、人もほとんどいなかったことを今も覚えています。
 おそらく、昔の人たちも食べるものがなくなると今まで食べていなかったものに手を出したり、違う方法で調理をしたり、さまざまな工夫を重ねながら飢えをしのいだのではないかと思います。もともと毒を薬として利用したり、食べたりしているうちに、その区別すらほとんどしなくなったものもありそうです。それらを、この本を読んで、改めて昔の人々の生活の厳しさを感じました。この本のなかにも出てきますが、サトイモ科の植物には毒が多いそうですが、コンニャク芋にも毒があり、それを加工することによって食べられるようになりましたし、ホウレンソウなどにも結石の原因になるシュウ酸などを煮立ててそのお湯を捨ててから調理すると食べられるというものもあります。キノコだって、ただゆでただけでは毒が残っていても、それを塩に漬けると食べられるとかというのもあります。
 これらを考えると、まさに食は文化だと思います。
 この本で初めて知ったのですが、よくコマーシャルで流れる「アリナミン」の由来は、「ビタミンB1は私たちにとって大変に大切なビタミンですが、残念なことに不安定で分解し すく、また吸収もしにくい化合物です。しかし、ビタミンB1はニンニクに含まれるアリインから生成するアリシンと結合してアリチアミンとなると、きわめて安定かつ吸収しやすくなります。この性質を応用して創製されたのが、アリナミンという医薬品です。ただし、アリチアミンは分解するといわゆるニンニク臭を有するアリシンを放出します。このことを避けるために考案されたのが、フラン環を有する部分構造を結合させたフルスルチアミンです。こうしてできた新薬がアリナミンFとして世に出たわけです。この名称のFはフルスルチアミンの頭文字です。」だそうです。
 ということは、ニンニクの臭さを少し我慢すれば、とても身体にいいということがわかります。みんなで食べれば臭いも気にならないし、身体に良いとすれば食べないという選択肢はなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、ヒガンバナについてです。
 このヒガンバナは田んぼの畔に植えたり、お墓の近くに多いのですが、この球根にも有毒アルカロイドが含まれています。しかし、まったく食べるものがなくなると、それを何度も水にさらすなどの手間を掛けて命をつないだそうです。まさに、救荒植物です。
 日本ではお墓に多いことや、仏教行事の彼岸と結びついて縁起が良くないとして「シビトバナ」や「ユウレイバナ」というところもあるそうです。
 まさに、ところ変われば花のイメージも変わってくるようです。
(2020.1.16)

書名著者発行所発行日ISBN
毒があるのになぜ食べられるのか(PHP新書)船山信次PHP研究所2015年2月27日9784569821382

☆ Extract passages ☆

お隣の国、韓国では花と葉が同時に出ないのはお互いが思いあっているからとみなし、この特徴からナツズイセン(夏水仙)を「相思華」と呼び、ヒガンバナのほうも「相思花」と呼ぶことも多いそうです。欧米でも、葉がない時期に花茎だけを地面から出して花をつける性質を面白がり、マジックリリーなどと呼び人気があります。
(船山信次 著 『毒があるのになぜ食べられるのか』より)




No.1742『あふれでたのはやさしさだった』

 この本は、奈良少年刑務所で社会性涵養プログラムの一環として「絵本と詩の教室」の先生をした著者が、なんとか多くの人に知ってほしいと書かれたもののようです。
 少年院や刑務所などで、再版を防ぐために「性犯罪再犯防止プログラム」や「薬物離脱プログラム」「暴力回避プログラム」などの社会復帰に向けた様々な取り組みのことは知っていましたが、この「社会性涵養プログラム」は知りませんでした。これは、ページの前のはじめに書いてあったので、それに興味を持ちました。
 著者は、「人間、ビクついたり怯えていると、萎縮してしまって充分に力を発揮できない。実習場にいる彼らは、まさにその状態だった。「また手順を間違えるんじゃないか」「叱られはしないか」「うまくできてないんじゃないか」そんなことが気になって仕方ない。だから、ちょっとした不手際や、人から注意されただけでパニックになり、わけがわからなくなってしまう。相手がなにを言っているのかすら理解できなくなってしまうのだ。当然、会話は成立しない。通じないので、相手はますますイラつく。それを見て、ますます萎縮する。その悪循環だ。こんな状態では、本来持っている力の半分も発揮できない。これを解消するために必要なのが「安心・安全な場」だ。これに尽きる。」と書いていますが、外見からはうかがい知ることのできない、さまざまなことを抱え込んでいることが多いようです。
 そして、その場には、仲間たちが必要です。人は、やはり人の輪のなかで育っていくものです。私も修行時代を振り返ってみて、もし、たったひとりだけだったら、あの辛い修行ができなかったのではないかと思います。みんなもがんばっているのだから、とか、励まし合っていたからこそできたような気がします。話したり、話しかけたりしながら毎日を過ごしていると、いつの間にか時間が経ってしまうものです。
 だから、その場に仲間がいたり、自分を本当に思って育ててくれる方がいるからこそ、安心したり、ここは安全なところだと感じられるのです。だからこそ、そこに連帯感が育ち、絆が生まれてくるのかもしれません。
 この本のなかで、ある教官が「彼らには、だれかに受けとめてもらう経験がなかった」という言葉がありましたが、聞くところによると、親に一度も抱きしめてもらったことがないとか、お前なんかいなければよかったとか、とんでもない無慈悲な経験をしている方がこの世にはいます。やはり、愛された経験がなければ、誰かを愛することはできないと思います。
 下に抜き書きしたのは、いっしょに社会性涵養プログラムを指導した教官が話してくれた心のメカニズムです。
 彼は自信には「条件付き自信」と「根源的自信」とがあるといいますが、これは「根源的自信」についてです。もし、もっと深く知りたい人は、ぜひこの本を読んでみてください。著者は、最初のところで、「わたしは確信した。「生まれつきの犯罪者」などいないのだと。人間は本来、やさしくていい生き物だ。それが成長の過程でさまざまな傷を受け、その傷をうまく癒やせず、傷跡が引きつったり歪んだりして、結果的に犯罪へと追い込まれてしまう。そんな子でも、癒やされ、変われることがあるのだと、心から信じられるようになった。教室を通してもう一つわかつたことは、彼らがみな、加害者である前に被害者であったということだ。」ということが、納得できると思います。
(2020.1.13)

書名著者発行所発行日ISBN
あふれでたのはやさしさだった寮 美千子西日本出版社2018年12月7日9784908443282

☆ Extract passages ☆

存在しているだけで、世界から肯定されているように感じるおおらかな心です。これは、親から愛され、無条件に肯定されることによって育てられるものなんです。『あなたが生まれてきてくれてうれしい』『おかあさんもおとうさんも、あなたが大好き』、そんな気持ちがきちんと伝わっている子は、自分自身の存在を肯定できるようになります。そんな子は、困難に遭遇してもくじけないし、失敗しても立ち直れるしぶとさを持つことができるんです」
(寮 美千子 著 『あふれでたのはやさしさだった』より)




No.1741『旅する建築家 隈研吾の魅力』

 隈研吾という建築家を初めて知ったのは、山形県内の銀山温泉の藤屋を設計されたときで、あの銀山温泉のなかでどのように設計して違和なく溶け込ますのかと思っていました。今でもホームページに「この建築を設計するにあたって、いかに重ね合わせるかをずっと考えていました。時間を重ね合わせていくこと、空間を重ね合わせていくことです。薄いフィルターを使って、フィルターのこちら側と向こう側を重ね合わせていく仕掛けを作りました。中田秀雄さんの手による簾虫籠(すむしこ)と呼ばれる竹製のフィルター、志田政人さんの手による 「ヴェールダルト」と呼ばれる中世の工法による薄い緑色のステンドグラスのフィルターです。どちらもとても繊細なフィルターですので、どうぞ大事にしてあげてください。 弱いもの達を大事にする気持ちが、次から次へと時間をかけて重ね合わされていくと、物はさらに深い 輝きを発し始めるはずです。 」というメッセージが載っています。
 しかし、残念ながら、当時の経営者は倒産し、今は別な経営のようですが、宿泊料金がとても高いので、一度も泊まったことはなく、外から眺めただけです。しかも、その同じホームページにお客さまの声として、「唯一つ難点を挙げるとすれば常に他の観光客のフラッシュが焚かれる事かも知れませんが、それも知名度の高さ故に仕方ないのかも知れません。」とあり、苦笑しました。
 次に隈さんの設計だと知ったのは、以前からよく行っていた「根津美術館」で、それから「サントリー美術館」も設計されました。本の後ろの「主な国内の作品一覧」によると、根津美術館は2009年で、サントリー美術館は2007年だそうで、今年のオリンピックが開かれる新国立競技場も設計されました。
 そのときの秘話がインタビューとして「はじめに」の前に掲載されていて、ここの軒庇にはスギが使われていますが、それについて隈自身は「もともとスギを使おうと考えていました。有名な産地もあるので、最初はどこにしようかといろいろ検討したのですが、みんなで話しているうちに47都道府県でやったら面白いんじゃないかということになったのです。……それぞれ色が違うんです。スギがあんなに色が違うなんて思わなくて。同じ東北でも太平洋側と日本海側ですごく違っていました。たとえば青森と秋田でも、ちょっとの差で色が違うんですね。それが面白かった。軒庇に使っていますが、見上げると微妙に違うところが分かるように産地ごとにまとめています。沖縄は似た素材のリュウキュウマツを使 っていますが、それを見るだけでも楽しいと思いますよ。」と話しています。
 やはり、素材を生かすには、その素材の生まれたところを知らなくては使えませんし、その違いこそが個性だと思います。そうすることが、その地に根ざした建築になるのではないかと思いました。
 隈さんは、2004年に『負ける建築』という本を出版していますが、この言葉を対談のなかで、「環境や自然に合わせてつくったというのも「負ける」だし、いろいろ工夫して予算に合わせてつくることも、ある意味で「負ける」っていうことになりますね。」と語り、著者は「我を出さず相手を立てることでもありますね」と隈さんらしさの表現だとしています。この本のなかで、著者は下に抜き書きしたような表現をしています。
 そして、このころから地方の仕事が増えてきたと書いてありました。
 そういえば、この本に中国雲南省で建築した「雲峰山スパリゾート」というのがありますが、今年の春にその騰衝市まで行きました。その先の猴橋のミャンマーとの国境近くで辺境公安に止められましたが、せっかくそこまで行ったのだから、そこにまわれば良かったと読みながら思いました。
(2020.1.10)

書名著者発行所発行日ISBN
旅する建築家 隈研吾の魅力田實 碧双葉社2019年12月1日9784575315110

☆ Extract passages ☆

「負ける建築」は、その地の環境や文化に溶け込む、優しくて柔らかなデザインが特徴で、自然や環境と一体化した建築を志向する。その場所が発する声やクライアントの言葉に耳を傾け、その地で採れた本や石などを使いながら、その地に合った建築をつくるという思想である。
(田實 碧 著 『旅する建築家 隈研吾の魅力』より)




No.1740『人生100年時代の覚悟の決め方』

 100つながりで選んだのがこの本で、副題は「人生を豊かにする哲学」です。
 年の始めに、豊かな人生を歩もうとすることも、いいのではないかと思います。しかも、昔は100歳というと、「きんさんぎんさん」が有名になるほど少なかったのに、今ではお悔やみ欄を見ても、まれではなくなりつつあります。
 人生60年のときと、人生100年のときでは、40年の差がありますし、生き方が変わってくるのも当然です。著者は、「今日よりも明日のほうが、明日よりも明後日のほうが「よりよい自分」になれるということです。よく「20代の頃と違って」などといいますが、20代をすぎると、どうも私たちは人生を劣化のプロセスのようにみなしがちです。ましてや60代にもなれば、昔だったらもう引退していたなどといいがちです。でも、人生100年時代にそんなことをいっていたら、80年間も劣化し続けなければなりません。だから視点を変える必要があると思うのです。劣化のプロセスではなく、成長のプロセスとして捉え直すのです。」と書いています。
 たしかに、私も70歳になってみて、「なるほど」と改めて気づくことがいくつもあります。以前は、毎日が忙しく、つい見えなかったものが、ゆっくりと歩くことで見えてきたりします。そういえば、昨年でしたが、いつもは新幹線で移動するのですが、たまたま在来線に乗ると、家並の違いや乗り込んでくる生徒たちの話し声でいかにも旅をしているような気持ちになりました。平行して流れている川などを見ても、ゆったりと流れているのがわかります。
 このとき、これからは時間があるときには鈍行で旅をしたいと思いました。
 この本のなかで、本について書いてあるところがあり、「本がネット上の情報と異なるのは、モノとしての存在意義がある点です。しかも単なるオブジェではなく、情報を持ったモノです。本はモノであるがゆえに、個性を持ちます。つまり、いつどこで、どんなシチュエーションで自分と出逢ったかということです。何千部、何万部と印刷された同じ本の中から、私たちはたった一冊を手にすることになります。それはもう運命的な出逢いといっていいでしょう。」とあり、まさに、そのような1冊の本を探し出したときには、うれしくなります。
 家を建て替えるときに一番悩んだのが、それまで読んできた本たちをどのようにするかということでした。本を置く場所は限られているので、ある程度は処分しなければなりません。それを選ぶのに、1冊ずつ見ていると、それを買い求めたときのことや読んだときのことなどを思いだし、なかなか決められませんでした。やはり、自分が読んで大切にしてきた本は、ちょっと大げさですが、自分の分身のような気がしました。
 下に抜き書きしたのは、これからはロングトレイル型の人生が必要だと書いてあるところです。
 学生のときによく山に登っていましたが、頂上に登るのが目的なので、途中の風景はほとんど覚えていません。ところが、中年以降になると、高山植物などの写真を撮ることもあり、ときどき止まって辺りを見回すと、あらためてその雄大な風景に心を奪われるときがあります。
 このような経験から、これからはあまり目的を意識せず、その通る山道をしっかりと時間をかけて楽しみたいと思っています。
(2020.1.8)

書名著者発行所発行日ISBN
人生100年時代の覚悟の決め方小川仁志方丈社2019年11月12日9784908925573

☆ Extract passages ☆

 ロングトレイル型の人生は、ゴールに早く着くのが問題ではありません。一歩一歩の意味を大事にするところがポイントです。だから誰かとの勝負でもなければ、記録との勝負でもない。自分がその瞬間をいかに楽しんでいるかがすべてなのです。山や森の景色は一歩ごとに変わります。その変化を常に前向きに受け止め、次の一歩へとつなげる。
 何か新しい発見があれば、立ち止まってもいいでしょう。見たこともない景色が日の前に広がっているなら、それはじっくりと目に焼き付けておくべきです。ただ全速力で駆け抜けるとき、少なくとも私は何も考えることができません。まるで脳みそまで筋肉になったかのように、無酸素運動に集中するだけです。ところが、森の中をゆっくりと歩くとき、逆に全身が感覚器官となり、同時に全身が脳になります。
(小川仁志 著 『人生100年時代の覚悟の決め方』より)




No.1739『100歳までの読書』

 今年最初の本は、いつまでも本を読み続けたいという想いから、この本にしました。
 著者を知ったのは、テレビ朝日系の「ニュースステーション」でしたが、その前は長く朝日新聞社の社会部デスクや海外特派員なども経験し、論説委員もしたことがあります。
 この本にも出てきますが、中学から大学までサッカーを続け、浦和高校のときには二冠を達成したこともあるそうです。だから体育会系ですが、だからこそ、「健康のためにせっせと歩いている人は、それと同じように、なんでもいいからせっせと読めば、精神が「歩行」し躍動する。古代ギリシャの哲学者たちには、回廊を散歩しながら語り合って、「逍遙学派」と呼ばれたグループがあった。「逍遙」とは、そぞろ歩くことだ。「歩く」「読む」「考える」のは、こころの働きとしては同じ行動なのである。」という考え方も生まれてくるのかもしれません。
 そういえば、本を読むということは、文字をたどるということでもあり、私の場合は必ずカードをつくっています。それには抜書きなどを書きますが、そうすることによって、その文章が記憶され、自分の考えに追加され、次々と形のあるものにまとまっていくような気がします。
 つまり、本はただ読むだけでなく、書くということによって、記憶されると私は思っています。
 下に抜き書きしたのは、第4章に出てくる「まことに愉快な「無知の自覚」」というなかに出てくるものです。
 ある忌み、まったく同じような感覚で私も「引用」してますし、この「本のたび」そのものも、「Extract passages」、つまり直訳すると抜粋ですから、引用とか抜書きというものです。
 私は、もともと自分のためにこのような行為をしていたのですが、ここに掲載することによって、少しでもいろいろなことに興味を持ってもらい、もっともっと本を読んでもらえたらと思っています。
 この本の副題は、「死ぬまで本を読む」とあり、知的生活のヒントと書いてありますが、もちろん、私も生きている限り、本を読み続けたいと思っています。
 今、お正月ですから、1年の計は元旦にありといいますから、本を読み続けられるような気がします。だって、この「本のたび」も2006年から掲載していますが、カードをつくって本を読むのは、大学生のころからですから。
(2020.1.5)

書名著者発行所発行日ISBN
100歳までの読書轡田隆史三笠書房2019年11月20日9784837928072

☆ Extract passages ☆

 いまお読みいただいているこの本にも引用がしきりにあるけれど、それはことごとく、ぼくが知らなかったことだから「なるほど」と感じ入って引用しているのである。「引用」は無知の告自であるのと同時に、知らなかったことを知った証拠でもある。喜びの表明でもある。
 なぜならば、「知らない」ことを自覚した瞬間とは、それまで知らなかったことを知った瞬間でもあるわけだから。
(轡田隆史 著 『100歳までの読書』より)




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