☆ 本のたび 2020 ☆



 学生のころから読書カードを作っていましたが、今時の若者はあまり本を読まないということを聞き、こんなにも楽しいことをなぜしないのかという問いかけから掲載をはじめました。
 海野弘著『本を旅する』に、「自分の読書について語ることは、自分の書斎や書棚、いわば、自分の頭や心の内部をさらけ出すことだ。・・・・・自分を語ることをずっと控えてきた。恥ずかしいからであるし、そのような私的なことは読者の興味をひかないだろう、と思ったからだ。」と書かれていますが、私もそのように思っていました。しかし、活字離れが進む今だからこそ、本を読む楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 そのあたりをお酌み取りいただき、お読みくださるようお願いいたします。
 また、抜き書きに関してですが、学問の神さま、菅原道真公が49才の時に書いたと言われる『書斎記』のなかに、「学問の道は抄出を宗と為す。抄出の用は稾草を本と為す」とあり、簡単にいってしまえば学問の道は抜き書きを中心とするもので、抜き書きは紙に写して利用するのが基本だ、ということです。でも、今は紙よりパソコンに入れてしまったほうが便利なので、ここでもそうしています。もちろん、今でも、自分用のカードは手書きですし、それが何万枚とあり、最高の宝ものです。
 なお、No.800 を機に、『ホンの旅』を『本のたび』というわかりやすい名称に変更しました。最初は「ホンの」思いつきではじめたコーナーでしたが、こんなにも続くとは自分でも本当に考えていませんでした。今後とも、よろしくお願いいたします。



No.1846『日本人と雑草』

 久しぶりに3ヶ月ほどかけてじっくりと読みました。読んでは考え、また少し読み、また考える、その間に他の本も読む、そんな時間を過ごしました。ある意味、新型コロナウイルス感染症の影響もあって、時間をかけることができたからかもしれません。たまには、熟読もいいものだと思いました。
 この本は、ある書評を見て買いましたが、以前から日本人の勤勉さは田畑の雑草との戦いに育まれたものではないかと思っていました。副題が「勤勉性を育む心理と文化」とあり、おぼろげながらも当たらずとも遠からずでした。さらに、イギリスに行ったとき、その植生の少なさにビックリしたり、エジンバラに行ったときに見たロックガーデンの管理に納得したりしました。というのも、日本でロックガーデンをつくると、そこにいらない草たちを抜き取ることが管理のほとんどなのを知っていたからです。ここなら、コルフ場の芝草の管理も楽だろうと思いました。むしろ、芝草しか生えないからゴルフ場を作ったのではないかと思ったぐらいです。
 この本のなかで、今では動物虐待として許されないかもしれませんが、実験動物心理学者のマーティン・セリグマンの無力感に関する実験は興味を引きました。その実験は2段階からなり、先ず犬を3つのグループに分け電気ショックの回避学習訓練をします。実験群Aの犬はハーネスで固定され、予告信号を聞いたら足でパネルを押すと電気ショックを回避できます。しかし、実験群Bの犬は同じようにハーネスで固定され、足でパネルを押しても電気ショックは回避できません。少し実験を続けると、実験群Aの犬は回避することをおぼえますが、当然ながら実験群Bの犬は何をしても回避できません。そして統制群Cの犬には、電気ショックを与えられなかったそうです。
 そして、次の第2段階では、犬を実験箱の中にいれ、予告信号を与えると実験箱のなかから飛び出ることができるようにします。すると、実験群Aの犬と何も訓練しなかった統制群Cの犬はともに箱から飛び出ましたが、実験群Bの犬はほとんど出ることができなかったそうです。つまり、この実験群Bの犬たちは自発的な努力に関わらず電気ショックがくることで回避しようとする積極的な行動をしなくなったといいます。
 つまり無力感というのは、後天的に学習されるもので、その無力感につながった原因をしっかりと解明できれば克服できるということにもなります。著者は、「当初は克服可能であった無力感も積み重なるにつれて、決定的な資質となるケースもないではない。能動的、自発的、積極的行動を完全に喪失してしまう前に、なすべきことを早急に考え出さなけれ ばならない。セリグマンの発想は人間の無気力、意欲低下、うつ病などの解明に大きなヒントを与えるものとなった。深刻な問題である無力感にも、なすべきことが多いことを不唆している。」と書いています。
 これらの実験は、雑草との直接的なつながりはないのですが、日本人が雑草を抜き取る動機付けと見ることはできます。雑草も毎日抜き取れば、それだけ楽になりますし、収穫にも大きく響きます。たとえ台風などの自然災害があったとしても、毎日の手入れがしっかりしていれば、被害を少なくできます。
 だから、雑草とのつながりで日本人や日本の文化を考えるというのは、とても有益ではないかとこの本を読んで思いました。
 下に抜き書きしたのは、日本人の勤勉性から戦後の驚異的復興を成し遂げ、社会が豊かになり、ある程度の将来の予測ができるようなったことなどでとても便利になったのですが、そのヘンリさや慣れ親しんだ環境が破綻したりすると、一気にイライラしてしまうようになったと著者はいいます。つまり、待つ力がなくなってきたということです。
 これはたしかにそう思いますし、最近の老人の大声で怒鳴るなどの行為も理解できます。今の日本は、あまりにも便利すぎて、ほとんどのものがいつでも手に入ります。だから、少しでも待たなければならないとイライラするわけです。でも、人気店で待つ人たちは、待たなければならないと考えて待っているから、イライラもしないし、むしろこれだけ待っている人たちがいるのだからおいしいはずだと思っている節もあります。
 この本は、日本人や日本の文化などについていろいろと考えさせてくれます。機会があれば、ぜひ読んでみてください。

(2020.10.10)

書名著者発行所発行日ISBN
日本人と雑草梶田正巳新曜社2015年11月10日9784788514515

☆ Extract passages ☆

 制御されて便利な環境になれ親しんだわれわれは、その条件が破綻すると、いっきに弱点をさらけ出す。イライラするのはその典型であろう。「電車が5分遅れて困った」「今日はメールが読み取れない」「渋滞にまきこまれた」「子どもがいうことを聞いてくれない」と、よく小言をいっている。
 豊かで便利な社会に浸ってしまったために、待ち、耐え、ときにはあきるめる、という昔は誰もが普通に備えていた資質を失ってしまったのである。そして、こうした資質には低い評価を与えて批判し、拒否反応を示しているのが現代であろう。
(梶田正巳 著 『日本人と雑草』より)




No.1845『モノが壊れないしくみ』

 「ときめき×サイエンス」シリーズの1冊で、表紙の絵がユーモラスで、科学の本といいながら読みやすいのではないかと思い、図書館から借りてきました。
 このような本は、本屋さんで見つけても、最後まで読めるかどうかあやしいので、ほとんど図書館から借りることが多いのです。もし、つまらなかったら、買ってしまえばおもしろくなくても読んでしまうし、それだと他の興味ある本を読む時間を奪ってしまいます。単純に、ケチだから読んでしまうのかもしれませんが、それでも限りある時間を削るのはイヤです。
 著者が「モノダ先生」で、リンちゃんとケイくんに教えながら話しを進めていくという内容で、途中で数式も出てきますが、私の場合はそれを飛ばして読みました。おそらく、リンちゃんとケイくんもほとんどわからなかったのではないかと思います。だって、イラストから想像するに、幼稚園児のようですから。
 たしかに、なぜ、モノが壊れないかというのは不思議なことですし、いろいろなモノを考える場合にも必要な知識です。この本では、安全率ということにも触れているので、下に抜き書きしたものを読んでみてください。
 そういえば、この本でも紹介されていますが、ポリカーボネート製の筆箱がゾウが踏んでも壊れないというCMを流したことがありますが、この製品はそれまで使われていたプラスチック製と違い、同じ形状で同じ肉厚の筆箱でも100倍も強いそうです。逆からいえば、100倍も変形しやすいということだそうです。
 昨年、そろそろスーツケースを取り替えようと思い、先ずは軽くて丈夫なものと考え、ポリカーボネートやABS樹脂製のものから選びました。でも、通販ですから、形や大きさは比べられても、その質感などはわかりません。それで、たまたま半値以下のスーツケースがあったので、それにしたのですが、たしかに軽くていいのですが、ペコペコ凹むのです。いま考えれば、だから強いのだといえますが、そのときには今まで使っていたスーツケースががっちりしたハードケースだったこともあり、頼りない感じを受けました。しかも、チャックですから、これで大丈夫なのかと思いましたが、それまでのものより半分以下の重量だったこともあり、納得しました。そして、それでマダガスカルに行ったのですが、だいぶ手荒い扱いを受けたにもかかわらず、無事に帰国できました。このときの体験から、やはりいろいろなことを知らないと理解できないと思いました。
 おそらく、これからもいろいろな素材が生まれ、ますます軽いスーツケースが製造されると思いますから、この本で得た知識を生かしながら、新しいモノを選びたいと思います。
 また、いまでは「3Dプリンター」も高機能でだいぶ安くなってきたので、これらの検証にも使えるし、もの作りにはいまや欠かせないものだと思います。今までは頭のなかだけで考えていたものを形に表せるのですから画期的です。これは、紙や木などで形を作って考えていたときよりも、さらに実際に製造するシュミレーションまでできるのですからすごいものです。
 下に抜き書きしたのは、できるだけ安全を考えて作ることと軽くするの両立を図ることの大切さについてです。つまり、壊れなければいいというものでもなく、適度な軽さやコストも考えなければならないわけです。
 そのひとつの基準が安全率ということだとこの本で知りました。これは、「想定する最大の荷重をかけた時に、その部品のどこかの応力が「降伏応力」に達する場合、安全率は「1」になります。最大の応力が降伏応力の1/3であれば、安全率は「3」になります。」という説明でしたが、多くの工業製品や建造物などでは安全率が3〜6で雪渓されるそうです。
 もし、モノを創作したり、壊れたりすることに興味があったら、ぜひ読んでみてください。

(2020.10.8)

書名著者発行所発行日ISBN
モノが壊れないしくみ水野 操ジャムハウス2020年8月20日9784906768806

☆ Extract passages ☆

単に安全に作るだけでは製品になりません。頑丈にするだけであれば、極端に肉厚の大きな塊のようなものを作れば良ぃことになります。でも、そんなことをすれば、製品はとても重たくなりますし、コストも高くなってしまいます。自動車や飛行機のような輸送機器では、製品のコストが高くなるだけではなくて、非常に燃費が悪くなったり、重たすぎて動かないとか飛ばないということもなくはありません。必要以上に頑丈に作ってしまうことを過剰設計と言いますが、それも避けなくてはなりません。そのための基準の一つとして考えられるのが「安全率」です。
(水野 操 著 『モノが壊れないしくみ』より)




No.1844『物語を売る小さな本屋の物語』

 副題が「メリーゴーランド京都は子どもの本専門店」で、目次の前後のカラーページを見て、なんかおもしろそうな本だと思いました。
 おそらく、子どもの本というだけで、児童書や絵本だけを扱っている本屋さんというイメージはわかなくて、これは読んでみなければと思ったのです。そういえば、だいぶ昔の話しですが、神保町に子ども向けの本屋さんがあり、子どもでも授かったら行こうと思っていたのですが、そのときは忙しくなり、東京に出ることすらかなわなくなりました。だから、今は孫を連れて普通の本屋さんの子ども向けのコーナーをときどきのぞいています。
 著者は、この本屋さんと出合って、そこに勤めることになり、すべてがつながっていたのではないかと感じているといいます。そして、そこで働く人たちも大切なことで、自分の生まれた四日市市立図書館に板倉加代子さんが司書として勤めていて、その後メリーゴーランドを支えてくれることになったそうです。そのときの印象を「建物がどんなに立派であつても場というのは人が作るものだ。その空間を生かすも殺すも働いている人や集う人である。加代子さんが当時の仲間と作り上げた児童室は、子どもにとって居心地よくそしてカウンターにいる司書の人に本のことを気軽になんでも尋ねられる雰囲気があった。」といいます。
 やはり、図書館に限らず、いろいろな施設も同じことで、施設が人を呼ぶのは最初だけで、それ以降はそこに勤めている人たちの努力と企画が人を集めるようです。最近は、どこも立派な施設を作って、その維持や職員にお金を使わないようです。学芸員や司書も有能な人たちを集めなければだめだと思います。
 また、著者はたくさんの本を紹介しながら、「本は決して特効薬ではない。けれど行き場のない思いやどうしようもない悲しみ、何だか落ち込んでしまっている状況を少しだけ方向転換するきっかけをもらえたりするのだ。」と書いていて、とても印象に残りました。たしかに本はいろいろなことを解決するために役立つわけではないのですが、本を読んでいるうちにもやもやとした想いが整理できることもあります。
 そういえば、私の近くにも、本が大好きで、お寺の坊守さんをしている方がいますが、この本の著者と同じだと思いながら読みました。やはり、好きだからこそ、いろいろなチャレンジができるわけで、ただの仕事という意識だけではなかなか大変なことです。
 そういえば、最近は新刊書は次々と出るのですが、なかなか売れないというか、読む人も少なくなってきているのか、売れ残った本はおそらく出版元に返されているようです。そのような現状を考えたときに、子どもの本は息の長い売れ方をするようで、そのことを書いてあるところを抜き書きしました。
 これを読むと、まさに本は消費されるというよりは、文化だと思います。
 だから、メディアに取りあげられた本だけでなく、いろいろな本との出会いを楽しむためにも、いい本屋さんを探すこととその本屋さんに足繁く通うことだと思いました。さあ、これを書き上げたので、さっそく本屋さんに行きたいと思います。その帰りに図書館にも行ければいいなあ。

(2020.10.6)

書名著者発行所発行日ISBN
物語を売る小さな本屋の物語鈴木 潤晶文社2020年6月25日9784794971784

☆ Extract passages ☆

 次々と新刊が出るものだから、話題になっていたと思ったのにもう世の中は新しい本を求めていたりする。けれど私たちが大事にしてきた子どもの本は消費するために作られたものではないのだ。細く長くゆっくりと時間をかけて売れ、読まれていく。そうやって多くの人たちの思いを乗せて子どもの本の文化は作られてきた。作るほうにも売るほうにも「子どもたちに届ける」という覚悟が必要なのだと思う。そして本屋には読者を育てるという意識も必要なのではないだろうか。
(鈴木 潤 著 『物語を売る小さな本屋の物語』より)




No.1843『深夜特急4 シルクロード』

 この本も平成6年4月25日に発行され、60刷され、今年の8月1日に新版としてあらたに発行されたものです。『深夜特急3 インド・ネパール』を読んだ流れで、この本も読むことにしました。しかも、このシルクロードは私の行ったことがないところなので、興味もありました。この本も越後三十三観音巡りをしているので、旅つながりで持ち出した一冊です。
 でも、前回読んだときも感じたのですが、今や昔のヒッピーのように国々を渡り歩き、安宿で異国の情報交換をしながら旅をしてはいないのではないでしょうか。今では、簡単にネットにつなげば旅の情報は簡単に知ることができるし、泊まるところだって予約できます。それよりも、今どきのきれい好きな若者たちが南京虫がいるようなじめっとしたベットに眠れないでしょう。特に、今回の新型コロナウイルス感染症の世界的な広がりのなかで、もちろん海外旅行はできないけど、その他の感染症の怖さだってあります。
 越後三十三観音巡りでも、ほとんどが山の中の観音堂で、ほとんどお詣りがなさそうなところでも、車に戻るとアルコール配合されたウエットタオルで手をぬぐいます。それが海外の見知らぬ国々だったら、なおさらのことです。ほとんどの人たちがマスクもしてないところで、自分だけマスクをしてたら、まさに異様な姿にうつりそうです。せっかくその国の人たちに食べるものを勧められて、すべて断ることもできないでしょう。旅の楽しみの1つはその国の人たちのなかに入り込み、いろいろな話しを聞くことですが、その前に彼らから拒絶されてしまいそうです。
 私はお酒が飲めないので、そのなかに入るのにだいぶ苦労しましたが、現地の人たちと接触するには同じものを食べたり飲んだりすることが一番の近道です。でも、それだって、今の時代にはなかなか難しいような気がします。この本のなかで、食べることの意味を「ひとつは、文字通り人から親切によって与えられる食物や情報が、旅をしていくために、だから異国で生きていくために必須だということ。もうひとつは、人々の親切が旅の目的そのものになっているということ。つまり私たちのようなその日ぐらしの旅人には、いつの間にか名所旧跡などどうでもよくなっている。体力や気力や金力がそこまで廻らなくなっていることもあるが、重要なことは一食にありつくこと、一晩過ごせるところを見つけること、でしかなくなってしまうのだ。しかし、そうではあっても、いやそうだからこそ、人が大事だと思うようになる。旅にとって大事なのは、名所でも旧跡でもなく、その土地で出会う人なのだ、と。そして、まさにその人と人との関わりの最も甘美な表出の仕方が親切という行為のはずなのだ。」と書いています。
 この本が書かれた当時なら大変でもできないことはなかったかもしれませんが、今の時代ではほとんど絶望的に難しいと感じたら、急に読むスピードが落ちてしまいました。つまり、あまり興味を持たなくなったからのようです。
 下に抜き書きしたのも、旅の途中で本を交換しようと話しかけたが、自分は読むべき本を十分持っているからといわれ、いわばいただいた本に書いてあったものです。その本は『ペルシャ逸話集』で、「四つの講話」と並んで「カーブース・ナーメ」が収められていて、そこには王朝の減亡を前にして、王が子に残した処世訓集ともいうべき書物だそうです。
 そのなかに書かれていた「老齢と青春について」という章に載っている話しです。この「年をとったら年寄りらしく」というのが、妙に心に引っかかりました。

(2020.10.4)

書名著者発行所発行日ISBN
深夜特急4 シルクロード(新潮文庫)沢木耕太郎新潮社2020年8月01日9784101235318

☆ Extract passages ☆

いかに若くとも栄光ある神を忘れるな、死に対して安心するな、死は老若の区別をつけないからだ。そう語ったあとで、父は息子にこう言い残している。
 若いうちは若者らしく、年をとったら年寄りらしくせよ。
 この平凡で、力強い言葉の中に、あるいは「老い」の哲学の真理があるのかもしれなかった。
(沢木耕太郎 著 『深夜特急4 シルクロード』より)




No.1842『深夜特急3 インド・ネパール』

 平成6年4月25日に発行され、65刷され、今年の8月1日に新版としてあらたに発行されたのを機会に、読むことにしました。あまり、みんなが読んでいるのを読みたいとも思わないのですが、インドもネパールも何度か行っているし、今回は越後三十三観音巡りをしているので、旅つながりで持ち出しました。
 でも、読んでいるうちにインドやネパールで出合った人たちや、さらにはそこで起こったことなどが思い出され、つい、感傷に浸ってしまいました。そこで、せっかく観音詣りをしているのに、インドやネパールの風景が頭にちらついて困るので、さっさと読んでしまいました。それでも、うんうんと納得することもあり、少しは抜書きもしました。たとえば、「ガヤの駅前では野宿ができた。ブッダガヤの村の食堂ではスプーンやホークを使わず三本の指で食べられるようになった。そしてこのバグァでは便所で紙を使わなくてもすむようになった。次第に物から解き放たれていく。それが快かった。」とか、「ベナレスでは、聖なるものと俗なるものとが画然と分かれてはいなかった。それらは互いに背中合わせに貼りついていたり、ひとつのものの中に同居していたりしていた。喧噪の隣に静寂があり、悲劇の向こうで喜劇が演じられていた。ベナレスは、命ある者の、生と死のすべてが無秩序に演じられている劇場のような町だった。私はその観客として、日々、街のあちこちで遭遇するさまざまなドラマを飽かず眺めつづけた。」などです。
 もちろん、トイレに行くときには自分用のトイレットペーパーを持って行くのですが、あるとき、たまたま忘れてしまい、仕方なく手で拭いたことがあり、ネパールの友人にだからここには痔の人がいないのだといわれ。なるほどと思いました。そういえば、この本にも出てきますが、ネパールの奥地で腹痛をおこし、なかなか治らないので友人に聞くと、「ネパールの食事をして腹痛になったのだからネパールのクスリを飲まないと治らない」といわれ、ほんの少し納得したことがあります。
 またベナレス、インドではバラナーシーといいますが、そこでたまたま露地で迷い込んでしまい火葬場のわきに出てしまいました。薪がうずたかく積まれ、そのわきにそれを計る道具があり、お金が少ないと十分な薪が買えないので生焼けでガンジス川に流されると聞き、ビックリしました。しかも、そのすぐ近くで洗濯をしたり、沐浴をしたりするわけで、なんとも不思議な世界でした。
 2度ほど、ガンジス川から舟に乗って沐浴場を見たことがありますが、そのとき、小舟が近づいてきて、小魚を見せ、これをこのカンジス川に逃がしてやると大きな功徳があるというような話しをしました。でも、その小魚もこのガンジス川から獲っているわけで、なんとも理解できませんでした。それで結局はその小魚を買わなかったのですが、今思えば、小魚たちも輪廻転生して人間に生まれてくる機会を奪ってしまったのかな、とちょっとだけ後悔しています。
 この本の最後に、このときの旅で著者が出会った此経啓助さんと10年後に対談したものを載せています。そのなかに、此経さんが「旅の技術を学ぶのを面白がっていた時期もあったけど、結局、初めての旅と同じ旅をしよう。初めての旅の繰り返しをやろう、というところに落ち着きましたね。」と語っていて、私もこれには大賛成です。どうも、少しばかり旅をすると、何となくわかったような気分になりますが、本当はまだまだわからないことだらけなんです。
 ちなみに、此経さんは、帰国後、宗教考現学研究所を創設し、仏教関係の書籍・雑誌等の編集に携わり、その後、母校の日本大学に教授として復帰したそうです。
 下に抜き書きしたのも、ちょっと長いですが、この話しを私もどこかで聞いて、うろ覚えだったものです。
 私も初めてネパールに行ったときに、道を歩きながら、ハシシ、これは大麻のことだが、買わないかと声をかけられたことがあります。彼は手に正露丸のような丸めたものを持っていて見せてくれましたが、ネパールの友人はあまり関わらないほうがいいというので断りました。
 今はわかりませんが、その当時はカトマンズはハシシ天国で、タメル地区を歩いている何度かそのようなことがありました。そのときのことなどを思い出し、ここに「秘密の花園」の話しを載せました。この花園とは、11世紀から13世紀にかけて西域を荒らしたイスラム教の一派であるイスマイリ派の根拠地ですが、標高4,000メートル級の山にあり、そこから多くの暗殺者を送り出したということです。その方法とは……。

(2020.10.2)

書名著者発行所発行日ISBN
深夜特急3 インド・ネパール(新潮文庫)沢木耕太郎新潮社2020年8月01日9784101235301

☆ Extract passages ☆

教主ハッサンの腹心の男たちが村々を訪ね歩き、これはという屈強な若者を見つけると、巧妙に、ある薬を飲ませてしまう。飲まされた若者は幻想の中に浮遊し、我を忘れる。その隙に、男たちは若者を「秘密の花園」に運びこんでしまうのです。そこで彼を待っているのは、地上と隔絶された夢のような生活です。数日間の官能的な時を過ごした後、彼は再び薬を飲まされ、村に送り返されます。しかし、そこには、以前と変わらぬ貧しく暗い生活があるだけなのです。「秘密の花園」での数日を知ったあとでは、その生活の単調さが以前にも増して耐え難く感じられるようになります。そこに再び腹心の男がやって来て、若者に言うのです。楽園に戻りたかったら教主様の命に服せ、と。
 このようにして、多くの若者がイスマイリ派に敵対する者を屠るために送り出されていくことになった、といいます。暗殺者になることを受け入れた若者は、出かける直前に薬を与えられてこう言われます。暗殺に成功したら楽園に連れていってやろう、万一失敗しても、だから殺されても、やはり楽園に行けることには変わりないのだ、と。そして、その薬こそハシシだったというのです。西欧の言葉で暗殺者を意味するアッサシンは、ここから来ていると言われています。
(沢木耕太郎 著 『深夜特急3 インド・ネパール』より)




No.1841『風味さんのカメラ日和』

 29日から越後三十三観音巡りをしていて、その旅先でこの本を読んでいます。旅に出るときには、いつも文庫本で旅関連の本が多いのですが、今回の観音詣りは、お参りが主ですが記録として写真も必ず撮るので、この本などを選びました。
 昔はだいぶ写真関連の本を読み、いろいろと工夫しながら撮っていたのですが、最近ではあまり気にせずに、撮りたいものだけを撮っています。技術的なことも、あまり気にしなくなりました。カメラも、以前のフィルムカメラからデジタルカメラになり、ほとんどフィルム代や現像料などを気にせずにいくらでも撮れるし、失敗したら簡単に消去すればいいだけです。昔は写真はとてもお金がかかったような気がしますが、今は手軽な趣味になり、大きく伸ばさなければ、あまり出費を気にしなくてもよくなりました。ただ、カメラだけは昔より高くなったような気がしますが、これは物価水準が上がったからで仕方ないのかもしれません。
 これは書き下ろし作品で、意外と手軽に読めるので、旅先にはちょうどいい本でした。特に、市民大学の「デジカメ初心者向け講座」の先生、カメラマンの知念大輔さんの「同じものを同じカメラで、同じ設定で撮っているのに、撮った人の数だけ違うものが撮れる。それが、写真の本質だと僕は思っています。だから自分で撮る意味があるのだと。……皆さんはそれぞれ、撮りたいものが違うんです。これは素晴らしいことです。この先どれだけ技術を身につけたりカメラに詳しくなったとしても、決して忘れて欲しくないことです。自分が撮りたいものを撮る。技第や知識は、結果として撮れた写真を自分が撮りたかったものに出来るだけ近づけるために必要です。でも、技術や知識に引きずられて、本当に撮りたい写真ではないものを撮るようになってしまったら、きっと、飽きます。撮ることが好きではなくなります。今皆さんが楽しかった、と思った気持ちをこれからもずっと持ち続けて欲しいんです」と熱く語ります。
 でも、これはとても大事なことだと思います。
 下に抜き書きしたのも、同じ知念大輔さんの言葉です。
 じつは、私も自然界の写真はもう2度とは撮れないと思って撮っています。たとえば、花だって毎年咲くのもありますが、数年に1回しか咲かないものもあり、しかもたくさん咲いたり、数花しか咲かない場合もあります。
 2005年に屋久島にヤクシマシャクナゲの写真を撮りに行ったことがありますが、このとき鹿児島大の先生に満開に咲くのは10年に1度しかないと言われ、その数年後に今年は咲くよと教えられたのがこの年でした。
 でも、その年から相当経っているのですが、まだ満開に咲いてはくれないようです。おそらく、これ以上経ってしまったら、屋久島の山に登る体力がなくなり、あのシャクナゲたちの写真も撮れなくなります。つまり、シャクナゲたちとの出会いも一期一会です。
 今、越後三十三観音巡りをしていますが、これだって、いつ新型コロナウイルス感染症の影響でやめざるを得なくなるかもしれません。その貴重な体験を積み重ねているのが今日の今だ、と思っています。
 このような気持ちで、明日もゆっくりとお詣りして歩きたいものです。

(2020.9.30)

書名著者発行所発行日ISBN
風味さんのカメラ日和(文春文庫)柴田よしき文藝春秋2017年8月10日9784167907907

☆ Extract passages ☆

「自然界を写すカメラマンで、偶然の力に頼ったことのない者などいません。自然界は常に一期一会、二度と撮れない場面の連続です。それらはある意味、全部偶然なんです。別の言葉で言い換えれば、神のなせる技。偶然撮れてしまったことは少しも恥じることじゃないんですよ。神に愛されたのだと思えばいいんです」
(柴田よしき 著 『風味さんのカメラ日和』より)




No.1840『コロナが加速する格差消費』

 新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで、それに対する新たな取り組みとか、これからはこうしなければならないとか、そういう本が出ないかと思っていたら、やっと出てきたようです。しかも、コロナ時代になって、ますます消費するモノやコトが変わってきて、そこに格差が生まれてきているとすれば、とても興味する問題です。
 副題が「分断される階層の真実」で、日本の場合、意外と階層が明確に感じられないけれど、それなりの格差は広がりつつあるというのを肌で感じます。これはぜひ読まなければと思い、図書館から借りてきました。
 コロナだけでなく、3.11大震災やそれにともなう原発事故、その後の毎年続いている台風や集中豪雨などの天災など、ここ10年ほどだけみてもほぼ毎年、大規模な自然災害が起きています。しかも、東京などでは大規模な地震も想定され、まさにリスクが大きく広がってきています。だとすれば、当然ながらそのリスクを避けるような消費行動をするのも当然の成り行きです。この本では、「今回のコロナ危機を経て、住宅を購入することはますますリスクであると思われていく可能性が高い。まして人口当たり感染者数の多い東京都中央区、港区などに高いお金を出してタワーマンションを買うのはリスクが大きいと思われるようになるだろう。買うなら親の家かその近くの中古住宅を借りて(あるいは安く買って)リノベするほうを選ぶ人が増えるであろうし、危機が訪れたときはすぐに移住をするという選択をしやすくするように住まいを選ぶ人が増えるだろう。」と書いています。
 たしかに、私たちの年代に比べれば、今の若い人たちは、古着好きも多く、古いものにこだわらないようです。だとすれば、このような意見も納得できます。
 また、年代や所得によっても、消費傾向が違うのは当然で、私などは男性が美容室に行って頭を整えてもらうというのにいまだ抵抗があります。だから、男性が化粧をしたり、女性のようなことをのを奇異の目でみたりもします。たしかに古いといわれればそうですが、むしろ、男は男らしくと育てられてきたことも大きく影響しているのかもしれません。古希を過ぎて、いまさら価値観を変えろといわれても、難しいようです。
 この本に出ていたのですが、テレビで永六輔が「昔は一緒に苦労しようと言って結婚したが、今は一緒に楽しもうと言って結婚する」と話していたそうですが、その差は大きく、だから楽しめなくなるとすぐ離婚してしまうのではないかと勘ぐりたくもなります。
 ただ、今の若い人たちの生き方を邪魔しようとか、うさんくさいような目で見ることだけはしたくありません。それぞれの年代が育ってきた生き方をするしかないのではないかと、考えています。ただ、今まではモノを買うことが多かったようですが、これからはあまりモノを残さないためにも、コトにお金を使いたいと思うようになりました。
 下に抜き書きしたのは、「あとがきにかえて」のなかに書いてあったものですが、今年の前半はほとんどの大学でリモート授業やオンライン授業が行われたようです。だとすれば、この流れをそのままに、誰でもオンラインで大学の授業が受けられるという発想もあるのではないかと思います。
 私も、ある大学の教授の退官時に最後の講義というのを受けましたが、その2時間ですべて理解するというのは大変です。ところが、その講義がユーチューブで見ることができ、それも何回でもできるので、最後はなるほどと理解できました。これなら、おそらく興味さえあれば、誰でも楽しめると思います。
 しかも、居ながらにして日本中の大学の講義や、さらに世界の著名な研究者の話をオンラインで聞ければ、すごいことです。しかも、それを同時通訳や映画のように字幕が出れば、なお興味深く何度でも見ることができます。それだったら、交通費もかからないので、講座受講料はしっかり払います。
 もちろん、無料ならそのほうがうれしいのですが、それなりの経費や研究費がかかっているので、受講料は必要だと思います。それも一律ならいいのですが、もし差額があるなら、なんらかの補助金を使ってでも実施する価値はあると思います。これからは、立派な施設を造るよりは、このようなオンラインを多用すれば、その差額ぐらいどこからでも捻出できると思います。
 だとすれば、にっくきコロナですが、それがあったからこのように世の中が変われたんだといわれるのではないかと思います。

(2020.9.28)

書名著者発行所発行日ISBN
コロナが加速する格差消費(朝日新書)三浦 展朝日新聞出版2020年6月30日9784022950819

☆ Extract passages ☆

 早稲田大や明治大に入ったが北大に受けたい授業がある場合もあるし、京大に入ったが武蔵野美術大学に受けたい授業がある場合もある。慶応大文学部に入ったが、同志社大理工学部の授業を聴きたいこともある。それを全部可能にする(できれば世界中の大学のほうがよい)。
 こうして単位互換性を進めて、日本中の大学のどの授業をオンラインで受けても単位がもらえるようにする。一定単位数を取れば学位を与える。
(三浦 展 著 『コロナが加速する格差消費』より)




No.1839『旅の断片』

 今年に入って、新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで、なかなか海外に出かけられないので、つい、このような旅の本を読んでみたくなります。
 そして、この本を読みながら、著者もなかなか旅に出ることもできなくて大変だろうな、と考えてしまいます。つまり、自分だけでなくみんな同じかもしれない、と自分自身を慰めています。
 この本を読みながら、そういえば私も布を集めたり、石を拾ったり、骨董屋さんを巡ったりと、けっこう似たようなことをしていると思いました。でも、最初のころよりは、だいぶ買い込んでくるお土産も少なくなり、それでも昨年はマダガスカルでバオバブの実を買ってきました。おそらく、他の人にとってはがらくたのようなものでも、私にとっては旅の記念品で、思い出につながる品々です。この本のなかで、著者がある画家の取材のときに、その画家が「ものが増えるのはよくないという意見もあるけれど、生きているうちは好きなものに囲まれて生活する方がいいと私は思っている」と話されたそうですが、たしかにその通りです。これで、私も心置きなく好きなものを買い込むことができるし、もし私が亡くなったら、それらをすべてトラックで焼却場に持っていってもらえばいいと考えたら、とても気楽になりました。今から遺品整理のことまで考えて、好きなことを制限したくはありません。
 この本を読んでいて、けっこう植物の話しもあり、楽しく読ませてもらいました。そのなかで、サボテンの話しがあり、「砂漠ではサボテンは誰にも頼らず、一本一本が独立して、大きく立派に生きている。その孤高の姿はすばらしい。自分の力でまっすぐに生きていればいいことで、それはとても大切なことで、自分自身が強くなって、常に外界と闘いながら大きく育っていけばいいのだ。サボテンは見せようと思って生きていない。生きようと思って生きているだけだ。だからこそすばらしいのだ。サボテンは過酷な自然条件の下で、途中で折れたり枝を出したリコブを作ったり、枯れたところからまた復活したりして、いろいろな形になっても必死に生きている。それがまたいい。味があって個性があっておかしみがあって愉快でさえある。それでいいのだ。誰のためにとか、なんのためにとかではないのだ。」と書いてあり、その通りだと思いました。
 人もそれと同じで、生きる理由なんて、精一杯生きていればほとんど考えずにいられると思います。生きているだけで、いいと私は思います。
 そういえば、昔、山岳部で毎月山登りをしていたとき、こんな山奥にこんなにもきれいな花が咲いていることがなんとも不思議でしたが、今では、誰も見られないようなところに咲いているからきれいなのかもしれないと思うようになりました。むしろ、園芸植物のように、人が勝手に自分の都合で作りかえた植物でないから、きれいなのかもしれないとも考えました。
 そして、だんだんと、その山奥の花たちを写真に撮るようになり、今は、なかなかその山奥に行くことも少なくなり、小町山自然遊歩道で楽しむようになりました。とくに、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で不要不急の外出自粛もあり、ほぼ毎日、出かけると、必ず新たな発見がありました。本当に、自然は奥が深いと思います。
 下に抜き書きしたのは、スリランカでの話しですが、私もスリランカのキャンディに行き、同じような経験をしました。しかも、この「ホウガンノキ」はスリランカだけでなく、インドやインドネシアでも見ていますが、その花のなかに仏さまがいらっしゃるとは思いませんでした。
 インドの植物園のラベルには、「キャノンボールツリー」と書いてありましが、まさしく砲丸の木です。
 この文章を読んで、たしか写真を撮ってきたと思い、パソコンで検索してみると、何枚かアップの写真がありました。なるほど、「丸い玉のような白い花の中をのぞいて、仏様が鎮座しておられる」と私も思いました。そして、ホウガンノキなどという味気ない名前より、いかにも仏教国スリランカの人々の敬虔な心そのものが伝わってくるように思いました。たしかに、今思い出しても、スリランカの人々は信仰のなかに生きています。
 もし、次はどこへ行きたいかと尋ねられたら、先ずはブータン、そしてその次はスリランカのヌワラエリヤの茶畑の上に建つ「Tea Factory Hotel」に泊まりたいと思っています。

(2020.9.25)

書名著者発行所発行日ISBN
旅の断片若菜晃子KTC中央出版2019年12月12日9784877588038

☆ Extract passages ☆

一緒になってのぞき込むと、ホウガンノキの花は外側は白くすべすべした球形をしていて、中央に切れ込みがあり、上下にぱかと開くと、上部は白と黄と紫のおしべが花冠となってふわふわと密集し、下部には退化したおしべがびっしりと密集している。その密集したおしべの中央に、ひとつだけ薄緑色の丸いめしべがあり、おじさんはそれを指して「Budda」と言ったのである。それはたしかに、花咲くなかにひとり座した仏様のようにみえる。
(若菜晃子 著 『旅の断片』より)




No.1838『文様を読む』

 副題が「茶の湯を彩る四季のデザイン」で、茶道具などには、なぜこのような文様が使われているのかわからないところもあったので、読みました。
 でも、この本を読んで、いろいろな伝統工芸品に使われていることの意味を理解できました。たとえば、20日にNHKの日曜美術館で「日本伝統工芸展」が放送されましたが、ほぼ毎年、仙台の三越などで見ていますが、それらの作品にもいろいろな文様が使われています。私は、無地で素材を生かしたものが好きですが、ワンポイントにおもしろい図案が入ると、締まって見えます。それと、その文様の由来がわからないと、理解できないものもあります。
 この本で、留守模様について、「日本の美術工芸品では、「留守模様」といって、登場人物を描かず、背景や人物の持ち物のみで物語のある場面を表現することがよく行われます。「宇津山」が留守模様として表現される場合、蔦の生い茂る細道に笈が置かれた情景で表されます。「蔦」と「細道」、それに「笈」が鍵となるモチーフです。写真でご紹介した火人は、さらに笈が消え、「蔦」と「細道」という「宇津山」を象徴するモチーフのみで表現されています。」とあり、その物語がわからなければ、そこに描かれなかった模様も情景も思い浮かびません。
 まさに、日本文化は省略されたものが多いので、いろいろなことを知らなければ、作者の意図が読み取れません。おそらく、それを読むというのが、この本の趣旨ではないかと思いました。
 その流れとは、ちょっと違いますが、十二支などもよく文様として使われます。この本では、「十二支の起源は、中国殷時代にまでさかのぼります。殷王朝では、政治性を帯びた占いに日の特定が必要だったため、十二支(「子丑寅卯辰巳午未申酉亥」)と十干(「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」)との組み合わせで六十通りを表す方法が生み出されました。次第に年月や時刻を表すためにも活用され、当初は「漢字」のみで特定の動物との結びつきはありませんでしたが、のちに十二の動物があてはめられるようになりました。現在、十二支動物の文化はアジア全域で確認できるようです。」とあり、ヒツジが日本に入ってきたのは江戸時代後期のことでそれ以前にはその姿も知られていなかったのではないかとも書いています。
 私は、梅と桃の花の文様の違いがいまいちわからなかったのですが、この本で基本的には五弁の花ですが、花びらの形は桜は花びらの先が2つに分かれているし、梅の花びらは円くて、桃の花びらに比べるとやや尖っていて、さらに若い葉がいっしょに描かれていることが多いと知りました。
 また、中国では魚が富貴文として描かれますが、その理由は「魚」が中国語で「余」と同じ「ユ」という音になるため、豊かさを意味するからだそうで、これもなるほどと思いました。また中国では、「蓮」や「水鳥」なども組み合わされることもあり、それらも吉祥的意味をもつそうです。
 下に抜き書きしたのは、宝尽くしについてですが、以前から田の形に伸びたものに丸い小さなものが四隅についているのがなになのかわかりませんでした。
 この本を読んで、それが「丁子」だと知りましたが、それは香辛料や生薬としても使うことは知識としてわかりますが、なぜ宝尽くしに選ばれるのかはやはり疑問です。この本では、今では容易に手に入るけれど、昔はとても貴重品で、だからこそ正倉院御物におさめられているとあり、なるほどと思いました。
 そして、宝物も時代によって変わってくるのはある意味、当然かなとも思いました。それにしても、「隠蓑」や「隠笠」が宝物というのは、とてもおもしろい発想です。

(2020.9.22)

書名著者発行所発行日ISBN
文様を読む木下明日香淡交社2019年8月17日9784473043245

☆ Extract passages ☆

 宝尽くしは、様々な宝物を描く吉祥文様です。「尽くし」は、全て並べ上げる意味を表します。宝尽くしのほかにも、楽器尽くし、貝尽くしなど多様な尽くし文があります。
 宝尽くしに取り上げられる文様は時代や地方によっても異なりますが、「宝珠」「宝巻・巻軸」「宝鑰」「打出小槌」「金嚢」「分銅」「隠蓑」「隠笠」「七宝」「丁子」などがあります。現在の私たちにとっては、なぜ「宝物」とみなされるのか不思議なものも含まれています。
 宝尽くし文も他の多くの文様と同様、中国から伝わりました。もともと仏教に由来する八つの宝「八宝」から発展し、日本に伝わってさらに世俗の宝物が加えられ、現在のような宝尽くしになったようです。
(木下明日香 著 『文様を読む』より)




No.1837『なにものにもこだわらない』

 おそらく、森博嗣さんの本は4〜5冊は読んでいるので、この本を読んだときの第一印象は「らしいなぁ〜」ということでした。
 それでも、「これはたしかにそうだよなぁ」という箇所もいくつかあり、こだわらないことの難しさもわかったように思います。でも、どこまでわかったかというと、少なくても私なりにという前提はあります。
 たとえば、「人間の頭脳は、最初はなにもデータがない。生まれたあと、その空っぽの領域にデータが記憶されていく。そういつた行為を「したい」と欲するのは、データが蓄積された状態がより安全な生命活動を実現するからだ。したがって、その要求の強い遺伝子を持った個体が、多く生存して、今の傾向となったのだろう。」と書いてますが、たしかに子どものような好奇心のかたまりが前へと進む原動力になったような気がします。
 このながれで、「アインシュタインもガロアも、若くして画期的な発見をしている。彼らは、多くを学ばなかったはずだ。むしろ、常識を知らないことや、それゆえ既成概念に因われなかったことが、素晴らしい発想を生み出したように見える。人間の発想の条件は、そういった突飛さというか、突発的なものであるように思われる。普通の人たちは学校で学び、一所懸命勉強して頭に知識を詰め込もうとしているけれど、知識というのは、頭脳の本来の活動にとって重荷になることが、きっとあるだろう。新たな発想は、なにものにも縛られない自由さ、あるいは軽さから、羽ばたく如く生み出されるものではないだろうか。」と書いていますが、これを頭脳の重荷とか、経験の重荷と考えることに新鮮さを覚えました。
 つまり、知識も経験も結局は拘りを生み、それが足かせになり、新たな発想を生むきっかけを削いでしまうということです。
 こういうことを考えられば、書名の『なにものにもこだわらない』ということが、いかに大切かがわかります。でも、『なにものにもこだわらない』ということが、いかに難しいことかもわかります。
 たとえば、考えるなといわれれば、どうしても考えてしまいます。パソコンのようにリセットを押せばそれですべてなしという状態には、人間の場合はなかなかなれません。だから、座禅などをしても、最初のうちはいろいろな考えが走馬燈のように浮かんでくるといいます。私の場合は、瀧修行をしていたときに、大声を出して、必死にお経を読んでいると、それ以外のことは何も考えられず、数ヶ月もたつとお経を読んでいることさえも考えなくなりました。だから、今でも夜寝るときは寝ることしか考えないので、あっという間に眠ってしまいます。
 だから、この本を読んで、『なにものにもこだわらない』ということも、座禅のようにそのように仕向けないとできないのではないかと思いました。そして、知識も経験も重荷にならないように、時々はリセットしたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、「あとがき」に書いてありますが、拘らないということは、ひとつの客観の手法ということだと著者はいいます。
 たしかに、100%こだわらなければ、何もできません。つまり、とりとめがつかなくなります。考えをまとめようがなくなるということです。
 だから、著者は、ときどき拘る、でも、ほとんど拘らない、そして、その切り替えは臨機応変にと最後に書いています。

(2020.9.20)

書名著者発行所発行日ISBN
なにものにもこだわらない森 博嗣PHP研究所2019年3月19日9784569842332

☆ Extract passages ☆

 拘らないことは、結局は、この多視点とそれによる客観の一手法だということだ。ほかにも手法はいろいろあり、その中の一つにすぎないことも忘れてはいけない。
 道とは、そもそも幾つかある道の一つだから、道なのである。その道しかなければ、道とは呼ばれない。また、道だけが進める場所でもない。道以外にも歩けるし、進む場所が、のちのち道になるというだけである。
(森 博嗣 著 『なにものにもこだわらない』より)




No.1836『〈正義〉の生物学』

 この本の副題は「トキとパンダを絶滅から守るべきか」で、「はじめに」のところで、この問題を提起しています。そして、徐々にその考え方を提示していきます。
 でも、生物の問題で、〈正義〉を持ち出すという意味は何かと思いましたが、たとえば進化論の考え方にも今まで人間側の都合のよい解釈もあったと私も思っていました。弱肉強食についても、強いものがいつも正しいわけではなく、そういなければ種の保存がはかれない、つまり食べなければ生きていけないということです。この本のなかで、ライオンとシマウマの関係を書いていますが、ライオンがシマウマを食べ過ぎればシマウマが極端に減ってしまってライオンが餓死してしまうし、ライオンが少なくなればシマウマが増えすぎてそれを餌としているライオンが増える、つまり自然界が上手にバランスをとっているわけです。ところが人間は、今日食べなくても明日以降のために少し多く採っておこうとか、だれかにプレゼントするために多めに捕獲してしまうとか、いろいろなことを考えるわけです。つまり、必要以上のものを殺してしまうということです。そこから、自然界のバランスがくずれてきます。
 しかも、人間は強いから生きられるというわけではなく、いろいろな問題が複雑にからみあっています。この本では、「人間社会では、生き残り、子を残せるかどうかは複雑な要因に左右されます。ヒトの生存競争には生物学的な要素以外にも、文化的および社会的なたくさんの要素(そして、運)も絡んでいるのです。そして、どんな要素がどの程度影響するのかはよくわかっていません。生存競争が何にどの程度左右されているかまったくわからない状況で、勝負の結果が明白だからというだけの理由で、スポーツや勉学の競争を生存競争と結びつけるのは、まったくの間違いなのです。」と書いています。しかも、誰でもがわかりやすいように、ジャイアンとのび太を引き合いにだしています。
 今、新型コロナウイルス感染症が世界的に広がって大きな問題となっていますが、このような感染症は昔からいろいろとありました。たとえば、天然痘ウイルスにしても、昔はとても怖い病気で、感染力も強く、感染すると20パーセント以上が死亡するといわれていました。しかし、天然痘ワクチンが開発され、その接種することにより、1980年5月8日にこの地球上から天然痘がなくなりました。
 ところが、まだ研究所などにこの恐ろしい天然痘ウイルスがいるそうです。この本によると、「このとき、地上から消え失せたはずの天然痘ウイルスですが、じつはいまでも厳しい監視の下で継代培養されています。一度は、保管されているすべての天然痘ウイルスを破棄することが国際的に合意されましたが、その実施にはいたらなかったのです。理由はいくつもあります。たとえば、天然痘ウイルスの将来的な利用の可能性です。天然痘ウイルスが将来、ほかの病気と闘う際に役に立つ可能性があり、研究する価値があると考えられました。一方でべつの理由もありました。人間に有害であるという理由だけで差別し、絶滅させてもかまわないとする論理的根拠はない、という考え方です。」と書いてあり、現在も厳重に管理されているとはいえ、培養されているそうです。
 しかし、今回の新型コロナウイルスウイルスも、最初は中国武漢の研究所から逃げ出したのではないかという情報もあり、いくら厳重な管理をされていても目には見えないウイルスですから、やはり心配です。この問題でも、やはり〈正義〉という問題を考えざるを得ないと思います。つまり、せっかく絶滅した天然痘ウイルスを残すべきかどうかという将来の問題です。
 下に抜き書きしたのは、現在まで生物種の多くは絶滅してきました。なかでも、過去5億4千万年の間に化石海生動物の科の数が短期間で激減する時期が5つ、オルドビス紀末、デポン紀末、ペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末にあったことが知られています。
 ということは、今進行している大量絶滅期は、今までのものより、たとえばペルム紀末のそれと比べると6倍以上だそうです。
 ということで、下に抜き書きしたものを読んでいただくと、そのすごさがわかるかと思います。

(2020.9.17)

書名著者発行所発行日ISBN
〈正義〉の生物学山田俊弘講談社2020年6月24日9784065190906

☆ Extract passages ☆

今回の大量絶滅は、隕石の落下や火山活動が引き金となった地球環境の激変による過去五回の大量絶滅とはまったく異なった原因により引き起こされていることもわかりました。つまり、地球史上初めて、生物間(ヒトとヒト以外の生物)の関係が大量絶滅の原因となっているのです。と言うことは驚くなかれ、人類は、巨大隕石の衝突以上のインパクトを生物たちに与えていることになります。
(山田俊弘 著 『〈正義〉の生物学』より)




No.1835『修学旅行は世界一周』

 この本は、9月7〜9日まで庄内を中心に動いていたときに読みました。旅のときは旅の本をというのが基本的な考えですが、このときは急に決まったこともあり、図書館の新刊書棚にあったので、これを持って行きました。このほかにも数冊の文庫本を持っていったのですが、最上川べりの閑静な宿ということもあり、ゆったりとした時間のなかで、読書意欲も減退してしまったかのようでした。
 裏表紙に「人気・旅行作家が描くドキドキ満載の初小説」とありましたが、なぜか、最初のほうで、オンラインゲーム上の親友、ハンドルネームの「BOB」のことがうっすらとわかってしまいました。
 つまり、あまりにもできすぎな旅と出会いということや、そんなことはこの世界の広さから考えても、ちょっとムリがあると思いました。でも、旅先であまりにも重い内容よりも、うっすらと筋書きが見えてしまうような本のほうが気楽に読めました。
 最初はタイ、そしてインドのバラナシですが、ここは私も2度ほど行ったことがあり、1度はネパールの友だちと、そして次は一人旅でした。だから、主人公の仁科カケルの気持ちもよくわかります。たとえば、カケルがバラナシで出合った村上まいに、インドはたしかに物価は安いけど、でも、だからといってこんな汚い街に長く滞在しているのはなぜ、と質問をします。するとバラナシの魅力を「何もしなくても、毎日必ず何かが起きるところかな。こちらを放っておいてくれないというか。うざったいと感じることもあるけど、寂しくはないよね。少なくとも退屈はしないし」といいます。
 つまり、毎日想像もできないようなことが起こるし、それがおもしろいということです。
 下に抜き書きしたのは、旅の最終地、ニューヨークで「BOB」と会う前の心境を綴ったものです。
 たしかに旅をしていると、偶然なのか、あるいはそのように決まっていた必然なのかさえ、曖昧に感じられます。でも、まったくの偶然と考えたほうが楽しいと思います。その後の「エピローク」で、「どこを旅するか」よりも、「誰と旅するか」が重要だというフレーズがありますが、ある意味、半々だと私は思います。あるいは、誰とどこを旅かるかが最も重要なことだとも思います。
 今回の庄内の旅も、家内とのんびりとしたからこそ、よかったのかもしれません。そして、鶴岡市羽黒地区に風力発電施設の計画があると聞き、なぜこの信仰の地にという思いもあり、8日に羽黒山付近を歩いて計画通りに実行されたらこのような風景にはまったくそぐわないと思いました。ところが9日に事業を白紙撤回すると発表し、さらに10日の山新にも反対意見を受けて断念したという記事が載っていました。
 しかし、これでめでたしめでたしではなく、地方自治体にも規制の権限を認めるようにしなければと思いました。

(2020.9.13)

書名著者発行所発行日ISBN
修学旅行は世界一周(ハルキ文庫)吉田友和角川春樹事務所2020年8月18日9784758443586

☆ Extract passages ☆

 旅を続けていると、こういう小さな偶然にしばしば出くわす。ある意味、巡り合わせといってもいいかもしれない。
 人との出会いにしたってそうだ。世界を旅する中でたくさんの素敵な出会いがあった。それらも偶然の産物であるならば、旅には偶然を引き寄せる力があるといってもいいので はないか。
(吉田友和 著 『修学旅行は世界一周』より)




No.1834『サル化する世界』

 まったくの偶然でしたが、この本も前回読んだ『司馬遼太郎 旅する感性』の司馬遼太郎とつながりがあり、それは第3章「"この国のかたち"考」の「司馬遼太郎への手紙」と「司馬遼太郎と国民国家」です。
 ここで「国民国家」という意味は、「近代日本が供養し損なった幕末以来の死者たちを、彼が独力で供養しようとしたから」からだといいます。つまり、「司馬遼太郎は幕末動乱の中で死んだ若者たちの肖像をいくつも書きました。坂本龍馬や土方歳三については長編小説を書きました。もっとわずか短い数頁ほどの短編で横顔を描かれただけの死者たちもいます。それは別に何らかの司馬自身の政治的メッセージを伝えたり、歴史の解釈を説いたというより、端的に「肖像を描く」ことをめざしていた」ということが、国民が忘れてしまわないようにという思いがさせたのではないかといいます。
 たしから、前の『司馬遼太郎 旅する感性』でも取りあげておりましたが、たとえば坂本龍馬を書くときには、その参考資料になるものをほとんど古本屋などから買い集めたそうで、それを知った関係者は司馬遼太郎は次は何を書くかわかったそうです。このことは、山形ゆかりの井上ひさしも書いています。そういえば、川西町の図書館で、図書館に泊まろうという企画があり、私も2度ほど館内に泊まったことがありますが、その蔵書の書き込みなどを見て、古本のすごさを感じたことがあります。
 この本の題名からみてもわかるように、現代はサル化していると私も思います。サルまね、サルがしこいなど、上っ面のことが多いように感じます。この本では、「これからの社会は、新型コロナウイルス感染症だけではなく、いろいろな問題が出てくるように思います。そのときに、将来のためにすべてをなげうって打ち込むことよりも、あれをしておけばよかったと悩まないように、今から自分のしたいことをすればよいと思っていました。この本の中でも、「人はやりたいことをやっているときに最もパフォーマンスが高くなります。難局に遭遇して、そこで適切な選択をするためには、他者の過去の成功事例を模倣することではなく、自分自身の臨機応変の判断力を高めた方がいい。そして、自分の判断力が高まるのは、「好きなことをしているとき」なんです。「自分は本当は何をしたいのか?」をいつも考えている人は「これはやりたくない」ということに対する感度が上がります。そして、生物が「これはやりたくない」と直感することというのは、たいてい「その個体の生命力を減殺させるもの」なのです。自分の生きる力を高めるものだけを選択し、自分の生きる力を損なうものを回避する、そういうプリミティヴな能力を高めることがこの前代未聞の局面を生き延びるために一番大切なことだと僕は思います。」と書いています。
 つまり、サル化しないためにも、やりたいことをやるということが大切だということです。サルまねでは、そのメッキは必ずはげてくるということにもなります。ただ、好きなことだけをして生きられるなら一番いいのでしょうが、そのように持って行く努力は必要だと思います。
 下に抜き書きしたのは、高齢者にとっての生活能力についての話しです。
 私も高齢者になって気づくことは、意外と社会は高齢者に対して無関心だということです。だから、ときどき高齢者で大声で怒鳴り散らすなどの人の気を引くことをするのではないかと思ったりします。つまり、誰も構ってくれないから寂しくて突っかかってくるのではないでしょうか。
 だとすれば、ここに書いてあるように、他人と共生する能力も高齢者には必要だと思いました。でも、人に合わせることも大切ですが、サルまねはしないという矜持も持っていたいと思います。

(2020.9.10)

書名著者発行所発行日ISBN
サル化する世界内田 樹文藝春秋2020年2月28日9784163911533

☆ Extract passages ☆

 高齢者にとって最も大切な生活能力は、他人と共生する能力です。理解も共感もできない他人とも何とか折り合いをつけることのできる力です。不愉快な隣人たちと限られた資源を分かち合い、共生できる力です。でも、そういう能力を開発する教育プログラムは日本の学校にはありません。ひたすら子どもたちを競争的な環境に放り込んで、相対的な優劣を競わせてきた。その同学齢集団のラットレースで競争相手を蹴落とすことで出世するシステムの中で生きてきた人間に高い生活能力を期待することは難しいです。
(内田 樹 著 『サル化する世界』より)




No.1833『司馬遼太郎 旅する感性』

 今回も旅つながりですが、お笑い芸人の「春道」さんたちが書いたものを読んでからこの本を読むというのも、何かの縁かと思いながら、その違いは歴然でした。サラダを食べてから、ステーキを食べるような違いというか、比較するそのことに意味はないと思いました。まったくの別ものです。
 でも、今ではその考えを訂正せざるを得ない新しい情報もありますが、その根底にある考え方というか、旅の姿勢みたいなものはこれからも当然通用するものだと思います。
 著者は、最後に、「いま、『街道をゆく』を読み返す理由はどこにあるのか」というところで、「グローバルな視座のもと壮大な歴史ロマンを紡ぎ、自分の立ち位置をそのなかに再確認すること。さらに、そうした夢想のなかにあって、いま生きている場所あるいは訪れた旅先の土地を五感で楽しみ、味わうが、けっして汚さないこと。醒めた眼で相対化する姿勢を忘れず、特定の場所の歴史をモノクロの固定世界だけで捉えないこと。そう、つまり、ある土地の歴史風景とは、つねに変転するもので、個々人の「肉の歓びと悲しみ」――筆者自身の美学=感性の学のキーワード――が煌めく刹那にしか現前しえないものなのだから。」と書いています。
 この『街道をゆく』シリーズは、まだ数冊しか読んでいませんが、旅の本として読むには少し古すぎて、今では道路や街並みもほとんどが変わってしまっています。そうだと思うと、先ずは手っ取り早く最も新しい情報が詰まった本を読んでしまいます。
 でも、この本を読んで、新しい情報だけでなく、もう少し歴史に根ざした情報や旅の心構えみたいなものも必要だと感じました。もうちょっというと、旅の哲学のようなものです。ここまで考えてから、前に読んだ『正直、旅は僕らのコントより面白い』という本には、考えさせられるようなことがなかったと気づきました。こういうことがあった、これがおいしかったという事実しか載っていなかったのです。
 でも、この2冊を同じ時期に読んだことで、その違いがはっきりとわかり、これから旅をするときの心構えみたいなものを教えてもらったような気がします。
 つまり、この本の題名である『司馬遼太郎 旅する感性』の「旅する感性」です。その感性を研ぎ澄ませながら旅をすれば、もっともっといろいろな気づきがあると思います。
 今年は新型コロナウイルス感染症の影響でなかなか旅もできませんが、県内や近場の旅なら気を付けながらできそうです。また、そうしなければ、地域経済もしっかりと回っていかないので、少しでも地域に動きを取り戻すためにも旅をしたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、序章に書いてある司馬遼太郎の感性哲学についてです。
 これこそが、今でも司馬遼太郎の『街道をゆく』を読み続けられている理由ですし、旅にとっても大切な感性です。私は、旅に出てよく写真を撮っていますが、そのときに気を付けているのは、コマーシャルのような写真を撮らないことです。もう一言踏み込んでいうと、誰も撮らないような、私にしかとれないような写真を撮りたいということです。
 ほんとうは、それが一番難しいのですが、だからこそ旅は楽しさにつながっていくような気がします。旅、すなわちトラベルはトラブルがあればあるほど、強烈な思い出になるようです。

(2020.9.6)

書名著者発行所発行日ISBN
司馬遼太郎 旅する感性桑島秀樹世界思想社2020年3月20日9784790717393

☆ Extract passages ☆

それは、まずフィールド(現場)に立ち、その風景を読む――その土地の肌理を探る――ときに感ずる、土の匂いや足裏の感覚のようなもの。ひとまず現場に立って、五感すべてを開く。そして、歴史風景の古層までじっと凝視する。最後に、めいっぱい想像力の翼を羽ばたかせる。こうした態度のことだ。だから、それは、現場主義に根ざした「眼の思考」とも評される。これを、土地々々で積み重ねられた歴史のレイヤーを見透す「感性の考古学」と呼ぶことも可能であろう。
(桑島秀樹 著 『司馬遼太郎 旅する感性』より)




No.1832『正直、旅は僕らのコントより面白い』

 前回読んだ『コロナ時代を生きるヒント』でも、ソーシャル・ディスタンスをとることから、なかなか旅もしにくいだろうな、と思っていました。でも、できないとなると、してみたいと思うのが旅ですし、旅の本を読んでもみたくなります。
 この本の二人組、お笑い芸人の「春道」というのはまったく知らなかったのですが、コンビというのはまったく微妙なものだと感じました。離れずつかず、つかず離れずみたいなもので、その間合いの感じもこの本の面白さでした。
 最後の櫻間心星の「成長記」のところに、「林高士という、自分と正反対の男と旅をするのは、歯に衣着せぬ物言いが許されるのであれば、めちゃめちゃしんどかった。なんせお互い性格が違い過ぎて衝突するならまだいい方で、それ以前のすれ違いばかり。「こいつは何考えているんだ」。こんなに人について考えるという行為が体力を要することだなんて、この旅をして初めて知った。」書いてあり、おそらくこれが本音だと思いますが、この旅が終わるころには、相方と一緒に旅してほんとよかったと思うのですから、これが旅の力なのか、もともと相方を選ぶときからのものなのか、わかりません。
 私は、これは旅の無限の効力だと思いますが、もし違うという方がいれば、ぜひこの本を読んでみて、判断してほしいと思います。
 そして、印象に残った言葉はといわれれば、『「死ぬまでにもう一度行きたい国は?」と聞かれたら「インド」なんだ。世界をいろいろ周ってきた今なら、このカオスな国でもっと色々なことに挑戦できる気がする。だからもう一度行きたくてしょうがないし、行かないと納得できないんだ。』です。私もインドを一人で旅をしていて、いろいろと大変な目にも遭いましたが、それでもまた、もう1度ぐらいは行ってみたいと思います。でも、これが最後の旅だからといわれれば、私はブータンを選びます。すでに30数年経ちますが、その時間差があの純朴な国民にまだ残っているかどうか、それも見てみたいひとつの理由です。
 ただ、この本の題名にある『正直、旅は僕らのコントより面白い』といわれても、そもそも春道というコンビすら知らなかったし、見たことも話しに聞いたこともなく、お笑い芸人って多いなぁというのが第一印象です。だからそうとうな機会がなければそのコントを聞けるかどうかもわからないのですが、もしその機会があればぜひ聞いてみたいと思います。でも、私自身の旅の印象からしても、「事実は小説より奇なり」をもじって、「旅はコントより奇なり」だという先入観があり、それを覆すには、相当な面白さが必要です。
 下に抜き書きしたのは、櫻間心星のパタゴニアで感じたことです。
 たしかに旅はしてみないことには何もわからないことが多いのは事実ですが、これもその一つです。私も旅は好きですが、何がといわれても、そのすべてが好きとしかいいようがありません。私もニュージーランドで、この先には南極があると思いながら、野生のペンギンを見ながら感傷にふけったことを思い出しました。

(2020.9.3)

書名著者発行所発行日ISBN
正直、旅は僕らのコントより面白いお笑い芸人 春道産業編集センター2020年6月2日9784863112667

☆ Extract passages ☆

世界最南端の町、ウシュアイア。ここはパタゴニアを旅する人にとって最終目的地になる。誰だって「世界最南端の町」って響きだけで心躍るものだ。観光地もいうほどないし、美味しいご飯もない。言っちゃ悪いが何もない。でも、ただベンチに座り「海の向こうは南極」と頭の中で膨らませるイメージが、自分の今いる場所に酔わせる。旅人はそこに行く為だけに何日もかけて旅をする。時間とお金をたくさん費やして。旅人はなんかの病気で、それはたぶん、かっこいい病気なんだと思う。パタゴニアの厳しい環境を乗り越え、旅をして生まれた新しい感覚だった。
(お笑い芸人 春道 著 『正直、旅は僕らのコントより面白い』より)




No.1831『コロナ時代を生きるヒント』

 この本は、月刊『潮』に2019年3月号から2020年5月号まで連載された「鎌田實の『輝く人生の終い方』を加筆、修正し、単行本化したものだそうで、まだ新型コロナウイルス感染症がなく、そしてそれが中国武漢市辺りから感染が広がり、世界中に拡散していった時期と重なっています。
 だとすれば、その状況のなかで著者は何を考えたかについて、時系列的に見えてくるものがあるのではないかと思いました。
 もちろん、患者のほうも揺れ動くわけで、健康のときには考えてこなかったことでも、いざ病気になれば考えなければならなくなり、病気そのものの治療に対しても患者や家族の人たちも考えざるを得なくなります。著者は、「病気や余命についての告知を受けた患者の心は、ジグザグと揺れ動く。一旦は受容したかのように見えても、また否認したり、あるいは怒りなどの感情が噴き出たりする。そんな心の揺れ動きは、何も患者だけではなく、患者の家族にもある。死別の悲しみに暮れる人が辿る心のプロセスをグリーフ・ワークという。僕はこの悲しみを癒やす作業も、やはり一方向的に段階を経るものではなく、ジグザグと揺れ動くものだと思っている。」と書いています。
 それと、自分自身が緩和ケアの医師をしていて、消化管間質腫瘍(GIST)という希少な悪性腫瘍が見つかった愛知県の大橋洋平医師と対談したときの話しがとても印象的でした。それは、「私自身は、苦しみから意識を逸らすためにも、1ヵ月先くらいの身近な目標を持つようにしています。遠い未来の夢や希望だと現実味がありませんが、身近な目標であればリアルに考えられるんです」ということですが、私自身も山大の医師に治りたいとは誰しも思うけれど、治ったらこれをしてみたいあれをしてみたいという気持ちがなければダメだという話しを聞きいたことがあります。これは希望とか未来の夢みたいなものかと勝手に思っていたのですが、もっと短期の目的だったようです。
 この本を読んで、私ももし大きな病気になったら、すぐにでも治ってからのイメージを働かせ、あれこれやりたいことを考えたいと思いました。そうすれば、少しは将来の大きな夢も見れるかもしれないと思います。今いまの現実を見なければならないのが生きているということですが、それだけでは息がつまってきます。今の新型コロナウイルス感染症でも、ソーシャル・ディスタンスをとることから、人と人が離れてしまいます。だからこそ、このコロナ時代の新しい生き方を考えなければならないし、将来の夢もそれに影響されざるを得ないようです。
 そういえば、金菱清教授との対談で、生死観についての話しからブータン王国の話しになったそうですが、ブータンでは輪廻転生が信じられています。私も思ったのですが、生まれかわりを信じれば、より良く生きることができそうです。つまり、今生きているときに善く生きなければ善く生まれかわれないので、少しでもより善く生きようとします。本当に誰にでも親切でした。それがあまりにも当たり前なので、違和感はありません。道を歩いている人がいれば、車を止めて乗せようとします。私も何度もそのような体験をしました。最初は私たちがチャーターした車なのにと思いましたが、慣れてくるとこの国ではそういうものなんだと思うようになります。誰にでも、食事の時間ならご飯を食べませんかと声をかけます。それが当たり前の国なんです。もし、もう一度海外に旅行をするとすれば、ぜひこのブータンには行ってみたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、自然免疫を強くする方法として体内時計をうまく動かすことだと宮坂昌之先生はいいます。
 たしかに新型コロナウイルス感染症のワクチンが早く開発されればいいのですが、なによりも体内時計を狂わせないことが大切だと言っています。そして著者は、インフルエンザワクチンのなかに含まれるアジュパント、これは免疫増強物質のひとつですが、これがコロナと闘う自然免疫力に微力だとしても関係しているといいます。だとすれば、今年の冬は今までほとんど私はインフルエンザワクチンを接種してこなかったのですが、考えてみようと思いました。

(2020.8.31)

書名著者発行所発行日ISBN
コロナ時代を生きるヒント鎌田 實潮出版社2020年7月20日9784267022531

☆ Extract passages ☆

「体内時計というのは、免疫を直接支配しています。さらに、食欲や睡眠などの活動も支配している。したがつて、体内時計がうまく働くと、食欲は増し、よく眠れるんです。
 では、体内時計を正しく動かすためには何をすれば良いか。それは規則正しい生活です。朝早く起きて、朝日を浴びながら歩く。あるいは軽度の運動をする。そうすることで、体内時計の刻み方を円滑化させることができます。さらに体内時計をうまく動かすためには、血液やリンパの流れを良くするために体温を上げることが大切です。軽い運動はもちろん、湯船に浸かることも有効です。
 また、それらをした上で、繊維分や発酵食品を摂取すると、腸管が刺激されてなお良いでしょう。ただし、食べ物だけでは免疫は強くなりませんので、あくまで体内時計を狂わせないことが基本です」
(鎌田 實 著 『コロナ時代を生きるヒント』より)




No.1830『日本だから感じる88の幸せ』

 著者はレバノンのベールートで生まれ、1972年に来日し、日本人と結婚して日本で生活をしているそうです。この本の題名の頭に「クウェート王室付きの元教師が見つけた」という但し書きがあり、興味がありました。それと、8月4日にベイルートで起きた大規模な爆発で170人以上もの方々が亡くなられたとか、あの日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン被告が日本から逃亡し入国したのもこの国でした。
 もちろん、それらはすべてなんの関わりもないですし、むしろ中東から日本に住んでみて、日本がどのように見えたのかに興味を持ちました。
 たとえば、この本のなかに、「 驚くことに、日本では席をキープする方法として、携帯電話やカバンを置く人がいます。……このことは日本ではお互いに強い信頼関係があるから自然と出る行動だと思います。たとえ忘れ物をしても隣に座っている人が「ちょっと忘れ物ですよ」と、親切に声をかけてくれます。落し物をしてもかなり高い確率で交番か、拾い主から連絡があります。」と書いてあります。
 たしかに、私も外国に行ったときには、カメラだとわからないようにバックに入れて歩きますし、それも肩からハスに掛けて簡単に持ち逃げされないように気を付けています。お金も、必要以上に持ち歩かず、何ヶ所かにわけて入れてあります。むかしはトラベラーズチェックを持って海外に行きましたが、最近はほとんどカードで現地のお金に両替できます。
 だから、日本に帰ってくると、食べるものは新鮮で安全して食べられますし、外を歩いていてもほとんど危険を感じません。お店に入っても定価で気軽に買い物できるし、日本は安全で安心して生活できる環境が整っています。だから、この環境がずーっと続くことを念願しています。
 また、この本を読んでいて、日本人なら当たり前すぎてなかなか気づかないこととして、著者の甥が日本に住んでいて、さまざまな映像を撮っているそうです。そのひとつに「日本の小学生は教室を掃除しながら生活のスキルを学ぶ」というのがあり、それは「小学生の子どもたちが、自分たちで給食を配膳するシーンから始まります。これは海外の小学校では見られない光景です。もちろん、様々な国がありますので一概には言えませんが、こんなに長い間、自分たちで配膳を行う文化がある国は日本だけではないでしょうか。自分が食べる食事は自分で用意する。また、食事は感謝の言葉、「いただきます」から始まります。食べ終えたあとは、「ごちそうさま」。各自食器の片付けをし、自分が受け持った場所の掃除をするのです。」と語っています。
 日本では、小学校は勉強を教えることだけでなく、集団行動を通してマナーを学ぶ場所でもありますが、著者はとても感心していました。でも、このことに関しては、あまりにも画一的な子どもたちになりやすいし、それからはみ出てしまうと、登校拒否になりやすいなどの批判もあります。たしかに、いろいろなことには、一長一短がありますが、給食などに関しては日本の良さだと思っています。
 下に抜き書きしたのは、日本はどこでもきれいだとよく言われることですが、それについてです。
 たしかに外国に行ったことのない人にはわからないことですが、日本ほど清潔なところは少ないと思います。いま流行っている新型コロナウイルス感染症でも、日本がとても感染者が少ないのは日本人がつねに清潔に心がけているからではないか、と多くの外国人は見ているようです。
 たとえば、この本にも書いてありましたが、建物の中で履くスリッパと、トイレの中で履くスリッパを履き替えるというのは、少なくとも私は外国で見たことはありません。しかも、良いか悪いかは別にして、日本人ほどゆっくりお風呂に入り、お湯をジャブジャブ使って洗っている国はないと思います。

(2020.8.28)

書名著者発行所発行日ISBN
日本だから感じる88の幸せ石黒マリーローズ宝島社2017年4月28日9784800268969

☆ Extract passages ☆

日本はどこも清潔で、綺麗な状態が保たれています。その理由の一つとして、日本にはあらゆる場所に神様がいると、古来から信じられている点があります。山の神様、川の神様、そしてトイレの神様。植村花菜さんの歌「トイレの神様」の歌詞は家族の大切さを教えてくれる感動的な曲でした。この歌で、トイレにも神様がいることを知りました。神様のためにも、常に綺麗に保とうという意識が生まれたのでしょう。その結果、トイレという空間は特別なものであり、より快適にするため温水洗浄便座が発明されたのではないかと考えます。
(石黒マリーローズ 著 『日本だから感じる88の幸せ』より)




No.1829『死の病いと生の哲学』

 前回は『人類と病』を読んだこともあり、今回もそのつながりで病いの話しです。ところが、想像していた内容と違い、著者自身が大腸がんを患い、その流れで病気と生きることを考えるというものでした。よく、歯の痛みはそれを経験した人しかわからないといいますが、おそらくがんというものも、それにかかった人にしかわからないものがあると思いました。そういう意味では、がんというのは、死と生というのをはっきり意識させてくれるのではないかと思います。
 著者自身、「あとがき」のなかで、「私は今旅をしている。がん治療という旅である。本書は旅日記のようなもの」と書いていて、そのあとに「がんとなった現実から、死が意識に衝迫してきて、生のモードが変わってしまった」とあり、なるほど、がんになると生の意識さえも変わってくるのだと思いました。
 もともと、生があるということは、必ず死ということもあるとはわかっていても、若い時にはなかなかそうは感じないし、私もそうでした。私は60歳の還暦を迎えても、ほとんど感じないで過ごしてきたようです。それが幸せかというと、たしかに幸せだったと思います。ただ、必ずいつかは死を迎えるし、そこに近づけばいろいろな障害も出てくると思っています。では、今はどうかといわれれば、ボーヴォアールが年をとってくると皮膚の内側と外側からやってくると言ったそうですが、それを実感しています。
 以前より動きは緩慢になってきているし、皮膚の上にはシミや皺が無数に刻まれています。でも、それでも薬らしい薬は飲んでいないので、まだいいかと自分で慰めたりしています。そして、今年は新型コロナウイルス感染症の広がりで旅行もままならない状況なのですが、もし行けるようになったら以前と同じように楽しめるかと考えたりします。特に海外旅行となると、大きな荷物を持てるかとか、もし途中で病気になったり大けがをしたりしたらと考えると、ちょっと不安です。
 この本のなかで、がんについて書いていますが、「がんは「原因」ではないのです。それは、結果の現象なのです。がんは、結果として生じ、器官の機能を妨げるほどに大きくなってきた腫瘍という現象ですが、――カ二の形に似ているところにがんという名前の由来もあるそうですが――、そうなった原因ががんと呼ばれるのではありません。かつて発がん物質や遺伝やウイルスが、またストレスや食生活ががんの原因として指摘されました。だが、もしそれが原因なのであれば、それが必然的にがんを引き起こすということでなければなりませんが、そういうことはありません。」とあります。
 たしかに、こういう発がん物質を接種したからガンになったとか、食生活が悪いからがんになったという直接的な因果関係はなく、がんになりやすいという程度のことです。そう考えれば、がんになるということは、たまたまなったか、なってしまったということです。そして、そのように考えたほうが、少しは気楽なような気がします。
 もちろん、この本を読めばわかりますが、がんになれば大変です。今は治るといわれますが、それでもいつ再発するかという不安は残ります。どちらにしてもがんにはなりたくないのですが、2人に1人はなる時代ですから、イヤな世の中です。
 下に抜き書きしたのは、老人になってからの楽しみについてです。
 私もお茶を始めたのは、たとえばスポーツなどはいつまでもやるというわけにいかなくても、お茶ならできそうです。しかも、その裾野は広くて、これで終わりということもなさそうです。たしかにお茶の師匠さんたちは、みな高齢でもがんばっているし、生活に潤いもありそうです。
 まあ、いろいろな理由はありますが、今でもお茶を習ってきてよかったと思っています。そして、自分の時間を自分のためだけに使える時間だということも幸せの1つだと思っています。

(2020.8.25)

書名著者発行所発行日ISBN
死の病いと生の哲学(ちくま新書)船木 亨筑摩書房2020年7月10日9784480073297

☆ Extract passages ☆

 年齢を積み重ねてからすることがあるとすれば、それは若いときにはしなかったようなことであるはずです。年齢と無関係に、社会的に期待される当該年齢の生き方に準じることなく、例えば一丈四方の庵を構えた長明のように、あるいは旅に出て客死した芭蕉のように、経験をふまえた新しい生き方を創り出す老人もいていいでしょう。真に愛される老人たちが確かにいます。
 老いを自覚するということは、失われてしまったものへの哀愁なのでしょうか。否、むしろ一つの贅沢なのかもしれません。
(船木 亨 著 『死の病いと生の哲学』より)




No.1828『人類と病』

 今、新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで、WHOの組織のなかでも、中国とアメリカの対立が深まり、これからどうなるのか心配されていますが、そもそもWHO設立のときから国際政治とのせめぎ合いがあった、とこの本を読んで知りました。それは、アメリカとソ連のまさに冷戦下での対立で、それでも1946年7月22日に60ヶ国によって署名されました。つまり、人類の健康を護るという大切なことでも、国際政治のなかではなかなか一筋縄でいかないということです。
 そういう意味でも、この本を読んでいろいろなことがわかりました。副題は「国際政治から見る感染症と健康格差」で、新型コロナウイルス感染症の広がりのなかでも大きな問題として突きつけられています。感染症は、人と人との往来が盛んになればなるほど広がりやすいので、今回の新型コロナウイルス感染症の場合も、あっという間に世界中に感染が広がっていきました。そういう意味でも、今、世界中の国々が手を取り合って取り組まなければならないのに、国際政治ではますます対立が深まり、大きな摩擦を生んでいます。それは、設立当初と同じような対立の構図です。
 この本で一番最初に取りあげているのはペストで、この対処法はワクチンが開発されるまでは患者を隔離したり、感染の疑いのある人の検疫をおこなう以外、有効な対処法はなかったようです。そもそもペストというのは、この本によると、「ペスト菌に起因する感染症で、ペストに感染したネズミから吸血したノミを介して、人から人へと感染する。ペストは元来、現在のカザフスタン周辺に生息するネズミなどの齧歯類の間で流行する動物の風土病であった。ドイツの歴史学者フーケーとツァイリンガーによれば、1346年、クリミア半島のカッファ(現在のウクライナのフェオドシア)がタタール人に包囲された時、ペスト菌もクリミア半島にもちこまれ、その後、軍隊やジェノヴァ商人によって広く張り巡らされた通商網へ潜り込み、北アフリカからアラビア半島、ヨーロッパヘと伝播したという。ヨーロッパに到達したのち、地中海沿岸のベネチア、サルディーニャを襲った後、内陸のリコンやフィレンツェ、パリでも流行が見られた。1349年はじめにはイングランドとスコットランドを蹂躙し、続いてオスロ、コペンハーゲンなど北欧へ至り、1352年にはモスクワを襲った。」と書かれています。つまり、1346年に拡散したペストは、1352年には北アフリカやアラビア半島、さらにヨーロッパからモスクワまで到達したということです。
 その当時でさえたった6年で拡散したのですから、今の国際化の時代にはあっという間に感染症が広がるのは当たり前です。しかも、そのペストの対策はあまりなく、この本には、「ドナルド・ヘンダーソンによれば、 ヨーロッパでは、赤色が天然痘患者を治癒させるという迷信があり、中世の頃には、患者を赤色の服でくるんだり、部屋を赤色の紙で覆ったりすることが試みられたという。日本でも天然痘の患者の衣類を赤色ずくめにする、患者の部屋に赤い衣類をつるすという風習が広まった。福島県会津地方の郷土玩具である赤べこや岐阜県飛騨地方のさるばばなど、子供向けの郷土玩具に赤いものが多いのはそのためである。」と書いてあり、そういえば、6月に泊まった柳津は赤べこ発祥の地と書いてありました。そのパンフレットには、「圓蔵寺建立の難工事の際に、どこからともなく赤牛が現れて大変な働きをした」といい、それをまつったのが由来ということです。
 しかし、この由来をネットでさがすと諸説あり、この柳津の伝説の他に、平安時代に蔓延した疫病を払ったのが赤い牛だという説や、会津地方に天然痘がはやったときに赤べこの人形を持っていた子どもがかからなかったという話しもあり、これだとこの本に書いてあった話しに一脈通じるものがあります。
 それと今回の新型コロナウイルス感染症のときに感じたのですが、この本を読むと、1903年に締結された国際衛生協定のときから、さらに2005年の国際保険規則の改定でも、あらゆる国際的に見て緊急性の高い公衆衛生上の事象が発生したときにはWHOに通達することがもとめられてはいますが、対応が遅れる地域もあり、なかなか難しいと感じました。やはり、感染症の正確な情報と迅速な共有がないと、あっという間に世界中に広がってしまいます。しかしそれでも、社会や経済に与える影響を最小限にしたいという配慮から、遅れがちなことは今回の世界の流れを見てもよくわかります。
 下に抜き書きしたのは、新型コロナウイルスそのものの問題と、WHOや米中関係など、国際政治の争点が連動しているとの指摘です。
 実際に今回の感染症をめぐる対応に、「国家間対立や国際社会のパワーバランスが大きく投影されている」のが見え隠れしています。いや、むしろ露骨に見えているといっても言い過ぎではないような気がします。

(2020.8.22)

書名著者発行所発行日ISBN
人類と病(中公新書)詫摩佳代中央公論新社2020年4月25日9784121025906

☆ Extract passages ☆

 1つ日の特徴は、国家間の相互作用や人の移動が頻繁に行われる現在、1地域で発生した感染症が世界各地に瞬く間に広がり、経済、産業、安全保障等に多面的にインパクトを与え るということだ。新型コロナウイルスをめぐっては特に、その安全保障への影響の大きさが目を引く。
 感染症が各国の安全保障に影響を与えうるということは、感染症に対して、政治指導者による、政治的な関与が増えることを意味する。つまり感染症対策に国際政治が反映されるようになる。これが、現代における感染症の第2の特徴である。新型コロナウイルスヘの対応をめぐっては、WHOは分担金負担率の多い中国やアメリカの意向を踏まえざるをえないし、核開発をめぐるアメリカとイランの対立、貿易をめぐる米中対立や中台の緊張関係等が反映されているのは、そのような特徴によるものである。
(詫摩佳代 著 『人類と病』より)




No.1827『暮らしの古典歳時記』

 この本の「あとがき」に、著者の勤めている同志社女子大学のホームページに掲載しているコラムが、この本の核になっていると書いてあります。ということは、大学の学生や卒業生、さらには教職員や一般の方々にもここに書かれている文化的教養を伝えたいという思いで書いているようです。
 たしかに、歳時記ですから多方面に話しが及び、たとえば、歌人の柿本人麻呂の話しでは、万葉集では「柿本人麻呂」ですが、古今集になると「人麿」となり、さらに中世に至ると説話化・伝説化が進み「人丸」像が醸成されていったといいます。さらには、昔は火事が多かったことから、「消亡は垣の本まで来たれども明石といへばここに火とまる」とことで、消火(鎮火)のまじない歌までつくられたそうです。そうして、和歌以外の火伏せの神様として、あちこちに柿本社・人丸社という小さな祠がつくられたといいます。さらにさらに、「人産まる」という語呂合せから、懐妊・安産の神様としてもまつられ、また、「ほのぼのとまこと明石の神ならば我にも見せよ人丸が塚」という歌を詠じた盲目の僧がたちまち見えるようになったという逸話まで伝わっているとか。
 そういえば、だいぶ前に京都の仙洞御所に行ったときに、その園内に入母屋造の拝殿と本殿の小さな「柿本社」があり、御所内で火災が多かったことからここに勧請したという話しを思い出しました。あとから調べてみると、江戸幕府の締めつけから、零元上皇がその慰めとして宮廷歌をしのんで勧請したとも伝えられているそうです。現在でも毎年5月18火に神饌が供えられています。
 おそらく、柿本人麻呂もびっくりするような展開で、他にも、この本では菅原道真なども紹介しています。もし、このような話しに興味があれば、ぜひ読んでほしいと思います。
 今年は子年ですが、この本でも最初のほうにねずみの話しが載っていて、「どうも猫とねずみはセットで語られることが多いようです。外国のテレビアニメですが、「トムとジェリー」はまさに猫とねずみが主役でしたね。その場合、「猫の前のねずみ」ということわざがあるように、猫の方がねずみより断然強いはずですが、「窮鼠猫を噛む」や「時に遇えば鼠も虎になる」「鼠も虎の如し」ということわざもあって、逆転することもままあります。」と書いています。
 ここ甲子大黒天本山の例大祭は毎年11月19日で、その前日に築地の玉子焼きが届きます。いつも卵と玉子、どのように使い分けたらいいのか迷っていたのですが、この本では「生物学的には断然「卵」であり、「玉子」は通用しません。というのも、もともと「玉子」は当て字だったからです。丸くて美しいから「玉の子」と称されたのでしょう。そのためか「玉子」は、食用(食材)というか調理(加工)されたものに限定されて使われているようです。わかりやすくいうと、殻に入った状態が「卵」だし、殻を割って取り出したとたんに「玉子」になります。あるいは調理前は「卵」で、調理すると「玉子」と表記します。だから「玉子焼き」・「玉子丼」・「玉子豆腐」になるのです。「ゆで卵」の場合は殻が付いたままの調理なので、「卵」も使われているようです(「温泉卵」も同様)。もちろんゆで卵の殻を剥いてしまうと、「煮玉子・味付け玉子」になります。「玉子かけご飯」は生ですが、殻を割ったり、醤油をかけたりすることで「玉子」の資格を得ているのでしょう。」と説明してあり、納得しました。
 この本には、「チコちゃんに叱られる!」じゃないですが、目から鱗の話しがたくさん出てきます。
 下に抜き書きしたのは、カルピスの名前の由来です。
 まさか、サンスクリット語由来とは想像もできませんでしたし、創業者の三島海雲の実家が浄土真宗本願寺派のお寺だったとは初耳です。だからこそ、13歳で得度し龍谷大学を卒業し中国にわたり、商いのためにモンゴルへ行き、そこで体調をくずしたときに飲んだモンゴルの酸乳がカルピスへとつながったいったようです。
 しかも、最初はなかなか売れなかったそうですが、「カルピスは初恋の味」のキャッチコピーが浸透したこともあり、あの独特の甘酸っぱい味も受け入れられていったそうです。ただ、英語でカルピスというと「牛のおしっこ」という意味になるらしく、海外では「カルピコ」という名前で販売しているそうです。
 やはり、名前って、とても大事だと改めて思いました。

(2020.8.19)

書名著者発行所発行日ISBN
暮らしの古典歳時記(角川選書)吉海直人KADOKAWA2020年6月19日9784047036932

☆ Extract passages ☆

「カル」はカルシウムから取られているようです。では「ピス」はいかがでしょうか。……「ピス」はサンスクリット語の「サルピス」から取ったものです。
 意味は「熟酥」のことですが、……古く『大般涅槃経』に五味として「乳・酪・生酥・熟酥・醍醐」があげられています。ですから「仏教で、牛乳を精製する過程における五段階の味」の一つです。
 この命名には秘話がありました。最初は「カルピス」以外に「サルピス」なども候補にあがっていました。どれにするか迷ったあげく、なんと作曲家の山田耕筰に相談したところ、「カルピス」という母音の組み合わせがいいということで、最終的に「カルピス」に決まったというのです。
(吉海直人 著 『暮らしの古典歳時記』より)




No.1826『俳句旅枕』

 本の題名を見て、さらに副題の「みちの奥へ」といえば、そのまま俳句のみちのくつながりと思いましたが、実は違いました。著者はたしかに俳人で、朝日新聞「みちのく俳壇」の選者だそうですが、ご自身のみちのく物語でした。
 それでも、私自身も訪ねたことがあるところがあったので、それなりに興味を持ち読みました。最初は東北の盛岡から始まり、八戸や下北津軽と旅し、秋田県から山形県の酒田や飛島に行き、次に福島県の須賀川や三春など、そして宮城県の塩竃や多賀城で終わります。
 特におもしろいと思ったのは、山形県の飛島です。ここは何度か行きたいと思い計画も立てたのですが、ときどき天気次第では定期船も運航できず島止めがあるそうで、時間に余裕がないときは難しいとこの本にも書いてありました。ここのトビシマカンゾウを見たいというのが一番の目的ですが、いまだ実現できずにいます。この飛島について柳田國男氏は「一つ目小僧その他」のなかで1つの伝説を紹介しているそうです。それは「大昔、鳥海山は富士山と高さを争っていたが、やはり富士山にはかなわないとわかって、回惜しさで山の頂上を日本海に吹き飛ばしたのだという。これが飛島の誕生である。」ということです。
 またそれに関連して、毎年7月14日に行われる「火合わせ」についてもこの本では紹介していて、「これは、鳥海山の山頂にある大物忌神社と七合日の御浜、遊佐町吹浦の西浜、酒田市の宮海の社、そして飛島の小物忌神社の五カ所で一斉に火を焚き、互いの神火の見え具合で、その年の豊作、大漁などを占うものである。すなわち、日本海を挟み、時空を繋いで、一つに体感する神事なのだ。まさにこの神合せそのものが、飛島が単なる孤島ではないことを明らかにしているように思えるのだ。」とあり、さらに斎藤茂太さんが飛島の旅館に残した色紙に「鳥海ありて飛島孤独ならず」と書いてあったことも紹介しています。
 そういえば、今年の7月29日に酒田や遊佐町などに行きましたが、そのとき「胴腹滝」にもまわりましたが、大雨のあとにもかかわらず、すごい勢いで清水が岩のすき間から湧いて出ていて、これはまちがいなく鳥海山からの伏流水だと思いました。ここは、杉林の中に小さなお社があり、そのお社の両脇に2つの滝のような清水が出ています。ある案内によると、左の水は冷たくコーヒーに合うし、右の水はまろやかで日本茶に合うといわれているそうで、ほんの数メートルしか離れていないのに水質が違うようです。このときには、水のタンクを持っていなかったので、この次の機会には飲み比べてみたいと思いました。
 それと、興味を引いたのは、伊能忠敬の狂歌で、この本には2首、「白髪の三千丈も何ならじ伊予のおはなは十八里あり」と「測量の年も六十六箇国中国越いて西国の春」というのが載っていました。前の歌は文化5年伊予国佐田岬で詠んだもので、あとの歌は文化7年66歳の春に豊前国小倉で詠んだと記されています。どちらも、測量で名を残しているように、その土地に対するこだわりと数字にも忠敬らしさが感じられました。
 下に抜き書きしたのは、歌枕についてです。
 とくに、東日本大震災で大きな被害を受けた歌枕関連のところも、記憶だけで現実の存在はどこなのかさえわからないところがあるといいます。
 そういえば、もうすでに「新古今集」あたりから歌枕に使われているところは観念的な扱いになっていたようで、そこは想像の中にだけ存在していたといってもいいかもしれません。著者のこの本の最後に書かれていた「半眼の光がこぼれ枯山河」という俳句に、災害の悲惨さと祈りの姿が詠まれているような気がしました。

(2020.8.16)

書名著者発行所発行日ISBN
俳句旅枕渡辺誠一郎コールサック社2020年5月30日9784864354387

☆ Extract passages ☆

 今や「沖の石」をはじめ、歌枕を前にした諷詠は、現実よりも、言葉の幻想の中に遊ぶほかないのかもしれない。歌枕とはそもそもそのようなものなのだ。歌枕は幻想の物語な のである。
(渡辺誠一郎 著 『俳句旅枕』より)




No.1825『わたしの芭蕉』

 たしかに、芭蕉は西行を慕って奥の細道を旅したと聞いたことがありますが、だからといって、西行の次に芭蕉に関する本を選んだわけではありません。むしろ、著者に関心がありました。
 というのは、私が若い頃に著者の小説を読んだことがあり、まだお元気なんだと思い、手にしました。プロフィールを読むと、1929年生まれです。小説家の芭蕉観というのはどのようなものかと思いました。ジャンル的にはまったく違うわけですから、どのようにして芭蕉に近づいていったのか興味がありました。
 著者自身は、「芭蕉の俳句と俳文は美しい日本語の世界なのだ。だからこそ、あれだけ大勢の人々が芭蕉論を書きたくなり、書いてきたのだ。これからも大勢の人々がその美しい、奥深い、不思議な芭蕉の世界を読んだ喜びを書いていくだろう。それは素晴らしい出来事だと私は思う。」と書いていて、同じ日本語を使っているからこそ自分なりの芭蕉の俳句や俳文の読み方があるのではといいます。
 たしかに、芭蕉の俳句はもちろんですが、俳文も漢詩のような韻や流れがあり、何回読んでも飽きません。いつも新鮮な気持ちで読むことができます。おそらく、何度も何度も推敲を重ねてきた究極の俳文だからではないかと思います。
 この本を読んで、初めて知った芭蕉の句に、「宿かりて名を名乗らするしぐれ哉」があります。著者は、この句を「時雨が降ってきたので、知らぬ人の家に逃げ込み、さておたがいに名乗って挨拶する。雨はますます勢いを増して土砂降りになった。家の主人はそれを見て、自分の人助けを誇りに思う。こちらは感謝の念を伝える。ちょつとした拍子に生まれたこの温かい人間関係のさまをこの句は語り、人を苦しめるかに見える自然の仕業を、一転した恵みに変える不思議な人間の技を讃えている。元禄四年(一六九一年)作。」と解説しています。
 もうひとつは、「たびにあきてけふ幾日(いくか)やら秋の風」です。この解説は、「この句、「あきて」という表現が面白い。旅好きの芭蕉が旅にあきるはずがないのだが、わざとそういう表現をしてみせて、長い問庵を出て旅から旅へと移動している芭蕉の日常を描いていると思われる。「秋の風」が句の下五に来ているのも、なるほどと感心させられた。旅の日々が積もって何日だか知らない人が、ひんやりとした秋風を、「お、寒くなったぞ」と気が付くのである。別に日を数えて旅をしているわけではないと、言い訳をしているところが、秋の風で日数を数え始めるところと釣り合って、その呼吸が見事である。秋の風と飽きとを言い合わせるところも趣向がある。この趣向はよくつかわれる表現であるが、秋風に身をふるわせながら、同時に日時を数えている二重性が生きている。貞享5年(1688年)作。」となっています。
 どうも、このような本の場合は、つい抜書きが多くなりますが、私の考えより、著者の考えをここに載せたほうがより理解できると思ったからです。
 下に抜き書きしたのは、第3部の「人生行路と俳文」のなかにある旅についてです。
 芭蕉は、たしかに旅のなかで詠んだ句に多くの名句がありますし、一般の方たちも記憶しているのは『野ざらし紀行』や『おくのほそ道』、『笈の小文』などに出てくるのが多いような気がします。
 ちなみに、私自身が好きな句は、『おくのほそ道』に掲載されている「荒海や佐渡によこたふ天河」です。この句を口ずさむと、なぜか越後の良寛さまのことが思い出され、生まれ故郷の出雲崎や良寛堂のことが頭に浮かびます。

(2020.8.13)

書名著者発行所発行日ISBN
わたしの芭蕉加賀乙彦講談社2020年1月28日9784065174319

☆ Extract passages ☆

 俳句が絶えず詠む場所を変える特徴を備えていて、今まで庵の固定した世界から、対象が絶えず動いていき、村も自然も、とくに川や滝や山へと広がっていく世界を芭蕉は見据えていく。つまり映画のような世界に、さまざまな旅先で出会ったさまざまな風俗、自然が描かれているのが芭蕉一流の作句法である。
(加賀乙彦 著 『わたしの芭蕉』より)




No.1824『西行抄』

 私自身が意識したわけでもありませんが、旅の流れで西行にたどり着いたのかもしれません。あるいは、西行は高野山でいただいた法名が「円位」で、数ある和歌のなかにほんの少しだけ「円位上人」というのがありますが、その法流のつながりなのかもしれません。いずれにせよ、たまたま手に取ったのがこの本です。
 もともと西行という名前は、おそらく兄とも慕う「西住」にあやかったともいわれ、西の浄土へ行きたいという気持ちの現れのようです。だから、西住とはいっしょに旅をしながら和歌も詠んだりしていますが、先に亡くなられたようで、その遺骨を高野山まで運んだという記録があります。それほど、親しかったようです。
 そういえば、西行の辞世の和歌「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」というのが有名ですが、『山家集』では、この次におかれた「仏にはさくらの花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば」というのを、この本で知り、この和歌もいいなあ、と思いました。それほど、桜の花が好きだったのだと思いました。でも、西行のすごいところは、実際に1日遅れで亡くなったそうですが、それでも自分のほぼ希望通りですから、それほど強い気持ちだったといえそうです。
 この本の副題は「恣撰評釈72首」ですから、西行の72首を選んでいるのですが、そのなかに出羽(山形)の春の山寺を詠んだのがあり、「たぐひなき思ひ出羽のさくらかなうすくれなゐの花のにほひは」というのがありました。この和歌は、みちのくを旅して前年に平泉にいて、その翌年3月に出羽の国に来たようで、そのときに詠んだとのことです。そして前詞には「桜の常よりも薄紅の色濃き花にて並み立てりけるを、寺の人々も見興じければ」とあり、春の桜をともに楽しんでいる様子がうかがわれます。
 たしか、西行はみちのくに2度来てますが、この和歌は20代後半のときのものです。二度目は69歳のときで、和歌の内容からだけでは、どこまで歩いたのかさえもわからないようです。しかし、江戸時代になって、芭蕉がこの西行の歩いたところを訪ねるということで「奥の細道」を書いているので、ある程度のところは確定できているのかもしれません。
 西行の和歌で雪の情景を詠んだのはあまり知らないのですが、この「雪降れば野路も山路も埋もれてをちこち知らぬ旅の空かな」というのをこの本で見つけました。著者は「近江路から北陸への旅の雪か」と書いていますが、これだけは雪国の人でなければなかなか理解できないと思います。少し前のことですが、山形県の大井沢に冬に行ったときに、数時間車を駐めていただけなのに、私の車がすっぽりと雪に埋もれてしまい、どこにあるのかさえわからなくなったことがあります。すると、地元の人は、すぐに掘り出してくれて、難なく帰えることができましたが、それほど昔は雪が降ったのです。その大井沢では、1階が雪で埋もれると2階の玄関から出入りし、さらにもっと積もると、3階の玄関から出入りしていました。今聞くと、笑い話のようにも聞こえますが、本当のことです。
 下に抜き書きしたのは、「春ごとの花に心をなぐさめて六十(むそぢ)余りの年を経にける」の和歌を評釈して書いてあるところです。
 やはり、西行は花を詠んでこそで、そして「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」につながっていくような気がします。それと著者が言うように「まず、動き・行為があってのち、思いが来る」のです。たとえば、先ずは出家をして、その後から思いが来て、その思いが一生かけて紡いでいくような感じです。
 このように考えて行くと、自分自身の西行の和歌の自選集があってもいいかなと思いました。

(2020.8.10)

書名著者発行所発行日ISBN
西行抄工藤正廣未知谷2020年5月20日9784896426090

☆ Extract passages ☆

 このような単純な歌でいいのかと思われようか。しかし、歌の心はこのようなことであって、まずは述志。美学はそのあとから。で、この歌のまえにおかれた1首がさらにいい。
「花よりは命をぞなほ惜しむべき待ちつくべしと思ひやはせし」とある。「待ちつく」というのは、待ちに待って目的の時に会うという意味。命をこそ惜しんでその時に会いたいと心を馳せるのである。花から離れてのことだ。
(工藤正廣 著 『西行抄』より)




No.1823『旅の効用』

 こうして、旅の本が続くと、新型コロナウイルス感染症が収まらず旅に出ようという気持ちもしずみがちというよりは、むしろ旅に出たいという気持ちがどこかにあるからではないかと思います。しかも、副題は「人はなぜ移動するのか」とあり、ある種の本能が旅に出たがる理由かもしれないとこの本を読む前に思いました。
 著者はまったく知らなかったのですが、スウェーデンのジャーナリストで作家だそうで、やはり旅がらみが多いようです。旅に出た人でなければ旅のことは書けないとは思いますが、現在はストックホルムに在住だそうです。そういえば、だいぶ前のことですが、伊豆の修善寺に行ったとき、たまたま知り合いの知り合いという方に始めて会い、そこの宿泊所でスウェーデンの女性に会いました。ひょんなことからその方たちと伊豆を旅することになり、いろいろと聞くと、そのスウェーデンの女性は俳優で、日本を旅しながらその体験をラジオで流すのだということでした。たしかに、堂ヶ島洋ランセンターでたくさんのランをバックに写真を撮らせてもらったときには、やはり洋蘭とヨーロッパの美人は絵になると思いました。
 しかし、この1968年にオープンした洋ランセンターも、2006年3月から「らんの里堂ヶ島」としてリニューアルオープンし、残念ながらそれも2013年7月31日で営業を終了してしまいました。だから、以前に旅で訪れたところも、今では現実に訪ねることはできなくなったところもあるわけで、これは施設だけでなく、街並みやそこに住む人たちさえも例外ではなさそうです。旅は目的地より、そこにたどり着くまでの過程がおもしろいとよくいいますが、この本でも、「目的地に至るまでの過程が旅の重要部分なのだ。目標、目的地に集中しすぎると、旅に満足できなくなる。あまリスピーディーに到着すれば、何も体験できなくなる。逆にかなり長い旅をすれば、観光地巡りばかりということはなくなる。日常生活においても、暇ができて常に一つのことだけを行うようになれば、日々の印象を落ち着いて記憶にとどめるようになる。そうなれば、ゆっくりとした生活を楽しめるようになる。「急がば回れ」というのは、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスが、速さは時には人間の欠点にもなりうるということを強調する時に発した言葉と言われている。」と書いています。そして、その後にヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』の中に、「19世紀には、カメの首に綱をつけて散歩するのがエレガントとされた」という文章があることを紹介しています。つまり、カメのようにゆっくりと進む時間があるということで、まさに時間のゆとりを表しているようです。
 そういえば、「まえがき」の最初に、「1万3千年前まで、私たちは遊牧民だった。私たちの遺伝子の中には旅心が潜んでいる。地平線や水平線の彼方に行ってみたいという気になるのは遺伝に基づく衝動であり、人類共通の古来の願望だ。旅をしたいという希望は普遍的なのである。」と書いていて、旅に出たいという気持ちは遺伝子のなせる技だというような意味のことが書いてあります。
 今回の抜書きも、その旅の遺伝子についてですが、その前に旅で歩くことの大切さにも触れています。それは、「自分なりのテンポで歩けば、体内のリズムと精神状態が一致する。他の肉体活動ではなかなか実現できないことだ。毎日歩けば、脳細胞間の結びつきが促進され、老化を促す脳内物質萎縮が阻止される。また、短期の記憶に関与する海馬の量が増えて新たな記憶が形成され、未知の領域に対応する記憶と才能が向上するようになる。」そうで、それが旅においても、高速交通手段だけを使うのではなく、街中を歩くだけでもいいそうです。ということは、旅は、遠くへ出かけるだけでなく、近場を歩くだけでも楽しくなるし、面白さや驚きなどの発見もあります。
 今年の春は新型コロナウイルス感染症の影響で外出自粛の要請があり、なかなか出歩くこともできませんでした。そこで、毎日、小町山自然遊歩道を歩きながら写真を撮りました。すぐ近くなのに、初めて見たものなどもあり、毎日が興味津々でした。
 下に抜き書きしたのは、著者のガールフレンドであるカーリンの話で、「ことによるとあなたは旅の遺伝子を持っているのかもしれないわね」と言ったそうです。そこで、著者は気になり、それを調べました。
 それは旅に出たくなるというだけでなく、DRD4-7Rが高まってくると、好奇心、意欲、新たなアイデァ、飲食、セックス、そして薬物に手を出す原因になるといいます。さらに自 宅に居続けると不満になるので、世界に飛び出していこうとするのだそうです。
 そういわれれば、私もこの遺伝子検査をしなければならないかもしれないと考えました。

(2020.8.7)

書名著者発行所発行日ISBN
旅の効用ペール・アンデション 著、畔上 司 訳草思社2020年1月28日9784794224361

☆ Extract passages ☆

旅の遺伝子? 調べてみたところ、本当にそういう遺伝子があることが分かった。アメリカの進化生物学者ジャスティン・ガルシアの説によると、旅の遺伝子を持って生まれてきている人もいるとのこと。この遺伝子は、大きなリスクを冒したり、新たな環境を探したりするらしい。遺伝子の名称はDRD4-7R。ガルシアによれば全人類の2割がこの遺伝子を持っている。
(ペール・アンデション 著 『旅の効用』より)




No.1822『用事のない旅』

 このような旅の本を読むと、なぜかどこかへ旅に出たくなるのですが、今年は新型コロナウイルス感染症が収まらず、旅に出ようという気持ちもしずみがちです。
 しかも、7月31日には全国の新規感染者が1,463人と過去最多になったようです。しかも、このようなときに、GoToトラベルキャンペーンが動き出すようで、これではますます旅ができなくなりそうです。沖縄県では、8月1日、県内で新たに58人が新型コロナウイルスに感染したと発表し、これで感染者数は計453人となりました。そして、1週間の新規感染者数は人口10万人当たり15.31人(7月31日時点)で、東京や大阪などの都市部を除くと全国ワースト1位になったそうです。沖縄県保健医療部の糸数公保健衛生統括監は、「Go To トラベル」で沖縄に多くの人の出入りがあったと強調しました。ドイツのことわざに、「道を間違えたときに走って何になるというのだ?」というのがあるそうですが、本当にそうだと思います。
 旅は、著者が言うには「私は温泉に何をしにいくのか。間のびしにいくのである。」と書いてますが、昔から農繁期の大変な作業から開放されると湯治に行くのが農家の人たちの楽しみだったのですから、ある意味、曲がった足腰を伸ばしに行くのですから、同じようなものです。
 考えてみれば、新型コロナウイルス感染症の影響下の旅行は、この本に書いてあるような旅はできなくなりつつあるようです。もちろん、ある程度収束すればその限りではありませんが、今の現状では無理です。たとえば、昨年、長野県の善光寺にお茶の仲間たちと行きましたが、本堂の地下にある戒壇巡りなどは、三密になりやすそうです。ちなみに、ネットで確認してみると、6月1日から本堂の内陣まで参拝や戒壇巡りも再開したそうです。もちろん、マスクの着用やソーシャルディスタンス確保をしているそうですが、この本に書いてある両寺住職による「お数珠頂戴」は、当分の間できないそうです。
 「あとがき」には、「あまり実用的な本とは言えない。ただ、一緒に旅に出るように、読んでいただければ幸いである」と書いてあり、実際にこの本を参考にして旅をするというものではなさそうです。
 しかし、旅をしたい、それも一人旅ならもっといいかも、と思わせてくれる本です。私も一人旅が大好きですから、共感するところがたくさんありました。
 下に抜き書きしたのは、山形県の湯舟沢温泉へ昼食で立ち寄ったときの女将さんの言葉です。
 最初は、秘湯の女将さんらしく、言葉も少なかったそうですが、地元の話しになるとだんだんに語り出したそうです。そのときの言葉です。
 この言葉を聞いたら、昼食だけでなく、ぜひお湯にも入らなければと思い、その「つるんとしたなめらかな湯」につかったようです。やはり、いくら町起こしといっても、そこに住む人たちが良いところだと思わなければ先には進めないと思いました。

(2020.8.3)

書名著者発行所発行日ISBN
用事のない旅(わたしの旅ブックス)森 まゆみ産業編集センター2019年1月29日9784863112094

☆ Extract passages ☆

「わたし、この辺の景色、ほんとうに好きなの。なんてきれいな景色だろうと思うの。空気はおいしいし、星は降るようだし、こんなとこ住めて幸せだと思ってんの。なのに山形の人ったら、宣伝が下手だし、自分たちのところ、とりたてていいもんがないと思ってるのにゃ。なんにもないばっかり言っている。とんでもない。東京にないもんばっかりだ。水もうまいし、毎日こんないい場につかれんだべ」
 白い割烹着を付けた清楚な彼女は、ぜんまいのおひたしや鯉こくや打ちたてのそばを出してくれた。
 感動した。ここに町づくり、村起こしの要諦がある。自分の土地をよく知ること。それを愛すること。ほかに(とくに東京に)追従しないこと。そこにしかないものを大切に誇り高く生きること。
(森 まゆみ 著 『用事のない旅』より)




No.1821『リスクの正体』

 この本を読んでいたのは、7月28日ごろからで、28日は朝からときおり強い雨が降り、この日の夕方時点の県のまとめによると、県内35市町村のうち、大雨警報が31、洪水警報が30、土砂災害警戒情報が30の市町村に発令されたようです。ここには米沢市も含まれており、5段階の警戒レベルで「4」相当の氾濫危険情報も出ました。
 ところが、この日は朝から出かけ、天童の腰掛庵でわらび餅を買い、慈恩寺へ行くと大雨警報のため臨時閉鎖で、仕方なくその日の泊まりの「湖畔の宿 五色亭」へ電話をすると、すぐに来ていただいてもよいとのことなので、途中の茶屋だんごの「かたくら」で名物のだんごを買い、さらにコンビニで飲み物などを調達して正午ぐらいに宿に到着しました。大雨で何もすることがなく、ゆっくりと本を読み、疲れてくると温泉に入ったりして過ごしました。そのときに読んだのがこの本です。まさにぴったりの本でした。
 たしかに最近は100年に1度の豪雨とか、観測史上初めてのとか、大きな災害が多くなっています。また、今回の新型コロナウイルス感染症の影響はとどまるところを知りません。今回志津温泉に泊まったのも、いつもは月山登山は日帰りなのですが、山形県の「県民泊まって元気キャンペーン」で5,000円、さらに西川町独自の「月山これよか」お土産付き宿泊3,000円引きキャンペーンを利用したのです。西川町のお土産付きは、1,000円分のクーポンが付いてきて、町内のお店などで利用できます。私の場合は、月山ペアリフトで使い、差額の100円だけでリフトに乗れました。
 まさに、いろいろなことをしないと経済が動かなく、なかでも観光施設や飲食業は本当に大変なようです。だからといって、GoToキャンペーンが実施されれば、県外客も動くので、それも心配でこの時期を選んだのです。だから、新型コロナウイルス感染症に十分気をつけながら、経済も動いてほしいということで出かけました。たしかに、この28日は五色亭でのんびりでしたが、翌日からは天気も回復し、予定通り動くことができました。
 さて、この本ですが、何がリスクかと考えると、いつもと違うから不安だというのがありそうです。いつもと違うような豪雨があったとか、川の水かさが今まで見たことがなかったような増えかたとか、日常性と関わりがありそうです。この本のなかに、「仮に破局的な災害が起きたとしても、私たちはきっと、部分的にでもいつもの暮らしぶりを維持しようと努めるだろう。「日常」は強い慣性を持っている。それは、かけがえのない営みであり、容易に代替できないからである。私たちは「今」「ここ」に居を構え、「この」生業に就き、あるいは「この」学舎に通い、「この」街とともに呼吸し、時を積み重ねてきた。この生活を、他のやり方で代替することは、さまざまな苦痛と困難を伴うだろう。私たちの「日常」は、単なる消費や生産といった行為に還元できない、個人の存在そのものと深く結びついているのである。」と書いています。
 たしかに、リスクは、日常性を破壊してしまい、今までとはまったく違う非日常を過ごさざるをえなくなります。そこには、不安も、長引くと精神的ストレスも生まれ、いろいろな困難さが浮彫になってきます。
 この本のなかで興味を引いたのは、「オックスフォード大学出版局が、2016年に最も注目された言葉として挙げたのが「post-truth(ポスト真実)」であった。これは、客観的な事実よりも、人々の感情や主観の方が、世論の形成に大きな役割を果たす政治状況のことを意味する。英国が欧州連合(EU)離脱を決めたことや、事実ではないことを盛んにツイートしたトランプ陣営の勝利の背景には、この共通の状況があるというのだ。」。つまり、客観的事実が軽視され、主観や感情的な側面で状況が変わりうるということです。これは、達観だと思いました。なぜ、あるかどうかさえわからないことに、一喜一憂するのか不思議でならなかったからです。誰が考えても嘘だろう、ということにほとんどの人が関心を示さなかったからです。
 下に抜き書きしたのは、第4章の「市民生活の「安心安全」」のなかの「テロの「恐怖」の拡散」のなかで書いてあるもので、「1つの価値を強調し過ぎることの副作用」ということです。
 つまり、安心安全にも、行き過ぎがあるとかえってその副作用が心配だというのです。やはり人は「安心安全」に満点をもとめたがるようですが、それは、ある意味怖い社会に鳴ってしまいます。その辺りの見極めが大切だと、これを読みながら思いました。
 そして、今回の水害で大きな被害を受けられた方々に、心からお見舞い申し上げます。

(2020.7.31)

書名著者発行所発行日ISBN
リスクの正体(岩波新書)神里達博岩波書店2020年6月19日9784004318361

☆ Extract passages ☆

 壁は自いほど、小さなシミが気になるものだ。安全になればなるほど、安全が気になる……
 一般に、一つの価値を強調し過ぎることは、他の価値の抑圧につながるものだ。また、達成度が高まってくると、さらに上を目指すためのコストも急速に増えていく。……
「治安」という価値の強調による副作用は、すでに多くの識者が指摘する人権侵害の問題だけではない。要するに活気がなく、創造性に乏しい、発展性のない社会になりかねないのだ。そうなれば当然、「経済成長」や「イノベーション」などは望むべくもない。私たちは、そんな社会にしたいのか。今一度、間い直す必要があるのではないだろうか。
(神里達博 著 『リスクの正体』より)




No.1820『漂流郵便局 ―お母さんへ ―』

 この漂流郵便局と聞いて、これってどのような郵便局だろうと思いました。最初は、海などに漂着したものなどを集める郵便局かな、と思ったり、漂着して宛先のない郵便物だけを預かっているのかな、などといろいろと考えました。
 でも、読めばわかると思い読み始めると、これがなかなかユニークでおもしろいと思いました。なんどかテレビなどのマスコミでも取りあげられたそうですが、ほとんどテレビを見ないので、そのような情報には疎く、この本で初めてその存在を知りました。でも、”もう一度逢いたい母ちゃんへ”という手紙を見て、現在の漂流郵便局のあるポストに粟島会員学校に在学中に投函したという方がいることを知りました。そのポストに投函したその同じポストに、自分が今投函できることをとても喜んでいます。まさに、もともとの普通の郵便局が、「漂流郵便局」として甦ったというわけです。
 この漂流郵便局は、2013年の瀬戸内国際芸術祭出展のために制作したもので、最初はまったく個人的な作品だったそうです。だからここに実際に手紙が届くとは考えてもいなかったそうですが、開局の2日前に「亡くなったお母さんへ いまだったら言えるたくさんのありがとう」と書かれたものに、1輪の赤いカーネーションの絵がそえられていたそうです。それから開局7年目を迎える2020年4月現在、約4万通もの手紙を預かっているそうです。
 この記念すべき第1通目もそうですが、やはりお母さん宛が多いようです。なぜお父さんが少ないかは、この本には書いてありませんが、手紙というとなぜかお母さん宛が多いのは仕方がないようです。手紙を書く人たちも、女性が多いようです。この本に掲載されているのも、たしかに、「―お母さんへ―」ですから当然かもしれませんが、そこにお父さんが入り込む余地はあまりなさそうです。
 たとえば、あるお母さんからの手紙に、
 いつもえがおをありがとう。
 いつもやさしさをありがとう。
 いつもそばにいてくれてありがとう。
 あなたたちがいるから、ははは
 がんばれます。これからもたくさん
 ありがとうをつくっていこうね。
というのが載っていましたが、当たり前の言葉だからこそ、伝えにくいものがあると思いました。このなかに、「ははは」というのは、最初は「(^0^)」みたいなものかと思ったのですが、よく読むと、「母は」ということだとわかり苦笑しました。
 驚いたのは、この漂流郵便局の局長さんは、18歳で粟島郵便局に採用されてから定年まで、45年間もそこに勤務された方で、そのうち17年間はほんとうに局長さんをしていたそうです。しかも、退職してから15年後に、ふたたび漂流郵便局の局長になられたそうで、今も芸術祭の期間中に身につけられた制服制帽で毎日出勤されているといいます。
 下に抜き書きしたのは、息子さんを27歳で亡くされたお母さんの話です。だからこそ、この漂流郵便局が必要なんだと思いました。
 副題に「届け先のわからない手紙、預かります」とあるけど、届け先がわかっていても、出したくても出せない手紙もあります。それを黙って預かってくれるからこそ、有難いと思いました。

(2020.7.27)

書名著者発行所発行日ISBN
漂流郵便局 ―お母さんへ ―久保田沙耶小学館2020年4月27日9784093886635

☆ Extract passages ☆

「本当につらいことは、そう簡単に他人には話ぜないと思うんです。伝える側も、それを聞く側も、かなりのパワーが必要です。だから、一方的に伝えたいことを書くこと、それを預かってくれる場所があるということは救いでした。返事は返ってこないとわかっていても、はがきを書きながら息子と会話をしている気がしてホッとできました。同時に、投函するたびに、”今日も書けたぞ”と、自分をほめたりして、今思うと、そうやって自分を奮い立たせていたんだと思います」
(久保田沙耶 著 『漂流郵便局 ―お母さんへ ―』より)




No.1819『人類対新型ウイルス』

 世界的に新型コロナウイルス感染症の第2波ではないかと思われる状態ですが、この本では、スペイン風邪のときのことをあげて、「アメリカでは、大規模な陸軍駐屯地に大勢の兵士が集められていたことが災いし、おびただしい死者を出すことになった。その中でウイルスがみるみる変異し、その年の秋以降、インフルエンザはまさに「死の使い」となってしまったのである。ヨーロッパに新型インフルエンザを持ち込んだのは、ヨーロッパ戦線に送り込まれた何万というアメリカ兵だった。皮肉なことに、連合軍はこの症状の軽い第1波に感染していたおかげで、後にはるかに強毒化した第2波から守られることになった。1918年の秋、この第2波のために、ドイツ軍は大打撃を被ったが、連合軍は同じ目に遭わずにすんだのだ。」と書いています。
 つまり、第2波、第3波のほうが怖いということです。
 ところがです。最近の論文のなかに、むしろ第2波のほうが変異して弱くなっているという話しもあり、やはり今回の新型コロナウイルス感染症はいまだその正体がつかめていないという印象です。
 この本は2010年1月に観光された『人類対インフルエンザ』(朝日新書)に、新型コロナウイルスについて解説した補章をジャーナリストの塚崎朝子さんが書いてものを加えて復刊したものですが、発刊したのは5月30日ですから、新型コロナウイルス関連の資料は4月下旬ころまでのようです。今の状況からみると、だいぶ変わってきています。たとえば、「アビガン」についても、松本氏は「早期発見・早期服用で有望な治療薬になり得るのではないか」と述べているといいますが、その後、有効性は認められないとされ、さらに一定の有効性は認められると変わったり、二転三転しています。つまり、まだまだ不確定だということです。
 この新型コロナウイルス感染症もワクチンや治療薬が開発されれば怖くはないといいますが、この本を読む限り、その開発もなかなか大変なようです。つまり、とらえどころのない新型のコロナウイルスですから、難しいというのは素人でもわかります。過剰な期待をしないほうがいいのではないかと思っています。むしろ、三密にならないようにソーシャルディスタンスを保ち、マスクや手洗い、うがいなどのこまめな公衆衛生を心がけるしかないようです。
 では、そもそもこのような感染症はなぜ起こるのかというと、この本のなかに、「推計によれば、人類のかかる感染症のおよそ60パーセントが、他の動物と共通しているという。野生動物の領域に踏み込めば踏み込むほど、ブリスベン郊外ヘンドラで起きたような伝染病の脅威は身近に迫る。自然宿主であるコウモリからウイルスをうつされた馬(または人)に歴史的免疫はない。そのために、いとも簡単に圧倒されてしまったのである。ここで肝心なのは宿主と犠牲者の距離の近さだ。この状況は、そのまま中国南部の野鳥や家禽と、人間との関係に置き換えることができる。種の壁を越えたと思われる鳥インフルエンザの多くがここで誕生しているのだ。」といいます。
 つまり、簡単にいえば人間が増えすぎたことや都市部に集中してしまうことが原因のようです。
 下に抜き書きしたのは、ウイルスや細菌の怖さは昔からあり、それは都市生活をすることにる弱みでもあったということです。
 つまり、今もそれは同じことで、たしかに大都会は便利だし仕事も給料だって多いけど、それなりのリスクもあることを今回の新型コロナウイルス感染症は教えてくれたような気がします。

(2020.7.25)

書名著者発行所発行日ISBN
人類対新型ウイルス(朝日新書)トム・クイン 著、日本語版補遺 塚崎朝子、山田美明・荒川邦子 訳朝日新聞出版2020年5月30日9784022950796

☆ Extract passages ☆

 初期定住社会の規模が拡大するにつれ、ウイルスや細菌による被害も大きくなっていった。都市を襲う伝染病は、略奪品目当てに都市を襲撃する移動民族にも似ている。城壁都市は、金や食糧、奴隷や女性を強奪しようとする移動民族の格好の標的になったことだろう。逆説的な言い方になるが、ギリシャ社会や後期ローマ社会にとって、都市は最大の強みであると同時に最大の弱みでもあった。都市に住んでいれば、伝染病であれ蛮族であれ、いつ襲われるかとびくびくしていなければならない。住民にはそんな恐怖が生まれながらに染みついていた。
(トム・クイン 著、日本語版補遺 塚崎朝子、山田美明・荒川邦子 訳 『人類対新型ウイルス』より)




No.1818『老い越せ、老い抜け、老い飛ばせ』

 第1章の「高齢者は経験武装をした強者」という文章を立ち読みして、なるほどと思い、図書館から借りてきました。
 それは、本のなかでは、「高齢者の強みは長年の経験から生み出された知恵が大脳にぎっしり詰まっていることである。この知恵を巧みに使うことで衰えた体力、知力を補い、周囲の人たちと共存することができる。高齢者は経験武装をした強者なのである。」と書いています。
 そういえば、著者とは、ある講演会でいっしょになり、講演後の主催者との会食で隣り合わせに座ったことで、いろいろな話しをしたことがあります。たまたま、著者もお酒が飲めなかったこともあり、話しだけで盛り上がった記憶があります。そのときの話しで、その筋向かいに座られた方がアメリカで心臓のバイパス手術を受けられたときの高額医療の話しを今も覚えています。今回の新型コロナウイルス感染症でも、あるアメリカ人がシアトルの病院に62日間コロナで入院し、一時は死を覚悟せざるを得ない状況だったそうですが、無事に退院し、そのときに受け取った請求書にコロナ入院治療費として112万2,501ドル4セント(日本円で1億2,051万1712円)と書いてあってびっくりした、というニュースがありました(6月13日、米紙シアトル・タイムズ)。やはり、アメリカの医療費はとんでもなく高いとそのときも今も思います。
   著者は元気を出したり、認知症予防に役立つ方法として実践しているのは、「一読、十笑、百吸、千字、万歩」だそうです。この『「一読」は一日に一度はまとまった文章を読むこと、「十笑」は一日に十回は笑うこと、「百吸」は一日に百回くらいは深呼吸をすること、「千字」は一日に千字くらいは書くこと、そして、「万歩」は一日に一万歩を目指して歩くことである。朝起きて、さあ、今日は何をしようか、と思うとき、まずは毎日の「一読、十笑、百吸、千字、万歩」を基調にして、そのほかに何をしようかと頭を回転させる。そして、今日一日、明るく生きようと自分に号令をかける。』と書いていて、私が難しいのは最後の万歩かな、と思いました。というのは、ある学者の話しでは、あまり歩き過ぎても負担になるから、7千歩ぐらいがちょうどいいというし、いや、5千歩ぐらいだと体の負担にならないという話しもあります。しかし、ある程度の負荷をかけないと効き目がないとも言うし、なかなか数字で表すのは難しいようです。
 今回の新型コロナウイルス感染症の数字も同じで、東京都が緊急事態宣言が解除後の休業や外出自粛の要請を緩和する際の目安としてあげた数値が、「1日あたりの新規感染者数が20人未満」、さらに「感染経路不明者が5割未満」「週単位の感染者数の増加比率が、前週を下回る」などの基準を示しましたが、最近では医療提供体制やPCR検査の陽性率などを総合的に判断するとして、数値目標を外したようです。つまり、数字が一人歩きするからという理由です。
 福島の原発事故のときもそうでしたが、安全基準さえも少しずつずらしていくようで、何が安全かというよりは、経済的な理由のほうが優先されていくようです。だとすれば、訳のわからない数値に翻弄されるよりは、今までの経験値を生かして、自分なりの生活をしていくほうがベターだと思っています。
 下に抜き書きしたのは、第2章の「夢出せ! 知恵出せ! 元気出せ!」の最初に書いてあった文章です。
 そういえば、昔のポンプはたしかに水が出ないときには呼び水を入れたことなどが思い出され、とても懐かしくなりました。
 元気がないときには、元気がある振りをするだけで元気になれるというのは、お医者さんが言うのですから間違いなさそうです。これもプラシーボ(偽薬)効果なのかもしれませんが。

(2020.7.21)

書名著者発行所発行日ISBN
老い越せ、老い抜け、老い飛ばせ石川恭三河出書房新社2017年6月30日9784309025766

☆ Extract passages ☆

出にくくなっている元気を引き出す有効で簡単な方策として私が活用しているのは、元気なふりをして本物の元気を誘い出すことである。これはポンプで水を汲み上げようとしても水が出てこないときに、外から水を注ぎ足すと、その水が呼び水となってポンプから水が出るようになるのと似ている。
 元気なふりをして本物の元気を引き出すと、不思議と無性に何かをやりたくなる。そして、やりたいことを見つけると、次にそれを実行するための知恵を汲み出す作業が動き出し、やりたいことへの行動がスタートする。こんなメカニズムを利用して日々の生活の中にささやかな流れを作るようにしている。
(石川恭三 著 『老い越せ、老い抜け、老い飛ばせ』より)




No.1817『且座喫茶』

 たまたま図書館で『茶を楽しむ男たち』という本を見て、それをもどしたら、その隣にこの本がありました。やはり、人間も本も縁が大切で、この本を借りてきたのです。
 ただ、著者のことはまったくわからなかったのですが、淡交社は裏千家関連の出版社だということはわかっていて、この本の題名『且座喫茶』も、お茶の言葉だとはすぐにわかりました。この本では、「まあ、しばらく座ってお茶でも飲もうよ」という意味だと書いています。
 もともとこの本は、月刊『なごみ』2012年12月特集「師走の待合」に寄稿したものと、2014年連載した「しゃざきっさ」に加筆し写真を増補してまとめたものだそうです。どちらも淡交社から出ている月刊誌ですから、この本も淡交社というわけです。私は表千家のお茶を習っているので、少しの違いはあるのですが、それでもお茶に対する考え方とか取り組み方などは似通っています。
 とくに感じたのは、私のお茶の師匠も、たまたま連れ合いの小学校のときの先生で、いっしょにお稽古に通っていました。でも、連れ合いは子育てや家事などで忙しくなり、いつの間にかやめてしまったのですが、私だけはいまだに続けています。ただ、残念なことに、著者と同じように、数年前に亡くしてしまい、それでもそのとき一緒だった社中の方々とお茶を楽しんでいます。おそらく、今も続けていられるのは、師匠についたからだと思います。そして、いろいろな意味で、私に大きな影響を与えたと思っています。
 そういえば、この本のなかで、なるほどと思ったのは、「僕は、人間は、始まりがあり、終わりがある時間にひかれる。本を読み、音楽を聴き、絵に浸り、芝居を見る。日常の時間には途切れがないが、旅行は、先に書いたように、「始まり」と「終わり」をもち、記憶として持ち運びのできる、バッケージされた時間だ。旅程の「終わり」のその夜、過ぎてきたいろんな町、風景、取り交わされた声などが、ないまぜになって、やわらかなアマルガムとなって、旅人のなかを満たす。日常に帰っても、そのパッケージされた時間をとりだせば、ひとはまた旅の微風に、頼を軽くなぶらせることができる。」という下りに共感しました。
 このアマルガムというのは何かと調べたら、「水銀と他の金属(特に金や銀)の合金」だそうです。つまり、いろいろなものがやわらかく重なり合って、新たなものを作り出すことか、と思いました。私も旅行は大好きですが、出かける前の計画の段階や帰ってきてからの写真の整理など、すべての段階が楽しみです。でも、それだって、旅行に出かける初めがあって、帰ってくることが決まっているからこその楽しみです。出かけたら最後、その先のことはまったくわからないとしたら、むしろ不安感のほうが先に来そうです。
 お茶だって、お点前がある程度決まっているからこそ、手順通りに点てられます。まったく自由にといわれれば、おそらく、どうしていいのかさえわからなくなるのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、「そのひ」と題した文章のなかに出てきますが、これは砧公園で催された「国際野点協会」での話しです。
 私も似たような経験をしたことがありますが、韓国にお茶で使う陶磁器を購入するために行ったときに、たまたま食べたキムチがとても美味しくて、ついお土産に買い込んだのです。でも、自宅でその同じものを食べても、そのときの美味しさはありませんでした。他にもこのような経験をいくつかしています。
 私はお抹茶と茶筅を必ず旅行に持って行くのですが、お菓子だけは現地調達をすることにしています。日本だと、どこにでもお茶に合うお菓子を簡単に見つけられるのですが、海外ではなかなか難しく、そのときのために、トラヤの一口羊羹を持っていきます。
 やはり、味というのは国民性というか、個人差もあり、なかなかとらえどころのないもののようです。

(2020.7.18)

書名著者発行所発行日ISBN
且座喫茶いしい しんじ淡交社2015年10月7日9784473040510

☆ Extract passages ☆

戸外でものを日に入れるとよくわかることがある。食べる、飲むとは、じつは、そこにある空気そのものを味わうこと。呼吸し、咀嚼する、細胞のすみずみにまで酸素、生命を行きわたらせる、運動のことなのだ。陽光にあたためられ、芝と桜の風味を帯びた空気と、作ってくれたひとを前にしてのお弁当を、からだの奥の暗がりに入れる。生きていることの喜びが、陽炎となって、つぎつぎと全身から立つ。
(いしい しんじ 著 『且座喫茶』より)




No.1816『北国からの手紙』

 著者は2016年に『National Geographic』のネーチャー部門で第1位を獲得したそうで、この副題も「キタキツネが教えてくれたこと」です。
 もともと北海道札幌市生まれですが、現在は美瑛町に住んで写真を撮っているそうです。そういえば、私も北海道の大雪山の高山植物を見に行ったときに、富良野のあたりを通ったのですが、なだらかな丘などの風景がきれいで、ここで春夏秋冬の季節毎の写真を撮ったらおもしろいだろう、と思いました。著者は1979年生まれですから、若いのですぐに飛び込めますが、私ぐらいの歳になれば、いろいろと考えてしまい、できそうもありません。
 それでも最初は医師になりたくて勉強し、それから弁護士になりたくてまた勉強し、そして今は写真家ですが、それらがすべて写真に生かされていると私は思います。いろいろな経験があったからこそ、今の1枚が撮れるわけで、そのとき時のチャンスにすべて注ぎ込まれていると思っています。だから、昔撮った写真を見ると、いつも下手だったなあ、と思います。だから今がうまいのかというとそうではなく、今の目で見てしまうからそう思えるような気がします。
 最初のほうで、著者は動物たちとの間の取り方について、「僕ら人間に、僕らだけの哲学があるように、ヒグマやキタキツネにも彼らだけのルールがあります。彼らとは、人間が活動範囲を広げ、開拓や移住をした結果、たまたま狭い範囲にともに生息することになっただけの、しょせん薄い関係です。勘違いして昔なじみの仲間感覚で近づくのは、あまりに無遠慮で、空気が読めていません。だからこそ、「どう共生するか」を真摯に考える必要があるのだと思います。むやみに距離を詰めるのではなく、かといって恐怖心を抱いて、互いに排除するというのでもない。相手を理解し、その違いに敬意をもって接することが求められるのではないでしょうか。と書いていますが、おそらくいろいろな経験のなかからこのような考えが生まれたような気がします。  また、著者は北海道で撮影を続けている深山治さんと出会い、何度か話しているときに、「もし君が写真家になりたいなら、『機械より機会を買いなさい』」と言われたそうで、そのときの著者の考えは「機材によって性能は千差万別です。レンズが増えるごとに撮れる写真は変貌します。ここぞというとき機材(機械)にお金をかけなければならないタイミングがあるのも事実なんです。でも、それと同じぐらい、チャンス(機会)にお金をかけることも重要です。でないと、「ここぞ」がそもそも訪れてくれないからです。けれど不思議なもので、機材の導入がチャンスを増やすこともあって、結局のところ、両者はときには部分的に重なる、車の両輪のような関係なのかもしれません。」と語っていますが、私も写真を撮るので、このことはすごくよくわかります。若い時には、いいカメラがないと撮れないと思いがちですが、そもそも撮るチャンスがなければ撮れないので、やはりカメラより機会が大切です。
 でも、それだってカメラやレンズがなければ撮れないので、やはり車の両輪です。
 下に抜き書きしたのは、「はじまりの予感」と題した最後のところに出てくる文章です。
 たしかに、人にも自然にも物語があります。それをちゃんとした意味で感じ取れるかどうかです。だから著者は、ある日に出合った「春の知らせ」を、もし中学生のころにこの同じ景色を見たら、どのように感じただろうかと書いています。
 私は、おなじように感じなかったと思います。いろいろな経験を重ねたからこそ見えてくるものがあるし、自然だって、いつも同じとは限りません。つまり、たまたま自分と自然とがうまくクロスしたところに偶然の風景が生まれるのではないかと私は考えています。

(2020.7.15)

書名著者発行所発行日ISBN
北国からの手紙井上浩輝アスコム2018年6月1日9784776209867

☆ Extract passages ☆

″自然″にどんな物語を読み取るかは、日々、自分の物語を紡ぐ人間一人ひとりにゆだねられています。
 人間の目というものは不思議です。置かれた状況やそのときの感情が、目にするものに無自覚に反映されるのです。昨目まで気にも留めていなかった景色が、ある日、突然まったく違う意味を持って目に飛び込んできたりするのです。
 あの日の"春の知らせ″は、出会うべくして出会った、自然からの僕へのメッセージだったと確信しています。
(井上浩輝 著 『北国からの手紙』より)




No.1815『四季の創造』

 著者は1951年に東京で生まれ、1歳のときからアメリカ東海岸のロングアイランド中東部で育ったそうで、大学3年のときに日本語の授業をうけるまで日本語を学んだことも、読み書きもできなかったそうです。だから、この本は英語で書かれ、それを翻訳したものです。
 でも、ある意味、だからこそ私は興味を持ったので、いくら日本人だとしても外国で育ってほとんど日本語もわからなかった方が、どのように日本のこことを知るのだろうと思ったのです。しかも、日本の文学は外国人からみてどのように見られているのか、とか、どのように読み込まれているのかといったことにも関心がありました。
 そういえば、最近の日本人も歳時記の存在を知らない人もいるかもしれませんが、外国では著者も見たことがないそうです。歳時記というのは、とても便利なもので、もちろん俳句をつくるときなどは必需品かもしれませんが、ただ読んでいるだけでも季節感が伝わってきます。まさに著者がいうように「持ち運びのできる日本文化事典」のようなものです。私は手紙を書くときとか、原稿を頼まれたときなどには、常に脇に置いて、行き詰まった時などにはそれらを拾い読みしているだけで新たな考えが芽生えたりします。まさに「季節の変化に気づき、年中行事、食べ物、衣服などさまざまな日常生活と季節がどのようにつながっているのかを意識しながら、季節の移り変わりとともに人生を豊かに生きるためのハンドブック」といえるものです。
 この本のなかで、著者は日本の詩歌は「空から生まれた」という表現をしていますが、たしかに霞や霧という大気だけでなく、天空の月などにも目を向けることから、日本の歌人は「空を見上げる」という特徴があるといえます。それが墨絵や和歌などにも影響があるのは、おそらく誰しも感じることではないかと思います。
 それと、たしかに仏教は中国や韓国を経て入ってきたのですが、それらの国で草木も成仏できるとは考えていないようです。ところが日本では「草木国土悉皆成仏」といい、すべてが成仏できると考えています。そのことを金春竹善のつくった「芭蕉」という能のなかでも取りあげていたことを知り、驚きました。それは、「舞台は中国の楚国で、女(シテ)が山居の僧(ワキ)の前に現れ、僧が読誦する法華経を聴間し、女や草本のような非情のものも成仏できるのかと問う。僧は法華経の「薬草喩品」に非情の草木も成仏できると書かれていると答え、前場が終わる。後場で女は芭蕉の精として登場し、四季を抒情的に描写しながら、あらゆるものが成仏の相を示すという法華経の教えを述べ、世のはかなさを嘆く。そして最後には、葉と花がばらばらになり、散っていくさまが次のように語られる。
 山おろし松の風 吹払ひ吹払ひ 花も千草も ちりぢりに 花も千草も ちりぢりになれば 芭蕉は破れて 残りけり。」
と語られるそうです。つまり芭蕉は諸行無常の象徴ではありますが、草木も女性もすべて成仏できるということです。私は、まだこの「芭蕉」という能は観たことがありませんが、ぜひいつかは観てみたいと思いました。
 著者の和歌の解説は単刀直入で、たとえば、「古今集」のよみ人知らずの「みどりなる一つ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける (古今 秋上・245)」の和歌の説明は、「春には緑色のただ1種類の草だと思っていたが、秋になったら色とりどりの花だとわかった」と書いています。たしかに歌の意味はそれだけのことですが、もし日本人の専門家がこの和歌を解説すると、もっともっといろいろな形容がつくような気がします。ある意味、この和歌を自分自身で考えることができるので、こういう解説もいいような気がします。
 下に抜き書きしたのは、茶会についての著者の考えで、私もある程度はそう思っています。
 そういえば、今年に頼まれた原稿に「私とお茶」という題名で、京都で露地のしつらえや巧みな道具組みなどに日本の伝統文化や四季の移ろいを感じ、茶道の楽しさと奥深さを知ったことや、米沢に戻ってきて、お茶の稽古を通して茶懐石のおもしろさなども経験したことなどを書きました。
 今もお稽古を続けていますが、お茶は年をとって動きが緩慢になっても続けられるし、いつまでも習い続けるだけの奥の広さがあります。

(2020.7.13)

書名著者発行所発行日ISBN
四季の創造(角川選書)ハルオ・シラネ 著、北村結花 訳KADOKAWA2020年5月22日9784047036772

☆ Extract passages ☆

茶会の際は、季節のある一瞬の「物語」を作り出すために、床の間の掛け軸、陶磁器、さらには茶会そのものと関連づけて、こうした名前を持っ茶道具を選ぶことが多かった。茶の湯は点前の準備と披露に重きを置いたが、同じく、季節のある一瞬を表す和菓子を供し、紅梅や落葉などと「名付け」、味わうことも含まれた。茶会は、他のどの芸術様式よりも、より多くの芸術のジャンルや作品を取り込み、1つの参加型のメディアに仕立て、また、同時に特定の季節や場所を表すという点で日本の伝統文化の頂点に位置するといえるだろう。
(ハルオ・シラネ 著 『四季の創造』より)




No.1814『外来生物の気持ち』

 外来生物というと、すぐに頭に思い浮かべるのはヒメオドリコソウやセイタカアワダチソウ、シロツメグサなどの植物ですが、もちろんそれ以外にも昆虫や動物もいるはずです。著者は、それらの外来生物の気持ちを代弁するような形で、この本を書いています。だから、とてもおもしろくて、本当かなと思いながらも、そうかもしれないと考えました。
 たとえば、だいぶ前のことですが、鎌倉に行ったときに、ある公園ですぐ近くまでリスが近寄ってきます。私の家の近くにもリスはいますが、人間を見つけるとすぐに逃げるし、同じリスでも違う、と思いました。しかし、その後でそれは「タイワンリス」だと知りました。ところがこの本では、さらに詳しく、クリハラリスという大きなくくりの中で、1930年代に台湾から持ち込まれたのでタイワンリスと呼ばれたようです。これはもともと伊豆大島の動物園で飼われていたものが江ノ島に連れてこられて、そこから逃げ出して野生化のが、鎌倉に住み着いたということのようです。
 著者は、そのことをクリハラリスを代弁して「まず伊豆大島の動物園にいたリスとか、あと伊豆大島で特産品のツバキの実を食べるってんで捕獲されたリスとかが、いろんな他の地域の施設に移されて、そこからまた逃げ出して増えたんだ。あと、伊豆大島のとはまた別の機会に連れてこられてたタイワンリスの系統もあったし、それにタイワンリスじゃない、中国大陸由来の別のクリハラリスの系統も連れてこられてたみたいで、それぞれいろんなところから逃げて野生化したんだよ。ちなみに、ここ鎌倉で暮らしているあなたの場合は いかがですか? それはね、伊豆大島から江ノ島に連れてこられて、江ノ島から逃げて拡がったんだよ。」と書いています。
 とすれば、鎌倉で見たのはタイワンリスかそれとも中国大陸からのクリハラリスかはわからないし、もしかすると交雑されていたかもしれないわけで、人間のすることは、そのときの行き当たりばったりのことが多いということです。その意味から、興味を持ったのが「カダヤシ」です。
 この「カダヤシ」というのは、「蚊絶やし」で、日本にいるホウフラ類駆除するために20世紀初頭に導入されたそうです。しかも、これがメダカとそっくりですが、普通の魚と違い卵からではなく直接子どもを産むというから驚きです。だから増えるのです。しかも環境適応能力も高く、日本では2006年に特定外来生物に指定されたそうです。
 そのカダヤシさんの話しが興味深く、「それは、一緒にいたらあたしたちメダカいじめるけどさ。追いかけてヒレとかっついてやぶいてやったり、小さいのは食べちゃったりするけどさ、だからってメダカが絶減しそうなのをあたしたちのせいだけにされても困るのよね。だって、あたしたちがいないとこでもメダカはどんどんいなくなってるじゃない。田んばを圃場整備して、魚が水路と田んぼを行き来できなくしたの人間でしょ。水路をコンクリートの三面張りにして、隠れ場所をなくして水草生えなくしてメダカを産卵できなくさせたのも人間でしょ。それに、あたしたち外来生物を放したのも、ぜーんぶ人間でしょ。」といいます。
 たしかに、今、小野川温泉ではゲンジボタルが飛んでるけど、少なくなったのは用水路をコンクリートで固めたことや食糧のカワニナが住めないような環境に変えたこにも要因があります。さらに農薬や除草剤の影響などもあり、それらはすべて人間がしていることです。
 つまり、蚊を絶やしたいと思ってカダヤシを外国から持ち込んで、その蚊さえもまったく絶やすことなく、さらにメダカを食べるからといって今度は問題視して駆除するわけで、やはりカダヤシにしてみれば、一言も二言も言いたいことはたくさんありそうです。
 下に抜き書きしたのは、外来生物の「ハクレン」についての話しです。
 この魚のことは私も知らなかったのですが、中国ではこのハクレン、ソウギョ、アオウオ、コクレンを「四大家魚」というそうで、この家魚というのは、人間が養殖している魚というような意味だそうです。しかも、これらを餌も与えずして養殖していたというから驚きです。つまり、それらの食性を利用しているそうで、まさに自然のサイクルをつかった知恵です。
 これからの食糧危機のときには、うまく使えそうなシステムだと思い、ここに載せました。

(2020.7.10)

書名著者発行所発行日ISBN
外来生物の気持ち大島健夫メイツ出版2020年6月20日9784002710266

☆ Extract passages ☆

 草を刈って池に放り込むと、ソウギョが食べます。ソウギョが糞をすると、タニシなどの水生の貝がその糞を食べて育ちます。育った貝をアオウオが食べます。アオウオの食べかすや糞から植物プランクトンが育って、それを食べる動物プランクトンも育ちます。植物プランクトンを私(ハクレン)が食べて、動物プランクトンをコクレンが食べます。これで全員育って、育ったのを人間が食べるという構図です。
(大島健夫 著 『外来生物の気持ち』より)




No.1813『どうする!? 新型コロナ』

 新型コロナウイルス感染症が2019年の年度末に発生し、少しずつその影響を心配する声が広がってきて、2020年になると新型なのでその情報を知りたいとのことで情報番組を見ると、この本の著者がよく出演されていました。しかも、新型コロナウイルス感染症についてだけでなく、それ以外でも話題になったりして、まさに時の人でした。
 たまたま、図書館に行くと、この本があったので、まだまだこの新型コロナウイルスが収束、この本では終息と書いていますが、それなりの対策をとっていくことが必要になると思い、借りてきて読みました。ただ、情報的には、5月8日の発行になっているので、その後のいろいろな動きは当然ながら載っていません。
 でも、テレビ等で引っ張りだこの忙しさのなかでこの本を書いたわけで、なんか臨場感のようなものが伝わってきました。まさに新型ですから、ほとんどわからないことだらけですが、この感染症を世界保健機構(WHO)では COVID-19 と名づけましたが、病原ウイルスはSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス(SARS-CoV)と近縁であるとしてSARS-CoV-2と呼ぶそうです。
 ただ怖いのは、3月11日にテドロス事務局長がパンデミック、つまり世界的な大流行と述べたように、その日までの世界の感染者は12万人ほどで死者数は約4,600人で、その3分の2が中国でした。ところが、それから1〜2週間で、あっという間にヨーロッパやアメリカへと広がっていきました。日本ではある程度収まってきてはいますが、アメリカなどでは今も感染者数が増えているそうです。
 では、感染がどのように広がっていくかというと、大きく分けて飛沫感染と接触感染が考えられるそうです。「新型コロナにかかった人の咳・くしゃみ。鼻水などの飛沫から出た新型コロナウイルスが、直接、目・鼻・口の粘膜につくことで感染します。これを飛沫感染といいます。感染者が、ウイルスのついた手で触ったところには、ウイルスが付着します。ほかの人がそこを触り、その手で目・鼻・口に触れると粘膜について感染します。これが接触感染です。」と説明しています。
 たしかに、このように別けて考えると、とてもわかりやすいと思います。だからこそ、マスクだけでなく手洗いやうがいも必要で、なるべく三密にならないようソーシャルディスタンスを確保することも大切だとわかります。
 では、そもそもこのコロナウイルスとは何かというと、「これまでに、人から人に感染する「コロナウイルス」という種類のウイルスは、6種類見つかっていました。7種類目が今回の新感染症COVID-19を発症させるSARS-CoV-2です。6種類のうちの4種類のウイルスは、一般のかぜの原因の10〜15%(流行期は35%)を占め、多くは軽症です。残り2種類のウイルスが、「重症急性呼吸器症候群(SARS)」や2012年以降発生している「中東呼吸器症候群(MERS)」です。コロナウイルスはさまざまな動物に感染しますが、インフルエンザウイルスとは異なり、種類の違う複数の動物に感染することは稀です。また、アルコール(濃度70%)消毒などで感染力を失うことが知られています。」と書いてあり、だから新型なんだと理解できます。
 それだけでなく、アルコール(濃度70%)で消毒すると感染力を失うそうで、これがわかると、ある程度大変でもときどきアルコール消毒をする必要性が理解できます。
 つまり、怖がっているだけではダメで、それを知ることにより、対策がとれます。おそらく、これからも第2波、第3波がくるかもしれないので、できるだけの対策と予防を心がけたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、どうすればこの新型コロナウイルス感染から身を守るかということについてです。
 よく手洗いといいますが、コロナウイルスはエンベローブという脂質の膜で包まれているので、界面活性剤、つまり石けんや、さらにはアルコールでそれを壊すことができる、だから有効なのだそうです。
 そういう話しを聞くと、店先に置いてあるアルコール消毒液や自宅での手洗いもしっかりできます。ぜひ、このような感染症予防をしっかりして、なるべくかからないようにしたいと思います。

(2020.7.7)

書名著者発行所発行日ISBN
どうする!? 新型コロナ(岩波ブックレット)岡田晴恵岩波書店2020年5月8日9784002710266

☆ Extract passages ☆

 感染から身を守るには、1 人混みを避ける、2 手洗いが基本です。3 マスクとメガネの着用、4 喉の粘膜を守るうえでの適度な保湿(50〜60%)と、さらに空間のウイルス濃度を低減させる日的での積極的な室内の換気も有効です。
(岡田晴恵 著 『どうする!? 新型コロナ』より)




No.1812『まじないの文化史』

 新型コロナウイルス感染症が拡大するなかで話題にのぼったのが「アマビエ」です。私も知らなかったのですが、昔から日本に伝わっていた妖怪で、海中から光をかがやかせるなどの現象を起こし、疫病や豊作などを予言したり、その姿を書き写して貼っておくと災難から逃れられるというのです。だから、今では絵に描いたものだけでなく、お菓子になったりして、最近では京都大学附属図書館に「肥後国海中の怪(アマビエの図)」があり、弘化3(1846)年4月中旬と日付けまで入っているといいます。
 でも、昔から疫病はこわかったようで、それらが自分たちの村に入ってこないように「道切り」などが行われたり、注連縄を張ったりしていました。さらに、ひな祭りや七夕、夏越の祓などの民俗行事もそのようなまじないだったのです。だから、もし、なんらかの不測の事態が起きれば困るので、先ずはとりあえず願をかけておけば安心だったのです。
 そういう意味では、今も昔も人の考えることは同じようなものです。そんなことを考えていたときに、図書館でこの本を見つけました。この本の元になったのは、平成28(2016)年の4月23日から6月5日までに新潟県立歴史博物館で開催された「おふだにねがいを――呪符!」だそうです。もし、そのことを知っていれば、私も見てみたかったのですが、今ではそのときの図録も完売し、なかなか手に入らないようです。
 この本の中で、「アマビエ」に似た話しとして、現在の新潟市北区にある福島潟と思われるところに夜ごとに光り物が出てきたというのがあり、それと同じようなもので人間の顔を持った亀女が現れたという記録があり、「寛文9年(1669)に佐渡の海から現れた亀女が「5年の間豊作だが、悪風邪のために多くの人が死ぬ。しかし、我が姿を描いて見せれば難を免れる」と告げたということです。ほとんどアマビエと同じですが、そのような話しは各地に伝えられているそうです。
 この本には、古代史における呪いについても書いていますが、「呪詛のきっかけとしては、権力争いが多くを占めている。とりわけ、強い権力を持った人物にはそのような事件はついて回るのである。ほかに男女の色恋沙汰の究極の形としての呪詛も多くあっただろうが、これらはなかなか記録には残りにくい。平安時代も後半、いわゆる摂関期などには、貴族たちの権力争いも激しさを増し、また人びとが目にできない不思議な力をより強く感じるような時代になると、呪詛などは日常的に行われていたのであろう。」としています。
 ただ、この後で「直接的に手をかける刃傷沙汰に比べ、呪詛などは証拠や因果関係があいまいでも成立するのであって、冤罪をでっちあげやすいともいえる」ともあり、確かにこのようなこともたくさんあったと思います。だから、歴史書に書かれているからそれがすべて本当だということはなく、むしろそれに書かれることによって為政者側が正当化されるということもあったのではないかと思います。
 下に抜き書きしたのは、蘇民将来の話しですが、昨年の4月、奥州三十三観音巡りでお詣りした第25番札所の黒石寺は蘇民祭が有名です。近くのお店にも、その関連の品が売られていました。
 もちろん伝説ではありますが、今年のように新型コロナウイルス感染症が広がってしまうと、少しは信じてみたい気持ちになります。しかも、蘇民将来の子孫を名乗っただけで疫病から免れるとすれば、とても有難いと思います。おそらく、今の人以上に、昔の人たちはアマビエとか蘇民将来とかに真剣に祈ったことだけは間違いなさそうです。
 新潟県立歴史博物館の学芸部長の浅井勝利さんが「おわりに」のところで、「意外に若い世代ほど興味を持っていただけた」と書いていますが、私の実感からも確かに今の若い人たちはこのようなことに関心があると思います。

(2020.7.6)

書名著者発行所発行日ISBN
まじないの文化史新潟県立歴史博物館 監修河出書房新社2020年5月30日9784309228037

☆ Extract passages ☆

 蘇民将来に関する最も古い記述は、卜部兼方著の『釈日本紀』に引用された備後国風土記逸文である。その内容というのは、ある時、蘇民将来という名の兄弟のもとに旅の途中で一夜の宿を求めた神(武塔の神)に対し、裕福であるにもかかわらず泊めなかった弟の将来は家族もろとも滅ぼされ、貧しいながらも宿を提供した兄の蘇民将来は助けられ、弟のもとに嫁いでいた娘も、神の言う通り茅の輪を腰に付けていたことによって難を逃れた。
 そしてこの神は自らを速須佐雄の神と名乗り、後の世に疫病があれば、蘇民将来の子孫といって茅の輸を腰に付ければこれを免れると言ったという伝説である。
(新潟県立歴史博物館 監修 『まじないの文化史』より)




No.1811『人間の品性』

 著者は、NHKのアナウンサーとしての印象が強すぎて、その後フリーになって文筆活動をしているとは知っていても、2〜3冊程度しか読んだことがありませんでした。
 この本を読んでも、なぜかだいぶ前に読んだものとダブってしまい、ある意味、それだけぶれない内容なのかもしれないと思いました。
 この本の題名の品性とは何か、という話しを「おわりに」に書いてあり、「品性とは何か、といえば、お金があっても買えないし、体力があっても作ることは出来ない。精神的に鍛え上げた、その人にしかないものであり、賑やかなものではなく、静かに感じられる落ち着きではないだろうか。エレベーターの中でもそこだけ光っているような……。」と書いています。
 たしかに、それは見えるものではなくて、感じるもののようで、若い時には若さに隠れてわからなくても、年を重ねてくるともろに見えてくるような気がします。
 だからといって、自分の内側からにじみ出てくるものだから、簡単につくれるものでもなく、もっといえば、人生そのもものような感じがします。
 しかし、自分の人生だからといって、自分の初体験を書くということは、ちょっと信じられません。自分自身の胸のうちにソッと秘めておくことだと思っています。だいぶ昔に聞いたことがありますが、作家はストリッパーのようなものという台詞を思い出しました。世阿弥の「風姿花伝」に、「秘すれば花なり秘せずは花なるべからず」というのがありますが、まさにそれです。すべてを秘密にすればいいということではなくて、秘密にすることも大切なことだと私は理解しています。
 この分け目こそが、その人の人生観ではないかと思います。人によっては、すべてをあからさまにしたほうがよいという方もおられますが、人のすべてがわかるということはあり得ないと思っています。
 下に抜き書きしたのは、著者の連れ合いについての話しです。
 私も自分の世界を持っている人でないと、なかなかうまくつきあえません。食べるものひとつとっても、すぐに決められなくて、つい、みんなと同じものを注文する人とも、なかなかつきあいきれません。
 だから、2015年5月に友人と二人で中国四川省に行きましたが、成都で行きたいところが別々だったので、それぞれ自由に行くことにしました。もともと、私は一人旅が好きだし、そのほうが有難いと思って青城山に行ったのですが、彼は行きたかった博物館が休みだったということで、早々に帰ってきたということでした。
 つまり、世の中、無理して群れなくてもいいと思っています。

(2020.7.4)

書名著者発行所発行日ISBN
人間の品性(新潮新書)下重暁子新潮社2020年4月20日9784106108587

☆ Extract passages ☆

 連れ合いも、会社の忘年会や新年会からは、いつの間にかスッといなくなる男だった。私はその引き際がいいなと思っていた。
 出世するタイプではないが、それを欲するような権力欲もまったくない。男のメンツといったものを気にするようなところもない。定年後も、あれやこれやと出かけていて、私の友人や仕事友達とも気楽に付き合っている。素敵なバーや料理店などを見つけるのもうまければ、年下のバーテンダーや料理人ともいつの間にか仲良くなっている。かといってベタベタと付き合うわけでもない。無口だが成張ることもないから、年下の人も付き合いやすいのだろう。
(下重暁子 著 『人間の品性』より)




No.1810『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』

 今日で今年も折り返しの半年が過ぎましたが、新型コロナウイルス感染症の影響で、学校が休校になったり、不要不急の外出が自粛されたり、今まで経験したことのないような状況でした。おそらく、ほとんどの方が何らかの影響を受けたのではないかと思います。
 しかし、それが収束したわけではなく、おそらくこれからその第2波、第3波がくるというのが大方の専門家の話しです。そう考えていたときに、この本を見つけ、同じ感染症のインフルエンザがなぜ毎年流行するのかとダブってしまいました。おそらく、当たらずとも遠からずではないか、と漠然と思いながら読み始めました。
 インフルエンザ・ウイルスは、著者によると、「これはですね、インフルエンザ・ウイルスは寒くて乾燥しているところで元気になりやすいのです。だから、冬に流行しやすい。もっとも、ウイルスの性格だけで流行が決まるわけでもないようです。例えば、冬は寒いので人が屋外に出にくい。密閉した建物の中に閉じこもりやすいのでインフルエンザ・ウイルスが室内で人から人に伝播しやすい、という要素もあるようです。また、冬には日光にあまり当たれません。日光がないと体内でビタミンDが作れません。ビタミンDは免疫力に寄与していますから、冬には免疫が弱ってインフルエンザにかかりやすい、こういう理由も関与しているようです。要するに、いろんな理由が複合的に絡み合って、冬にインフルエンザは流行しやすいのです。と書いていて、現在はその「正確な」理由はわかっていないといいます。
 たしかに、非常に難しい宇宙の真理などがわかっていても、人間の身体のことはわからないことがいろいろとありそうです。たとえば、心の問題とか、老化の原因とか、いろいろと不明なこともありそうです。
 そういえば、今回の新型コロナウイルス感染症についても、俗説では今までのインフルエンザ・ウイルスと同じように梅雨や暑い夏になると減少するのではないかという、淡い期待もあります。ところが、開設によると、必ずしもそうとはいえないようです。ある感染症の研究者によると、「気温や湿度は新型コロナの伝播に影響する可能性はあるものの、すでにパンデミックとなってしまっている現状では梅雨や夏になったからといってそれだけで流行が終息することは期待できず、社会的距離を保つなど新型コロナを常に意識した新しい生活様式を意識した暮らしを続けていくことの方が感染を広げないためには重要ということ」だそうです。
 つまり、今までと同じように、しっかりとした感染予防策をみんなでやるしかないということになります。
 そういえば、昨年の9〜10月にマダガスカルに行ったときに、トイレで手を洗おうとしたら、ある薬学部の先生から、「手を洗ってはダメ」といわれました。この本でも、それについて、「自分の尿や便についている微生物に自分の手で触っても、それはぐるぐる同じところを回っているだけなので病気にはなりませんから。」と書いてますが、私の場合は、手を洗う水や手ぬぐいからの汚染が心配だからの発言だったような気がしました。
 下に抜き書きしたのは、食の安全と食の快楽はトレード・オフだということです。この話しは、美味しいといわれるフグのことを考えても、すぐに理解できます。
 ところが、すべての安全とリスクも、同じような関係にあるといい、考えてみるとたしかにそうです。たとえ、どんなに安全に気を配ったとしても、必ずリスクはあります。今回の新型コロナウイルス感染症だって、感染するリスクはほんの少しだとしても必ずあります。それを怖がって、何もしないで家に閉じこもっていたとしても、感染するかもしれません。この世には、絶対ということはありません。あの福島原発だって、安全は神話だったのですから。
 でも、この本の著者が、もし今年の新型コロナウイルス感染症について書き加えるなら、どのような記述になったのか、それも興味があります。

(2020.7.1)

書名著者発行所発行日ISBN
インフルエンザ なぜ毎年流行するのか(ベスト新書)岩田健太郎KKベストセラーズ2018年11月20日9784584125939

☆ Extract passages ☆

食の安全は、食の快楽とのトレード・オフです。リスクをゼロにしてしまうと、貧弱な食事しか食べられなくなります。リスクを無視しろ、ではありませんが、リスクと上手につきあって、「理性的にリスクを冒す」態度が成熟した大人の態度だとぼくは思います。
 これは食に限らず、スポーツや海外旅行、車の運転など、生活のいろいろなところに応用できる考え方です。健康リスクを回避したいなら、激しいスポーツは禁上、海外旅行も禁上、運転も禁上にすべきです。サッカーやラグビーは怪我のリスクがあり、海外旅行はテロや戦争や事故や犯罪やアレヤコレヤのリスクがあり、運転は交通事故のリスクを伴います。
 でも、極端なリスク回避は、生活をつまらなくするのです。
(岩田健太郎 著 『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』より)




No.1809『ふだん着の寺田寅彦』

 亡くなった弟が寺田寅彦が大好きで、岩波書店の「寺田寅彦全集」全30巻を持っていて、少し自慢していました。それを思い出し、今いくらぐらいするか調べてみると、新刊本で1冊3,960円、古本で1冊200円から1,900円ぐらいでした。おそらく、今では全巻をそろえて自慢げに本棚に飾る人も少なくなってきたのではないかと思いました。
 私の場合は、おもしろそうな本だけを買うので、おそらく5〜6冊ぐらいは持っているかもしれません。
 この本は、著者が「あとがき」に、「正義と正論を吐く先導者の「裃を着た寅彦」ではなく、日常の偏愛や悪癖や思い込みを曝け出し、随筆では書けない本音や呟きを開陳したような、まさに「ふだん着の寅彦」を垣間見る本が書けないかと考えてきた」と書いていて、そのような考えがこの本にまとまったようです。たしかに、今まで私の知っている寅彦は、たとえば「天災は忘れたころにやってくる」という名言など、実はこれはどの著作にも書かれていないそうですが、物理学者としての姿しか思い浮かばないのです。
 ところがこの本を読むと、「好きなもの 苺 コーヒ 花 美人 懐手して宇宙見物」というような短歌を読むぐらいの、さまざまな性格を持っていたようです。特に苺などは、クリームをかけ、さらに砂糖をまぶして食べるぐらい、甘党だったそうです。この短歌の話しは、1934年の年始めに黒田正夫さんが寅彦に「先生は一体何がお好きですか」と聞いたときに、「おいしいもの、きれいなもの、何でも面白いものはみんな好きだよ。ことに、苺を見ていると涎がたれそうになるよ」と答えたそうで、そのときに寅彦は「ニヤニヤしてほんとに涎がたれそうに」見えたと書いてありました。その数日後に黒田さんが苺を届けたお返しに、この短歌と苺の絵を色紙に書いてお返ししたそうです。
 たしかに、昔の苺は今のような甘さはなかったので、私もコンデンスミルクをかけて食べましたが、さらにそれに砂糖をまぶすというのは考えられません。
 また、コーヒーも大好きで、今で言うトルココーヒーのような濃いもので、甘党でも、それだけはブラックで飲んでいたようです。さらにタバコも好きで、亡くなる直前まで吸っていたそうで、何度も医者に止められても、やめるぐらいなら死んだ方がましだと話していて、著者は駄々っ子のようだと書いています。
 でも、今のように嫌煙権が叫ばれ、むしろ喫煙者の肩身が狭くなった時代に生きていれば、さて、どのように言うのか、ちょっと興味があります。ただ、咳で体が痛くなっても吸い続けたということは、「こう寝てばかりいては、タバコでも喫まなくちゃ遣り切れない」と言ったと書いてあり、おそらく、そのように答えたかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、厄年の大病がきっかけで、いろいろなことにチャレンジするようになったと書いてあるところです。
 普通なら、大病をしてしまうと、それだけで滅入ってしまうものですが、新しいことをするというのはさすがです。寅彦は3度の大病をして、その最後の大病、これが転移性骨腫瘍、つまりガンですが、それが原因で57歳で亡くなったそうです。
 そのようなふだん着の寺田寅彦を知り、なんとなく身近に感じられるようになりました。特に、私も甘党だとコーヒー好きですから。

(2020.6.29)

書名著者発行所発行日ISBN
ふだん着の寺田寅彦池内 了平凡社2020年5月20日9784582838411

☆ Extract passages ☆

 この厄年の疾患によって2年近く休むことができたこともあって、この間に随筆を書く楽しみを覚え、科学研究以外の重要な仕事として執筆が加わり、このころから使い始めた吉村冬彦のペンネームを終生使うことになった。その後亡くなるまでの15年間は、物理学のみに閉じず科学のテリトリーを拡げて生物学や防災論に蘊蓄を傾け、絵画やバイオリン・セロの演奏に手を出し、映画を数多く見て映画評論をものにし、俳諧に凝って小宮豊隆や松根東洋城などと連句に打ち込み、西鶴や徒然草など古典にも挑んだ。だから、寅彦にとって本当に厄年であったのかどうかは疑わしい。確かに2度目の大病をしたが、寅彦の全才能が開花する時期がここから始まっているからだ。とはいえ、この時期から病魔がじわじわと体を蝕んでいたのも事実である。寅彦にとって好悪両方の一大転機になったのだ。
(池内 了 著 『ふだん着の寺田寅彦』より)




No.1808『イライラしたら豆を買いなさい』

 ほとんどテレビを見ないのですが、時間があれば日曜日の「笑点」は見ます。その出演者ですから、著者の林家木久扇さんはだいぶ前から知ってます。でも、この本を読んで、子ども時分からたいへんな生活をしてきたんだと思いました。しかも、それを深刻には考えず、面白がっていたところに著者のすごさを感じました。
 副題は「人生のトリセツ88のことば」で、今までのいろいろなことを書いてあり、とても楽しく読みました。トリセツというよりは、「林家木久扇のおもしろ名言集」みたいでした。
 たとえば、下に抜き書きした「進んだ道が正解」という話しもそうですが、間の話しもそうです。それは、「落語に限らず芝居でも踊りでも、間が命。もっといえば人生そのものが「間」がいいかどうかで大きく変わってくる。だって人の悪口を言ってるところを当人に聴かれちゃったら「間が悪い」し、タイミングをつかめない奴は「間抜け」でしょ(笑)。 そもそも人間って「人の間」って書くくらいですからね、間が大事な生き物なんです。」と書いてありますが、落語だけでなく、いろいろなものの間って、本当に大切だと思います。ある噺家から聞いたのですが、ちょっと間をずらして拍手するだけで、次の噺が出にくいといいます。
 笑点という番組を見ていると、よく認知症に関する話しもあります。たしかに、認知症は誰も好き好んでなりたい病気ではありませんが、立川談志さんは、「僕が認知症になったら、1日に何回も飯食うぞ!」といったそうですが、それぐらいの洒落っ気があれば認知症も楽しいかもしれません。著者も、もし何か忘れもので事件が起きたら、普通に暮らしているより面白いかも、と言ってますが、そうして認知症までも笑い飛ばしてしまえば、人生も愉しいと思います。
 ようは、考え方次第です。著者も終活なんてしないと書いてますが、私もいつくるかわからない終活なんてことに、今から考えたくもありません。お迎えがきたら、少しぐらいはじたばたして、それも叶わないとしたら、ちゃんと諦めてお迎えに従いたいと思っています。それも、なるべくなら、あまり知られずに、最近見かけないなあ、という感じの終わり方をしたいと思っています。
 よく、年をとってきて、何もすることがないという方がいますが、私は毎日植物図鑑でも眺めてお茶でも飲んでいたいと思っています。この花はどこで見たっけな、とか、この樹はどこにあったか、とか考えただけで1日が経ってしまいそうです。
 下に抜き書きしたのは、上でもとりあげましたが、「進んだ道が正解」という話しです。
 著者は先生の勧めもあり都立工業高校の食品科に入ったそうです。卒業後は森永乳業に入社したそうですが、そこを4ヶ月でやめ、「かっぱ天国」で有名な清水崑さんに弟子入りしました。しかし、それから4年ほどで清水さんから「これからはでレビの時代になるから、絵が描けてしゃべれたら売れるぞ、ちょっと落語をやってみたら」と言われ、桂三木助さんに入門したそうです。
 つまり、そのように「ちょっとやってみるか」と軽い気持ちで転職しても、それが正解と考えれば、それは幸せというものです。でも、その基本に、食べものに関わってさえいけば食いっぱぐれはないという考えがありそうです。それが喜久蔵ラーメンにつながり、出してから35年になるそうです。

(2020.6.26)

書名著者発行所発行日ISBN
イライラしたら豆を買いなさい(文春新書)林家木久扇文藝春秋2020年5月20日9784166612611

☆ Extract passages ☆

 自分が選べなかった道を「やっぱりあっちに行きたかったな」とか思ってみてもしょうがない。人は、現実に進んだ道を「正解」にしちゃえばいいんですよ。
(林家木久扇 著 『イライラしたら豆を買いなさい』より)




No.1807『装丁物語』

 著者の和田誠さんは、2019年10月に亡くなられたのですが、この本に収められたものは、1997年12月に単行本として、2006年12月に新書版としていずれも白水社から出ています。この本は、その新書版を底本としているそうですから、改めて文庫本として出されることで、多くの方々の目に触れる機会が増えそうです。
 私も、「週刊文春」の表紙を描いていたことは知っていますが、この本を読んで、すごい数の本を装丁されていたことを改めて知りました。若い時には、あまり本の装丁まで目が行かなかったのかもしれませんが、改めてこの本に載っていた本を見て、これもあれも読んだことがあると思いました。しかし、私はほとんど週刊誌は読まないのでわからなかったのですが、「週刊文春」の表紙を昭和52年から40年以上も描き続けたそうです。また、奥さんが平野レミさんだとも、知りませんでした。
 この本のなかで、恩師について触れているところがありますが、小学校4年から6年までの担任だった柳内達雄先生の「朝日の政治漫画が面白かった」という一言が、この道に進ませてくれたと書いています。そして、柳内先生はガリ版が上手でとあり、そのガリ版を使って今も続いている「米沢山野草雑話」という月刊紙を始めた当時のことを思い出しました。著者は、「あ、ガリ版と言っても若い人はわかんないかな。謄写版ですね。それ用の油紙をヤスリのようなものに乗せて鉄筆でガリガリと書く。油紙のその部分がヤスリに沿って点々で切れる。油紙の上からローラーにインクをつけて刷ると、紙に転写される、という理屈ですね。昔は学校では当たり前の単純な印刷方式だった。試験問題なんかみんなこれで刷られる。だから先生たちがガリ版を刷るのは当然のことだったわけですが、やっぱり人によってうまい下手があります。柳内先生はメチャうまかった。そのうまさは熱心さによる ものだとぼくは思ってます。」と書いていて、このうまさは「面白いもの、いいものを子どもたちに伝えることの熱心さ」とつけ加えています。
 たしかに、私たちの子どものときには、このガリ版が上手な先生と読みにくい先生のとがあり、こうして読んでみると、妙に懐かしい思い出です。
 バーコードのこともそうですが、「あとがき」にあった「今は「原稿はメールでください」と言ってくるところもある。ワープロも知らないヤツがそんなこと言われてもねえ。デザインも「データでください」と言われることがあります。そんな依頼はお断りです。デザインももちろん手描き。仕上がりが目に見えないCDみたいなもので大切な仕事のやりとりができるか、と思ってます。前世紀の人間は仕事がやりにくくなってきた。写植屋さんがなくなってゆく。活版印刷はほぼ影をひそめた。「便利」に押し切られて美しいものが淘汰されるといういやな世の中です。」と書いていますが、おそらく実感だと思います。
 私の場合は、パソコンも使うしメールもするので違和感はないのですが、ただ、すべてが便利さで押し切られ、さらにそれに時間を短縮されてしまうと、本質からどんどん離れていくような気がします。だから、「万年筆なら停電しても書ける」というのは、非常に大事なことだと思っています。
 下に抜き書きしたのは、紙の話しについてです。
 というのも、私も印刷された本でないと読もうと思わないのですが、この質感とか風合いだとかが大事だと思っています。検索などは電子ブックもいいでしょうが、やはり目の前にいつでもあるという感じ、手に取ったときの手触りなどがいいほうがと思うタチです。
 だから、本棚に並べてあるだけで、その本の内容を思い出すから、必要なときにまた読むことができるわけです。しかし、最近は眼が悪くなってきたからかもしれませんが、あまりに白い紙だとてかりが気になるので、なるべく目に優しい昔のわら半紙のような風合いの紙が好きになってきました。たかが紙かもしれませんが、読むものとしては、やはり大事です。
 それにしても、「あとがき」の最後に書いてあった「クリエイターに定年はないよ、ということを実証するためにも、まだがんばっていたいと思っています」とありますが、1936年生まれですから、まだ83歳です。まだ定年はないという実証にはなっていないような気もしますが、作品はたくさん残っているので、ときどき眺めたりしています。でも、今年の3月3日に「和田誠さんを囲む会」が予定されていたそうですが、新型コロナウィルス感染症の広がりから、延期になってしまいました。これは、ちょっと残念です。

(2020.6.24)

書名著者発行所発行日ISBN
装丁物語(中公文庫)和田 誠中央公論新社2020年2月25日9784122068445

☆ Extract passages ☆

質感、肌ざわり。
 本は手に取るものですから、これが大事なんですね。本にどんな紙を使うかで勝負が決まる、みたいなところもある。とは言うものの、面白い紙なら何を使ってもいいわけじゃありません。印刷に適していないといけないことは当たり前としても、本文、表紙、見返し、カヴァー、それぞれに向いている紙を選ばなきゃいけない。特殊な、小部数の、遊戯性の強い書物は別ですが、通常は厚すぎる紙は困る。薄すぎるのも困る。破れやすいのは困る。折り曲げるとパキッと折れちゃうのは困る。透けて裏が見えちゃうのも困る。……あと、高価な紙は困る。……手に入りにくい紙も困る。輸入紙などがそうです。とりあえず初版は間にあっても、再版のときにその紙はもう輸入していません、ということにならないように業者と連絡を密にしておかないといけない。紙の大きさも考慮に入れる必要があります。……紙の原型は大きなもので、それを折ったり裁断したりして本にするわけですが、大量に切れっぱしが余るのはお金の無駄になります。
(和田 誠 著 『装丁物語』より)




No.1806『「無言館」の庭から』

 著者の窪島誠一郎さんのことはまったく知らなかったので、ネットで調べてみると、父は小説家の水上勉氏で、幼いころに他家に預けられ、戦争のときの空襲で消息不明となったそうです。いろいろな仕事を経験したのち、21歳のときに育ての親の店でスナックを始め、それが意外と盛況だったとこの本にも書いてありました。そして、昭和52年のときに父と再会し、まさに劇的な親子再会でマスコミにも取りあげられたそうです。
 そして、昭和54年に長野県上田市に「信濃デッサン館」を設立し、平成9年にその近くに「無言館」を設立したそうです。つまり、この本の「無言館」というのは、このときに開設されたのですが、「信濃デッサン館」は平成30年3月15日をもって「無期限休館」となったようです。そのときの事情も、この本には書いてありました。
 その経歴を読むと、まさに波瀾万丈で、物語にでもできそうです。でも、父とは再会してからうまくいったようですが、母とは再会してもなかなか意思の疎通ができるところまではいかなかったようです。そして、その母は平成11年6月に81歳で自死をしたそうですから、おそらく、そうとうな苦悶がともなったのではないかと想像します。両親は、どんな関係ではあっても、切っても切れないものです。たとえ、それが戦争という悲惨な出来事からであったとして、生んでくれたという事実は曲げようがありません。そこの部分を読んでいると、行間から悲しみが湧いてくるような感じがしました。
 もちろん、自分で美術館をつくるぐらいですから、相当なコレクターです。私も陶器が好きで、自分の集めたものを使いたいということから、茶の湯を始めました。お茶を点てたいということよりも、自分の集めた道具を使ってみたいという思いです。でも、著者のように美術館をつくるほどの陶器は集められませんし、それだけのお金もありません。それでも、コレクターの気持ちは理解できます。
 著者は、この気持ちを「思うのは、絵だとか彫刻だとかいった美術品をあつめる人種には、どことなくヒネクレた変わり者が多いということだ。もちろんここでいうコレクター(収集家)とは、美術品を投機目的で収集したり、税金対策のために買ったりしている人のことではない。あくまでも自分の審美眼によって画家の個性や絵の魅力を見定め、それに貯えをつぎこむ人種のことである。自分の好みに合った絵をみつけると、もう居ても立ってもいられなくなり、借金までしてそれを我がものにしたいという欲求におそわれる。「女房を質においても」なんて言葉があるが、ちようどそんな感じである。世の中にはそんな困った病気の人がいるのだ。」と書いています。
 そういえば、学生のときにある骨董屋さんに行き、たまたま見つけたものがとても気に入り、しかしお金がなくて買えなくて諦めたことがあります。2〜3日、そのものが夢に出てくるので、やはり諦めきれないと思い、貯金を払い戻してその骨董屋さんに行きました。ところが、すでに売れてしまっていました。その骨董屋さんは、自分がいいと思ったものは他の人もそう思うので、売れてしまう場合が多いと話してくれました。考えれば、その通りです。だから、自分で仕事をするようになってから、財布にはいつでも買えるようにお金を入れてありますが、最近ではやっと手に入れたものでも、後に残されたものは他人にはがらくたではないかと思うようになり、昔のようには買えなくなりました。
 つまり、死ぬまでコレクターであり続けるというのは、そうとうな努力と他のことは考えない図太さが必要だと思います。
 下に抜き書きしたのは、病気をした経験から、ムダな時間を生きたくないという思いを綴ったところです。
 「短いあとがき」のところで、「ここ数年のうちに、クモ膜下出血、がん、間質性肺炎におそわれた正真正銘の老齢病者だから」という文があり、この本のなかでも病気に関するところがいろいろと出てきます。私もそうですが、病気になると、何ごとに対しても積極的にチャレンジできなくなるし、むしろ病気の先の死について考えるようになります。
 それでも、なんとなく生きられるのではないかという淡い期待がある限り、私も病気と二人三脚でムダな時間を生きたくないと思っています。

(2020.6.21)

書名著者発行所発行日ISBN
「無言館」の庭から窪島誠一郎かもがわ出版2020年3月20日9784780310818

☆ Extract passages ☆

 当然のことながら、そうした病を経験するたびに、私はもうムダな時間を生きたくない、生きるからにはムダではない時間を生きたいという思いがふつふつと湧いてくる。書くこともそうだし、本を読むこともそうだし、絵を見るのもそう、音楽を聴くのもそうだ。これからは命の一滴もムダにはしたくない。
(窪島誠一郎 著 『「無言館」の庭から』より)




No.1805『知っておきたい 和食の秘密』

 昔、京都にいたとき、洋食屋さんがあり、いつかは入ってみたいと思いながら高そうなので入れなかったことを思い出しました。
 でも、和食といっても、京都の場合は京懐石で、これもなかなか入りにくくて、たった一度ですが誘われて入ったことがあります。そこは「菊乃井 露庵」で、ご主人は村田吉弘さんで、そのときにお茶席でうかがったのですが、私と同年齢でした。だいぶ前ですし、その相手方が支払ってくれたのですが、今ではとても入れないような名店だったようです。
 それ以来、なんどか自分でもお茶事をしたり、招待されたりして、茶懐石はだいぶ経験はしましたが、日本料理はからだにはとても優しいと感じました。しかし、懐にはずしりと重く、なんども足を運ぶというわけにはいかないようです。
 そのような気持ちがあったので、この本を見つけたときには、すぐに手に取り、読み始めました。
 著者は、「食文化史上、「洋食」とうものは広いアジアを見渡しても、実は日本にしかない存在である。もちろん、中国、インド、韓国などにも欧米料理のレストランやもてなしはたくさん見られる。しかし欧米料理を自身の食文化の中で独自に進化させ、オリジナルとは別個なものに変貌させ、自身の国の食文化に位置づけることをしたのは日本だけだった。」とと書いていて、すぐに納得できました。
 たしかに、日本には和食と西欧料理とどちらに区分するかわからないような料理、つまり洋食がとても多いです。たとえばパスタもそうですが、トンカツもカレーだって、外国では食べられません。また、日本ほど世界各地の料理を食べられるところもありません。しかも、そのどれもが抜群に美味しいのです。そういえば、昔から、美味しいコーヒーを飲みたかったら日本へ行けといわれていたぐらいですから、食べものに対する日本人独特の手間暇を惜しまない性格が幸いしたような気がします。
 著者は、それを「大晦日や新年に、神々に一年の平穏と無事、農業生産の安定を祈り、神々をもてなす料理(神餞料理)をささげ、祈りののち、ささげたものを村人たちが「神様と一緒」に食べるという神人共食の儀式=直会が全国の地方神社に存続している。この直会は疑いようもなく宮中の正月の食事の儀礼にあやかったものであって、「天皇家の食事にあやかることができる」ということと「神々をもてなす」ことがミクスチュアされた我が国最古の食習慣なのである。」といいます。
 つまり、神さまに供える食事だからそれなりの素材で調理しなければならず、手抜きなど絶対にてきないのです。そして、そのお下がりを皆でいただくわけですから、それがいつの間にか食習慣となり、食べるものすべてに配慮されていくというわけです。だから神さまをもてなすことが、すべての人たちへのもてなしにつながり、料理や食材の確保に手間暇を惜しまなくなるというのです。この流れには、私も納得します。とくに、海外に行くと、それが実感としてわかります。たとえば、ネパールに行ったときに、ほぼ毎日同じような食事が続きます。彼らに聞くと、毎日食べてもおいしいといいます。でも、日本人は、時には違うもの、あるいは旬のものを食べたいと思いますが、それが神餞料理と考えればわかります。ときには、珍しいものを食べていただくことも大切なことだからです。
 下に抜き書きしたのは、著者の縄文時代の食生活についての考え方です。
 私は縄文時代に1,500種類以上の植物を食べていたとは考えられませんが、青森の三内丸山遺跡を訪ねたときに栗の木を植えていたと聞き、びっくりしたことを思い出しました。だから、今よりもいろいろなものを食べていた可能性はあると思います。
 それよりも、必要なときに必要なだけの食材を確保していたということはとても大切なことです。

(2020.6.18)

書名著者発行所発行日ISBN
知っておきたい 和食の秘密渡辺 望勉誠出版2020年3月30日9784585230755

☆ Extract passages ☆

縄文日本は世界的な野菜の宝庫であり、それらから摂取されるビタミンやミネラルが骨太な骨格をつくりだす。日本列島原産の野菜(根菜、雑穀)としてセリ、ミツバ、ヤマイモ、アシタバ、ウド、フキ、ゼンマイ、ミョウガ、ワサビなどがあり、これに縄文時代に伝来したサトイモ、トチ、ドングリ、アワ、ヒエ、キビなど、弥生時代にはダイコン、ニンニク、ノビル、ニラなどが加わることになる。これら縄文時代に食されていたとみられる植物は1500種類以上に達し、この数値は現代日本人が食している約250種類より遥かに多い。
 縄文日本人たちはこの豊かすぎるほどの水陸の食材を、乱獲することなく、必要なだけふんだんに確保していた。
(渡辺 望 著 『知っておきたい 和食の秘密』より)




No.1804『重森三玲 庭を見る心得』

 著者の名を知ったのは、誠文堂新光社から出版された『茶室茶庭事典』です。この本を見て、いつかは欲しいと思い、定価9,000円で購入し、今も手もとにあります。ときどき眺めていると、若いときには茶室でもつくって、ゆっくりとお茶をしたいというときの想いが思い出されます。
 また、河原書店の「茶道雑誌」に連載されていたものを読むのも楽しみで、毎月購入していました。
 だから、この本を図書館で見つけたときには、すぐに借りてきました。後ろの購入日付けをみると、5月14日ですから、図書館が再開されたその日に納入された本です。でも、このような本を借りる方は少ないようで、栞紐も使われた形跡がなく、気持ち良く読むことができました。
 著者の三玲という名に、以前から不思議な感じを持っていたのですが、この本のプロフィールに出生名は計夫ですが、のちにフランスの画家ジャン・フランソワ・ミレーにちなんで改名したとあり、納得しました。そういえば奥さんもマツヱでしたが、鈴子と改名したそうですから、まさに似た者夫婦のようです。肩書きは作庭家・庭園史研究者で、10代半ばから茶の湯といけばなを習って、18歳にして生家の茶室「天籟庵」を設計したというから驚きです。
 だからなのか、この本のなかにも茶の湯に関することが多く、たとえば、「茶の湯に於ては、物を大切に扱うことを教えて来ているので、茶の湯の最大の効果はその点にあるのだと思っている。今日の日本に、数多くの美術品が保存されて来たことは、全く茶の湯のお陰だと思ってよい。一つの茶入に対して、多くの名物裂を選んで袋を幾種類も作ったり挽屋を作ったり、二重三重の箱を作ったり、その挽屋や箱に各時代の名人達が銘をつけたり書付を作ったり、一つの器物に対して、これほど大切にしたものはない。その点日本の芸術品は世界最高の扱いをしていると言える。」と書いています。
 しかし、現代の茶の湯には厳しい目を向けていて、茶の湯の大事なところは創作がなければならないと強く主張します。たとえば、千利休は「四十を過ぎれば東を西に、山を谷に」と教えていたといいます。つまり、40歳ぐらいまでは師匠の言うとおりに学び、それ以降はたとえ師匠が東といっても西を創作するぐらいの気構えがなければならないといいます。だから、いつまでも教えられた通りにしていてはダメだということです。私自身もそれには賛成で、たとえば表千家では道具の拝見のときには畳の縁内に取り込んで見ますが、裏千家では縁外に置いて拝見します。むしろその方が見えやすくていいと思うので、ときどきそのようにして見ます。でもお点前は表千家流を習ったので、ほとんどの作法がそのやり方ですが、他流のほうがいいなと思うときもあります。だから、仲間うちでお茶を楽しむときには、「混合流」だといいながらいろいろなことをしています。ときには、間違ったときなど、混合流だからといいわけに使うこともあり、よしあしです。
 それを抜きにしても、茶の湯があったからこそ、道具を大切にするという習慣が生まれたことはあると思います。だいぶ前ですが、ある陶芸家から、子どもの時からいいものを使うと大切にするし、だからこそ愛着も生まれると聞いたことがあります。床に落としても壊れない道具を使っていると、ときには床に落としてしまいます。それでも壊れないから、自然と道具を扱うときには雑になりがちです。だとすれば、壊れるからこそ大事にするという理屈もなりたちます。
 下に抜き書きしたのは、著者の作庭にあたっての心構えです。
 このような考え方にいたるまでの作庭の歩みを先に述べて、それからこの抜書きしたところがあります。著者は、庭園というのは他の芸術品よりも永遠性を持っていると考えていて、今日の人たちが観賞するだけでなく、永遠の人たちが干渉してくれると言います。
 ただ、私的には、作庭した当座のものを永遠に保持することは、とても困難だと思っています。つまり、石や砂などはそのままでも、植物は必ず生長します。だから、著者は茶室の露地であっても一木一草を用いない作庭をするのかもしれません。

(2020.6.15)

書名著者発行所発行日ISBN
重森三玲 庭を見る心得(STANDARD BOOKS)重森三玲平凡社2020年4月15日9784582531763

☆ Extract passages ☆

 庭園という一つの芸術作品は、その素材が全部自然そのままのものです。石も木も土も水も皆自然そのままの素材ですから、従来の多くの作庭家は、それらの素材の自然性に従属したり、依存することが強いのです。つまり、素材があらゆる点において強過ぎるために作者はその素材に負けてしまうのです。それでは傑出した庭園は作り得ない訳です。あくまでも素材のもつ自然性に対して創作的意図を用うべきです。素材を一応殺してしまって、さらに別な角度からこれを生かすことです。私の作庭は、この点に最大の注意を払ったのです。
(重森三玲 著 『重森三玲 庭を見る心得』より)




No.1803『モンベルの原点、山の美学』

 著者はモンベルの創業者ですが、私も利用者の一人として、この「モンベル」という社名を気にしていました。著者自身の説明によると、「「モンベル montbell」という社名は、真崎と相談して決めました。フランス語で「美しい山」を「mont belle」といいますが、フランス語でもなければ英語でもない、どこの国の言葉の意味にもとらわれないインターナショナルな名前になればいいなと思って、「mont belle」から最後の e を取ったんです。」ということで、納得しました。それと、アメリカのアウトドアブランドの「ザ・ノース・フェイス」の名も気になっていたのですが、これは創業者のダグラス・トンプキンス氏がアメリカ人で初めてアイガー北壁を登ったことで、その北壁の名称である「THE NORTH FACE」を社名にしたと書いてありました。
 やはり、お互いにアウトドアブランドであり、登山家であることから、山にこだわった名前だったと知り、自分たちが使いたい山の道具を目指したことから始まっています。もちろん、自分たちが使ってさらに改良を加えることもできるわけで、創業時の雰囲気が伝わってくるようでした。
 著者は、ハインリッヒ・ハラーの『白い蜘蛛』にとても影響を受けたといいますが、この白い蜘蛛というのはアイガー北壁の雪壁で、自分たちも落石で間一髪で助かったところです。ハインリッヒ・ハラーはこの後、『チベットの7年』を書きましたが、これは私も見ましたが「セブン・イヤーズ・イン・チベット」という映画にもなりました。
 おそらく、モンベルを創業して幾多の困難があったと思いますが、この本のなかには苦労らしきことがほとんど書かれていません。おそらく、「山登りというのは、経営そのものです。逆に言えば、経営は山登りそのものみたいなところがある。」と書いていますが、だからこそおもしろいといわんばかりです。
 そして、会社がこれから30年後も存在し続けるには、2つのことが必要だといいます。「30年後の会社の姿を思い描くにあたって、大切な要素は二つあります。ひとつめは、モンベルという会社が社会にとって必要とされ続けているかどうか。具体的に言えば、商品がお客さまに喜んでもらえているかということ。そしてモンベルの事業活動そのものが必要とされているかどうか。事業活動そのものが社会に貢献していること、世の中のニーズを捉えている状況にあるかどうかということです。二つめは、事業活動の経済バランス。つまりビジネスとして採算が取れているかということ。」と書いていますが、著者としては、この2つを満たすような活動をしてきたし、これからもそのようにしていきたいという進むべき方向を示しているような気がします。
 下に抜き書きしたのは、1%でもできる可能性が可能性が上回れば実行するというところに書いてあった言葉です。
 実は私も高校生の頃は山岳部でしたから、これはよくわかります。登頂するときだけではなく、登頂を諦めて途中で引き返してくるときもそうです。絶対に大丈夫ということは登山というスポーツにはあり得ませんが、相当の可能性がなければ潔く諦めることも大切です。
 最後の「付記 50年目のマッターホルン」を読み、できるなら、私も今まで登った山に再度挑戦してみたいと思いました。先ず国内では、屋久島の宮之浦岳に、しかもシャクナゲが満開に咲いているときに登ってみたいです。国外なら、30数年前に行ったブータンの山々をゆっくりと歩いてみたいと思っています。
 著者が書いているように、72歳の今、「その下降路をよたよた登る自分の姿が愛おしかった」という気持ちを味わってみたいものです。

(2020.6.12)

書名著者発行所発行日ISBN
モンベルの原点、山の美学辰野 勇平凡社2020年3月25日9784582741223

☆ Extract passages ☆

登山家はみんな怖がりです。怖いという意識を持っていないと、ダメです。怖いから事前に準備をするわけです。でもその怖さよより好奇心が上回って、僕らは山に行くんです。
 夜行列車に乗って、冬の松本駅に吹雪のなか降り立って、これから雪の穂高の山に入っていくことを想像すると、帰りたくなるくらい怖いんですよ。でも心を鼓舞して、決意して入っていく。この微妙な精神状態が、たぶん冒険の真髄ですね。
(辰野 勇 著 『モンベルの原点、山の美学』より)




No.1802『陶工の本』

 あるお茶席に入ったとき、バーナード・リーチの花瓶に花が生けられていました。そのとき、なんとなく、和というよりは和洋魂のような雰囲気があるように見えました。あとから、席主に話しをうかがってバーナード・リーチがつくられたことを知ったのです。
 最近、NHKの新日曜美術館も、新型コロナウイルス感染症の影響ですでに放送された番組を再放送していますが、そのなかに民藝活動をされている方の作品もいろいろと紹介されています。彼の作品も紹介されたようです。
 この本は、1955年に中央公論社から刊行されたものを底本として再刊されたものです。一部、今では使わないような差別用語もありますが、編集部として「発表時の時代背景を考慮し、原文どおりとした」と断っています。著者は1887年の生まれで、富本憲吉や濱田庄司などと親しく交流し、互いに切磋琢磨した間柄ですが、この本のなかにも、それらのことが垣間見えます。
 さすが陶工だと思えたのは、「乾燥は自然にまかすのが一番いい。東洋の田舎の窯場では、戸外の架台が恒久的な特色であり、それにはしばしば太陽と風で乾く陶器をのせた板が積み上げられ、一人の男が注意深く見回って、陶器をひっくり返したり、向きを変えたりするのが見られる。突然雨が降りそうになると、誰かが叫び声をあげて家中の人が走り出し、わずかの間に板は屋根の下に入れられる。土がしなやかである間は、歪む危険はなく、いずれにせよ土は、あまり固くならぬ以上、平坦な轆轤盤の上で回される間に、自動的に調整されるものなのである。」というところで、いろいろな窯場を見てきたからこそわかることだと思いました。
 それと、呉須について、なんとなくわかっていたような気になっていたが、「シナのある河床で見出され、分光器で調べると、10ないし30%のコバルト以外に、実に17種類の他の要素が存在する。最も重要な不純物はマンガンである。」とこの本に書いてあり、なかなか微妙な釉薬であると思いました。しかも、人工的にそれらを混ぜ合わせたとしても、天然の呉須と同じような発色をするわけではないそうで、代用品はあくまでも代用品に過ぎないということかもしれません。また、呉須を溶くときには、水ではなく濃い茶を使うというのは、あるテレビ番組で見たことがありますが、ここにも書かれていました。
 第8章の「仕事場」のところで、陶工として生活していくための経済的なこととして、いろいろな苦労があると思いました。税務署に提出するバランス・シートもそうですが、日々の収支も問題で、「土曜日には、まだ少数の訪問者があったが、夏の郊外旅行者の大部分は去り、われわれのこの土地での売れ行きは、次のイースターまで、ほとんど停止することだろう。今週の売上高は、8ポンドと端数にまで落ちた。」などの記述は、どんな国でも同じだと痛感しました。
 最後の「附録」は、陶工の用語や道具、材料についての説明で、ほとんどが専門用語でした。私は陶工になるわけでもないので、ここはさらっと読み流しました。おそらく、しっかり読んだとしても、これから役立つとは思えませんでした。
 それにしても、久しぶりで400ページを越す本をじっくりと読みましたが、自分の興味のある分野だからなんとか読めましたが、もし、あまり興味のない分野だったら、途中で頓挫してしまったかもしれません。昔より、根気が続かなくなったようです。
 下に抜き書きしたのは、疵のついた陶器について述べたもので、日本人の陶芸家と交際があったからこその解説です。
 そういえば、国宝展で見た「馬蝗絆(ばこうはん)」という銘の青磁の茶碗です。言い伝えによると、平安末期に南宋から平重盛に贈られたそうで、室町時代に足利義政の手に渡ったときにひびが入り、鉄のかすがいが打たれたそうです。このかすがいがイナゴ(馬蝗)に見立てて、銘がつけられたといいます。
 これを見たときに、いくらひびが入ったとしても、この砧青磁の深味のある色合いは二度と出ないのではないかと思いました。だとしたら、かすがいを打ってでも後世に残さなければという思いがひしひしと伝わってきました。足利将軍家からいくどかの変遷を重ね、京都の豪商である角倉家に長らく伝えられ、室町三井家から東京国立博物館へ入ったそうです。
 私は何度か見ていますが、見るたびごとに、新たな感動がわき上がってきます。そう考えると、疵のついた陶器について書いてあるここの部分が、とても大切なような気がしました。

(2020.6.10)

書名著者発行所発行日ISBN
陶工の本バーナード・リーチ 著、石川欣一 訳河出書房新社2020年2月28日9784309256528

☆ Extract passages ☆

レンブラントの鵞筆からのわずかな汚点は、彼の絵に大した影響を及ぼさぬが、蒐集家はその程度の疵のある陶器を、見ようとさえしない。日本人は、この点もっとわけがわかっていて、漆で美しく欠陥を直し、瞞着などまったく考えず、しばしば見事な金の線で、厳格な色彩を高めさえする。何事も無駄にせぬシナ人は、わずかな銭で、割れたりこわれたりした陶器を、カスガイ止めにさせ、それを使用し、楽しみつづける。なすべき唯一のことは、このような器を、知覚力ある人々のために残し、技術的には完全だが、陶工あるいは窯の短所によって、悪い性質を持つ他の品物を、厳しく破壊することである。
(バーナード・リーチ 著 『陶工の本』より)




No.1801『木のことば 森のことば』

 著者は雑誌編集を経て、PR誌などの編集を手がけ、1975年からは文筆に専念されています。おそらく肩書きは随筆家で、とくに自然系の随筆や紀行などが多いようです。
 でも、この本を購入したのはだいぶ前で、そのまま積んでいたのですが、今回の新型コロナウイルス感染症の影響で外出自粛が要請され、なかなか本屋さんに行くこともできずに、自分の部屋の本棚から探し出してきた1冊です。
 この本のなかの、「大きな本は、すでに生きるための活動からほとんど解き放たれて、生と同時に死を内部にかかえ、老若を超え、宇宙の摂理と言ってもよく神と言ってもよいものへの絶えざる深い祈りをささげる存在に化しているのではないかと思います」という文章を読み、昨年の9月に山形県内にある幻想の森を訪ね、その杉の巨木さにびっくりしたときのことを思い出しました。その時は近くの方から、大水の影響で土砂崩れがあり、そこまでは行けないと教えられたにもかかわらず、行けるところまで行こうと思い行ってみたのでした。ところが、意外と簡単に行けたのですが、その日の夕方からまた大雨が降り、翌日からまた行けなくなったと聞き、ほんとうに驚きました。樹々との出会いも、人との出会いと同じように、偶然の重なりのような気がします。
 また、屋久島の縄文杉の話しも出てきますが、私は屋久島のヤクシマシャクナゲを見てみたくて、鹿児島大学の先生にお願いして、満開に花が咲く年を教えてもらい行きました。そして宮之浦岳などのヤクシマシャクナゲを堪能し、その日は新高塚小屋に泊まり、翌朝に縄文杉に下りました。前日の晴天とは打って変わり、小雨が降っていましたが、いかにも屋久島らしい風情で、屋久杉の間を歩いて下りました。よく屋久島は1ヶ月35日雨があるといいますが、翌日にはまた晴れて白谷雲水峡をゆっくりと歩きました。
 この本を読んで知ったのですが、昔々、島崎藤村の「夜明け前」を読んだ記憶はあるのですが、「飯倉だより」というエッセーに、「人間は一生に二度ほど私達の方へ来る。 一度は少年の時。一度は年を取ってから。」というのがあるそうで、なるほどと思いました。私の場合は、故郷に戻ってから、小町山自然遊歩道をつくったりして、いつも植物たちと関わりを持ってきましたが、もし、それがなかったら、もっとサバサバした人生だったかもしれないと思うときがあります。
 今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、来山者が少なかったこともあり、ほぼ毎日シャクナゲを植えていました。そのラベルを見ながら、それらを集めてきた時々を思い出し、植物たちと関わってきたからこそ充実した人生が送れているように感じました。もちろん、その花を見ることができなくても、まだまだシャクナゲを植え続けたいと思っています。
 下に抜き書きしたのは、屋久島の山ガイドの方の話しですが、彼はヒマラヤ登山にも行っている青年だそうですが、山には山のきまりがあり、それに従う謙虚さも大切です。
 そういえば、私をヤクシマシャクナゲに案内してくれたガイドさんは、もともと調理師さんだったこともあり、山での食事も大変美味しく、山のいろいろな話しを聞き、とても充実した登山でした。
 今では、縄文杉まで行ける体力があるかどうか心配ですが、もう一度、あの神々しいばかりの縄文杉に会ってみたいと思っています。

(2020.6.6)

書名著者発行所発行日ISBN
木のことば 森のことば(ちくまプリマー新書)高田 宏筑摩書房2005年10月10日9784480687210

☆ Extract passages ☆

 仏陀杉という名の推定樹齢2000年の巨本の根もとで、2人で弁当を食べました。そのとき青年が、「ちょっと待ってください」と言って、手で地面に線を引くしぐさをしながら、「山の神さま、ここからここまでをどうかお貸しください」と3度唱えました。びっくりしているぼくに青年は、そうしないで勝手に根に腰かけていたりすると、いきなり枝が降ってきて大怪我をするかもしれない、という説明をしてくれました。
 山では山の神さまの許しを得ないで自分勝手なことをしてはいけないのだ、というのです。
(高田 宏 著 『木のことば 森のことば』より)




No.1800『それでも読書はやめられない』

 副題が「本読みの極意は「守・破・離」にあり」で、どこかで聞いたことがあると思ったら、お茶で習ったことがありました。私のお茶の先生は学校の先生だったこともあり、お茶の作法だけでなく、いろいろな故事来歴も教えてくれました。そのときの話しに出てきたのがこの守・破・離で、利休百首のときだったように覚えています。
 利休百首の最後の句は、「規矩作法守りつくして破るとも離るゝとても本を忘るな」です。つまり、最初はお茶のお稽古をしっかりと覚えて、次はそこからはみだすぐらいの流れで楽しみ、そして自由闊達の境地に達するということのようでした。でも、先生は、たとえそこまでいったとしても、最初の基本は絶対に忘れてはならないといいました。
 それが読書にも通じることだというのが著者の考えです。著者は、「わたしは自分なりの読書人生(まあ大げさだが)を振り返るとき、この「守破離」に似た道筋を辿ったような気がしている。人生の序盤まで本好きでもなんでもなかったわたしが、ひょんなことから本を読むようになり、王道である義務としての「名作」の読書を経て(守)、やがて無謀にも「名著」に挑むようになり、いかにして敗退したか(破)。そこまでは滑稽とも哀れとでもいうべきだったが、しかしまた、そこで改めて開眼し、いかに「ああ、おもしろかった」という読書本来の自由で楽しい読書の原点に戻ってくることができたか(離)、というようにである。」と、「はじめに」のところで書いています。
 しかし、よく名著ということを聞きますが、私はあまり名著といわれるものを読みません。さらに何とか賞をもらったものも、ほとんど読みません。本屋さんに行ったり、図書館で選んで読むのがほとんどです。以前は自分で図書館をつくりたいなどと思ってせっせと本を買ったときもありましたが、自宅を改築したときに、それまで集めた本の8割以上を売ってしまいました。というのは、本は重いし、場所をとるし、管理も大変だということもあり、これだけは手放したくないという本だけを残しました。それからは、なるべく図書館で借りて読み、手もとに置きたいという本だけ、本棚に並べます。それも、一杯になり、その前に積み重ねてあります。
 それでも、旅行に行くときなどは、まさか図書館から借りてきたものを持っていくわけには行かず、その積み重なったなかから、その旅行に合いそうな本を探します。また、その選んでいるときなどは、旅行の準備のなかでも楽しいひとときです。
 この本のなかで、山村修氏の、本は「夢中になって読めるものであれば、ほんとうにどんな本でもいいのです」という言葉を抜き書きし、「自分で探し、読み、これはおもしろい、と驚き、感動し、笑い、感心しているのである」とつけ加えています。
 つまり、本というのは、「夢中になって読めるものであれば、ほんとうにどんな本でもいい」ということです。そういえば、この本のなかで、立花隆氏が「単なる娯楽本読み物本のたぐいは、いっさい排除している。フィクションは基本的に選ばない」といったそうですが、私もどちらかというとそのような本の選び方をしているようです。つまり、人になにかを話すときに役立ちそうなことが書いてあるのを無意識に選んでいるようです。
 下に抜き書きしたのは、伊藤忠商事の元会長で中国の元特命全権大使だった丹羽宇一郎氏の言葉です。
 たしかに、私も本がない人生なんて考えられないのですが、でも、何かのために読むというよりは、年を重ねてきて、ただ本を読むのが楽しいから読んでいるような気がします。そして、70歳も過ぎると、もう、それだけでいいと思えるようになってきました。ただ、少しずつ眼が悪くなれば、いつまで読書できるかと、それが心配といえば心配でもあります。

(2020.6.4)

書名著者発行所発行日ISBN
それでも読書はやめられない(NHK出版新書)勢古浩爾NHK出版2020年3月10日9784140886151

☆ Extract passages ☆

「読書の楽しみを知っている人にはわかります。本を読むことがどれだけ多くのものを与えてくれるかを。考える力、想像する力、感じる力、無尽蔵の知識や知恵……、読書はその人の知的好奇心、そして『生きていく力』を培ってくれます。それなりに本を読んでいる人にとって、本が一冊もない人生など考えられないはずです」(『死ぬほど読言」幻冬舎新書、2017)。
(勢古浩爾 著 『それでも読書はやめられない』より)




No.1799『生きる事はおもしろい』

 前回読んだ伊集院静さんの『旅だから出逢えた言葉』と同じ年に出版された本で、おそらく、この本も相前後して買い求めて積んでおいた本のようです。考えてみると、そのときどきの傾向のようなものがあり、改めて読んでみると、その流れがわかるような気がします。
 それにしても、書いた当時の年齢が70歳後半ですが、それでも生きる事はおもしろいと思えるのはすごいと感じました。やはり、若い時によいと思えたことが、今ではあまりよいこととは思えなかったり、若い時にはあんなことがなぜおもしろいのだろうと感じたことが、今ではとてもおもしろいと感じたり、年齢とともにおもしろさも変わってきます。それでも、おもしろいということがあるということは、とてもいいことだと思っています。
 たとえば、著者は、高杉晋作の「おもしろきこともなき世をおもしろく」という辞世の句を引き合いに出し、「生きる上での基本的なこと、そこにおもしろさを見出して暮すのは、悪くはない。食べること。息をすること。歩くこと。そして、眠ること。」としていろいろな自分の思いを書きだしています。
 考えてみれば、常日頃の日常のなかにおもしろさを見いだせれば、それが一番です。なかなかそこに見いだせないからこそ、非日常の旅とかに出かけたくなるのです。たとえば、歩くことひとつでも、楽しさはあります。歩いていれば、いろいろな発見もあります。今年は新型コロナウイルス感染症の影響で不要不急の外出自粛で旅行もできませんが、自分がつくっている小町山自然遊歩道に行くと、誰とも出会わないので、窮屈なマスクをすることもなく、小鳥の鳴き声に耳を澄ますこともできます。シャクナゲや山野草などの花もたくさん見ることができます。歩いていると、イヤなことも忘れ、健康にも良いようです。というのは、以前より三度の飯がおいしいですし、お茶やコーヒーなども乾いたのどに心地よく入っていきます。
 著者は、この本のなかで、「体はつねに語りかけているのだ。私はそれを"身体語″と呼んでいる。もし世の中から頭痛や風邪などが完全になくなったなら、それは恐ろしいことだ。すべての体調は、体からのメッセージである。外国語を習得するのも大事だが、身体語をおぼえることのほうが重要なのだ。」と書いています。
 つまりは、自分の身体の変化を読み取り、それに合わせた生活を心がければ、なんとか生きられるというわけです。著者は、風邪だって上手にひくべきだといい、「風邪は5日ぐらいで完治するのが望ましい」と言い切っています。
 でも、誰だって好きで風邪をひくわけでもないから、もしひいたらじたばたしないで体を休ませるということかもしれません。お医者さんに聞くと、風邪に効く薬はないそうで、治るまでジッと体が回復するまで待つのが最良の方法だといいます。
 下に抜き書きしたのは、「あとがき」に書かれていた言葉です。おそらく、この本を書いているときの気持ちが現れたのではないかと思います。
 それがそのまま本の題名になったとも思います。生きることはおもしろい、と思いながら、生きていければそれがいいでしょう。

(2020.6.1)

書名著者発行所発行日ISBN
生きる事はおもしろい五木寛之東京書籍2013年9月5日9784487807611

☆ Extract passages ☆

 人が生きていくということは、決して楽なことではない。それどころか、人生というものは苦しみや悲しみ、苛立ちや鬱屈に満ちているような気もする。
 しかし、そんな日々を、人はうつむいて嘆いてばかりいるわけにいかない。
 一瞬、 一瞬を、自分でおもしろく生きる工夫をしなければ仕方ないだろう。
 一瞬が変れば一日が変る。一日が変れば一年が変る。そんなふうに自分に言い聞かせながら、今日まで生きてきた。
(五木寛之 著 『生きる事はおもしろい』より)




No.1798『旅だから出逢えた言葉』

 著者の伊集院静さんが、2020年1月21日にくも膜下出血で倒れて病院に救急搬送されたとニュースで見て、ちょっと心配しましたが、現在は退院し、リハビリをされているそうです。私と2ヶ月も誕生日が違わないので、私もそろそろ気を付けなければと思いました。
 この本は、もともとダイナースクラブ会員誌『シグネチャー』に連載中の「旅先でこころに残った言葉」のなかから再編集し加筆、改題したものだそうです。ダイナースクラブそのものも知らなかったのですが、三井住友トラストクラブ株式会社のクレジットカードで、カード年会費が24,200円(税込)です。最近のカードは、ほとんどが年会費をとらないところも増えているので、これだけの年会費を払えば、情報誌も発行できます。
 旅行なども充実していて、たとえば空港ラウンジなども回数制限なく、無料で利用可能だそうですし、手荷物宅配サービスも手荷物1個までは無料だと案内には書いてありました。これなら、一般のゴールドカードよりは内容が充実しているようで、高額の年会費を払っているだけのことはあります。
 さて、旅の話しですが、旅に出かけるときに1〜2冊本を持って行くと書いていますが、私の場合は、どの本を持って行くかで相当悩みます。というのは、旅の移動中は意外と時間があり、ゆっくりと本が読めるから、その途中で読む本が無くなったらと考えると、たくさん持って行きたくなるし、でも、それだとかさばるし重くなるし、悩んでしまいます。基本はその出かける先のゆかりの本が最優先ですが、読もうと思っていても、なかなか読めなかった本もこのリストのなかに入ってきます。そういえば、このような旅の本が載っているところで、小泉信三が「すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなる」という言葉を紹介していますが、なるべく役に立ちそうもない本もその選択肢のなかに入ります。
 そう考えると、旅の支度のなかで一番悩むのが、持って行く本ということになります。
 この本のなかで、美術館に触れるところが多いのですが、著者は、「美術館とは不思議な世界である。そこに足を踏み入れた途端、現在の時間は止まり、ゆっくりと過去が寄せてくる。人間の中に、美を求めるこころがあり、それがゆたかなことであることを証明してくれる場所なのだから。」いいますが、私もそうだと思います。
 だから、旅に出るときには、必ず美術館や博物館などの開催内容などを調べます。あるときなどは、1日1ヵ所の美術館を訪ねる旅をしたことがあるし、普通なら旅費が高くなるけど、大人の休日倶楽部パスなら、いくら乗り降りしても定額料金なので、北杜市の「平山郁夫シルクロード美術館」などはこのようなときに行きます。しかも、中央線で小淵沢駅まで行き、そこで小海線に乗り換え、甲斐小泉駅で下車し見学しました。泊まりは、その1つ先の甲斐大泉駅近くの「八ヶ岳いずみ荘」でした。そして翌日は小梅線で佐久平駅まで行き、そこから北陸新幹線で上野駅まで行き、そこで国立博物館などを見ました。
 海外でも、たまたまイギリスに行ったときに、テート・モダンでアンリ・マティスの特別展をしていることを知り、それを見ることができただけでなく、最上階のレストランで食事をし、そこからテムズ対岸のシティ・オブ・ロンドンを眺めたことも旅のよい思い出となっています。
 下に抜き書きしたのは、故城山三郎氏から、″無所属の時間″を持つことをすすめられたそうで、そのことについてです。
 とくに、海外に行けばほとんど知らないことだらけで、どこにも属していないということが実感できます。さらに一人旅だと、なおさらです。たまたま、最初の一人旅はネパールでしたが、いっしょに行く予定のネパール人が急用で帰れなくなり、一人で行くことになったのです。たしかに、心細かったのですが、旅の終わりにはなんとかなるものだと思いました。つまり、案ずるより産むが易し、というわけです。
 この本には、このように旅に役立つヒントがたくさんありました。

(2020.5.30)

書名著者発行所発行日ISBN
旅だから出逢えた言葉伊集院 静小学館2013年3月13日9784093882552

☆ Extract passages ☆

 亡くなった作家の城山三郎氏が、人生の時間の中に″無所属の時間″を持つことをすすめられたのは、普段の生活の中だけではなく、旅においても名言である。
 ″無所属の時間″とは、私たちが生きて行く上の時間で、それをなすことが何かに繋がる時間、たとえば仕事に役立つとか、何かに役立つとか、そういうものに関ることのない自由で、解放された時間のことである。
(伊集院 静 著 『旅だから出逢えた言葉』より)




No.1797『食いしん坊発明家』

 やっと5月14日に再開された図書館に15日に行って、新刊コーナーでたまたま表紙のイラストが楽しそうなので、借りてきました。
 そして、読み終わって一番後ろに印字された購入日を見てみてると、2020.5.14とありました。つまり、再開したその日に購入された本で、たったそれだけの話しですが、なんとなく嬉しくなりました。最近は図書館から借りて本を読むのがほとんどなので、図書館の再開を望んでいたからです。
 しかも著者は、福島県の造酒屋の息子さんで、東京農業大学名誉教授で農学博士だそうです。その酒造家の「泉山酒造」をネットで調べてみると、現在も続いているそうで、単に隣の県というだけでなく、うれしくなります。著者は自分が大学で勉強した発酵や醸造などを生かし、次々と新しい発明をするのを読み、ワクワクしながら読みました。ある意味、痛快な食の冒険談のような感じさえします。
 ただ、ページ最後のところに、「この物語に登場する美味しい発明の数々は、すべて著者が実際に考案したものばかりですが、この物語はフィクションです。」と書かれてありましたが、なんかノンフィクションのような臨場感がありました。途中から内容が変わったのですが、それは初出が題名の「食いしん坊発明家」で、後ろの方は「食いしん坊ガキ大将」で「小説新潮」の2019年3月号に掲載されたものを合わせたからのようです。
 この本のなかで、いろいろな発明をするわけですが、もちろん成功したことが中心に書かれていますが失敗も数限りなくありそうです。それでも、著者がいうには、「俺には、発明に成功しようと失敗しようと、食いしん坊であることがとても力になっていたのである。よし、この発明がうまく行ったら、あの料理屋に行って鰹のたたきと焼いたヤナギムシガレイで一杯飲ろう。嬉しいひと時が迎えられるぞ。逆にもしこの発明が失敗しても、あそこのおでん屋に行ってクジラのコロで一杯飲ると何もかも忘れて至福の時間を迎えられるぞ。このように俺は、いつも「食いしん坊」というもう一人の自分を背後に置いて、そんなフレキシブルな考えで発明と向き合ってきた。だから成否など別として、発明はとても楽しかったのである。」と書いています。
 つまり、発明というのは、おそらく失敗することの方が多そうですが、それを続けるには失敗してもくじけない明るさが必要だと思いました。だから、発明はとても楽しかったといえるわけです。
 下に抜き書きしたのは、「食いしん坊ガキ大将」の最後のところに書かれていたもので、私も同じような思いでがあります。
 ただ、ちょっと違うのは、四角い七輪ではなく、ダルマ形のストーブで、その当時は石炭を使っていました。その生温かい弁当は美味しかったのですが、それぞれの弁当から出るおかずのニオイが混ざり合って、慣れるまで大変でした。
 でも、今になると、そのような体験も、楽しい思い出です。
 そういえば、先日読んだ無明舎出版から1988年に出た「雪国はなったらし風土記」も、私と同時代の子どもたちの白黒写真がたくさん掲載されていて、とても懐かしく思い出しました。思い出に浸るというのは、年を重ねてきたからでしょうが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で外出自粛もあり、少しストレスが溜まっているからなのかもしれません。
 来月からは、県外にも行けるようになればいいと思っています。

(2020.5.27)

書名著者発行所発行日ISBN
食いしん坊発明家小泉武夫新潮社2020年4月15日9784104548071

☆ Extract passages ☆

 当時の小学校の各教室には、冬になると弁当暖め箱というのがあった。高さ1メートル、横幅70センチ、奥行き50センチぐらいの扉の付いた本製の箱で、中は弁当箱が40個ぐらい入れるように段々の棚になっている。一番下に炭人の入った四角い七輪を置き、朝、生徒たちは、その暖め箱の中に持ってきたアルミユウム製の弁当箱を入れておくと、昼にはホッカホカの弁当が食べられた。
(小泉武夫 著 『食いしん坊発明家』より)




No.1796『人の暮らしを変えた 植物たちの科学戦略』

 表紙に「香り・味・色・薬効」と書かれていて、たしかに植物たちによって私たちは本当に生かされていると感じました。
 この本のなかにキジュのことが書いてあり、その木を初めて見たのが1996年で、中国雲南省でした。たしか大理に向かう途中だと思いますが、そのとき、ある薬学部の先生がこのキジュからカンプトテシンという抗がん物質が見つけられ、日本の製薬会社で副作用の少ない抗がん薬として1978年にでき、それから臨床が始まり1995年にイリノテカンという名前で抗がん薬として承認されたということでした。つまり、その前年に承認されたばかりでした。それから20年ほどたって同じ中国雲南省のある村で、ちょうど花が咲いているキジュを見つけ、それから何度か見ています。現在では、私のところにも植えてあり、すくすくと育っています。名前がキジュ、すなわち喜樹ですから、とても縁起が良いと思って薬学部の先生から幼苗をいただいて植えたのです。
 ここ10年ほど、その先生たちと海外の植物の調査をいっしょにしていて、いろいろと教えてもらうのですが、この本に書かれていることもたくさん聞きました。たとえば、西洋イチイが抗がん薬に使われているということで、あるイギリスの知り合いの庭からこの種子をいただいてきたり、昨年はマダガスカルのニチニチソウもすぐれた抗がん薬になるということなど、さらにはスリランカでキナノキを見つけ、これがマラリヤ薬になっていることなども聞きました。まさに、その植物たちを前に聞くわけですから、忘れないわけです。
 この本を読んでいておもしろいと思ったのは、五味についてエネルギーの観点からではなく、それがなぜ大切なことなのかということについてで、「甘味はエネルギー源の存在を、塩味はミネラルのバランスを、酸味は腐敗の有無を、苦味は有害な物質の存在を、旨味はアミノ酸の存在を示すシグナルとして働いている。このように五味はヒトの生存を安全にし、そして豊かにするための感覚である。」と書いています。たしかに、最近は賞味期限などの記載で腐敗とか有害物質の有無などの心配は少なくなってきていますが、それに合わせるかのように自分で確かめることがなくなっているように思います。昔は、自分で豆腐の端を包丁で切って食べてみて腐敗しているかどうかを調べていましたが、それもなくなりました。まさに、書いてあることがそのまま信用されているわけです。たまに不正表示などがあると、とんでもないニュースとして取りあげられています。
 そういえば、この後に甘味は別腹だということが書いてあり、それは甘いものが食欲を刺激するからだというわけです。たしかに甘味は、「我々の気持ちを穏やかに、豊かにしてくれる」のですが、今の時代はむしろたくさん食べ過ぎて肥満や糖尿病などの問題を引き起こすことのほうが心配です。
 だいぶ前のことですが、NHKの放送で甘味はほんとうに別腹かという検証があり、そのときはたしかにCT検査で満腹のはずの胃が甘味を目の前に出されるとすき間が出たのです。つまり、その甘味を受け入れるだけのすき間ができたことに驚きました。つまりは、甘味は別腹だったということです。
 下に抜き書きしたのは、霊長類のチンパンジーも京都大学のグループが生態観察をしていて薬草を使っていたということがわかったそうです。
 たしかに、他の動物も昆虫なども土などをなめたりしますから、そのようなことがあっても不思議ではないと思います。むしろ、そのような動物たちの行動から薬草が発見されたということを聞いたことがあります。むしろびっくりしたのは、群れから離れるということで、おそらくは感染することを恐れてではないかと考えました。

(2020.5.25)

書名著者発行所発行日ISBN
人の暮らしを変えた 植物たちの科学戦略黒蜷ウ典築地書館2020年3月10日9784806715962

☆ Extract passages ☆

 京都大学のグループが、タンザニアのマハレ国立公園で霊長類の生態観察研究を行っているとき、一匹の雌のチンパンジーが明らかに体調不良であることが観察された。するとこの個体は、グループとは行動をともにしなくなり、ほとんど動かず、普段食べる植物とは異なる植物の枝の皮を剥ぎ、髄をかじって樹液を吸う行動を繰り返す姿が観察された。その後このチンパンジーは元気になり、群れに戻っていった。
 このチンパンジーが樹液を吸っていたのはキク科の Vernonia amygdalina という植物で、現地住民が腹痛やマラリア原虫や住血吸虫などの寄生虫感染の治療に用いていることがわかった。また、他の Vernonia 属植物に対してチンパンジーが同様の採食法を行うことが観察されている。このような行動をとったチンパンジーの糞を分析した結果、寄生虫の感染が明らかになっている。
(黒蜷ウ典 著 『人の暮らしを変えた 植物たちの科学戦略』より)




No.1795『自然に学ぶ 粋なテクノロジー』

 自然つながりで読み始めたのですが、あらためて自然のなかにはすばらしい発見があると思いました。
 たとえば、ちょっと前に流行ったナタデココのあの独特の食感は、セルロースという繊維の素が成分に含まれているからだそうです。これを加えることで、さらに高機能複合材料を作り出すことができるといいます。たとえば、通常のスマホのディスプレーはガラスでできていますが、このナタデココの水分を抜いたものに特別な樹脂を加えると、厚さ1ミリ以下のやわらかい基板をつくることができます。これを使えば、上のように折り曲げられる超薄型のディスプレーができるといいます。この本が出たのは2009年ですから、もう実際には試作段階から実用化されています。
 科学の本は、ある程度新しくないとダメだと思うのはこういうことに出くわしたときですが、考え方だけはある程度通じることがあり、この本を読んでいてもそう感じます。むしろ、環境問題などは、後退しているのではないかとさえ思います。ところが、今年の新型コロナウイルス感染症の影響で経済活動が著しく制限され、その結果、地球温暖化に少し歯止めがかかったという話しを聞くと、人間の活動と地球環境の問題はある意味、背中合わせではないかと思います。
 初めのところで、粋の4つの要素について書いていますが、「それは自然と和合し生きることを楽しむこと、敗者をっくらず競争原理が成立しないこと、足るを知ること、そして宇宙さえ内なるものへ取り込んでしまう自然のメタファの概念をもっいることではないだろうか。」といいます。
 そして著者は、「この粋の構造をテクノロジーに移し変えると、自然を基盤とした超低環境負荷高機能、 コミュニティー・コミュニヶーションの誘発、愛着、簡明なテクノロジーとなり、これこそがネイチャー・テクノロジーを構成する要素なのである。」といいます。つまり、これからの時代は、単なるテクノロジーではなく、自然から多くを学び、心の宿ったテクノロジーが必要だというのです。
 それが、「粋なテクノロジー」というわけです。
 よく、地球は奇跡の星だといいますが、この本のなかで、とてもよく書かれていたので抜書きしますと、「地球より少し太陽に近い金星は、地球の直径の95%、重さの80%を有し、地球の兄弟ともいわれている。だが、大気のほとんどが90気圧の二酸化炭素からなり、濃い大気にはとめどもなく温室効果が働き、地表面温度は127〜467℃(400〜740K)となっている。一方、地球より少し太陽から遠い火星では、大気の95%は二酸化炭素であるものの、気圧は地球の0.75%しかなく、地表の平均気温はマイナス55℃、極点では冬マイナス133℃、夏27℃という大きな変化を示す。地球の位置は、太陽に近すぎず、遠すぎず、加えて、温室効果ガスのおかげで、生命体がその活動を維持できる絶妙な位置にあるのだ。」といいます。
 このことを考えれば、ほんとうに奇跡のような地球であることがわかります。金星でもなく、火星でもなく、地球だからこそ、人が生きていけるのです。植物も動物もみんな生きていけるのです。
 下に抜き書きしたのは、この本の題名に通じる大切なところではないかと思います。
 このことは、上のほうでも取りあげましたが、粋なテクノロジーは日本発の精神欲を喚起するテクノロジーなのです。この本のなかで、人の欲を認めつつ循環型の社会をつくるというのは、ある意味では従来型の物欲から精神欲へ変換することが必要だと述べています。
 つまり、これこそが日本人の考え方に近いものがあると思います。

(2020.5.23)

書名著者発行所発行日ISBN
自然に学ぶ 粋なテクノロジー(DOJIN選書)石田秀輝化学同人2009年1月25日9784759813227

☆ Extract passages ☆

 粋は自然と人とのかかわりである。その中で「生きることを楽しむ」のである。そには、「自然を手本とした、発散型ではない超省資源・省エネルギーテクノロジー」につながる。
 「敗者をっくらない」ことは、人間との関連性をもつことであり、それは「コミュニヶーションあるいはコミュニティーをつくるテクノロジー」である。「足るを知る」ことは、「愛着を呼び起こすテクノロジー」となり、「メタファ」は、簡にして明なかたちへの変換であり「簡明なテクノロジー」につながる。
(石田秀輝 著 『自然に学ぶ 粋なテクノロジー』より)




No.1794『日本美術の底力』

 新型コロナウイルス感染症の影響で不要不急の外出自粛もそうですが、各地の図書館も休館が相次ぎました。私がよく利用する米沢市立図書館のナセBAも令和2年4月1日から5月13日まで休館し、5月14日からいくつかの制約はあるものの再開されました。私は3月27日に借りてきた本もそのままだったので、15日に行って返して、新たな本を10冊借りてきました。そのなかの1冊が、この『日本美術の底力』で、購入日付けが4月30日ですから、まだ誰も借りていなかった本です。
 副題は「縄文×弥生」で解き明かすで、読んでみると、たしかにこの対峙することで何かが見えてくるように思いました。それを著者は、「動と静、過剰と淡白、饒舌と寡黙、あるいは飾りの美と余自の美。これらはそれぞれ「縄文」と「弥生」という日本の二大類型になぞらえることができます。火焔型土器に代表される、装飾的で、エネルギッシュな縄文時代の造形に対し、弥生時代の土器は、調和のとれた美しいフォルムを特徴としています。抑制のきいた文様が施され、機能的にも無駄がありません。こうした弥生的な美が「日本的美」の特質であるとして、日本の美術史は語られてきました。弥生的美を至上とする価値観は、縄文的美を軽んじ、ときにゲテモノ扱いしてきました。」と書いています。
 私も東京国立博物館で縄文土器や土偶など見ると、そのとんがったような表現にびっくりしてしまいます。そして、弥生式土器を見ると、今度はそのムダのない端正で調和のとれた美しさに魅了されてしまいます。つまり、どっちもいいとしか思えないのです。私もお茶を50年近く愉しんでいますが、お茶の道具もその両方の美が凝縮されているような気がします。ただ主流は千利休の流れで、この本でも「縄文が「盛る」美なら、弥生は「削る」美と言えます。そして安土桃山という、すべてを絢爛豪華に盛るのが良しとされた時代に、とことんまで削るという美意識を打ち出したのが、千利休(1522〜91)でした。その極点とも言えるのが、利体がっくった茶室「待庵」です。削りに削って、わずか二畳のスペースに、頭を垂れ、這うようにしなければ入れない躙口、竹を裁ち切っただけの花入れ――。利体はここに、時の最高権力者である豊臣秀吉を招き入れ、自ら点てた茶を、何の造作もない真っ黒な茶碗で振る舞いました。」と、「削る美」としてまとめています。
 でも、道具組みを考えた場合、すべてを端正なものだけで整えるとつまらなくなりますし、そのなかに1つでも変わった流れのものをつけ加えると、他の道具たちも引き立ちます。私の場合は、蓋置とか茶杓とか、ちょっとした小物が多いのですが、それを使うだけで話しの輪が広がります。やはり、お茶をいただくときにも、話題は大切で、それでみんなで盛り上がることもありますから、小物だからといって、おろそかにはできません。
 下に抜き書きしたのは、終章の「日本美術の底力とは何か」というところにあったものです。
 たしかになかなか読み解けないものもありますが、自分でこうではないかと思ったら、それはそれでいいと思っています。私も、ほとんど解説ボードはあまり読まないことにしていますし、昔はだいぶ図録なども買ってきて読んでいましたが、最近は持ち帰るのが重くて億劫だということもありますが、ほとんど買うこともなくなりました。つまり、作品をただ見っぱなしのようなものです。
 それでも、記憶のどこかに残っていて、別な展示会などで再び出合うと、なんかとても懐かしく感じたりします。そして、そのときには感じなかったことが、別な解釈もあるかもしれないと考えたりします。
 だから、旅に出ると、そこに美術館や博物館があると、なるべく見るようにしています。その出会いも、旅の愉しみのひとつです。

(2020.5.19)

書名著者発行所発行日ISBN
日本美術の底力(NHK出版新書)山下裕二NHK出版2020年4月10日9784140886199

☆ Extract passages ☆

 自分の目で観る。とにかくたくさん観る。「知識がないと、観てもワカラナイ」という人もいますが、それは違います。知識で頭が一杯になっている人は、絵を観ていません。知識が「観る」ことを邪魔してしまうのです。
(山下裕二 著 『日本美術の底力』より)




No.1793『造園を読む』

 だいぶ前に、ある出版社から造園の本が出て、たまたま著者も知り合いということもあり、『木を選ぶ 野田坂造園樹木事典』をいただいたことがあります。野田坂さんと電車でたまたま乗り合わせたときも、造園のことをいろいろと聞き、おもしろいと思ったので、その当時に買い求めた本が、これです。副題は「ランドスケープの四季」で、どちらかというと、造園の用語などをくわしく解説した本でした。
 たとえば、日本三景は有名ですが、誰がどのようにして選んだのかとか、あるいは自然にそのようなことになったのかとか、いろいろと考えたことがあったので、この「日本三景は林羅山の子、林春斎が1643(寛永20)年に記した『日本国事跡考』に丹後天橋立(京都府)、陸奥松島(宮城県)、安芸厳島(広島県)の風景地を、三処の奇観と述べたのが始まりといわれている。いずれも海の景色であり、砂嘴と股のぞき、多島風景と五大堂、神域化された宮島など、珍しい自然景観に人文的なイメージがプラスされた風景である。」を読んで、納得しました。
 また、松島が柳川の松濤園のメインテーマになったり、天の橋立が桂離宮のテーマだったりと、いろいろな影響を及ぼしていると書いていますが、富士山だってそのような傾向があると思っていました。庶民はそんなことはできなかったでしょうが、貴族や封建時代の城主などは、なかなか出かけられなかった当時のことを考えれば、日本三景を自宅の庭に持ち込みたいと考えるのは、ある意味、理解できることです。
 ただ、お茶の庭、つまり露地は、草創期のころは今とはまったく違っていたそうで、これにはびっくりしました。
 これは、「『烏鼠集』という古い茶書には「四畳半の前には草木を植えないこと、石を立てないこと、沙を蒔かないこと、栗石をならべないこと。その理由は、客の目が移らないようにするのが良いからである」ということが書かれている。」と知り、なるほどと思いました。露地はあくまでも茶室に入るための導入口であり、そこが一番目立ったのでは、困るわけです。茶室で一服のお茶をいただくのが目的ですから、それを際立たせるには、あまり印象に残らないことも大切なことです。
 ただ、わかってはいますが、露地に樹や草が生えていないと落ち着きませんし、潤いのある空間がなければ、中立のときなどの時間が持ちません。今の露地は、いろいろな定型がありますが、おそらく、初期のころはいろいろな工夫をすることが愉しみのひとつだったのではないかと思います。私自身の考え方としては、露地のなかに茶室があり、そのなかで一服のお茶をいただくというのが愉しみです。だから、いろいろな考え方があれば、その多様性も愉しむことができます。
 下に抜き書きしたのは、緑のプロムナードと題した佐々木さんの文章です。
 そういえば、私が小町山自然遊歩道をつくった動機も、自然のなかで歩きたいというものでした。歩くことによって自然のいろいろなことが見えてきて、それらを感じながら老後の時間を過ごしたというのが本音です。おそらく、後期高齢者になれば散歩をするのも億劫になるし、だからといって歩かないとますます歩けなくなるのではないかと思ったら、気兼ねなく自然に触れられるところがあればと思ったのです。
 この文章を読んで、つくり始めたころのことを思い出し、抜書きしました。

(2020.5.16)

書名著者発行所発行日ISBN
造園を読む進士五十八・白幡洋三郎 編彰国社1993年4月30日9784395004067

☆ Extract passages ☆

 人間は歩く存在である。歩くことが人間の活動時間の多くを占めている場合も多い。では、歩く心地よさ、あるいは快楽はどこからくるのだろうか。歩き方、歩く姿勢、歩く行為それ自体からくるのだが、歩く場所に左右されるのも事実である。そして歩く場所にふさわしいと見なされた空間、あるいはそのために計画された空間がプロムナードと名付けられる。歩くという快楽を尊重した結果生み出された一種の装置なのである。
(進士五十八・白幡洋三郎 編 『造園を読む』より)




No.1792『森の愉しみ』

 この本も同じ山形県人つながりで、著者は山形県最上郡真室川町在住の女性で、ご主人といっしょに「百樹の森」を創っておられるということです。それが自宅の裏山に創っているということで、興味を持ちました。百樹というのは、100種類の樹ということだそうで、今ではそれ以上のいろいろな樹を植えているといいます。
 この本は、「百樹の森ことはじめ」から始まり、それによると平成6年から夫婦でつくり始めたそうで、自分の裏山1ヘクタールに100種類の樹を植えたそうです。その小高い丘に旦那さんが手作りで「森の談話室」を建て、その二階から40メートルほどの「ターザンロープ」をかけて滑走できるようにしたそうです。これが子どもたちに大人気で、この森に招待したときには手作り料理でもてなすそうです。やはり、人は食べなくては生きていけないので、最後は食べものが大事です。
 著者の生活は、昔ながらのもので、農業と林業など、仕事と生活がしっかりと結びついています。今は、外に出て仕事をして、家に帰ってきて生活をするというパターンがほとんどです。今年の新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで外出自粛がもとめられると、家庭だけにとどまると大きなストレスがかかってくるとさえいわれます。
 でも、昔は家で仕事をするのが多く、たまにしか町へ出かけなかった生活だと、今の自粛生活もほとんど苦にならなかったのではないかと思います。
 そういえば、2018年8月29日に最上の幻想の森に行きましたが、その杉の木の大きさにびっくりしました。しかも、国道13号線からほんの少し入ったところにあり、そのすぐ近くまで来るまで行けました。おそらく、著者の近くでもあるので、このような巨木がその辺りにたくさんありそうです。それだけでも、行ってみたいと思いました。
 今年のゴールデンウィークは、新型コロナウイルス感染症の広がりのなかで不要不急や県外への外出の自粛などで今までかんがえられないような静かな連休でした。そこで、私も小町山自然遊歩道は昭和59年からつくっているので、今まで鉢で育てていたシャクナゲを孫たちと地植えにしました。そのとき、たまたま地元の新聞記者が来て、その様子を見ながら、「シャクナゲが雪で倒れないように斜めに植えるんだよ」と話していたのを聞きつけ、そのことなどを翌日の朝刊に、「感染終息願い シャクナゲ手入れ」という題で載りました。
 この本でも、「スギは雪害防止のために、傾斜の上向きに、少し斜めに植えます。雪につぶれても起きる時の角度が少ないので負担を軽くするのです。そして、スギの根元に木の葉や枯れ草を少し置いて根踏みをします。十一万本のスギはほとんど秋植えですが、干ばつの時でも一本も補植をしたことがありません。」と書いてありました。やはり、自然の生態こそが生きた教材です。孫たちにもたくさん本を読んだほうがいいよ、と話しますが、その意図するところはほとんどわかってはいないようです。でも、祖父が時間を惜しんで読んでいる姿を見せておくだけでいつかはわかってくれるだろうと楽観しています。
 下に抜き書きしたのは、竹林の風景について書いてあるところです。
 この竹林の最初の1本は、ご主人が友人から分けてもらったものだそうです。それを担いできて、植えて、それから少しずつ竹林になったといいます。じつは、私もこのような竹林が欲しくて、何度か移植をしたことがあります。でも、結局は枯れて仕舞いました。
 今でも竹林がほしいと思っていますが、著者のところが孟宗竹の北限だそうですから、もしかすると、寒さに慣れたものなら根付くかもしれないと今さらながら思います。

(2020.5.13)

書名著者発行所発行日ISBN
森の愉しみ柿崎ヤス子創森社2007年12月20日9784883402137

☆ Extract passages ☆

 竹林は、百樹の森を訪ねてくる人々にさまざまな思い出を残し、子どもたちの弾む声を聞きながら、来年の収穫のために自らの営みを、さばさばと継続していくのです。
 大きなケヤキの木とイチョウの木の近くにある竹林は、暑い夏でも日陰をつくり涼風が吹いているために、桐の本を輪切りにして作ったいすを並べて休み場にしています。森の草刈りを終えて竹林でひと休みします。西の山に陽が沈み、夕霧が立ち込めて竹林に流れてくると、頭上で爽やかな竹の葉擦れの音がする。その心地よさに一日の仕事の疲れも取れて、今を大事にしたいと語りながら、夫婦が頬をゆるめる場所でもあるのです。
(柿崎ヤス子 著 『森の愉しみ』より)




No.1791『樹は語る』

 「樹は語る」といいながらも、もちろんですが樹がこのように思っているのではないかと代弁しているような内容です。でも、同じ山形県人ということや、副題の「芽生え・熊棚・空飛ぶ果実」など、ほとんどつながりもなさそうなことがらも、実は自然の森のなかではすべてつながっているように読みながら感じました。
 そういえば、昨年の5月に白川ダム湖畔に水没林を見に行ったとき、玉庭から白川ダムへの峠道で、イタヤカエデの新葉が赤いのをみつけました。とてもきれいだったので、車を駐め写真を撮りました。それから数日後にも、そこへ行き、今度はゆっくりと見ると、残雪も残っていて、いかにも奥山の風景でした。この本で、そのイタヤカエデはアカカエデという変種で、とても自家受粉を避ける仕組みがあることを知りました。それは、「最初に雌花を咲かせ、その後に雄花を咲かせる「雌性先熟タイプ」と、雄花をまず咲かせ、次いで雌花が咲く「雄性先熟タイプ」に2タイプの本があるのだ。」といいます。つまり、1本の樹がオスとメスを効率的に半々の振る舞いをしているということです。まさに合理的な開花システムです。ところが、アカイタヤの成本を数多く調べていると、「雄花だけを咲かせる個体や雄花、雌花、雄花の順に開花する個体まで出てきた」そうです。ということは、アカイタヤの開花システムは、4つあるということになります。でも、なぜそのようなシステムをとっているのかなど、その実体や進化の方向性などの解明はこれからだそうです。
 やはり、樹々に生き様を知るのはなかなか大変のようです。
 また、ここの小町山自然遊歩道にもホウノキがあり、毎年花を咲かせますが、その開花にも不思議があるそうで、「樹冠を見るとあちこちで大きな白い花が見られるが、樹冠全体が満開というわけではない。堅い蕾のものから、少しだけ開いたもの、花弁を落としたものまでさまざまである。ホオノキの花は一斉に咲くことはない。一つひとつ順々に一ヶ月もの間、咲いては落ち、落としては咲き、といったことを繰り返している。」といいます。
 つまりは、開花期をずらすことによってさまざまな気候変動や自家受粉などを避ける工夫のようなものではないかと思いました。というのは、15年ほど前に、北海道の大雪山にキバナシャクナゲを見に行ったときも、ホウノキと同じように花がいっせいに開くということはなく、次々に咲くようなものでした。私は、満開のキバナシャクナゲの写真を撮りたかったのですが、それが種を護るための工夫と思えば仕方のないことでした。まさに、それと同じです。
 植物たちは、動けないので、それなりの工夫をしながら子孫を増やしているかのようです。そういう意味では、とても慎重ですし、この本では、「もったいない」という生き方をしているといえます。ここ小町山自然遊歩道にもウワミズザクラがありますが、「葉から回収した窒素はシュートを経由し、一年生枝(二年生枝以上の場合も多い)に回収していると思われる。そして太い枝や幹や根に貯蔵される。養分を吸い取った後は、葉を落とし、次いでシュートも落とす。獲得した資源は節約するのが自然の流儀なのだ。」と書いています。ムダはしない、というのが「もったいない」という精神であり、それが森の常識だといいます。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」のところに書いてあったもので、天然の森のつながりについてです。
 人間もたった一人では生きていけないように、天然の森でも樹々はたった1本では生きていけないようです。つまり、それなりに共存を図っているということでもあります。

(2020.5.10)

書名著者発行所発行日ISBN
樹は語る清和研二築地書館2015年7月1日9784806714965

☆ Extract passages ☆

トレードオフ関係が成り立つことは多様な種が一つの大きな森で共存できることを示している。つまり、一つの大きな天然の森には暗い林内だけでなく人小さまざまな明るいギャップがあり、明るいギャップではシラカンバやケヤマハンノキが優占し、暗い林内ではミズナラやイタヤカエデが定着することができるのである。林内でもギャップでも、どこでも一番強い樹種がいればトレードオフ関係は成立しないが、自然界にはそういうスーパーマンはいないのである。すなわち、トレードオフというあちらが立てばこちらが立たないといった関係がそれぞれの樹種のハビタットを保証し、多種の共存を生み出しているのだ。
(清和研二 著 『樹は語る』より)




No.1790『植物の形には意味がある』

 この地球上にはいろいろな植物がいます。その種類は、もちろん誰も正確にはわからないでしょうが、だいたい20万から30万種ではないかといわれています。そのひとつひとつがみな違う形をしていて、おそらく、それぞれの理由があると思います。でも、それだって、直接、植物に聞くわけにはいかないので、推量するしかないのですが、とても興味のあることです。
 そう思っていたときに、この本を見つけましたが、そのすぐ後に外国に行く予定があり、帰国後は撮ってきた写真を整理しなければならず、つい、そのままになっていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で図書館も休館し、不要不急の外出もできないので、積んであったこの本を見つけ出しました。そして、やっと読むことができました。
 読み始めると、とてもおもしろく、たとえば、ファーブルの昆虫記で有名なフンコロガシをだます戦略で種子を遠くまで運んでもらう植物もいるそうです。それは、「南アフリカに生える多年性の単子葉植物の一種は、ウシ科のアンテロープの仲間の糞に形もにおいもそっくりの種子をつけるので、フンコロガシはだまされてこれを転がしていって土に埋め、結果として種子が遠くまで運ばれる仕組みです。においの元となる揮発成分の組成や量までもが動物の糞に似ているということですから念が入っています。」といいます。
 でも、いつもいつもだまされてきたフンコロガシは、いつかはそれを見破ることができるようになり、そうすると、その植物はさらに本物に似せた種子をつくるように進化するかもしれないので、いつまでもそのような戦いは続きそうです。
 そう考えれば、植物の形には、いろいろな意味があるそうです。ただ、この本に書かれていたのは、科学的な裏付けがあるものばかりではなく、もしかするとそうかもしれないという形の推論もあり、ちょっと考えさせられました。
 でも、なるほどと思うところもあり、たとえば、今までアカマツは赤土のやせた土で、しかも水分の少ない尾根筋に多いので、そういうところが好みかと思っていました。ところが、この本では、「実際には、アカマツを単独で植えれば、痩せた土地よりも肥えた土地でよりよく生育します。しかし、肥えた土地では、そこに特化した専門家との競争に負けるので、痩せた土地でも肥えた土地でも生育できる万能タィプのアカマツが、実際には痩せた土地に見られるようになるのです。」と書いてあり、納得しました。まさにどちらが先かということではなく、結果的にそこに落ち着いたというような感じです。
 ここでマツの話しに食いついたのは、たまたま4月下旬に、数年前にいただいた3葉の白松を孫たちと植えたときに、どこに植えれば一番よく育つかと考えたからです。
 下に抜き書きしたのは、ヒイラギの葉の縁にトゲがあるのはなぜか、という問いに対するひとつの答えです。
 でも、今までギザギサの葉を持っていたヒイラギが、年をとって木が大きくなったからといって、わざわざ今までの葉の形を丸くする理由にはならないような気がします。著者は、このトゲトゲの葉になるには、ある程度の努力が必要で、それなりのエネルギーを費やしていると考えれば、必要なくなったらそうしなくなったのではないかとも考えられるといいます。だからといって、また葉の形を変えるほうが、よほどエネルギーを使うような気がするのは私だけでしょうか。
 つまり、植物の形には意味があるというのはわかりますが、それがどのような意味でそういう形になってるのかは、まだまだわからないところが多いとこの本を読んで思いました。興味があれば、ぜひお読みください。
(2020.5.8)

書名著者発行所発行日ISBN
植物の形には意味がある園池公毅ベレ出版2016年4月25日9784860644703

☆ Extract passages ☆

ヒイラギは、縁にトゲをもつ葉をつけ、生垣などにも利用される身近な低木です。葉の縁のギザギザ(鋸歯)がトゲになっているのですが、老木になるとこのトゲがなくなって丸い葉に変化します。なぜ年をとると丸くなるのでしょうか?……
 一番考えやすいのは樹高の影響でしょう。そもそもトゲが何かに役立つとしたら動物によって葉を食べられるのを防ぐためだと考えられます。
(園池公毅 著 『植物の形には意味がある』より)




No.1789『野の花往診』

 この本、題名の『野の花往診』を見て、おそらく往診をする町医者さんがその道端で出合った花々を書き綴ったのかなと思い、迷わず購入しました。それから、少し時間は経ちました。
 そのことを思い出し、読み始めると、鳥取赤十字病院に27年間勤務医をして、おなじ鳥取市に「野の花診療所」を開設したそうで、その診療所の名前でした。専門は内科一般で、がんの終末期の医療をしているそうです。そのことを、読むとすぐにわかり、大変な仕事だなと思いました。それでも、名前のように、ほのぼのとしたことも多く書かれていて、もし、自分ががんで終末期だったら、お世話になりたいと思いました。でも、現実的には、鳥取では遠すぎます。
 アットホームだと思ったのは、59歳で肺がんで骨転移や肝転移、皮膚転移などもある患者さんの二男の息子さんが結婚を決めていて、その結納でフィアンセと彼女のご両親と姉がいっしょに「野の花診療所」を訪問されたそうです。もちろん、なるべく早く結婚式を挙げたいということでしたが、著者は長くはもたないと話したそうです。そこで、すぐにここで結婚式を挙げたいという話しになり、著者は即了承、看護師などのスタッフも総動員で準備をし、衣装は厨房の人のユニフォーム、そしてベット用のシーツを折りたたんで何枚かつなぎ合わせてバージンロードを2人が歩き、たまたまボランティアで来ていた方が近くの神社の宮司さんが式をしてくれたそうです。
 病室に戻った父親である患者さんは、ひとり泣いていたそうです。そして、その10日後に亡くなられたということです。
 おそらく、この手作りのシーツのバージンロードは、この結婚式に立ち会った一人一人の心に残ったのではないかと思いました。そして、この「野の花診療所」だからこそ、できたようなもので、特に大きな病院なら絶対にできなかったと思います。
 この本には、このような話しがたくさん載っています。その1つ1つが感動です。著者はなにげなく書いていますが、今の世の中で、こんなにも患者さんに添った手当をしてくれる診療所があると知っただけで、この本を読んでよかったと思いました。
 いま、医療機関は、新型コロナウイルス感染症の対応で医療崩壊すれずれの瀬戸際に立っています。その危険にさらされている医療従事者は、相当疲弊されているような気がします。だとすれば、この著者のところのように末期がんの患者さんをお世話している診療所とすれば、免疫力も衰えているとすれば、なおさら脅威です。
 この新型コロナウイルス感染症は、高齢者で成人病などの持病があれば重篤しやすいそうで、ときにはあっという間に取り返しのつかない状態になるといいます。もちろん、感染しても無症状の方も多くいるといいますが、高齢者は特に注意が必要です。
 下に抜き書きしたのは、そのような急に病状が悪くなるという場合でなく、徐々に悪くなった場合に、いつ、自分の死を察知するのかについてです。
 私の父の場合は、老衰でしたので、少しずつ少しずつ体力がなくなってきたので、なんども担当医に呼ばれながらも、元気でした。でも、今考えると、なんらかの兆候があったのではないかと思いますし、その予測をするお医者さんも大変だと感じました。
 でも、もし亡くなられたら、著者の「死は誰にも納得し難い現象である。頭で理解できているつもりでも、なかなか承知できないものである。不条理な現象だからだろう。この不条理を受け入れるには、頭だけでは難しく、体を使わねばならない。祈ったり、走ったり。」という言葉はとても参考になります。つまり、考えてもどうしようもないことは、身体を使って、できるだけのことをするということではないかと思いました。
(2020.5.5)

書名著者発行所発行日ISBN
野の花往診徳永 進NHK出版2005年2月15日9784140054734

☆ Extract passages ☆

ではいつ、人は自分の死を察知するのか。「食べられなくなった」とき、「水分さえ飲めなくなった」とき、「歩けないどころか立てなくなった」とき、「排泄が自分の意志でできなくなった」とき、「しゃべれなくなった」とき、そういう体の不自由さに直面して、人は自分の死を直感する。
 そのような身体状況を迎えるとおよそ7日で人は死を迎える。そういう研究が、日本で早い時期にホスピスを始めた病院から発表されている。
(徳永 進 著 『野の花往診』より)




No.1788『四国遍路』

 私が四国遍路をしたのは、2017年2月28日から3月15日にかけてです。自宅を出て、第1番札所の霊山寺に着いたのは3月1日で、第88番札所の大窪寺には3月11日、そして高野山へは12日にお詣りしたので、お遍路は12日間です。
 この本は積んでおいたなかから見つけたもので、副題は「さまざまな祈りの世界」です。この大型連休も外出自粛で静かなので、ゆっくりと読むことができました。
 2014年12月5日に母を亡くしたこともあり、その追善供養と父がまだ元気なうちに一度は四国のお遍路をしてみたいと思い、夫婦で出かけました。最初はどこかのツアーに参加しようかと思ったのですが、あまり時間に制約されるのもいやですし、両親が還暦のときにお詣りしたようにタクシーでとも考えたのですが、調べてみるとだいぶ高くつきそうでした。そして、最終的に選んだのが、自宅からすべて車を運転してまわるということで、カーナビとパソコンを使って、ほとんど迷わずに88ヶ寺すべてお詣りできました。
 この本を読みながら、そのときのお遍路のことが思い出され、つい、自分が撮ってきた写真を見たりしました。不思議なもので、3年前のこととはいえ、いろいろなことが鮮やかに甦り、とても楽しい読書をすることができました。ただ、残念なことに、この本はブックオフから安く買ったとはいえ、鉛筆による線引きがありました。
 よく、四国遍路は自然がいっぱいだといいますが、著者は、「四国は癒しの空間である、自然が豊富である、人心は優しい、誰でもを受け入れてくれる、大都会の正反対である、人を信ずることができる、他者とのコミュニケーションが容易である、自分を変えることができる、等々、現代社会に失われた価値が四国遍路にはまだ存在している。」と書いていますが、たしかにあんなにも急峻な山々が四国にあるとは思ってもみませんでした。しかも、3月8日に第60番札所横峰寺に行こうとしたら、道路が雪のために封鎖されていました。しかたなく直接お寺に連絡すると、その道路は林道だから私どもではわからないといいます。歩けばどのぐらいかと聞くと、5q以上だといいます。それで、東北の雪深いところから来ているので雪道には慣れているし冬用のタイヤだからと話しをすると、自己責任でしてくださいということになり、頂上駐車場まで上れました。しかも、誰も歩いていない真っ白な雪に自分の足跡を残しながら歩くのはとても気持ち良く、今でもそのときの光景を思い出します。でも、もし、ダメと言われてここだけご朱印がいただけなければ、そうとうショックだったと思います。
 ところが、今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、四国八十八ヵ所霊場会は各寺に納経所の閉鎖を4月18日で、たとえば第88番札所の大窪寺では23日から5月6日まで閉鎖しています。4月23日の山形新聞によれば、広島県世羅町の椎木洋子さん(70歳)は、2月末に第1番札所の霊山寺を歩きで出発し、この閉鎖の話しを聞いたのが要請した18日です。そのときは、第83番札所の一宮寺だったそうですが、あと5ヶ寺だそうですが、ご朱印をもらえなくても続けると書かれていました。
 でも、残念なことだけではなく、第62番札所「宝寿寺」が、2019年12月1日より四国八十八ヶ所霊場会に再加入したそうです。私がお詣りした当時は、裁判中でごたごたしてて、その後に第61番札所の香園寺の管理地内に第62番の礼拝所が設けられ、そこでご朱印もそこで受けるということになったようです。しかし、再加入で、この礼拝所も12月15日をもって閉鎖されました。宗教関連施設がこのような裁判沙汰というのは、まったく似つかわしくはなく、旧態に戻ったことにホッとしました。
 下に抜き書きしたのは、「虚空の道のかなたに」に書いてあったもので、なるほどと思いました。
 たしかに、私がお遍路をしたときのことを思い出しても、札所の番号とお寺の名前とがいっしょになっています。むしろ、札所の番号しか思い出せないところもあります。そういえば、西国33観音霊場にお詣りしたときには、ほとんど札所の番号を覚えていないのですが、青岸渡寺や清水寺など、そのお寺の様子が思い出されます。それと、ほとんどが駐車料金を徴収されたようですが、四国の場合は無料のところがほとんどでした。
 札所というのは、それぞれに個性があるからこそいいので、とくに四国遍路は八十八ヵ所と多いこともあって、達成感もありました。もう一度、行けるかどうかはわかりませんが、機会があれば行ってみたい霊場です。
(2020.5.3)

書名著者発行所発行日ISBN
四国遍路(歴史文化ライブラリー)星野英紀・浅川泰宏吉川弘文館2011年4月1日9784642057189

☆ Extract passages ☆

 歩き遍路にとって、札所は遍路行のペースメーカーである。しばしばいわれることだが、西国巡礼などに比べて四国遍路の札所は個性や存在感に乏しく、個々の寺院の記憶や印象 は曖味になりがちである。一方で、寺院名ではなく番号で呼ぶことも通例化しているように、巡礼者が強く意識するのが札所の数字である。札所のナンバーは順序と到達度を如実に示す。一番から出発した巡礼者が8番を終えたということは9番が次の目的地であり、かつ全体の11分の1をクリアしたのだということを意味するわけだ。つまり、札所のナンバリングによって巡礼者は一つずつだが確実に日標をクリアしているのだという実感を得るのである。
(星野英紀・浅川泰宏 著 『四国遍路』より)




No.1787『孫と一緒に暮らす人生の愉しみ』

 この本もブックオフで108円で買ってきて、そのまま積んでおいたものです。それが、たまたま孫たちが私の部屋にきて、パソコンを教えていたら、この本を見つけ、「愉しみ」だけは読めなかったようです。
 だから読み始めたのではないのですが、パソコンの脇にいないといつ質問されるかわからないので、読んだのです。もともと斎藤さんの文章はとても読みやすく、何かをしながらでも、どこで区切ってもいいので、気楽なものです。著者は、ところどころでユーモアの必要性を説いていますが、たとえば、「現実の世の中には、辛いこと、苦しいことは山ほどある。夢を育てることは大切だが、夢や理想を追い求めてばかりでは、それこそノイローゼになってしまう。そんな時に、家庭にほんのちょっとのユーモアがあれば、ずいぶん家族の助けになり、支えになるはずだ。」というわけです。まさに、精神科のお医者さんがいうのですから、その通りだと思います。
 また、「人は、マニュアルにはないところに、人生の楽しさやよろこびを見いだせることが多い。それを見つけられた人の人生は、何倍も豊かになる。」という考え方も、たしかに大切なことだと思います。十人十色、いろいろな人がいてこその楽しさで、右習えの人ばかりではウンザリです。とくに今どきの若い人たちは、どうもマニュアルがないと動けなかったり、どう進んで良いかもわからなかったりします。そういえば、カーナビといっしょで、あまりにカーナビに頼りすぎると道を覚えられなくなるといいます。だから、私の車にもカーナビは付いているのですが、なるべく画面を消しておいて、もし間違えたら間違えたなりの別な道を通ると、すてきなお店を見つけられたりします。やはり、知らないからこその楽しさです。また、目的地が決まっていても、行くときと帰りの道を違うことのほうが多いようです。少し遠回りでも、時間があれば回り道をします。だから、いつもカメラを車に積んでいます。
 偶然に見つけたところは、印象も強く、しっかりと記憶しているようです。それらを思い出しながら、運転しているだけで楽しくなります。
 そして、孫たちを乗せているときに、そこにまわると、なぜおじいちゃんはこんなところを知っているの、といわれ、鼻高々にもなれます。つい、じいちゃんには知らないことがないんだぞ、と自慢までしてしまいます。おそらく、いつまでも覚えていないだろうと思っているから言えるわけで、おそらく息子になら言えないかもしれません。
 やはり、自分たちの子どもと孫では、いろいろな面で違います。その違いがあることも、孫たちと暮らす愉しみのひとつのようです。
 下に抜き書きしたのは、アメリカの文化人類学者マーガレット・ミードの祖父母の家庭内におけるプラス面だそうです。
 親は躾ということもあり、そうそうほめてばかりはいられません。私自身もそうでしたが、世の中で恥ずかしい思いをさせたくないから、いろいろと小言もいいます。でも、孫になれば、いい意味で無責任ですから、ほめたいだけほめれます。しかも、時間があるから、孫たちとの接触の時間もあります。
 だから、せっかく孫たちといっしょに暮らしているわけですから、少しでもプラスになるようなことをしたいと思っています。
(2020.5.1)

書名著者発行所発行日ISBN
孫と一緒に暮らす人生の愉しみ斎藤茂太文香社2001年1月6日9784938933395

☆ Extract passages ☆

家族内における祖父母のプラス面を、「子どもの情緒教育に必要な存在」「人生の先達者的存在」「子どもの異常を敏感に感知し、適切に処理できる存在」「両親の経験不足を補える存在」「家族に限りない愛情を注ぐ存在」と語っている。家族の力が弱まっている現在こそ、祖父母のこういうプラス面を発揮する時ではないだろうか。
(斎藤茂太 著 『孫と一緒に暮らす人生の愉しみ』より)




No.1786『笑って大往生』

 笑うという題名が続きますが、意図的に選んだわけではありません。たまたま、上下に積み重なっていただけです。おそらく、ブックオフで買ってきたもので、どちらも108円の値札が付いていました。
 著者はこの本が出版された当時は香川県立中央病院の泌尿器科部長でしたが、10年ほど前に胃がんのため63歳で死去されたようです。このことを知ったのは本の半分以上を読んだところで、ガンで死ねれば幸せだと書いてあったので、ちょっと気になりネットで調べてみたのです。そして、「がんの幸せな受け入れ方」や「“死ぬ”までに、やっておきなさい――人生の最期を笑って生きるために」などという本も出版していました。そのご本人が胃がんで亡くなるとは、世の中、本当に一寸先はわからないものです。
 著者は、「私は原則として本人と家族にがんを告知し、転移していればその事実も話し、死期がそう遠くないことも話すようにしています。がん告知をしてから死ぬまでの期間はずいぶんと個人差がありますが、その間に本人と家族はそれぞれ覚悟をします。一般的には、死ななければならない本人ほど覚悟の時期が早いように思います。」と書いています。ということは、本人より家族のほうがその覚悟できないということです。
 著者は、講演のなかで「三大死亡原因のなかでどれで死ぬのがいいか」と尋ねるそうですが、一番人気は心臓病で、次が脳卒中、最後ががんだそうです。おそらく心臓病な脳卒中はあっという間に死ねるからいいと考えているようです。たしかに、ころり観音にお詣りし、ころりと亡くなれば苦しむこともなく、迷惑もかけないということのようです。しかし、私の知り合いで、くも膜下出血で道路で倒れるようにして母親を亡くした方は、今でも何もしてあげられなかった、少しの間でも看病したかったといいます。脳卒中だって、必ずしもぽっくりと逝く人だけではなく、それが原因で何十年も寝たきりということだってあります。だから、著者はがんで死ぬのが一番いいといいます。
 そういう意味では、著者はがんで亡くなったわけですから本望だったといえます。ただ、私なら、1週間の命ですといわれれば諦めもつきますが、3ヶ月の命だといわれれば、その間はなんか辛いのではないかと思います。でも、家族に話しておかなければならないこととか、家業を持っていれば伝えておかなければならないことも多いと思うので、その時間はとても有難いと思います。しかも、ほぼ必ず畳の上で死ねるわけですし、ほとんどボケないで意識がはっきりしているし、家族にはある程度看病もしてもらえるような気がします。
 そう考えれば、がんで死ぬのもいいかもと思ったりします。でも、なんとなく真綿で首を絞められているような感じがして、やはり抵抗感はあります。だとすれば、自分で決断できるかどうかは別にして、自ら死を選択する尊厳死もあっていいと思います。だからといって、笑って大往生するということは、なかなか難しそうです。
 この本は、あまり死ということを考えないできた方に、ぜひお勧めしたいと思います。人は必ず死にます。これは例外などありません。だから、絶対に考えておく必要があると思います。
 下に抜き書きしたのは、もし病気になった時の発想の転換についてです。というのは、病気になるとそれだけを考えますが、そうではなく、むしろプラスの方向に考えるほうがいいと著者はいいます。そうすれば、残された貴重な時間を悪循環から抜け出し、無理な流れに逆らうことなく過ごせるそうです。
 その発想の転換は3つあるといいます。それを載せました。
(2020.4.29)

書名著者発行所発行日ISBN
笑って大往生朝日俊彦洋泉社2003年7月17日9784896917406

☆ Extract passages ☆

@自分の失われたものを嘆くのではなく、まだ残っている機能を再発見する。
A健康なときには当たり前と思っていたことで、病気になってからもったいないことをした、と思えることを挙げてみる。
B発病する前、あるいは5年前、10年前をはっきりと思い出して、そのときに自分はどのようなことを考えていたのかを書き出す。
(朝日俊彦 著 『笑って大往生』より)




No.1785『笑う科学 イグ・ノーベル賞』

 イグ・ノーベル賞のことはだいぶ前から知っていて、この本もだいぶ前に購入していたものです。ところが、米沢市立図書館が新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、4月1日から当分の間休館になり、新しい本が借りられなくなりました。しかも、不要不急の外出を控えなければならず、本屋にも行く機会が少なくなりました。
 そこで、ため込んでいた本のなかから引っ張り出して読むしかなく、この本もその1冊です。ある意味、ただ購入しておいた本を読むにはいい機会になったと思います。
 このイグ・ノーベル賞を講演のなかで取りあげたこともあり、たしか、この「足の匂いの原因となる化学物質の特定」は1992年で、日本人初の受賞だったと思います。これはロート製薬株式会社の研究員が、足のニオイの原因物質として「イソ吉草酸アルデヒド」を新たに発見したことでした。普通なら、足は臭いものだとして見過ごすことを、なぜと疑問に思ったことが発見につながったようです。
 この本では、受賞の公式基準として、「まず授賞の公式基準として、メインの一人を笑わせ、そして考えさせる」研究とともに、「真似ができない、またするべきでない」業績の両項目を挙げ、さらに非公式基準として「目を見張るほどバカげているか、刺激的でなければならない」と謳っている。この賞を受賞するためには、これらのうちいずれかの基準を満たすのが原則なのだ」だそうだ。
 つまり、イグ・ノーベル賞の認定書のイラストに描かれているロダンの考える人が台座から転がって寝転がっていても考えているぐらいのインパクトのようです。
 そういえば、このPHPサイエンス・ワールド新書が発刊されたのが2009年9月で、そのときの「発刊にあたって」のなかで、「人の持つ類いまれなる好奇心の持続こそが、生きる糧となり、社会の本質を見抜く眼となることでしょう」と書いています。たしかに、好奇心の持続は大切で、この本で紹介しているのは、その典型的研究として、高粘度のピッチ、これはコールタールの蒸留後の残留物質のことですが、このピッチがゆっくり漏斗に垂れていく様子を長年観察し続けた、オーストラリア・クイーンズランド大学のジョン・メインストーン氏らが2005年のイグ・ノーベル賞物理学賞を受賞したことです。
 この研究は、「共同受賞者の故トーマス・パーネル博士の研究をメインストーン氏が引き継いだもので、驚くなかれ9年に1滴落ちることが観測された。あまりのスローペースのためパーネル博士が亡くなるまでに2滴しか観測できず、2000年時点でも8滴にとどまっている。」ということでした。ということは、9年に1滴ですから、8滴ということは72年かかっているということになります。
 それが何の役に立つのか、という質問が受賞式であったのかなかったのかはわかりませんが、だからこそイグ・ノーベル賞ということなのかもしれません。世のなかには、まだまだわからないことがたくさんあります。この本のなかで、その一例として取りあげていのが、「冷凍庫に湯と水を入れると、湯のほうが早く凍る」実験映像の放映についてです。これだって、いまだ完全に解明されていないそうで、どう考えても不思議な現象です。そのテレビに出ていた前野紀一北海道大学名誉教授は、「湯の表面から熱が逃げていく速度、内部の温度差に伴う対流などを考慮すれば、熱力学的にも矛盾はない」ということだそうです。
 下に抜き書きしたのは、2000年にイグ・ノーベル心理学賞を受賞した米コーネル大学のデービッド・ダニング教授とイリノイ大学のジャスティン・クルーガー教授の「自分の無能を知らない人は自身を過大評価しがちである」という論文です。
 これも、たしかにありそうですが、それを実験して研究するというのは、とてもユニークでおもしろいと思いました。
(2020.4.27)

書名著者発行所発行日ISBN
笑う科学 イグ・ノーベル賞(PHPサイエンス・ワールド新書)志村幸雄PHP研究所2009年11月4日9784569774404

☆ Extract passages ☆

両教授はこの研究を進めるにあたって、65人の被験者に冗談のおかしさを評価する「冗談テスト」を課し、同時に8人のプロのコメディアンにも同じことを行っている。プロのコメディアンはおかしな事柄を認識し、それを聴衆に伝えることで生活しているから、その評価は信頼に足ると考えたからだ。
 実験の結果は、被験者の多くがおもしろいと感じる冗談に対して、おもしろくないと思う被験者が何人かいた。教授らは、これらの被験者に「論理テスト」も行ったうえで、「推論能力の劣る被験者ほど思い込みが強く、自分の能力を過大評価する」という結論を導き出している。
(志村幸雄 著 『笑う科学 イグ・ノーベル賞』より)




No.1784『徒然草』

 不要不急の外出を控えてから、ほぼ1ヶ月になりますが、家にいてすることは読書が多くなりました。しかも、図書館は4月1日から閉館され、借りていた本も返すことなく、そのまま借りています。この「徒然草」もその1冊で、副題の「無常観を超えた魅力」とあり、新型コロナウイルス感染で閉塞感が蔓延している今だからこそ、読んでみようと思いました。
 しかも、書き出しの「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」という、今でも覚えているフレーズに、外出がためらわれるときこそ、その想いが理解できるのではないかと考えました。
 でも、「徒然草」の解釈そのものより、その解釈が時代とともに変わってきたことが書いてあり、あらためて「徒然草」の奥の深さを感じました。そして、それが古典の良さだそうです。著者は、「はしがき」のところで、「優れた古典というものは、その本文自体の価値だけではなく、それが何世代にもわたって読み継がれてきたという、歴史的価値をも有している。古典と現代の作品との違いは、まさしくこの歴史的価値の有無である。古典として生き残った作品は、時代や社会の変化にさらされつつも、何度も再評価を繰り返されてきたのである。」と書いています。
 だからこそ、その時代時代のその作品に対する評価を見つめ直し、それを比較してみるというのは、たしかにおもしろい方法のような気がします。
 江戸時代には、この「徒然草」の講釈の仕方というような本が出たりして、ただ読むだけではなく、それをみんなの前で講釈したり説法したりするためのものです。そういえば、僧侶の説法というのも、なかなか難しいもので、この本に「たとえば仏教における説教は、あまり知識教養のない庶民を対象に、少々小むずかしい道理を説くものであるから、聴衆が理解しやすいよう、さまざまな工夫をこらしたものだ。「はじめシンミリ、なかオカシク、おわリトウトク(尊く)」というのは、浄土真宗における説教の構成を、ごく大まかに捉えた言いかたであるが、より細かな技法の習得には、たいへん厳しい修行が課せられたという(関山和夫『説教の歴史』)。」と書いてあります。
 そういえば、私も修行時代に、説法のやり方の講義があり、一人一人実際にさせられたことがあります。話しの内容はもちろんのこと、話し方や間の取り方など、なかなか難しかったことを覚えています。そして、ぶっつけ本番に、大勢の修学旅行生に話しをさせられたときには、冷や汗が出ました。でも、それを何回か繰り返すと、不思議と平気で話せるようになりました。
 この本には、京都の醍醐寺に平安時代の『転法輪秘伝』という、説教のマニュアル本があると書いてありましたが、機会があればぜひ見てみたいと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「終章 再び「つれづれ」とは何か」に書いてあったものです。
 この出だしの一番有名な語句でさえ、いろいろな解釈があり、しかも時代によって変わってくるというのを知り、びっくりしました。しかし、それこそがほんとうの古典だといいます。そう考えれば、あまりにも断定的な物言いは、その時代には受けるかもしれませんが、時代の流れの中で次第に忘れられてしまうようです。
 この抜書きの後に、「『徒然草』で言えば、恋愛、地位、名誉、孤独、虚偽、友人、親子、節義、臆病、慢心、飲酒、慳貪、豪胆……そういったさまざまなテーマが思い浮かぶ。そして正解が出ないからこそ、それらの問いは永遠に続くのである。」とあります。まさに、永遠のテーマです。
 この本を読んで、もう少し古典を読んでみたくなりました。
(2020.4.24)

書名著者発行所発行日ISBN
徒然草(中公新書)川平敏文中央公論新社2020年3月25日9784121025852

☆ Extract passages ☆

 ほんとうの古典は、その時々に価値を見出される、いい意味での「ゆるさ」を備えている。ゆえに絶対的な正解はなく、相対的な正解しか出ない。しかし、たとえ相対的なものであれ、その正解を求めるという行為自体に、じつは大きな意味がある。人間や社会、生き方や美意識といった、すぐれて現代的な問題について内省するきっかけを、古典は与えてくれるからだ。
(川平敏文 著 『徒然草』より)




No.1783『世界の聖地』

 パラパラッとめくったら、行ったことがあるところのページを見つけ、なんとなく懐かしくなり読むことにしました。というよりは、写真も多く、見るという表現が似合うような本です。
 その行ったことがあるところはミャンマーのシュエダゴン寺院で、ここで聞いたのは、ミャンマーでは生まれた年とか日にちよりも何曜日に生まれたかというのが大事なんだそうです。そういわれても、自分が何曜日かはわからないというと、簡単な計算式があって、すぐに「あなたは木曜日に生まれています」と教えてくれました。帰ってきてから、パソコンで調べたら、間違いなく木曜日で、しかも大安の日に生まれていました。その人によれば、木曜日生まれの人は、動物はネズミで、方角は西、性格はねばり強く穏健だそうです。しかも、ミャンマーでは8曜日で、水曜日だけが午前と午後にわかれていて、水曜日の五千の動物は牙のある象で、午後が牙のない象だそうです。ちなみに、日曜日はガルーダ(トリ)、月曜日はトラ、火曜日はライオン、金曜日はモルモット(モグラ)、土曜日は龍だそうです。
 そんなことを思い出しながら、読み進めました。すると、この本に出てくる聖地の約三分の一ぐらいは行ったことがあり、そのなかの1枚の写真に思い出すことがあり、自分が撮ってきた写真などと見比べたりして、なかなか進めません。でも、早く読むばかりが読書ではないし、ミャンマーのバガンのところで、「聖地はゆったりと旅したほうがいいのかもしれない」と書いてあり、そうそうと私も思いました。
 聖地、今風にいえばパワースポットの良さというのは、著者が最後に漫画家の水谷さるころさんとの対話で、さるころさんが「パワースポツトとか聖地って言われる場所って、いい場所が多いんですよね。「ああ、気持ちいい!」って思える要素が、何かしらある。行くとがんばろうって素直に思える場所だと思うし、悩みがある人とか行き詰っている人とか、やっばり癒されると思うんですよね。そういう壮大なものって、影響力が大きいから。だから世界の遺跡だったり神聖な場所に行くスピリチュアル・ブームは、良いなって思いますよ。」と話していますが、なるほどと思いました。
 私も思い出すと、2017年9月2日にイギリスのピーターバラに行ったときに、そこのピーターバラ大聖堂(St John The Baptist Church)で聴いた賛美歌が今でも心に響いてきます。このときは、たまたまケンブリッジ郊外の知り合いのところにまわり、そこから列車でエジンバラまで行く途中のピーターバラで1泊しました。その日が土曜日ということで、聖歌隊の方々がその大聖堂で練習をしていました。ここは12世紀に建築されたノルマン様式の大聖堂で、なんどか再建や拡張がなされながらも、ほとんど昔のまま残っているという話しでした。
 その歴史的大聖堂で、ゆっくりと聴けるわけですから、かけがえのない時間を過ごすことができました。
 ところが、予約しようと思っていた駅前のホテルが私の分だけとれず、しかたなく2q以上離れた別のホテルに泊まりました。そこまでスーツケースを持って行くのは大変なので、その日に必要なものだけをリックに入れて、スーツケースは駅前のホテルに預かってもらいました。でも、その途中の道沿いにはいろいろな庭木や草花が植えられていて、それも楽しかったことなどが思い出されます。
 まさに、トラベルはトラブルがつき物だと思いますが、そのトラブルが思いがけない思い出につながるわけですから、旅は楽しいものです。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」に書いてあったものです。
 たしかに、私もいろいろなところに旅したけれど、特別な何かを得られたということはないような気がします。むしろ、何々と数えられないようなものをたくさんもらえたのも事実です。そして、私の場合は、デジカメになってからの写真は、すべてパソコンのハードディスクに入っているので、いつでも見ることができます。だから、思い出すとすぐに見て、そのときのことを追体験できます。これは、まさに時間を忘れるような至福のときです。
 私にとっては、これが一番の旅による心の財産のような気がします。ただ、デジタルですから、いつ消えてなくなるかわからないので、それで時々見て確認するという具体的な作業なのかもしれません。
(2020.4.21)

書名著者発行所発行日ISBN
世界の聖地松岡絵里 著、吉田友和 写真国書刊行会2011年12月15日9784336053633

☆ Extract passages ☆

 旅することで何かを得られるとは思っていない。だけど結果として、「あの体験は、あそこでしかできなかったなあ」とか、「あそこではずいぶん心が緩んだなあ」と思う場所は数多くある。
 そしてそういう場所は、私にとっては大きな心の財産だ。日常でしょんぼりしたときに、「あそこに行きたいなあ」と思える場所が世界中にあることは、なんと幸せなことなのだ ろうと思う。
(松岡絵里 著 『世界の聖地』より)




No.1782『簡素がいちばん!』

 図書館から借りてきた本もぜんぶ読んでしまったので、家内が借りてきたこの本を読んでみました。題名通りの、日常生活の簡素さをそのまま書いてあり、ほとんど考えずに読むことができました。たまには、このような本もいいかな、と思いました。
 橋田さんといえば、山形では「おしん」が一番有名ですが、私の中国の知り合いが訪ねてきたときも「あしん」の故郷の最上川に行ってみたいというので案内したことがあります。この本にも書いてありますが、「おしん」がNHKで放送されたのが昭和58年から59年にかけてのことです。平均視聴率が52.6%、最高視聴率が62.9%ですから、今の時代から考えると、とんでもない視聴率です。
 このころの私は、ちょうど神殿の建て替え中で、一番忙しいときでした。そして昭和59年3月31日に落慶法要をして、その年はずーっとバタバタしていました。
 だから、「おしん」を見たのはあちこちでしたが、それでもすごく印象に残っています。その脚本家の本ですから、つい読んだものの、自分の人生と重ね合わせて考えるところもあり、一気に読んでしまいました。
 ところが、一気に読むと、流れを追ってしまうようで、ほとんどカードに書き込むこともなく、いざ、この『本のたび』を書こうとすると、なにを書いていいのか思いつきません。副題は「引き算」の暮らし方ですから、あまりぐだぐだと書かないほうがいいのではないかと思いました。
 それでこの文章も簡素がいちばんということで、これで終わりです。
 下に抜き書きしたのは、第2章の忘れていた「足るを知る心」に書いてあったものです。
 そういえば、京都の龍安寺、枯山水の方丈石庭のところに、「吾唯足るを知る」と掘られた蹲踞があります。この写真を撮ってきたことを思い出しましたが、本当に足るを知るということは難しいと思います。
 つまりは、他人と比べてしまうからで、自分自身にとって何が必要で何が不要なのかをきちんと見極めることが大切です。昨年の12月に父を亡くし、その残ったものを整理しながら、そのほとんどを捨てざるを得なかったことからも、それはわかります。
 だから、「おわりに」のところで、東京電力福島第一原発近くの川内村の住民の一時帰宅のときに、1世帯2名まで、防護服で2時間以内、そして家から持ち帰りできるのが70p四方のビニール袋1袋分という話しから、もし、自分だったら何を持ち帰るかという話しが印象に残りました。
(2020.4.18)

書名著者発行所発行日ISBN
簡素がいちばん!橋田壽賀子大和書房2011年7月10日9784479012078

☆ Extract passages ☆

 ひとつ手に入れば、次を欲しがる。それが手に入れば、さらに次を求める。ほかの人が持つていれば自分も持ちたがる。……
 精神的な高みを目指すのではなく、お金を稼ぐことで次々にものを手に入れなければ満たされない。ものだけでなく便利さもどんどん追求しました。それが経済を押し上げたと言えるかもしれませんが、逆に人の気持ちはものに支配されて歯止めが利かなくなってしまった感があります。
(橋田壽賀子 著 『簡素がいちばん!』より)




No.1781『ツキノワグマ』

 昨年はツキノワグマが住宅のすぐ近くまで出てきたとか、昨年の秋はブナの実などの不作で食べものがなく、しかも暖冬の影響で冬眠できないクマもいたとか、いろいろな話しを聞きます。でも、私もそうですが、意外とそのツキノワグマの生態をも知らない方も多いのではないかと思います。
 そのような気持ちから、図書館から借りてきて、読み始めました。でも、ツキノワグマの顔つきが地域によって違うとは思ってもいませんでした。この本には、「岩手県の北上山系のクマは鼻面が短く丸顔で奥羽山系のクマは鼻面の長い面長であることがわかっている。日で見てわかるほどの違いだ。もちろん実際の計測の結果でもこのことは証明されている。両山系の間には北上川、馬淵川という大きな河川が流れており、その両岸は住宅地や農地となっている。このような現在ある人工物だけではなく、大昔の地形や植生が両山系のクマの往来を妨げし、それぞれで特異な形質が遺伝的に固定されたものと考えられる。他の地域でも同様の現象が確認されている。」と書いてありました。
 この本の副題は「クマと森の生物学」で、ツキノワグマだけでなく、いろいろなクマのことにも触れていて、さらに森の生態などについても書いています。最近はこの近くにもクマが出てきて、小学生たちはランドセルにクマ除けの鈴を付けて登下校しています。だから、クマに出合ったらどうしようかとも思っています。
 この本では、もしクマに出合ってしまったら、次の6つの危険回避の方法を書いています。
(1) クマを見たら、騒がずに静かに状況判断する。クマには近づかない。子グマであったらなおさら。近くには親がいる。
(2) 他に人がいる場合は、一緒に行動する。
(3) クマがあなたのことに気がついていない場合には、クマに注意しながら、すばやく、静かにその場から立ち去る。
(4) クマが遠くであなたに気づいた場合、クマに注意しながら、その場からゆつくり立ち去る。近くに車や家があれば、その中に入る。
(5) クマがだいぶ近づいてからあなたに気づいた場合、逃げない。走って逃げると追いかけてくる可能性がある。クマのほうに注意しながら、静かにゆっくりと後退する。クマとの間に木や岩をはさむようにする。その時、クマとは直接目を合わせない。目を合わせると威嚇していると思われる。木に登ったり水にはいったりしない。クマは木登り、水泳が上手。
(6) クマの逃げ道を作っておく。
 ということだそうです。でも、とっさの場合、このように冷静に判断できるかどうか、それのほうが心配です。
 クマはクマは木登りも水泳も上手だとすれば、やはり死んだふりがいいかとも思いますが、この本では、それはダメだそうです。この本では、「死んだまねはせずに、地面のくぼ地にうずくまり、腹や首筋、顔を守る。防御的な攻撃であれば、クマは後退する。クマが去ったことがわかるまで静かに待つ。」と書いていますが、これだって恐怖心でブルブル震えそうです。
 下に抜き書きしたのは、ほとんど人を襲うことはないと書いてあったものです。
 とはいえ、たとえばTBSの『どうぶつ奇想天外!』という番組の取材で写真家の星野道夫さんがヒグマに襲われて死亡したという事故もあり、まったくないということではないようで、気を付けたに越したことはありません。
(2020.4.16)

書名著者発行所発行日ISBN
ツキノワグマ大井 徹東海大学出版会2009年11月20日9784486018544

☆ Extract passages ☆

 クマ類が人間を獲物として積極的に襲うことはまれである。ホッキョクグマやヒグマは人間を獲物と見なすことがあるようだが、ツキノワグマではそのような例はほとんどない。日本ではツキノワグマによる人身事故が毎年数十件起きているが、子グマに人間が不用意に近づいた場合に子グマを守ろうとした母グマに攻撃されたか、近距離で不意に出くわしたためにクマが防御のために攻撃に出た場合がほとんどである。
(大井 徹 著 『ツキノワグマ』より)




No.1780『イスラーム生誕』

 初版は1990年8月10日ですが、この本は改訂版で、図書館から借りたときには4刷発行でした。
 そんなにも話題になったようでもないけど、このような本としては、だいぶ読まれているようです。この原本は、人文書院から1979年に出たそうですが、そのさらに原本は、第1部「ムハンマド伝」は昭和27年にアテネ文庫から、そして第2部「イスラームとは何か」は昭和39年に慶応義塾大学の言語文化研究所から出た「コーランにおける神と人」が底本だそうです。
 ということは、著者の若いときから書いてきたものが、何度か姿を変えて世に出てきたかのような本です。
 しかも、著者が「文庫版後記」で書いてあるように、執筆の時期において、この2種の本の間には約30年近い隔たりがあるそうです。だから、第1部は「文字どおり若年の書」、第2部は「おとなの作品」といいます。これを読むと、一人の研究者の思考の歴史が垣間見られ、それだけでも興味がありました。さらに、著者はイラン王立哲学アカデミー教授の経験もあり、イスラム世界のことはとても詳しいかったようですが、残念ながら平成5(1993)年に亡くなられています。この文庫本の初版は1990年8月10日ですから、その前に出版されたことになります。
 この本のなかで、イスラム教がおこる前の無道時代は、「沙漠の子らは自由の子だ。不覇奔放な彼らは、他から干渉されたり、その行動を掣肘されたりすることに我慢ができない。常に粗衣粗食で、見た目は実に貧相だが、内には稜々たる気骨がある。純朴で頑固で、無類のお人好し。困っている人を見れば、次の瞬間に自分の生活がどうなるかということなどは全くお構いなしに、もっているかぎりのものを乞われもしないうちからくれてやり、一時に数百頭の駱駝を屠って見ず知らずの客人を心のかぎり饗応する。こういう豪勢な芸当を、いかにもさりげなくやってのけるだけの大きな気魄をもった人を無道時代のアラビア人は「カリーム」(karim)と呼んで、これをこよなく嘆賞した。「カリーム」というアラビア語は、訳せば「高貴な」とか英語の noble とかの形容詞に当るのだが、その内容は非常に違う。絶対に物惜しみしない人をそれは意味する。」とあり、昔のアラブ世界を彷彿とさせる内容です。
 このような考え方を否定したのがイスラム教で、今までの生まれた部族の血統から高貴さがあるのではなく、神をうやまうその心の深さが大切だと説きます。したがって、神の前では、万人が平等だし、どの部族に属していてもそれは同じだという考えです。
 だからこそ、世界宗教になることができたといえますが、それは自分たちの神をうやまうことが唯一の最高原理であり、それ以外の信仰はなんらの値打ちもないということになります。これが一神教の教えであり、だからこそ世界に広まったともいえます。
 下に抜き書きしたのは、第2部の「イスラームとは何か」の最後に書いてあったものです。
 これをそのまま読むと、イスラム教はアラブ世界での戦いや、そこから世界宗教になるまでもそのような戦いが続き、おそらく、今もそのような動きがあるような気がしました。つまり教えを広めるためには、いつも戦いがあり、それに打ち勝たなければならないということになります。
 このあたり、お釈迦さまの仏教とは、根本的に違うという印象です。
(2020.4.13)

書名著者発行所発行日ISBN
イスラーム生誕(中公文庫)井筒俊彦中央公論新社2003年6月25日9784122042230

☆ Extract passages ☆

ムハンマドは詩人でもない、巫者でもない。 ムハンマドはイスラームの預言者、 アッラーの使徒だ、と。だがこの主張をほとんどすべてのアラブに認承させるには、ムハンマド自身を始めとして、彼を信じる人たちの必死の努力が必要だったし、またムハンマドの主張をどこまでも認めまいとする頑強な敵との劇しい闘争を経なければならなかった。ある意味では、コーランはこのすさまじい闘いの生きた記録である。
(井筒俊彦 著 『イスラーム生誕』より)




No.1779『マボロシの茶道具図鑑』

 2月中旬に映画「嘘八百 京町ロワイヤル」を観ましたが、これは武将茶人の古田織部の所持していたとされる幻の茶碗「はたかけ」をめぐって、中井貴一が演じる古美術商と佐々木蔵之介扮する陶芸家のコンビによる、ちょっとコミカルな映画でした。米沢市内では上映がないので、仙台市に出かけたときに観たのですが、贋作によるだまし合いがいかにもという作品でした。
 しかも、その後に、たまたまそれと同じような古い黒織部茶碗を手に入れたので、これも贋作ではないかと思いながら、お抹茶を飲んでいます。
 そんなこんなで、たまたま図書館に行くと、この『マボロシの茶道具図鑑』があり、いろいろな理由でマボロシとなったようで、その故事来歴にも興味があり、読んでみました。
 そういえば、有名な1582年6月2日の未明に起きた「本能寺の変」で、その前日に開かれた豪商の島井宗室や公家の近衛前久を招いて名物道具をそろえて披露しているそうですが、このときに織田信長が本能寺に持参していたのは所有する名物の大部分にあたる約40点だそうです。これが一瞬にしてマボロシになってしまったことになります。
 その後も、大坂夏の陣や明暦の大火などがあり、これでマボロシとなったものもたくさんあります。ところが、それらで無くなったと思われていた茶道具が出てきたり、焼け跡から掘り出されたものが修復されたりして、舞い戻ってきたものもあります。なかには、「嘘八百 京町ロワイヤル」で取りあげられたような贋作が、紛れ込んだりもしていると思います。そもそも鑑定士といわれる人たちも、テレビなどで明かな偽物を本物と鑑定することだってあったわけです。
 この本を読んでいた驚いたのは、古い道具の話のときによく出てくる「天王寺屋会記」という茶湯日記は、津田宗及の父親の宗達から書き始めたもので、現在もその原本が残っているそうです。ほとんどの資料が書き写されていたものや原本が無くなってしまったものが多いなかで、この会記はとても貴重です。だから、茶道史を調べるときには、最も高い信憑性があるといわれています。
 このような資料があるからこそ、すでにマボロシとなった茶道具の存在がわかったり、写真のない時代でもその姿がおぼろげにでもわかるのです。昔の茶人は、まさに道具との一期一会をとても大切にしていて、その場では書くことはできなかったでしょうが、家に帰ってから、それらを思い出しながら書き留めていたそうです。それが今ものこる会記です。
 ところが、最近はその会記も道具や箱などとともにまとめて展示されていたり、大きな茶会になると、印刷された会記なども準備されていたりします。これはこれで、とても有難いのですが、あまり記憶に残らないような気がします。
 近代になっても名物茶道具が失われましたが、先ずは大正12年9月1日の関東大震災で、次は第二次世界大戦のときの日本各地の空襲です。このときは、ある程度は疎開させるなどもできたそうですが、それなりの被害はあったようです。やはり、一番こわいのは戦争などの人災で、次は地震などの天災のようです。また、旧家などの売り立てで売却されたものの、散逸してしまい現在では所在がわからないものも多々あります。
 下に抜き書きしたのは、著者の「おわりに」に書いてあったものです。
 この本のなかのマボロシの茶道具は、いまだにマボロシのものもありますが、火災に遭いながらも修復されたものや、行方不明だったものが出てきたこともあります。しかし、そのマボロシのものも、あくまでも古典であって、そこから新しいものを想像する工夫が必要です。その土台として、これらマボロシが大切だと改めてわかりました。無くなったものはどうしようもないという考え方もありますが、なくなったものでも、それらは大切な古典であることにかわりはありません。
 そういう意味では、この本はとても興味深く読みました。
(2020.4.10)

書名著者発行所発行日ISBN
マボロシの茶道具図鑑依田 徹淡交社2019年10月13日9784473043306

☆ Extract passages ☆

千利休という人物を考えるときも、信長と秀吉という唐物名物の大コレクターに接しながら、まったく新しい茶道具を生み出した点は無視できません。利休の使った与次郎の釜にせよ、長次郎の茶碗にせよ、京都で造らせた新造品でした。そこには古典の権威と格闘し、そこからどのように自由になるのかを模索した姿が浮かび上がってきます。また利休以降の茶人について見れば、古田織部にせよ、小堀遠州にせよ、新たに「古典」となった利体の茶に対峙し、そこから新しいものを生み出そうとしてきたはずです。
(依田 徹 著 『マボロシの茶道具図鑑』より)




No.1778『日々の暮らしを楽にする』

 本の文字がところどころ青色で強調されていて、むしろ読みにくいと思いながら読んでいました。
 後半になると、それがほとんど気にならなくなり、最初になぜあんなにも気になったのかと考えてしまいました。おそらく、読み進めていくうちに、著者の意図するところと自分の考えとが違うところがあり、必ずしも青い文字が気にならなくなっていったのかもしれません。
 この本を読んでいて興味を持ったのは、「喜ばれると嬉しい」という感情です。これを神が与えてくれた本能だと書いていますが、私はそのように生まれてきたと考えています。つまり、この世に楽しむために生まれてきたのが人間だとだいぶ前から思っていました。今も、その考えは変わりません。著者は、「動物には、自己保存と、種の保存という2つの本能が備わっています。動物界の頂点に存在し、天敵がいないヒトに対して、神は自分だけが持っている「喜ばれると嬉しい」という本能を与えました。」といいます。
 たしかに、いろいろなことが「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「愛してる」「大好き」「ありがとう」「ついてる」と考えられるなら、それらがさらにたくさんのよいことを招き入れてくれるような気がします。つまり、不平や不満、悪口などばかり言っているより、楽しいことを考えていたほうが幸せであることは間違いありません。
 この本を読み終わってみると、書いてあることは目新しいことでも特別に大事なことでもなく、当たり前のことを書いてあるだけです。でも、大事なことは、ただ知っていることではなく、心の底からそう思い実行できるかということです。よく、考えるだけならサルでもできる、といいますが、それを当たり前のように実行できることが大切です。
 この本の副題は、「今すぐ実践できる幸せの法則」ですが、やはり実践することが必要不可欠です。
 下に抜き書きしたのは、心の幅の広い人になるために必要なことが3つあると話しているところです。
 たしかに、おもしろい話しをたくさん知っていて、聞いていてワクワクするような内容なら、その人の周りにたくさん人が集まってくると思います。楽しい話しには、明るい人たちが集まってくるというのは、あると思います。
 私自身も、この3つはなるべく心がけています。今は新型コロナウイルス感染症の影響で、旅に出ることは難しいですが、これが収まってきたら、また、海外や国内の旅へもぜひ行きたいと思っています。そして、旅はなるべくなら一人旅が望ましいようです。たった一人なら、すべてのことを自分自身で決めなければ一歩も前には進めません。それを楽しいと思うか、それとも煩わしいと思うかで、旅の内容も変わってきます。アウグスティヌスは、「世界は1冊の本だ。旅をしない人々は本を1ページしか読んでいないのと一緒だ。」という名言を残していますが、そういう意味からすると、本を読むのも旅をするのも、同じことのようです。
(2020.4.8)

書名著者発行所発行日ISBN
日々の暮らしを楽にする小林正観学研プラス2019年12月31日9784054067646

☆ Extract passages ☆

 心の幅の広い人になるために必要なことが3つあります。それは、「本をたくさん読むこと」「人の話を聞くこと」「旅に出ること」です。
 いろいろな本を読み、情報がある一定量を超えると、頭の中で情報と情報が結合して、新しい情報を生み落としてくれます。そうすると、3+3=6の情報になり、6の情報同士が出会い、今度は6十6=12になる。6×6=36になることもあり、幅広く展開していきます。情報には「絶対的な必要量」があり、あるところを超えると有機的に結合され、あふれ出していきます。そうすると、いろいろなことがわかってきて面白くなります。
(小林正観 著 『日々の暮らしを楽にする』より)




No.1777『スマホの中身も「遺品」です』

 体調が思わしくなくなると、ふと、自分が作っているホームページはどうなるのかと考えたりします。普通は、このようなことはまったく考えもしないのですが、人間ですから、何があるかわからないです。しかも、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡散されている様子を見ていると、さらに心配になります。
 そのようなとき、この本を見つけ、さらに副題として「デジタル相続入門」とあり、さっそく読んでみました。
 ここでいう「デジタル遺品」というのは、あくまでも学術や法律用語ではないので、ある程度の揺らぎはありますが、ここでは「デジタル環境を通してしか実体が掴めない遺品」ということだそうです。さらに、わかりやすいように3つに分けると、1つは「家」タイプ、つまりデジタルデータが収納されている機器のことです。具体的にはスマホやパソコン、タブレット、外付けハードディスク、USBメモリーなどのことです。
 2つめは「家の中」タイプで、具体的にはスマホやパソコンなどに保存されていたデータそのものです。これらのデータは写真や文書など、さらには送受信されたメールなども含みます。デジタルですから、機器のなかにあるので、すぐにはその存在すらわからないのですが、何十年も使っていれば、そのデータは膨大なものになっているはずです。そして3つめは、「家の外」タイプで、インターネットなどでつながっている社会のなかに存在するもの、すべてです。具体的には、フェイスブックやLINE、ツイッターなどのSNS上にある自分のページにあるもので、私の場合はフェイスブックにほぼ毎日写真を掲載しているので、これだって相当な数になっているはずです。たとえば、もしネット銀行を利用したり、なんとかペイなどを財布がわりに使っていれば、それも含まれます。
 そう考えれば、自分自身なら当然のように使っていたデジタル環境を通してしか実体が掴めないものも、相当あるはずです。それが、一瞬にして自分がいなくなれば、他の人にとってはほとんど闇のなかです。ほとんどの場合、パスワードがなければ入れませんし、最近は生体認証などでログインしなければならないとすれば、なおさらです。たとえば、今までの銀行預金などであれば、暗証番号がなくても、それなりの手続きをして遺産相続すれば、預金は相続されます。しかし、ネットで株取引などをしていれば、今は株などの有価証券そのものがデジタル所有が基本ですから、その実体もわかりにくいです。そのように考えれば、デジタル遺品の問題というのは、ほんとうに難しいと思いました。
 ただ、意外とデジタル遺品は短命だと思います。たとえば、昔は3.5インチフロッピーというのがありましたが、それ以前にも8インチや5.25インチなどのフロッピーもありました。それから光磁気ディスク(MOやZIP)や片面650MBの容量を持つ四角いカートリッジに収容されたPDドライブなどもありました。私は、このPDドライブで写真を保存していたこともあり、とても懐かしいのですが、今では対応するドライブがありません。それから、CDやDVDなどになり、今はブルーレイが私の記憶媒体です。もちろん、ハードディスクも安くなったことで、何台もパソコンに組み込んで使っています。
 このように考えると、それだって、媒体が残っても、それに対応する機種がなくなれば読み込めなくなります。やはり、デジタルものは短命です。それをわかって使うしかなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、デジタル遺産に限ったことではないのですが、終活は生前からしっかりと計画を立て、あまり面倒なことにならないように配慮しておくということだそうです。
 でも、人間というのは、ある日突然亡くなるということだったあるので、いつかしようではなく、思い立ったときが吉日です。
 この本を読んでいたら、3月31日に米沢市内で運転免許合宿に参加していた神奈川県在住の20代女性が感染している確認され。その影響で米沢市立図書館も4月1日から当分の間臨時休館になってしまいました。でも、いずれ閉館になるかもしれないと思っていたので、10冊まるまる借りてきていて、10日に返却することになっていました。この本もそうですが、仕方ないので借りてきていた本はゆっくり読むことにしました。
(2020.4.5)

書名著者発行所発行日ISBN
スマホの中身も「遺品」です(中公新書ラクレ)吉田雄介中央公論新社2020年1月10日9784121506757

☆ Extract passages ☆

 デジタル遺品に限らないことですが、死後のことをあれこれ指図しても、自分はもう責任がとれません。責任をとるとしたら代理の誰かということになります。その人にあまりに大きな負担を強いるのは酷ですし、客観的にみてもうまくいく確率が低くなるのは想像に難くないでしょう。いかに面倒をかけずにスムーズに動いてもらえるか。生前から死後まで、終活の極意はそこにあるのではないかと思います。
(吉田雄介 著 『スマホの中身も「遺品」です』より)




No.1776『がん哲学のレッスン』

 この本は、「かもがわ出版」から出ているのですが、おそらく初めて読む出版社ではないかと思います。かもがわと聞くと、やはり京都の鴨川を思い出しますが、この出版社も京都の堀川通りにあります。
 副題が「教室で〈いのち〉と向き合う」で、がん教育で扱うテーマを中心に、教室などでがんの授業や家庭での親子の語りあいを深めるきっかけになればという思いで書かれたと「はじめに」に書いてあります。それを読み、読んでみようと思いました。
 今の時代、新型コロナウイルス感染症もこわいですが、日本人の場合、一生のうちに2人に1人はガンになり、男性は62%、女性は47%だそうです。そして、30歳までにガンになる確率は0.4%、50歳までに2%、60歳までに8%、80歳までに41%の確率でガンになるとこの本には書いてありました。
 ということは、ガンの治療法が日進月歩で進んでいるとはいえ、生涯にガンで死亡する確率は男性が25%、女性が15%ですから、男性なら4人に1人はガンでなくなるということになります。これでは、やはり恐ろしい病気だと考えてしまいます。
 では、なぜガンができるのかというと、この本では、「正常細胞ががん化するのは、細胞を増殖させる役割の「がん遺伝子」か、細胞増殖を止める役割の「がん抑制遺伝子」が突然変異で傷つくのが原因です。もうひとつ、DNAの修復酵素など遺伝子そのものの異常でがん化するケースもあります。普段はアクセルとブレーキの機能がうまく共生して機能していますが、「がん遺伝子」が傷つくとアクセルの踏み過ぎになり、「がん抑制遺伝子」が傷つくと、ブレーキ故障の状態になる。または、DNAの整備不良によって車が暴走する。これが、がん細胞が増殖するイメージです。」と説明しています。
 今までは、正常な細胞ががん化すると思っていたのですが、「自律神経にも、機能を活性化させる「交感神経」と、抑制する「副交感神経」がある」というように、しっかりとバランスを取っているというのが人間の不思議さです。だからこそ、そのような共存体制だからこそ、若いうちは少しぐらいがん化しても修復できるのかもしれませんが、年を重ねていくとそれが難しくなるようです。
 この本のなかで、がん細胞を年寄りのネズミの肝臓に植えた時と若いネズミの肝臓に植えたときとどちらが大きくなるか、という話しを子どもたちにすると書かれていますが、その結果は書かれていませんが、おそらくは若いネズミに移植されたときのほうが大きくなるのではないかと思います。著者は、だからこそ、がん教育は小学校の高学年から始めるほうがいいと書いています。
 下に抜き書きしたのは、この本のなかで、何度か取りあげられていることで、問題が解決できなければ「解消」するということです。
 この考え方は、ガンだけでなく、いろいろなところで役立つと思うので、ここに取りあげました。世の中は、何が起こるかわからないものです。今も、新型コロナウイルス感染症の世界的広がりで、今年予定の東京オリンピックも延期されるのではないかと言われ始めています。これに焦点を合わせて練習を繰り返してきた選手たちにとっては、大きな問題ですが、これもどうできるものでもありません。おそらく、もし延期されたら、オリンピックに出られなくなる選手もいるかもしれません。
 まさに、ガンだけでなく、この世の中は、一寸先は闇かもしれないのです。
(2020.4.2)

書名著者発行所発行日ISBN
がん哲学のレッスン樋野興夫かもがわ出版2020年2月20日9784780310771

☆ Extract passages ☆

問題が「解決」しなくても、「解消」することはできます。
 悩みは解決しなくても、悩みを問わなくなるのが解消です。がんに気を向ける時間をなるべく減らす。そのためには、本に没頭する、趣味に打ち込む、社会の中で役割を見つけて打ち込む。そんなことがひとっできれば、関心はどんどん広がっていくものです。そして、がんの恐怖にとらわれている状態を解消できます。
(樋野興夫 著 『がん哲学のレッスン』より)




No.1775『四季の名言』

 1週間に1回のペースで、「大黒さまの一言」というホームページをつくっていますが、ここに日本だけでなく、世界中の名言を紹介すべく「今週の言葉」を載せています。
 そのためにも、いろいろな本を読み、気に入った言葉があるとノートに書き出していますが、この『四季の名言』も春夏秋冬にわけて、それに見合ったような名言を選んで載せています。
 たとえば、秋の項には、有吉佐和子さんの小説「紀ノ川」の冒頭の部分を引用し、さらに秋らしく柿の木について書いています、それを引用すると「昔、嫁入りに際して実家から柿の接ぎ穂を持ってゆき、それを嫁ぎ先の柿に接いだ。子を産み、育て、やがて嫁としての生涯が終わると、大きくなっている柿の枝が切られ、火葬の薪やお骨を拾う箸になった。つまり、かつての女は柿の木とともに生きた。柿の木は女を象徴する木であった。以上のことを有吉が明確に意識しているわけではないだろうが、折々の場面に登場する柿の木には、柿が女の象徴だった時代の気配が濃厚だ。紀ノ川流域の柿の古俗を有吉は描いた、と言ってよいだろう。」と書いています。
 そういえば、私の住んでいるところでも家の近くに柿の木を植えているところが多く、以前は下校時に勝手に柿をもいで食べていました。ところが最近では、だれもこの柿の実を採ることもなく、野生のサルが出没して食べるので干し柿にしようという取り組みも出ています。つまり、その柿の実があることによって、サルたちが山に戻らないというわけです。時代が変われば、柿の木の存在理由も変わらざるを得ないということです。
 昨年の9月から10月にかけて、マダガスカルのバオバブの樹を見てきました。というのは、子どもの時にサン・テグジュペリの「星の王子さま」を読んで、いつかは本物のバオバブの樹を見てみたいと思っていたからです。その前に、大坂で開かれた花博で移植されたバオバブを見ましたが、これにはガッカリしました。そのとき、いつかはマダガスカルで見たいと思っていて、それが実現したときには、まさに天にも上る気持ちでした。そして、その前後に、「星の王子さま」を読み返し、あらためていろいろなことを考えました。そのひとつがここに取りあげられていて、「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない。」ということです。
 星の王子さまは、「王さまだけが住んでいる星、大物気どりの男が住む星、酒びたりの男の住む星、実業家の住む足、点灯人が住む星、地理学者の住む星を経て地球にやってきた。」のです。でも、その地球にはいろいろな大人たちがいっぱいいたけれど、「いちばんたいせつなこと」を見ない大人たちばかりだと書いています。
 たしかに、マダガスカルでは、飛行機で荷物の積み残しがあり、3日間、とても不便な生活を強いられましたが、それでもたくさんのバオバフの樹に囲まれて幸せでした。三脚がなくても、石の上に置いたり、木にカメラを添わせて撮ったりして、なんとかきれいな写真を残すことができました。本もなかったので、夜は星空を眺めていました。
 キツネは「ならわしがお互いを深くなつかせる」といいましたが、自然はたくさん親しくさせてくれました。今でも、そのときに撮った写真をときどき見ていますが、それを見ているとあのときの幸せが追体験できます。
 下に抜き書きしたのは、牧野富太郎の言葉を名言として取りあげたところです。私自身も植物が好きだと、ときどきは牧野氏がいた小石川植物園にも顔を出し、いろいろなことを教えてもらっています。しかも、自らが彩色した本を見せてもらったこともあり、とても身近に感じられました。
 私も、これからも植物とつきあうことによって「極楽」のような日々を過ごしたいと思っています。
(2020.3.31)

書名著者発行所発行日ISBN
四季の名言(平凡社新書)坪内稔典平凡社2015年12月15日9784582857993

☆ Extract passages ☆

彼は78歳まで大学に籍を置き、その後も植物の研究に没頭した。名言として挙げた言葉は、92歳の時のエッセイ「花と私――半生の記」(自伝に収録)に出ている。そこには以下のようにも書かれている。「花に対すれば常に心が愉快でかつ美なる心情を感ずる。故に独りを楽しむことが出来、あえて他によりすがる必要を感じない。故に仮りに世人から憎まれて一人ボッチになっても、決して寂莫を覚えない。実に植物の世界は私にとっての天国でありまた極楽である」。憂鬱などとは無縁に、好きな花(植物)に没頭しているのだが、このように学問の出来た彼は、まさに「極楽」のような日々を生きたのだろう。
(坪内稔典 著 『四季の名言』より)




No.1774『老人の美学』

 老人にもいかに美しく生きるかという美学が必要かもしれない、と思い読み始めました。
 たしかに、老人になると口やかましくなったり、急に怒り出したり、立居振舞も緩慢になり姿勢も猫背になりやすくなります。性格だけでなく、見た目も変わってくるようで、やはり気を付けないとと思いました。
 著者は、昭和9(1934)年生まれで、小説家や劇作家でもあり、さらにはホリプロに所属する俳優でもあります。以前は、小松左京や星新一とならんで「SFご三家」ともいわれたほどで、いろいろな作品を残しています。でも、私はまったく読んだことがなく、俳優としての著者のこともしらないのですが、「重度の認知症にもならず、まだ頭がはっきりしているうちは、立ち居振舞いや姿勢に気をつけておくべきだ。老人になると、意識せずして前屈みになっていたり、とぼとぼ歩きをしたりしているものだが、舞台に立つていた時の延長で、小生常に立ち居振舞いを美しく、姿勢を正しくと心がけていて、これは今でも続けているし、時には人から感心して指摘されたりもする。常からそうしていると、認知症などに なってももとからの習慣で、ある程度は立ち居振舞い、姿勢共に、美しく正しくしていられるのではないだろうか。」と言っていて、なるほどと思いました。
 やはり、意識するとしないでは大きな違いがあり、少しでもボケる前から立ち居振舞いや姿勢に気をつけるべきだと思います。さらに、年を重ねてくると、なんとなくむさ苦しく感じられるので、清潔感は特に大事なことです。昨年のことでしたが、ある高校教師だった方とお会いし、顔を見たら、鼻毛がだいぶ伸びていました。すると、耳毛も伸びていて、なんとなく不潔な感じがしました。
 もし、眉毛なら長寿のシンボルとしてご愛敬ですが、鼻毛や耳毛は困ります。床屋さんに聞いたのですが、ある程度の年齢になると、自然に抜け落ちてしまうそうですが、その歯止めが利かなくなり、そのまま伸びてしまうのだとか。
 立ち居振舞いだけでなく、こざっぱりしたものを着ることも必要です。ブランド品などを着るよりも、洗濯してきれいなものであればそのほうがいいと思います。
 下に抜き書きしたのは、生き方を年齢で考えることの大切さを書いてあるところです。
 これには、有名なところではインドのバラモン教法典に書いてある4段階で、最初は「学生期」で師のもとでヴェーダを学ぶ時期、そして次が「家住期」で家庭にあって一家の中心となって祭式を主宰する時期、次が「林住期」で森林に隠棲して修行する時期、さして最後が「遊行期」で一定の住所をもたず乞食遊行する時期の4つに分けられています。このことについては、作家の五木寛之氏がいろいろなところに書いているので、もし興味があれば読んで見てください。
 この本では、数学者の森敦氏の説である「人生忠臣蔵」について述べていますが、どのような考え方であろうとも、年代を区切って考えることはいいことだと思います。
(2020.3.28)

書名著者発行所発行日ISBN
老人の美学(新潮新書)筒井康隆新潮社2019年10月20日9784106108358

☆ Extract passages ☆

こうした時代区分と老年の設定にはどんな価値がありどんなことに役立つのか。小生の思うところ、特に高齢者、後期高齢者にとっては自分の居場所を見定め、社会の中での自分を律する役に立つと思う。勿論それ以前の、それぞれの時代に区分される少年、青年、中年にしてもそうで、それぞれの時代の生きかたの指針となる美学がある筈だ。だが、それぞれの時代に足を踏み入れるのは誰にとっても初めての経験である。こんなものを書いている小生にしてもそうだ。だからこそ自らの指標となる思考や行為や行動を設定して、そこに何らかの美的価値を見定め、それに沿った生きかたが必要になってくるのではないだろうか。
(筒井康隆 著 『老人の美学』より)




No.1773『アナログの逆襲』

 副題は『「ポストデジタル経済」へ、ビジネスや発想はこう変わる』とあり、最近、私もそのように思うところがあり、読むことにしました。
 写真を撮っていると、たしかにデジタルの良さもありますが、データを保管するとき、一抹の不安もあります。特に、大地震の少し前に撮った中国の黄龍や九寨溝などは、これからは絶対に撮れません。しかし、その写真は、パソコン本体のハードディスクと外付けのハードディスク、さらにはブルーレイなどにも記録しています。しかし、以前はPDやDVDなどにも記録していましたが、それらは再生する機種がなくなったり、容量が少なかったりして、今では使えません。おそらく、これからもデジタル機器は進化し続けるでしょうが、将来とも使えるという保証はどこにもありません。
 そういう意味では、アナログも必要で、この本では、そのアナログの良さをいろいろな例を持ち出して詳しく説明してます。たとえば、この『本のたび』に直結する問題ですが、書店の強みとアマゾンなどのオンライン店舗との違いや、ペーパーレスとはいいながらも紙の需要が増えていることとか、さらには紙に印刷された出版物の良さとかです。この印刷された紙で読むということについて、著者は「紙で読むことはきわめて機能的で、私たちにとってほとんど習性になっているからだ。マリア・セブレゴンディが説明したモレスキンのノートの魅力と同じように、紙に触れることは五感を使う行為だ。たとえ『エコノミスト』の印刷版がウェブサイトやアプリで読める記事と同じでも、インクの匂い、ページをめくるときのカサカサという音、指に感じる紙の手触りはデジタルでは経験できない。こうしたことは、記事を読むうえで関係ないと思うかもしれないが、実は重要だ。iPadで読むと、どの記事も同じように見えるし、同じように感じられる。印刷版は、ページを指でめくることで、過剰な情報にさらされているという感覚をせき止めることができるのだ。」と書いています。
 私は本を本棚に並べて、ときどきそれらを眺めながら、それらの本に書いてあったことを思い出したりします。もし、デジタルだったら、おそらく思い出すことも少ないだろうし、必要なときに検索すればいいと考え、ほとんど記憶に残らないような気もします。でも、本棚の本は、その背表紙を見ただけで、そこに書かれてあったことなどを思い出します。
 また、昔の小売店は必要な品物があるから買いに行くという場合が多かったような気がしますが、最近のお店は、そのお店をながめているだけでも楽しい気持ちにしてくれます。たとえば、ハガキのイラストなども好きなのですが、それらがたくさん並んでいるのを見るだけでも楽しいし、そこから数枚を選んで買ってくると、それを見るたびにそのときの情景が浮かんできます。
 つまり、この本の中に出てくるエバーノートのマーケティング担当部長のアンドリュー・シンコフさんの「フィジカルな製品は人をワクワクさせる。人間はモノに愛着を持つんだよ。アプリでそんな思いをしたことはあるかい?」という問いかけに、なるほどと思いました。
 また、アマゾンのように限りなく広い選択肢があると、かえって選ぶのが大変だし、疲れてしまうといいます。私の場合は、買う物が決まっていて、近くになければオンラインで注文しますが、何を買えば迷っていたら、お店にいって、実際に見比べて購入します。本だって、たまたま欲しい本がなくても、その書架の近くで、もっともっとおもしろそうな本を見つけることもあります。
 私は、この本を読んで、たしかにデジタルのほうが便利なこともありますが、アナログだっていいものだと思いました。そして、ほとんど考えずに、その両方を適宜使っていることに気づきました。
 下に抜き書きしたのは、アドビ社の「アドビ・キックボックス」についての話しです。
 このことを話してくれたのは、アドビの戦略担当重役で、このキックボックスの作成を手伝ったクシュ・アメラシンゲです。この中におさめられている1つ1つがまったくデジタルとは無縁なもの、それがかえってひらめいたものを形にできるというのは、たしかにあるなと思いました。
(2020.3.25)

書名著者発行所発行日ISBN
アナログの逆襲デイビット・サックス 著、加藤万里子 訳インターシフト2018年12月20日9784772695626

☆ Extract passages ☆

アドビ・キックボックスは、火災警報器の絵の下に「アイデア・コンストラクション・キット」というタイトルが印刷された厚紙の箱で、「アイデアが浮かんだらはがすこと」と太字で書かれた封がされている。箱のなかには、ポストィット、アイデアを実行に移す手順が書かれたキュー・カード、 コーヒー1パック、チョコレート、ペンと鉛筆、紙製のノート、1000ドル分のプリペイド・クレジツトカードが入っている。「その場ですぐに取りかかれるように、デジタルを使わずにすむように作ってあるんだ」。
(デイビット・サックス 著 『アナログの逆襲』より)




No.1772『アルゴリズム フェアネス』

 この本を読んで、インターネットの黎明期のことを思い出しました。私も最初はNetscape Navigatorを使っていましたが、Windows 95のときはInternet Explorerも有償だったので使いませんでした。ところが、Windows 98からは標準でInternet Explorerを搭載したので、そのときから使い始めました。
 そのころからホームページをメモ帳で作っていましたが、今のように多くの人たちが見てくれるとは想像すらできませんでした。
 最近、とくに聞くのは「GAFA」という言葉で、これはグローバルIT企業のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字をとったものです。私自身は、このいずれの情報技術を利用してまいす。それでも、アップル以外は、私がパソコンをいじり始めるころにはなかった企業です。それが今や世界の情報技術に多大なる影響を及ぼしているのですから、その影響力は計り知れないほどです。
 そこで用いられているのが、この本の題名でもある「アルゴリズム」です。これは、「数学やコンピュータで問題を解くための手順を定式化したもの」だそうですが、これだけだとなんのことかわかりませんが、一度品物を検索するか買い物をすれば、次に検索するとその関連する品物が次々と掲載されて出てきますが、それもこのアルゴリズムによるものです。いつもは、ほとんど無視しているのですが、たまにはそこから入ってみることもあります。
 この本でなるほどと思ったのは、「ヨーロッパ各国で自身の死後に臓器提供する意思があるかどうかを調べたところ、フランスやベルギーで「意思あり」とした人は、ほぼ100%に達していたそうです。ところがオランダでは28%、ドイツに至つては、わずか12%でした。……フランスやベルギーのように「意思あり」の割合が高い国では、臓器提供の意思が 「ない」人だけ、免許証の裏などにチェツクを入れることになっていました。 一方、オランダやドイツのように「意思あり」の割合が低い国では、「あり」の人だけチェックを入れることになっていたのです。どこの国でも、チェックを入れない人は一定数いるはずです。判断を迷っている人、無視している人、意思表示の機会があること自体を知らない人など、さまざまでしょう。そうした人がフランスやベルギーでは自動的に「意思あり」に分類され、オランダやドイツでは「意思なし」に分類される。」と書いています。
 たしかに、これはありそうです。
 だとすれば、「意思あり」をどのように設定するかが問題で、おそらくアルゴリズムだって、ある程度の企業側の意思が入っているように思えてしまいます。たとえば、「食べログ」で「いいね!」の書き込みを増やしてもらうためにサクラを使ったというような話しがありましたが、結局はそのへんのところは誰にもわかりません。だからこそ、この本の題名の「フェアネス」、つまりは公平とか公正ということが大切になってくるように思います。
 これがあやふやのままだと、結局はそのプラットフォームは消えてしまいます。また、そうでなければ困ります。
 そういえば、最近の中国のオンライン決済の多さには驚きます。この本でも中国のクレジットカード保有者は15%ぐらいといいますから、それ以外はバーコードかQR決済です。露天も食堂もほとんどがそれらの決済ですが、なぜそれほど増えてきたのでしょうか。この本では、中国は多民族国家だからなかなか人を信用できないが、これらのオンライン決済を使い信用度を増すと生活だけでなく、就職や旅行も便利になるといいます。たとえば、アリババの「信用スコア」の場合は、最低が350点で最高が950点ですが、650点以上の18〜59歳までの人しか入れない生命保険とかあるそうです。つまり、オンラインを使うことによって人の格付けすらできるということで、そういえば昔より自分さえよければいいという考えも少なくなってきたように思います。
 下に抜き書きしたのは、第5章の「自由を増やす「ハンマー」を手にしよう」という最後に書いてある文章です。
 たしかにアルゴリズムで意識が誘導されているような感じもしますが、それでも、いろいろな自由が手に入るのも新しい情報技術です。そういえば、昔は洋書を手に入れるには丸善に頼むしかなかったのですが、今はアマゾンで簡単に検索して入手できます。それも、新刊だけでなく古本もです。
 やはり、このインターネットなどの便利さは、これからもますます利用され続けるのではないかと思います。
(2020.3.22)

書名著者発行所発行日ISBN
アルゴリズム フェアネス尾原和啓KADOKAWA2020年1月31日9784046040756

☆ Extract passages ☆

 英語には、2つの「自由」があります。「Free from」、つまり抑圧から解放される「自由」、もう一つは「Liberty to」、これは誰もが縛られず、個性を発揮できる理想社会をめざす「自由」です。それに対し、日本人にとっての「自由」は、誰かに定義されるものではありません。「自らを由し」とすれば、それが自由なのです。
 由しとは、自分だけがよいということではなく、他の意見や権力によって支配されることでもない。そうした自由を確保するには、1つではなく多数の依存先をもつことによって、たくさんの人と「有り難う」を交換し合い、その交点のなかに、他の権力によってではなく、「自らを由し」とする自由を見出していくことが大切だと思います。またそれがプラットフォーム間の競争を促し、自由とフェアネスを高めることにもつながると信じています。
(尾原和啓 著 『アルゴリズム フェアネス』より)




No.1771『ざんねんな人体のしくみ』

 人の身体は、なぜなんだろう、と思う不思議がいっぱいつまっていると思っていたので、この本を見つけ、読もうと思いました。
 著者は内科医で、ある意味、幅の広さのあるお医者さんだと思っていますが、それだけ幅の広い医学的知識も必要です。今まで、なぜとも思っていなかったものもあり、たとえば、足は臭いものと思っていたのですが、それなりの理由がありました。というのは、「これは、ストレスによる自律神経の乱れが深く関係しています。自律神経が乱れると、足の裏に大量の汗をかくため、雑菌が繁殖しやすくなるのです。ニオイの原因菌は、高温多湿の環境でより繁殖するため、ストレスがかかって汗が増えると原因菌の老廃物が大量に発生し、不快なニオイを発生させることになります。湿気の多い夏場は足が臭くなりやすいので、特に注意が必要です。また、サイズの合っていない靴を履くこともニオイの原因になります。なぜなら、サイズが小さい場合も大きい場合も、足にとっては大きなストレスになるからです。同じ靴を一日中履いていたり、足に合わない靴下を履いていることも、足にとってはストレスですから、やはり注意が必要です。」と書いてありました。
 そういえば、イグノーベル賞で日本人初受賞となったのが、「足の匂いの原因となる化学物質(1992年)」でした。しかも、医学賞ですから、その当時は話題になりました。この原因となる化学物質が、つまり老廃物というわけです。
 この本を読んでいると、たしかにざんねんではありますが、そのように人間は作られていると考えれば、ある意味、仕方のないこともたくさんあります。たとえば、髪の毛なども親からの遺伝によるものが8割もあるそうですし、音楽的な才能は約9割もあるというから、どうしようもありません。しかし、美術の才能は5割程度しかないといいますから、少しはがんばり甲斐がありそうです。
 それ以上に、年を重ねてくると、いろいろと変わってくるもので、たとえば身長もそうです。私の場合は健康診断で計ってびっくりしたのですが、3.5pも縮んでいました。その理由は、4つほどあり、
 先ず1つは、筋力の低下だそうです。つまり、筋肉が減ってくると脊椎や骨盤をしっかり支える力が低下してくるので、その結果として背が縮んでしまうといいます。
 2つ目は、姿勢の悪化です。つまり、筋力が低下し猫背や前かがみの姿勢が多くなると、いつの間にか身長も低くなります。
 3つ目は、骨粗しょう症です。これは特に女性に多いといいますが、これになると骨が変形したり、圧迫されたりして、物理的に身長が縮んでしまいます。
 4つ目は、体内の水分量が変化してくるからです。これは初めて知ったのですが、子どもの頃の体内の水分量は約7割だそうですが、大人になると5〜6割、さらに老人になると5割ほどに減ってしまうそうです。つまり、水分量が減ってくると、それにともない背骨の椎間板の水分量も減ってしまい、結果的に身長も縮んでしまうということです。
 だから、多い人だと10pも身長が減ってくるといいますから、まだ3.5pなら仕方ないかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、年を重ねてくると、食べものを飲み込もうとしたときに間違って気管支や鼻のほうに入ったりするようになりますが、その理由についてです。
 これは経験した人でなければわからないと思いますが、とても苦しいものです。なぜ、このようなことが起きるのかと考えたときもありますが、それは人間だけだったと知り、びっくりしました。
 そういえば、お正月などに餅をのどにつまらせるということも、少しは関係がありそうです。
 でも、このような切り替えの構造になっているからこそ、声帯を振動させ、それを口のなかで共鳴させて、話すことができるのです。
(2020.3.19)

書名著者発行所発行日ISBN
ざんねんな人体のしくみ(青春新書)工藤孝文青春出版社2019年5月30日9784413211352

☆ Extract passages ☆

 実は、人以外のほ乳類のノドには、食べ物の通り道である食道と、空気の通り道である気管が、道路の立体交差のように存在しています。そのため、食べ物が気管に入ってしまうことは基本的にありません。
 一方人間は、食道と気管の入り口が、まるで線路のように切り替わる構造になつていて、いちいち通り道を替えることになるため、食べ物が気管に詰まるといった問題が起きやすいのです。
 人間の場合、咀嚼した食べ物を飲み込もうとすると、ノドの奥にある軟口蓋という部分が口腔と鼻の間を塞ぎます。同時に喉頭蓋というもう1つの蓋が肺に通じる気道を塞ぐことで、ようやく、食べ物が食道に落ちていく状態になります。つまり人は、食べ物を飲み込むのと、空気を吸うことを同時に行うことができません。飲み込む瞬間には、必ず息を止めているのです。
(工藤孝文 著 『ざんねんな人体のしくみ』より)




No.1770『脳科学からみた「祈り」』

 No.1764『人のために祈ると 超健康になる!』を読んで、なるほどと思ったので、この本を図書館から探し出して借りてきました。
 しかも、副題は『「前向きな心、感謝、人を思う祈り」が脳を活性化し免疫力を高める!」』とあり、なんか良いことづくめのような気がしました。しかも、活字が大きく、126ページしかないので、あっという間に読み終えました。しかし、何度か読み直すと、やはりところどころに大きなヒントがあり、それらを抜書きカードをつくりました。
 その抜き書きしたひとつが、「脳細胞を育てるのは、筋カトレーニングをするのと似たようなものです。毎日少しずつ、鍛えていく。また、鍛えすぎてもだめなのです。適度な刺激、適度な負荷を、自分が「これくらいはできるかな」と思うレベルより少し上を目標にしながらかけていく。そうすることで、脳は少しずつ少しずつ育っていくのです。よい祈りによってプラスの刺激を日々与えつづけ、それに応じて脳細胞がプラスの変化を遂げ、そのことによって祈りが叶うのだとしたら、はっきりした変化が起きるまでには日々祈りつづける必要があるでしょう。」ということです。
 つまり、思い出したときだけ過度な筋トレをしてもダメだし、やせたいとおもったときだけ断食をしてもダメなように、日々続けることが大切だということです。この本では、人間の細胞が入れ替わるのに3ヶ月ほどかかるから、1つのことを祈り続けるのも最低3ヶ月ぐらいは続けてほしいと書いています。
 ただ、惰性的に祈りつづけてもダメで、ある意味、意識的に祈ることの大切さも書いています。この辺りは、直接読んでいただくと、よくわかります。
 また、人のために祈ることの意義について、仏教では「縁起」を説きますので、いわば自己も他者も根源的につながっているといいます。もっと簡単にいってしまえば、著者は地つづきと言っていますが、同じということになります。つまり、自分のことのように他者を考えられるようになれば、それだけ自分の喜びも増えるということです。これは、ミラーニューロンの研究などでも明らかになってきた「社会脳」ということで、「共感のメカニズム」でもあります。
 日本でも、よく「ランナーズ・ハイ」という言葉は聞きますが、アメリカのホスピスで働く看護師たちが、末期ガン患者たちとの交流の中で感じる心の変化を「ヘルパーズ・ハイ」というのだそうです。つまり、心から介護にあたると、不思議な高揚と多幸感を感じるといい、それを指す言葉です。まさに自己犠牲ということを越えた、利他行動であり、他者の苦しみも喜びも自分自身に重ね合わせて考えられるということです。
 よく私も話しをするのですが、自分一人が美味しいものを食べていても、そんなには美味しいと思わないときでも、少しの美味しいものをみんなでいっしょに食べると美味しいと感じる感覚と似ています。今、子どもたちは学校が休校でみんなで学校給食を食べられないので、家庭でひっそりと食べている子どもたちもいます。そういう意味では、新型コロナウイルスの影響は計り知れないの大きさです。
 下に抜き書きしたのは、この本の主題である「祈り」についてのことです。
 たしかに日本人は、祈るというと先祖供養を思い浮かべますが、それはあくまでも先祖の方々が安らかであってほしいという未来に向けての祈りです。希望あふれる未来をしっかりと見据え祈れれば、その祈りが自分を変え、周りを変え、そして流れとしてよい方向に進んでいくのではないかと思います。
 この本ではプラセボ現象についても書いていますが、ある程度、信じることが大切で、今の新型コロナウイルスについても、いずれ収束して、そんなこともあったねと笑いながら話せる時がくると思います。
(2020.3.17)

書名著者発行所発行日ISBN
脳科学からみた「祈り」中野信子潮出版社2011年12月20日9784267018916

☆ Extract passages ☆

 祈りは「未来をよい方向に変えようとする営み」ですから、私たちは祈るとき、未来に心を向けます。将来かくありたい、かくあってほしいという願いが祈りなのです。だからこそ、祈りという営みの中で、人はおのずと展望的記憶を強化していけます。
 すなわち、脳科学から見れば、日常的に祈っている人ほど、展望的記憶をしっかりと持っていきいきと生きることができるのです。それがポジティブな利他の祈りであれば、脳に与えるよい影響も強まって、なおのことよいでしょう。
(中野信子 著 『脳科学からみた「祈り」』より)




No.1769『旅人の木』

 久しぶりに小説を読みました。というのは、この「旅人の木」という題名がとても気になり、どのようなことが書いてあるのかと思いながら、読みました。
 ところが、それに触れたのはたった2ページぐらいで、主人公の兄の友人、ヤスダが勤めている園芸店で水掛けをしながらこの木の話をしただけです。これは、『「その名前の由来はさ、この本がね、この辺りに水を貯えているんだけど」ヤスダは葉柄の基部を指差した。「喉の渇いた旅人が、ここを切って、中の水を飲んだことから、旅人の木という名前がついたらしいんだな。ラクダみたいじやないか、水を貯えてるなんてさ」僕が驚いた顔をして、へぇ―と唸ってみせると、彼はまるで自分の家族を自慢するように続けた。「マダガスカル島の原産なんだ。知ってる? 南回帰線の横切る、アフリカの横っちょにくっついた島なんだけど……。熱いんだろうね。行ったことないけど、きっとすごく熱いんだぜ。喉なんか、すぐに渇いちゃうんだよ。だから旅人にとっては、特別大切な木なんだな」』と言います。
 実は、私はこのマダガスカルに昨年の9月から10月にかけて行ったので、この旅人の木もたくさん見ています。だから読みたかったのですが、題名に使われているぐらいだから、もっといろいろな説明ぐらいあると期待していたのですが、ちょっと当てが外れました。
 たしかにマダガスカルは、日本の1.6倍ぐらいあり、世界で4番目に大きな島です。位置するところは、アフリカ大陸の南東400kmの沖、インド洋にあります。ここは南北に細長い形をしていますが、気候は東西の差が大きく、11月から4月までの雨期には、島の東海岸部は降水量も多く、熱帯雨林のようです。しかし中央高地は東海岸部よりも乾燥していて気温も低く、快適です。でも、島の南西部と南部の内陸は半砂漠気候で、植物もサボテンのような木々が生えています。
 この本のなかで、ヤスダは「こいつ、今でこそこの程度の高さだけどさ、いずれ、10メートルぐらいは楽に伸びちゃうんだよ。すごいやつになるとね、30メートルも伸びるんだぜ」と言います。
 たしかに、私はベレンティー自然保護区に行く途中の植物園で、30メートルはありそうな旅人の木をたくさん見ましたが、これは東海岸の熱帯雨林の代表的な固有種です。つまり、あまり乾燥するところには自生していません。この種子も見ましたが、真っ青な色をしていて、教えられて初めてわかりました。また、西海岸の乾燥地帯には、マダガスカルを代表する固有種アダンソニア・グランディディエリというバオバブの樹があります。
 もちろん、これは小説だから、ひとつの舞台装置として取りあげたのかもしれませんが、ちょっと期待外れでした。
 下に抜き書きしたのは、著者自身が「後書き」として書いたところの文章です。
 この小説は、最初から失踪とか死とか、少し生臭い雰囲気がありましたが、この文章を読むと、なるほどと思います。
 やはり小説というのは、あくまでもいろいろな読み方ができそうで、なかには自分に出会うためにという読者もいるかもしれません。
(2020.3.15)

書名著者発行所発行日ISBN
旅人の木(集英社文庫)辻 仁成集英社1995年6月25日9784087483517

☆ Extract passages ☆

 小説を書いている時もまた、自分に出会えそうな気がしてならないのだ、それももっとはっきりした形で……。音楽が肉体的倒錯の中に自分を探すものなら、小説は精神的苦痛の中に自己を見つめようとするものかもしれない。前者が麻薬で、後者が愛する人との交接と言ったら言い過ぎか?しかし、両者とも僕の場合、気持ち良さと、苦痛が同居しているようだ。
 人は皆、死に向かっている。しかし、そのことを毎日意識して日常生活を送っている人は少ない。僕は小さな頃から、何故か、死を見つめ続けてきた。それははじめ、すごく恐い存在だった。眠れない夜にベッドの中で、遠くからゆっくりと近づいて来る死の足音を聞きながら、よく息を潜めたものだ。今は死を恐いと感じることはなくなった。
(辻 仁成 著 『旅人の木』より)




No.1768『人類学者の落語論』

 人類学と落語と、どこでどんな風に結びつくのかと思いながら読み始めると、意外や意外、小学5年生のときにおじさんの落語研究者の手引きで聞きに行ったそうですから、長いつき合いです。しかも、その当時の名人の落語を生で聞いていたといいますから、すごいものです。
 今は、落語といえばテレビで聞くことも多く、さらには落語家といっても、テレビのコメンテーターをしていたりするので、なかなかその実体がわかりません。
 この本を読むと、戦前から戦後にかけての落語家の姿が想像できます。さらに、明治維新をどのように生きてきたかもわかり、たとえば、「圓朝も桜痴も、それぞれ余人をもっては代え難い特技のために、徳川と明治両体制下で重用された。だがこの2人とほぼ同時代を生きた人たちのなかには、多くの面で厳しく対立していた徳川時代と明治時代を、やはり「余人をもっては代え難い特技」によって、五稜郭の雄榎本武揚のように、成功裡に生き抜いた人たちもいたし(榎本は、圓朝が明治19年に山県、井上両大臣のお供で北海道に行った時、逓信大臣として同行している)、西郷隆盛や土方歳三はじめ、切り替え適応できなかった人も多い。」と書いています。
 私は、もちろん、切り替えが早いほうがよいと思っているわけではなく、この時代にはいろいろな生き方があったという程度の理解です。でも、どちらにしても、生きにくい時代であったことは間違いなく、いつの世も、変化の激しいときは大変です。
 また、著者は、西アフリカのモシ王国で、アフリカ落語も聴いてきたといい、それらをカセットテープに録音し、白水社から出ている『サバンナの音の世界』に収録されているそうですから、今も聴くことができます。
 この本では、アフリカの昔話は、「文字のない、従って声による伝達にきわめて大きな価値が置かれているアフリカ社会の言技の「座」に居合わせて私が感銘を受けたことの一つは、彼らの社会で昔話というのは、聞く喜びにも増して話すよろこびが大きいということだ。たとえ拙くても、座の構成者が自分の声で座に加わるよう、他の構成者はうながし、助ける。そこから、聞き手による訂正や助け船、部分的な代りの語り、語り継ぎなどが生じる。そこで進行するのはモノローグ(独話)としての語りではなく、座の構成者によって、共同で作られてゆくこともある、シンローグ(協話)とでも名付けるべき言述だ。座の音声コミュニケーションの特徴も、シンローグが成立するところにあるといえよう。」と書いています。
 この本には、アフリカの15編ほど掲載されていますが、これはすべて著者自身が録音してきたものだそうです。どこがおもしろいのかわからないところもありますが、国によって笑いも違うでしょうから、一度、読んで見てください。
 下に抜き書きしたのは、同じ噺を何度聴いてもおもしろいのはなぜか、という問いに対する著者の言葉です。
 この描き方が、いかにも学者のようで、なるほどと思いました。音楽もそうですが、何度聴いても飽きないのですが、噺だって同じようなもので、一般的にはおもしろいものは何度聴いてもおもしろいと考えます。それでは、人類学者としての落語論にならないので、このような説明になったのではないかと勝手に考えています。
(2020.3.13)

書名著者発行所発行日ISBN
人類学者の落語論川田順造青土社2020年2月20日9784791771301

☆ Extract passages ☆

「はなす」行為の演戯性は、これまで言語学者が正面から取り上げてこなかったし、取り上げ方が極めて難しいとも言える。4つの面から考えることができるだろう。第1は、語型としては同じでも、細部が1回ごと、または話者ごとに違う、つまりテキストのレベル。第2は、テキストとしては同じでも、声と仕草が生む演戯性の違い。第3に、情報工学で「内部雑音」と呼ぶ、聴き手の内部に起こる、忘れる、印象が薄れるなどの変化。
 だが第4の側面として私が重視したいのは、「中毒」とでも呼ぶべき側面だ。落語に限らず義太夫でも西洋音楽でも、好きな演者による好きな演目は、繰り返し聴いて、その度に受ける感動は、厳密に言えば少しずつ異なっているはずでもやはり良いと思う。
(川田順造 著 『人類学者の落語論』より)




No.1767『マスクと日本人』

 今、すごい勢いで新型コロナウイルスの感染が広がっていて、今月2日からは首相の要請で、ほぼ全国の小学校や中学校、高校や特殊支援学校などもいっせいに休校しました。それにともない、遊戯施設やコンサート会場なども休園や休館が相次いでいます。このままでは、飲食店や宿泊施設なども大きな影響を受けそうです。
 今回の新型コロナウイルスでは、マスクが売り切れてなかなか手に入らないとのニュースが流れました。さらには消毒薬もなくなったそうで、クスリ屋さんに行ってもなかなか買えない状態が続いています。ニュースを見ると、ほとんどの人がマスクをしていますし、不特定多数の人と接する仕事の人たちは、もちろんです。
 このような状態が続いていたので、たまたま図書館に行くと、この本を見つけたので借りてきました。
 それにしても、昔からインフルエンザがあったそうで、「『日本疾病史』(1912〈明治四五〉年)によれば、日本におけるインフルエンザ流行のことと思われる記述が最初に見られるのは862(貞観4)年である。富士川は、『三代実録』からその例となる記述を引用しており、インフルエンザと思われる咳病は「咳逆」と称されている。咳逆とはひどい咳のことで、シブヤミとも言う。……酒井シヅの『病が語る日本史』によると、ひどい風疫にさいして当時の人々は神仏に祈った。923(延長元)年には紫震殿で僧侶が読経を行い、1015(長和4)年には春日社に咳病を鎮めるために幣帛をささげる。さらに、インフルエンザが外国から来ると直感的に察知していた。872(貞観14)年の咳逆流行のときは、「渤海の客」が外国か ら毒気を持ってきたことが病気の発生原因という噂が流れ、1233(天福元)年の咳病大流行では、その前年に多くの人が京都へ来た外国人を見たのが原因とされたらしい。」と書いてありました。
 ここに出てくる「咳逆(かいぎゃく)」というのは、的を得た表現です。そのほかに、「咳病」や「風疾」という言葉もあったそうで、それだけインフルエンザに対して関心があったということです。さらに、その原因が外国からもたらされたと考えていたそうで、徳川時代に入り100年ほどは鎖国ということもあり、インフルエンザの大流行はなかったそうです。
 しかも、江戸時代の半ばころから、そのインフルエンザに愛称をつけて、「稲葉風」や「お駒風」、そして「谷風」などと呼び、風邪を引いて寝込んでしまった横綱の谷風梶之助からとったのが「谷風」だというから、ユーモアがあります。
 今、新型コロナウイルスの感染で、政府もマスコミもピリピリしていますが、少しはユーモアにしてしまうぐらいの余裕がほしいものです。
 下に抜き書きしたのは、結局は今の医学でもインフルエンザなどの感染症に有効な対策はとれないということです。
 著者は、この本の最後のところで、「要するに、マスクは現代の「お守り」なのだ」と書いていますが、現在の新型コロナウイルスに対しても何かをしなければと思いながらも、何もできないことから、その不安を少しでも安らげるようにマスクをするのかもしれません。
 つまり、いくら気休めだといわれても、できることは少ないので、手洗いやうがい、マスクの着用ぐらいはしなければと思っています。
 まさに、ウイルスと人間との果てしない戦いが、また始まったかのようです。
(2020.3.10)

書名著者発行所発行日ISBN
マスクと日本人堀井光俊秀明出版会2012年12月3日9784915855290

☆ Extract passages ☆

 現代の医学も、インフルエンザの流行にたいして無力だ。科学の力で感染源やルートを突き止めメカニズムは説明するが、撲減することはできない。……
インフルエンザという脅成を前に、何をすればよいのか? 何を頼ればよいのか? そうした誰も指針を与えてくれない状況のなかで、マスク着用は人々の道徳的空白を埋め、新しい指針となり、精神的な安定をもたらしているのではないか。いくらマスクに「科学的根拠がない」と叫んだところで、では替わりに何をすればよいのだろうという答えが返ってくる。マスクをせず不安に駆られるよりも、効果に根拠なしと言われても、生活に安心を取り戻したほうが賢明といつたところなのだろう。
(堀井光俊 著 『マスクと日本人』より)




No.1766『アウト・オブ・民藝』

 前回は「変わらない店」を読みながら、変わらないといえば民芸品もそうかもしれない、と思いました。すると、たまたまこの本が目に入りましたが、なんと、まったく聞いたこともない出版社のものでした。ISBN、つまり「国際標準図書番号」もなく、得体も知れないという本でした。
 でも、読み始めると、対談形式なので、とても読みやすく、もともと陶芸などの民芸品にも興味があったので、とてもおもしろかったです。そもそも『アウト・オブ・民藝』のアウト・オブというのは、何々の外側とか、範囲外のとかいう意味でしょうが、この分脈からすると民藝の外側ということのようです。「あとがき」のところで、『「アウト・オブ・民藝」という活動の本質は、民藝運動の周縁の人々の関係を相関図にすることであり、そうしたいくつかの可能性を接触させることでかつての光景を少しずつ浮かび上がらせてきた。そしてなにより「アウト・オブ・民藝」は、民藝運動を読み解くためのひとつの眼差しでもある。』と書いています。
 つまり、民藝をより深く理解するために、その周辺部を探っていこうというようなことで、この本を読みながら、いろいろと知らないことも学んだように思います。
 そういえば、2月26日に笠間の茨城県陶芸美術館で富本憲吉氏の「色絵円紋菱模様大飾皿」を見てきたのですが、『アウト・オブ・民藝』のキーワードとしての「余技」というのとはまったくかけ離れた作品でした。それでも、どこかで「試して遊んでいる」という感じがして、この本で取りあげられているのも頷けました。また、そのときに見た「ガレの陶芸」の作品とは、まったく異質なもので、いかにも日本的なデザインのような気がしました。
 また、その後で益子にまわり、陶器店を見て回りましたが、やはり濱田庄司氏らの影響はすごく感じられ、どちらかというと模倣に近いものがあると思いました。それでも、なるべくそのような雰囲気のない、村田浩さんのマグカップと渡部昭彦さんの湯飲みを買ってきました。村田さんのお父さんは村田元氏で、その作風が大好きで、抹茶碗や湯飲み、花瓶などを持っていますが、このマグカップにも少しだけ影響を感じさせるものがありました。ちなみに、渡部さんは山形県酒田市の生まれで、10数年前にたまたま買ったコーヒーカップと同じ図柄でした。
 下に抜き書きしたのは、柳宗悦氏の「農民美術と民藝」に書いてあるもので、どこに民藝の主力があったかということがわかります。
 また、子息の柳宗理氏がデザインに進まれたということも理解できるような気がします。そういえば、先日、テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」で宗理氏のイスが鑑定に出品され、ゴルフ場で雑に使われていたにもかかわらず高額な鑑定結果が出ました。それを見て、ただデザインがよいだけでなく、使いやすい工夫がされていると知りました。
 このイスはエレファントスツールといい、今でも通販で3,850円で買えるというからビックリです。しかも、今も新色が出ているというから驚きました。
(2020.3.8)

書名著者発行所発行日ISBN
アウト・オブ・民藝軸原ヨウスケ・中村裕太誠光社2019年5月11日

☆ Extract passages ☆

 私達は出来るだけ作物を「美術」の位置より「工藝」本来の性質に戻さうとしている。民藝の「藝」は私共の意味では工藝の「藝」である。工藝の立場であるからには、作物が「用」に発するのを本願とする。「用」は日常に於いて最もその機能を発揮する。だから吾々は日用品に作物の主な対象を求める。私達が殆ど玩具の領域に触れていないのは農民美術がそれを主とするのと大変違ふ。私達も余力さへあれば玩具を生むようにしたいと思ってはいる……。
(軸原ヨウスケ・中村裕太 著 『アウト・オブ・民藝』より)




No.1765『変わらない店』

 この本の副題は「僕らが尊敬する昭和 東京編」で、変わらないことにもそれなりの理由があるのではないかと思い、読み始めました。
 もともとこの本は、『メトロミニッツ』という東京都内の地下鉄構内で無料配布されるフリーマガジンの2016生4月号から2018年7月号に掲載された連載「僕らが尊敬する昭和のこころ」を加筆修正し、書き下ろしを加えたものだそうです。でもフリーマガジンといっても、毎月10万部発行され、すぐになくなるというからびっくりします。著者は、最初から1冊の本にしたいと思っていたそうですが、取材を進めていくうちに出さなければならないと思うようになったといいます。昭和の店の人々は、「日々するべきことをしてきただけ」と言いますが、「ところが若い料理人やソムリエたちの迷いは、全然違う仕事をしている私自身の迷いにも重なり、昭和の店を訪れれば、先達の正しさに救われたりしたのです。彼らの言葉は、飲食の仕事をする人だけでなく、どんな職業でも、何歳でも、多くの人が必要としているかもしれない。そのぼんやりとした予感もまた、実感になっていきました。」と、「おわりに」に書いています。
 つまり、昭和の店の人たちは、ただ当たり前のことをしてきただけで、誰かに伝えようという意思もなかったので、それをあえて著者がその心の奥底にしまってあったものを伝えたいと思うようになったようです。
 考えてみれば、私たちは昭和を土台として、平成を生きてきたように思います。だから、ときどき昭和を振り返らないと、なぜか不安になるときがあります。フランス菓子の河田シェフについて、著者は、「変わらないお菓子で先頭に立ちつづける人は、高山さんの目には「前を向くのでなく、自分の歩いてきた道のりを見ながら前へ進んでいる」ように映る。つまり、原点に背を向けない歩み方。更新という言葉で過去を切り捨てる時代に、河田さんは過去から目を離さない。ということを私たちは簡単に「ブレない」と言ってしまうが、違うのだ。「その言葉は嫌だね。悩みなんでジジイになってもあるし、できることがそれしかないからつづけているだけ。ブレないとかそんな高尚なことじゃない」」と書いています。
 なんか、昭和の雰囲気のある言葉ですが、「できることがそれしかないからつづけているだけ」というのは力強さを感じます。
 そういえば、私は和菓子も洋菓子も好きですが、その違いはなにかと考えたこともあります。茗荷谷の「一幸庵」の水上力さんは、下に抜き書きしたようなことを述べています。
 とくになるほどと思ったのは、お菓子よりお茶が主人という言葉です。たしかに、お茶菓子といいますから、ほとんど同じように使っていますが、私的にはどちらも主のような気がします。
 ここ一幸庵の銘菓のひとつは「わらび餅」ですが、一度は食べてみたいと思いながら、なかなか行けないでいます。小石川植物園の近くなので、そのときにでもと思っているのですが、2月18日に天童の腰掛庵の「わらび餅」を食べて、それを思い出しました。
 ただ、この作り方は、2016年2月14日に『情熱大陸』で放映されたときに見たのですが、まさに格闘しているかのような勢いで作っていました。
  (2020.3.6)

書名著者発行所発行日ISBN
変わらない店井川直子河出書房新社2018年9月30日9784309027296

☆ Extract passages ☆

 洋菓子と和菓子の違い、それは狩猟民族と農耕民族の違いでもあるという。獲物が捕れたら満腹にしておく必要がある人々と、曲辰作物が育つサイクルに従い腹八分日で抑える人々。前者は常に前へ出ないと自分が消され、後者はそれを美徳としない。
 お菓子に置き換えれば、洋菓子は材料がそれぞれ主張した上での調和を目指す。一方和菓子は、自己の主張より、お茶をどう生かすか? と考える。
「日本のお菓子は、お茶が主人。だから主人が一番輝いたときには、お菓子は日の中から消え去っている。『武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり』に通じる精神、和菓千は侍です」
(井川直子 著 『変わらない店』より)




No.1764『人のために祈ると 超健康になる!』

 今日はひな祭りですが、午前中に新庄から満99歳、数えで100歳の方の代理という方がいらっしゃいました。100歳になったら、大黒さまにうかがい、お礼参りをしたいとかねてから話していたそうで、その娘さんと息子さんです。やはり、目標を持つことはいいことで、心から祈願をいたしました。
 この本の著者は、もともとアメリカの医科大学教授だったのですが、2011年の東日本大震災のときにアジア医師連絡協議会のメンバーとして岩手県大槌町に入り、被災された方々の医療支援をされたそうです。そして、2016年に名古屋市内に「クリニック徳」をオープンし、統合医療に取り組んでいるそうです。副題に、「米国医科大学教授の革命的理論」とありますが、読んでみると、昔から知られてきたようなことが多く出ていました。
 興味を持ったのは、アメリカで研究されていたときのオキシトシンのラットの実験です。それは「オスのラットを2匹ずつ、1つの巣箱で飼います。対照群も同じように2匹で飼います。一方の巣箱では、パートナーの1匹が巣箱から連れ出されて、ストレスをかけられ、元に戻されます。もう一方の巣箱では、パートナーの1匹が外に連れ出されますが、ストレスをかけられずに、また元の巣箱に戻されます。すると興味深いことに、ストレスをかけられたラツトが元に戻されると、巣箱で待っていたラットが、ストレスをかけられたラットの世話を、かいがいしくすることがわかりました。 一方、ストレスをかけられていないラツトが元に戻されても、巣箱で待っていたラットは、ほとんど興味を示しません。これらのラットを解剖し、脳の状態を確認してみました。ストレスをかけられた後、巣箱で待っていた相棒によく世話をされた(愛された)ラットの脳では、オキシトシンが多めに産生されていました。これは、予想どおりでした。しかし特筆すべきは、よく世話をされたラットと同じように、世話をしたラットの脳でも、オキシトシンが多く産生されていたことです。」と書いてありました。
 ちょっと長い抜書きですが、一番の眼目は、巣箱でかいがいしく世話をしていたラットにも、オキシトシンの効果があったということです。これは、いろいろなボランティアのときも感じることで、あの大変な作業を、多額の交通費を掛けてでもでかけて、被災者に喜んでもらえるから汗を流してがんばっているわけです。まさに人は喜んでもらえるということで、自らも喜べるということです。まさに、人助けは自らの喜びでもあるということです。
 また、同じラットの実験で、「ラット(実験用の大型ネズミ)は、たいてい一度に15匹くらいの子供を産みます。その15匹の子ラットを、生後すぐに母親から引き離します。3時間くらい引き離しておいて、それから、また戻します。これを2週間続けます。「母子分離実験」というものです。そうすると毎日3時間はお母さんがいないので、ラットの子供は寂しくてイライラが募ります。2週間続けたのち、大きくなるまで育てると、オキシトシンの分泌量のとても少ないラットになります。その性格はとても攻撃的で、ケンカをしやすいのです。」ということです。じつは、これも間接的に経験していることで、やはり親子の接触がすくないと、いろいろな問題が起きてくるようです。著者も、この母子分離実験のラットのなかで、うつになってしまうものもいると書いています。
 下に抜き書きしたのは、自分でてきる「セルフケア」の1つで、腹式呼吸についてです。
 著者は、ヨガも気功も漢方薬でもいいが、第一番にお勧めできるのがこの腹式呼吸だといいます。これは、うつ病にも、さらには、不眠、不安、パニック障害、高血圧症、慢性的な身体の各部の痛み、めまい、耳鳴り、眼精疲労などの症状にも有効だといいます。
 簡単な方法ですから、ぜひお試しください。
(2020.3.3)

書名著者発行所発行日ISBN
人のために祈ると 超健康になる!高橋 徳マキノ出版2018年2月20日9784837672661

☆ Extract passages ☆

@いすに浅めに腰を下ろし、背すじを伸ばします。手のひらは、両ひざの上。ただし、手のひらを上に向けて置きます。
A丹田を意識しながら、息をゆっくりと吐きます。このとき、おなかをへこませていきます。息を吐き切ったら、おなかをふくらませながら、ゆっくり息を吸っていきます。
B6秒かけて息を吐いたら、3秒かけて吸います。吐く息と吸う息の比率は、2:1。
 だいたい5分から10分かけて行います。
(高橋 徳 著 『人のために祈ると 超健康になる!』より)




No.1763『ドリアン ――果物の王』

 私が初めてドリアンを食べたのは、インドネシアのボゴールにいたときでした。ここにあるボゴール植物園の前園長さんに案内されて行ったときに、その道路わきでドリアンを売っていたのです。これはぜひにというので、皆でそこで食べたのがとても美味しかったのです。
 この本でも、最初に食べたドリアンが美味しいとやみつきになると書いていましたが、まさにその通りでした。
 ただ、このドリアンは、臭いというのが通り相場ですから、世界中でその判定がまちまちです。たとえば、おそらくヨーロッパで最初に食べたと思われるウォーレスは『マレー諸島』のなかで、「濃いバターのようなカスタードに強烈なアーモンドの香りとでもいったらよいのかもしれないが、それにさらにクリーム・チーズ、オニオン・ソース、ブラウン・シェリーなど不釣り合いなものを想起させる匂いが混じっている。また果肉には他にはけっして見られない粘性の強いなめらかさがあり、それがまたおいしさをましている。すっぱくも甘くもなく、また多汁でもないが、それ自身で完璧な味覚なので、これらのどれが欠けていると思う人はいないだろう。……じっさい、ドリアンを食べることはひとつの新しい感動であり、そのためだけに東洋に航海してみる価値がある。とまで書いています。
 たしかに、私が初めて食べたときも、もともと南国のマンゴーやレイシなどの果物が好きだったこともあり、さすがドリアンは果物の王さまだと思いました。しかし、それが日本の淡い味付けの料理に合うとは思えず、南の国の濃厚な食べものにこそ合うのではないかと感じました。
 それについて、著者も、「もっともマンゴーの香りは、やはり日本の魚食の文化には馴染まなかったのだろう。実際私も、上質のお吸い物の後には食べるべきではないと思うし、脂の乗ったさんまの塩焼きですら、あの香りと濃厚な甘みとは、全てを台なしにしてしまうと思う。タクアンとも当然合わない。 マンゴーに対する抵抗がこれほど払拭されたというのは、日本の食文化が、淡麗基調から濃厚型に移行した証拠ではないだろうか。」と書いています。
 つまり、人の味覚なんて、時代により次々と変わっていくようなもので、昔は食べなかったのが今では普通に食べているものだってあります。サラダだって、昔の日本人はまったく食べなかったのに、今では食べない日がないほど、ありふれたものになっています。
 下に抜き書きしたのは、最後の結論として、ドリアンの香りについてまとめたところです。
 たしかに、香りに敏感な人もいたり、あまり感じない人もいますし、その香りが好きな人も嫌いな人もいます。だから、ドリアンにしても、好きな人も嫌いな人もいてもおかしくはないはずです。むしろ、それだけ強烈な個性があるから、王さまになれるような気がします。
 今でも、ときどきあの自動車道の脇で露天のドリアン売りから買って食べたときのことを思い出します。もちろん、ホテルに持ち帰ることはできないと聞き、路上で手で引っ張り出すように食べたのですが、何個食べたのか今では想像もできません。それほど、美味しかったのです。
 もし、これからインドネシアに行く機会があれば、もうこれ以上食べられないというほど食べてみたいと思っています。
(2020.2.29)

書名著者発行所発行日ISBN
ドリアン ――果物の王(カラー版中公新書)塚谷裕一中央公論新社2006年10月25日9784121018700

☆ Extract passages ☆

 ドリアンの香りについて、これまで古今東西の人々が、口々にいろいろなことを言っていたのは、そしてそれが「甘い香り」と「ガス臭さ」という共通項を除くと、てんでにばらばらとも言えたのは、こうしてみれば、当然のことであった。人によって、それぞれの成分に対する感受性が大きく異なっているとすれば、同じものを嗅いでも、甘く感じたり、硫黄臭く感じたり、バタ臭く感じたりするのも、しごく当然である。その一人一人がそれまでに経験してきた食体験の違いも、その好みに大きく反映されることだろう。それらが全て、ドリアンの香りというものを形作っているのである。
(塚谷裕一 著 『ドリアン ――果物の王』より)




No.1762『香木三昧』

 香木を初めて自分で買ったのは、たしか京都の松栄堂だったと思います。きっかけは、地元に帰るとなかなか良い香木が手に入らないのではないかと思っただけで、伽羅の「紅花」を買ったことだけは記憶しています。これも、山形は紅花の産地だからという、単純な理由です。しかも、それを何度か嗅いで(香道では聞くというそうですが)みましたが、今も残っていて、大切に保管してきたことだけは間違いなさそうです。
 この本の副題は「大自然の叡智にあそぶ」ですが、30数年前にブータンに行ったときに香木を育てているところを見ましたし、2016年に台湾に植物調査に行ったときに、沈香をたくさん人工的に作っている栽培地を見せてももらいました。でも、この本を読むと、それはなかなか難しいということです。
 よくお茶でも風炉の季節は香木を、炉の節には練香を使いますが、香木の場合はほとんどが沈香か白檀です。そのときの話のなかで、沈香と伽羅の違いのこともでますが、この本では、「答えは、シンプルです。すなわち、「伽羅は、沈香とは明らかに異なる性質を具える香木である」。従って、「最上級の沈香を伽羅と称するわけではない」ということです。言い換えますと、「どんなに上質でも沈香は沈香であり、どんなに低品質でも、伽羅は伽羅である」ということになります。ただ、伽羅の元になる植物(沈香樹)は沈香と同じくジン チョウゲ科アキラリア属と考えられますから、「広い意味では、伽羅は沈香の仲間であると表現できる」と考えています。」と書いています。
 そして、「私の限りでは、伽羅は、ベトナムの限られた地域以外からは見つかっていません。」といいますから、おそらくそうなんだろうと思います。
 そういえば、かつてインドで一人旅をしたときに、お釈迦さまが悟りをひらかれたブッタガヤで白檀製の誕生仏を見つけたことがあります。インドは白檀の産地だということから、何時間も粘って、なんとか手に入れました。それを今も本棚におまつりしていますが、とても柔和なお顔をしていて、見ているだけで癒やされます。
 下に抜き書きしたのは、おそらく日本の香木で一番有名な『蘭奢待』についてのことです。
 この蘭奢待、その文字のなかに、東大寺と入るぐらい正倉院の什物でも有名ですが、私は当然「伽羅」だと思っていました。ところがところが、違うようです。
 この引用で「それゆえに」という前のところで、ほとんどのところにある『蘭奢待』は「源三位頼政所持」のもので、それを拝見し聞かせていただくと、「完璧な伽羅」だそうです。つまり、『蘭奢待』の香気の素晴らしさが述べられているのも、ほとんどがこの「源三位頼政所持」といわれるものだそうです。
 私には、そのような香木の歴史はあまり興味はありませんが、もし、機会があれば、一度でいいからかいでみたいと思いました。
 この本は、カラー写真も多く、なかなか目にする機会のない香木なども掲載されていて、とても興味深く読ませていただきました。このような1つのものにこだわった本というのも、楽しいものです。
 そして、この本を読みながら、昔集めた香木などを引っ張り出したり、香道具を並べてみたり、いろいろと懐かしみもしました。もし、身体を動かすのが大儀になったら、それらをまた出して、かぐわしい香りの世界に遊んでみたいと思いました。
(2020.2.27)

書名著者発行所発行日ISBN
香木三昧山田眞裕淡交社2019年12月31日9784473043580

☆ Extract passages ☆

 その香木が正真正銘の黄熟香であることは、見ればわかります。つまり、正倉院の通称「蘭奢待』は記載の通り「黄熟香」であり、香木としての分類は伽羅でもなければ沈香でもないということです。……
 それゆえに、『蘭奢待』が天下の名香と称えられ、その香気の素晴らしさがありとあらゆる誉め言葉で語られる場合、その『蘭奢待』とは、「源三位頼政所持」のそれを指すものと考えられます。正倉院の黄熟香については、聞香の記録を記載した資料の存在を存じません。
(山田眞裕 著 『香木三昧』より)




No.1761『ウイルスは生きている』

 今、世界中で新型コロナウイルスの大流行で混乱しています。一番大変なのは中国で、発生源なので当然かもしれませんが、いろいろな憶測が流れ、どれが本当なのかさえわからない状況です。しかも、私は3月2日から中国雲南省に行く予定で、昨年11月下旬に航空券も買っていました。しかも、今年の2月18日から中国東方航空が成田と昆明間を、月・火・木・土曜の週4便を運航する予定だったので、とても良いチャンスと思っていました。
 ところが今回の騒ぎで、行くのもちょっと不安だし、いろいろと考えていましたが、中国東方航空からキャンセルの案内がきて、行けなくなりました。まあ、心配しながら行くより、よかったと思います。
 そんなとき、この本を図書館で見つけ、すぐ借りてきました。「まえがき」のところで、「そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、ヒトもサルも他の哺乳動物も現在のような形では存在できなかったはずである。つまり我々の体の中にウイルスがいるから、我々は哺乳動物の「ヒト」として存在している。逆に言えば、ウイルスがいなければ、我々はヒトになっていない。少なくとも今とまったく同じヒト科ヒトではなかったであろう。」と書いてあり、ウイルスがいないと自分たちの存在もなかったと思い、唖然としました。
 ということは、ウイルスがすべて悪さをするのではなく、良いウイルスというか、人間にとって必ず必要なウイルスもいるということです。この言葉で、ウイルスに対する見方も大きく変わってきました。
 ウイルスそのものに関しては、この本を読んでいただくとして、この本の中でナマケモノについての話が載っていましたが、進化するということの関わりで考えさせられました。それは、「ナマケモノは体長50〜60cmと、やや手足が長い乳幼児くらいの大きさだが、その大きさで一日に葉っぱをわずか10g程度しか食べない。糞尿も1週間に1回程度だそうである。……ナマケモノが木にぶら下がって一日の大半を過ごし動きが鈍いのは、それくらい少ないエネルギーしか体に入れなくても生活できるよう適応進化してきたからなのだ。このナマケモノの近縁種に、かつてオオナマケモノ(メガテリウム)という動物がいた。このオオナマケモノは、ナマケモノより怠けていたからオオナマケモノと名付けられたわけではなく、地上で活動し食欲も旺盛で、成長すると体長6m、体重3t程度にもなったと推定されている。この大きなオオナマケモノは、ナマケモノよりも活動的でより積極的に生きている様にも見える。しかし、オオナマケモノの方は進化の中で絶滅してしまい、生き残ったのは木の上で「怠けていた」ナマケモノだった。これもちょっと不思議で面白い話ではある。」とあり、なるほど、大きければいいということでも、活動的だからいいわけでもないということがわかりました。
 そして、これが進化というものかと、ある意味、納得もしました。
 下に抜き書きしたのは、「ウイルスと代謝」のところに書いてあるもので、代謝というのは「大雑把に言えば生物が自己を維持するために外部から物質を取り入れて、それを利用し排泄するまでに行う一連の化学反応」だそうです。
 どうも大雑把といいながらも難しい表現ですが、これをすべてヒトができるのかというと、できないのだそうです。つまり、ヒトという存在は、必ずなにかを当てにしなければ生きていけないということでもあります。何かに支えられないと生きていけないとするならば、それをもう少し自覚すべきだと思いました。
 この本はとても難しかったですが、少しはウイルスについてわかったような気がします。もし機会があれば、ぜひお読みください。
(2020.2.25)

書名著者発行所発行日ISBN
ウイルスは生きている(講談社現代新書)中屋敷 均講談社2016年3月20日9784062883597

☆ Extract passages ☆

生きた生体というのは高エネルギー物質の塊であり、アミノ酸やそれがつながったタンパク質が豊富に含まれている。つまりヒトは自分に必要なアミノ酸を自分の周囲の環境から捕食により取り入れることにして、その合成のための代謝系を放棄してしまったと考えられる。つまリヒトは自己の維持に必要な代謝系の一部を外部環境に依存しており、決して自己完結していない。
(中屋敷 均 著 『ウイルスは生きている』より)




No.1760『青山二郎の話・小林秀雄の話』

 著者の宇野千代が亡くなったのは、1996(平成8)年でしたから、20数年後に出版されたということになります。ページの最後のところに、編集付記に「本書は著者の青山二郎と小林秀雄に関するエッセイを独自に編集し、青山二郎、小林秀雄、大岡昇平によるエッセイを加え一冊としたものです。中公文庫オリジナル。」と書いてあります。
 私は、いつ出たのかということはまったく関係なく、たまたま白洲信哉著『美を見極める力』を読んだばかりなので、青山二郎という人に興味を持っただけです。
 でも、この本を読んだ後でも、青山二郎という人の存在がはっきりとはしませんでした。たしかに骨董の目利きということはわかりますが、この本のなかで、「或るとき、ちょっと見ていると、鍋の中で、紅茶の葉っぱをぐらぐらと煮立てているのを見た。その中に、まだ、ほかのものもいろいろ入れている。その赤黒い液の中へ陶器を浸しておく。それから、電気焜炉の上やガスの火の上で焙る。同じことを幾度も繰返す。そして、ときには紙やすりで、陶器の糸尻や、見込みの上薬の上からこすったりする。これら凡ての作業は、秘密なのかも知れない。煮立て過ぎて、また漂白したりする。ときには新しい陶器ではなく、古いもので、とても大切にしていたものの上にも、同じ方法を施して、失敗することもある。こう言う、ひょっとしたら、単なる思いつきであるものでも、青山さんにとっては、真剣なのか、冗談なのか、他人の眼には分らない。」と書いてあり、だとすれば古色を出して商品価値を上げているかのようにもみえます。著者がいうように、育てているといえば聞こえは良さそうですが、なんか紙一重のような気がします。
 そのようなところから考えると、今の時代に鑑定をするときに、それらが古いものとして紛れ込んでいるかもしれないと考えると、ちょっと割り切れない思いがします。
 著者は、「青山さんの感情の中には、こだわったものが何にもない。いつでも無色透明である。そのために、何か考えつくことが、人の眼には突拍子もない、と思われるほど、却って奇異に見える。」といいますが、そのことに関しては、なんとも同意できません。もちろん、それを本物と信じて買う人がいるからという意見もありますが、そもそも古色を付けて高く売るということが理解できません。
 でも、この本を読んで、昔からそのようなことはあったのだと知り、今のインターネットオークションのなかにもたくさん紛れ込んでいるとすれば、なんともやるせない感じがします。
 そういえば、2月19日に仙台のフォーラム仙台で、映画「嘘八百 京町ロワイヤル」を観ました。これは京都を舞台にして、古田織部の幻の茶碗をめぐって、中井貴一と佐々木蔵之介扮する古物商と陶芸家がだまし合いの大騒動を繰り広げるものです。まさに、贋作を作り、その茶碗をいろいろな人たちが関わっててんやわんやの大騒動になるのです。これを観ても、おそらく贋作が大手を振って歩いているような錯覚を覚えます。
 著者の話しのなかで奥さんの和ちゃんのことについて、「青山さんの家には、普通の骨董屋くらいか、或いはそれの二、三倍の品物がある。私たちが腰かけている、庭の見える部屋のずっと奥の、広い部屋に棚を作っておいてある。私はそこへ這入って行って見たことはないが、たぶん、或る種の整理がしてあって、分り易いようになっているのであろうけれど、そこへ這入って行ったと思うと和ちゃんは、じきに、両手に抱えるようにして戻って来る。箱や袱紗や仕覆の中から、目的のものを取に出すと、そこの卓子の上に置き、また、人が見たあとは、一々丁寧に、同じような順序をもって片付ける。その顔は、一種の表情を持っているが、それは可厭なことだとか、面倒なことだとか言うのではない。もう、幾百回となく繰返したことを、また繰返すそのことに、何の抵抗もない様子を見ていると、私たちは一瞬、和ちゃんのその存在を忘れる。これが青山さんの内側の人として、生活し抜いた人の行為なのだと私は考える。」と書いてあり、まるで骨董屋さんのおかみさんのように感じました。
 私は、自分で買った茶道具などは、すべて自分で引っ張りだし、自分で片付けますが、それが好きだという証しでもあると考えています。もちろん、洗ってしまうものは、自分でしっかりと洗い、十分乾燥させてからしまいます。
 下に抜き書きしたのは、この本の解説を書いている宇月原春明さんの文章です。
 全部読んだあとにこれを読むと、なるほどと思います。今では3人とも亡くなられてしまったので、詳しくはわからないとしても、たしかにこのような雰囲気は感じられました。もし骨董とかに興味があれば、読んでみるのもいいと思います。
(2020.2.22)

書名著者発行所発行日ISBN
青山二郎の話・小林秀雄の話(中公文庫)宇野千代中央公論新社2019年12月25日9784122068117

☆ Extract passages ☆

「青山二郎の話」も「小林秀雄の話」も、どこまでも宇野千代の「独り相撲」だ。しかし、小林は敬して遠ざけられたまま神棚から動けないが、青山はしっかりと同じ土俵に上がり、彼女に誘われ、ともに生き生きと踊っている。
(宇野千代 著 『青山二郎の話・小林秀雄の話』より)




No.1759『美を見極める力』

 たまたま光文社新書が続きますが、まったくつながりはありません。ただ、昨年6月23日に「粉引」の茶碗を手に入れたので、なんとなく読んでみたくなりました。
 副題は、「古美術に学ぶ」ですが、手に入れた粉引茶碗はまったくの新しいもので、伊賀焼の西村窯で焼かれたものです。手にちょうどぴったりで、とてもお茶を点てやすく、一番は安かったので気安く使っています。
 私はお茶をしているせいか、道具は、お茶席で使ってみないとその良さがわからないと思っています。茶碗だって、手にとって飲んでみないと口当たりとか重さとか、見所の多い高台とかが見えてきません。この本では、小林秀雄氏が著書のなかで、「骨董はいじるものである。美術は鑑賞するものである」と書いているそうですが、著者は、「この「いじる」、つまり「使う」ということが、日本美術の大きな特徴だと僕は思う。茶碗は、お抹茶を飲むための道具であり、仏像は、手を合わせて祈る対象なのである。」と言い切っています。
 ところが、著者の祖母白洲正子さんは、美術館に収まった収蔵品は「器物の終身刑」と表現したそうです。たしかに、そういえなくもないのですが、個人で美術館に飾られているような道具は購入できないので、やはりときどきは美術館や博物館に行って見ることも大切なことです。著者は、「展覧会は「観る力」を鍛錬する絶好の場所ではある。そして、そこに「いじる」ことを重ねると、自ずと見方もかわつてきて、「眼で触る」ようになってくる。こういう触覚的な視力は、焼きもの好き特有の眼筋のように思う。」と書いています。
 そういえば、だいぶ昔に「開運!なんでも鑑定団」で鑑定をしたこともある方がわが家にきて、三嶋手の茶碗を見せてくれたことがありました。だいぶ古い物で、少し繕いもしてありましたが、それでも目が飛び出るほど高価なものでした。この三嶋手の流れにあるのが粉引で、著者は、「粉をかけたように、透き通るように白く、美しいことから付けられた和語である「粉引」は、茶碗や祭器など伝世のものはごくわずか」しかないといいます。さらに、「粉引の優れたものの胎士は黒色である。さらに言うなら、いいものほど黒い。」といい、私の好きな唐津焼の中里重利さんの「唐津粉引茶碗」も、掛け残しの部分から黒い色が鮮やかに見えています。また、その対比がおもしろい見所でもあります。
 下に抜き書きしたのは、箱の重要性についてです。そういえば、「開運!なんでも鑑定団」でも、箱の存在が値段を大きく左右しますが、私が若い時には、箱は邪魔だからと捨てたこともあります。今になって思えば、箱がないと収納するのに不便ですし、箱書きがないとだんだんと忘れてしまうこともあります。だからそれ以降は、箱の上に紙を掛けて、いつどこでだれからいくらでもとめたかなどを書いて、記録するようにしています。そうすると、それらの道具を使うときに、いろいろなことを思い出し、楽しむこともできます。つまりは、いじることで愛着が湧くということもありそうです。
 そしてまた、道具を使うことによって、過度の一定の環境下での保存から抜け出て本来の艶を取り戻したり、虫干しになったりと、いろいろといいこともあります。ぜひ、手に入れた道具たちを楽しく使いたいと思っています。
(2020.2.19)

書名著者発行所発行日ISBN
美を見極める力(光文社新書)白洲信哉光文社2019年12月30日9784334044497

☆ Extract passages ☆

 箱に収めるという行為が、災害の多い列島に、これだけの古美術を残してきた。一保存方法としては、大変理にかなった良き伝統だと思う。……
 日本美術の名品が揃う米国ボストン美術館。明治の混乱で、多くの古美術が箱に入れられ輸出された。だが、かの地の担当者は何を思ったのか、作品を収めていた箱を廃棄したという。おそらく単なる梱包材だと思ったに違いない。文化が違うということは、恐ろしぃことである。
 どちらが優れているという話ではなく、災害から守るため、あるいは箱書等の伝来を重要視することなど、地震や歴史のない国には考えも及ばなかったのだろう。
(白洲信哉 著 『美を見極める力』より)




No.1758『遊ぶ力は生きる力』

 最近の子どもたちの遊びは、何が流行っているのかわかりませんが、孫が小さいときにはいっしょにおもちゃ屋に行ったので関心がありました。ところが孫たちが大きくなると、ほとんど関心が薄れ、そのようなときにこの本を見つけました。
 たしかに、子どもたちにとっては楽しくさえあればいいかもしれませんが、親たちにしてみれば、少しでも何らかの役に立ってくれればよいと思ってしまいます。
 そして、今、おじいちゃんになって孫たちを見ていると、やはり、少しでも役にたつようなおもちゃがないかと考えます。さらに、この時代のようにゲームが盛んになると、与えないと仲間外れされそうだし、与えると目が悪くなったり、ゲーム依存症になりはしないかと思ったりします。どちらにしても、選ぶことの難しさはあります。
 そのようなことを考えていたとき、この本を見つけました。副題は「齋藤式「感育」おもちゃカタログ」で、本の後半部分にカラー写真でおもちゃのカタログが載っていて、楽しそうでした。
 これらのおもちゃのカタログを見ながら、子どもって、なんども作っては壊し、また作っては壊して遊んだり、なんでも質問をします。そして時には、見るからにこわそうなものを、少しだけ手のすき間から見たりもします。この本では、「一か八かの大勝負に打って出てみたくなったり、怖いことに挑戦してみたくなったりと、あえて渦巻の渦の中に飛び込んで、自分の精神が掻き乱されるようなことをやりたくなることもあります。遊びの真髄には、どうもそういう特徴があるようです。ある脳科学者によると、脳は混乱するとワクワクするそうです。そのワクワク感を積極的に楽しもうとするのが、遊び心なのだと思います。」と書いています。
 そういえば、大人のなかにも、少しぐらい枠の中におさまり切れなくても、それを楽しんだりしますし、はっきりとわかるものより、何が何だかわからないものに興味を持ったりします。おそらく、それも遊びの本質なのかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、第2章の「子どもがのびのび賢く育つ、家庭のルール」ののびのびルールの9番目で、「異種混淆で免疫を高める」に書いてあったことです。
 今の子どもたちは、違う年齢の子どもたちと遊んだり、よその大人と接触する機会も少なくなっています。これも、今の社会の環境の劣化でしょうが、ある程度は異質な環境とか異質な言語空間、さらには異質な考え方とも触れ合うことも大切なことです。
 私の孫たちには、英語を覚えながら、いろいろな人たちがいることを学んでほしいと思い、幼稚園のときから英語スクールに通わせています。それが良いか悪いかはまだわかりませんが、私は良いことだと思い、毎回送り迎えをしています。
(2020.2.16)

書名著者発行所発行日ISBN
遊ぶ力は生きる力(光文社新書)齋藤 孝光文社2015年12月20日9784334038939

☆ Extract passages ☆

 世の中にはいろいろな人がいます。違う人種、違う言語、違う文化、違う考え方をする人がいるのは当たり前で、多彩な人々が混在しているのが社会というものです。異質な人との出会いが、人間としての幅を広げる。その積み重ねが、違いを認めて、違いを受けとめる姿勢を培います。
 自分と違う価値観をもつ人を受け入れられず、極端になると「許せない」という歪んだ感覚で他者を攻撃したり排除したりしようとすることは、非常に狭量で、危険です。
(齋藤 孝 著 『遊ぶ力は生きる力』より)




No.1757『真面目な人は長生きする』

 副題は、「80年にわたる寿命研究が解き明かす教学の真実」で、この80年という時間が気になりました。
 よく読むと、1910年代にアメリカの心理学者ルイス・ターマンが、28歳で学位をとり、小学校の校長になったそうです。そのころから、知能検査というものを導入して、子どもたちの能力を調べ始めたそうですが、長期研究がスタートしたのは1920年頃で、カリフォルニア州に住む10歳前後の子どもたちから、知的能力が高い約1,500人を選び出し、本人や保護者、さらには教師などの面接調査をし、生育歴・養育・篋印・生活環境・健康状態などのあらゆるデータを集め、それを経時的に繰り返し行い、どのように成長していったかを丹念に調べたそうです。彼は1956年に亡くなっていますから、30数年続けられたことになります。彼の研究は、しばらく続けられたそうですが、次第に忘れ去られていきました。30年以上が過ぎ、同じカリフォルニアでハワード・フリーマンという若き教授と、大学院生のレスリー・マーチンが、長寿の研究に取り組み、スタンフォード大学に保管されていたターマンなどの長期間データを、長寿の研究に使えるのではと考えました。
 つまり、ターマンが調査を始めたときには10歳前後でしたが、すでに70歳ほどになっていて、60年という時間を節約して研究ができると考えたわけです。そしてフリーマンらも20年ほど研究を続け、1,500人という規模での研究を80年にわたって継承したことになります。それが「80年にわたる寿命研究が解き明かす教学の真実」という副題につながるわけです。
 その結果、フリーマンらは、「長寿ともっとも関係のある性格傾向は、大方の予想を裏切って、明るさや社交性といったものではなく、慎重さや勤勉さや誠実さといった"地味な"特性だった。長寿ともっとも強い結びつきを示したのは、生真面日で、怠りなく、自己コントロールができ、信頼に足る、慎重な努力家の傾向だったのである。明るさや陽気さは、むしろ寿命に対してマイナスの相関さえも示した。社交性も、寿命に対しては中立的な影響しか認められなかった。」という結論に達しました。
 つまりは、イソップ童話の「アリとキリギリス」の喩え通り、長い冬を乗り越えて生きたのはアリだったということです。
   著者は、2013年に岡田クリニックを開院し、その後、山形大学客員教授として研究者の社会的スキルの改善やメンタルヘルスの問題にも取り組んでいるそうで、山形県内在住の一人として、なんとなく親しさも感じます。それと同時に、岡田クリニックは大阪府枚方市にあるので、山大まで通うのは大変だろうなと思いました。
 この本のなかで、メンタルヘルスについては、「イェール大学で行われた研究では、心臓発作を起こしてから、患者がどれだけ治療に協力的かと、その患者の予後の関係が調べられた。その結果、薬を処方された通りに服用した患者と、四分の三未満しか服用しなかった″不真面目な"患者を比べると、不真面目な患者の死亡率は3倍にも跳ね上がったのである。だが驚くべきことは、″真面目な"患者では、処方されていたのが本物の薬であっても、偽薬であっても、いずれも死亡率が低くなっていたのだ。つまり、真面目な性格は、薬の効果以上に死亡率の低下に役立っていたのである。」そうで、真面目さというのが、とても大事だということがわかります。
 それにしても、偽薬でさえ効くというのは、ちょっと考えさせられる問題でもあります。
 下に抜き書きしたのは、「おわりに」で全体をまとめての話のなかで書いてあることです。
 長寿を決めるのは、身体的、医学的というよりも心理的社会的なものだそうです。もっと具体的にいうと、親や配偶者との関係が安定したものであるかどうかが寿命に大きな影響を及ぼすということです。そしてさらに、下に抜き書きしたようなことに大きく影響されるということですから、ただのんきにお気楽に暮らすことではないということだそうです。
(2020.2.13)

書名著者発行所発行日ISBN
真面目な人は長生きする(幻冬舎新書)岡田尊司幻冬舎2014年9月30日9784344983571

☆ Extract passages ☆

たとえストレスがあっても、仕事に励み、自らを役立てることは、寿命にプラスだということだ。野心もなく、呑気に、心配もなく暮すことが長寿に通じるわけではなく、むしろ向上心をもって常に努力を怠らず、成功や日標を成し遂げることが、老年まで健康に活躍し、長く元気でいることにもつながるということだ。
(岡田尊司 著 『真面目な人は長生きする』より)




No.1756『亡き人へのレクイエム』

 この本が出版されたのは2016年ですが、2019年10月7日に3刷目が発行され、そのときに米沢市の図書館に入ったので、目に付いたわけです。さっそく借りてきて読み始めましたが、レクイエムですから、知り合いの亡き人たちに対する「鎮魂歌」のようなものです。
 著者は、もともとはドイツ文学者ですが、エッセイストでもあるので、さまざまな人たちとのつながりもあり、「あとがき」のなかで、「27編、28人を語っている。ペンによる肖像画の試みである。なんらかの個人的なつながりのあった人々だ。したしくまじわりをもった人、会ったのは一度か二度程度だが、強い印象を受けた人、ただ書かれたもので知って、もっぱら本を追いかけた人。それ自体は、とりたてて言うにたりない。偶然の出会いと言えばそれまでだが、はたしてほんとうに偶然だろうか。期せずして何か機が熟していたのではあるまいか。」と書いています。そして、この人たちはこの世にいない、だからレクイエムということです。
 この本で出会えるのは、種村季弘、森崎秋雄、森浩一、北原亞以子、須賀敦子、川村二郎、木田元、森毅、小沢昭一、松井邦雄、西江雅之、米原万里、赤瀬川原平、宮脇俊三、山口昌男、澁澤龍彦、児玉清、花田清輝、川田晴久、野尻抱影、岩本素白、澤村宗十郎・坂東三津五郎、大江満雄、丸山薫、菅原克己、高峰秀子、野呂邦暢です。
 知っている方もいれば、まったく想像もつかない方もいて、読むと、なるほどと思います。
 このなかで、森毅さんの本は読んだことがあり、ここで「どんなに忙しくても、森さんはノンビリしていた。ノンビリするには勇気がいる。我慢がいる。とりわけ知恵がいる。というのは世の中の構造が、せかして、動かして、引きまわすようにできているからだ。森さんの口から洩れる言葉が、世の仕組みと知恵くらべをするヒントになった。その点、森毅はおそろしく歯切れがよかった。思考と語りに「一刀斎」の切れ味をそなえていた。」とあり、著書を思い出しながら、たしかにそうだなあ、と思いました。
 これだけそうそうたるメンバーをそろえると、なにがしかの生きるヒントみたいなものがあります。たとえば、川村二郎さんは、自他ともに許す旅行嫌いだったそうですが、『日本廻国記 一宮巡歴』を書いたときから、少しずつ変化していったといいます。そのことは「著者から読者へ」のなかで、「はっきりいって、それ以前は旅行嫌いだった。……ふらふら出歩いて何が分る、ときめつけたい気持が強かった」といいます。ところが一宮巡拝をしてみると、出歩くことが「より自由に思考と感性を活動させ得る場」となることに気づいたといいます。それが、自分にとっての「何よりの旅の功徳だった」そうです。
 たしかに、私自身も旅でそのように感じますが、むしろ、それこそが旅に出る目的かもしれないとさえ思います。つねの日常から飛び出して、自由に歩き回ることで、自分自身がほんとうに開放されたと感じます。
 下に抜き書きしたのは、澁澤龍彦についてのもので、歯車時計という機械装置について書いています。
 最初の時計の発明は、澁澤龍彦さんも書いているそうですが、著者も修道院で生まれたものに違いないといいます。たしかに修道院のなかで共同生活をするためには、何よりも規律が尊ばれ、それは時間という概念があればこそです。
 でも、私は、それがイヤで旅に出たいと思うし、森毅さんのようにノンビリしたいとも思います。この世の中、いろいろなことがあって動いているようです。
(2020.2.10)

書名著者発行所発行日ISBN
亡き人へのレクイエム池内 紀みすず書房2016年4月19日9784622079750

☆ Extract passages ☆

一糸乱れぬ秩序のなかで持続する時間の折り目ごとに、次の行動のための合図の鐘が鳴りわたるところ。その間をくぐって時計が巷に出てきたときに、近代が始まったと言っていい。以後すべては、歯車仕掛けの技術の片われの監視の下に進行する。かつてはトウモロコシが実ったり、羊が成長するときに時が流れた。いまや時間は二点間で固定された画一的な単位でしかない。空腹だから食べるのではなく「食事の時間」だから食べるわけだ。ねむいから寝るのではなく、「お休みの時間」だから寝床に追いやられる。流れ作業式に生み出される時間を区切って労働が計られ、賃銀がはじき出される。
(池内 紀 著 『亡き人へのレクイエム』より)




No.1755『毎朝ちがう風景があった』

 先日、米沢さんの『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』を読んで、楽しんでいる者といえば、作家の椎名誠さんを思い出しました。
 著者は、この本を読んでも、世界の各地を旅行し、いろいろな体験を重ねてきているので、ご本人に尋ねてみないことには真相はわからないのですが、人生を楽しんでいるのではないかと想像しました。
 おそらく今の作家は、原稿用紙に書くというよりはパソコンに向かって打っているような生活をしていると勝手に思っていますが、この本の著者は自分の足で経験したものを書いているのだから、おもしろいのではないかと思います。
 この本は、「夕刊フジ」に2018年5月から2019年7月まで連載された「街談巷語」を単行本化したそうで、大幅に再構成し、加筆や修正したものだそうです。
 読んでみると、まさに椎名ワールドで、それでも昔の話が多く、今の時代はどうなのかと考えさせられるところもありました。しかし、写真は自分で撮ったものがほとんどで、とても楽しく見せていただきました。
 たとえば、「氷結した町の笑顔」では、極寒のなかでも子どもたちは元気で遊び回っているそうで、「日本のような国から行くとすぐには理解できない話だったが、理由は非常に単純だった。あまりにも気温が下がってしまうと、スキーをはいて斜面に立っても、凍結した斜面がスキー板と氷結してしまい、斜めになつたまま動かなくなってしまうのだという。スケートも同じような理屈で、スケート靴のとがった刃の部分が氷と氷結してしまうことになる。スキーやスケートはその人の体重による圧力や摩擦で氷が瞬間的にとけて水となって滑ることができるからで、子供らにそのことを教えてもらつたけれど、実質的に理解するまでずいぶん時間がかかった。しかしソリはみんなで押して氷結したところで強引に滑るのだという。地球はまだまだ面白いことがいっぱいあるのだ。」とあり、そういえば、だいぶ前に極寒の地では冬タイヤをはかずに夏タイヤのままで走っていると聞き、ビックリしたことがあります。
 たしかに、この地球上には、まだまだ知らないことが多く、ここ数年、毎年中国の雲南省に出かけていますが、雲南省は面積では日本とほぼ同じの39.4万kuです。でも、少数民族も多く、文化的にもとても多彩なようです。もちろん、植物の種類も多く、省都の昆明は四季如春といい、いつも春のようだと表現されるほどいつも花が咲いています。
 この本のなかで、最近のこととしては、「世界が驚く日本の居酒屋」のなかに、最近多く見かける外国人の話が載っています。そして、「その昔、日本が経済大国のとば口にあったころ、世界に名だたるジャパニーズ観光ツアーが諸外国で真っ先に日本人だと見破られたように、アジアの同族ともいえる中国、韓国、ベトナム、フィリピンあたりは、われわれの目から見ると同じように見えるから面白い。日本人とは違う区別が、今言ったような服装と持ち物―の点だ。」と書いてあり、たしかにそうだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、「ラオスの朝メシ屋」のなかの最初の文章です。このメコン川はチベットから流れ出た川が自治区のチャムド市で合流し瀾滄江となり、それが梅里雪山のわきを流れ、シーサンパンナからミャンマーに流れて行きます。このチャムド市は、チベット名チャムド・サクルで、「チャプ」は「水」を、「ド」は「合流地点」を意味し、中国名はチベット名を音写したものだそうですから、まさに瀾滄江の合流地区にふさわしい名前です。この瀾滄江を初めて見たのは2019年の3月13日で、そのエメラルドグリーンの色にビックリしました。
 しかも、その流れがはるばるとインドシナ半島の国々を流れて、多くの人たちを潤しているわけです。川の水は同じですが、その流域の民俗によって、多彩な文化を育んでいるのにはさらに驚かされます。
(2020.2.7)

書名著者発行所発行日ISBN
毎朝ちがう風景があった椎名 誠新日本出版社2019年12月10日9784406064330

☆ Extract passages ☆

 インドシナ半島の真ん中をうねるようにしてメコン川が流れている。源流はチベツトのあたりだが、中国の雲南省あたりを激流となって流れ、ミヤンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムヘと流れている。半島の自然をつくる命の大河だが、その周辺に住んでいる人々とその生活を見ているといろいろ感動する。川に沿って国々は変わるけれど、その生活ぶりや文化とか文明といったものが伝統的なものとないまぜになって、どんどん激しく変わつていくのを見るのがスリリングで楽しいのだ。
(椎名 誠 著 『毎朝ちがう風景があった』より)




No.1754『本と踊れば恋をする』

 本と踊るって、どういう意味だろうと思って手に取ったのですが、たまたま開いたページに「セドリ」という言葉を見つけました。セドリとは、簡単にいえば、安く買った本を高く売ってその利ざやを稼ぐ商売です。たまに、それらしい人を見つけたことはありますが、実際にどのようなことをしているのか、ちょっと興味がわきました。
 ただ、小説なので、セドリそのものには詳しく触れていませんでしたが、それ以上に題名の「本と踊れば恋をする」ってどういう意味なんだろうと読み続け、最後のエピローグにそれらしい答えがありました。ただ、それを種明かししてしまえば、この本を読むのがつまらなくなりそうなので、それは伏せておきます。
 ただ、本を読む楽しさはところどころに書いてあり、たとえば、トマス・スターンズ・エリオットの『荒地』という本に「本は生きていることを実感させてくれる。しかも、わたしたちはもちろん、永遠に生き続けたりはしないんだが、もしかしたら永遠に生きられそうな、そんな気にまでさせてくれる。」という文章が載っているそうです。たしかに、本を読んでいるとワクワクしたり、ドキドキしたり、いろいろな感情がわき出してきます。だから、この本などは、あっという間に読んでしまいました。
 この本のなかで、朝香が曾祖父の代から使っているという重厚な机を前にして、「書斎の"斎"の字を分解すると、清めるという意味のほかに、机と、生贄という言葉が含まれているのが分かる。"斎"は、神様を迎え入れるために生贄を捧げる机のことだったんだ」と話すところがあります。
 私も5〜6年前に、継ぎ目のない1枚板の大きな机が欲しくて作ってもらいましたが、この机の上にお気に入りのコーヒーカップを直接置くと、コッンと深味のある音を出します。ただ、それだけで満足していますが、ここに神さまを迎えて本を読めれば本望だと思いました。
 この本は書き下ろし作品で、表紙のイラストはハルカゼさんが描かれたものだそうで、今どきの雰囲気を持っています。この本を歯医者さんでの待ち時間でも読んでいたのですが、誰かに見られるのがイヤで、カバーをしました。
 下に抜き書きしたのは、「本と踊れば秘密が解かれる」に書いてあった贋作師の朝香の話です。
 これを読んで、たしかに本には、いろいろな記憶を呼び覚ますなにかがあると思いました。私は、本の背表紙を眺めながら、その本のなかに何が書かれているかを考えることが好きですが、これからは本の傷や汚れにも注意して見てみようと思いました。
(2020.2.5)

書名著者発行所発行日ISBN
本と踊れば恋をする(角川文庫)石川智健KADOKAWA2019年11月25日9784041085424

☆ Extract passages ☆

「傷や、破れたときの瞬間が、本に刻まれたら、それを残念がる人もいる。ただ、その傷や破れは記憶となる。そのときの状況が、本に刻まれたということだ」……
「たとえば、最愛の人と一緒にいて、幸せの絶頂にいる状況を想像してくれ。日曜の朝。新品の青いソファーに腰掛け、食後の体憩をしている。窓の外は、清々しい青空が広がっている。気候も完壁で、文句なしの日曜日。外出する予定はなかったが、浮足立つ気持ちを抑えられず、どこかに行こうかと相談している。そのとき、テーブルの上に置いてあった読みかけの本に珈琲をこぼしたとしよう。それ自体は失敗だ。ただ、十年後、最愛の人が去ってしまったとき、珈琲をこばしてしまった本を見れば、十年前、新品の青いソファーに座って、幸せいっばいだった頃を思い出すはずだ。つまり、本の傷や汚れは、記憶を呼び起こす。そういう媒体にもなるんだ」
(石川智健 著 『本と踊れば恋をする』より)




No.1753『奇妙なイギリスのおとぎ話』

 イギリスに行った時に、おとぎ話に出てくるようなお城をいくつか見ましたが、それを思い出し読むことにしました。ただ、題名の前に「夜ふけに読みたい」というのがあり、なぜなんだろうと思いました。
 この本の挿絵は、アーサー・ラッカムで、とても雰囲気のあるイラストです。そして、この本は、フローラ・アニー・スティールという女性が編集したものを翻訳したそうで、彼女の原書が出版されて、今年は100年だそうです。いわば節目の年に、日本で紹介されたというわけです。
 たしかに、イギリスは近くて遠い存在で、その文化などもなかなかわからないと思います。行って見てビックリしたのは、意外と部屋が狭く、これなら日本の部屋をウサギ小屋だと言っていたのがおかしいぐらいです。また、駐車場も少なく、レンタカーを借りて走り回ったのですが、ほとんどが路上駐車でした。やはり、テレビなどで見るイギリスとは、違っていました。
 よく外国のことを知りたければ、その国の民話や伝説を読むといいといいますが、たしかにそうです。それぞれの国の民俗の価値観はなかなかわかりませんが、昔話だととてもわかりやすいようです。
 この本は、とても読みやすいので、ぜひ読んでもらったほうがいいと思います。
 そして、自分なりに感じたことで、イギリスのことを考えてもらいたいと思います。
 下に抜き書きしたのは、「ねこたちのおしゃべり〜物語の豆知識〜」のなかに出てくるお話しです。
 イギリスの話には、よく巨人が出てくるのですが、なぜなのかと思っていました。ねこのチェッコが、その巨人の話をしたところです。そういえば、イギリスの王様は、たしかにフランスからやって来たことがよくあったそうです。
 イギリスはEUから離脱するという話ですが、これらの話から考えて、さてどうなるか楽しみです。
(2020.2.4)

書名著者発行所発行日ISBN
奇妙なイギリスのおとぎ話吉澤康子+和爾桃子 編訳平凡社2019年11月20日9784582838183

☆ Extract passages ☆

 巨人の話も少しだけね。むかしのイギリスをおさめていたのは、フランスからやってきた王さまや貴族たちだったんだ。英語もろくに通じないご領主さまに税金をしぼり取られた庶民たちが、うつぷん晴らしにお話の中でご領主さまを巨人に仕立てたという説もあるよ。世界どこでも、おとなり同士というのは仲がよくないね。近いから欠点が目につきやすいのかな。
(吉澤康子+和爾桃子 編訳 『奇妙なイギリスのおとぎ話』より)




No.1752『ターシャ・テューダーを撮る喜び』

 冬の今の時期は雪片付けが中心だが、今年は雪がほとんど降らないので、写真の整理をしたり、本を読んだりしています。そのなかでも、植物や庭園の本はこの時期にできないこともあり、楽しみです。
 この本は、アメリカのコテージガーデンのお手本ともいうべきターシャ・テューダーの庭や本人が写っていて、副題は「写真家だけが知るターシャの魅力」です。たしかに、その自然体はすべてに感じられ、昔の生活に紛れ込んだかのような錯覚する覚えます。
 ターシャは、もともとは絵本作家で挿絵画家でもありますが、ボストンに生まれながら田舎暮らしに憧れ、ニューハンプシャーで農業をしながら4人の子どもを育てながら絵本も出していました。ところが長女が18歳のときに夫は出ていき、その後は絵の仕事で生活してきたそうです。そして56歳のとき、バーモントの山の中に古い農家を模した家を建て移り住み、そこに庭を造ったのです。
 いろいろなところでターシャの庭は取りあげられていますが、19世紀の手作りの生活を楽しんでいたことは、この本で知りました。おそらく、92歳でなくなるまで、その生活は変わらなかったのではないかと思います。
 たとえば、ターシャが裸足で写っている写真があったのでそこの部分を読むと、「ターシャが裸足なのはいつものことである。毎年、雪が解け、地面の温度が上がってくると、ターシャは待ってましたとばかりに裸足になった。夏の間はほとんど裸足で過ごした。」といいます。でも、この庭には虫もヘビもいるそうですが、意外と平気で、「ヘビはうちの 石垣を、(高級ホテルの)リッツカールトンだと思っているのよ」とむしろおもしろがっていたそうです。
 私はヘビがまったくダメなので、小町山自然遊歩道に行くときでさえ、かならず長靴を履きますが、裸足とはおそれいったものです。
 また、ターシャは、19世紀のアンティークの食器などをたくさん集めていたそうですが、それらを日常的に使ってもいたそうです。しかし、たまたま流しに立って皿洗いをしているときに、あるたくさんのコレクションを持っている家では、「家の人は、見せるだけで使わせなかったそうだ。ターシャは「どうして使って楽しまないの? もちろん、だいじに扱うべきよ。だからと言って、しまって使わないなんて、ばかげているわ」と言ったそうです。
 私もそう思いますが、たしかにコレクターのなかには、集めるだけで使わない方もいるようです。たとえば、萩焼の茶碗などは、使うことで釉薬が変わってくるので「萩の七変化」と呼ばれることもあり、まさに使えば使うほど見違えるようになってきます。それを楽しまないというのは、やはりもったいないことで、さすがターシャだと思いました。
 下に抜き書きしたのは、ターシャがカゴに入れたクロッカスの球根を土に埋めようとしているときのもので、これはしゃべってよいかどうかわからないと著者もいいながら、ターシャのことを語り始めました。
 たしかに、人は多面的で、良いことも悪いこともあるでしょうが、それをちゃんと言葉にできることは素直だからこそです。著者もこのことで、さらにターシャを好きになったといいますが、私も好ましいと思いました。
(2020.2.3)

書名著者発行所発行日ISBN
ターシャ・テューダーを撮る喜びリチャード・W・ブラウン 写真・文、飯野雅子 訳KADOKAWA2019年12月5日9784040640662

☆ Extract passages ☆

そこでターシャが取った対策は――これは、しゃべってよいかどうかわからないが――球根を埋めるとき、人間用の下剤を一緒に放り込んだ。実際、動物たちにも同じ効能があったかどうか、あるいは、シマリスやモグラ除けの効果があったかどうか、ついぞ確認していないが、少なくとも薬のにおいは嫌がられたと思う。
 ターシャは、使い慣れたシャベルを手に持ち、フード付きの黒いケープを羽織っている。
 月と言えば、ターシャはよくマーク・トウェインの「人はみな、月と同じように、だれにも見せない暗い面をもっている」という言葉を引用し、「私もそうよ」と言っていた。「みんな、私を理想化して見ているけど、私は天使じゃないし、"甘いおばあちゃん"でもない」と。ぼくは、ターシャのそういうところが好きだった。
(リチャード・W・ブラウン 写真・文 『ターシャ・テューダーを撮る喜び』より)




No.1751『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』

 著者の名前は、知ってはいましたが、どんな業績があり、どのような生涯を送ってきたかまでは知りませんでした。
 でも、米沢さんという前に興味を持ち、読み始めると、おもしろくてあっという間に読み終えました。とても痛快で、昔の女性研究者というイメージはありませんでした。まさに題名通りでした。
 それでも幾度かガン冒されたり、おそらくこれで終わりかもという体験も何度もされたと思います。たとえば、23歳のときの最初の妊娠で、胞状奇胎になり、胎児がガン化したそうですが、子宮掻爬を4回もして、なんとか子宮も残せたそうです。さらに35歳のときには子宮前ガン状態で摘出、さらに44歳と45歳のときには両乳房の全摘手術、さらにさらに70歳で甲状腺ガンが発覚し7時間の手術でなんとか気管切開は回避できたそうです。
 そして、この本を出版したときには元気で仕事をしていたそうですが、残念ながら昨年2019年1月17日に亡くなられたそうです。つまり、期せずして、約1年後にこの本を読んだということになります。
 そういえば、昨年の4月24日に「米沢富美子さん お別れの会」を開催したときの案内状に、「日本の女性物理学者の草分けとして活躍され、教育、文化、生活者へのメッセージなど、 幅広く社会に発信された”スーパー・ウーマン”米沢富美子さんが1月17日に急逝されました。80 歳でした。」という文章が載っていましたが、この本を読んだだけでも、そのように思います。
 この本は、日本経済新聞朝刊の2012年6月1日から30日まで連載されたものだそうで、著者自身も「自分をネタにものを書く作業は、結構疲れる」と「あとがき」に書いていますが、たとえばガンのことひとつとっても、それを公開するというのはなかなか大変なことです。しかも、ドキュメンタリーで書くというのですから、ますます勇気がいります。
 でも、結果的には「その記録が普遍性を持ち、何らかの形で読み手の糧となること」を願ったそうで、私的には、その時代の生き方とか研究姿勢というものがわかっただけでも興味深かいものがありました。
 最後のほうで、「とんな哲学で生きてきたか」と問われて、5つ挙げています。1.自分の可能性に限界を引かない。2.行動に移す。3.めげない。4.優先順位をつける。5.集中力を養う、です。それについてこの本では、「1は、身の程知らずにほかならない。2に関しては、私に多少とも取り柄があるとするならそれは行動力だが、これは無謀とか無鉄砲に通じる。3は、能天気の代名詞。4と5は、有限の時間と能力のなかで欲張って生きるには、不可欠の要素である。」と書いています。
 おそらく、謙遜だとは思いますが、もしかすると、持って生まれた才能かもしれません。
 下に抜き書きしたのは、著者が米沢允晴氏と結婚することになったときの話しです。それは、著者が物理をとろうか家庭をとろうかと悩んでいたときに、米沢氏が話した決め台詞です。
 でも、この本を読んだからそう思うのかもしれませんが、著者は、いつもなんとかなると思っていたようで、生来の楽天家だったようです。
 だからこそ、いろいろな困難にもめげずに、チャレンジできたように思います。まさに、「人生は、楽しんだ者が勝ちだ」と心底思っていたようです。
(2020.2.1)

書名著者発行所発行日ISBN
人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書米沢富美子日本経済新聞出版社2014年6月13日97844532169312

☆ Extract passages ☆

 物理であろうと家庭であろうと、専念する必要がある。私はそう考えた。
 思案の末、心は物理に傾き、求婚を断ろうと決心した。それを察知した彼は、「このままでは、逃げられる」と焦ったのだろう。
 一世一代の殺し文句を口にする。
「物理と僕の奥さんと、両方取ることをどうして考えないの」
 まったく気障なセリフを吐くヤツだ。しかし、これは彼の人生哲学を反映する言葉だった。この言葉を聞いて、私は「日から鱗」が落ちた。
「そうか。両方欲しいなら、両方選べばいいんだ」
 こうして、「あれか、これか」ではなく、「あれも、これも」という私の生き方が始まることになる。人に与えられるのを、待つ必要はない。欲しいものは、自分の手で獲得する。
(米沢富美子 著 『人生は、楽しんだ者が勝ちだ 私の履歴書』より)




No.1750『三木成夫』

 三木成夫って、知ってますか。私は知りませんでした。
 でも、読んでみて、「いのち」というものに、これだけ深く考えた人は少ないのではないかと思いました。そもそも著者は、東京医科歯科大学医学部解剖学教室で助教授として血管系の比較発生学的研究に取り組んだのち、東京藝大の保健管理センターの医師として赴任し、そこで生命記憶、内臓感覚、宇宙のリズムなど独自の生命論に基づいた三木学へと発展させていったそうです。
 著者には名言も多いそうで、「うずまきは宇宙の根源だ」とか「人間は星だ」とかあるそうですが、私はDNAは「憶の日記帳」という言葉が印象的でした。憶というのは記憶のことで、たしかに人間がはじまるときからの記憶がしっかりとDNAに刻まれているわけで、それを日記帳と表現するのは秀逸です。
 そういえば、急に昔の味を思い出したり、どこかで見たことがあったような風景に出くわしたり、生きているといろいろなことが突然に思い出されます。それも、どこかに刻まれた日記帳の一コマかもしれません。
 この本のなかでも、「民族と里帰りより」のなかに出てくる童謡の「月の沙漠」と「椰子の実」についての話しは、とてもおもしろく、まったくつながりがないと思っていたのにと考えさせられました。そこの部分を抜書きすると、「前者が、いわば"陰"のメロディであれば、後者は″陽″のそれである。同じく切々たる想いを訴えながら、そこには短調と長調の違いが識別され、さらに、前者の拍節的な感触が、後者にはまるで欠落している。歌詞のほうは、もっとはっきりしているだろう。一方は、皓々たる月の光を浴びた砂漠であり、他方は、夕陽の眩い大海原である。"陸″と″海″との明らかな対比が、月光の"冷″と日光の"暖″とを合わせて、そこにはある。そしてそこに登場する生きものは、駱駝と一個の椰子の実とであり、一方は、過ぎ行き、他方は、流れ寄って、ここには″動物"と"植物″との対照的な姿かたちが見られる。こうしてこの二つの生きものは、一方は背のこぶに、他方は殻のなかに、それぞれ″水″を蓄えて、ともに数千里の道のりを旅するのである。」と書いてありました。
 おそらく、ほとんどの人は、そのつながりに気づきはしないと思いますが、このように記されると、なるほどと思ってしまいます。
 下に抜き書きしたのは、「動物的および植物的」のなかの1節です。今まで、このような見方をしたことがなかったので、とても興味を持ちました。
(2020.1.30)

書名著者発行所発行日ISBN
三木成夫(STANDARD BOOKS)三木成夫平凡社2019年12月11日9784582531749

☆ Extract passages ☆

 地球を覆う生物層の双璧と謳われてきた、植物と動物は、ともにおなじ「栄養と生殖」の営みを遂行しながら、両者の生きざまは、あまりにも異なる。それは、栄養の方法がまったく違っているからであろう。一方が″植″ったまゝで自らを「合成」するのに対し、他方は″動″いてそれを食べて「消化」をする。それは、"生産者"と″消費者"の性格の違いを意味するものであろう。
(三木成夫 著 『三木成夫』より)




No.1749『二人に一人がガンになる』

 この本の題名は、ガンについてよく言われることですが、その根拠は、日本人男性の生涯にガンにかかる確率は62%、女性は47%なので、そのことを表しているようです。
 ちなみに、日本人がガンでなくなる確率は、男性が25%、女性が17%で、やはりガンはおそろしい病気だということがわかります。でも、新たなガンについての情報が日々更新され、なかなか現状がわかりにくいようです。この本では、中山祐次郎+発進する医師団の監修のもと、「知っておきたい正しい知識と最新治療」について書いています。
 よく聞くことですが、ガンの治療を受けるとき、名医といわれる人のほうが治癒率が高そうですが、私も初めて知ったことですが、「がんでは患者数が少ない希少がんと呼ばれるものですら、ほとんどは関係学会が診療ガイドラインやそれに準じる診療指針を作成しています。特にがんの場合は、放置したり、進行した場合は命にかかわるので、この診療ガイドラインでは「生存期間の延長」、すなわち患者がより長生きできることがエビデンスレベルの高い研究論文で示されている治療法が集約されています。実際、その中身を見ると、例えば手術ならばステージ1〜2までとか、どんな場合は手術後でも再発の可能性が高いか、さらにそのことを考慮して手術後に抗がん剤治療や放射線治療をどのように行うか、その場合に使うべき抗がん剤の種類も具体的に記述されています。」と書かれています。
 この希少ガンでさえ、しっかりした診療指針があるわけですから、一般的なガンならなおさらです。そういう意味では、著者がいうように、「ガンほど医師個人の裁量権があるようでない領域は他にない」ということになります。
 そういえば、オプジーボという免疫チェックポイント阻害薬などは、いくら使って欲しいと医者に頼んでも使ってもらえるわけではないようです。つまり、使わざるを得ない状況が必要で、それらもその手順が決まっていて、使えるのはステージ4のガンであることがほとんどだそうです。
 さらにすごいガンを攻撃するCAR―T細胞療法というのがあり、「キムリア」という薬剤を使うそうです。この公的薬価は、今の時点で投与1回あたり33,493,407円だそうです。この薬の仕組みは、弾道ミサイルを迎撃するパトリオットミサイルのようなもので、CAR―T細胞がパトリオットミサイルのように直接ガン細胞を殺傷するのだそうです。それは、患者から直接採取した免疫細胞を海外にあるノバルティスの工場に空輸して、そこでCAR―T細胞にして工場で培養し、完成品を凍結乾燥して日本に空輸し、静脈注射で投与するそうです。なんか、すごすぎて、未来の医療の最前線を垣間見ているようですが、それでも、なかなかガンの治療は難しいといいますから、まだまだ挑戦は続くと思います。もしかすると、昨日まで治らなかったガンが、今日から認められた新薬のおかげで寛解するかもしれない、そんな気がします。
 下に抜き書きしたのは、定期検診のなかにガン検査もありますが、それすら受けないという方について書いてあるところです。
 たしかにガンはなるべく早期に発見し、速やかに治療することがいいとはわかっていても、なかなかできないものです。ビックリしたのは、日本人のガン検診率の低さで、2016年度の国民生活基礎調査によると、男性の肺がん検診が51.0%で最高にとなっている他はいずれも50%未満でした。乳がん検診でも、芸能人が乳がんの治療をしているというニュースが流れていても、40%強と世界的にみてもとても低いようです。
 なんとか欧米並みの70〜80%程度には高めなければと思いました。
(2020.1.28)

書名著者発行所発行日ISBN
二人に一人がガンになる(まいなび新書)村上和巳マイナビ出版2019年10月30日9784839969714

☆ Extract passages ☆

宝くじに当たるためにはどうしたらよいか? ネツトを検索すれば、あれやこれやと書いてありますが、どれも「帯に短し、たすきに長し」で決定打ではありません。
 ですが、そもそも宝くじを買わない人は当たる可能性が皆無です。がん検診もこれと同じで、たとえごくわずかな見逃しがあったとしても受けない人は早期に見つかることすらありません。前述のように自覚症状が出てからでは手遅れになる場合が少なくないのです。
(村上和巳 著 『二人に一人がガンになる』より)




No.1748『大人の男 アジアひとり旅』

 出版社はダイヤモンド社ですから、言わずと知れた『地球の歩き方』を出しているところで、私も昔からだいぶ世話になっています。おそらく、ひとり旅をする人のバイブルともいえるような存在だと思っています。
 この本は、そこから出ていて、いわば『地球の歩き方』のひとり旅本というような位置づけです。しかも、大人の男、さらにアジアと限定的なので、つい、手に取ってしまいました。
 中身は、やはり『地球の歩き方』の味付けですが、それに慣れていることもあり、サラサラと読むことができました。しかも、自分が行ったところも載っていて、そうそう、と勝手に思ったり、だいぶ前に訪れたところだと、もうだいぶ様変わりしたなあ、と昔を懐かしんだりしました。旅というのは、その年代によって、その印象もだいぶ変わると思っていましたが、やはりそうでした。
 学生のころは、時間はあるのですがお金がないので、なるべく安く旅することだけを考えて楽しみました。今はというと、長距離を歩くのはできないので、なるべく気軽に行けることを考えたり、そこそこ快適なところに泊まるようにしています。
 そういえば、インドをひとり旅し、いずれまた行くのだからとインドルピーを日本円に両替しないで持っていて、2018年の秋に行くと、1,000ルピーと500ルピーの紙幣は使えなくなっていました。本当にビックリしました。なんとか両替できないかとしましたが、どこでもできないと知り、そのまま持ち帰りました。500ルピーが8枚です。100ルピー10枚と10ルピー22枚は使えたので、使いましたが、4,000ルピーは今も手もとにあります。
 この本では、「2016年月月8日の夜、インド政府は9日午前0時から1000ルピー札と500ルピー札を無効にすることを発表した。この電撃的な廃貨宣言は世界を驚かせた。もちろんいちばん驚いたのは市井のインド人自身だろうけれど。これは当時流通してぃた通貨全体の86%の15兆ルピー(約24兆円)に及ぶ大規模なものだった。不正貯蓄や偽造通貨対策であると同時にキャッシュレス化を推進するための劇薬だった。結局99.3%が合法的に回収されたと発表されている。」そうです。
 それでも、回収されていないのが0.7%もあり、そのなかには私の4,000ルピーも含まれています。インドの知り合いに聞くと、今でも外国人旅行者の両替のお金のなかにわからないように混ぜ込まれていることがあるといいます。
 もちろん、これらはまったく使えないわけですから、トランプのジョーカーを引いてしまったわけです。そうすると、その人がまた、知らない人にそれを引かせてしまうこともあるかもしれません。
 また、両替でいうと、アジアの通貨を日本の空港の両替所ですると、おそらく一番レートが低いと思います。それを帰国の際に現地の空港で再両替をしないで、日本国内の空港ですると、またまたレートが低いのでだいぶ損をしてしまいます。これらは、まさに旅の常套手段のようなもので、このような本を読むのは、これらを知ることでもあります。
 これからアジア、とくにタイや中国、インド、インドネシア、ラオスなどのひとり旅を考えているなら、この本をぜひ読んでみてください。この本の表紙イラストは、まったく『地球の歩き方』と同じなので、すぐわかると思います。
 下に抜き書きしたのは、最初のところに書いてあるひとり旅のおもしろさについてです。
 私は国内もときどき一人旅をしていますが、たしかに「時間はすべて自分だけのものとなる」というのはとても魅力的ですし、すべてから開放される気分も最高です。おそらく、ひとり旅のおもしろさを知ったら、他の旅は色褪せてしまうと思います。ぜひ、大人の男になったら、ひとり旅を満喫してほしいものです。
(2020.1.26)

書名著者発行所発行日ISBN
大人の男 アジアひとり旅水野 純 他ダイヤモンド社2019年12月11日9784478824153

☆ Extract passages ☆

 ともあれ旅の最も大きな要素である「非日常」にどっぷり浸かり、「自由」を満喫するには、何が起こっても自己責任が求められる代わりに、すべてを自分で決められる、ひとり旅こそがふさわしい。
 予定はあってなきが如し、足の向くまま気の向くまま、明日は明日の風が吹く。面白い場所を見つけたら滞在を延ばし、興味が持てなければそっと立ち去る。何をしても誰にも文句を言われないこの喜び。旅に出ている間、時間はすべて自分だけのものとなる。
(水野 純 他 著 『大人の男 アジアひとり旅』より)




No.1747『江戸落語で知る四季のご馳走』

 江戸時代のご馳走って何だろうかな、と思いながら読みました。
 すると、今年の初競りで山形県産のサクランボが500グラム80万円だったそうで、たった1粒が8,500円になるそうです。そんなに高いサクランボを食べる人は想像もできないのですが、江戸時代もサクランボは好まれていたようで、「あたま山」という落語のなかに出てくるそうです。ところがおもしろいのは長唄の「あたま山」で、昭和30年頃につくられたそうです。
 作詞は落語評論家の安藤鶴夫で作曲は山田抄太郎です。簡単に説明すると、主人公がサクランボを1箱でもらったが、もともとケチだから値段が気になって、果物屋に見に行くと、これがなんと高いこと。果物屋の番頭も、「さくらんぼはうまいから、 一度食べたら癖になる、必ずまた食べたくなる。高額の金を払ってでも食べたくなりますよ」と言われ、それじゃあ、麻薬とおんなじだから食べたくない。主人公はただのケチじゃないから、サクランボを売ってお金にしようなどとケチな考えをせず、近所の人たちにみなあげてしまいます。その気持ちは、「買ってでも食べたくなるぐらいだから、きっとみんなが大喜びして、もしかするとちり紙一枚半紙の一枚ぐらいはお使い下さいと持ってきてくれるかも知れない、いや、持ってきてくれなくても、ただでもらったサクランボで感謝されれば、その気持ちはいつまでも残るかもしれない」と考えたようです。
 ところが、みんながみな、うまかったうまかった、というのを聞くと、一粒も食べずに配ったことを後悔しました。ところが、仏壇を見ると、最初にお供えしたサクランボ2粒が残っていたということで、よかったよかったということでお仕舞いです。
 ここが浪曲らしいところで、それが落語の「あたま山」になると、ケチがゆえに頭に木が生えたり、命まで落としたりと、奇想天外な話しになってしまいます。
 サツマイモなども、青木昆陽が研究を重ね全国に広まると、それをネタにした落語も生まれます。よく「栗よりうまい十三里半」といいますが、栗は縄文時代より栽培されていたそうで、まさに秋のご馳走の代表格でした。天津甘栗などは、明治43年に浅草で初めて売られたそうで、中国天津で栽培されていた栗ではなく、天津の港から運ばれてきたもので、山形市に行くと大沼デパートの入口前の店で買ってきたものですが、それも今はなくなったようです。
 今の時代でも、食べものも移り変わりがありますから、江戸時代などの食べものも知らないものがたくさんあったと思います。
 下に抜き書きしたのは、江戸庶民の食生活ですが、いかに白米のご飯が食べたかったかということです。でも、考えてみると、江戸では庶民も白米を食べていたのに、そのお米を生産していた田舎の人たちは、ムギやアワなどの雑穀を食べていたというから、不思議なものです。
 そして、焼き魚を食べるようになったのは、七輪が登場したときからだそうで、今のサンマの塩焼きなどはそれ以降の話しです。
(2020.1.26)

書名著者発行所発行日ISBN
江戸落語で知る四季のご馳走(平凡社新書)稲田和浩平凡社2019年11月15日9784582859263

☆ Extract passages ☆

 そもそも江戸っ子はあまりおかずを食べなかった。お米のご飯を食べるのがステータスで、ご飯さえ食べられればいい。おかずは、味噌汁は用意するが、沢庵か梅干で十分だった。「一汁一菜」でよかったのだ。なまじ、おかずをたくさん食べる人は「おかずっ食い」と呼ばれて、あまり褒められたことではなかった。江戸っ子は白いご飯が食べられることに幸福を感じていた。それ以上を望むのは贅沢者というか、江戸っ子にあるまじき、みたいなところもあった。ようは、日本中が貧乏だったから。お米のご飯が食べられる以上の何を望むのか、というのがあったのだろう。
(稲田和浩 著 『江戸落語で知る四季のご馳走』より)




No.1746『地名崩壊』

 今、駅名の「高輪ゲートウェイ駅」が注目されていますが、賛否両論があるそうです。この辺りを再開発し、そこに新しい駅と国際的な交流拠点をというのがJR東日本の計画のようです。駅そのものは2020年3月に暫定開業されるようですが、本格的な街開きは2024年の予定です。
 つまり、駅そのものよりも開発のほうに力点がありますが、そもそもゲートウェイとは、「門扉(gate)がついた入口、道(way)」を意味する言葉で、IT業界では「異なるネットワークを接続する機能」という意味もあるそうです。
 また、JR東日本は駅名を決定した理由のひとつに、古来より街道が通じ、江戸の玄関口としてにぎわいをみせた場所であることを挙げていますが、それとゲートウェイを結びつけるのにはいささかムリがあります。それより不思議なのは、JR東日本が駅名を一般公募して64,052件の駅名案が寄せられ、「高輪駅」が8,398件とダントツの1位で、2位が「芝浦駅」、3位が「新品川駅」、4位が「泉岳寺駅」、5位が「新高輪駅」で、なんと「高輪ゲートウェイ駅」はたったの36件で、130位だったそうです。それでも選ばれたというのは、一般公募する前から内々に命名していたのではないかと想像してしまいます。
 そう考えれば、この名前もおそらくは開発が先行して名づけられたような気がします。
 そういえば、2011年3月11日の東日本大震災のあとに、地名が危険な場所を教えてくれるという報道などがありましたが、これも災害をあらかじめ予測するという観点からはいいとしても、その地名が足かせになって土地という不動産価値が下がるから改名しようという動きもありました。また、星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏は、「福島」という県名を変更すべきではないかと提案し、話題になったこともあります。これは自身が福島県内にあるアルツ磐梯や猫魔スキー場を経営していて痛感した風評被害などに端を発しているようですが、県名そのものが忌避されるというのはいささか異常ではないかと感じました。たしかに、今年はオリンピックで外国からたくさんの人々が来日されるでしょうが、福島だけを外すというのはあまりないのではないかと思います。
 山形県内で興味深かったのは、酒田市の旧市街東側にある「小荒新田」で、もともとは小荒、つまりは廃田を意味する「小荒」を復旧させて新田とした土地だったのですが、それをひらがなで「こあら」と新しく表記しました。そうすると、いかにもオーストラリアのコアラみたいですが、著者はその錯覚も意図しているのかもしれないと書いています。
 それにしても、地名というのは、歴史的にも意味深いものもあり、簡単には変えないほうがいいと思います。今はやりのキラキラネームみたいな地名も、たとえばテクノパークみたいな地名は、数十年後にはテクノって何といわれるかもしれないのです。北海道にはスウェーデンヒルズというのがあるそうですが、住んでいる人たちがそれでいいといっても、数十年後にはデンマークヒルズがいいというかもしれません。
 下に抜き書きしたのは、地名の本来あるべき姿について考えたい、というところで述べたものです。
 意味不明な地名や、まったく記号のようなもの、さらには新しい地名で一儲けしようというものまで、いろいろです。私が上京すると必ず立ち寄る「八重洲ブックセンター」の住所は、かつて京橋区南大工町1番地だったそうですが、昭和6年には京橋区槇町2丁目3番地になり、昭和29年には中央区八重洲5丁目3番地、そして昭和53年には八重洲2丁目5番地と変わってきたそうです。
 地方にいれば、どうでもいいことですが、その土地に住む人たちにとっては、やはり大きな問題ではないかと思いました。
(2020.1.24)

書名著者発行所発行日ISBN
地名崩壊(カドカワ新書)今尾恵介KADOKAWA2019年11月10日9784040823003

☆ Extract passages ☆

 現在の東京の地図を片手に永井荷風や夏日漱石の作品を読んでも、登場する町名が見当たらない。これは震災復興事業による昭和初期の区画整理で町名を統廃合したこと、それに加えて戦後の住居表示法でさらなる町名の大々的な改廃が行われたためである。歴史的地名の消滅は東京だけでなく全国各地で起きており、自治体の名称も昭和の大合併、平成の大合併を経て今も激変を余儀なくされている。政令指定都市の区名の命名も「民主主義の誤用」のために歴史的地名を否定する方向だ。その一方で、消えた町名を復活させる動きも少しずつ始まっている。
(今尾恵介 著 『地名崩壊』より)




No.1745『チベット人の中で』

 イザベラ・バードを初めて知ったのは、置賜を通ったときにここは東洋のアルカディアだと書いていると聞き、その『日本奥地紀行』を読んだときです。そのなかで、日本をすごく好意的に書いていたり、イヤな感じのするところと書いたり、意外と率直に感じたままを書いてある印象でした。
 この本は、たまたま図書館で見つけたもので、即借りてきて読んだものです。時系列的には、1878年に日本を旅行し、1880年10月に『日本奥地紀行』を出版し、1881年3月に医師のジョン・ビショップ博士と結婚。しかし、その年の11月に博士は外科手術中に敗血症に感染し、1886年3月に亡くなり、このチベットへの旅行は1889年2月から1年10ヶ月かけて旅に出たときのことです。
 だから、著者名はイザベラ・ビショップとなっていますが、日本ではイザベラ・バードのほうが知られているので、その名前が並列されています。
 でも、この旅はとても大変だったようで、「筆舌に尽くしがたいほどひどいものだ」と書いてあり、地元のチベット人たちも高山病には悩まされていたそうです。この高山病は「峠の毒」と呼ばれ、「峠に生えるある種の植物の匂いや花粉のせいだと思われている。馬やラバは荷物を通ぶことができなくなり、男たちは疲労困憊だけでなく目まいや吐き気、ひどい頭痛や鼻、口、耳からの出血に苦しみ、ときには全身的に苦しみ、場合によっては終いには命を落とす。」と書いています。
 このような大変な苦労をしながらも旅を続けたのは、夫の記念病院を西チベットに設置したいという考えがあり、そのためにこの旅に出かけたのです。つまり、アジアにおける医療伝道支援という隠されたミッションは、生涯続いたといわれています。
 それでも、チベット人のことを「カシミール人は不誠実、卑屈、そして疑り深い。他方、チベット人は誠実、自立的でそして親しみがあり、最も楽しい国民のひとつだ。私はシェルゴルでたちまちのうちに彼らに「夢中」になったが、彼らの道徳は恐ろしく不誠実ではあるにしても、彼らに対する自分の好意的な意見を続く4ヵ月間に変える理由を見つけられなかった。」と書いています。
 ただ、この本で残念なことは、ケイロンのところで終わっていて、私が訪ねたロータン峠から手前のマナリーやクルなどは通っていながらもその話が載っていなかったことです。もし、書いてあれば、私が訪ねた1988年のときと1889年のときの変化、つまりは100年間の時代の移り変わりを知ることができたのにと思いました。
 下に抜き書きしたのは、一妻多夫制というチベット独特の結婚制度についての話しです。
 つい最近まであったそうですが、直接チベットの夫人から聞いたということで、生活感がにじみ出ていると思いました。そういえば、私が初めて中国の雲南省に行った30数年前にも、このような話しをうかがったことがあります。
 今年の3月に、雲南省のミャンマーとの国境線近くのチベットよりのところに行く予定ですが、もしかすると、人の生活様式というのはなかなか改まるのには時間がかかりそうなので、そのような話しが今も残っているかもしれません。
(2020.1.21)

書名著者発行所発行日ISBN
チベット人の中でイザベラ・バード 著、高畑美代子・長尾史郎 訳中央公論事業出版2013年10月15日9784895144070

☆ Extract passages ☆

彼女らは、「私たちは一人の男性ではなく、助けてくれる三人か四人の男性がいる」と言い、ヨーロッパ人の一夫一婦制の人生の退屈さと単調さをせせら笑う!一人の女性が私にこう言った―― 「もし私がたった一人の夫しかいないとして、彼が死んでしまったら寡婦になってしまうけど、もし二人か二人の夫がいるならば決して未亡人になることはないわ!」。「未亡人」という言葉は彼女たちにとって不名誉な言葉で、動物や男やもめに侮茂的に使われるものだ。
(イザベラ・バード 著、高畑美代子・長尾史郎 訳 『チベット人の中で』より)




No.1744『樹に聴く』

 何気なくこの本を手に取ると、著者が山形県出身で月山山麓の川や田んぼで遊んだと書いてありました。それで、同じ山形県人なら自然の樹々に対する感じ方も似ているかも知れないと思い、読み始めました。
 著者には、すでに「樹は語る」という本があり、それに対してこの「樹に聴く」というのは、樹々が何かを行いたそうにしているのを感じたことから名づけたというようなことを書いています。たしかに、語るというのと聴くというのとでは、受けとり方が違うような気がします。まさに、樹々の気持ちを代弁するかのような思いが感じられます。
 この本の中に出てくる樹々の生態については、初めて知った事も多く、楽しみながら読みました。たとえば、ササについても、生きていくためには、森林の資源を最大限に利用しているといいます。「つまり、1つの個体がギャップと林内にまたがって生育することによって、ギャップでは豊富な光で光合成をしてそれを林内に送り込む。逆に、林内に張った根からは水分や土壌の栄養塩を吸い上げ、ギャップの地上稈に送り込む。ギャップの地上稈は送られてきた水ゃ窒素を利用して盛んに光合成をして大きくなり、それをまた林内に送っているのである。このような個体内での光合成産物や土壌の栄養塩の双方向のやり取りによって、個体として生き残っていこうとしているのだ。」といいます。
 つまり、ギャップと林内の違う環境をうまく利用しながら、それにまたがるようにして生きているということになります。
 また、ケヤキの果実が、それだけで落ちるのではなく、小枝ごと落ちると知り、なるほどと思いました。そうすれば、風をひろうことができ、なるべく遠くまで飛ばすことが可能になります。その当年生の小枝を「結果枝」と呼んでいるそうです。しかも、秋になるとその結果枝についている葉は乾燥して茶色になり、軽くなります、しかも、そうなることによって一年生枝から離れやすくなり、葉も浮力となって飛び立っていくそうです。
 そういえば、森のなかにはいろいろな樹々があり、それにいろいろな種子が実ります。一番小さな種子と、一番大きな種子の重さでは、30万倍も違うそうです。それでも、混み合った林内やギャップで育つと、それなりの場所で棲み分けしながら育っていくといいます。著者は、「違うからこそ共存できる」と書いています。
 まさに、金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』という詩の「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように、たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」と同じ世界のようです。
 下に抜き書きしたのは、図の説明のところに書かれていたノリウツギが傾いていくことについての様子です。
 まさか、このような理由で少しずつ傾き、1本の大きな樹から次第に小さな個体に分かれていくとは思ってもいませんでした。これはまさに分身の術のようです。
 つまり、生きていくためには、細々とでも生き延びる工夫をしているということで、自然の巧みさと過酷さを知りました。
(2020.1.19)

書名著者発行所発行日ISBN
樹に聴く清和研二築地書館2019年10月31日9784806715900

☆ Extract passages ☆

 林冠木の枝が広がリギャップが小さくなると、ノリウツギは幹を傾け始める。さらに、ギャップが塞がって暗くなると地面に接地する。やがて幹が腐り、分断化し始める。その後、幹の部分は跡形もなくなり、たくさんの小さな個体に分かれていく。
(清和研二 著 『樹に聴く』より)




No.1743『毒があるのになぜ食べられるのか』

 この本の題名のように、毒があるのになぜ食べられるのかと思う人は多いのではないでしょうか。私はたまたま植物が好きで、いろいろと調べてもいるのである程度は知っていますが、読んでみたくなりました。
 この本の「はじめに」のところで、国連食糧農業機関の調べで、食べものの99.7%は土から育ったものだそうです。つまり、農地がなければ食糧は手に入らないわけで、いかに大切なものかがわかります。また水も必要で、食べものを考えるには、土と水と風土を考えることでもあると著者はいいます。
 しかし、著者は「おわりに」のところで、2011年3月の東日本大震災を仙台市の自宅に帰省中にあったそうで、そのときに食べるもの、特に新鮮な食べものがなかなか手に入らなかったといいます。そういえば、私はそのときスリランカにいましたが、帰国したときには交通手段が飛行機しかなく、山形空港まで来て、息子に車で迎えに来てもらいました。その自宅に向かう途中が、異様に暗く、コンビニもスーパーもほとんど開いていませんでした。夕食を食べようと食堂を探してもなく、かろうじて赤湯のガストが開いていたので入りました。でも、限られた数種のメニューしかなく、人もほとんどいなかったことを今も覚えています。
 おそらく、昔の人たちも食べるものがなくなると今まで食べていなかったものに手を出したり、違う方法で調理をしたり、さまざまな工夫を重ねながら飢えをしのいだのではないかと思います。もともと毒を薬として利用したり、食べたりしているうちに、その区別すらほとんどしなくなったものもありそうです。それらを、この本を読んで、改めて昔の人々の生活の厳しさを感じました。この本のなかにも出てきますが、サトイモ科の植物には毒が多いそうですが、コンニャク芋にも毒があり、それを加工することによって食べられるようになりましたし、ホウレンソウなどにも結石の原因になるシュウ酸などを煮立ててそのお湯を捨ててから調理すると食べられるというものもあります。キノコだって、ただゆでただけでは毒が残っていても、それを塩に漬けると食べられるとかというのもあります。
 これらを考えると、まさに食は文化だと思います。
 この本で初めて知ったのですが、よくコマーシャルで流れる「アリナミン」の由来は、「ビタミンB1は私たちにとって大変に大切なビタミンですが、残念なことに不安定で分解し すく、また吸収もしにくい化合物です。しかし、ビタミンB1はニンニクに含まれるアリインから生成するアリシンと結合してアリチアミンとなると、きわめて安定かつ吸収しやすくなります。この性質を応用して創製されたのが、アリナミンという医薬品です。ただし、アリチアミンは分解するといわゆるニンニク臭を有するアリシンを放出します。このことを避けるために考案されたのが、フラン環を有する部分構造を結合させたフルスルチアミンです。こうしてできた新薬がアリナミンFとして世に出たわけです。この名称のFはフルスルチアミンの頭文字です。」だそうです。
 ということは、ニンニクの臭さを少し我慢すれば、とても身体にいいということがわかります。みんなで食べれば臭いも気にならないし、身体に良いとすれば食べないという選択肢はなさそうです。
 下に抜き書きしたのは、ヒガンバナについてです。
 このヒガンバナは田んぼの畔に植えたり、お墓の近くに多いのですが、この球根にも有毒アルカロイドが含まれています。しかし、まったく食べるものがなくなると、それを何度も水にさらすなどの手間を掛けて命をつないだそうです。まさに、救荒植物です。
 日本ではお墓に多いことや、仏教行事の彼岸と結びついて縁起が良くないとして「シビトバナ」や「ユウレイバナ」というところもあるそうです。
 まさに、ところ変われば花のイメージも変わってくるようです。
(2020.1.16)

書名著者発行所発行日ISBN
毒があるのになぜ食べられるのか(PHP新書)船山信次PHP研究所2015年2月27日9784569821382

☆ Extract passages ☆

お隣の国、韓国では花と葉が同時に出ないのはお互いが思いあっているからとみなし、この特徴からナツズイセン(夏水仙)を「相思華」と呼び、ヒガンバナのほうも「相思花」と呼ぶことも多いそうです。欧米でも、葉がない時期に花茎だけを地面から出して花をつける性質を面白がり、マジックリリーなどと呼び人気があります。
(船山信次 著 『毒があるのになぜ食べられるのか』より)




No.1742『あふれでたのはやさしさだった』

 この本は、奈良少年刑務所で社会性涵養プログラムの一環として「絵本と詩の教室」の先生をした著者が、なんとか多くの人に知ってほしいと書かれたもののようです。
 少年院や刑務所などで、再版を防ぐために「性犯罪再犯防止プログラム」や「薬物離脱プログラム」「暴力回避プログラム」などの社会復帰に向けた様々な取り組みのことは知っていましたが、この「社会性涵養プログラム」は知りませんでした。これは、ページの前のはじめに書いてあったので、それに興味を持ちました。
 著者は、「人間、ビクついたり怯えていると、萎縮してしまって充分に力を発揮できない。実習場にいる彼らは、まさにその状態だった。「また手順を間違えるんじゃないか」「叱られはしないか」「うまくできてないんじゃないか」そんなことが気になって仕方ない。だから、ちょっとした不手際や、人から注意されただけでパニックになり、わけがわからなくなってしまう。相手がなにを言っているのかすら理解できなくなってしまうのだ。当然、会話は成立しない。通じないので、相手はますますイラつく。それを見て、ますます萎縮する。その悪循環だ。こんな状態では、本来持っている力の半分も発揮できない。これを解消するために必要なのが「安心・安全な場」だ。これに尽きる。」と書いていますが、外見からはうかがい知ることのできない、さまざまなことを抱え込んでいることが多いようです。
 そして、その場には、仲間たちが必要です。人は、やはり人の輪のなかで育っていくものです。私も修行時代を振り返ってみて、もし、たったひとりだけだったら、あの辛い修行ができなかったのではないかと思います。みんなもがんばっているのだから、とか、励まし合っていたからこそできたような気がします。話したり、話しかけたりしながら毎日を過ごしていると、いつの間にか時間が経ってしまうものです。
 だから、その場に仲間がいたり、自分を本当に思って育ててくれる方がいるからこそ、安心したり、ここは安全なところだと感じられるのです。だからこそ、そこに連帯感が育ち、絆が生まれてくるのかもしれません。
 この本のなかで、ある教官が「彼らには、だれかに受けとめてもらう経験がなかった」という言葉がありましたが、聞くところによると、親に一度も抱きしめてもらったことがないとか、お前なんかいなければよかったとか、とんでもない無慈悲な経験をしている方がこの世にはいます。やはり、愛された経験がなければ、誰かを愛することはできないと思います。
 下に抜き書きしたのは、いっしょに社会性涵養プログラムを指導した教官が話してくれた心のメカニズムです。
 彼は自信には「条件付き自信」と「根源的自信」とがあるといいますが、これは「根源的自信」についてです。もし、もっと深く知りたい人は、ぜひこの本を読んでみてください。著者は、最初のところで、「わたしは確信した。「生まれつきの犯罪者」などいないのだと。人間は本来、やさしくていい生き物だ。それが成長の過程でさまざまな傷を受け、その傷をうまく癒やせず、傷跡が引きつったり歪んだりして、結果的に犯罪へと追い込まれてしまう。そんな子でも、癒やされ、変われることがあるのだと、心から信じられるようになった。教室を通してもう一つわかつたことは、彼らがみな、加害者である前に被害者であったということだ。」ということが、納得できると思います。
(2020.1.13)

書名著者発行所発行日ISBN
あふれでたのはやさしさだった寮 美千子西日本出版社2018年12月7日9784908443282

☆ Extract passages ☆

存在しているだけで、世界から肯定されているように感じるおおらかな心です。これは、親から愛され、無条件に肯定されることによって育てられるものなんです。『あなたが生まれてきてくれてうれしい』『おかあさんもおとうさんも、あなたが大好き』、そんな気持ちがきちんと伝わっている子は、自分自身の存在を肯定できるようになります。そんな子は、困難に遭遇してもくじけないし、失敗しても立ち直れるしぶとさを持つことができるんです」
(寮 美千子 著 『あふれでたのはやさしさだった』より)




No.1741『旅する建築家 隈研吾の魅力』

 隈研吾という建築家を初めて知ったのは、山形県内の銀山温泉の藤屋を設計されたときで、あの銀山温泉のなかでどのように設計して違和なく溶け込ますのかと思っていました。今でもホームページに「この建築を設計するにあたって、いかに重ね合わせるかをずっと考えていました。時間を重ね合わせていくこと、空間を重ね合わせていくことです。薄いフィルターを使って、フィルターのこちら側と向こう側を重ね合わせていく仕掛けを作りました。中田秀雄さんの手による簾虫籠(すむしこ)と呼ばれる竹製のフィルター、志田政人さんの手による 「ヴェールダルト」と呼ばれる中世の工法による薄い緑色のステンドグラスのフィルターです。どちらもとても繊細なフィルターですので、どうぞ大事にしてあげてください。 弱いもの達を大事にする気持ちが、次から次へと時間をかけて重ね合わされていくと、物はさらに深い 輝きを発し始めるはずです。 」というメッセージが載っています。
 しかし、残念ながら、当時の経営者は倒産し、今は別な経営のようですが、宿泊料金がとても高いので、一度も泊まったことはなく、外から眺めただけです。しかも、その同じホームページにお客さまの声として、「唯一つ難点を挙げるとすれば常に他の観光客のフラッシュが焚かれる事かも知れませんが、それも知名度の高さ故に仕方ないのかも知れません。」とあり、苦笑しました。
 次に隈さんの設計だと知ったのは、以前からよく行っていた「根津美術館」で、それから「サントリー美術館」も設計されました。本の後ろの「主な国内の作品一覧」によると、根津美術館は2009年で、サントリー美術館は2007年だそうで、今年のオリンピックが開かれる新国立競技場も設計されました。
 そのときの秘話がインタビューとして「はじめに」の前に掲載されていて、ここの軒庇にはスギが使われていますが、それについて隈自身は「もともとスギを使おうと考えていました。有名な産地もあるので、最初はどこにしようかといろいろ検討したのですが、みんなで話しているうちに47都道府県でやったら面白いんじゃないかということになったのです。……それぞれ色が違うんです。スギがあんなに色が違うなんて思わなくて。同じ東北でも太平洋側と日本海側ですごく違っていました。たとえば青森と秋田でも、ちょっとの差で色が違うんですね。それが面白かった。軒庇に使っていますが、見上げると微妙に違うところが分かるように産地ごとにまとめています。沖縄は似た素材のリュウキュウマツを使 っていますが、それを見るだけでも楽しいと思いますよ。」と話しています。
 やはり、素材を生かすには、その素材の生まれたところを知らなくては使えませんし、その違いこそが個性だと思います。そうすることが、その地に根ざした建築になるのではないかと思いました。
 隈さんは、2004年に『負ける建築』という本を出版していますが、この言葉を対談のなかで、「環境や自然に合わせてつくったというのも「負ける」だし、いろいろ工夫して予算に合わせてつくることも、ある意味で「負ける」っていうことになりますね。」と語り、著者は「我を出さず相手を立てることでもありますね」と隈さんらしさの表現だとしています。この本のなかで、著者は下に抜き書きしたような表現をしています。
 そして、このころから地方の仕事が増えてきたと書いてありました。
 そういえば、この本に中国雲南省で建築した「雲峰山スパリゾート」というのがありますが、今年の春にその騰衝市まで行きました。その先の猴橋のミャンマーとの国境近くで辺境公安に止められましたが、せっかくそこまで行ったのだから、そこにまわれば良かったと読みながら思いました。
(2020.1.10)

書名著者発行所発行日ISBN
旅する建築家 隈研吾の魅力田實 碧双葉社2019年12月1日9784575315110

☆ Extract passages ☆

「負ける建築」は、その地の環境や文化に溶け込む、優しくて柔らかなデザインが特徴で、自然や環境と一体化した建築を志向する。その場所が発する声やクライアントの言葉に耳を傾け、その地で採れた本や石などを使いながら、その地に合った建築をつくるという思想である。
(田實 碧 著 『旅する建築家 隈研吾の魅力』より)




No.1740『人生100年時代の覚悟の決め方』

 100つながりで選んだのがこの本で、副題は「人生を豊かにする哲学」です。
 年の始めに、豊かな人生を歩もうとすることも、いいのではないかと思います。しかも、昔は100歳というと、「きんさんぎんさん」が有名になるほど少なかったのに、今ではお悔やみ欄を見ても、まれではなくなりつつあります。
 人生60年のときと、人生100年のときでは、40年の差がありますし、生き方が変わってくるのも当然です。著者は、「今日よりも明日のほうが、明日よりも明後日のほうが「よりよい自分」になれるということです。よく「20代の頃と違って」などといいますが、20代をすぎると、どうも私たちは人生を劣化のプロセスのようにみなしがちです。ましてや60代にもなれば、昔だったらもう引退していたなどといいがちです。でも、人生100年時代にそんなことをいっていたら、80年間も劣化し続けなければなりません。だから視点を変える必要があると思うのです。劣化のプロセスではなく、成長のプロセスとして捉え直すのです。」と書いています。
 たしかに、私も70歳になってみて、「なるほど」と改めて気づくことがいくつもあります。以前は、毎日が忙しく、つい見えなかったものが、ゆっくりと歩くことで見えてきたりします。そういえば、昨年でしたが、いつもは新幹線で移動するのですが、たまたま在来線に乗ると、家並の違いや乗り込んでくる生徒たちの話し声でいかにも旅をしているような気持ちになりました。平行して流れている川などを見ても、ゆったりと流れているのがわかります。
 このとき、これからは時間があるときには鈍行で旅をしたいと思いました。
 この本のなかで、本について書いてあるところがあり、「本がネット上の情報と異なるのは、モノとしての存在意義がある点です。しかも単なるオブジェではなく、情報を持ったモノです。本はモノであるがゆえに、個性を持ちます。つまり、いつどこで、どんなシチュエーションで自分と出逢ったかということです。何千部、何万部と印刷された同じ本の中から、私たちはたった一冊を手にすることになります。それはもう運命的な出逢いといっていいでしょう。」とあり、まさに、そのような1冊の本を探し出したときには、うれしくなります。
 家を建て替えるときに一番悩んだのが、それまで読んできた本たちをどのようにするかということでした。本を置く場所は限られているので、ある程度は処分しなければなりません。それを選ぶのに、1冊ずつ見ていると、それを買い求めたときのことや読んだときのことなどを思いだし、なかなか決められませんでした。やはり、自分が読んで大切にしてきた本は、ちょっと大げさですが、自分の分身のような気がしました。
 下に抜き書きしたのは、これからはロングトレイル型の人生が必要だと書いてあるところです。
 学生のときによく山に登っていましたが、頂上に登るのが目的なので、途中の風景はほとんど覚えていません。ところが、中年以降になると、高山植物などの写真を撮ることもあり、ときどき止まって辺りを見回すと、あらためてその雄大な風景に心を奪われるときがあります。
 このような経験から、これからはあまり目的を意識せず、その通る山道をしっかりと時間をかけて楽しみたいと思っています。
(2020.1.8)

書名著者発行所発行日ISBN
人生100年時代の覚悟の決め方小川仁志方丈社2019年11月12日9784908925573

☆ Extract passages ☆

 ロングトレイル型の人生は、ゴールに早く着くのが問題ではありません。一歩一歩の意味を大事にするところがポイントです。だから誰かとの勝負でもなければ、記録との勝負でもない。自分がその瞬間をいかに楽しんでいるかがすべてなのです。山や森の景色は一歩ごとに変わります。その変化を常に前向きに受け止め、次の一歩へとつなげる。
 何か新しい発見があれば、立ち止まってもいいでしょう。見たこともない景色が日の前に広がっているなら、それはじっくりと目に焼き付けておくべきです。ただ全速力で駆け抜けるとき、少なくとも私は何も考えることができません。まるで脳みそまで筋肉になったかのように、無酸素運動に集中するだけです。ところが、森の中をゆっくりと歩くとき、逆に全身が感覚器官となり、同時に全身が脳になります。
(小川仁志 著 『人生100年時代の覚悟の決め方』より)




No.1739『100歳までの読書』

 今年最初の本は、いつまでも本を読み続けたいという想いから、この本にしました。
 著者を知ったのは、テレビ朝日系の「ニュースステーション」でしたが、その前は長く朝日新聞社の社会部デスクや海外特派員なども経験し、論説委員もしたことがあります。
 この本にも出てきますが、中学から大学までサッカーを続け、浦和高校のときには二冠を達成したこともあるそうです。だから体育会系ですが、だからこそ、「健康のためにせっせと歩いている人は、それと同じように、なんでもいいからせっせと読めば、精神が「歩行」し躍動する。古代ギリシャの哲学者たちには、回廊を散歩しながら語り合って、「逍遙学派」と呼ばれたグループがあった。「逍遙」とは、そぞろ歩くことだ。「歩く」「読む」「考える」のは、こころの働きとしては同じ行動なのである。」という考え方も生まれてくるのかもしれません。
 そういえば、本を読むということは、文字をたどるということでもあり、私の場合は必ずカードをつくっています。それには抜書きなどを書きますが、そうすることによって、その文章が記憶され、自分の考えに追加され、次々と形のあるものにまとまっていくような気がします。
 つまり、本はただ読むだけでなく、書くということによって、記憶されると私は思っています。
 下に抜き書きしたのは、第4章に出てくる「まことに愉快な「無知の自覚」」というなかに出てくるものです。
 ある忌み、まったく同じような感覚で私も「引用」してますし、この「本のたび」そのものも、「Extract passages」、つまり直訳すると抜粋ですから、引用とか抜書きというものです。
 私は、もともと自分のためにこのような行為をしていたのですが、ここに掲載することによって、少しでもいろいろなことに興味を持ってもらい、もっともっと本を読んでもらえたらと思っています。
 この本の副題は、「死ぬまで本を読む」とあり、知的生活のヒントと書いてありますが、もちろん、私も生きている限り、本を読み続けたいと思っています。
 今、お正月ですから、1年の計は元旦にありといいますから、本を読み続けられるような気がします。だって、この「本のたび」も2006年から掲載していますが、カードをつくって本を読むのは、大学生のころからですから。
(2020.1.5)

書名著者発行所発行日ISBN
100歳までの読書轡田隆史三笠書房2019年11月20日9784837928072

☆ Extract passages ☆

 いまお読みいただいているこの本にも引用がしきりにあるけれど、それはことごとく、ぼくが知らなかったことだから「なるほど」と感じ入って引用しているのである。「引用」は無知の告自であるのと同時に、知らなかったことを知った証拠でもある。喜びの表明でもある。
 なぜならば、「知らない」ことを自覚した瞬間とは、それまで知らなかったことを知った瞬間でもあるわけだから。
(轡田隆史 著 『100歳までの読書』より)




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